第17章 奪還 そして陰謀への序曲 〜ノディオン城の攻防 (後編)〜


ベレノスが、タラニスの軍勢による不意打ちを受け、驚愕の叫びをあげた時より、少し時間を遡る。

 

ノディオン城の守備兵たちは、司令官の突然の交代劇に戸惑いつつも、あわただしく部隊の再編を行おうとしていた。

ほとんど自棄気味に、配置の編成が行われ、何とか喧騒が一段落しかけた頃には、夕陽が雪原を紅く染め上げていた。

 

城内の誰もが、集中力が解けかけた頃に、その叫びは響き渡った。

「・・・は!反乱軍だ!!」

その声は、徐々に大きくなって、城中に響き渡った。

 

「反乱軍だと!?」

ガレスフは、その報告を受けると、手近な窓へと駆け寄っていた。

「おおっ!!」

大地を疾駆する、騎兵の波。鋼の甲冑に、今まさに沈みゆこうとする夕陽を反射させながら、怒涛のごとく押し寄せる騎馬の群れを、彼は目にした。

「・・・すぐにドンヌ司祭に連絡を!」

その命を聞いた部下が戸惑ったような表情を浮かべた。

「どうした!急がんか!!」

「・・・そ、それが、新司令官殿の姿が城内のどこにも無く・・・。」

「な・・・何?」

ガレスフは、その瞬間、とてつもなく不吉な予感を覚えた。

彼は、その予感を振り払うように努めながら、城内を早足で進み始めた。

 


 

アグストリア解放軍は、ノディオン城を西と南の両面から、攻め立てていた。

数千の人馬の群れが、城壁に取り付こうとしていたのだ。

守備隊の帝国兵たちは、突然の司令官失踪に動揺しつつも、何とか防戦しようと試みていた。

 

その帝国兵の中で、最も城内を駆け回っていたのが、ガレスフ将軍だっただろう。

彼は、配下のゲルプリッターに的確に指示を送りながら、同時に、城内の兵力の掌握に奔走していた。

玉座の間において、各城門の守備部隊に戦況の報告を受けていた彼のもとに、同僚であるアミッド将軍が駆け込んできた。

 

「どうだったアミッド将軍?」

若い将軍は、固い表情のまま頭を振った。

「ダメです。ドンヌ将軍はおろか、フィンスタニス・メンシェンのほとんどの者が、忽然と姿を消しています。・・・残っているのは、僅かな傭兵のみです。」

ガレスフは、苦渋の表情を浮かべた。

「・・・あの司祭の事だ。ただ逃げ出したとも思えん。・・・現在、この城に残っている兵力は?」

「我ら、ゲルプリッター隊が千騎ほど、後は、イド卿のグリューンリッター隊が500騎程です。」

ガレスフは、その答えに、ため息をついた。

「・・・駄目だな。」

「は?」

「まともに戦えるのが、我らのゲルプリッター隊のみでは到底この城を守り抜く事などできん。・・・グリューンリッター隊など当てになるものか!!」

そのとき、別の騎士が口を開いた。

「お言葉ですが、将軍。グリューンリッター隊は現在凄まじく奮戦しておりますぞ。」

ガレスフは、わが耳を疑った。

「・・・何だと?」

「イド卿、マルクァス卿を先頭に、正門前で一歩も引かずに戦い続けております。」

ガレスフは怪訝そうな表情を浮かべた。

「・・・奴ら、城門より打って出たのか?」

「はい、南西の外郭より出撃し、敵軍と交戦中とのことです。」

ガレスフは、奇妙な違和感をおぼえていた。

『決して勇敢とはいえぬあの二人が、城壁に拠らず、また先陣を切るなどありえぬ。・・・おかしい、これはおかしい。』

「将軍?いかがいたしました?」

アミッドに問いかけられ、ガレスフはハッと顔を上げた。

「・・・いや、なんでもない。それよりも、万一の場合を考え、脱出路の確保をしておいてくれ。」

アミッドは息を呑んだ。

「最悪の場合、このノディオン城を放棄するのもやむをえぬ。」

「わ、解りました。」

アミッドは、踵を返すと、玉座の間より駆け出していった。その後姿を眺めやりながら、ガレスフは再び考え込んでいた。

 


 

「!?・・アミッド将軍!!」

城内を駆け抜けていたアミッドは、前方からあわてて走ってきた兵士と危うくぶつかるところであった。

「どうしたのだ!?」

「一大事にございます!黒衣を纏った一団が、北門よりなだれ込んできました!!」

「何だと!?」

思わず兵士の胸倉をつかんでアミッドは問いただした。

「城内に侵入してきたというのか!」

「はい、現在第7中隊と交戦中です!」

「第7・・・新兵隊か!?」

アミッドは、心持ち青ざめながら、うめくようにいった。彼の脳裏には、その部隊にいるはずの妹の姿がよぎっていた。戸惑いと、不安は、やがて怒りへと変化していった。

「何故だ?何故北門が破られたのだ?守備隊は何をしていたのだ?」

「破られたのではありません。解き放たれたのです!」

「・・・なッ!」

絶句するアミッドに兵は言った。

「北門は何者かによって解き放たれたのです。それに呼応するかのように、謎の一団がなだれ込んできたのです。」

アミッドはいささか混乱しながらも、兵士にガレスフの元へ報告するよう伝えると、自らは先ほどよりも速度を上げて城内を駆けていった。

 


 

正門前の死闘は刻一刻と激しさを増していた。解放軍の主力部隊が全力で攻勢をかけているというのに、帝国軍は、一向にひるむ気配を見せないのだ。

それどころか、今まで幾多の死線を潜り抜けてきた精鋭たちが、そのわずかな帝国兵の前に力尽き倒れていくのである。

 

「おかしい・・・。ここまで、容易に近づけたこと、また、大規模の部隊が移動したことが確認されているのだから守備部隊は手薄になっているはず。・・・まさかそれすらも紅蓮の貴公子の策略とは思えぬのだが。」

主力部隊を率いるイーヴ将軍は予想外の抵抗に戸惑っていた。彼は、意を決すると、愛用の勇者の槍を手に、最前線へと踊りでた。

イーヴの目の前では凄惨な光景が繰り広げられていた。

目を血走らせ、奇妙な叫び声を上げながら、押し寄せる解放軍に切りかかる帝国兵の姿がそこにあった。4人、5人がかりで騎士に襲い掛かり、馬から引きずりおろしては狂ったように剣を突き立てる。

 

多くの戦場で戦ってきたイーヴだが、その常軌を逸した光景に、背筋が寒くなる思いだった。

しかし、それ以上に彼を驚かせたのは、そこで先頭切って剣を振るう一人の男の姿だった。「・・・貴様は!?」

そこには、彼らを裏切って帝国側に寝返ったマルクァスの姿があった。他の兵と同じように、涎を垂らしながら奇声を上げ、返り血と、自ら流した血にまみれた姿に、かつての貴族然とした面影はなかった。

 

イーヴは、無言で、勇者の槍を繰り出した。その槍が、一瞬前までマルクァスが立っていた空間を薙ぎ払った。

 

「かわした!?」

限界・・・いやそれ以上に背中をそらせ、その渾身の攻撃をかわしたマルクァスは、体勢を崩したイーヴの顔をめがけ、驚くべき速さで斬撃を繰り出した。その顔面には不気味な笑みを貼り付けたまま。

 

「クッ!」

かろうじて身をひねったイーヴの頬から血飛沫が飛ぶ。鈍い痛みに顔をしかめながらも、突き出された槍先が、隙だらけのマルクァスの胴を捉えた。

しっかりした、手ごたえとともに穂先が背中へと突き抜ける。

「・・・あり得ない!?」

致命傷ともいえる一撃を喰らいながら、マルクァスは平然と立ち上がり、イーヴを見つめて笑ったのだ。

「これは・・・?」

イーヴはここに至ってようやく、ここがただの戦場でない事に気づき始めていた。

 


 

北門より侵入した一団は、驚くべき戦闘力を見せ付けながら、ゲルプリッター隊の新兵たちを次々に血祭りにあげていった。

生き残った者たちも、徐々に包囲され斬りたてられていった。

だが、不思議なことに、彼らはそれ以上城内に踏み込まず、また、城外の解放軍を引き入れようともしなかった。

『この戦士たちは解放軍とは別物なの?』

残り少なくなった仲間とともに、必死の抗戦を続けていたリンダは、ふと浮かんだ疑問が確信に変わっていった。

『・・・この人たちは一体?』

「!?・・・リンダ卿危ない!!」

ハッとして振り返ったリンダの鳩尾に、槍の石突が突き込まれた。

リンダは、苦しげな息を吐きながら崩折れた。

「リンダ卿!!」

叫びながら駆け寄ろうとした騎士は、襲い来る白刃のもとに打ち倒されていった。

気絶したリンダを馬に押し上げると、一団は、突入してきた時と同様に、迅速に退却していった。

 


 

「リンダ!!」

駆けつけたアミッドが見たのは、今まさに連れ去られようとしている妹の姿だった。

「貴様ら!リンダを離せ!!」

抜剣して駆け寄るアミッドに、退却の後陣を任されたと思しき細身の戦士が立ちふさがった。

「!!・・・邪魔をするなっ!!」

アミッドの打ち込む剣を軽々と弾き飛ばすと、戦士は鋭い回し蹴りを放った。

その蹴りをまともに喰らったアミッドは大きく体勢を崩した。

そこにすかさず突きこまれた敵の剣先を弾けたのは、偶然に近かった。

素早く起き上がったアミッドは掌から電撃を放った。その電撃を横へのステップで軽くかわすと、男は呪文を唱えていた。その詠唱を聞いてアミッドは総毛だった。

「この魔法は!?」

男が空に画いた法円から、光の柱が放たれる。電撃の上級魔法トロン。

並の術者では到底扱えぬ稲妻の奔流が、アミッドの体を貫く。

「グァッ!!」

絶叫を上げて倒れたアミッドに向かって、とどめの一撃が見舞われようとしたとき、男は急に身を翻すと自らに向かって飛来した矢を切り落とした。

「・・・なかなかの腕だな。男らしく顔を見せたらどうだ!?」

鋼の強弓を構えたガレスフはそう言って不適に笑った。

 


 

「間もなく、北門です!」

凛とした女性の声が響く。その声の主は、トリスタンの駆る馬に同乗して、戦場を駆けていた。その隣には、アーリアを乗せて駆けるベオウルフの姿があった。

「しかし、お嬢ちゃんの言うとおりだったな!北の守りは、驚くほど手薄のようだ。」

ベオウルフのその声に笑みをもって返すと、女性は叫んだ。

「私たちの部隊は、城内での諜報活動が主任務でした。・・・ベレノス将軍の解任と、帰還の情報を得て、これこそ好機と考えたのです。・・・部隊の他の皆も、これで浮かばれると思います。」

女性は、昨日トリスタンによって救われた女剣士だった。幸い傷が浅かったので、こうして案内をかってでているのだ。

「アンナフィルさん・・・。」

トリスタンの気遣わしそうな視線に、寂しそうな笑顔で答えながら、アンナフィルと呼ばれた剣士は口を開いた。

「大丈夫です。・・・私も戦士です。仲間の死に、落ち込んでもいられませんから・・・。」

 

その様子を、横目に見ながら、アーリアは不機嫌だった。

『・・・そんな場合じゃないとは解ってるけど・・・。・・・ああっ!あんなにしがみついて!』

そんな娘の様子に、気付いてか、ベオウルフは小声で話し掛けた。

「なんだ?坊主を取られてやきもちを焼いてるのか?」

アーリアは、無言でベオウルフの頭を叩いた。

彼らの目前に、北門の威容が迫っていた。

 


 

ガレスフは、弓を捨てて、腰の大剣を引き抜いた。

対する黒づくめの男は、覆面の為表情は読めぬものの、あせり始めているようだ。

油断無く剣を構えて、周囲をうかがうと、彼の周りには十数人の兵士が取り囲んでいて、その中には、応急手当を受けて立ち上がったアミッドの姿もあった。

 

「・・・もはや逃げられぬぞ。おとなしく剣を捨てれば良し。さもなくば・・・。」

男の返答は、剣をもってなされた。

ガレスフは、従者から受け取った大楯で男の一撃を受け止めると、そのまま渾身の力をこめて、盾を押し込んだ。

しかし、あろうことか、男はその盾を踏み台にして、華麗なる跳躍を見せ一気に囲みを突破したのだ。

「おのれ、小癪な・・・。」

十分に間合いを取った男は、そこで初めて口を開いた。

「・・・私などにかまっている暇はあるまい?・・・間もなく反乱軍共が、ここに押し寄せてくるぞ。」

「何だと!?」

男は、狼狽する帝国兵たちを見て嘲笑すると、身を翻して駆け去ろうとした。しかし、素早く回り込んだアミッドが横薙ぎの一閃を放った。

「無駄な事だ・・・。ぬ・・・!?」

一撃目の剣はフェイントだった。そのままの勢いを利用してアミッドが放った手刀が男の頭部に迫る。

 

「チィッ!!」

咄嗟の事に、完璧にはかわしきれなかったその攻撃が、男の覆面を剥ぎ取る。

 

そこから現れた顔を見て、その場の誰もが目を疑った。

 

「・・・タラニス卿?」

男の顔は、アグストリア派遣部隊副司令官・タラニスに瓜二つだった。

男は、左手で顔を隠すとそのまま門へと走り出した。

 

慌てて追いかける兵士達を、サンダーの魔法で牽制しながら、男は叫んだ。

「・・・我が名はグラント。・・・タラニス如きと一緒にされるのは不愉快だな。」

「グラント?」

グラントは冷ややかな視線をガレスフに向けると、駆け去っていった。

 

「おのれ、逃がさん!!」

「やめい!!」

兵たちが勢い込んで駆け出そうとするのを、ガレスフは止めた。

「今はまず守りを固めねばならぬ。至急北門を閉じ、反乱軍の襲撃に備えよ!」

ガレスフは、そう命令しつつ考えをめぐらせていた。

 

『・・・奴は反乱軍共と言っていた。・・・ならば反乱軍ではありえぬ。・・・だとすれば一体どこの手の者なのだ?・・・しかしあの顔はあまりにも・・・。』

 

ガレスフのその思考は喚声によってかき消された。

「何事だ!!」

その答えは聞くまでも無く彼の眼前で展開していた。

ベオウルフ率いる特務部隊が、北門よりなだれ込んで来たのだ。

「反乱軍か!!」

ガレスフは、歯軋りしながら、駆け出していた。

 


 

ノディオン城の、西側面より攻撃を仕掛けた解放軍部隊の中に、アーダンとホークの姿があった。

ここでも、正門の帝国兵同様、不死身のごとく戦う兵士たちによって、解放軍の進攻は妨げられていた。

 

愛用の大剣を振るいながら、なんとか敵を戦闘不能に追い込んでいたルクソールは、前方で槍を振るう騎士を見て眉を吊り上げた。

「イド!!」

迫り来る敵兵を大楯で払いのけながら、ルクソールはかつての同僚に肉薄した。

打ち振られた大剣の一撃を盾で受け止めそこなったイドは、鞍上より吹き飛ばされた。

「なに?」

驚くべき事に、イドは空中で身を翻すと、何事もなかったかのごとく地面に着地した。

「クックック。・・・よくよく貴様とは縁があるようだなルクソール。・・・ホゥ、そのいでたち、貴様ジェネラルに昇格したのか。」

ルクソールは、キッとイドを睨みつけた。

「・・・貴様こそ、その記章・・・。パラディンだというのか!?フン聖騎士の称号も地に落ちたものよな。」

「何とでもほざくがいい。・・・私は、力を得たのだ。もはや誰にも文句は言わせん。・・・そう、誰にもな。」

その言葉と同時にイドは気合をこめた。その途端に、彼の体が膨れ上がったように見えた。・・・いや、実際に膨らみかけていた。

 

その膨張に耐え切れず、彼の着ていた鎧が悲鳴をあげ始める。やがて、鎧が弾け飛ぶ頃になると、イドの体は、常人の数倍の大きさにまで変化していた。

「・・・まさに化け物だな・・・。」

ルクソールは右手の大剣を握りなおすと、油断なく剣を構えながら。イドへとにじり寄っていった。

同じ頃、正門前でイーヴと対峙していたマルクァスにも異変が生じていた。

「・・・こんな・・・ことが??」

イーヴは、眼前で起こる出来事が信じられなかった。

人が、人ならざるものへと変わってゆく。

 

歴戦の勇者たるイーヴとはいえ、それは、容易に受け入れられるものではなかった。

マルクァスの体は、もはや人間の原形をとどめてはいなかった。茶褐色の鱗が全身を覆い、首が長く伸びてゆく。その首の先にある頭部は、いびつに歪み、真横に耳まで裂けた口からは、細長い舌が覗く。額が割れ、捻くれた2対の角がせり出すと同時に、隆起した肩甲骨の間から、巨大な翼が飛び出した。

 

「ドラゴン・・・!?」

そこには、竜騎士達が駆る飛竜の、ゆうに数倍はあろうかという巨大なドラゴンが出現していた。

かつてマルクァスだったその巨竜は、二、三度頭を振ると、おもむろに空気を吸い込み、カッと口を開いた。

 

「いかん!!」

咄嗟に身を屈めたイーヴの頭上を、灼熱の火炎が通り過ぎてゆく。

かわし損ねた騎士たちの多くが、祖国解放を目前にしてその業火の中に散っていった。

 

「・・・おのれ。化け物が!!」

怒りの形相も凄まじく、睨み付けるイーヴの周囲では、マルクァスの部下達も、異形への変貌を遂げようとしていた。だが、マルクァスと違ってその変化は不完全のようで、途中で力尽きてゆく兵士も少なくなかった。

 

その中でも、半竜人とでもいうべき姿へと変化した者たちは、手近な人間に襲い掛かっていった。恐るべき事に、一部のものは城内へと走り出していた。

 

「・・・!?」

慌てて、阻止しようと馬を進めるイーヴを遮るかのように、マルクァスの巨体が立ちふさがる。そして、僅かに口の端を吊り上げた。

 

『笑った!?』

巨竜はイーヴに火炎を吹き付け、その動きを牽制すると、自らもまた、城壁を飛び越えて街中へと踊りこんだ。

「・・・あいつ等!!」

イーヴは、生き残りの騎士達をまとめると、開け放たれた城門よりノディオン城内へと突入した。

 

ノディオン城の陥落より十数年・・・。彼らは、ようやく懐かしき城に入城を果たしたのである。

「イーヴ将軍!・・・ようやく・・・ようやく我らが城に帰ってくることができましたな。」

年配の騎士が、イーヴと並進しながら叫んだ。

「ああ。・・・だが喜ぶのはまだ早いぞ。あの化け物どもからノディオンの民を救うのだ!!」

「はっ!!我らが命に賭けて!!」

彼らの背後には、続々と騎士達が続いた。その中には、後続部隊だったアルヴァとエヴァの姿もあった。各々が率いる部隊の先頭で剣を閃かせ、槍を振るう彼らの思いも、イーヴと同じであることは明らかだった。

 

突如表れた醜悪な化け物によって、恐慌の極みにあったノディオンの民の目に、輝く十字の紋章が飛び込んできた。それと前後するように、街の至る所から叫び声が上がった。

「クロスナイツだ!!・・・クロスナイツが帰って来てくれたぞ!!」

その叫びは、先程までの絶望の叫びではなく、歓喜の色が含まれた、希望の叫びだった。

 

彼らの誇りであった十字の騎士たちは、人々を害そうとしていた化け物の前に、決然として立ちふさがった。そして、人々の声援を糧として、その信念の剣を振るっていた。

 

イーヴら三兄弟は、いつしか連携して戦っていた。部下の騎士や傭兵達に、異形の兵士達の駆逐を託し、彼ら三人は、巨竜へと挑んでいった。

人の少ない練兵場のほうへと、何とか誘導しようと試みる三人の努力をあざ笑うかのように、巨竜は住宅が密集した場所で暴れ回る。

 

マルクァスの思考は、憎悪に凝り固まっていた。

帝国軍に組することで、解放軍よりも早く故国の城へと入城を果たした彼だが、彼が思い描いていた予想とは裏腹に、ノディオンの民は彼に冷ややかな態度をとった。

 

彼は、かつての支配者階級であった自分の帰還を、人々は歓声を持って迎えてくれるものと信じて疑わなかった。

しかし、民衆にとっては、解放軍を裏切り、圧制者である帝国軍に寝返った元貴族などをありがたがって迎える義理はないのだ。

マルクァスは、その事実を受け入れられなかったばかりか、逆恨みしたのだ。

 

彼にとっては、気に入らない事ばかりだった。

ノディオン方面軍の指揮官だったベレノスという男も、気に食わない人間の一人だった。ノディオンの大貴族である自分を、単なる一将軍としてしか見ようとしなかった。口に出してはいなかったが、その実力を低く見ていたのは間違いなかった。

 

そのベレノスが城を去った後、その後任となったドンヌ司祭には感謝している。ドンヌ司祭はマルクァスに力を与えてくれたのだ。

そう、人を超える大いなる力を。

彼は、この力を使って、あらゆるものへの復讐を果たそうとしていた。

 

自分を受け入れなかった愚かなるノディオンの民に。

自分を軽く見ていた解放軍の兵士どもに。

そして、今、自分の足元で、無駄な攻撃を繰り返しているかつての同僚の三兄弟に。

 

彼の脳裏には、既にノディオンの玉座は存在しなかった。

あるのは、破壊と殺戮の欲求のみだ。

 

『一息に焼き殺してくれよう。』

残忍な笑みを浮かべ、大きく息を吸い込む。

イーヴら三人に狙いを定め、炎を吐こうと口を開いたその刹那、彼は、絶叫を上げてのけぞっていた、その目には鋭い矢が深々と突き刺さっていた。

もがきながら、矢を抜き取ったマルクァスは、無茶苦茶に炎を吐きながら、矢を放った主を探した。

そして、彼は見つけた。

漆黒の巨馬に跨った、重装甲の騎士が強弓を引き絞り、今まさに矢を放とうとしている。

騎士の放った矢は、鱗をぬってマルクァスの右肩に突き刺さった。

 

猛り狂って踊りかかろうとしたマルクァスの体が一瞬静止した。

マルクァスは見てしまったのだ。

あらゆる敵の中でも、彼が最も憎悪する人物の姿を。

 

巨馬の騎士と前後して現れた騎士。周囲に立ち上る火事の炎に照らされて、真紅に染まった鎧が煌く。

 

『ノイッシュ!!』

マルクァスは、声の限りに咆哮した。

 


 

広大なノディオン城内に突如として、凄まじい咆哮が響き渡った。

 

北門で、一進一退の攻防を続けていた解放軍・帝国軍双方の攻撃が同時にやんだ。

それほどの大音響だったのだ。

 

馬上から繰り出されたベオウルフの一撃を、愛用の大楯で受け止めた姿勢のまま、ガレスフは呟いていた。

 

「・・・何なのだ・・・あれは。」

彼は見た。・・・いや、彼以外の多くの騎士たちも見た。

夜の闇を切り裂いて、上空へと舞い踊る紅蓮の炎を。

そして、その中で蠢く、巨大なシルエットを。

 

なんとなく気勢をそがれ、御互いに動きを止めた両軍が、再び刃を交えようと殺気を高めたその時、半死半生といった体の帝国兵がガレスフの元へと辿り着いた。

 

「・・・申し上げます。正門前に突如現れた巨大な竜が、城内で暴れております!!」

「竜だと!!」

その言葉に、再び両陣営が動きを止める。

「は、正門づめだったグリューンリッター隊も、異形の化け物と化し、住民を虐殺しております。・・・現在突入してきた反乱軍がこれと交戦。ですが、被害は徐々に広がりつつあります。」

その報告に、ガレスフは啓示にも似た思いが浮かんだ。

『・・・そうか!・・・謀ったなドンヌめ!!』

何らかの手段を用いて、ドラゴンを召喚し、哀れなグリューンリッター隊に魔術をかけ、ノディオンの民を巻き込んで反乱軍を一気に撃滅する作戦に出たのだろう。自分自身は、おそらくどこか安全な場所で、この様子を伺っているに違いない。

『・・・邪魔なベレノス将軍がいなくなった途端にこれか!』

 

険しい表情で身動きひとつしないガレスフの様子を見て、ベオウルフが問いかけた。

「どうやら、あの化けモンはあんたもあずかり知らぬところだったようだな。」

ガレスフは、 キッとベオウルフを見上げた。

「・・・だったら何だというのだ!!」

「一時休戦しないか?」

「何だと!!」

ガレスフは大きく目を見開いた。

「貴様正気か!?」

「冗談でこんな事言えるかよ。・・・あんたらにとっても住民を殺されることは有益じゃないはずだ。」

「むぅ・・・。」

うなりつつ考え込むガレスフ、いつしか敵味方の視線がガレスフに集中していた。その場の全員が、ガレスフの発言を待っている。

 

再び、巨竜の咆哮が響き渡る。

ほぼ同時にガレスフは決断した。

「・・・よかろう。あの竜を仕留めるまで、一時剣をひこう。」

その返答に、ベオウルフはニヤリと笑った。

「よし!決まりだな。」

ベオウルフと、ガレスフ両者の命令が発せられる。

それまで命のやり取りをしていた者たち同士が、共に南の正門を目指し駆け出していた。

 

「く・・・。」

走り出そうとして膝を付いたアミッドに、手が差し伸べられた。

見上げると、先ほどまで彼と剣を交えていた蒼い鎧の騎士だ。

驚くアミッドに騎士は声をかけた。

「貴公との決着は後回しだ。とりあえず急ごう。」

「・・・わかった。」

騎士の手をつかんで馬上に上がったアミッドは尋ねた。

「私はフリージの騎士アミッドだ。・・・貴公の名は?」

騎士は軽く振り返って言った。

「ノディオンの騎士、トリスタン。」

アミッドは肯いた。

「トリスタン。貴公は竜と戦った経験は?」

「無い・・・。が、あの場では、わが軍の誇る勇者が数多く戦っているはず。負けはしないさ。」

「・・・トリスタン、貴公の軍に、黒装束の一団はいるか?」

「黒装束?」

トリスタンは聞き返していた。そのトリスタンの様子にアミッドは表情を曇らせた。

「・・・その様子ではいないようだな。」

「解放軍にはそのような部隊はいないが・・・。」

「そうか・・・。」

アミッドの表情に只ならぬものを感じ取ったトリスタンは尋ねた。

「何かあったのか?その黒装束の一団とやらと?」

「・・・妹がさらわれた、つい先ほどな。」

トリスタンは絶句した。

「反乱軍にしては・・・失礼、解放軍にしてはおかしいとは思ったが・・・。」

「妹を探しにいったほうがよかったのでは?」

トリスタンの問いに、アミッドは首を横に振った。

「・・・私はフリージの騎士だ。私的な考えで軍務に背くわけにはいかん。」

トリスタンは、黙ってうなずいた。

「ならばなおのこと早急にあの巨竜を倒さないといけないな。・・・敵対している立場でなければ、私も妹君の捜索に協力したいところなのだが・・・。」

アミッドは驚いていた、まさか敵である騎士の口からそのような好意的な台詞が聞けるとは思わなかったからだ。だが、続けてトリスタンが漏らした言葉で納得した。

「・・・俺にも、生き別れた妹がいるんだ。」

「そうなのか・・・。」

アミッドはそう言い返すことしかできなかった。

 


 

巨竜との戦いは、壮絶を極めていた。生半可な実力の兵では、かえって足手まといになると判断した将軍たちは、精鋭のみを率いて戦いを挑んでいた。

ノイッシュの姿を見て逆上したマルクァスは、がむしゃらに攻撃を繰り出しながら紅の聖騎士に躍りかかっていく。

対するノイッシュは、冷静にその攻撃を捌きながら、巧みに巨竜を人家の少ないほうへと誘導していった。

 

いつのまにか、彼らは人家が一切無い城壁近くの練兵場へと戦いの場を移していた。

龍馬に跨ったアーダンが、大剣を打ち下ろす。

アーダンを援護してルクソールの大剣が細かい傷を与えてゆく。

イーヴ、アルヴァ、エヴァの三兄弟が、一糸乱れぬ見事な連携で確実なダメージを負わせる。

ルファス率いる竜騎士たちは、上空から絶え間ない連撃を加えていく。

ホークの放つ風の魔法が、鋭い刃と化して巨竜の翼を切り裂く。

そして、ノイッシュの魔剣がうなりをあげる。

 

目を転じると、街中で半竜人と化した帝国兵を相手に、一歩も引かずに戦い続けているゼヴァンの姿があった。

 


 

解放軍の予想外の抵抗に、マルクァスは怒り狂っていた。と、その後頭部に強力な雷が炸裂した。予期せぬ方向からの攻撃に、唸りながら振向くマルクァスの目に、立て続けに雷の上位魔法トローンを放つガレスフの姿が映った。彼の隣には、アミッドの姿も見える。

彼らを追い越すように駆けてくる騎士は、ベオウルフとトリスタンだ。

 

マルクァスは、圧倒的な力を手に入れた事によって、敵を殲滅することを微塵も疑っていなかった。

だが、その自信が、急速に揺らいでいった。

 

この場には、集えるだけの勇者が集ったことになる。彼らが繰りだす、攻撃のひとつ、ひとつが、確実にマルクァスの生命力を削り取っていった。

 

対して、マルクァスの攻撃は、ほとんどが空を切った。また、稀に当たった攻撃のダメージも、後方に控える反乱軍の司祭たちによって、完全に治されてしまうのだ。

 

巨竜と化した男の心に、恐怖の影が広がっていった・・・。

 


 

「・・・フム。そろそろ頃合じゃな。」

ノディオン城に程近い森の中に身を潜めていたドンヌは、四方に思念を飛ばした。

『・・・マルクァスが倒されたと同時に禁呪を発動せよ』

『御意』

『仰せのままに』

『お任せを』

『は!』

彼の元に異なる4つの思念が返ってきた。

ドンヌは満足そうに頷いた。

「・・・偉大なるロプト神に歯向かう愚か者どもよ。絶望の中で滅び去るがよいわ。」

 


 

「でやっ!!」

三兄弟の繰り出した槍が、マルクァスの胴を貫く。

絶叫を放ちながらのけぞるマルクァスの首に、ガレスフが放った雷撃が突き刺さる。

ホークが巻き起こした魔法の風が、無数のかまいたちとなって巨竜の両足の腱を切り裂く。

前のめりに倒れるマルクァスの頭部を、槍に持ち替えたアーダンとルクソールが渾身の力で押さえつける。

もがきながら暴れ続ける巨竜の体に、容赦ない斬撃が浴びせられる。

最後の賭けとして、炎を吐かんとその顎を開いたその口中に、アミッドの放ったサンダーの魔法が炸裂する。

絶叫と共に大量の血を吐き出したマルクァスの目前に、槍を構えて突進してくる蒼い騎士が迫っていた。

『おのれ!若造が!!』

かわそうと身をよじるが、頭の後ろを押さえつける重騎士二人の力は思いのほか強く、わずかに首をそらすのが限界だった。その首を突き通すかの勢いでトリスタンの槍が突き刺さる。

 

『馬鹿な!ばかな!バカ・・・ナ!!・・・死なん・・・シナン・・・シナヌゾォォォォ!』

マルクァスは全身に力を込めて跳ね起きた。そのすさまじい勢いに戦士たちが吹き飛ぶ。

カッと見開いたマルクァスの顔と同じ高さに、マントを翻した紅の聖騎士の姿があった。

「何故!?ここに貴様が??」

ノイッシュは、跳躍する愛馬の背から、さらに跳躍することで驚異的な高さにまで達していたのだ。

その手には、青白い光を放つ魔剣が握られている。夜の闇の中で、その様は、流星のようだった。

『ノイッシュー!!!!』

絶叫を上げるマルクァスの眉間にノイッシュの魔剣が深々と突き刺さった。

巨竜の目の輝きが、徐々に失われていく。その場に倒れ伏す巨竜の頭部から、ノイッシュはタイミングよく飛び降りた。

 


 

しばらくの間、誰もが無言だった。

やがて、半竜人たちも倒されたのか、両軍の兵士が徐々に集まってきた。

巨竜の死体を囲むように、座り込んでいたベオウルフが、隣で同様に座り込んでいるガレスフに話しかけた。

「・・・で、どうする?決着をつけるかい?」

ガレスフが、それに答えて口を開こうとした、その時。

夜空にドンヌ司祭の顔が大写しとなった。

 

「何だ!!」

ざわめく兵士たちを見下ろしながら、ドンヌは哄笑した。

「ドンヌ・・・これはどういう事だ!?」

ガレスフの叫びに、ドンヌは答えた。

「ご苦労だったなガレスフ将軍、それにゲルプリッターの諸君。・・・まさか反乱軍と協力してマルクァス卿を倒してしまうとは、ちと、意外だったがな。」

ガレスフはその言葉で了解した。

「そうか、あの巨竜はマルクァス将軍だったのか・・・。」

「貴公らには、ねぎらいの言葉の一つでもかけてやりたいところだが、残念ながら貴公らと生きて再会することはあるまい。」

「・・・ずいぶんと偉そうな爺さんだな。・・・ちゃんとここに着て話たらどうだい?」

そういって頭をかくベオウルフに不気味な笑みを返しながら。ドンヌは続けた。

「反乱軍の諸君。そして、ゲルプリッターの諸君。名残惜しいがここでお別れだ。まもなくわが秘術が完成する。ノディオン城一帯は、瓦礫と化すだろう。せめて残りわずかな命を有意義に使うのだな。」

そういい残すと、ドンヌの姿はかき消えていった。それと同時に、ノディオン城の四方、城壁の向こうから、それぞれ光の柱が夜空に立ち上った。

 

「なんだ?あれは??」

兵士たちが、一様にその光の柱に気をとられている最中、女剣士のアンナフィルは静かにその場を立ち去ろうとしていた。

『アンナフィルさん?』

トリスタンは、偶然にその彼女の動きに気づいた。

そして、アンナフィルが城門に近づこうとしたとき、その城門の影から、生き残っていた半竜人が襲い掛かったのだ。

「な!」

とっさに防御できなかったアンナフィルの胴を半竜人の鋭い爪が薙ぎ払う。

「くぅ・・・。」

片手で傷口を押さえながらその場に崩れるアンナフィルに、半竜人がとどめの一撃を振り下ろそうとする。

『不覚・・・。』

しかし、その一撃はアンナフィルに届くことは無かった。間一髪、両者の間に割り込んだトリスタンの左腕を切り裂いたのだ。

「痛ゥ・・・!」

トリスタンは痛みに顔をしかめながら、長剣を振るって半竜人の首を切り落とした。

「・・・大丈夫ですか?」

そう尋ねられて、アンナフィルは青ざめた表情で肯いた。

トリスタンはいささか顔を赤くすると自分のマントをはずしアンナフィルに差し出した。

「これ・・・。その・・・。」

そう言われて初めてアンナフィルは自分の皮鎧が切り裂かれ、その胸が大きく露出していることに気づいた。

「あっ!」

慌ててマントで肌を隠すアンナフィルに微笑を返しながらトリスタンは、切り裂かれた左手を押さえて立ち上がった。

「・・・あの、・・・ありがとうございます。」

消え入るような声でそう言ったアンナフィルに肯いて見せながら、トリスタンはベオウルフの元に歩いていった。

 


 

トリスタンは、先ほどよりも一層騒ぎが大きくなっていることを訝しく思いながら、ベオウルフに尋ねた。

「どうしたんですか?」

ベオウルフはうんざりした顔で答えた。

「また珍客だぜ。」

「珍客?」

そこでは今まさに虚空から一人の男が姿を現そうとしていた。

流れるような深紅の長髪、それと対照的な白い神官服を身に纏ったその男は、厳しい顔でノイッシュらに頭を下げた。

「・・・お久しぶりです。ノイッシュ卿。」

どうやら、ノイッシュとは旧知の様子の男だと解ったせいか、騒ぎは静まりつつあるようだ。

「サイアス卿・・・。」

サイアスは、驚愕の表情を浮かべるガレスフに軽くうなずいて見せると、再びノイッシュを見た。

「詳しい話は後です。・・・いま、この城を邪悪な魔力が多い尽くそうとしています。」

「先ほど、敵の魔導師らしき男が何か魔法を発動させるかのようなことを言っていた・・・。危険な魔法なのか?」

ノイッシュの問いにサイアスは肯いた。

「どのような魔法かはわかりません。・・・ですが、危険であることは間違いないでしょう。あれを・・・。」

サイアスが指差す方向には光の柱がそびえ立っている。

「かなり大掛かりの術のようです。おそらくは、複数の術者による連携の呪法だと思われます。そして、その術者たちはあの光の柱の元にいるはず。」

ベオウルフが、口を開いた。

「ほんじゃなにか?あそこまで行ってそこにいる奴をやっちまえば俺たちは助かるって訳だな?」

サイアスは肯いた。

「いよ〜し、決まりだ。ちょっくらあそこまでいってくるわ。後頼むぜ!」

ベオウルフは、そう言うが早いか、愛馬に跨って北東の柱めがけて駆けていった。

「まて、ベオウルフ卿!!」

イーヴの叫びに軽く手を振ると、後は一目散に駆けて行く。

「・・・全く・・・お、おい!?」

驚くイーヴを尻目に、アーダンとノイッシュもまた、それぞれ北西と南西の柱めがけて駆けて行く。

「イーヴ将軍、我々も行ってきます!!」

そういいながら駆けだしたのはトリスタンとゼヴァンの二人だった。それぞれ、後ろにアーリアとアミッドを乗せている。

「おい!お前たち誰が許可を・・・。」

彼らはそう叫ぶイーヴをあえて無視する形で駆け去っていた。

残されたイーヴは頭を抱えた。その肩をアルヴァが軽く叩く。

「行ってしまったものは仕方ないだろう?我々は我々ができる事をやろうよ、兄上。」

ため息を付きながら苦笑を返したイーヴは、残された騎士たちに、指示を出すべく歩き出した。

その傍らにサイアスが歩み寄る。

「・・・大丈夫ですよイーヴ卿。彼らならやってくれますよ。」

「サイアス司祭。・・・本当に彼らだけで大丈夫だとお思いか?」

「ええ。」

微笑む美貌の司祭に納得の行かないような表情を向けながら、イーヴは再びため息を付いた。サイアスはその様子を見て微笑むと、再び表情を引き締めた。

「では、イーヴ卿、私もいってまいります。」

イーヴは驚いて尋ねた。

「一体どちらへ?」

サイアスは凛とした表情で答えた。

「この術をかけた、黒幕を倒しに・・・。」

そして彼は、ガレスフの元に歩み寄った。

「・・・サイアス司祭。・・・一体何故ここに。」

「詳細は後ほど話します。今はとりあえず、あなたの力をお借りしたい。」

ガレスフは疲れたような表情で尋ねた。

「・・・それは、あの闇司祭と戦えとおっしゃるのか。」

きっぱりと肯く司祭に、壮年の将軍もまた肯いた。

「解りました。・・・しかし、事が終わったらすべて話していただきますぞ。」

「・・・ええ。」

ガレスフは、抜いたまま放置していた大剣を鞘に収めると司祭の傍らに立った。

サイアスが呪文を詠唱すると、彼らの姿は掻き消えていた。

 


 

イーヴは、指示が一段落したところで、ふと空を見上げた。

依然として、四方には光の柱が立ち上っている。そして、城全体を覆う空気も、より禍々しさを増して行くようだ。

 

『・・・頼んだぞ。この術を解かぬ限り、今宵の勝利もただの幻となってしまうのだから。』

 

イーヴは、心の中で聖戦士であるヘズルに祈りをささげていた。


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