第3話 謂れ無き殺意


私は、突きつけられた剣先にチラリと目をやってからゆっくりと口を開いた。

「・・・こういった挨拶は初めて受けるよ。イザーク流かい?」

少女は刺すような視線のまま叫んだ。

「そのイザークで貴様が何をしたか思い出してみるがいい!!」

 

私は、真剣に考え込んだ。どう考えても、これほどの憎悪を向けられるほどの事をしでかした記憶は無いのだ。

・・・もっとも、イザークを占領したダナンの息子ということで反感を持っているということはあるかもしれないが。

 

私が、考え込む姿を見て、馬鹿にされたと感じたのか、少女はさらに大剣を突きつけてきた。小さな痛みを感じ、首筋から一筋、血が流れた。

 

「・・・解らないとは言わせない。貴様によって汚され、命を絶った友人の仇を打たせてもらう!!」

 

そのことばで、おぼろげながら事情が解ってきた。どうも、目の前の少女の友人が、私の名を騙る何者かによって陵辱され、自殺したのだろう。この少女は、その仇を打つべくこのドズルにやってきたというところか・・・。

 

私自身に、そのようなことをしたという記憶は無い。なにしろ、イザークではじめてラクチェと出会ってから、ずっと彼女のみを愛し続けて来た。他の女性のことなど、はなから眼中には無い。

おおかた、下級兵士か、騎士あたりが私の名を語って狼藉を働いたのだろう。

とはいえ、これだけの怒りを向けてきているのだから、誤解だといったところで信じはしないだろうことは、容易に推測できる。

 

「残念だが、私にはそのようなことをした覚えは無い。・・・と言ったところで納得はしまいな?」

「当たり前だ!」

「君はその場にいたのか?私の顔をみたとでも言うのか?」

「・・・いや・・・私はそこにはいなかった。・・・いればこんなことにはならなかったはずだ。」

私は、溜息をつくと言葉を継いだ。

「・・・では、なぜ君はその犯人がヨハンだと思っているんだ?」

「友人の今際の言葉を聞いたからだ。彼女ははっきりとヨハンに汚されたと・・・。」

「ラドネイ!何をしているんだ!!」

急に一人の青年が駆け寄ってきた。そして少女の腕をつかんで剣を下ろさせる。少女は抵抗してもがいた。

「離せ!離してくれロドルバン!・・・仇を、仇を!!」

「馬鹿なことを言うな!剣をしまうんだ!!」

 

私は、首筋を伝う血をぬぐうと口を開いた。

「離してあげてくれないか。」

 

私の言葉に、青年はおろか少女も驚いた表情を見せた。

「私はやってはいない、これは真実だ。・・・だが、納得がいかないのであれば、その剣で切りかかってきてもいい。ただし・・・。」

私は表情を引き締めると少女を見据えた。少女がたじろぐ。

「ただし、それはアグストリアでの戦いが終わってからにしていただきたいものだがね。」

 

少女は、青年の手を振り解くと剣を構えた。

「逃げる気だな!そうはいくものか!」

 

私は再び溜息をついた。

「やれやれ、そこまで言うならば・・・。ふむ・・・。」

私は周囲を見渡すと、月光に照らされてある建物が浮かび上がった。・・・よし。

「ついて来るがいい。」

私はそう言うと、先頭にたって歩き始めた。その建物、練武場にむかって。

 


 

「さて・・・。」

私は、練習用に刃を落とした片手持ちの斧を手に取った。

「ひとつ、勝負といこうじゃないか。私はこの練習用の斧を使う。君は自前のその剣でかまわない。」

 

少女は無言で剣を構える。その後ろでは青年が心配そうな顔で見つめている。

「では、始めようか?」

 

私がそう声をかけると同時に、少女・ラドネイは切りかかってきた。

 

なるほど、いい動きをする。

昨日の戦いではゆっくりとその様を確認できなかったが、今こうして、刃を交えてみると、このラドネイという少女が、剣士としてはかなりの腕前だということがよくわかった。

 

軽装の皮鎧、そして動きの妨げになりそうな装備を一切していないところから、一撃の力よりも、素早く繰り出す連撃によって戦うタイプであろうことは予想されていたが、なかなかどうして、剣に込められた力もたいしたものだ。

 

私は、一切切りかからずに、その一撃一撃を裁くことに専念した。

ふと見ると、背後の青年の表情が青ざめていくのが見えた。

・・・ほぅ。どうやら私の狙いがわかったようだ。だとすれば、彼もまた優秀な剣士ということか。

 

どれほどの攻撃を受け止めたことだろう。ラドネイが振るう剣から、徐々に鋭さが弱まっていく。

当然といえば当然なのだが、最小の動きで防御に専念する私と対象に、フェイントを多用しながら休むことなく切りかかってくるラドネイとでは、スタミナの消費に大きな差が出てくる。

 

荒い息をつきながらラドネイが切り込んでくる。

大きく体が流れる。私は、この瞬間を狙っていた。

軽くかがむと同時に大きく一歩踏み込んで、左肩でラドネイの剣を握った右手を下方向からはねあげる。そしてその体勢のまま、斧を反転させて柄の部分でラドネイの鳩尾を強打する。

 

ラドネイは、剣を取り落とすとその場に崩れ落ちた。

「私の勝ちのようだな。」

だが、うずくまりながらもその眼光は相変わらず憎悪の色をたたえて私を見上げている。

「・・・その様子では、まだわだかまりが残っているようだな。・・・まあ、無理もないだろうが。」

ラドネイは、青年に支えられると立ち上がり、しばし私を睨みつけた後、踵を返して練武場の入り口へと歩き出す。

 

・・・仕方あるまい。

私は斧を肩に担ぐと、よろけながら歩いているラドネイに声をかけた。

「納得いかないなら、いつでも勝負を受けてあげよう。」

ラドネイは足を止めた。

「ただし、不意打ちだけは勘弁してもらいたいがね。・・・後は戦闘中も避けてもらいたい。それさえ守ってくれるなら、いつでも勝負を受けるよ。無論、殺す気で切りかかってきてかまわない。」

 

ラドネイは、振り向かずにそのまま立ち去っていった。

「やれやれ・・・。」

「あの・・・。」

青年のほうが私のもとまでやってくると深く頭をさげた。

「申し訳ありません・・・。妹が失礼をいたしました。」

私は苦笑した。

「いや、気にしなくていい。・・・ところで、君も私が犯人だと思っているのかい?」

青年は首を横に振った。

「いえ、・・・私はヨハン公子がそのようなことをなさるとは思っておりません。先の大戦では、スカサハ殿下の指揮する部隊に参加し、ヨハン公子の部隊とも共に戦っておりましたので、公子のお人柄というものを、自分なりに知っているつもりです。」

 

私は、記憶をたどってみた。・・・確かに、スカサハの側で、この青年が戦っていたような気もする。・・・あまり目立たなかったので、てっきり初対面だとばかり思っていたのだが。

 

「・・・そうか、スカサハと同じ部隊だったのか。」

「はい。・・・公子がそのような卑劣な行いをするはずは無いと、何度も言い聞かせていたのですが、先の戦いではイザークの残留部隊だった妹は、私ほどには公子のことを知らないのです。・・・それ故あれほどかたくなに公子のことを・・・。」

私は、肯いた。

「・・・大体の事情は解った。・・・誤解はいずれ解けると信じている。」

私は、斧を壁のフックに固定した。そして、青年を促して外へと出た。

「アグストリアへ向けて出発するまでに、まだ半月はかかるだろう。それまでは、いつでも挑戦を受けると君の妹に伝えてくれ。」

「・・・申し訳ありません。ご迷惑をおかけいたします。」

私はその肩をたたいて気にするなと言った。

「・・・そういえば、君の名をはっきりと聞いていなかったな。」

青年は姿勢を正すと答えた。

「ロドルバンと申します。」

「ロドルバンか・・・。アグストリアでの戦いのときはよろしく頼むよ。」

「はい。この身にもてる全ての力を持って、かの地から闇を追い払いましょう。」

私は微笑みながら肯いた。

 


 

ロドルバンが立ち去るのを見送ってから、背後の柱の影に向かって声をかけた。

「スカサハ。・・・そこにいるんだろう?」

私の声が消えると同時にスカサハが柱の影から姿を現した。

「・・・厄介ごとを持ち込んでしまったようで、申し訳ない。」

「なに、退屈はせずにすみそうだ。」

私はスカサハに歩み寄りながらそう言った。

 

しばし、無言の時が流れる。

 

先に沈黙を破ったのは私の方だった。

「・・・ラクチェの婚姻はいつなのだ。」

「2週間後だ。」

スカサハは静かに答えた。

「そうか。・・・祝辞は送らせてもらうよ。」

「・・・すまない。」

私は苦笑した。

「おいおい、何で謝るんだ。」

私は、深刻そうな顔をしているスカサハの肩をポンと叩いた。

「・・・スカサハがそんな顔をする必要は無いさ。ラクチェは・・・ラクチェに縁のある伴侶と巡り合い・・・そして、結ばれた。・・・それだけの事だ。」

「・・・ヨハン。」

「それに、他の男なら許せんところだが、相手はあのシャナン王子だ。・・・きっと幸せになれる。・・・それで十分だよ。」

「ありがとう。・・・本当に。」

私は、微笑んで見せた。そして、軽くスカサハを小突く。

「妹や私のことよりも、自分の方はどうなんだ?」

「どう・・・って。」

「・・・マリータとの事だよ。・・・次は君と彼女の番だろうが。」

スカサハは顔を赤らめながら軽く頭を掻いた。

「とりあえずは、今回のアグストリアでの戦いが一段落してから・・・だな。それまでは今までと変わらない。」

私は肯いた。

「ならば、早くこの戦乱を終わらせないとな。・・・まあ、お互いがんばろうじゃないか。」

そう言って差し出した私の手を、スカサハは強く握り返してきた。

 


 

「昨夜、スカサハ殿下より内密にご提案がありました。」

クローヴィスは、朝一番に私の私室を訪れるなりそう切り出した。

「・・・どうしたんだ、顔色が青いぞ。」

「スカサハ殿下の部下の一人、剣士ラドネイを公子の護衛につけたいとのご提案でした。」

 

私は、少々面食らった。が、なんとなくスカサハの考えが解った気がした。・・・それよりも問題なのは・・・。

 

「もしかして、昨夜の一件は・・・。」

「スカサハ殿下より伺いました。」

「そうか・・・。ならその提案をお受けすると伝えてくれ。」

「公子!!」

クローヴィスはまるで叱責するかの調子でそう言うとツカツカと歩み寄ってきた。

「お考え直し下さい。御身が危険です!」

「・・・大丈夫だよ。」

「何が、大丈夫なんですか。公子を仇と狙う人物を四六時中お側に置くつもりですか!」

「まあ、いきなり斬りかかるとかはしてこないと思うし・・・。」

「思うし・・・では困ります。」

「落ち着けよ、クローヴィス。スカサハの考えはおそらく・・・。」

「常にヨハン公子の行動を見せることで、誤解を解こうとしている・・・そんなことはすぐにわかります。問題は誤解が解ける前に公子がお怪我をなさることなのです。」

「・・・じゃあ、逆に聞くが、君は私が彼女にむざむざ斬られるとでも思うか?」

「普通ならありえませんね。・・・それは断言できます。」

「なら、問題は無いよ。逆に人前では闇討ちや不意打ちはしにくいだろうしね。・・・それにさっき四六時中と言っていたけど、そんなにずっと側につかせるつもりは無いよ。」

クローヴィスは、しばらく考え込んでいたようだが、やがて溜息をついた。

「・・・解りました。公子が一度言い出したら聞かないことは承知しておりますからね。」

「じゃあ、この話題はこれで・・・。」

「ただし!」

話を切り上げようとした私をさえぎって、クローヴィスが続けた。

「公子に万一のことが無いように、私も護衛を選抜して公子のお側に付けます。いわばラドネイ嬢から、公子をお守りする役目ですね。早急に人選します。」

私は苦笑しながら肯くしかなかった。

「好きにしてくれ。・・・それはともかく、逃走したリュッセンの居所はわかったのか?」

クローヴィスは頭を振った。

「いえ、・・・いまだ解りません。領地には戻っていないと思われるのですが、念のためにリュッセンの所領に部隊を派遣しております。」

「奴が、魔道の業を操ることができると解った以上、どんなに小さな可能性も視野に入れておくべきだな。・・・おそらく、領地にはまだ500を超える兵力が残っているはず。」

私の推測にクローヴィスは肯いた。

「・・・少なめに見積もってもそれぐらいの兵力は当然保有しているでしょうね。・・・あとはロプト教団の魔道士が、どれぐらい存在するのか・・・。」

「ともかく油断はできないということだ。」

「・・・そのような時だというのに、まったく・・・。」

クローヴィスは再び溜息をついた。

「おいおい、蒸し返すなよ。」

私は苦笑いを浮かべた。

 


 

「さてと・・・。」

クローヴィスが帰っていったあと、私はいくつかの書類に目を通してから、私室から出た。すると、ドアの脇には二人の戦士が立っていた。一人は不満そうな表情で。言わずと知れたラドネイだ。もう一人は表情というものがあまり感じられない。なかなかりっぱな体格の男だ。おそらくはクローヴィスが手配した護衛の騎士なのだろうが・・・。

二人は、私の顔をみると軽く頭を下げた。そして、男の方が口を開いた。

 

「本日より公子の護衛となりました、トールトンと申します。」

「・・・スカサハ殿下のご命令で、護衛に付く。ラドネイだ。」

騎士に対して、不承不承という気持ちがありありとわかるラドネイの言葉に苦笑を返しながら、私も軽く頭を下げた。

「すまないな。よろしく頼むよ。」

 

私は、執務室に向かって歩き始めた。護衛の二人は少しはなれて後ろをついてくる。ラドネイは相変わらず私に殺気を向けてくる。・・・正直に言ってあまり気持ちのいいものではないが、まあ、我慢するしかないだろう。

 

トールトンと名乗った騎士もその殺気に気づいているはずだが、何のリアクションも見せないところから考えると、おそらくはクローヴィスから事情は聞いているのだろう。

しかし、トールトン・・・。ふむ、どこかで聞いたような気がするが、はて?

 

私は、考え込みながらしばらく歩いていたが、ふと気がついた。

「ああ!思い出した。」

私は立ち止まると騎士を振り返った。

「確か闘技場で戦ったことがあるな。」

騎士は表情を動かさずに肯いた。

「はい、覚えていただいていたとは光栄です。」

「勇者の斧の使い手だったな。・・・何時このドズルに?」

「バーハラが開放されて間もなく。・・・もっとも、クローヴィス伯爵からはずっとお誘いを受けていたのですが。」

私は微笑んで見せた。

「では、今はクローヴィスの部隊に?」

「はい、騎士隊長として一部隊を任されております。」

「・・・そうか。いや、貴公が味方になってくれたとは心強い。」

「もったいないお言葉です。」

私は再び微笑を浮かべると、歩き出した。執務室はもう目前だ。

 


 

午前中は、ずっと書類の整理に追われた。手短に昼食を終わらせた後、午後からは財政関連の問題を解決するためにクローヴィス他、数名と共に会議を行った。

 

今までと異なるのは、この会議の席に、ルイージ伯爵の姿があることだ。パーティの時にはそれほど話すことが出来なかったが、今日改めてその意見に耳を傾けてみると、なるほど、その見識にはただ感心するばかりだった。

 

ドズル公国は、元来「豪放磊落」な貴族が多く、軍だけではなく国政にもそのような人物が関わる事が多かったため、内政はグランベルの他の公国に比べるとお粗末な感があった。

 

かく言う私も、こうして国政にかかわるようになって、初めてそのことを痛感したわけで、それまでは深くこの事に考えをめぐらそうとはしていなかった。もともと、妾腹の公子であるし、しかも第2公子であるため、まさか国政に関わることになろうとは、夢にも思っていなかったのだ。

この為、いざ国政と正面から向き合わなければならなくなったときに苦労する羽目になってしまった。

 

しかし、おかげで知ることが出来た事柄もある。その中でも重要なことは、ドズルは、裕福な公国ではなかったが、それはこれまでの為政者が内政よりも、対外的な戦闘と軍隊の強化にばかり気をとられていたせいであることに気づくことが出来た点である。

 

特に、公国北東部の山脈に近い森林地帯が、全くといっていいほどに手付かずの状態であることを知ったとき、私は大規模な開墾事業の構想を持った。

この地帯を開墾することで、有数の穀倉地帯にすることが出来るのではないか?・・・そんな思いにとらわれたのだ。

 

今日の会議の主題も、この国をあげての開墾計画についてだったのだ。

私が漠然と描いていた計画は、ルイージ卿の助言により急速に一つの形にまとまりつつあった。

内政向きの人材は貴重であると考えていた私にとって、彼はまさに最も欲していた人物であるといえるだろう。

クローヴィスも内政に対する理解はあるものの、どちらかといえば軍師タイプの騎士である。これまでは人材の不足によって彼には内政と軍事両面で多大の負担をかける結果となっていた。だが、これからは内政関連の事柄については、ルイージ卿に任せられそうだ。

私は、このような人物とめぐり合うことが出来たことを、聖戦士ネールに感謝した。

 


 

会議は思いのほか長引いてしまった。すでに日は西に傾き、山々の稜線にその姿を隠そうとしていた。

私は、会議中もずっと扉の前で待機していた護衛の二人を伴って城下町へと向かった。

 

今日は、月に一度町の代表者らと会談する日なのだ。

おそらく、他の公国では代表者の方を城に呼びつけるのだろうが、私はよほどのことが無い限り、自分で町へと出向くことにしている。

城に呼ぶことで、代表たちが萎縮してしまい、本音で話すことが出来なくなることを避けるためだ。

 

なるべく民のためを思い、行動しているつもりでも、実際には民との間にずれが生じることがあるものだ。・・・時にはそれが致命的な結果を生み出すこともありうる。

グランベル王国は、帝国制への移行、そして帝国制の崩壊によって、良くも悪くも古い体質が失われた。

ならば、過去を取り戻すことよりも、新たな何かを生み出すほうが良い。・・・少なくとも私はそう思う。

 

そして、新たに生み出されたものが、民衆にとって過去よりもより良いものであるならば、結果として公国全体の繁栄へとつながるのではないか・・・。

単なる理想でしかないかもしれないが、私はその理想を実現したいと考えている。

 


 

会談を終え、城へと戻ったのは夜も更けてからだった。

私は、遅めの夕食をとると、私室に戻りベッドにもぐりこんだ。

 

さすがに疲れた。ここしばらくは、ゆっくりと休んだことは無い。アグストリアの遠征直前には少し休養をとらなければ・・・。

 

そんなことを考えながらうとうとしていた私は、強烈な殺気に飛び起きた。

薄明かりの中、襲撃者の姿が見える。

その襲撃者が持つ刃が、突き出された。私は素早くベッドから飛び降りると絞ってあったランタンのシャッターを開けた。

 

「・・・君か。」

ランタンの明かりに照らし出されたのは、ラドネイだった。

私は、少々不機嫌そうな顔のまま頭を掻いた。ラドネイは険しい表情のまま剣を構えている。

 

私は、ガウンを羽織るとソファーに座り込んだ。

「・・・まさか、寝込みを襲われるとは思わなかったよ。」

相変わらず剣を構えているラドネイに肩をすくめて見せ、私は口を開いた。

「どうした?斬りかかってこないのか?」

彼女はゆっくりと剣を下ろすとドアへと向かった。

「・・・まともに戦っては勝てないから夜襲をかけたのか?」

私のその言葉にラドネイはキッとした表情で振り返った。

「ふざけるな!貴様くらい正面から戦っても勝てる・・・ただ、貴様は正々堂々と打ち倒す価値も無い。・・・そう思っただけだ。」

・・・やれやれ、嫌われたものである。

「・・・何にせよ今夜はもうやめてくれ。眠くてしょうがないから、手加減がきかんかもしれんからな。」

私はそう言って大きなあくびをした。

「!?・・・馬鹿にするな!!」

ラドネイは激昂して斬りかかってきた。・・・仕方ない、少々手荒な真似になるが。

 

私は、振り下ろされる長剣をかわすと、ラドネイの右腕をつかんで引っ張った。

「・・・!?」

バランスを崩し、つんのめる彼女に当身を加える。

「!!」

その場に崩れ落ちる彼女を抱きかかえて、私は溜息をついた。そしてそのまま彼女をベッドに横たえてシーツをかけてやる。そのときになって初めて怒り以外のラドネイの表情をみることができた。私は苦笑するとベッドの側を離れた。

 


 

「・・・ん。」

鳥のさえずりで目が覚めた。・・・あれから少しは眠れたようだ。横になっていたソファーから体を起こして大きく伸びをする。やはりソファーでは寝心地は良くない。首を回したり、肩を揉み解したりしていると、ベッドからラドネイがこちらを見ていることに気づいた。

相変わらず睨み付けるような視線に、私は苦笑を返した。

「おはよう。よく眠れたかい?」

ラドネイは、無言で私の傍らを見ている。そこには彼女の長剣がある。私はそれをつかんで、彼女に放り投げた。

「・・・一応安全のため、預からせてもらったよ。」

彼女はその剣を握り締めると、口を開いた。

「・・・何故だ。」

「ん?」

私が不思議そうな顔をすると、ラドネイは怒鳴った。

「何故、私に何もしなかった!・・・それに、どうして自分のベッドを私に譲った。」

「何かって・・・具体的になんだ?」

私が意地悪く聞き返すと、ラドネイは少し顔を赤らめた。

「そ・・・それは、その、く、口に出すのも不快な行いのことだ!」

私は苦笑した、ラドネイの顔がさらに赤くなる。

「わ、笑うな!!」

私は笑いを抑えると尋ねた。

「何かした方が良かったのか?」

「なっ!」

気の毒なほど真っ赤になって絶句する少女に、私は微笑みかけた。

 

「・・・君は信じないかもしれないが、私には気を失っている女性をどうこうしようなんていう気は無いよ。」

疑わしそうな視線を向けてくるラドネイに向かって苦笑すると、私は立ち上がった。

思わず身を硬くするラドネイを無視して、私はベッド脇へと歩み寄る。そしてベッドに腰掛けた。

ラドネイが微かに震えながら剣の柄を硬く握り締めるのを横目で見ながら、私は欠伸をした。

「・・・さあ、もうそろそろベッドをあけわたしてくれないか?もうしばらく睡眠をとりたいんだがね。」

ラドネイは私を警戒しながらもベッドを降りてゆっくりと後ずさった。

私は気にせずにベッドにもぐりこむと、彼女に背を向けて横になった。

 

斬りかかってくるかとも思ったが、どうやらそのような気配は無い。

ややあって、ドアの開く音が聞こえ、ラドネイの気配が部屋から消えた。

私は体の向きを変えてドアの方をうかがった。足音が徐々に部屋から離れていく。

 

私はその音が完全に消えるのを確認して目を閉じた。

ベッドの中には、ラドネイのぬくもりと、微かな体臭が残っていた。

私はそれらを感じながら、いつしか眠っていたようだ。

 


 

「・・・公子、公子。」

私は、その声で再び目を覚ました。どうやら二度寝のせいで、寝過ごしてしまったようだ。目の前には見慣れたクローヴィスの顔があった。

 

「やあ、クローヴィス。おはよう。」

「おはようございます。」

私は身を起こした。

「すまない、寝過ごしてしまったようだな。」

「ご心配なく、公務に支障の無い範囲ですので。」

「・・・そうか。」

私がほっとしたような顔をすると、クローヴィスは少々気難しい顔で私を見た。

「・・・どうしたんだ?変な顔をして。」

クローヴィスは、その表情のまま話し出した。

「公子、今朝がたこの部屋から若い女性が出て行く姿をみたという報告が入っているのですが。」

私は苦笑した。

「なんだ、誰か、見ていたものがいたのか。」

「・・・ということは事実なのですね。」

眉間のしわを深くするクローヴィスをみて私は吹き出した。

「笑い事ではありません。・・・公子、よもやその女性と・・・。」

「残念だが、今貴公が想像しているような色っぽいことは何も無かったよ。・・・実はな・・・。」

私が、昨夜、そして今朝の経緯を話すと、クローヴィスは今度は怒り出してしまった。

 

「だから言わないことじゃない。・・・すぐにラドネイ嬢を捕らえましょう。」

「・・・まあ、慌てるなよ。何事も無かったのだからいいじゃないか。」

「何事があってからでは遅いのです。・・・そもそも公子は・・・。」

 

こうして、私はこの後30分に渡って彼の説教を聴く羽目になってしまった。・・・やれやれ。


BACK