第2話 緩やかなる移行
城内に立てこもる、将軍たちの兵は、およそ500名ほどと推測された。
もっとも、そう推測したのには理由がある。
戦時ではないときに、大軍勢をもって公邸に滞在するという行為は、その行為そのものを逆心ありと捉えられかねないため、通常はどんなに多くとも100名ほどの騎士、戦士を率いるのが慣例となっているからだ。
今回立てこもる4名の将軍がそれぞれ100名の配下を率いていたとして400名。これに若干の修正を加えて500と見積もったのだ。
正直に言って、殲滅しようとしてできない兵力ではない。
ただし、こちらが大部隊を率いて市街戦を行えればという前提があるが。
先の大戦での痛手から、ようやく立ち直りつつある市民を、再び戦闘に巻き込ませるのは本意ではない。
だが、幸いなことに、リュッセン伯の公邸は、この国都の南西城壁付近に位置し、一般の民家は極端に少ない。とはいえ、大部隊で攻囲をして、いたずらに市民を不安にさせたくはないものだ。
ふむ、そうなると・・・。
「・・・必要最低限の兵力で公邸を包囲し、夜になるのを待って精鋭部隊による潜入攻略作戦を展開しようと思うのだが?」
私のその提案に、案の定クローヴィスが渋い顔で聞き返した。
「まさかとは思いますが、その精鋭部隊に殿下も参加されるおつもりではないでしょうね。」
「そのとおりだ。」
私は肯いた。クローヴィスは溜息をつくと頭を抱えた。
「・・・そんな気はしていました。どうせお止めしても無駄でしょう。」
「よくわかっているじゃないか。」
私は微笑みながらそう言うと、クローヴィスは再び溜息をついた。
「仕方ありませんね。・・・ただし、潜入部隊には私も参加させていただきます。・・・よろしいですね!」
私は苦笑しながら肯いた。
「その段取りで行くなら、私もその潜入部隊に参加したいのだが。」
私たちのやり取りを面白そうに眺めていたスカサハが、そう声をかけてきた。
「スカサハ殿下!・・・このような成り行きになったとはいえ、あなた様は国賓です。万が一にでも怪我をなさっては、このドズル公国の面目が立ちません。なにとぞご自重ください。」
スカサハは優しい微笑を浮かべながらも、きっぱりと首を横に振った。
「殿下・・・。」
「クローヴィス卿。私はアグストリアに残る邪悪と戦うために国を発ってきた。この国に立ち寄ったのはヨハン公子に会うためだったが、別に国賓として扱ってもらおうと思ったわけではないのです。大切な友人に会うために訪れた、ただそれだけです。」
「しかし、ご自身がそう思われても、周囲のもの、ことに各国の貴族層はそうは思いますまい。」
「・・・私は、他国にどう思われようと自らの信念を曲げるつもりはありません。おそらくはヨハン公子も同じでしょう?」
「無論だ。」
私は大きく肯いた。
「たまたま立ち寄ったら友人が困っていた、それを助けるのに理由は必要ない。ましてや他人の目など関係ありません。」
「逆の立場なら、私もスカサハを助けるために全力を尽くすだろう。」
クローヴィスは、ほとほと困ったという表情をした。
「確かに、あなた方が、一個人としての行動ならば、それでもよいでしょう。しかし、あなた方は良くも悪くも公人なのです。事の成り行き次第では、イザーク・ドズル間の紛争の種を生み出すことにも・・・。」
スカサハは苦笑した。そして、私のほうを向いて口を開いた。
「ヨハン公子は、いい臣下をもたれましたね。」
「・・・心底そう思うよ。少々融通が利かない部分もあるが。」
私も苦笑を返した。そして、クローヴィスに語りかけた。
「クローヴィス、もうよいだろう。これ以上の制止は、スカサハへの失礼にあたるぞ。貴公とて、大戦中は、その目でスカサハの強さを見ているはずであろうが。」
「・・・は。・・・そうでした。なれば、最後にひとつだけ。決して無茶な戦いだけはなさいませんように。」
スカサハは肯いた
「心がけるよ。」
かくして、潜入作戦は行われることとなった。夜陰に乗じ、公邸周囲の塀を乗り越える。
同時に近くにいた兵を素早く仕留めた。
選抜した部隊だけあって、敵に絶鳴を漏らさせない鮮やかな手並みである。
潜入を果たしたのは、合計8名。
ドズルからは、私とクローヴィスを含む4名が。
そして、イザークからの剣士たちからは、スカサハとマリータ、そして見慣れぬ剣士が男女一人ずつ。うち、女性剣士のほうは先ごろ私に殺気のこもった視線をたたきつけてきた剣士だ。
さすがに今は殺気を向けてはこないが、時折険しい表情で私を見つめている。
『・・・うーむ。やはり記憶にはないが。』
そう考えかけて慌てて考えを振り払った。作戦行動中に余分なことを考えていると重大なミスにつながる。
私は、今まで以上に慎重に歩を進め、館の内部へと侵入した。
公邸内の兵士たちは、自分たちよりもはるかに多い包囲部隊に、相当緊張しているようだ。このため、逆に屋敷内部は驚くほど手薄になっていた。2、3の小規模な戦闘は起こったものの、たいした障害ではなかった。
数分後には、リュッセンらが立てこもる私室の前にたどり着いた。
私が、皆に目で合図を送り、ドアを蹴破ろうとしたとき、室内から急に声がかかった。
「そこにいるのは判っている。入ってきたまえ。」
私たちは、互いに顔を見合わせると肯きあい、注意深くドアをあけた。
室内には、煌々と照明が灯り、その明かりの下で、完全武装した4人の将軍が私たちを出迎えた。
その中で、一際豪奢な鎧を身にまとった男がリュッセンだった。
リュッセンは、私をみて口元をゆがめた。
「ククッ。・・・ヨハン、貴様のことだ、市民のことを考え、少数で乗り込んでくることなどお見通しだ。クローヴィスよ、智将が聞いて呆れるな。しかも、イザークの王子も一緒とは好都合。まとめて首を刎ね、あの方への貢物としてくれる。」
私は、その言葉を聞き流しながら、部屋の中を注意深く見渡した。伏兵が潜んでいる様子はない。・・・どうやら予定通りだ。
私は、クローヴィス、そしてスカサハと視線を交し合った。
「何をしている貴様ら!」
クローヴィスが苛立ったように言った言葉を、クローヴィスが受け、そして返した。
「伏兵がいないようだな?」
リュッセンはにやりと笑った。
「貴様らごとき若造を仕留めるのに伏兵など要らぬ。我等4人がいれば、十分だ。それに貴様らを殺した後は、公子には病に臥せってもらうことにする。・・・なに、死体さえうまく処理すれば、替え玉などいくらでも立てられるからな。」
「・・・そのときに貴様たち4人以外の兵がいれば、いつのまにか公子謀殺の真相がばれるやもしれぬ・・・それを恐れたのだろう?」
クローヴィスの指摘に、4人は顔色を変えた。
「・・・な!」
クローヴィスは、抜剣すると一歩前に進み出た。
「貴様らが、そう考えて少数しか兵を置かぬことぐらい、私が看破できぬと思ったのか?・・・随分と侮られたものだな。」
「・・・う、うるさい!諸卿よ、この小うるさい若造どもを始末してしまうぞ。」
将軍たちがそれぞれ武器を構えて踊りかかってきた。
スカサハが、一人の将軍の前に立ちふさがって剣を閃かせると、その隣で、マリータが別の将軍を相手取り剣を振るう。
クローヴィスが残る一人を受け持つのを見届けると、私は愛用している勇者の斧を手に、リュッセンに迫った。
潜入部隊の残る4人は、騒ぎを聞きつけてきた兵士たちを入り口で阻んでいる。
あまり長い時間をかけていては、彼らに負担がかかることになる、速やかに首謀者である将軍たちを倒さねばならない。
「クッ・・・。こ、小僧が!!」
リュッセンは、マスターナイトという話だったが、どうやらその話は真実だったようだ。その証拠に、彼は宝石がちりばめられた悪趣味な剣で攻撃を繰り出してきたのだ。
見た目の趣味の悪さとは裏腹に、その剣はなかなかの逸品であるらしく、私が打ち込む重たい一撃を受けても、折れることなく裁いている。
『・・・少々厄介かもしれないな。』
私は、心の中で舌打ちすると、斧を構えなおした。
「どうした、たいそうな口を利いてくれたが、所詮はこの程度か。」
私は、その言葉を無視すると、より一生強烈な斬撃を加えた。
「ぬ・・・ぬ・・・っ!?」
激しい、叩きつけるような一撃、一撃が、徐々にリュッセンを壁際へと追い詰めてゆく。
焦り始めたリュッセンの剣が、空振りした勢いで書棚に突き刺さった。
「なに!?」
「・・・勝負あったな。」
私は、冷たく言い放つと斧を振りかぶった。そして、おびえた表情を浮かべるリュッセンの脳天めがけ、一気に振り下ろした。
だが・・・。
「な・・・!」
私の放った一撃は、空を裂いて絨毯にめり込んでいた。
一瞬あっけにとられたが、次の瞬間、私の脳裏でいくつかの単語がつながった。
『リュッセン・マスターナイト・リワープの杖・・・・!!・・・そうか!!』
私は、いまだ戦い続ける将軍たちに向かって叫んだ。
「リュッセンは諸君らを見捨てて逃亡したぞ!もはや諸君らに勝ち目はない、速やかに投降するか、あくまでも戦い死ぬか。どちらかを選べ!!」
私のその声に、将軍らはしばしためらった後、武器を投げ捨てその場に跪いた。その様子を見て、入り口に殺到していた兵士たちも一人、また一人と武器を捨て、仲間たちに投降を呼びかけ始めた。
・・・戦いは、どうやら決着をみたようだ
一部の市民たちに混乱があった以外は、ほぼ予想通り・・・いや、予想以上にうまく事態を収拾できたのではないだろうか。
スカサハら、戦闘に参加してくれた剣士たちに謝辞とねぎらいの言葉をかけたあと、クローヴィスに彼らのための宿泊施設の手配を頼むと、私は私室へと戻ってきた。
「・・・ふう。」
ソファーに腰をおろすと、背もたれに深く腰を下ろしながら腕を組み考えた。
『・・・リュッセンを取り逃がしたのは失敗だったかも知れんな。』
あの状況で、とっさに脱出した以上、そう遠くへ逃げたわけではないはずだ。・・・あの執念深い男が、あれほどの屈辱を受けて黙っていられるはずがない。
「・・・仕掛けてくるのは間違いないな。問題はその時期がいつか・・・だが。」
そう呟いたとき、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰だ。」
「クローヴィスです。」
その声に私は少し表情を和らげると入室を促した。
「失礼いたします。」
クローヴィスは、軽装に剣を帯びただけの格好で部屋に入ってきた。
「スカサハ王子はじめ、イザークの方々への宿の手配完了しました。」
「ご苦労だった。・・・まあ、こっちにきて座りたまえ。」
「では・・・。」
クローヴィスは私の向側に腰を下ろした。
「スカサハたちの宿泊所はどこを手配したのだ?」
「・・・なにぶん急でしたので、十分に満足していただけるような宿は思いつきませんでした。」
私の問いかけにクローヴィスはそう答えた。
「それで?」
「スカサハ王子以下重臣の方は、私の公邸にご案内いたしました。その他の方々は、空きのあった、北西兵員宿舎に。」
「なるほどな。君らしい判断だな。」
「そうでしょうか?」
クローヴィスは、微笑みながら首をかしげた。
本人たちが、国賓では無いと言ってはいるものの、友好国のゲストを半端な宿泊施設に泊まらせるわけにはいかない。・・・そんな時、クローヴィスならば自らが公邸にて接待するだろうことは予想されていた。
「・・・面倒をかけるが、よろしく頼む。」
「心得ております。」
クローヴィスはそう言って肯いた。私は、笑みを返すとぽんと手を打った。
「そうだ!明日の夜は、パーティを開くことにしよう。」
「パーティですか?」
少々驚いた顔をしたクローヴィスに、私は肯いた。
「ああ、帝国崩壊からこちら、ずっと倹約倹約でやってきただろう?皆へのねぎらいの意味もこめて、そういう場を設けてみてはどうかと思ったんだが。」
「・・・なるほど。」
「そんなに豪華なものでなくてもいい。ささやかなパーティを開ければと思うんだが。・・・正直なところ、財政的な部分はどうなのかな?」
「そうですね・・・。公子がおっしゃるように、大げさなものでなければ、十分に予算を捻出できるかと思いますが。」
「・・・クローヴィス。こういったことの手配に長けた人物に心当たりは無いか?」
「ございます。」
「誰だ?」
「公子の目の前にいる人物です。」
私は、一瞬目を丸くすると、吹き出した。
「いやいや、それは解っている。だが、君にばかり負担はかけられないだろう?誰か適任者はいないかな。」
「そうですね・・・。」
クローヴィスは、しばし腕組みをして考えたあとで口を開いた。
「書記官のルイージ卿などどうでしょうか。」
「ルイージ?どういった男だ?」
「ランゴバルト公時代より、ずっと書記官を勤めている方です。ウェル地方に小さな領地を持つ伯爵位の貴族ですが、一年の大半を王宮内の書物庫で過ごされています。」
私は、首をかしげた。
「伯爵位の貴族?・・・記憶には無いが?」
「あまり、表には出られない方ですから。ですが、裏方の仕事には定評があります。・・・もっとも、ランゴバルト公、ダナン公、ブリアン公の歴代の公爵は、彼のことを正当には評価せずに、常に閑職をあてがい続けたのですが・・・。」
私は、少々そのルイージという男に興味を持った。
「ルイージ卿か。・・・では、その男に今回のパーティの全てを任せよう。至急連絡をとってくれ。」
「は、では早速。」
クローヴィスは、一礼すると退出していった。
「・・・なるほど、見事なものだな。」
翌晩、パーティ会場となったドズル城内の大広間に案内された私は、素直にそう呟いた。
豪奢ではないものの、並以上に壮麗な装飾が施された会場内には、すでにドズルの貴族や騎士たちが談笑している。
私が、会場内を見渡していると、こちらに手を振る男がいた。スカサハだ。
私は、微笑を浮かべると彼のもとに歩み寄った。
「楽しんでもらえているかな?」
私の問いかけにスカサハは微笑んだ。
「存分に。・・・すまないな、こんな立派な宴を催してくれて。」
私は笑顔のまま首を横に振った。
「気にしないでくれ、別に君達の為だけに開いたわけではないから。しかし・・・。」
私は、そう言うとスカサハがエスコートしている女性を見た。
「君のパートナーは美しいな。」
私の言葉に、二人が顔を赤らめる。スカサハが手をとっている女性。それは赤いドレスを身にまとったマリータだった。
普段の剣士姿からは、想像できないほど可憐な装いに、周囲からの視線を集めている。
それこそ、どこかの令嬢と言っても通用するだろう。・・・もっとも、実際彼女は王族の血を引いているのだが、これは、私とスカサハだけの秘密だ。
私はもう一度微笑んだ。
「じゃあ、また後で。」
私は軽く手をあげて彼らに挨拶すると、その場を立ち去った。
宴は、たけなわを迎えていた。
私はあちこちで貴族や騎士達からの挨拶を受け、なかなか宴を楽しむといった感じではなかったが、それでも、気分は高揚していた。そんな時、クローヴィスが老齢の人物を連れて私のもとへとやって来た。
「公子。こちらがルイージ伯爵です。」
私は、肯くとその老齢の紳士を見た。祖父の代からの臣であれば、かなりの年齢だと思うが、深くしわが刻まれている顔をのぞけば、背筋も伸びているし、物腰もしっかりとしたものだ。
ルイージ卿は恭しく頭を下げた。
「公子にはお初にお目にかかります。ウェル伯のルイージと申します。」
私は、老紳士の手をとった。
「急な申し入れをよく引き受けてくれた。素晴らしい宴だ。心より感謝する。」
私のねぎらいの言葉に、ルイージは笑みを浮かべた。笑うと、無邪気ともいえるような表情になる・・・そう私は感じた。
「おそれいります。お気に召して頂けたのならばこれ以上の喜びはありません。」
私は微笑み返すと、二人を伴ってテラスへと出た。
「ルイージ卿。クローヴィス卿より聞いたのだが、貴公の事務処理能力には定評があるとか?」
「・・・お恥ずかしい限りです。戦では何の役にも立てませんが、数字相手の仕事や、こういった裏方の仕事は性に合っておるのでしょうな。」
「いや、裏方の努力なくして勝利はありえないと私は思っている。祖父も父も、そして兄もそのことには気がつかなかったが。」
私は、ルイージの手をとった。
「ルイージ卿。私は、まだまだ未熟だ。あなたのような経験豊かな方からの助言が必要であると痛感している。・・・どうか、これからも私を助けてもらえないだろうか。」
老紳士は、優しい表情で肯いた。
「・・・もったいないお言葉です。・・・老い先短いわが身ではありますが、その生涯をかけて公子のお力になることをお約束いたします。」
「感謝する。」
私は、ルイージの手を固く握り締めた。
宴は、夜半を過ぎても終わる気配を見せない。何しろ、私がこの地へと戻ってきてから初めてのパーティである。
しかも、非公式とはいえ国賓を迎えてのパーティでもあるため、皆が浮かれるのも無理の無いことだ。
私は、酔いを覚ますために会場を離れ、庭園へと差し掛かった。
そして、故障している噴水の前で立ち止まる。
『・・・次に大々的なパーティを開くのは、アグストリアでの戦いを終えて凱旋したときになるだろうな。』
私は、噴水を見上げた。
『そのときまでには、きっと修理してやるからな。』
しばらくぼんやりしながら夜風にあたっているうちに、徐々に酔いがさめて頭がはっきりとしてきた。
と、同時に背後に気配を感じた。
『・・・やれやれ、油断したものだ。』
私はゆっくりと振り返る、その鼻先に長剣の切っ先が突きつけられる。
「・・・なるほど、誰かと思えば、君だったのか。」
私は、襲撃者に向かって微笑みかけた。
以前、私に殺気のこもった視線を向けてきたこの女性剣士は、険しい表情のままで、私を凝視し続けていた。