第1章 砂漠の戦士たち


イード砂漠。

ユグドラル大陸の中東部に位置するこの砂漠は、これまで多くの人々の悲しみを飲み込み続けてきた。

 

古くは帝国崩壊後のロプト信者が隠れ住み、再起を願い血の涙を流した。

 

十数年前の戦いにおいては、シグルド軍に合流しようとしたレンスター王国の王太子夫妻、キュアンとエスリンが、トラキア軍の急襲を受け若い命を散らした。

 

その他にも数々の悲劇を生み出したこの不毛の大地に、旅人たちは足を踏み入れていた。

 

奇妙な一団である。騎馬に跨ったその一団は、日差しよけのマントを羽織り、腰に剣を帯びただけという軽装で砂漠へと乗り入れていた。

 

 

「・・・春だというのに、恐ろしいぐらいの暑さですね。」

フードに隠されて顔は見えないが、若い男の声のようだ。

「・・・イード砂漠は、大陸の他の地域と同じ季節はあてはまらない。・・歪んだ魔力のせいとも言われているな。」

先頭を行く騎影が答えた。こちらは、もう少し落ち着いた男の声だ。

「あたしは、以前に一度だけ来たけど、あの時は外縁部を通っただけだったからね。・・・それでもかなりの暑さだったよ。」

その声は、男たちのすぐ後ろを行く騎影から発せられた。どうやら若い娘のようだ。

「それで、この先の町まではどれくらいなのでしょう?」

最後の一人も、どうやら女性のようだ。先ほどの娘よりは若干年上・・・といったところだろうか。

「・・・そうだな、休み休み進んだとして、到着は夕方ごろになるかな。」

先頭の男はそう答えた。

「・・・さあ、あまり話すと体力を消耗する。おしゃべりは宿についてからにしよう。」

その言葉に残る三人は肯くと、黙々と馬を進めていった。

 

 

 

西の空が朱に染まろうとする前に、彼らは砂漠の町のひとつに到着した。

この町は、イード砂漠に点在するオアシスのひとつに、人々が集まってきたことによって作られた町である。もっとも、イード砂漠に点在する町は、どれもそのような経緯で成立しているものばかりといえるのだが。

 

元来、オアシスの町というものは、活気があるものだが、どうもこの町では様子が違っていた。夕方は、涼しくなり始めるため、もう少し人々が外を歩いていても不思議はないのだが、静まり返ったと言う言葉がぴったり来るかのように人通りが極端に少ない。

 

外にいる人と言えば、数人の男たちが、なにやら深刻そうな顔で話し合っているだけである。

 

「・・・妙な雰囲気だな。」

「何かあったんでしょうか?」

旅装の男たちが顔を見合わせて話していると、彼らに気づいた住民の一人が近づいてきた。

「・・・もし、お尋ねしますが、あなた方は傭兵騎士ではありませんか?」

その男は、旅人たちの剣を見ながらそう聞いてきた。

「・・・似たようなものだな。」

先頭の男がそう答えると、その男はその場に平伏して嘆願してきた。

「お願いいたします。どうか・・・どうかこの町を救ってくださいませ。」

旅人たちは、互いに顔を見合わせると、戸惑った表情を浮かべた。

 

 

 

男を立ち上がらせた一団は、彼らに案内されて、一軒の民家を訪れた。

随分と動揺しているように見える男たちを落ち着かせながら、どうにか事情を聞きだすことに成功するまでに、しばしの時間を要した。

 

「さらわれた?」

若い騎士・トリスタンは眉間にしわを寄せながら尋ねた。

代表格の男は沈痛な表情で肯いた。

「つい数日前のことです。見慣れない、騎士風のいでたちの男等がこの町にやってきたのです。取り立てておかしな所もなく、普通の旅の騎士様だと思っていたのですが、昨夜になって急に民家を襲って、女子供をさらって行ってしまったのです。」

「酷い事を・・・。」

腰に長剣を帯びた少女・アーリアは呟いた。

「それで、その男たちは何処に行ったかは分かっているのですか?」

壮年の騎士・ノイッシュの問いに男は肯いた。

「この町の北西にロプト帝国時代の遺跡があります。どうもそこに居座っているようなのです。」

「ロプト帝国時代の?」

美貌の女性剣士・アンナフィルが口を開く。

「はい。・・・この数十年無人となっていた廃墟なのですが・・・。なんでも、町の古老たちの話しによると、帝国時代には生贄の儀式が行われていたとか・・・。私たちは、ロプトの生き残りが、再び儀式を行おうとしているのではないかと・・・。その為に・・・女、子供たちを・・・。」

男はそう話しながら感情が抑えきれなくなったのか、嗚咽を漏らし始めた。

ノイッシュは肯いた。

「分かりました。その話が事実なら、事態は一刻を争うはずです。すぐにでも救出に向かいましょう。」

男は顔を上げた。

「おお・・・。それでは!」

ノイッシュは肯いた。

「捕らわれている人々は、必ず救い出します。ご安心を。」

「ところで、敵の数は何人ぐらいなのです?」

トリスタンの問いかけに男は答えた。

「およそ15〜16人ほどかと。ですが、廃墟の中に、まだ仲間がいるかもしれません。」

「戦えない数ではないな・・・。」

トリスタンはアーリアを見た。少女も肯く。

「ただ、敵の首魁と思しき騎士は恐ろしい使い手のようです。青い鎧の騎士にはお気をつけ下さい。」

男の言葉にノイッシュらは肯いた。

 

 

 

町のものに案内されて遺跡を訪れたノイッシュたちは、案内役の男を返した後、遺跡を探索し始めた。既に彼らは鎧を装着しており、即座に戦闘に対応できるように準備は万端である。

明るく輝く満月の光が、彼らの鎧を、そして腰に佩いた剣の柄を輝かせている。

 

「ノイッシュ隊長。この遺跡・・・少し変わっていますね。」

トリスタンは戸惑ったような声で紅の鎧の騎士に話し掛けた。

「神殿と言うには変な作りだよね。祭壇らしき物もないし。」

アーリアも怪訝そうな表情で辺りを見渡している。

二人の言葉を受けてノイッシュは肯いていた。

「確かにな。・・・敵が潜んでいるような雰囲気でもない。」

 

その時、少しはなれたところを調べていたアンナフィルが口を開いた。

「ここは、多分入口部分ですよ。」

「入口って?」

アンナフィルはアーリアに微笑みかけると、傍らの柱に手をかけてなにやら操作したようだ。すると、軽い振動音と共に近くの床に切れ目が入り、見る間に地下へと続く傾斜が現れた。

「なるほど・・・入口ね。」

アーリアは肯いた。

「かなり大きな入口ですね、ノイッシュ隊長。」

ノイッシュは苦笑しながらトリスタンに答えた。

「馬ごと十分に入れそうだな。・・・しかしトリスタン。私はもう隊長ではないぞ?」

「え?」

「先ほどから、また私のことを隊長と呼んでいるぞ。」

「あ!」

トリスタンは、苦笑を浮かべながら頭を掻いた。

「すみません。つい緊張すると昔の呼び方になってしまうみたいです。」

「まあいいがね。・・・ともかく下ってみよう。敵がいるとすれば、おそらくはこの先のはずだ。」

彼らは肯きあうと、手持ちのランタンに明かりを灯し、ノイッシュを先頭に斜面を下っていった。

 

その時、彼らの様子を窺う影がいた事に、誰も気付く事はなかった。

 

 

 

地下に降り立った彼らは、各々が軽い驚きを憶えていた。

かなりの距離を下った末にたどり着いた場所。そこで彼らが目にしたのは、大型の馬車が十分に対向できそうな石畳の通路。そして、かなりの高さを持つ天井だった。

何よりも、松明受けで、燃え盛る松明の列だった。

「・・・どうやら、誰かがいる事は間違いないようだな。」

ノイッシュの言葉に全員が肯く。

「一応用心のために、ランタンの灯は点けたままで進もう。」

彼らは、注意深く通路を奥へと進みはじめた。

 

鉄靴が石畳を打つ音が、周囲の壁に反響する中、天井は徐々に高くなり、やがて松明の明かりでは見えないほどに高くなって彼らの視界から消えた。

ほぼ時を同じくして、彼らは、通路から少し開けた広場のような場所にたどり着いていた。

今入ってきた通路以外に、いくつかの通路がこの広場から続いているようだ。

「通路の集結場所の一つ・・・といったところか。」

「そうですね。・・・隊長!!」

トリスタンが上を指差し鋭く叫ぶ。同時に頭上から何か巨大なものが落下してくるのを彼らは見た。それぞれが咄嗟に身をかわす。

轟音と共に辺りに土煙が巻き起こった。

 

 

 

土煙が収まると、トリスタンは自分が孤立した事を知った。

落下してきたのは巨大な壁だったのだ。彼は、未だに興奮している愛馬の首を撫でてなだめると、壁に近づいて調べ始めた。

「これは・・・登るのは無理・・・だな。」

壁の上端は、見えないほどの高みにあるらしく松明の光では確認できない。

そして、壁自体の表面も水気を含んで結露しているうえ、そこかしこに苔が繁茂している。

「仕方がない。進める通路を探しながら行くしか無さそうだ。うまく行けばこの広場のように通路が合流している地点もあるだろう。」

トリスタンは、一つの通路を選ぶと馬を進めた。

 

しばらく進むと、トリスタンは奇妙な事に気付いて馬を立ち止まらせた。

「妙だ、先ほどから分岐が一つもない?」

トリスタンは先ほどよりも注意深く馬を進めながら、周囲の壁を観察した。やがて、彼はある事に気付き馬を下りると壁に駆け寄った。そして、仔細に壁を調べると肯いた。

「なるほど、分岐がなかった訳じゃない。一つ以外の通路が人為的に塞がれていたという訳か。」

彼の触れている壁には、明らかにそれと分かる切れ込みが入っている。おそらく、本来は四つ角であるこの場所が、蓋をされ単なる直進のように見せかけられているのだ。

「何処の誰かは知らないが、俺を誘導したがっている訳か・・・。」

トリスタンは、しばし考え込んだ後、再び愛馬に跨ると通路を進み始めた。

さしあたって今のところ、この通路を進むしか方法はないわけで、その先に待つのが何であれ、彼に進む以外の選択肢はないのだ。

「多分に罠の匂いがするけど・・・。その時はその時さ。」

トリスタンは腰の剣に軽く手を触れるとまっすぐに正面を向いて馬を進めていった。

 

 

 

ノイッシュは、自分たちが分断されたと知ると、迷わずに通路の一つを進み始めていた。

トリスタン同様、自分がどこかに誘導されている事を感じながら、動じることなく進んでいく。

と、唐突にノイッシュは馬を止め、周囲を窺った。

「・・・明らかに空気が変わった。」

彼は通路の先から、微かな風と共に漂ってくる湿った空気の中に、それまでとは異質の気配を感じ取っていたのだ。

「殺気・・・いや、どちらかというと闘気・・・か?」

ノイッシュは、鞍に括り付けた兜を取り外した。

彼は戦場においても、めったな事では兜を装着しないことで有名だった。

その彼をして、兜を装着しようと思わせるほどに、前方から漂ってくる闘気が激しいものだったのだ。

「久しく感じた事のない闘気だ。・・・テウタテス将軍と同格。・・・いや、もしかすると、それ以上かもしれんな。」

ノイッシュは、表情を引き締めると真紅の兜を装着し、静かに腰の魔剣を引き抜いた。

松明の明かりを反射し、真紅の騎士と魔剣とが輝く。

 

紅の聖騎士は、前方の闘気に呼応するかのように、自らの闘気を徐々に高めていった。

前方の闘気が、更に膨れ上がる。

ノイッシュは、愛馬の歩を速めた。

背に乗せる主人の闘気が伝染したのか、彼の馬もまた気を高めているようだ。その力強い鼓動が、乗り手であるノイッシュにも伝わる。

 

やがて、彼の前に空間が開けた。

先ほどの広場よりも二周りは広い、円形の広場だ。

だが、なによりも異なっているのは、直立した飛竜ほどの高さの壁の上には、階段状の観客席のような物が設けられている事だろう。

ノイッシュは、このような建造物に心当たりがあった。

「闘技場・・・なのか?!」

卓越した戦士同士を戦わせ、その様を観賞し、時には賭けも行われる。

ノイッシュ自身も、若い頃には方々の闘技場で戦い、その闘技場のマスタークラスの戦士を打ち倒している。

この広場は、明らかに、闘技場の趣があった。

 

その闘技場の中央に、佇む一騎の騎影があった。

この場に漂う闘気は、間違い無く前方の騎士から放たれている。

全身を青い鎧で包み、長槍を手にしたその騎士は無言のまま、闘気を叩き付けて来る。

鎧と同色の兜によって表情は分からないが、ノイッシュと戦う気なのは間違いないだろう。

 

「青い・・・鎧。青い騎士か。」

ノイッシュの脳裏に町での男の台詞が甦る。

 

『敵の首魁と思しき騎士は恐ろしい使い手のようです。青い鎧の騎士にはお気をつけ下さい。』

 

ノイッシュは、その広場に足を踏み入れた。その途端に背後の通路が閉ざされる。

「まさしく闘技場だな。」

前方の騎士からの闘気が、今までになく膨れ上がる。

「話し合う気は無さそうだな。」

ノイッシュも闘気を叩き付けつつ、魔剣を構えた。

対する青騎士も長槍を構える。

 

二人の騎士は、ほぼ同時に突進を開始していた。

 

 

 

通路の先は、広場のような場所へと続いていた。

トリスタンは、注意深く馬を進めた。

ちょうど、広場の中央まで来た時に、入ってきた通路が轟音と共に閉じられた。

慌てて振り返るトリスタンだが、通路は完全に閉ざされてしまっていた。

「やはり罠か・・・。」

そう呟くトリスタンの耳に、何かが聞こえてきた。

耳を澄ますと、彼のちょうど真正面の壁から聞こえてくる。

『馬・・・か?』

その時真正面の壁が開き、よりその音が大きくなった。

「やはり、馬の足音だ・・・。」

彼がそう呟いた時、通路の先に騎影が見え始めていた。

 

「騎士・・・。村の人の言っていた奴らか。」

その騎士は、ゆっくりと広場へと入ってきた。

松明に輝くその騎士の鎧それは・・・。

「青い・・・鎧。」

トリスタンは、出発前に町の人が言った言葉を思い出していた。

 

『敵の首魁と思しき騎士は恐ろしい使い手のようです。青い鎧の騎士にはお気をつけ下さい。』

 

トリスタンは、こちらに向かって進んでくる騎士を注視した。

若い。

おそらくは、自分とそう違わない年齢ではないかとトリスタンは思った。

その顔はともすれば幼ささえ感じられるほどだ。短く揃えられた髪が、その印象に拍車をかけている。

 

トリスタン自身が蒼い鎧を着ているため、もしこの場に第三者がいたならば、若い騎士が向かい合う光景に奇妙に幻想めいたものを感じたかも知れない。

 

松明の明かりに輝く、『蒼き騎士』と『青き騎士』。

 

トリスタンと騎士は、同時にそれぞれの剣を抜き身構えた。

 

 

 

闘技場の中に金属がぶつかり合う音が響き渡る。

ノイッシュは、眼前の騎士の実力が、想像していた遥か上だったことに驚きを憶えていた。

 

『これほどの雄敵は、今までに戦った事がないかもしれない。』

体格的には、ノイッシュとそう変わらないであろうその騎士が、常人では振り回すのが困難であろうと思われる長槍を、片手で軽々と操り、凄まじい突きを繰り出してくるのだ。

しかも、ノイッシュが一撃を繰り出す間に、数度打ち込んでくる。

その猛攻の為、ノイッシュは、有利な間合いに飛び込むことが出来ないでいた。

 

だが、相手の騎士も驚いているのがノイッシュにはわかった。

明らかに有利なはずの槍で攻撃しながら、その全ての攻撃をノイッシュが捌いているのだ。

必殺の気合を込めて放たれる突きが、ノイッシュの剣捌きによって、ことごとく軌道を逸らされるのだ。

 

両者は一時、間合いを取った。

互いから視線をそらさず、相手の一挙一動に神経を集中させる。

ゆっくりと円を描くように馬を進めながら、切っ先を相手から外さない。

 

と、唐突に互いの馬が地を蹴る。

闘技場の中央部分で激突した二人の騎士は、再び刃を交えた。

 

今度は乗り踏み込んだぶつかり合いとなった為、完全にノイッシュにとって有利な間合いとなった。

 

だが、相手の騎士は近接戦では不利なはずの長槍で、ノイッシュが打ち込む攻撃の全てを受けきっていた。

その技量は、達人の域を軽く越えているのではないかと思わせるのに十分な物であった。

 

数十合の打ち合いの後、再び両者は間合いを取った。

さすがにこれだけ凄まじい超技の応酬の後では、互いに涼しい顔でという訳にはいかないようだ。

人馬共に呼吸が荒い。

だが、その戦意は一向に衰えるどころか、より激しく燃え上がっている。

 

しかし一方で、ノイッシュの中で微かな違和感が生じていた。

 

『・・・凄まじいまでの闘気だが、攻撃から邪気が感じられない。・・・本当にロプトの残党なのか?』

 

どうやら、疑問を抱いたのは相手も同じだったようだ。

少しだけ、吹き付けられる闘気の中に揺らぎのようなものが感じられたのだ。

『・・・彼も感じているのではないのか、違和感を。』

 

互いに、次の一撃をしかけるタイミングを計りながらも、その一撃を放てずにいた。

 

「持久戦になるか・・・。分断されたトリスタンらの安否も気にかかる。・・・できることならば早急に決着をつけたいところだが、そうそうこちらの思うようにはさせてくれまい。」

ノイッシュは魔剣を構えなおす。その剣身から、松明の反射とは明らかに違う燐光が立ち昇り始めていた。

 

 

 

時をほぼ同じくして、トリスタンもまた、若き騎士と戦闘状態に突入していた。

互いの武器は長剣。片手で剣を操り、もう一方の手で手綱をとって巧みに馬を操る。

 

技量に関してもほぼ同じかと思われた。

何より、流派の違いはあるにせよ、共にスピードと技で相手を翻弄するタイプの剣技であるせいか、容易には決着が付きそうもなかった。

 

『こいつ・・・強い!!』

トリスタンは、対グラオリッター戦以来、久々に戦慄を覚えていた。

相手の騎士の額にも汗が流れ落ちている。しかし、表情には動揺した様子は見られない。口元を引き締めて鋭い突きを繰り出してくる。

 

トリスタンは、その突きを長剣を振るって弾き飛ばす。一歩後退した騎士に向けて、今度はトリスタンが攻撃を仕掛ける。

彼の剣術の師でもある、ノイッシュが得意とする連続攻撃だ。

上段から振り下ろした剣を、受け止められると、すぐに横薙ぎの一閃に変化させる。それを防がれると、素早く剣を引き、すかさず突きを繰り出す。

その一連の動作を停滞することなく、流れるように行う。

激しい攻撃ゆえに、剣を振るうものにスタミナ、そして長剣を自在に操れるだけの力と技量が必要となる、達人の域に近いものにしか、なしえない攻撃なのだ。

 

だが・・・。

 

「・・・ッ!・・・やるなッ!」

その攻撃を眼前の騎士は受けきったのだ。

最後の突きこみは意表をついたのか、鎧の表面を掠めたものの、直接身体にダメージは無いだろう。

 

並の兵士ならば致命傷とは行かないまでも、強烈な痛手を与えられる連撃。

それを凌ぐことが出来るということは、すなわちその攻撃を全て目で追い、的確に自らの剣で受け止められたということだ。

それは、目の前の騎士もまた、達人に限りなく近い境地にいることを意味する。

 

騎士は、さすがに驚きの表情を浮かべたままトリスタンに話しかけた。

「今のはかなり危険だったよ。・・・何故なんだ?」

トリスタンは、間合いを取りながら尋ね返した。

「何故とは?」

騎士は表情を引き締めると叫んだ。

「これほどの技量を持つ君が、何故、住民の虐殺などを行った!!」

トリスタンは、一瞬呆気にとられた。

『・・・こいつは一体何を言っているんだ??』

 

「住民を虐殺?俺がか?」

騎士は肯いた。

トリスタンは、ますます混乱した。

「ちょっと待ってくれ。俺はこの近くの町の連中に頼まれて・・・。」

その言葉に騎士は激昂した。

「では、自分の意思ではなく人に頼まれてあのような酷いことをしたというのか!」

騎士ははき捨てるように言うと、猛然と切りかかってきた。

トリスタンは、その連撃を受け止めながら怒鳴り返す。

「ふざけるな!訳の分からないことを言って!・・・町の女子供を浚って生贄の儀式に供そうとする輩が!!」

その言葉に、今度は相手の騎士の方が驚いていた。鍔迫り合いで互いに相手を押し返そうとする中、すぐ目の前に迫った騎士の顔に困惑の表情が広がっていく。明らかに何を言われたのか分からないといった表情だ。

「何を言っているんだ??生贄だと?」

「とぼける気か?いまさら見苦しいぞ?」

騎士はむっとした。

「とぼけているのはそちらの方だろう!殺された住民たちの無念。・・・この私が晴らす!!」

トリスタンも勢い良く相手を押し返す。

「何を!自分に正義があるとでもいいたいのか!・・・どう詭弁を弄そうと、俺は騙されない。おとなしく降伏して、さらった女性や子供たちを返すんだ。」

双方とも、なにやら妙な違和感を覚え飛び退った。

油断無く相手の様子を窺いながら、間合いを取る両者。

しばしにらみ合った後で、どちらとも無く剣を下ろした。

双方の胸中に生じた違和感が、急速に膨らんできたためだ。

やがて相手の騎士が、戸惑いながら再び口を開いた。

 

「・・・少し頭を冷やそう。」

その言葉にトリスタンも肯いて答えた。

「ああ。・・・どうも双方の話が食い違っているようだ。」

騎士も肯いた。トリスタンは、ゆっくりと話し始めた。

「俺は、この近くの町の人々の依頼で、さらわれたという町の子供たちと女性たちを救うため、仲間と共にこの遺跡にやってきた。」

騎士は黙ってその言葉を聞いたあとで口を開いた。

「私は、騎士崩れの野盗によって虐殺が行われた町の生存者から頼まれて、その野盗の根城であるというこの遺跡にやってきた。」

騎士はそういうとトリスタンをじっと見た。

「君と同じように仲間と共にね。・・・最もはぐれてしまったけど。」

トリスタンはますます困惑の度合いを深めていた。

「俺も、途中で仲間と分断された。・・・もしかして広場みたいな場所で上から壁が落ちてきたとかじゃないのか?」

騎士も半ばそう聞かれるのを予想していたのか、やっぱりといった表情で肯いた。

「・・・何者かにはめられたというのか?俺たちは・・・。」

トリスタンは騎士に尋ねた。

「念のために聞くが、貴公はロプトの兵士ではないのだな?」

騎士は苦笑すると肯いた。

「無論だ。私の名は・・・。」

 

 

 

ノイッシュと、青き騎士は、互いに釈然としないものを感じながらも、戦いを続けていた。

だが、双方の剣から明らかに先ほどまでの鋭さが失われつつあった。

二人の騎士は、またもや間合いを取った。

互いが、互いの出方を窺っている・・・そんな雰囲気だ。

 

『・・・何かがおかしい・・・。それは相手も考え始めているようだ。だが、闘気の質そのものは依然衰えてはいない。剣を退こうものなら、おそらくあの槍によって刺し貫かれるだろう。』

ノイッシュは、じっと相手の青い兜をみつめながら思案していた。

『どのみち、何らかの形で決着をつけねば収まらないだろう。』

ノイッシュはそう判断すると、手綱を放し、両手で魔剣を構えなおした。

その動きに呼応するかのように、青き騎士も長槍をしごいた。

「ハッ!!」

裂帛の気合と共に、ノイッシュが愛馬を疾走させる。

『この一撃で決める!』

同様に、相手の騎士もまた、長槍をまっすぐに構えて突進してくる。

そのスピードがぐんと上がる。

ノイッシュは相手の頭に狙いを定めると剣を右脇に構えた。

と、相手の槍が、突き込みの姿勢から急に横薙ぎに変わった。

「クッ!」

咄嗟に身を屈めたノイッシュの兜に衝撃が走る。屈めなければ、その鋭い穂先によって、首と胴とが両断されていたことだろう。そして、彼の真紅の兜は、砕け散りながらも、その衝撃から主の頭部を守りきった。

その攻撃から数瞬遅れて、ノイッシュの放った斬撃が騎士の兜を打ち据える。

頭部を襲った衝撃によって、いささか狙いがずれたのか、兜を切り裂くことは出来なかったが、大きな亀裂が前面から頭頂部に向かって走っていた。

 

すれ違った両者は、しばし走った後、振り向いて再び対峙した。

双方共に頭部に衝撃を受けたはずであるのに、落馬せずに馬を操った事実は、彼らの非凡な才を表しているようだ。

 

『どうしたのだ?』

ノイッシュは、相手の騎士が驚いたかのように硬直する様を見て怪訝に思った。

硬直する騎士の兜の亀裂が、徐々に大きくなっていく。

やがてひび割れの音が大きくなると共に、細かい破片となって兜が砕け散った。

 

そこから現れたのは、まだ若いといえる男の顔だった。

空色の髪のその男は、驚愕の表情でノイッシュの顔をじっとみつめている。

 

少しずつ驚きが収まってきたのか、その騎士は初めて声を漏らした。

「まさか・・・。」

 

その声を聞いて、ノイッシュも頭の中で急速に一つの人物像が焦点を結ぼうとしていた。

そして、その人物が完全に脳裏で結像したとき、ノイッシュも思わず呟いていた。

「そう・・・なのか?」

 

絶句する二人の騎士。闘気が消滅した闘技場の中で、先ほどとは異なる空気が周囲を柔らかく包み始めていた。


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