その壱 ぷろろーぐ〜その名はシーダ〜


早朝のタリス港、普段は閑散とした雰囲気の漂うこの場所だが、今日は珍しく騒がしい。

コンクリートに引かれたチョークの跡。黄色いテープには「KEEP OUT」の文字。

せわしげに動き回っているのは警察関係者だ。

 

「・・・4人目・・・か。」

目の前で忙しそうに動き回っている警官を見ながら、一人の刑事がポツリと漏らした。

赤い髪が印象的な青年である。名をカインと言う。取り立てて美形という訳ではないが、誠実そうな印象の青年だ。

「ああ。3日で4人だ。・・・同一犯だろうな。」

赤毛の青年は背後からかけられた声に振り向いた。声の主は彼の同僚の刑事・アベルだった。こちらは、まずまず美形の部類に入るだろう。現に街を歩くと若い女性の10人に7人は振り返るという。

「アベルか・・・。ガイシャの身元は?」

「・・・被害者の名はラング。年齢52歳。悪徳金融として名高いラング商会のトップだ。」

その報告を聞いて、カインは顔をしかめた。

「また、小悪党か・・・。」

アベルは肯いた。

 

ここ数日、このタリス区で発生している傷害事件がある。

被害者はみな、非合法な手段で財をなした者や、犯罪歴のあるものばかりで、この朝の事件でもう4件目となる。

犯行は、深夜から早朝にかけて行われており、鈍器で後頭部を一撃されている点で共通している。

彼ら、八曲署の刑事は、管轄内で起こったこの事件を、全力で究明しているところだった。

「先輩!!課長から連絡が入りました。一度署に戻るようにと。」

元気よく駆けて来たのは、先日、この捜査一課に配属されたばかりの新米刑事ルークとロディだ。

「解った。・・・行くかアベル。」

「そうだな。鑑識の邪魔にならんように帰るとするか。」

彼らは、並んで待機させている馬車へと向かった。

「・・・しかし、先輩。犯人は一体どういうつもりなんでしょうか?」

ロディはコートの襟を立てながら尋ねた。春になったとはいえ、早朝の港はやはり肌寒い。

「きっと、正義の味方を気取っているんですよ!」

ルークはさらっと言ってのけた。

「正義の味方・・・か。」

カインは腕組みをしながらルークの言葉を反芻した。

「おいおい、正義の味方なら何やってもいいってわけじゃないんだぜ?」

彼らは驚いて声の主を探した。

彼らの背後には、いつの間にか二人の男が立っていた。赤い髪を優雅になびかせた男が不敵に笑う。その隣では、金髪の美丈夫が静かに立っていた

「ミシェイルさん・・・それにカミュさんまで。」

カインは驚いて尋ねた。

「一体いつこちらへ?確か、来週まで本庁のほうへ出向だったのでは?」

「・・・本庁のほうでも、この件を重要視していてね、緊急に帰還したというわけだ。」

カミュは涼しげに微笑んだ。

 

カミュとミシェイル。

タリス八曲署きっての問題刑事である。自分たちが確証を掴んだことなら、上司にも牙を向くことで有名なコンビである。

事実、この二人によって、刑務所に送り込まれた元警察官は山ほどいる。

かなり無茶な捜査もするため、よく本庁に呼び出され訓戒を受ける二人でもある。

「出向」とは「お小言」と同義・・・それが、ミシェイルの弁である。

 

「・・・早く帰ってこられた割には、あまりご機嫌がよろしくないようですね?」

アベルがミシェイルに問い掛けた。

不機嫌そうにそっぽを向いたミシェイルに代わって、カミュが苦笑交じりに答えた。

「実は、今回本庁との合同捜査となる。・・・で、本庁のエリート刑事が数名派遣される・・・と、まあそういうことだ。」

「エリート刑事?」

「狼の野郎だよ!」

カインの問いに、ミシェイルは吐き捨てるようにそう答えた。

「・・・!!あのハーディン警部ですか?」

アベルは驚いて聞き返した。ミシェイルは黙って肯いた。

「でも先輩。なんでこんな傷害事件ぐらいで本庁一の名警部が出陣になるんです。」

腑に落ちない表情でルークは尋ねた。

「さあな?」

ぶっきらぼうに答えてミシェイルはさっさと歩き始めた。

「・・・本庁は、今回の件をただの連続傷害事件とは思っていない・・・・そういうことですか。」

カインの推測に、カミュは微笑を返した。

 

と、その時現場の方が、にわかに騒がしくなった。

「何だ?」

彼らが振り返ると、なにやら一騒動起こっている様子だ。

「いってみるか。」

そういった時には、すでにミシェイルは走っていった後だった。

「・・・全くあの人は・・・。」

カインらは、あきれながらその後を追った。

 

「お、お嬢様。・・・もう帰りましょうよ。」

「何でよ!ちょっとぐらい見せてくれてもいいじゃない!!」

「・・・お嬢様・・・。」

そこでは、警官とにらみ合いを続ける学生服姿の少女と、その少女を必死に引きとめようとしながらも、無視し続けられている若い男の姿があった。

それを見て、アベルは苦笑し、カインは頭を抱えた。

「おい、カイン。・・・またあのお嬢様だぞ。」

「・・・解っている。」

ミシェイルは、そのやり取りを面白がって見物している。

カインは、足早に少女達のもとにやってきた。警官が気付いて敬礼を返す。それをみて少女も振り返った。そして、しまった、という表情をした。

15、6歳ぐらいだろうか、美しさよりも溌剌さが勝る・・・そういう印象の美少女だ。

「・・・お、おはようございます。」

笑顔でそういう少女に険しい表情を返しながらカインは口を開いた。

「おはよう。シーダお嬢さん。・・・一体ここで何をしているのかな?」

「・・・えーっと・・・。」

「あれほど、捜査の邪魔をしてはいけないといっているでしょうが!」

「でも・・・。」

カインは大きく溜め息をつくとゆっくりと噛んで含めるように言った。

「いいですか?この国の法律で、犯罪捜査に関われるのは、国の機関である警察機構と、その警察機構から委託を受けた探偵。そして特例として、特別捜査権が与えられた探偵のみです。・・・それ以外のものが許可無く現場に立ち入るのは違法なんです。・・・解りましたか?」

シーダは即座に反論した。

「でも、私は探偵です!!」

カインは額に手を当てて黙ってしまった。その後を受けるようにカミュが言葉を継いだ。

「シーダお嬢様。・・・あなたの探偵ごっこは、よく存じております。」

シーダはむっとして言い返した。

「ごっこなんかじゃありません!」

「・・・解りました。しかしこの国では許可証の無い探偵はごっこと同じなんです。・・・それは、このタリス区の区長のご息女にして、タリス家のご令嬢のあなたでも例外ではありません。」

シーダは唇をかんで俯いた。

「・・・解っていただけたらお引き取りください。・・・急がないと学校に遅れてしまいますよ?」

カミュがそう促すと、ようやく少女は踵を返した。その後ろを、慌てて若い男がついて行く。

「・・・やれやれ、あれがタリスのじゃじゃ馬娘かい?」

ミシェイルは意地悪そうな笑みを浮かべながら相棒に尋ねた。

「ああ。あの庭師の男・・・カシムといったか。彼もあの子のお守りでは大変だな。」

カミュは相棒にそう答えると、まだ頭を抱えていたカインの肩をポンと叩いた。

「カミュさん。助かりました。」

「大変だなカイン。・・・あの娘が出てきた時は君が阻止する担当なんだって?」

「・・・課長命令でして。」

カミュは微笑むと再び軽く肩を叩いた。

その時、カミュは視線を感じて振り向いた。徐々に集まりつつある野次馬の中に、その青年はいた。どこか惹きつけられるような容貌の青年である。

『何だ?』

ふと見るとミシェイルもその青年を注視していた。彼の顔からいつもの薄笑いが消えている。

「ミシェイル。」

「・・・あいつ。・・・一体何もんだ?」

青年は二人に微笑を返すと一礼し、野次馬の中に消えていった。

「何だ・・・あいつ?」

ミシェイルは肩をすくめた。カミュは青年の襟元の校章を見逃していなかった。

『・・・あの校章は、確か国立カダイン総合大学の・・・。』

カミュは、青年の消えた方をじっと見つめていた。


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