7番目の男 〜荒野の戦士〜


薄暗い室内。ただ一つだけ明々と灯った照明の下に、大きな祭壇があった。

祭壇・・・なのであろうか。その台の上には、一人の青年の姿が見受けられる。両手両足、そして胴体を、拘束具によって台に固定されている。

その周辺にはフードで顔を隠した僧衣の人影が佇んでいる。

彼らはまるで、そこに神が降臨するかのごとく神妙に跪いている。

 

ならば、やはりそこは祭壇なのであろう。台の上の青年は神への生贄なのか・・・。

祭壇の背後の壁には、巨大な鷲のレリーフが施されている。・・・と、その胸に埋め込まれた宝玉が光を発した。同時に不気味な声が響き渡る。

 

「・・・アドルフ大佐。手術は成功したようだな。」

その声に応えるように、一人の僧衣の男が立ち上がった。

「はい、首領。・・・詳細はこのジョージ司祭よりお聞きください。」

大佐と呼ばれた男は、指を鳴らした。大佐の傍らに控えていた大柄な男が立ち上がった。

「司祭よ。聞かせてもらおう。」

ジョージ司祭はうやうやしく頭を下げてから、口を開いた。

「はい。術式そのものは、緑川博士のレポートを元にして行っております。ただし、首領からご指示があったように、動力源として小型原子炉に変わって、首領より拝領したあの“青い石”を用いました。」

「ウム。・・・被験者に拒絶反応は?」

「現在のところ出ておりません。・・・というより、まったく見受けられないことが逆に不安でもありますが。」

「首領。不躾ながらお尋ねいたします。・・・あの“石”は一体?」

「・・・気になるかね、大佐?」

「ハッ。」

首領はしばらくの間を置いて答えた。

「・・・あの石こそ“賢者の石”だ。」

「なんと!!・・・それでは。」

「そうだ。中世から近代まで、錬金術師たちが血眼になって探し続けたあの“賢者の石”だ。この“賢者の石”は使い方次第で強大なエネルギーを引き出せる。」

「・・・しかし、何故そのような石を動力源に?」

すると、首領は苦々しげに答えた。

「諸君らも聞いていよう。我が組織を裏切り、反旗を翻した“アイン”と“ツヴァイ”の事を。」

「はい。存じ上げております。」

「奴らは、我が組織のエリートとなるべく、特別の力を与えられ、生み出された。それ故並の力しか持たぬものでは、奴らを倒せん。」

大佐たちは一様に肯いた。

「・・・目には目をという訳で、日本支部にて新しく“アイン”から“ゼクス”までの6体をつくらせてはいるが・・・念には念を入れねばならぬ。・・・諸君らドイツ支部の精鋭に独立して“ズィーベン”を作らせたのは、この“賢者の石”を活用した、最強の兵士を誕生させるため。この“賢者の石”は未だに解明されて無い部分が多々ある。私が知る限りでは、この“石”を充分に活かせる術式を行える人間はジョージ司祭しか考え付かなかった。」

「過分なご期待をいただきまして恐縮です。」

司祭は頭を下げた。

「司祭は、充分に期待に応えてくれた。・・・よいか、一日も早く“ズィーベン”を実戦に投入できるようにせよ。・・・あの裏切り者どもを、この世から抹殺するためにな。」

「ハッ。我らドイツ支部の威信にかけて!」

大佐の答えに満足したのか、首領の声は唐突にやんだ。

祭壇・・・それとも手術台か・・・その上の青年は身じろぎ一つせずに眠り続けていた。

 

 

 

時は流れる・・・。

断続的に続く爆発音と悲鳴・・・そして怒号。

ドイツ支部の拠点では、今まさに死闘が繰り広げられていた。毒々しい原色の戦闘服に身を包んだ男たちが、黒い戦闘服の男たちを一人、また一人と地獄へと誘う。

立ち込める黒煙とスパークの中、アドルフ大佐は怒りの形相もすさまじく、首領と連絡をとろうと試みていた。

「何故だ!奴らは一体・・・。いや、それよりも何故首領と通信ができんのだ!!」

絶叫するアドルフ大佐の背後で轟音が響き渡る。背後を振り返った大佐はそこに一人の男の姿を見た。

「・・・き、貴様は。」

男は黒いライダースーツに、黄色のグローブとブーツ、そして同色の黄色いマフラーをなびかせていた。その表情には蔑みと憐れみの色が浮かんでいる。

「・・・首領とは連絡を取れませんよ。あなたは捨てられたのです。」

「バカな・・・。」

「・・・信じようと信じまいと、それはあなたの自由だ。私の目的はただ一つ。私の兄弟を渡していただきたい。」

「兄弟だと?・・・まさか!!」

男はニヤリと笑うと独特のポーズをとった。

次の瞬間、男は鮮やかなメタルグリーンの仮面をもつ、怪人へと変化を遂げた。大佐は驚愕の表情で口を開いた

「アイン・・・なのか?日本支部の・・・。」

その時、突如背後のレリーフから声が聞こえてきた。

「大佐、おとなしく“ズィーベン”を渡すのだ。」

「首領!!」

大佐は怒りもあらわに声を張り上げた。

「これは一体どういうことですか。いままで“組織”の為に尽くしてきた我等を切り捨てようというのか?」

「その通りだ。あの忌まわしき“アイン”、そして“ツヴァイ”の為に我が組織は疲弊した。新たに立て直すためには大幅な改革が必要なのだ。・・・この世は全て、弱肉強食の法によって成り立っている。弱者は勝者の糧となるのが自然なのだ。」

首領の声には一片の慈悲も無かった。

大佐はひきつった笑みを浮かべ首領に答えた。

「なるほど、首領のおっしゃることごもっとも。その法に則ってこれまで行動してきたのは、他ならぬ我々ですからな。」

“アイン”は腕組みをしたままそのやり取りを眺めていた。しばしの沈黙の後、再び首領の声が響いた。

「大佐、君に最後のチャンスをやろう。」

「チャンス?」

「そうだ、弱肉強食の法に従い、“アイン”と戦え。・・・もし君が勝てば、新たな組織でも幹部として迎えよう。」

大佐はニヤリと笑った。

「・・・フフ、解りました首領。このアドルフの力、とくとご覧ください。」

その言葉が終わるか否か大佐の身体が膨れ上がる。軍服を突き破って現れたのは、巨大な山猫の怪人だった。

「“アイン”よ。すまぬがここで死んでもらうぞ。」

“アイン”はその台詞にさして感銘を受けた様子も無く、無言で組んでいた腕を解いた。

そしてゆっくりとファイティングポーズをとる。

同時に、リュンクスの怪人と化した大佐が踊りかかった。

 

 

「司祭!もうこれ以上は防ぎきれません。どうか早く脱出を!!」

司祭はその言葉に肯きながら、何か巨大な装置を動かしている。その装置の一部、ちょうど中央に組み込まれた半透明のカプセルの中に、青年が横たわっている。

「司祭!!」

司祭は、その声には答えずに、必死に装置を動かしている。やがて、調整が終わったのか、大きく息をつくとスイッチを押した。いっせいに装置のパネルが点灯し、カウントダウンが始まった。

「残り時間は10分・・・か。」

司祭は呟いた。

「・・・緑川よ。これは罰なのか?神ならざるものが、生命を弄んだ事への。」

カウントダウンは続く。数字は残り時間が5分を切ったことを告げていた。

と、部屋のドアを突き破って、黒い戦闘服の男が吹き飛ばされてきた。

「・・・し、司祭さ・・ま。早く逃げ・・・。」

そのすぐ後に、異形の怪物が部屋へと入ってきた。司祭はその怪物をゆっくりと見据えた。

「ホゥ・・・。この姿を見て、平然としていたのは貴様がはじめてだ。」

「その姿・・・。試作段階だった3種間合成法が完成したのか。」

怪物は笑った。

「その通り。私がその第1番目の戦士・・・、そういうことだ。」

怪物はカプセルをちらりと見て笑った。

「あれが“ズィーベン”だな。」

司祭はカプセルと怪物の間に立ちはだかった。

「・・・司祭、何のまねだ?」

「貴様らに、あれは渡さん。」

毅然と言い放つ司祭に怪物は嘲笑で答えた。

「人間ごときが、私に歯向かうのか?」

「貴様とてもとは人間であろうが。」

怪物は無言で、カニを思わせるハサミを鳴らした。

「時間が無い。早くその装置を止めろ。」

「断る。」

「・・・ならば死ね!」

怪物は翼を広げて司祭に襲い掛かった。

 

 

大佐と“アイン”の戦いは一方的な展開を見せていた。大佐の攻撃はことごとく受け流され、逆に“アイン”の攻撃は確実に大佐の身体に傷を負わせていた。

「・・・こんな、こんなバカな!」

歯軋りする大佐に向かって“アイン”は言い放った。

「無駄なことだ。貴様では私に勝てん。・・・時間が無い。この基地内に仕掛けた新型爆弾の爆発が迫っている。そろそろ、止めを刺す。」

“アイン”は言うと同時に跳躍する。そしてその勢いのまま強烈な蹴りを繰り出す。

すでに重傷を負っていた大佐に、その蹴りをかわすだけの力は残っていなかった。恐るべきその蹴りは、大佐の身体を部屋の反対側まで吹き飛ばした。大佐は、そのまま床に滑り落ちると元の姿へと戻っていた。そのまま動かなくなった大佐に一瞥をくれると、“アイン”は踵を返した。

「フ・・・フフッ・・・。」

死んだと思われた大佐の笑い声に“アイン”は驚いて振り返った。

「・・・しぶといヤツだ。」

「・・・フッ、何とでも言うがいい。貴様が探している“ズィーベン”は、ジョージ司祭の手ですでに脱出したはずだ。」

“アイン”は肩をすくめて見せた。

「どうやってだ?ここの出入り口は全て封鎖してある、蟻の這い出る隙間もありはしないぞ。・・・いや、まさか!?」

大佐は相変わらず不敵な笑みを浮かべたままである。“アイン”は足早に大佐に歩み寄ると、顎を掴んで吊り上げた。

「貴様!まさか物質転送装置を使う気か!?」

「・・・そうだ、このドイツ支部のもう一つの研究成果だ。」

「バカな・・・。あれはシステムが不安定な欠陥品ではないか!!」

大佐は声を殺して笑い続ける。激昂した“アイン”は大佐を床に叩きつける。大量の吐血をしながら、大佐は声を張り上げた。

「貴様らに渡すぐらいなら、消滅させるまでだ。・・・運良く転送が成功すれば、それはそれでかまわん。」

「何!?」

「“ズィーベン”は記憶の洗浄は終わっているが、脳改造はまだ不完全だ。」

「貴様!!」

「・・・ククッ。気をつけるのだな。先代の“アイン”と“ツヴァイ”に加え、三人目の裏切り者になるかもなぁ。まあ、せいぜい頑張ってください首領。そして偽“アイン”。一足早く地獄でお待ちしておりますよ。・・・クックック・・・。」

大佐はそう言い残すと事切れた。

「ふざけた真似を・・・。」

“アイン”の呟きに重なるように首領の声が響いた。

「“アイン”よ、急ぐのだ。なんとしても“ズィーベン”の身柄を確保せよ。」

「はい。首領!」

“アイン”はそう答えると部屋を出て行った。

「・・・偽“アイン”だと。・・・ふざけやがって、俺こそが“アイン”なのだ!!」

“アイン”はまだ見ぬオリジナルへと憎悪を滾らせていた。

 

 

怪物のハサミが唸りをあげる。あれから司祭を幾度打ちのめしたのか、怪物はすでにそれが解らなくなっていた。

「ええい。しぶとい奴め!!」

業をにやした怪物は、ついに司祭の胸部をその鋭いハサミで貫いた。

「!?」

怪物は戸惑いの表情を浮かべた。司祭は自らを貫いた怪物の腕をしっかりと抱え込んだのだ。その顔には微笑みさえ浮かべて。

「き、貴様!はなせ!ええい、はなさんか!!」

怪物は司祭に容赦の無い蹴りを浴びせる。

博士は、装置を振り返って呟いた。

「・・・行くのだ、“ズィーベン”よ。・・・お前は、自由だ。・・・思いのまま羽ばたけば良い。その体内で輝く、蒼き秘石とともに・・・。」

「何をごちゃごちゃと!!」

怪物の振るう手刀が司祭の首筋を切り裂く。すさまじい勢いで鮮血が噴出す。司祭は薄れてゆく意識の中、最後の言葉を発した。

「・・・ゆ・け。・・・おま・え・・は、自由の・・・士・・・仮・・イダ・・・。」

司祭が事切れると同時に、装置は一際まばゆい光を放つと、不意に停止した。徐々に静寂を取り戻して行く装置の中央、そのカプセルの中の青年は忽然と姿を消していた。

「チィ!」

歯噛みする怪物の元へ“アイン”が現れた。

「失敗したのか?」

その問いに怪物は苦々しい表情で肯く。

「そうか・・・。しかし手は打ってある。この装置はまだ不完全だ。2点間の移動しかできん。もう一方の装置はすでに我等の同志が手中に納めているはずだ。」

「・・・なるほど。では、我々もそこに向かうとするか。」

2体の異形はお互いに肯きかわすと、足早にその場を立ち去った。

 

数分後、ドイツ支部拠点は爆炎と粉塵のなか消滅した。

 

転送装置の出口には異形の者たちが、“ズィーベン”の捕獲のため集結していた。だが、いつまで経っても“ズィーベン”が姿を現すことは無かった。

数日後、首領は“ズィーベン”が消失したとの結論を出し、その捜索は打ち切られることとなった。

組織の裏切り者達との戦いが激化してゆくこのときに、余分な人員を裂くわけにはいかなくなったということなのだろう。

新たな組織として再生され、格段の力を得たとはいえ、決して楽観できる状況ではなくなってきていたのである。

 

そして、その危惧どおり、僅か数ヵ月後には組織は壊滅する。過去に自らが生み出した、たった二人の戦士によって・・・。

 

 

 

 

 

「・・・う・・・ぁ。・・・!?・・・誰だ?」

目の前に広がるのは宇宙。その虚空に自分が浮遊している。

「・・・声?」

かすかな声に導かれ首を巡らす。そこには蒼く輝く美しい星があった。

「声・・・いや、歌・・・なのか?」

やがて、その光景がぼやけてくると、徐々に歌が大きくなる。それは、音の濁流となって押し寄せる。

「やめろ・・・やめてくれ!!!!!」

 

青年は、自らが発する絶叫で目を覚ました。

「・・・夢・・・。夢・・・か。」

青年はゆっくりと立ち上がった。そこは宇宙ではなかった。見渡す限りの荒野。地平線の彼方まで続く、不毛の大地だった。

「ここは・・・どこだ?」

青年はその時になってハッと気付いた。

「いや、それよりも僕は・・・僕は一体誰なんだ・・・。」

青年は懸命に思い出そうと努めた。しかし何も思い出すことができない。恐怖のあまりその場にうずくまる青年の心に、一つの言葉が浮かび上がる。

『ズィーベン』

「?」

『ズィーベン』

「ズ・・・ィーベン?・・・それが僕の名・・・なのか?」

釈然とはしない。なにか、もっと大事な名があったような気がするのだ。青年は改めて自らの体を観察した。

色あせて、半ば破れかけたジーンズを履き、黒いシャツを着ている。両の拳には、甲の部分が補強されたグローブを装着し、首には鮮やかな黄色いマフラーを巻きつけていた。

だが、何よりも目を引くのが腰に巻かれたベルトのバックルである。翼を広げた鷲の意匠が施されたそれは、金属の鈍い光を放っていた。

「・・・何だろう?鷲・・・それとも鷹?」

青年は、ゆっくりと歩き始めた。どこに進めばよいのか、その決断を下せぬまま。何かを求め歩き出す・・・。

 

 

荒野は、果てしなく続くかと思われた。だが・・・。

「!?・・・何だ、あれは。」

青年の行く手に白く光る丘が姿を現した。青年は、ここまで休みもせずに歩いてきたにもかかわらず、しっかりとした足取りで丘を目指す。

やがて、その姿をはっきりと確認できる距離に近づいたとき、青年は慄然とした。

「・・・これは!!」

青年は丘へと駆け寄る。丘のように見えたもの、それはうずたかく積み上げられた大量の白骨だった。

「・・・これは・・・これは一体。」

呆然と立ちすくむ青年の耳に骨が転げ落ちる乾いた音が聞こえた。ハッとして音の出所を探す。右手前方、丘の中腹に奇妙な生き物がいた。人間よりも少し小さいだろうか、毒々しい紫色をした皮膚には不気味な斑点が浮かび、先の尖った耳と、耳元まで避けた口。その口には鋭い歯が並んでいる。・・・そう、その歯までもが鮮明に見えた。

そいつは、唸り声を上げると、敵意を剥き出しにして飛び掛ってきた。

「うわっ・・・。」

青年は慌てて逃げようとした。しかし、駆け出そうとして踏みとどまった。青年の周囲には、同様の生物が二重三重の包囲を完成させていたのだ。

「いつのまに!?」

そいつらは口々に訳のわからない言葉を口走りながら、徐々に包囲を狭めてきた。

「・・・そんなバカな?地球上にこんな生き物がいるはずが無い。・・・地・・球?・・・!!」

青年はふと気付いた。

「そうだ!僕は、地球・・・ドイツに居たはず。・・・そして・・・。」

不気味な生物はさらに迫ってくる。

「・・・東京・・・そう、東京に行かなきゃ。・・・でも、なぜ東京に・・・。ダメだ思い出せない!!」

生物は一斉に飛び掛ってきた。青年は咄嗟に目の前にいた一体を突き飛ばした。そいつは、ものすごい勢いで吹き飛ぶと地面に叩きつけられて動かなくなった。

「・・・何?・・・何なんだ!この力は!?」

驚きは青年よりも生物のほうが大きかったようだ。慌てたように包囲を解くと離れた場所で再び集まり始めた。

その時、一発の銃声が響いた。同時に生物のうちの数体が、顔や腕を吹き飛ばされてのけぞる。生物は銃撃された方向を見て雄叫びを上げた。

砂塵を巻き上げながら疾走する数台のバイク。その先頭では、ショットガンをもった男が発砲した。再び何体かが骸と化す。生物たちは悲鳴をあげながら、散り散りに逃げさっていった。

一人その場に残った青年は、今度はそのバイクの男達に囲まれてしまった。男達は警戒した様子で銃を構え、遠巻きに青年を観察している。青年は無言で立ち尽くしていた。

そのうち、ショットガンを撃った男が、問い掛けてきた。

「おい、見ない顔だな?ここで何をしている?」

『日本語?』

青年は、答えた。

「あなたは日本人なのですか?」

男は首をかしげながらフルフェイスのメットを脱いだ。

「質問してるのはこっちだぜ?それにニホンジンて何だ?」

「今あなたは、日本語を喋っているじゃないか。」

男は仲間たちを振り返った。仲間たちも首をかしげる。

「俺たちが話しているのはタカマ語だ。そんなおかしなニホン語とやらじゃねぇ。」

「タカマ語?・・・ここは日本じゃないのか・・・。」

男は肩をすくめながら尋ねた。

「よく分からんが、グールたちの営巣地に一人で、それも丸腰で乗り込むなんてお前はバカか?」

「グール?」

「・・・おい、まさかグールも知らないとかいうんじゃないだろうな?」

肯く青年に、今度は苦笑がもれた。ショットガンの男は首に巻いた真紅のマフラーをいじりながらため息をついた。

「・・・まあいい。とり合えずこんな所に一人でいるのは自殺行為だ。死にたくなけりゃ俺たちと一緒に来な。・・・と、その前に・・・おーいカズ!そっちはどうだ?」

男の声に、白骨の山を掘り返していた少年が大きく手を振った。

「凄いですよリーダー。あいつら、結構溜め込んでいましたよ。357用の予備カートリッジまであります!!」

男は満足そうに肯くと、仲間に合図を送った。男達は一斉にバイクから降りると、骨の山から何かを探し始めた。ショットガンの男はポカンとして立ち尽くす青年に向かって叫んだ。

「おい!お前もボサット突っ立ってないで手伝え。あいつらが帰ってくる前に頂けるだけ頂いてトンズらするぞ。」

青年は訳がわからないまま彼らを手伝い始めた。

 

 

数時間後、青年の姿は廃墟のようなビルが立ち並ぶ、町の中にあった。相変わらずショットガンを手にしたまま前を行く男につき従う形で、かれは一軒の家の中へと入っていった。

『・・・喫茶店?・・・いや、バイクショップ?』

そこは、ほとんどジャンクパーツといっていいほどの古いバイクが所狭しと放置された、小汚い店だった。カウンターではタバコをくわえた初老の店主が片手を挙げた。

「・・・無事だったようだなリョウ。・・・で、どうだった?」

「へっ!。まあ見てくれよ、ライフルのパーツに予備弾薬、それにマグナム弾に手榴弾まであるぜ。」

店主は、面白くもなさそうに煙を吐き出した。

「なんでぇ。くそ面白くも無い。・・・たまにはバイクのパーツでも拾って来い。」

「おうよ。」

店主はようやく青年の方を見た。

「で、そいつは?」

リョウと呼ばれた男は、青年の腕を取って前に引き出しながら言った。

「グールどもの営巣地で拾った。・・・記憶喪失なんだとよ。」

「記憶喪失?」

店主は少し興味を持ったようだ。リョウは肯いて続けた。

「解っているのは、ドイツって国から来たこと、それとニホンっていう国に行く途中だったらしいってことだけだ。」

青年は、ゆっくり肯いた。

「ドイツ?ニホン?」

「やっぱ、博学のおやっさんでも知らないか・・・。」

「すまんな。だが、おそらくこのヨレスト大陸の国ではあるまい。・・・解るのはこれぐらいだな。」

「やれやれ、お手上げだな・・・。おい、・・・っと、そういえばお前、名前は?」

青年は考え込むと小さく答えた。

「“ズィーベン”・・・だと思う。・・・多分。」

「何だそりゃ?ややこしい名前だな・・・。」

リョウは青年の姿を改めて観察するとポンと手を打った。

「よし!今日からお前は“鷹”だ。」

「“鷹”?」

リョウは肯いた。

「ほれ、お前の腰のベルト、その飾り鷹だろ?・・・鷲かもしれないが、それだとなんか響きがよくない。だから鷹!」

青年は、頭の中でゆっくりと考えてから口を開いた。

「・・・鷹。・・・僕は、鷹・・・か。」

リョウはニヤリと笑うと店主に声をかけた。

「おやっさん。しばらくの間こいつをここに置いてやってくれないか?」

店主はぶっきらぼうに言った

「好きにしろ。どうせ部屋は腐るほどある。・・・もっとも、本当に腐った部屋もあるから気をつけな。」

「あ、ありがとう。」

青年は頭を下げた。それを見て店主とリョウは大笑いした。

「・・・??」

おどろいた鷹の頭をリョウが乱暴に揺さぶる。

「まだ人に頭を下げられるヤツがいたとはね。・・・気に入ったぜ。お前俺のチームに入りな。・・・お前となら楽しい仕事ができそうだ。」

 

 

店の2階は、いくつもの部屋に分かれていた、リョウはその中から一番ましな部屋を見繕うと、鷹を残してさっさと帰っていった。鷹は、しばらくいろいろな事を考えていたが、やがて眠っていたようだ。

 

 

どれぐらい眠っていたのだろう。人の気配を感じて目を覚ました鷹は、自分に毛布をかけてくれていた少女と目が合った。

「あ、起こしちゃいました?」

「君は?」

鷹は起き上がりながら尋ねた。

「サラと言います。お兄ちゃんに言われてあなたの面倒を見るようにと・・・。」

鷹は肯いた。

「そうか、リョウさんの妹?」

少女は肯いた。

「解らないことがあったら、何でも聞いて下さいね。」

そういって立ち去ろうとする少女に、鷹は慌てて問い掛けた。

「ゴメン。早速聞きたいんだけど。」

少女は微笑んでその場に腰を降ろした。鷹は、頭の中で整理しながら質問をした。

「先ず最初に教えて欲しいのは、荒野で見たあの怪物の事なんだ。」

「怪物?・・・ああ、グールね。」

「グール?」

「そう、世紀王が創造した、怪人のなりそこない。本能のままに争いを続ける怪物よ。食欲も旺盛だけど、収集欲も強いから、ガラクタ同然のものでも巣に持ち帰るらしいわ。」

少女はそういって微笑んだ。

「うちのお兄ちゃんたちは、そのガラクタを回収して商売をしているって訳。」

鷹は、続けて問い掛けた。

「世紀王って?」

少女は驚いてまじまじと鷹を見た。

「な、何!?」

「世紀王を知らないの?この星を支配する暴君、創世王エクリプスの王子たち、シュバルツとジルバの事。二人とも超進化の秘術を駆使して怪物を生み出し互いに闘っているわ。」

「・・・解らないな?兄弟で何故争う?」

「正確には兄弟じゃないの。創世王によって選ばれた、次期創世王候補なの。戦って勝ったほうが次の支配者になれる・・・。だから、お互いに怪人たちを繰り出して闘い続けているのよ。」

「・・・創世王に世紀王・・・か。」

「でも、そのために私たちは苦しい生活を余儀なくされているの。・・・ここはまだ、主戦場から離れているけど、最近はこの辺りでも怪人の姿を見かけたって噂もあるし・・・。」

サラは、思い出したかのように顔をあげた。

「そうそう、額に宝石が埋め込まれた人を見かけたら注意してね。額の宝石がルビーなら世紀王シュバルツの、エメラルドなら世紀王ジルバの怪人だから。」

「・・・普段は人の姿をしている・・・という訳だね?」

「そういうこと。あいつらは敵対する怪人を見つけるとすぐに戦いを始めるから、・・・うかうかしているとまきこまれてしまう。」

「・・・注意するよ。」

「他に聞きたいことは?」

鷹は、しばらく考えてから首を横に振った。

「そう?それじゃあこれで・・・そうそう、明日からお兄ちゃんと一緒に出かけるんでしょ?今日はぐっすりと眠ったほうがいいわよ。」

「わかった。ありがとう。」

サラは微笑むと去って行った。その姿を見送ってから鷹はため息をついた。

『まいったな。あの人たちが嘘をついているようには見えない。・・・とすると、ここは地球じゃないのか?』

唐突にひとつの単語が浮かび上がった

『パラレルワールド。・・・平行世界。そこに迷い込んでしまったのか?僕は・・・。』

夕陽が、途方にくれる青年の顔を紅く染め上げていった。

 

 

異形の奇岩が連なる小高い丘の上に、その城は建っている。その頂上付近にある一部屋に3人の男の姿があった。一人は見事な体格をした壮年の男。豪奢なマントをまとい、玉座に腰掛けている。その前に2人の男が跪いていた。対照的な2人である。

一人は長い髪を乱雑に伸ばし、漆黒の衣装に同じ色のマントを、もう一人は髪を短く整え、白い軍装に裏地だけが紅い純白のマントをまとっている。

玉座の男が口を開いた。

「世紀王シュバルツ、並びに世紀王ジルバよ。」

「はっ!」

「はっ!」

玉座の男、創世王エクリプスは立ち上がった。

「恒星の黒点が肥大化しつつある。交代の儀式の完了まで、あまり時間が無い。」

二人の世紀王は肯いた。

「5万年にわたる、我が治世も終わる。そなた達のうち、いずれかが、次の創世王とならねばならぬ。」

二人は沈黙を守っている。エクリプスは指を鳴らすと、部屋の中央にホログラフが浮かび上がった。

「今日、そなた達を召還したのは他でもない。そなた達をサポートするための生体兵器がまもなく完成する。見よ!」

エクリプスがホログラフを指差す。二人の世紀王はその虚像を見つめた。グロテスクな装飾が施された一室。その中心部に据えられた巨大なタンクの中で、何かが胎動している様子が映し出されている。

「この城の地下、マトリクスの間にて、順調に育成が進んでおる。数日中には戦闘可能な状態にまで成長するであろう。」

エクリプスは再び指を鳴らすとホログラフを消した。そしてマントを翻すと玉座に腰を降ろした。

「・・・此度の、交代の儀は、今までとは重要性が異なる。5万年周期で行われてきたこの儀式も、今回で10回目だ。・・・これが何を意味するかわかるな?」

「承知しております。歴代創世王は、その交代のたびにその力を増してきました。そして、その儀式が10回目を迎えるとき、その力は最大となる。」

銀色の鎧を纏った青年、世紀王ジルバは静かにそう述べた。その後を受けるように漆黒の鎧の世紀王シュバルツが答えた。

「10代目の創世王の力は、空間をも超える能力を得る・・・そう伝えられています。」

エクリプスは、満足そうに肯いた。

「その通りだ。・・・空間を超える力。それを得れば別次元さえ、その支配下に置くことも不可能ではないのだ。」

恭しく頭を下げる二人の世紀王を見下ろしながら、エクリプスは言い渡した。

「よいか、キングストーンに選ばれし、時代の申し子よ。これよりそなた達の対決は、最終局面に入る。より一層、激しく殺し合え。そして一方の骸をその足元に横たえ、その体内よりキングストーンを取り出すのだ。・・・太陽と月。この二つの霊石が揃いし時、それ即ち新たな創世王の誕生なり。」

二人の世紀王は肯くと同時に立ち上がった。そして創世王に一礼すると揃って踵を返し、玉座の間より退出していった。

 

 

「よーし、鷹。今日はこれくらいにしようぜ。」

禿頭の男が、後方で作業していた青年に声をかけた。

「はい。陽さん。」

鷹は、そう言ってジャンク品の山から立ち上がった。傍らに置かれた大型のナップザックには、ぎっしりと部品が詰め込まれている。鷹はそれを軽々と持ち上げて肩に担いだ。その様子を見た禿頭の男・陽は口笛を鳴らした。

「相変わらず、面白いヤツだぜ。ぱっと見には、そんなに力があるようには思えないのにな。」

鷹は、微笑むと陽と並んで歩き出した。

彼がリョウに拾われてから、すでに一ヶ月が過ぎていた。リョウの仲間達は、最初はリーダーの気紛れに半ばあきれながら鷹に仕事を教えていた。だが、すぐに鷹を仲間の一員として重要視するようになった。

鷹は、一度教えたことは、ほとんどの場合に置いてすぐに理解し、なおかつ、まるでもう何年も続けてきたかのようにその仕事をこなした。機械類のレストア、部品の選別、そして、グールとの戦闘・・・。

仲間達は皆、鷹の適応力に驚愕し、そしてまた、そんな鷹の能力を見抜いたリーダーの人物眼に脱帽したのだった。

 

初老の店主・ローヤの店、彼らの溜まり場へ着いた二人は、簡単に荷物を仕分けしたあと店内のソファーに腰をかけた。すると奥のドアが開かれてサラが姿を現した。

「お疲れ様!」

そう言って差し出されたタオルを笑顔で受け取ると、鷹は一枚を陽に手渡した。

「サラちゃん、リーダーは?」

陽の問いかけに、サラは首をかしげた。

「あれ?お兄ちゃん一緒じゃなかったの?」

陽と鷹は顔を見合わせた。

「おかしいなぁ?リーダーは先に帰ったはずだけどな?」

陽がそう呟いたと同時に店のドアが開いてリョウが入ってきた。

「お兄ちゃん!」

「リーダーどうしたんです?どこに行ってたんですかい?」

リョウは、いつに無く厳しい表情で沈黙したまま店主を見た。店主も黙って肯くと奥の部屋へとリョウを促した。

「リョウさん?」

リョウは、問い掛けてくる鷹に軽く手で答えると、店主を伴ってそのまま奥の部屋へと消えた。

「どうしたんでしょう?」

いぶかしがる鷹とは逆に、陽の顔は徐々に強張っていった。その様子を不思議そうに眺めた鷹が口を開こうとしたとき、陽が先に呟いた。

「・・・まさか、奴らが現れたんじゃぁ・・・。」

「奴ら?」

陽は、おもむろに立ち上がると出口へと向かった。

「!?・・・陽さん!」

「悪い、これからすぐに仲間を集めてくる!・・・俺の予想が確かなら、ちょっと厄介なことになりそうだ。」

「厄介なこと?」

陽は答えずに店から出て行った。

 

 

店の奥では店主とリョウが顔を突き合わせて深刻に話していた。

「・・・確かなんだな。」

「俺があいつの面を見間違えると思うか?」

リョウは歯軋りをしながら答えた。店主は沈痛そうな面持ちでリョウの肩に手を置いた。

「・・・あれから、5年・・・か。」

「・・・5年だ。」

店主は静かに立ち上がった。

「・・・戦うんだな?」

無言で肯くリョウを横目で見ながら、店主はパイプを取り出すと火をつけた。

「・・・止めはせんよ。だが、サラと、あの新入りはどうする?」

リョウはようやくフッと笑った。

「鷹・・・か。あいつにはこれから全てを話す。話したうえで自由に選ばせるさ。サラは・・・。」

苦笑を浮かべながらリョウは肩をすくめた。

「できれば、安全な所にいてもらいたいが・・・ま、無理だろうな。」

店主は溜め息とともに紫煙を吐き出した。

「・・・そうか。」

不思議とその声に悲壮な響きは無い。むしろさっぱりとした様な、そんな印象を受ける。

「・・・逝くときは、みんな一緒と言うわけだな。」

店主はそう言ってリョウを見た。そして驚いた。先程まで苦渋を漂わせていた表情が、一変してかすかな笑みを浮かべている。

「・・・どうした?」

「いや。・・・なんだろうな、ふと思ったんだ。なんか鷹のことを考えていたら急に・・・な。」

「?」

リョウは、首を横に振ると立ち上がった。

「いや、気にしないでくれ。俺もどうかしてる、あいつなら何かしでかしてくれる。・・・ふとそんな気がしてな。」

 

 

創世王の居城、その地下は、まさに迷宮である。その迷宮の最深部にマトリクスの間は存在する。普段は訪れるものもないこの場所に、二人の人影があった。

世紀王。次期創世王となるべく死闘を繰り広げているこの二人だが、今日ばかりは、戦うことなく静かに佇んでいる。

二人の視線の先には、胎動を続ける肉塊がある。

徐々に形が成されようとしているその肉塊を、お互いに身じろぎ一つせずに、見つめ続けている。

唐突に、漆黒の鎧の青年が口を開いた。

「・・・我らの戦いも、間もなく終わるな・・・。」

今一人の青年は沈黙を続けている。

「貴様には悪いが、勝つのは俺だ。」

「・・・。」

相変わらず何も答えない青年に、一瞥をくれると、漆黒の鎧の青年・シュバルツはマントを翻しながら出口へと向かう。

「・・・誕生を見届けないのか?」

世紀王ジルバは、ようやく口を開いた。シュバルツは振り返らずに答えた。

「ああ。一足先に居城へと帰らせてもらう。・・・誕生すれば、すぐにでも会うことができるだろうからな。」

そのまま立ち去る宿敵を、冷めた瞳で見送りながらジルバは呟いた。

「・・・互いに次に会った時が最後になるのだろうな。」

ジルバは胸の前で組んだ腕をゆっくりと下ろすと、踵を返し部屋を後にした。

 

ローヤの店は、喧騒の只中にあった。陽が仲間たちを連れてくると、リョウの指示で全員が武装をし始めたのだ。

各々が自分の得意な武器を選び、装備を整えている中、鷹はリョウに呼び出され店の奥へと向かった。そこでは、既に武装し終えたリョウがソファーに腰掛けていた。

「まあ、座ってくれ。」

鷹は無言で腰を落とした。

「この世界についての説明は受けたか?」

鷹は肯いた。

「世紀王たちは、互いに手先となる怪人を生み出して、戦い続けている。・・・その怪人がどうやって誕生するか、・・・それは聞いたか?」

「・・・いえ。」

頭を振る鷹に、リョウは無表情のまま答えた。

「奴らは、定期的に人間狩りを行う・・・。」

「!!・・・まさか?」

リョウは肯いた。

「そうだ。奴らはさらった人間をサイボーグに生まれ変わらせる。・・・怪人とはすなわち改造された人間だ!」」

「改造・・・人間・・・。」

そのとき、強烈な頭痛が鷹を襲った。同時に幾つもの単語が高速で脳裏を駆け巡る。

『改造人間』 『世界征服』 『首領』 『飛蝗』 『ベルト』

『仮・・・・』 『本・・・猛』 『飛蝗』 『緑川博士』

『飛蝗』 『賢者の石』 『大佐』 『司祭』 『手術』 『祭壇』

『ズィーベン』 『飛蝗』 『アイン』 『飛蝗』 『・・文字・・・人』

『変身』『飛蝗』『変身』『ズィーベン』『変身』『仮面・・・・』『変身』

『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』

『飛蝗』『変身』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『飛蝗』『・・・・・・・・・・・・』

 

「おい!?しっかりしろ!!」

額に脂汗を滲ませながら、震える鷹の両肩を掴んで揺さぶりながらリョウは叫んだ。

その声に驚いた仲間たちが部屋に駆け込んできた。

「どうしたんです!!」

「わからん。鷹が急に苦しみだして・・・。」

「なんですって!・・・こいつはいけねぇ!!」

鷹に駆けよった陽は、すぐ後ろにいた男に向かって叫んだ。

「早く!タオルをぬらして持ってこい!」

「は、はい!!」

陽は、とりあえず鷹をその場に横たえた。男が持ってきた濡れタオルを額に当てた。

仲間たちは、鷹の顔を心配そうに眺めるしかなかった。

しばらくすると、鷹の意識が戻った。

「・・・僕は・・・?」

「気が付いたか?」

鷹はゆっくりと上体を起こした。そして、心配そうに見守る仲間たちに弱々しく微笑んだ。

「すいません、心配かけてしまって・・・。」

「一体どうしたんだ。」

リョウの問い掛けに、首をかしげながら鷹は答えた。

「・・・わかりません。・・・急に頭痛がして。」

「大丈夫か?」

「・・・ええ。多分。」

「そうか・・・。・・・みんな、鷹はもう大丈夫だそうだ、準備のほうに戻ってくれ。」

仲間たちは一様に肯くと部屋から出て行った。

再び、部屋にはリョウと鷹の二人だけとなった。

「・・・本当に平気か?」

「はい・・・。」

「わかった。じゃあ話の続きだ。」

リョウの言葉に鷹は肯いた。

「さっきも言ったとおり、奴らは定期的に人間狩りを行う。・・・主戦場から離れているこの町も例外じゃない。現に5年前に人間狩りが行われた。」

リョウはそこでいったん口を閉ざすと、苦渋の表情を浮かべた。そして、うめく様に言葉を継いだ。

「抵抗する者は、容赦なく殺された。・・・俺たちの両親も殺された。」

リョウは歯軋りしながらうめく様に言葉を継いだ。

「・・・あの時、俺は親友を連れ去られた。・・・サラの、・・・・・サラの本当の兄貴だ。」

「!!」

鷹は驚愕の表情でリョウを見つめた。

「俺は、当時15だった。・・・腕っ節にも自信があった。・・・だが、奴らには通用しなかった。怪人はおろか、その手下の戦闘員にさえ・・・。」

「・・・。」

「無様に倒れた俺の目の前で、あいつは連れ去られた。・・・俺は、あいつを連れ去った蜘蛛頭の怪人を決して忘れない!」

「・・・蜘蛛頭の・・・怪人・・・。」

リョウは立ち上がると窓の外を眺めた。

「つい数時間前。この町に程近い廃工場跡地で、世紀王の旗を掲げた戦闘部隊を目にした。」

「それって!」

「・・・人狩り部隊さ。・・・5年ぶりに現れやがった。」

リョウは拳を壁に打ち付けた。

「・・・あの蜘蛛野郎の姿もあった。」

「では、再びここにやってくるのですか?」

「ほぼ間違いないだろう。・・・そこでだ・・・。」

リョウは鷹に問い掛けた。

「お前はどうする?」

「どうするって・・・。」

リョウは腰をおろした。

「お前は、もともとここの生まれじゃない。それに、あいつらと因縁があるわけじゃない。このまま戦いに巻き込まれるよりは・・・。」

鷹はリョウのセリフを遮ると、口を開いた。

「・・・記憶を失って、荒野で一人途方にくれていた僕が、この一月の間生きてこられたのは、リョウさんを始めとするチームの仲間のおかげです。・・・その皆が生きるか死ぬかというこの時に、一人だけ逃げ出すなんて僕にはできない。」

青年は決意のこもった瞳でリョウを見た。

「僕も戦います。・・・戦わせてください。」

リョウは苦笑した。

「お前は、馬鹿だ。・・・死ぬとわかって戦場に残るなんざいかれてるぜ。」

「そ、そうですか?」

リョウはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「だが、俺もチームの連中もそんな馬鹿野郎が大好きでね!」

二人は顔を見合わせると微笑をかわした。リョウは、ライダースーツのポケットから真っ赤なマフラーを取り出して首に巻きつけた。同様に鷹も自分の黄色いマフラーを巻きつける。

「よーし。いくか!!」

異変はそのとき起こった。突如けたたましい笑い声が部屋中に響く。

「何だ!」

笑い声はなおも続く。そして、ガラスの割れる音がその声に重なった。

「リョウさん!店のほうです!!」

「ああ!!」

二人はドアを蹴り開けると、店内へと踏み込んだ。そこには一面に飛び散ったガラスの中、店主のローヤが倒れているだけである。リョウは慌てて店主に駆け寄ると抱き起こした。

「おやっさん!!しっかりしろ!!」

何度か揺さぶるうちに、店主は目を開けた。

「おお・・・リョウか。」

「おやっさん、何があったんです!皆は?」

店主は頭をしきりに振りながら答えた。

「・・・奴等だ!世紀王の人狩り部隊が襲ってきたんだ!!」

「何ですって!」

「あいつら、いきなり窓を突き破って襲ってきやがった。儂たちも抵抗したんだが・・・このざまだ。」

鷹は周囲を見渡して訊ねた。

「それで、他の皆は?・・・サラさんの姿も見えないようですが?」

リョウにつかまりながら立ち上がった店主は悔しそうに床をけりつけた。

「・・・サラは、奴らにつかまった。」

「何だと!!」

リョウは思わず店主の胸倉を掴んだ。

「すまん・・・。儂は頭を殴られて昏倒してしまったんだが、他の連中は、おそらくあいつらを追いかけて行ったんだろう。」

リョウは、突き飛ばすかのように店主を解放すると、表に駆け出し、自分のバイクに跨った。店主は慌てて叫んだ。

「おい、リョウ!・・・お前、あいつらがどっちに行ったのか解かるのか?」

フルフェイスのメットを被ろうとしたリョウはその一言で歯軋りすると、苛立たしげにメットを叩いた。

「クソッ!!」

鷹はゆっくりと首をめぐらせながら耳を澄ました。

「鷹?」

訝しそうに店主は問い掛けた。

「シッ!静かに!!」

鷹は再び耳を澄ます。

やがて、一方を見据えて指差した。

「あっちの方向。距離4キロの地点で銃声と怒号が聞こえます。」

「何だって!・・・おい鷹!!こんなときにつまらん冗談は・・・。」

「おやっさん!!」

リョウは大声で店主を制した。

「キロ・・・ってのがよくわからねぇが、その方向に奴らがいるんだな?」

鷹は力強く肯いた。

「よし!!後ろに乗れ!!」

店主は驚愕して思わず叫んだ。

「正気か!?」

「・・・おやっさん。どうせ、手がかりは無いんだ。・・・なら、俺は鷹に賭ける。」

リョウは、そう毅然と言い放ち、鷹が跨るのを確認すると、間髪いれずにアクセルを吹かした。

後に残された老店主は、呆然とした表情のままその後姿を見送った。

 

 

「畜生!!こいつら・・・。」

サラを取り戻すために人狩り部隊と戦っていた男達は、圧倒的な力の差に、打ちのめされながらも、抵抗をやめようとしなかった。

彼らの放つ弾丸は、戦闘員たちの銀色に鈍く光る装甲にことごとくはじかれていた。

その戦闘員たちの後方、辮髪で眉毛をそり落とした男が、蔑んだような目でその様子を眺めている。男の額にはエメラルドが埋め込まれている。その傍らでは、戦闘員がサラを羽交い絞めにしていた。

男はサラに一瞥をくれると不敵に笑った。そして、抵抗を続ける者たちに言い放った。

「愚かなる人間どもよ。・・・我が偉大なる主、世紀王ジルバ様の理想を理解できぬ虫ケラども。・・・このまま、この場で朽ち果てるが良いわ。」

そして、不気味な哄笑を辺りに響かせた。

その声で、サラは気が付いた。そして、眼前で繰り広げられる惨状に思わず息を呑んだ。

「おや、・・・気付かれたか?丁度いい、仲間たちが無様に死んでゆくのを記憶に焼き付けるがいい。」

男は戦闘員どもに指示を下した。

「・・・もういいかげん飽きた。お前たち、そのゴミ共を始末しろ!」

戦闘員は、一様に肯くと腕を真上にかざした。その両手の指先から鋭い刃物が飛び出す。

思わずひるむ男たちに残虐な笑みを向けると辮髪の男は指をならした。

一斉に踊りかかる戦闘員たち。サラの悲鳴が響き渡る。

 

その時。

 

爆音と共に地平の彼方から、一台のバイクが疾走してきた。

一瞬その方に気をとられた戦闘員を蹴散らすかの勢いでバイクは駆け抜ける。

「・・・折角の楽しいショーを。」

辮髪の男は歯噛みすると叫んだ。

「貴様!!この罪は死をもって償ってもらうぞ!!」

鷹は素早くバイクから飛び降り、手近な戦闘員に鋭い蹴りを放った。リョウもヘルメットを脱ぎ、戦闘員に投げつける。真っ赤なマフラーがたなびく。

「勝手な事ほざきやがって、この眉なしが!!・・・俺の舎弟と、妹は帰してもらうぜ!!」

「リーダー!!」

リョウの啖呵を聞いて、チームの皆に再び闘志がわいてきた。今まで以上に、果敢に戦闘員に挑んでゆく。

「おのれ・・・、たかが人間の分際で・・・。」

地団太を踏む辮髪の男に向かってリョウのマグナムが火を噴いた。

「貴様だって元はただの人間だろうが!!

吹き飛ぶ男に向かってそう言い放つと、リョウは続けざまに引き金を引いた。その銃弾は狙い違わずサラを捕らえていた戦闘員の頭蓋を貫いた。

「お兄ちゃん!!」

「サラ!!無事か?」

リョウはサラに駆け寄るとその体を優しく抱きとめた。

「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん!!」

リョウは微笑みながらサラの頭を優しくなでた。

と、急にリョウはサラを突き飛ばした。驚いたサラの目に、サラを突き飛ばした姿勢のまま、胸板を槍の様なものに貫かれた、リョウの姿が映った。

「お兄ちゃん!!!!」

サラの絶叫に、振り返った鷹は、その壮絶な光景をみて愕然とした。

「リョウさん・・・?・・!?・・リョウさーん!!」

その声に反応するかのようにリョウはその場に崩れ落ちた。

 

 

創世王の居城・マトリクスの間。そこに神官を従えた創世王エクリプスの姿があった。

「・・・消えゆく命あれば、また生まれ出でる命もある・・。」

「創世王様?」

神官長は、創世王の言葉に驚きの声をあげた。創世王は凄みのある笑みを浮かべた。

「・・・ただの戯言じゃ。・・・それより、間もなく誕生だな。」

創世王の言葉に神官長は肯いた。

「はい。世紀王のパートナーとなる生体兵器がまもなく誕生します。・・・二つのキングストーン『太陽の石』『月の石』に導かれて・・・。」

と、部屋中央のタンクが一際強い赤い光を放つとタンク内から肉塊がせりあがってきた。

室内にどよめきの声がもれる。

「神官長、『夢幻のルビー』を。」

創世王に促されて、神官長はタンク前の祭壇に置かれた巨大なルビーを肉塊へと投じた。

肉塊は、瞬く間に宝石を吸収すると、劇的にその形状を変化させた。

黒い光沢を持つ外皮。一対の複眼と、一対の触角。ボディの側面には複足が伸びている。一番先頭の一対には車輪が固定され、ボディ後部にも車輪がある。そう、それは巨大なバッタの姿をしたバイクだった。

 

創世王は満足そうに肯いた。

「汝の主の下へ行け!!」

創世王のその言葉が終わると同時に黒いマシンはまるで空気に溶け込むかのように消えていった。

それを待ちかねたかのごとく再びタンクの中から肉塊がせりあがる。

「神官長、『夢幻のエメラルド』を。」

同様に投じられた緑の宝石を取り込んだ肉塊は、先程とは色違いの、銀色の外皮を持ったバッタ型のマシンへと変貌を遂げた。

「汝の主の下へ行け!!」

銀色のマシンも何処かへと消えていった。

「・・・これで、継承の儀へつながる全ての儀式が完了したな。」

「御意・・・。」

神官長は恭しく答えた。エクリプスは踵を返すとマトリクスの間を後にしようとした。

「!!・・・何だ?」

にわかに神官たちの間に動揺が走った。そのただならぬ様子にエクリプスは駆け戻ってきた。

「何事だ!!」

うろたえる神官達に代わって、神官長が言上した。

「も、申し上げます。マトリクス・タンク内の胎動が、未だ収まりません。」

「・・・馬鹿な。」

「微弱ではありますが、活動を続けております。」

創世王は、凄まじい形相でタンクを見つめた。確かに微かに蠢く様が見える。

「・・・生体兵器は、キングストーンに惹かれて誕生する。・・・この世にキングストーンは二つしか存在せぬ。」

創世王は視線を祭壇へと向けた。そこには一つだけ宝石が残されている。

『そうだ・・・。考えてみれば奇妙な話だ。そもそも『夢幻の宝石』は何故三つ存在するのだ?・・・この『夢幻のサファイア』は、一体何のために・・・。』

祭壇の宝石は蒼い光を放っていた。

 

 

リョウを貫いたのは、蜘蛛の怪人へと変化を遂げた、辮髪の男だった。その口から吐き出された大量の糸が、槍のごとくリョウを貫いていたのだ。

「・・・人間ごときが、調子に乗りおって!」

サラは、倒れたリョウに、すがりついて涙を流していた。

「お兄ちゃん!しっかりして、お兄ちゃん!!」

蜘蛛の怪人は、ゆっくりと二人に近づく。

「野郎!!」

陽が構えたサブマシンガンが火を噴く。その火線は、蜘蛛怪人に集中する。同時に他のメンバーも各々の銃を撃つ。だが・・・。

「無駄だ。・・・下級の戦闘員ならいざ知らず、この私には銃など効かぬ。」

そう言って無数の糸を吐く。それらは、一本一本が鋭い槍と化して、抵抗する男たちを切り裂いていった。いや、その中には味方である筈の戦闘員の姿も混じっている。

武器を弾き飛ばされ、傷を負った人々のうめき声を聞きながら、怪人は嘲笑した。

「クズ共が!怪人に勝てるのは怪人であると知れ。」

地面に倒れた陽は思わず悔し涙を流した。

「畜生!・・・リーダー・・・。」

その眼前を誰かの足が横切った。驚き見上げる陽は、そこに鷹の姿を見た。

「鷹!?」

蜘蛛怪人は、ただ一人、立って向かってくる男を見て舌打ちした。

「チッ!・・・死にぞこないがいたか。」

鷹は、低いうなり声を上げながら歩み続ける。

『・・・様子がおかしい?』

陽は、鷹の体から、ただならぬ気配を感じ総毛だった。

ゆっくりと近づく鷹の姿に、嫌悪感をあらわにしながら蜘蛛怪人は口から糸を吐き出した。

「危ない!!」

陽の叫びと、同時に鷹は跳躍した。糸は鷹がいた地面を切り裂く。

「甘い!!」

続けざまに放たれた糸が空中の鷹を直撃する。

「クックック・・・・。・・・な、何?」

その場の全員が見た。蜘蛛怪人の放った糸を、片手で受け止めた鷹が、徐々に異形の姿に変化していくのを。

皮膚が硬質化し、徐々に緑色を帯びていく。着地した鷹は、跳躍前とは明らかに異なる姿へと変わっていた。

昆虫を思わせる皮膚。メタリックグリーンに輝くその皮膚は美しくさえあった。蜘蛛怪人は驚愕に顔を歪めた。

「バ、バッタだと!?」

そう、蜘蛛怪人が漏らしたように、その姿はバッタを直立させたかのような姿をしていた。その腰には鷹の唯一の名残としてベルトが光っていた。名前の由来ともなった猛禽のデザインの・・・。

仄かに青い光を放つそのベルトは、まるで、生きているかのように見えた。

蜘蛛怪人は頭を振った。

「馬鹿な・・・そんなはずは無い・・・。」

蜘蛛怪人が口笛を吹くと、生き残りの戦闘員が鷹・バッタの怪人に殺到した。

「ウォォォォー!!」

雄叫びを上げながらバッタの怪人は戦闘員の中に逆に踊りこんだ。手近な戦闘員に飛びかかっては、その拳を、そして蹴りを浴びせる。

それは、さながら鬼神のごとき凄まじさであった。蜘蛛怪人はその姿に明らかに恐怖していた。・・・その感情は彼が改造されて、初めて感じるものである。

「あ、ありえるはずが無い。・・・飛蝗は神聖なる生物・・・。その姿を許されるのは王のみ・・・。」

戦闘員を瞬く間に惨殺した『鷹』は、次の狙いを蜘蛛怪人へと定めた。

吐く息も荒く、蜘蛛怪人へと迫る。蜘蛛怪人は近づく『鷹』に向けて糸を吐きまくった。

その攻撃をことごとくかわした『鷹』は、一気に跳躍しようとした。だが!

「かかったな!!」

糸のうち数本が『鷹』の足に絡みつく。

「貫くだけが、糸の攻撃法ではないわ。俺は蜘蛛の化身。蜘蛛の糸の真髄は攻撃にあらず、獲物を絡めとることだ!!」

徐々に体にまとわりつく糸の数が増す。『鷹』がもがけばもがくほど、糸が体を締め上げる。

ついに、『鷹』は苦悶の声を漏らした。

「クックック!・・・死ね!!」

蜘蛛怪人は恐るべき怪力で、『鷹』を絡みつかせたままの糸を振り回し始めた。『鷹』を空中高く振り上げると、そのまま地面へと叩きつける。辺りに『鷹』の悲鳴が響く。

「鷹!!」

陽は思わずサブマシンガンを拾い上げ蜘蛛怪人を撃った。

「??・・・陽さん!!なんであの化け物を助けようとするんです!」

そう問い掛ける仲間を睨み付け、陽は叫んだ。

「馬鹿野郎!!・・・あいつは、鷹は、俺たちの仲間だろうが!!」

「でも・・・あの姿・・・。」

「格好が何だ?あいつは、ちゃんと敵味方を解かった上で戦ってる!」

男達ははっと気付いた。

「お前らは、仲間を見殺しにするのか?・・・お前らそれでも平気なのか!!」

男達は、肯き合うと、落ちている銃を拾って蜘蛛怪人を撃ち始めた。

「フン!無駄だ!そんな攻撃効かぬと何度言えば解かるのだ?・・・心配せずとも、こいつを始末した後で、ゆっくりと皆殺しにしてやる。」

蜘蛛怪人はまたもや『鷹』を叩き付けた。

その衝撃で、ベルトのバックルにひびが入る。鷹はぐったりして動かなくなった。

蜘蛛怪人は糸から手を離すと、倒れた『鷹』へとにじり寄った。その手の爪が数センチも伸びる。

「止めだ!!」

「鷹!!」

仲間たちの叫びの中、怪人の爪が振り下ろされる。しかしその爪が『鷹』の体に触れることは無かった。背後から忍び寄った男が、蜘蛛怪人と『鷹』の間に滑り込んだのだ。蜘蛛怪人の爪はこの男の体を貫いた。

「貴様はッ!?」

「リーダー!!」

仲間たちの絶望の叫びがこだまする。そう、蜘蛛怪人によって体を貫かれたのは、瀕死の重傷を負っていたはずのリョウだったのだ。

「・・・何の真似だ?」

リョウは全身を貫く痛みに耐えながら微笑んでみせた。

「何の真似だと訊いているんだ!!」

「・・・知れたことだ。仲間を助けたんだよ・・・。」

「仲間だと!?」

(ピシッ)

蜘蛛怪人は残る腕で『鷹』を指差した。

「そこの改造人間を仲間だというのか?」

「・・・そんなの、当たり前・・・じゃ・・・ねぇか。」

(ピシリッ)

リョウはそういい残すとがっくりとひざを折った。そのまま『鷹』に覆い被さるように倒れる。

リョウは、ほとんど見えなくなった目で何とか『鷹』を見るとニヤリと笑った。

「・・・俺のカンに狂いはなかったな。やっぱり・・・お前は・・・只者じゃ・・・なか・・た・・・。」

「茶番はそこまでにしろ!!」

蜘蛛怪人は苦々しげに吐き捨てた。

「仲間?フン弱者共が群れているだけだ!」

リョウは笑った。

「何がおかしい!!」

「・・・人間、そう捨てたもんじゃないぜ。・・・それに貴様とて、世紀王の飼い犬じゃないか。俺たちとどんな違いがあるってんだ。」

「黙れ!!・・・目障りだ、くたばりやがれ!!」

(パキン!!)

蜘蛛怪人が腕を振りかぶると同時に、『鷹』のバックルが砕け散った。

「な、何だこれは!!」

眩いばかりの青い光が、奔流となって辺りを包んでいく。その光は蜘蛛怪人を吹き飛ばし、より強く輝き続けた。

 

 

同じ頃、マトリクスの間でも異変が起きていた。タンク内の肉塊が、急速に形を成し始め、せりあがってきたのだ。

「そ、創世王様・・・これは?」

戸惑う神官長を無視して、創世王は祭壇に歩み寄った。

「・・・この地に初代創世王が誕生してより50万年近く。・・・これまで一度も使用される事の無かったこの『夢幻のサファイア』が、その肉体を求めている・・・。」

創世王は蒼く輝く宝石を肉塊へと与えた。

「創世王様!!」

肉塊は、急速にその姿を変形させていった。

 

 

青い光が収まったとき、その中心には、一人立つ戦士の姿があった。黒と銀のアクセントが入ったメタルグリーンのボディ。首に巻かれた黄色いマフラー。青い宝玉が埋め込まれたように見える腰のベルト。黄金に輝く手甲とブーツ。まるで、甲冑を身に纏ったかのようなその姿には先程のバッタ怪人の面影が残っている。

だがあきらかに、先程より数段洗練されたフォルムの戦士がそこにいた。

戦士の腕の中には、微笑すら浮かべて息絶えたリョウがいる。戦士は、リョウの体を抱いたまま、サラの元へと歩み寄った。・・・誰もが動けなかった。そう、蜘蛛怪人でさえ、その独特の気に畏怖したかのように硬直していた。

 

戦士はサラの傍らにリョウを横たえた。

「・・・鷹・・・なの?」

恐る恐る訊ねるサラに、戦士は肯いた。

戦士は全てを思い出していた。

自分が改造人間である事を。

自分を改造した組織の事を。

自分が改造された目的の事を。

 

だが、ここは、彼が存在していた世界ではない。

ここには組織は無い。

敵となるはずだった男たちもいない。

そう、今の彼にとって敵はただ一人。

目前にいる醜悪な蜘蛛の化け物ただ一人。

 

戦士は自分の巻いていた黄色いマフラーを外した。そしてリョウの側に屈みこむと、彼がいつも身につけていた真っ赤なマフラーを外し、自らの首へと巻きつけた。

リョウが事切れる間際の言葉が蘇る。

新たな変化を遂げた『鷹』に向かって、青き光の中で放った最後の言葉。

『サラを・・・。仲間たちを頼む・・・。』

戦士は、力強く立ち上がった。

「鷹・・・。」

見上げてくるサラに、戦士は言った。

「・・・奴は必ず倒す。・・・兄さんと共にここで見ていてくれ。」

姿は変わっても、唯一変わらない鷹の声に、少女は肯いて見せた。

戦士は、倒すべき邪悪へと歩き出した。

 

蜘蛛怪人はようやく呪縛から解かれたかのように叫んだ。

「何なのだ!貴様は!!」

戦士は歩みを止めずに言った。

「・・・この世に悪がある限り、大地の怒りが俺を呼ぶ。」

戦士は進む。

「・・・悪に苦しむ人々の、流した涙が俺を呼ぶ。」

蜘蛛怪人は嘲笑した。

「フハハハハ。なんだ?正義の味方とでも言うか?」

「違う!!」

戦士は間髪いれずに叫んだ。

「力を振りかざす正義など無い。・・・俺は・・・俺は悪の敵対者だ!!」

蜘蛛怪人も叫び返す。

「悪の敵対者だと!!」

「そうだ!!俺の名は・・・。」

戦士の脳裏をある単語がよぎる。

「俺の名は・・・仮面ライダー!!」

戦士は一気に駆け出した。

蜘蛛怪人と、戦士の死闘が始まった。

蜘蛛怪人の攻撃を難なくかわしながら、戦士の放つパンチが怪人を打つ。

1発、2発、3発、そして間髪入れない回し蹴りが炸裂する。怪人は死の恐怖を感じ闇雲に攻撃を繰り出してきた。大半の攻撃は外れ、僅かに命中した攻撃も硬い装甲に弾かれて、戦士にダメージを与えられない。

大ぶりの攻撃の隙を突き、戦士の放った手刀が蜘蛛怪人の複足を切断する。

「ヒッ!」

蜘蛛怪人は背中を見せると、脱兎のごとく逃げ出した。

「逃がすものか!!」

戦士もその後を追う。しかし、体をより蜘蛛に近い形状に変化させた怪人との間に徐々に距離が開いてゆく。

『クッ・・・。せめてバイクでもあれば・・・。』

その時、彼の眼前で突如として青い光が弾け、その中からバッタの形状を模したバイクが姿を現した。

『・・・!?』

驚く戦士に、思考が流れ込んでくる。

『・・・マスター。』

『女性の声?・・・マスター?・・・俺が?』

バイクは肯くかのように複眼を明滅させる。

『!!・・・この声は、君なのか?』

『・・・私はホイシュレッケ。・・・貴方のパートナー・・・。』

『パートナー?』

蜘蛛怪人は遥か先に遠ざかりつつある。

『ならば、あいつを追いかけるのを手伝ってくれるか?』

ホイシュレッケは再び複眼を明滅させた。戦士はホイシュレッケに飛び乗った。

「よし!頼むぞ!!」

戦士がアクセルを吹かすと、凄まじい加速で荒野を駆け始めた。

『・・・凄い!!組織の開発部でもこれほどのマシンは作れないだろう』

見る間に蜘蛛怪人に追いつくとジャンプしてその前に回りこんだ。

「!?」

驚き立ちすくむ怪人にそのまま突撃する。

「ゲッ!!」

「逃がさんといったはずだ!!」

怪人を車体前方にぶら下げたまま、ホイシュレッケはさらに加速する。車体と戦士の体が青い光で包まれる。

そして、先ほどの戦場までやってくると、そのままの勢いで近くの岩山に突っ込んだ。

轟音があたりに響く。

サラと仲間たちは、無傷のまま後退する戦士とバイクを見た。そしてその後から満身創痍といった体の怪人が姿を現す。

戦士は独特のポーズをとった。直後にベルトの青い宝玉から発した眩い光が、戦士の全身を満たした。そして、そのまま怪人に向かい跳躍すると、鋭い蹴りを放った。

蹴りは怪人に炸裂すると、その凄まじさのあまり怪人を遠くへと吹き飛ばした。地面に叩きつけられるとほぼ同時に、怪人の体が火を噴いた。

怪人はしばらく、もがいていたが、やがて力尽きたのか・・・そのまま燃え尽きていった。

 

 

世紀王シュバルツの居城・黒陽城。その一室で一人の青年が笑っている。

「・・・3人目とはな・・・。」

シュバルツは、傍らの黒いマシン、ソル・ニゲルを軽く叩きながら呟いた。

「・・・ククッ、面白くなってきやがった。」

 

 

同じ頃、世紀王ジルバは、部下の死を感じ取っていた。

「・・・蜘蛛怪人が死んだか・・・・。まあ、3人目が相手では勝てるはずも無いか。」

ジルバは懐からロケットを取り出すとそれを握りしめ、しばらく目を閉じた。

そしてゆっくりと目を開けると自らのマシン、ルナ・アンブラに跨り、何処とも無く走り去った。

 

 

玉座に座った創世王エクリプスは、ただ沈黙し続けていた。

そしておもむろに口を開くと呟いた。

「星・・・惑星・・・大地・・・大地・・・か。」

 

 

戦士は荒野に立っていた。向こうからサラや仲間たちが駆けて来る。そこには、仲間たちに担がれたリョウの姿も見える。

いつのまにか鷹は元の姿に戻っていた。

 

ズィーベンと呼ばれた男がいた。

組織の裏切り者を抹殺するために生み出された彼は、自らの意思で、その裏切り者と同じ名を名乗る事を選んだ。

 

「仮面ライダー」

それは、自由の戦士の名である。

その名がやがて、この世界の人々にとっても希望の光となればいい。鷹はそう願った。

いま、真紅のマフラーが、荒野の風にたなびいていた。


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