序章


ユグドラル大陸。

 

広大な大地には森が茂り、草原が広がる。

美しい河川、そして湖沼には多くの魚たちが泳ぐ。

碧空には鳥達が行き交い、山野を獣たちが駆ける。

 

だが、豊かな自然が豊かな感性のみを養うとは限らない。

そこに住まう人々の心に別の物が養われる事もあるのだ。

 

すなわち「野心」である。

 

神ならぬ人は、愚かにも争いを繰り広げ、同族同士が醜い争いを繰り広げた。

しかし、争いを始めたのは人間であるが、争いを終結に導いたのもまた人間であった。

 

無論、その影に神々の姿が見え隠れしてはいた。

 

ただ、これだけはいえるだろう。神々の不興をかったのは人間であるが、一方で神々の関心を引き、助力を与えようと変心させたのは、紛れもなく人間であったのであると・・・。

 


 

聖戦と呼ばれた、解放軍とグランベル帝国との戦いから、既に半年が経過していた。

グランベル帝国は、ユリウス皇子の死と共に崩壊し、解放軍のセリス皇子の元、再びグランベル王国として再建されつつあった。

王国の各公爵家も、新たな指導者のもと急速に復興を開始していた。

 

大陸北東部のイザーク王国では、王家の生き残りシャナンが正式に国王として即位し、王妃ラクチェと共に国力の回復に力を注いでいる。

ソファラ公爵となったスカサハは、仲間の剣士・マリータらと共に、主として外交関係で手腕を発揮し、周辺諸国との友好拡大に一役買っていた

 

大陸南東部のトラキア半島では、南北の王国が統合され、新トラキア連合王国が誕生した。

国王の座に着いた、旧レンスター王国の王子リーフは、王妃ナンナ、そして姉であるアルテナ王女、旧トラキア王国のアリオーン王子ら、それに連合国内諸国の人々と協力しながら新国家を軌道に乗せるべく奔走していた。

 

比較的、順調に戦後処理が行われている東部諸国と対照的なのが大陸西部の諸国だった。

 

大陸北西部のシレジア王国では、情勢に変化が訪れていた。

長らく国を空けていたセティ王子の帰還によって、日増しに勢力を盛り返してくる王国軍。

盟主であるブリンディを暗殺され、弱体化したシレジア解放同盟は、敗走を重ね、現在はオーガヒルへと逃れていた。

解放同盟の弱体化に伴い一時的に勢力を伸ばしたシレジア革命軍は、シレジア王国のほぼ6割を取り返した。しかし、王国軍が力をつけている今日では、その力関係は拮抗しつつあった。

 

大陸南西部のヴェルダン王国では未だ残るロプト教団の残党とジャムカ王子率いる王国軍との戦いが続いている。

今まで、各国の支援を主としてきたヴェルダン軍が、本格的に自国領内の不穏分子の掃討に乗り出したためか、今まで以上の勢いで残党を追い詰めている。

 

大陸西部の大地、アグストリアでは、ノディオン王国の生き残りアレス王子を盟主に迎えたアグストリア解放軍と、アグストリア地方北部を占有する帝国残党軍とフィンスタニス・メンシェンの混成部隊とのにらみ合いが続いていた。

小競り合い程度の戦いは絶えることはなく、徐々にその規模が拡大してきつつある状況だ。

 

諸国から続々と援軍が到着するアグストリア解放軍はともかくとして、残党部隊の寄せ集めであるはずの一団が半年にもわたって戦線を維持している事に、人々は首をひねっている。

不気味な事に、その部隊を増強しつつあると言う噂すらある。そしてそれは戦いの場において裏付けされていったのだ。

 


 

そして、ユグドラル大陸の中東部に位置するイード砂漠。

いまだ、各勢力による統治が十分に行われずに放置されているこの空白地帯に、定めに導かれた、戦士たちが集りつつあった。

 

もたらされるのは「光」か「闇」か・・・。

 

グラン暦779年初夏。

歴史は、立ち止まることなく緩やかに動き続ける・・・。


BACK