第19章 戦士の意地


「・・・皇帝陛下の崩御。ノディオン城の奪還。・・・やれやれ、悪いことは立て続けに起こるものよな。」

猛将テウタテスはそうひとりごちた。

 

アグストリア派遣部隊の居城であるアグスティ城。その会議室には、かつて帝国を構成する各公国の指揮官が詰めていた。

 

だが、いまこの会議室には彼を含めて3人が座るのみである。

総司令官であるテウタテスの斜め前に座る二人の男は、副司令官であるタラニスと、ドンヌ司祭の代理である、魔法騎士ゲイズである。二人とも無言でテウタテスの言葉を聞いていた。

 

テウタテスは、鋭い眼光で二人を交互に射ると、口を開いた。

「・・・ノディオン守備隊であったロートリッター隊は敗走、主将たるベレノスは行方不明。・・・同様にゲルプリッター隊も敗れ、ガレスフとアミッドは捕虜となった・・・そうだな?」

「はい。」

「重ねて問うが、間違いないのだな?」

タラニスは苦笑した。

「残念ながら事実です。」

テウタテスは、しばらく険しい表情でタラニスを見ていたが、溜息をつくとゲイズを見た。

「それで、フィンスタニス・メンシェンはその大部分をマディノ城へと移動したとのことだが?」

「左様です。」

「フン!」

テウタテスは鼻を鳴らした。

「・・・あの城にはいまだ海賊軍の残党が居座っていたはずだ。いつの間に制圧したのだ?」

「つい先日のことです。」

「・・・この際、命令外の行動をとったことについては問うまい。問題なのは、直近の城であるマッキリー城ではなく、このアグスティよりも遥か北に位置するマディノに移動したことだ!・・・貴様ら、儂を差し置いて何をたくらんでおるのだ!!」

「・・・ドンヌ様のお考えは、私には量りかねます。ただ、真に帝国の為を思えばこその行動と我ら一同信じております。」

「・・・どうだかな。・・・タラニス!!」

「はっ!」

テウタテスは立ち上がるとタラニスを見下ろした。

「もはや、このアグストリア派遣部隊は事実上機能しておらぬ。残る軍勢は、我が配下のグラオリッター三千騎と、貴様が率いる一千騎のゲルプリッター・・・。」

「二千騎です。」

さりげなく訂正するタラニスにテウタテスは思わず聞き返した。

「二千だと!?・・・貴様、いつの間に・・・・。まあいい、後は北のフィンスタニス・メンシェン・・・。これだけの戦力では、到底反乱軍を駆逐することはできん。」

「では、本国に撤退なさりますか?」

テウタテスはニヤリと笑った。

「馬鹿を申すな。この儂がただの一度も勝利せぬまま撤退などすると思うのか?・・・儂の部隊はこれよりマッキリーに向かう。かの地にて反乱軍を迎え撃って見せるわ!!」

「・・・戦って死ぬおつもりか?」

テウタテスは大笑した。

「戦士は、戦場にて死するが定め。それが大舞台であるならばこれ以上の名誉はあるまい。・・・とはいえむざむざとやられはせん。反乱軍にドズル騎士の恐ろしさを骨の髄まで叩きこんでくれるわ!!」

猛将はそういうと踵を返した。

「貴様らは好きにするがいい。」

「では、失礼いたします。」

ゲイズは一礼すると魔法を唱え姿を消した。タラニスはゆっくりと立ち上がると猛将に声をかけた。

「我々も、マッキリーへと参りましょう。」

「無用だ。」

テウタテスのその言葉にタラニスは眉をひそめた。

「ほぅ・・・。それは何故です。我々の戦力を結集すれば勝機が見出せるやもしれませんが?」

テウタテスは即座に答えた。

「簡単なことだ。貴様と一緒にいては、いつ寝首を掻かれるか気が気でないのでな。」

「・・・何ですと?」

タラニスの声が低くなる。テウタテスは続けた。

「・・・貴様、ノディオンが落ちたあの日、守護すべきシルベール城を離れどこにいた?」

「おっしゃる意味がよくわかりませんな。」

「・・・まあいいだろう。ともかく手出しは無用だ。・・・後は本国に帰るなり留まるなり好きにするがいい。」

テウタテスはそのまま会議室から出て行った。

「・・・好きにさせてもらおうではないか。なあ?」

タラニスの傍らにはゲイズが再び姿を現していた。

「そうですね。・・・それでは、私はマディノに戻ります。後は手はずどおりに。」

「ドンヌ司祭によろしく伝えておいてくれ。・・・それとベレノスの行方についてだが・・・。」

魔法騎士は頷いた。

「現在、配下の者にも捜索させております。・・・発見次第に処分いたします。」

「アルティオ、ルゴスの両名も同様にな。・・・首だけは必ず届けさせてくれ。」

「承知しております。では・・・。」

ゲイズは今度こそ転移していった。

後に残ったタラニスは、かつて同僚たる副司令官が掛けていた席を皮肉そうに見やった。

「いささかアクシデントもあったが、ほぼ、予定通りだな。後は・・・。」

タラニスはそう呟くと、足早に会議室を後にした。

 


 

テウタテスは、私室に戻ると甲冑を身に纏いはじめた。その胸にはマスターナイトの紋章が輝いている。

と、ドアがノックされた。テウタテスが入室を促すと、ひとりの兵が入ってきた。

「ご苦労。・・・して本国の様子は?」

「はい、反乱軍の主力部隊は、エッダ、フリージ、ドズルの各拠点を次々と制圧し、着々と帝都バーハラへと迫っております。」

テウタテスは、表情を曇らせて問うた。

「ブリアン公は?」

「・・・残念ながら、戦死なさいました。聖斧スワンチカも反乱軍の手に。」

「そうか・・・。」

「この他にも、ユングヴィのスコピオ公、フリージのヒルダ王妃が戦死し、イシュタル王女は捕縛されました。」

「わかった。・・・危険な任務ご苦労だった、今夕にはマッキリーに経つことになるが、それまではゆっくりと休んでくれ。」

「は!失礼いたします。」

兵が下がると、テウタテスはソファーに座り込んだ。

「・・・そうか、ブリアン公も亡くなられたか。・・・だが、反乱軍にはヨハン公子がいらっしゃるとか。ならばドズルの血が絶えることはない。」

テウタテスはいささか疲れたかのように立ち上がった。

「アルヴィス陛下亡き今、帝国がどうなろうと知ったことではないわ。せいぜいロプトの邪教徒どもと、ユリウス皇子が必死になればよいだけのこと。」

そう吐き捨てると、徐々に猛将の目に覇気が漲ってきた。

「後のことなどは知らぬ。儂はただ強敵との決戦のみを望む!!」

猛将は壁にかけた愛用の戦斧を手にとると、気合いの雄たけびを上げた。

 


 

マッキリー城。

王都であるアグスティへと抜ける峡谷の中央部に築かれた城である。もともとは、王城であるアグスティの南方を護るため設けられた小規模な砦であった。

その後、建国より数百年を経るにしたがって、徐々にその様相を変化させてきた。

その過程において、単に砦の守備隊長に過ぎなかったアグストリア貴族の一人が、マッキリー周辺の領地を正式に与えられて、一つの王国として成立する事となる。

 

先の大戦において、マッキリー城の城主であったクレメントの死後は、一時的にグランベル王国より派遣された役人によって統治されていたが、帝国建国時のどさくさにまぎれて盗賊団の襲撃を受けその根城となっていた。

 

この城が再びグランベル帝国の手に奪還されたのは、第1次アグストリア派遣部隊の遠征による。この時の遠征には大陸に名を馳せる、多くの人物が参加している。

ヴェルトマーからは、深紅の魔女と称えられたアイーダ将軍が。

フリージからは、派遣将軍としては当時最年少だったラインハルト将軍が。

ドズルからはテウタテス将軍が・・・。

 

この時に、アルヴィス皇帝の勅命を受けて、全軍総司令官を務めたのはアイーダ将軍であった。この人選には、誰からも異論が出ることなく、ラインハルト、テウタテスの両将軍も、彼女を補佐し、破竹の勢いでアグストリアの地を駆け抜け、多くの城砦が攻略されたのだ。

「堅固なること巨岩の如し」と謳われたこのマッキリー城も例外ではなく、その堅固さをもってしても攻め手と受け手の能力差を埋めることはできなかった。

 

だが不可解なことに、このマッキリー攻城戦の後、アイーダ将軍は軍を退役し、歴史の表舞台からも姿を消すこととなる。

その、あまりに急な退役について、世間では様々な憶測が流れた。一説によると、彼女の子どもの身に危険が迫った為、彼女の父コーエン伯爵を頼ったものの、ロプト教団の手により暗殺されたとも、ロプト教団の専横を誅するために、旧シグルド軍の残党と共に反乱軍に身を投じたともいわれている。

 

いずれにせよ、アイーダ将軍辞任の後、しばらくは侵攻作戦が停滞したものの、5年の後、再び派遣部隊第が編成される。

この、第2次アグストリア派遣部隊では、驚くべき事に、アルヴィス皇帝自らが全軍総司令官として戦場に立ち、瞬く間に王城アグスティを陥落させてしまったのだ。城を護っていた旧アグスティの遺臣は全員処刑され、長い歴史を誇ったアグスティ王国は完全に滅亡する事となった。

 

アルヴィス皇帝は、処刑を見届けると、後の指揮を後任の指揮官に託し本国へと帰還した。

そして、数年の後、アグストリア全土の制圧を目的とした第3次アグストリア派遣部隊が編成される事となるのだ・・・。

 


 

テウタテス将軍が指揮部隊の全てを率いてマッキリー城に到着したのは、翌早朝だった。

休むことなく全将兵をマッキリー城の中庭に整列させたテウタテスは、中庭を見下ろすバルコニーに立ち熱弁を振るった。

「・・・勇敢なる我がドズルの精鋭達よ。まずは諸君らの今日までの勇戦に感謝の言葉を述べたい!」

多くの将兵は彼のこの言葉に驚いた。厳格にして豪胆なこの将軍が、感謝という言葉を使ったのはこれが初めてではなかろうか。

「・・・諸君らも承知のように、グランベル本国においては、皇帝陛下が崩御され、我が栄光あるドズル公国も、セリス、シャナンらによって率いられた反乱軍どもによって制圧された。また、国公たるブリアン公も戦死された。・・・遺憾ながら戦いの趨勢は決したと言えよう。」

騎士達の間に動揺が走る。テウタテスは敗北を認めるといっているのだ。

ざわめく騎士達を手で制するとテウタテスは続けた。

「心して聞いてほしい。我らはユリウス皇子、またマンフロイらロプトの邪教徒どもの私兵ではない!よって、我らのアグストリアでの戦いはもはや無意味であると!!」

打って変わって静まり返る将兵達を見下ろしながらテウタテスは続けた。

「・・・帝都バーハラが陥落するのも時間の問題であろう。・・・だが、幸いな事に反乱軍・・・解放軍の軍中には、ブリアン公の弟君であるヨハン公子がいらっしゃる。ドズル公爵家の血筋が絶えることはないのだ。」

中庭を埋め尽くす将兵は固唾を飲んで将軍の言葉を待った。

「私は、最後にノディオン城に向けて攻撃を行うつもりだ。・・・先ほども言ったとおりもはや戦略上この攻撃は無意味である。これはあくまで、私の戦士としての闘争心を満足させる為の、いわば私戦である。・・・よって諸君らは無理にこの戦に参加する必要はない。」騎士達は、思い思いの表情で将軍を見つめている。

「これより一時間、諸君らに考える時間を与える。私と共にノディオン城を攻めるのであれば再びこの中庭に集結してもらいたい。・・・繰り返し言うが、これは私戦だ。参加しなかったからと言って咎めることはない。むしろ、無駄に命を捨てるのは賢明ではない。このまま街道を東進すれば、無事に国境を越えて本国に帰還できるはずだ。」

テウタテスは将兵達に敬礼を送った。

「・・・では、一時間後に。」

彼は、マントを翻しながら室内へと消えていった。

 


 

澄み渡った碧空を、一騎の龍騎士が飛翔している。

アグストリア解放軍、七将軍の一人、ルファスである。

彼は、ノディオン城周辺の索敵任務を受けて、配下の騎士達と共に警戒にあたっていたのだ。

「特に敵影らしきものは見当たらなかったな。」

彼はしばし考え込んだものの、もうしばらく索敵を続ける事にした。

彼が、アグストリアでも有数の峡谷である、マッキリー峡谷に差しかかったときである。眼下で野盗とおぼしき集団が、二人組みの旅人を襲っている光景を目にした。

「・・・盗賊か。」

ルファスは乗竜を旋回させると急降下させた。

野盗達は、急に現れたルファスの姿に恐慌をきたした。

ルファスはうろたえる野盗に、容赦ない斬撃を加えた。そして、飛竜から飛び降りると、半ば倒れこんでいる二人組みに駆けよった。

「大丈夫か!」

その時になって初めて、彼は自分が思い違いをしていた事に気づいた。二人組は単なる旅人ではなく、帝国軍の騎士だったのだ。一人は、まだ幼いといえる顔立ちの女性騎士。そして、もう一人は初老の騎士だった。

ルファスは、一瞬躊躇したものの、再び盗賊に斬りかかっていった。二人の騎士もそれに倣う。

数分の戦いの後、野盗のほとんどが血にまみれて大地に倒れ、生き残った者達は、ほうほうの体で逃げ去って行った。

ルファスは、溜息をつくと二人組の方へと振り返った。

見ると、初老の男が少女を護るように剣を構えている。ルファスは再び溜息をついた。

「よしてくれ。私は貴公らと戦うつもりはない。」

初老の騎士は疑うかのような視線を向けている。

「・・・戦う気はない。私は手負いの騎士を討って悦にいるほど腐ってはいない。」

その言葉で、初老の騎士は警戒しつつも剣を下ろした。

「・・・反乱軍の者か?」

男の問いにルファスは苦笑を返した。

「我々は、解放軍と名乗っているがね。」

初老の男は軽く頭を下げた。

「・・・御助力かたじけない。・・・私はヴェルトマーの騎士、ルゴスと申す。こちらは、我が主家の姫君、アルティオ様だ。」

頭を下げる少女に礼を返しながら、ルファスも名乗った。

「アグストリア解放軍、竜騎士隊の指揮官、ルファスだ。」

ルゴスは目を見開いた。

「貴公が、あの七将軍のドラゴンナイトか?!」

ルファスは頷いた。ルゴスは観念したかのように膝を付いた、あわててアルティオがその体を支える。今まで気力で立っていたのだろう。目に見える範囲だけでも幾つもの傷を負っている。彼はゆっくりと顔を上げた。

「・・・この傷ではもはや、貴公と戦って逃げ延びる事は不可能だ。この首を獲るがいい。・・・ただ、姫様だけは、・・・姫様だけは助けてほしい。」

「ルゴス!」

驚くアルティオを制するとルゴスはじっとルファスを見つめた。ルファスは自らの剣を収めると、ルゴスの目の前にしゃがみこんだ。

「先程も言ったように、私は手負いの騎士を討ちとるような非道は嫌っている。・・・とりあえず、我らの城へと来てはいただけませんか、ルゴス卿。その傷も手当てせねばならんでしょう。」

「・・・私に捕虜になれと?」

「詳しい経緯はわかりませんが、あなたにはその姫君を護る責任がおありではありませんか?・・・ならば、今は些細な事を気にしているべきではないでしょう。あなたが万全の体勢でなければ、姫君を護る事もかないませんよ。」

「しかし・・・。」

「我々解放軍は、捕虜に対しての非道を固く禁じています。これは、七将軍筆頭であるイーヴ将軍の信念であり、他の将兵も同様の気持ちでおります。・・・どうか私を信じて城まで御同行ください。」

ルゴスは、自分を見つめるルファスのまっすぐな視線に、心に感じるものがあった。彼は護るべき姫君を振り返った。アルティオもわずかに笑みを浮かべて頷く。ルゴスは決断した。

「・・・了解した。ルファス卿、貴公を信用しよう。」

ルファスは頷くと自らの竜に二人をいざなった。

やがて、三人を乗せた飛竜は、ノディオン城へと飛び立って行った。

 


 

ルファスがルゴスらを乗せ、ノディオン城へと帰還したのとほぼ同時に、彼の部下たちが、帝国軍の大部隊を発見し報告してきた。

「軍旗はドズル家の紋章?・・・という事は総司令官テウタテス卿のグラオリッターか。」

報告を受けたイーヴは腕を組みながら呟いた。

 

テウタテス配下の騎士たちは、結局その大部分が主と共に戦うことを選んだのだ。

もはや大義はない。テウタテスも言っていたようにあくまでも私戦なのである。

それでもなお、彼らが戦いを選択したのは、戦士としての本能、あるいは意地といったものであろうか。

 

強敵と死力を尽くして戦いたい。

 

結局のところ、テウタテス配下の騎士たちは、主に負けず劣らずの戦馬鹿ぞろいだったようだ。本国への帰還を選択した同僚たちに、家族への言伝を頼んだ後は、彼らの顔からは、迷いも、そして未練すらも消え去っていた。

 

「それでは皆の者、行こうではないか!我らの最高の戦場へと!!」

テウタテスの言葉に、将兵たちの歓声が続く。

やがて、隊列を整えたテウタテス将軍指揮下のグラオリッター隊は、一路ノディオン城を目指し街道を南下し始めた。

 


 

ノディオン城では、緊急の軍議が行われる事となった。

会議室に七将軍が集結する。無論、特務部隊のベオウルフ指揮官も同席している。

「・・・ルファス卿が捕らえたヴェルトマーのルゴス卿、及びアルティオ姫の件はしばし保留だ。ルゴス卿の治療が済み次第に詳しい事情を聞くとしよう。それまでは、捕虜としてではなく、客人として扱うように。」

イーヴの言葉に異論をさしはさむものはいなかった。

「差しあたって問題となるのはマッキリーより進軍してくるテウタテス指揮のグラオリッター隊だ。」

イーヴのその言葉を受けて、アルヴァが口を開いた。

「ルファス卿の部下からの報告では、その数はおよそ三千騎とのことですが・・・。」

「テウタテスのグラオリッター隊の強兵ぶりは、私も目の当たりにしました。その戦闘能力は、六千騎分に匹敵すると言っても過言ではないでしょう。」

ホークのその言葉に、室内が静まり返る。静寂を破ったのはノイッシュだった。

「いずれにせよ、向かってくる以上は戦うしかあるまい。・・・ただ、ノディオン城を戦場にはしたくないものだな。」

イーヴは頷いた。

「・・・確かにな。先の奪還作戦からまだそう日にちが経っていない。今は落着いているとは言え、再び大きな戦闘が起これば、城内の民間人にまた大きなストレスを与えることとなる。・・・なるべくなら、それだけは避けたい。」

「・・・本来ならば、城壁に拠って撃退するのが一番なのですが・・・。いた仕方ありませんね。」

ホークは溜息交じりにそう漏らした。

「・・・もうひとつ、未確認ながらこの周辺にロプトの戦闘集団が潜伏しているという情報もある。城付近での戦闘となると、奴らが何をしでかすかもわかったものではない。」

ノイッシュの言葉に、重苦しい沈黙が訪れた。

やがて、イーヴは顔を上げた。

「・・・しかたない。部隊を二つに分ける。城より出撃し、グラオリッター隊の進撃を食い止める部隊と、城に残り守備を担当する部隊にだ。」

「・・・メインとなるのは、当然ながら進攻部隊と戦う迎撃部隊だ。俺は、迎撃部隊に配属してもらいたい。」

エヴァはそう言って、首長たるイーヴに許可を求めた。

「・・・どちらかというと、お前には城に居てもらいたかったのだが・・・。迎撃部隊は、私の部隊と、ノイッシュ卿、ホーク卿、アルヴァの部隊、守備部隊をエヴァ、ルファス卿、アーダン卿の部隊・・・そう考えたのだが。」

その言葉に、ホークが異を唱えた。

「いえ、やはりイーヴ卿は守備部隊側にいていただく方がよいかと。」

「何故だ?」

「・・・先ほども申し上げたように、テウタテス将軍の部隊は精強です。万一にも迎撃部隊が破れるやもしれません。その場合、このノディオン城が最後の防壁となります。その時には七将軍の筆頭たるイーヴ卿がいた方が、市民たちも安心するというもの。」

「そういうことだ、前線で指揮を執りたいという気持ちはわからんでもないが、兄上は最後まで責任をとる義務がある。・・・今回は城に残ってもらいたい。」

ホーク、エヴァの両将軍からそう言われたイーヴは、しばし考えた後で頷いた。

「解った。では、迎撃部隊は、ノイッシュ卿、ホーク卿、エヴァ卿、アルヴァ卿の四部隊で構成する。残る将軍は私と共にノディオン城の防衛にあたる。」

 

するとそれまで黙って成り行きを見守っていたベオウルフが口を挟んできた。

「で、俺の部隊はどっちに参加すればいいんだ?」

イーヴはしばし考えた後で口を開いた。

「そうだな・・・。今回特務部隊は、ノイッシュ卿の部隊と行動を共にしてくれ。今回の場合、迎撃部隊は多いに越したことはないからな。」

「了解だ。大暴れしてやるから楽しみにしていてくれ。」

「期待している。・・・では、迎撃部隊の指揮官はノイッシュ卿に任せる。私は守備部隊の指揮をとる。各自、部隊に戻って準備を整えてくれ。」

 

各将軍は一斉に席を立つと、それぞれの部隊に戻っていった。

 


 

「傷の具合はどうですかな。ルゴス卿。」

「・・・!・・・貴公は!?」

ルゴスは、傷の手当てが施された後、ノディオン城内の一室でベッドに横たわっていた。その部屋に意外な客が訪れたのだ。

「ガレスフ将軍!?貴公が何故ここに?」

ガレスフは、ベッド脇の椅子に腰掛けた。

「・・・タラニス卿に裏切られ、今は反乱軍・・・いや解放軍の捕虜となっている。・・・もっとも、捕虜とはいうものの、不当に弾圧を加えられてはいないがね。」

「・・・私とよく似たものだな。」

「すまぬ。タラニス卿が闇討ちを掛けたのだそうだな。先程アルティオ殿から聞いた。」

「貴公が謝ることではあるまい。・・・あの男に騙されたのは貴公とて同様なのだろう?」

ガレスフは、辛そうに頷いた。

「・・・サイアス司祭にお会いした。」

「サイアス卿に?」

「・・・いろいろと、話していただいた。ユリウス殿下の正体もな。その上で判断した。帝国における最後の歯止めであったアルヴィス陛下が亡くなった今、もはや帝国は事実上崩壊した。・・・今のあの国は、かつての忌まわしきロプト帝国と化している。・・・私は、もはやあの国のために剣を振るおうとは思わぬ。」

ガレスフの言葉に黙って耳を傾けていたルゴスは、長い溜息をつくと自分よりも幾分か若い騎士に語りかけた。

「・・・お主の言いたいことはわかった。こと、こうなった以上は、帝国は一度滅んだ方が良いかも知れぬ。・・・間違って組まれた寄木細工は、壊してもう一度組み直さねばならぬのと同様にな・・・。」

二人の騎士は、互いに顔を見合わせると重々しく頷いた。

「・・・ところで、ベレノス卿は?」

その問いに老騎士の顔が曇る。

「あの不意討ちの際に、はぐれたきりなのだ。若の事だ、めったなことでもない限り御無事だとは思うのだが・・・。何しろ乱戦だった故に、私は姫様をお守りするのが精一杯だった。」

「そうか・・・。」

二人は再び黙り込んだ。

冬の日の昼は短い。もう間もなく西の空が朱に染まることだろう。百戦錬磨と名高い二人の騎士は、その夕日よりも紅い髪の戦士を思い、その無事を祈った。

 


 

ほぼ同じ頃、今ひとつの病室に、若い騎士が訪れていた。

「トリスタン卿!?」

病室のベッドから、一人の女性が驚きの表情で騎士を見上げている。

先の戦いにおいて負傷したアンナフィルだ。思ったよりも傷が深かった彼女は、戦いの後ずっと臥せっていた。傷そのものは癒えたものの、消耗した体力が回復するまでは安静を言い渡されたのだ。

「傷は痛みませんか?」

若い騎士はそう言いつつ病室へと入ってきた。微笑みを浮かべたアンナフィルだったが、その後ろから入ってきた女性剣士を見て、いささかその笑みがぎこちなくなった。

もっとも、その事に気づいたのは当の本人と、病室へと足を踏み入れた女性剣士・アーリアだけだったが。

 

トリスタンは、密かに交わされた視線に気づくこともなく、ベッド脇へと歩み寄った。

「・・・大分、顔色が良くなってきたようですね。」

若き騎士はそう言うと傍らの椅子に腰を下ろした。アーリアも同様に椅子に腰掛ける。

「ええ、・・・もう少しすれば完治すると思います。」

「無理はなさらないで下さいね。・・・ゆっくりと静養なさってください。」

アーリアは、若干複雑な表情で二人のやり取りを聞いている。

「ところで、私に何か御用でも?」

「いえ、特に何も。・・・また戦場に向かいますので、その前にお見舞いをと思いまして。なにしろ、ここしばらく雑務に追われて、ずっとお見舞いにこられなかったものですから。」

「そんな・・・。気になさらないで下さい。・・・それよりも、また、戦いが始まるのですか。」

「・・・ええ。テウタテス将軍率いるグラオリッター隊がこの城を目指して南下中との事です。・・・おそらく激戦になることでしょうね。」

「そうですか・・・。トリスタン卿、どうかお気をつけて。」

「ありがとうございます。戦いが終わったら、またお見舞いに参ります。

トリスタンはそういうと席を立った。アーリアもその後について席を立った。

「お気をつけてトリスタン卿。・・・アーリアさん。」

トリスタンは笑顔で、アーリアは複雑な表情で礼を返すと連れ立って病室を後にした。

 

一人残ったアンナフィルは、再び体を横たえた。

「・・・この私が?・・・まさかな。」

 


 

寒風吹きすさぶ夜が明けた。

テウタテス率いるグラオリッター隊は、途中で仮眠をとりながらも南下を続けていた。

対するノイッシュ指揮下のアグストリア解放軍部隊は、夜明け前にノディオン城を発ち、北へと進軍した。

 

そして、間もなく太陽が中天に差しかかろうとする頃に、両軍は互いの姿を確認することとなった。

 

マッキリー峡谷から南に下る事数キロの地点に、テウタテスは陣を張りアグストリア解放軍を待ち受けていたのだ。

その陣容は、整然としており、指揮官の統率力の高さを証明している。

 

「さすがは、総司令官というところか・・・。」

ノイッシュは、その陣形を見ながら呟いた。そして、わずかに眉をしかめる。

「・・・約三千騎と聞いていたが?」

彼が見たところ、敵の数は、報告された数よりも少ないように思えるのだ。

「二千・・・いや二千五百といったところか。」

 

魚鱗の陣と呼ばれる三角形の密集隊形をとるグラオリッターを見たノイッシュは、全軍に陣形を変更するように指示を下した。

 

今回、彼が指揮する部隊の総数はおよそ四千騎。

当初、鶴翼の陣を敷いて進軍していた。しかし、彼は新たに雁行の陣へと陣を敷きなおしたのだ。

 

敵の兵数よりも味方の兵数が多い以上、鶴翼の陣で、敵を包囲しつつ進軍するのが常道である。ましてやこのように遮蔽物もなく、兵を伏せにくい平原なら、なおの事である。

 

しかし、ノイッシュはあえて陣形の変更を指示した。彼の脳裏に何かが引っかかったからだ。

『・・・報告よりも少ない兵。・・・そして、平原とは言え、数キロ北にはマッキリー峡谷がある。・・・伏兵も充分に考えられる。』

 


 

テウタテスは、前方で陣形を変化させていく敵軍を見ながら、笑みを漏らした。

「ホゥ・・・。この状況であえて鶴翼を、柔軟に戦局に対応できる雁行へと変化させるか!・・・なかなか用心深い良い指揮官のようだな。」

猛将は愉快な気分になっていた。

「・・・よい。良いぞ!なかなかに楽しませてくれそうな敵将ではないか。誰だ?イーヴか?それとも以前一杯喰わせてくれたあの賢者か?」

 

テウタテスは、馬を飛ばすと陣の最先鋒へと駆けた。彼はそこで、敵陣の先頭に立つ騎士の姿を認めた。

「おおっ!!」

 

陽光を反射して、紅の鎧がきらめく。

その騎士を見て、猛将は満面に笑みを浮かべた。

「紅の鎧・・・。奴がノイッシュか!」

テウタテスは愛用の戦斧を握り締めた。

「相手にとって不足はないわ!まさに最後の戦いに相応しい。」

彼はノイッシュに向かって2、3度戦斧を振るうと、頭上高く構えた。そして・・・。

 

「いざ続け!!突撃!!」

勢いよく戦斧を振り下ろすと先頭に立って駆け始めた。怒涛のごとき馬蹄の響きが彼に負けじと後を追う。

 

後に言う「マッキリーの戦い」はこうして開始されたのである・・・。


BACK