第11章 過去・因縁
巨馬に跨った騎士は、先程までの苦しみかたが信じられないほどおとなしくなっていた。
対するノイッシュも呆然とした表情で騎士を見つめる。
うつろな表情で自分を見返すその騎士には、かつて幾多の戦場で共に戦った男の面影が確かにあった。
彼らの周囲では、一度沈静化した戦闘が再開されていた。
絶叫と怒号が飛び交う空間にあって、彼ら二人のいる場所だけがまるで時間が静止しているかのようだった。
ノイッシュの脳裏には古き日の情景がよぎっていた。
「・・・なあ、ノイッシュ。俺も馬に乗れたらもっと活躍できるのになぁ。」
厳つい顔をした同僚が漏らした言葉にノイッシュは苦笑しながら答えた。
「それはそうだろうが、お前の巨体とその鎧を支えられる馬などいないと思うぞ?」
「・・・そうだよな。」
残念そうにため息をつく巨漢の騎士。その名をアーダンと言った。
個性的な髪型は、その緑色の髪と相まってまるで育ちすぎの根菜を思わせる。
ただでさえ強面顔であるのに、更に眉まで剃っているため、宮廷の女性のみならず男の騎士からも怖がられている。
類まれな体格を持ち、アーマーナイト用にあつらえられた、重装甲の鎧を軽々と着こなし、常人では持ち上げるのも困難な大剣を愛用している。
その風貌から、誤解されることも多いが、この強面の大男が、実は心優しいということをノイッシュは知っている。
「お前が乗れる馬なんて、竜並に巨大じゃないとな。」
いつの間にかアレクがやってきた。
「・・・ま、おまえは『強い』『固い』『遅い』の三拍子が揃ってこそだと思うぜ?」
同僚の容赦の無い言葉に、アーダンは寂しそうに微笑んだ。
ノイッシュは、改めて亡霊のように佇むかつての仲間をみた。以前は強い意志が表れていたその双眸が、いまは濁った沼のようだ。
「アーダン!!アーダンなんだろう!!」
ノイッシュの叫び声も、今の彼には何の感傷も呼び起こさないようだ。
「しつこいぞ!!」
相変わらず行く手を遮るルクソールに苛立ちを感じながらも、ゲイズは決定打を放てないでいた。
その脳裏に不気味な声が響き渡ったのは、まさにそのときであった。
『・・・ゲイズ・・・ゲイズよ!』
『!?』
それは、この先の砦に座しているはずのドンヌ高司祭からの通信だった。
『ドンヌ様!?』
『どうやら、伏兵による強襲は失敗のようじゃな・・・。』
『・・・申し訳ありません。・・・面目ない次第です。』
『別にお前の責任ではあるまい。敵が予想以上に強力だっただけの事。・・・その点ではわしにも責任がある。いささか奴らを見くびっておったわ。』
ルクソールと剣を切り結びながらも、ゲイズはドンヌとの会話に集中した。
『・・・敵の動揺も収まってきつつあります。このままの戦闘続行はあまり有効とは思えません。』
頭の中で老人も肯く気配を見せた。
『・・・わしも同感じゃ。・・・かくなるうえはガレの砦を放棄する。』
『なんと!!』
『別にこの砦に固執する必要は無い。・・・落とされたとしてもタラニスやベレノスあたりが苦労するだけの事・・・。』
『・・・なるほど。では、退却いたしますか?』
『早急に兵をまとめてな。・・・だがその前にやってもらわねばならぬことがある。』
ゲイズは不気味に笑った。
『バロール卿・・・いや騎士アーダンの始末ですね。』
彼の師は無言で肯定の意思を送ってきた。
『では、速やかに処理いたします。・・・して、解放軍の内通者はいかが致しますか?』
『捨て置け。どうせ奴らに始末されるであろう。それに、勝てぬまでも一矢報いてくれれば重畳。逆に勝てぬともわれらにとっての痛手ではないわ。』
『承知いたしました。』
ゲイズは、身を翻すと、ルクソールを残し乱戦の只中に消えていった。それは、ルクソールが呆気にとられるほどの早業であった。
「なんなのだ?」
ルクソールは、徐々に敵兵が退いて行こうとしているのを感じていた。
「・・・奴ら、退却するというのか。」
彼は、敵意が周辺から遠ざかるのを確認してから、かつての上官の方を振り返っていた。
「・・・ゲイズ卿。退却は着々と進んでおります。」
部下からの報告を受けたゲイズは肯いた。
「ご苦労。・・・予定どおり傭兵どもを捨て駒にしているのであろうな?」
「御意。」
ゲイズはその答えを聞いて嘲笑を浮かべた。
「全く傭兵というのは都合がよい。いざとなれば切り捨てるのが簡単だからな。・・・それで、あの男の始末だが。」
部下は恭しく頭を下げた。
「手はずどおり、数名のダークマージを差し向けました。・・・今ごろはその巨体を大地に横たえていることでしょう。」
「ならば良い。・・・さっさと引き上げるぞ。」
「ハッ!」
必死の呼びかけにも答えないアーダンに、ノイッシュは何度か駆け寄ろうと試みるのだが、その度に巨馬が威嚇するためそれを果たせずにいる。
だがめげずに再び駆け寄ろうとしたときにアーダンの巨体に何かが炸裂した。
「!?」
驚くノイッシュの目の前で、アーダンは地面へとずり落ちていった。
「アーダン!!」
落下したアーダンはピクリとも動かない。そこに姿を隠していたダークマージ数人が追い討ちの魔法を放つために印を結んだ。
「!?・・・させるものか!!」
ノイッシュの激しい斬撃によってタイミングを逸したものの、それをすり抜けた者達の掌底から、ヨツムンカンドの魔法が放たれ、その衝撃でアーダンは何度も身体をのけぞらせた。
「おのれ!!」
ダークマージ達は、纏わりつくようにノイッシュの行く手を妨害しながら、残ったものは短刀を引き抜いてアーダンへと迫った。
「やめろ!!」
ノイッシュは魔道士達を切り倒しながら思わず絶叫した。
「・・・死ね。」
そう言って短刀を振り下ろそうとしたダークマージの一人が、轟音と共に吹き飛んだ。
ギョッとして振り向く男達の目の前に、憤怒の形相で立つ巨馬の姿があった。吹き飛ばされた男の上半身は、完全に粉砕されていた。
「GooooooWoonn!!!!」
巨馬は雄叫びを上げるとその漆黒の巨体を跳躍させた。逃げ遅れたダークマージの一人は無残にも踏み潰されてしまう。
ノイッシュが、ダークマージを倒して駆けつけたとき、最後の一人は巨馬に頭部を噛み砕かれていた。
巨馬は、油断無くノイッシュの方を窺っている。いつの間にか周囲の戦闘も静まりつつあった。剣をもって巨馬を取り囲もうとする部下を手で制すると、ノイッシュは剣を鞘に収めた。そして、ゆっくりと愛馬から降りると、アーダンへと近づいていった。
たちまち威嚇の唸り声を上げる巨馬に、ノイッシュは臆することなく近づいていく。
「ノイッシュ将軍・・・。」
その場の誰もが息を呑んで見守る中、聖騎士は遂に巨馬の鼻先まで歩み寄っていた。
「Goooooooo・・・。」
巨馬は目の前の男を踏み潰さんとその足を振り上げた。
だが、ノイッシュは巨馬の目をじっと見て微笑んだ。巨馬は足を振り上げたままピタリと動きを止めた。
しばし静寂の時が流れた後、ノイッシュは巨馬に向かって深々と頭を下げた。
周囲の人々がどよめく中、巨馬はじっとノイッシュの様子を見つめている。
「・・・ありがとう、アーダンを守ってくれたんだな。私は、彼の友人だ。」
ノイッシュはゆっくりと頭を上げた。
「・・・解るか?仲間なんだ。君はアーダンのことが好きなんだな?・・・私も君と同じようにアーダンを大切に思っている。」
そして、じっと巨馬の目を見つめた。
「・・・頼む、彼の手当てをすることを許してくれないか。」
巨馬も視線をそらすことなくノイッシュを見続けた。
・・・どれほどの時間が起ったのだろう。やがて巨馬は静かに足を下ろした。ノイッシュは微笑んで再度頭を下げた。
「ありがとう。」
ノイッシュは、周囲にいた部下を呼び寄せるとアーダンの手当てを命じた。幸い命には別状はなさそうだが、相当の深手であることには変わりない。後方にいる司祭の下へ運ぶように手配すると、彼は愛馬にうち跨り声を張り上げた。
「皆聞け!直属部隊は私と共にイーヴ将軍の部隊に向かう、残りの者はこの場に留まり、砦方面の敵兵を警戒せよ。」
「「御意!!」」
部下たちの声を聞くと同時に彼は愛馬を駆って戦場を疾駆し始めた。その後に200名ほどの直属部隊が続く。
彼の胸中では、得体の知れぬ不安が首をもたげていた。
「・・・杞憂であれば良いのだが。」
ノイッシュはさらに速度を上げた。
「もう少し、・・・もう少しだから頑張ってくれよ。」
トリスタンはそう言って愛馬を励ましつつ、ハインラインへの街道をひた走っていた。
彼の馬が苦しげな息を吐き、速度が落ちかけたときに、前方に味方の部隊が姿を現した。
「よし!!・・・何とか間に合いそうだな!!」
馬も主の心を察してか、疲れた身体を奮い立たせ走り続けた。
「さっきから、全く動かないね。」
ペガサスの上で退屈そうに槍をいじっていたフェミナは、隣に立つアーリアに話し掛けた。
「・・・うん。」
「どうしたの?ボーッとしちゃって?」
そう言ってからふと気付いてフェミナはニヤッと笑った。
「そっか!今日はトリスタンさんと別行動だもんね。」
「!?・・・そ、そんなの関係ないよ。」
顔を真っ赤にしてうろたえるアーリアに、フェミナは意地悪そうな視線を浴びせた。
「もう!どうしてあんたはそういう話ばかり・・・。」
その時一騎の騎影が二人の傍らを猛スピードで駆け抜けた。
二人は呆気にとられながら、その蒼い鎧をまとった騎士を見送った。
「・・・あれ、トリスタンさんじゃない?」
「あいつ・・・何してんの?」
騎士の姿は既に視界の彼方に消えていた。
「申し上げます!!」
進むか退くかを論じ合っていた3人の将軍の下に兵士が駆け寄っていた。
「何事だ!」
「はっ!ただいま、ノディオン方面よりトリスタン卿がおみえになられました。」
「トリスタンが?・・・通してくれ。」
「はっ!」
やがて、兵士に伴われ、蒼き騎士が姿を現した。
「どうした!何か起こったのか?」
トリスタンは一礼すると、ここに来た経緯を語り始めた。
彼の話を聞いて、将軍達は再び考え込んだ。
やがて、アルヴァが口を開いた。
「・・・今の話が事実なら、我々は前方のハインライン軍と同時に、北東方面からくる帝国軍とも戦わねばなりませんね。」
「ホーク将軍。・・・ここは一度退くべきでは?」
ルファスの発言に肯きながらもホークは何事かを考え始めた。その様子に怪訝そうな表情でルファスが尋ねた。
「何をそんなに考えておられるのです?退くならば急がねば間に合わなくなりますぞ?」
ホークは静かに語った。
「・・・どうせ退くなら有意義に退こうと思ってな。」
「有意義?」
ホークは考えをまとめたのか顔を上げた。
「このまま進むは下策。ただ退くは中策。・・・ならば上策とは?」
その問いにはじかれた様に反応したのはアルヴァだった。
「ホーク将軍・・・まさか?」
ホークは不敵に笑った。
「いささか危険だが、やってみる価値はあると思うのだが?」
「エリオット陛下!前方ノディオン残党軍です!!」
ハインライン残党軍の本営で中年の男が部下から報告を受けていた。
その顔には深い傷が刻まれている。丁度顔を4分割するかのような十字型の傷である。十数年前につけられ、生死の狭間をさまよう原因となったこの傷を見るたびに、彼のうちに暗い憎悪の炎が育まれてきたのだ。
ハインラインの王位継承者エリオット。死んだと思われていたこの男は、死神に首筋をつかまれながらも生還を果たしたのだ。
3年にわたる昏睡から目覚めたとき、父王はシグルド一党に亡き者とされ、彼の故国もグランベルに奪い取られていた。
失意と憎悪の中から、彼は行動を開始した。かつての王国の残党を組織化するのに7年を費やした。
グランベル帝国がもたらした混乱に乗じて、付近の村々を襲い、略奪を繰り返しながら勢力を広げて来たのだ。
そして、つい昨年念願の故国ハインラインを奪還した彼は、略式で戴冠の儀式をすますと、ハインラインの王となったのだ。
だが、彼の憎悪はそれだけでは癒されることは無かった。
「・・・アグストリアを・・・いや、いずれはこのユグドラルの地全てを我が手に!!」
そして、その過程で一人の男を抹殺せねば彼の怒りが収まることは無い。
その男は彼を瀕死に追い込み、けっして消えぬ醜い傷跡をつけた男。
エリオットが、あらゆる手段をつくして手に入れたかった女性を、彼の魔手から最後まで守り通し、やがてその愛を受けるようになった男でもある。
エリオットは、呪詛のこもった声で呟いた。
「・・・この傷の恨み。・・・そして私からラケシスを奪った報いを受けさせてやる。」
彼の目には、遠く彼方にいるであろう紅き鎧の騎士の姿がはっきりと映っていた。
エリオットはおもむろに立ち上がると号令をかけた。
「全軍出撃。・・・アンガーの竜騎士隊にも出撃要請を!!」
「了解!!」
「隊長、エリオット陛下より出撃要請がきてますぜ。」
アンガーは欠伸を一つするとめんどくさそうに身を起こした。
「やれやれ、人使いの荒さではトラバント陛下といい勝負だな。・・・面倒だ、断っちまいな!」
アンガーはそう言い放つと、傍らの踊り子に戯れかかった。
「追加料金を支払ってくれるそうですぜ。それに・・・。」
「それに何だ?」
荒々しく踊子の身体をまさぐりながら、アンガーはうるさそうに言った。
「・・・未確認情報ですが、敵軍には竜騎士がいるとか。」
「フン!・・・そりゃ居るだろうさ。なにせ大陸のあちこちで戦乱が起こってるんだ。傭兵の口はいくらでもある。・・・なんでわざわざそんなことを報告する?」
不意にアンガーの表情が険しくなる。
「まさか・・・奴が居るとでも言うのか!?」
部下の沈黙はアンガーの問いを肯定していた。
「・・・ふ、・・・クックック。・・・そうか、奴が居るのか。」
アンガーは、嬌声を上げながらしなだれかかる踊り子の身体を乱暴に突き飛ばすと、立てかけてあった自らの槍を取った。
「おもしろい!すぐに出撃の準備をしろ!!」
「心得やした!!」
部下は飛ぶように立ち去っていった。残ったアンガーは、踊り子に手伝わせて鎧を装着すると荒々しくその唇を吸った。
「・・・ククッ。ヴェルトマーの小僧は後回しだ。まずはあの男から血祭りに上げてやる。」
怒濤の突撃を続けたハインライン軍は、ようやく目的の敵軍と衝突した。苛烈な戦闘が展開した後、敵わぬとみたのか、アグストリア解放軍は壊走を始めた。
「陛下!敵軍は総崩れですぞ!!」
「フフ。よし、この機を逃がすな!!一人残らず始末するのだ!!」
エリオットの号令の下ハインライン軍は追撃戦を展開した。
逃げ遅れた兵を斬り殺して、血に酔ったハインライン軍の攻撃は半ば暴走に近いものがあった。
やがて、彼らは平原から森の中へと突入した。
障害物が皆無といってもいい平原とは異なり、木々が行く手を遮る森の中では視界も相当に悪くなる。
「チッ!奴らめ、目くらましのつもりか?」
と、急に激しいつむじ風が巻き起こり、舞い上がった塵によって視界を遮られた彼らは、完全に解放軍の姿を見失っていた。
「逃がしたか。・・・!?・・・・なんだ?」
耳を澄ます彼らのもとに大軍がもたらす喚声が飛び込んできた。
「・・・しまった!罠だ、奴ら完全に逆撃の体制を整えていたぞ!!」
その声が終わらぬうちに、薄暗い森の中は怒号と絶叫が飛び交う地獄と化した。
森のそこかしこで激烈な戦闘が行われ、死者が地面を覆って行く。
剣が閃き、槍が振るわれる。矢が飛び交い、斧が打ち下ろされる。
その阿鼻叫喚の地獄絵図を、少しはなれた高台から見下ろす男達がいた。
「・・・どうやら、上手くいったようだな。」
風の上位魔法ウインドストームを唱え、人為的につむじ風を巻き起こした男。
それは、誰あろう賢者ホークその人であった。
「さてと、奴らが気付かぬうちに準備を整えるとするか。」
ホークはマントを翻してその場から姿を消した。
「凄い・・・。」
森での激闘を、やはり離れた場所で見守っていたトリスタンは思わず嘆息した。
ホークの戦術は大胆かつ巧妙なものであった。
最初にハインライン軍と小競り合いを行った後、機を見計らって全軍を退かせる。この際壊走をしているように見せかけながら、ハインライン軍を巧みに森の中へと誘導する。ここからは各自速やかに当初に予定した場所へと退却する。
ハインライン軍が、解放軍の姿を追いきれなくなる頃合いを逃さず、ホークが魔法を使って完全に解放軍の姿を見失わせる。
同時に、別働隊によっておびき出された帝国のグラオリッターを森に突入させれば、互いに敵を誤認したもの同士が死闘を繰り広げるというわけである。
この作戦は、それぞれの部隊をおびき出す役目を担う者たちが、相当な危険を覚悟せねばならないものの、上手くいけば、最小限の被害で最大の効果を上げることができる。
現実に、犠牲者は出たものの、その数は二桁を超えることは無かったのである。
漁夫の利を狙った帝国軍が、逆に鷸蚌の争いを演じるという、第三者から見れば滑稽なものとなったわけである。無論、当事者にして見れば笑い事ではすまないだろうが。
帝国軍の先頭に立ち、愛用の戦斧を縦横に振るい、勇戦していたテウタテスは、奇妙な違和感を覚えたものの、その手を休ませずに左右に血の小川を築いていった。
どのくらい戦闘が続いたのであろうか。さすがに怪訝に思ったテウタテスは部下を呼びつけた。
「お呼びでしょうか?」
「誰でも構わん、敵の士官を捕らえて連れて来い。・・・どうもおかしい。いかにハインライン軍と戦い疲弊しているとはいえ、奴らの脆さは附に落ちん。」
部下達は一様に肯くと主の命令を遂行するため森の奥へと駆けていった。テウタテスがさらに数人の敵兵を地獄に送り込んだとき、部下の一人が縛り上げた敵兵を連行してきた。
テウタテスは馬上から捕虜に問い掛けた。
「・・・貴様の上官は誰だ?」
捕虜は無念そうな表情のまま喋ろうとしない。
テウタテスは嘲笑を浮かべると言い放った。
「ふふ、解放軍の実力はこの程度か。紅の聖騎士とやらも噂ほどではないようだな。」
「解放軍だと!?・・・とぼけたことを、貴様らが解放軍だろうが!!」
捕虜のその言葉に、テウタテスの顔から笑みが消えた。
「・・・では、貴様らは何者だというのだ。」
そう言いかけてテウタテスは気付いた。
「・・・!!・・・そうか、そう言うことか。」
「司令官?」
テウタテスは不敵に笑った。
「・・・フフ。なかなかどうして、解放軍にも策士がいるとみえるわ。」
テウタテスは改めて捕虜に問うた。
「お前たちは、ハインライン軍なのだな?」
捕虜は不機嫌そうに言った。
「何を今更・・・。」
「「??」」
テウタテスは、怪訝そうに顔を見合わせる部下に向かって退却の命令を出した。
「退却・・・でございますか?」
「そうだ。」
「何故です。」
「・・・解らぬか?・・・やれやれ、わしは部下に恵まれておらぬな。・・・帰りの道中でおいおい説明してやろう。これ以上この場にいてもわれらに益するところは無い!!」
テウタテスはそう言い放つと、馬首を巡らせた。
馬上でテウタテスは思わず笑みをもらしていた。このとき彼は、ほぼ正確に解放軍の作戦を洞察していた。そして、これ以上の戦闘が無意味どころか有害になりかねないことを悟ったのだ。
このあたり、彼が粗暴なだけの男ではないことを証明している。
完全にしてやられた形になったテウタテスだが、不思議と怒りは無かった。味方にも数百を越す犠牲者が出たにも関わらずである。
彼は、気に入りの玩具を見つけた子供のように、愉快な気分だった。
「・・・クック。こうでなくてはな。張り合いがあったほうが、より戦が楽しめるというものよ。」
テウタテスは豪快に笑った。
エリオットは、少数の味方と共に薄暗い森の中を疾走していた。
「・・・おのれ、どいつもこいつも役立たずばかりが!!」
自らの無能さを棚に上げて部下に当り散らしながら、エリオットは歯軋りした。
「・・・とくに、竜騎士どもは何をやっておったのだ。あいつがいま少しマシに動いていれば、これほどの事にはならなかったはずだ!!」
「・・・陛下。これからいかがなされますか?」
エリオットは逆上して部下を斬り捨てた。驚愕の表情を浮かべたまま、男は鮮血を迸らせながら息絶えた。
「・・・いちいち当たり前のことを聞くな、馬鹿が!!・・・一度城にもどって態勢を立て直す。」
生き残った部下はかしこまって肯いた。
「ハインライン本城と、シルベール城に駐留する勢力を合わせれば、まだかなりの戦力になる。」
エリオットは水筒の水を飲み干すと苛立たしげに投げ捨てた。
「・・・それにしてもあの竜騎士どもめ、どこで何をしておるのやら。遊ばせるために大金と女を与えている訳ではないのだぞ!!」
当のアンガーは、別に遊んでいたわけではなかった。彼の率いる竜騎士達は、主戦場より少し離れた上空で、ルファスの指揮する竜騎士部隊と戦闘を繰り広げていたのだ。
ルファスは、囮部隊の被害を最小限に抑えるために遊撃隊としての役割を担うはずだったが、執拗なアンガー隊の妨害によって、その任務を果たせずにいた。
迫り来るドラゴンライダー達を一騎、また一騎と撃破していくものの、本隊から完全に孤立してしまった。
「うかつだったな・・・。まさか敵に竜騎士がいたとは。」
同国人を手にかける事に、若干の罪悪感を感じながらも、作戦行動が遅々として進まぬことへの苛立ちの方がより大きくなっていった。
不意にルファスの死角から強烈な攻撃が仕掛けられてきた。
「くっ!」
辛くもその攻撃をしのいだ彼は、その攻撃の主が、見知った男であることに驚いた。
男は残忍そうな笑みを浮かべ槍を構えなおした。
「・・・おやおや、相変わらず逃げ足は速いようだな。」
ルファスはその絡みつくような口上に、心底嫌そうな表情を見せた。
「アンガー・・・。何故ここに?」
アンガーは肩をすくめて見せた。
「おいおい、口の訊き方に気をつけろよ。今の俺は竜騎士団の中隊長だぜ?・・・なあ元近衛騎士さんよ。」
ルファスは、その皮肉に皮肉をもって応えた。
「中隊長?親の七光と、賄賂で買った地位ではないか!貴様の実力などたかが知れている。・・・まあ、その実力で私の前に現れた度胸だけは誉めてやる。」
その言葉にアンガーの顔が見る見る赤黒く染まっていった。
「ウヌ・・・!!お、おのれ。あの頃の俺と同じと思うな!!」
「御託はいいからかかって来い。私は忙しいのだ。いつまでも、貴様のような小物に構っていられないのだからな。」
アンガーは逆上して突進してきた。
「その言葉!地獄で後悔させてやる!!」
ルファスは、突きこまれる槍先を、最小限の動きでかわすと、猛然と反撃を開始した。先ほどまでの勢いはどこへやら、防戦一方に追い込まれ、うかつに攻撃もできないありさまであった。
「クッ!・・・この!!」
何とか攻撃を試みようとするアンガーに対して、ルファスはさらに苛烈な攻撃を浴びせた。
「・・・いい加減、貴様の顔を見るのもうんざりだ。いい機会だ、ここで永遠にその因縁を断ち切ってくれよう。」
ルファスは己の乗竜をアンガーのそれに体当たりさせた。よろけるアンガーに一際強力な一撃を繰り出す。アンガーは思わず絶叫した。
「何故だ!!何故なんだ!!・・・どうしてお前には勝てない!!」
ルファスは無言のまま攻撃の手を休めない。
「俺は強くなった!・・・誰にも負けぬ自信があったのだ!!なのに何故だ?あの頃から・・・、ディーン隊長の下で共に戦っていたときからずっとだ!!貴様にだけは勝てない!!」
ルファスは冷ややかに言い放った。
「・・・お前は、いつも自分より弱いものとしか戦おうとしなかった。・・・お前は自分が強いと錯覚していただけだ。」
「・・・馬鹿な!?」
「いい加減気付いていれば死なずにすんだものを・・・だが!」
ルファスは蔑むような表情を浮かべ、一転して憤怒の形相で鋭い連撃を見舞った。
「貴様が妹に対してしでかした事を私は決して忘れない。その悪行の数々、命をもって償え!!」
アンガーは必死の形相で避けようと試みるも、かわしきれなかった一撃が、アンガーの乗る竜を切り裂いた。
長槍の一撃を頸部に受けた竜は、弱々しい鳴き声を上げて地面に向けて落下していく。
その背に主人を乗せたまま・・・。
恐怖と絶望の叫びをあげながら、アンガーは落下していった。
ルファスは、その姿を見とどけようともせずに、部下たちの様子を見るため、飛竜を上昇させた。
そして周囲の敵が全て掃討されたことを確認すると、部隊をまとめてホーク達との集合場所を目指し飛竜を羽ばたかせた。
同時刻、喧騒が収まった森の中で、アーリアは一人途方にくれていた。
アルヴァ将軍が指揮する傭兵部隊と一緒に、帝国軍をおびき出すための囮として戦っていた彼女は、いつの間にか同じ小隊のベオウルフらともはぐれ、森の中で立ち往生してしまったのである。
「・・・参ったなぁ。・・・迷子になるのって遺伝するのか?」
たわいの無いことを考えながら、一人苦笑する。
「とりあえず、歩いてみようかな。」
アーリアは適当に方角を定めると、ゆっくりと歩き始めた。
「アーリアがいない?」
フェミナからその話を聞いたトリスタンは慌てて愛馬に飛び乗った。ベオウルフも呆れ顔で呟いた。
「・・・あいつ、散々俺が迷子になったことをなじったくせに。自分まで迷子になってりゃ世話ないぜ。」
そうは言うものの、やはり娘は心配なのか、自分の馬に跨った。
「・・・坊主、俺はこっちの方角を探してみる。お前さんはあっち側を頼む。」
「解りました。」
そう答えるトリスタンにすまなそうな顔を向けると、ベオウルフは馬を駆けさせた。
トリスタンも、その愛馬も、先ほどの作戦には参加していない。長距離を全速で駆け続けてきたために、その疲労が著しかったためである。
多少の休息をとったためか、少しは楽になったようだが、まだまだ、完全とはいえない。
それでも、アーリアがいなくなったと聞いては、いても立ってもいられなくなったのだ。
トリスタンは、森の中を駆けながら、そんな自分の気持ちに戸惑っていた。
「・・・こんな気持ちになったのは、母さんとジャンヌが行方不明になったとき以来だな。」
青年は、胸中に湧き上がる不安を打ち払いながら徐々に暗くなっていく黄昏の森を進んでいった。
合流場所では、ホークら3人の将軍が思いがけない人の来訪に驚いていた。
ノイッシュが部隊を率いて姿を現したのだ。
彼らは、そこでマルクァスの裏切りを知った。トリスタンは帝国軍の進撃を伝えただけで、マルクァス反逆を伝えることを失念していたのだ。まあ、たどり着いたときは息も絶え絶えだったので無理も無いことではあるが。
ホーク達はマルクァスが解放軍の中でも浮いた存在になっていたことは認識していたものの、まさか味方を売ってまで玉座を求めるような男とは思いもよらなかったのである。
「それで、奴は討ち取ったのですか?」
ホークの問いかけにノイッシュは頭を振った。
直属部隊と共にイーヴとマルクァスが激突する舞台へと駆けつけたものの、わずかの差で逃走を許してしまったのである。
「・・・残念ながら。・・・だが彼の率いていた部隊はほぼ壊滅したし、生き残ったものを再編したとしてもその数は百に満たないだろう。」
「ですが、仕留められなかったことが後々に影響しなければいいのですが。」
アルヴァの言葉に一同は肯いた。
「ところで、トリスタンは?姿が見えぬようだが?」
「ああ、先ほどはぐれてしまった傭兵を探しにでたと報告がありました。」
「そうか・・・。じっとしていられない男だな、顔に似合わず。」
ノイッシュは苦笑した。
「・・・しかし、彼が命懸けで情報をもたらしてくれなければ、我々は全滅していたかもしれません。」
真顔でそう評するルファスにホークが相槌を打った。
「まさしく。・・・彼の情報のお陰でこの策が成功したようなものです。マルクァス卿のことなど些細なことです。」
「・・・それで、現在ノディオン方面の部隊はどうなっているのです?」
アルヴァの問いに全員の視線がノイッシュに集中する。
「イーヴ将軍とエヴァ将軍の部隊が敵の砦を陥落させてそこに駐留している。・・・私はこちらが苦戦しているのではないかと思ってきてみたのだが、どうやら杞憂だったようだな。」
「それでは、こちらはこのままハインライン攻めを続行してもよろしいのですね?」
ホークの言葉にノイッシュは肯いた。
「もちろんだ。私もこのままこちらに残って戦うつもりだ。・・・当初の予定とは異なったが、こうなった以上弱体化したハインライン軍を壊滅させよう。」
将軍達は互いに肯きあった。
森を彷徨うアーリア。
彼女を探し疾駆するトリスタンとベオウルフ。
惨敗し逃亡を続けるエリオット。
運命は彼らの為に新たなる舞台を用意しようとしていた。