第8章 消えゆく者、立ち上がる者
アグストリア派遣部隊の将軍の一人、パトリック。
彼はユングヴィ公国の当主スコピオの命により、1200名の騎士達を率いてこの地へとやってきた。
騎士位の中でも、最高位であるマスターナイトの称号を有するパトリックだが、おおよそ勇猛果敢という言葉からは程遠い性格の持ち主である。
これまで、幾度となく反乱軍討伐に出陣していたが、その戦略は、極めて消極的なものが多く、主に後方支援や輸送任務などをこなしていた。
もっとも、彼が指揮するのは弓兵がほとんどである為、それは決して間違った用兵ではない。
だが、戦場にあるときも、手柄より人命を優先するため、臆病者との謗りをうけていた。それは、自らが指揮する国家騎士団バイゲリッターの隊員達すら例外でなく、彼らは平気で上司を「逃げのパトリック」と呼んでいたほどである。
「将軍!シルベール城の海賊共は既に弱体化しています。ここは、一刻も早く攻城戦を仕掛けるべきでは?」
シルベール城を遠望する、派遣部隊の前線基地では軍議の真っ最中であった。
「・・・我々は、アーチナイト及びボウファイターが主体の部隊だ。その能力は遠距離からの攻撃において最も発揮できる。ことさらに直接戦闘を仕掛けるのは得策ではないと思うのだが・・・。」
パトリックは部下の提案に対して反論して見せた。部下は渋々ながらも提案を取り下げるしかなかった。パトリックの主張は理にかなっているし、もともと直接戦になった際の有効な戦略の当てがあったわけではないのだ。
パトリックはゆっくりと口を開いた。
「昨日、ベレノス副司令官率いるシレジア遠征隊が港を発ったとの連絡がはいった。シレジア遠征隊の主目的は、オーガヒルパイレーツの補給路を完全に断つことにある。」
彼はそこでいったん言葉を切ると諸将の様子をうかがった。
「・・・その作戦が完了すれば、篭城を続ける海賊共の士気も格段に落ちるのは火を見るよりもあきらかだ。・・・いたずらに兵を繰り出すのは、我が軍が損耗するだけで、なんら益するものは無いと私は考えている。」
「・・・フン。臆病者が。」
諸将の間から聞こえた微かな悪口はパトリックの耳にも届いた。だが彼はあえて聞こえぬふりをして言葉を継いだ。
「・・・今後も我々の基本方針は変わらない。このままシルベール城を攻囲し続ける。決してこちらから戦を仕掛けないように。・・・では解散。」
諸将は、肯きかわすと天幕から出て行った。
「チッ!・・・『逃げのパトリック』め!」
「・・・これでは、今回も手柄を立てる機会に巡り合えそうに無いな。」
「ああ・・・。ベレノス卿の率いるロートリッター隊は手柄の立て放題と聞くぞ。・・・生まれてくる国を間違えたかも知れぬな。」
「滅多なことをいうな!・・・まあ、否定はせんがな。」
パトリックは、天幕越しに聞こえてくる騎士隊長たちの声を聞きながら溜め息をついた。
「『逃げのパトリック』・・・か。」
彼は、懐からロケットを取り出すと蓋を開いた。そこには、最愛の妻が描かれた小さな紙片が納められている。
「・・・もう1年近く会っていないが、元気にしているかな。」
彼が淋しそうに微笑んだとき、天幕の外がにわかに騒がしくなった。
パトリックはロケットをしまい込むと外に飛び出した。
「何事だ!」
彼は兵士の一人を呼び止めたが、尋ねるまでも無くその答えを知った。
「あれは!?」
パトリックは一瞬思考が停止した。彼の目に映ったもの、それは、シルベール城が燃えている様であった。
「・・・まさか。奴ら自棄を起こしたのか?」
だが、彼の推測はまもなく訪れた伝令によって覆された。息も絶え絶えに走ってきたその伝令は、パトリックの姿を見ると跪いた。
「申し上げます!現在シルベール攻囲部隊は、城外にて敵と交戦中!!」
「海賊共が、特攻を仕掛けてきたのか?」
「いえ!敵はハインライン残党軍であります!!」
パトリックが愕然とした。
「ハインライン軍・・・だと!?」
「ハッ!つい先刻、我が軍は、竜騎士を伴った部隊によって奇襲を受けました。現在ロモス卿率いる第3小隊が善戦しておりますが、・・・それもいつまで持つか。」
伝令はそこまで伝えるとその場に倒れた。パトリックは救護兵に伝令の治療を命じると天幕に戻り武装をして再び外へと立った。そこには既に諸将が集結していた。
「将軍!!もはや我が軍は戦線を維持できません。このまま後退しつつ、アグスティに援軍を要請しましょう!」
「・・・それが、もっとも良策であろうな。」
パトリックは肯くと一同に命じた。
「直ちに撤退の準備にかかってくれ。竜騎士相手ではこのような仮設の前線基地など何の障害にもならない。」
「心得ました!」
「後退する部隊の指揮はメッツェ卿に一任する。」
名指しされた騎士は肯きつつも怪訝な表情を返した。
「了解致しました。・・・しかし将軍閣下はどうなされるのですかな?」
パトリックは小脇に抱えた兜を装着した。
「私はこれより、シルベールへと向かう。かの地で戦っている同胞の後退を支援するのだ。」
騎士たちは驚きの声を上げた。
「気でも違われたか!?・・・あの地にて戦っている者達は助かりはしません!!」
「左様!!・・・彼らには気の毒だが、これが戦というもの。」
「お考え直しください!!」
口々に静止しようとする部下を手で制すと、パトリックは馬に跨った。
「・・・皆の言うことは正論だ。確かに戦とは小を殺して大を生かすものかもしれん。だが・・・。」
パトリックは前方で炎上する城を見つめた。
「あそこで戦っている騎士たちにも、恋人もいれば、家族もいる。・・・その残された人々になるべく訃報を告げたくは無いのだ。」
パトリックは馬腹を蹴ると駆け出した。
後に残された騎士達は、呆然としてその姿を見送った。
「・・・やれやれ気が触れたか。」
「・・・臆病パトリック・・・ついに行くとこまで行き着いたか。」
「呆けるのは後回しだ。急ぎこの地より撤退するぞ!!」
後を託されたメッツェはそう叫んだ。慌てて準備にかかる同僚に向かって舌打ちしながら、彼は上司が消えた方角を振り返った。
『・・・本当に気が触れたのか?・・・それとも我々が彼の本質を見誤っていたのか?』
「ロモス卿!・・・我々の戦力は既に3分の1を割りました。・・・全滅も時間の問題かと。」
バイゲリッター隊の中でも数少ないソシアルナイトであるロモスは、部下の報告に無言で肯いた。
迫り来る竜騎士・ドラゴンライダーに手槍で応戦していた彼だが、その槍も既に刃こぼれを生じていた。
「・・・もはや、これまでか。・・・だが一兵でも多く地獄に叩き落してくれる。味方の撤退を少しでも援護するのだ!!ユングヴィの栄光のために!!」
彼の叫びに部下たちが応え叫びを返した。
「「ユングヴィの栄光の為に!!」」
ドラゴンライダーに混じって、正規の竜騎士であるドラゴンナイトの姿も見え始めていた。
上空から繰り出される槍によって、一人、また一人と部下が朱に染まって行く・・・。
上空のドラゴンライダーを貫いたロモスの槍が音を立てて砕けた。腰の剣を引き抜きながら彼はいよいよ死を覚悟した。
「いよいよだな・・・。」
盾を投げ捨て、両手で剣を構える。上空では3騎のドラゴンナイトが旋回している。そして、ロモスに狙いを定めて急降下してきた。
剣を振りかぶるロモス。
しかし、どこからとも無く飛来した矢が、飛竜の急所ともいうべき翼の付け根を射抜いていた。飛竜はバランスを崩して地面に激突し、そのまま動かなくなった。
「・・・これは!?」
続けざまに放たれた矢によって、次々と飛竜が射落とされて行く。その直後にロモスの傍らに一人の騎影が滑り込んできた。その黄金の甲冑に、彼は見覚えがあった。
「パトリック将軍!!」
「ロモス卿!無事か!!」
ロモスは我が目を疑った。彼の眼前には彼自身が侮蔑し続けた臆病者の姿があったのだ。
「・・・将軍、なぜこのような場に?・・・!!・・・もしや、アグスティより援軍があったのですか?」
パトリックは苦笑した。
「・・・いや、使者は送ったが援軍が到着するにはどう考えても3日はかかるだろう。」
「それも、そうですな。」
つい先程起こったこの事態に、援軍が来るはずは無い。・・・そう、前もってこの事態が起こることを想定していなければ・・・。ロモスはそのことに気付いた。
「では、何故このような死地に?」
「決まっている。その死地で戦っている貴卿らの撤退を支援するためだ。」
「なんと!!」
ロモスは驚愕の表情で上官を見つめた。
「・・・ゆっくりと話している余裕は無い。我々も撤退するぞ。」
「しかし・・・。」
「時間なら十分に稼いでくれたよ。ハインライン残党の目的はシルベール制圧にあるはず。ならば、我々を深追いしては来ないはずだ。・・・さあ、行くぞ!」
彼らは、残存する兵たちを結集しつつ、後退を開始した。
深追いをしてこないというパトリックの読みは外れた。ドラゴンナイトの一隊が、彼らをしつこく追い続けたのだ。
何とか追撃を振り切って小さな森に身を隠した彼らのもとに、相変わらず飛竜の鳴き声が聞こえてきた。
生き残った兵たちは20人を切っていただろう。ロモスは憔悴しきった顔で上官に尋ねた。
「将軍。・・・どうやらここが見つかるのもそう先のことではなさそうです。・・・いかが致しましょう?」
パトリックは部下たち一人一人の表情をじっと見つめてから口を開いた。
「・・・みんな、よく頑張ってくれた。・・・この中でまだ矢筒に矢が残っている者はどれぐらいいる?」
何人かの騎士が手を上げた。
「よし、・・・では残った矢の半数を私に。」
ロモスは訝しげに尋ねた。
「矢などどうするおつもりです?」
パトリックはそれには答えずに逆に問うた。
「ロモス卿。・・・確かこの先に岩場があったな?」
「御意。・・・この先の崖の周辺は岩場になっておりますが・・・・まさか!!」
「・・・あの辺は見晴らしも良いし、この黄金の鎧は目立つと思うが・・・どうだ?」
ロモスは思わず大声を上げた。
「将軍自らが囮となるおつもりか!」
「・・・声が大きいぞロモス卿。」
「無茶です!!」
「・・・追っ手のドラゴンナイトは少数だ。先程からの様子では7〜8騎といったところだろう。・・・何とかできると思う。」
愕然とするロモスに微笑を返すと、パトリックは命じた。
「ロモス卿、私が奴らをひきつけている間に、貴卿は全員を連れてここを脱出するんだ。・・・私も奴らを片付けたらすぐに追いかける。」
「無謀です!死ぬおつもりか!?」
パトリックは苦笑した。
「私だって死にたくは無いぞ?・・・大丈夫、こう見えても昔ユングヴィの弓術大会で上位入賞を果たしたこともあるのだよ。」
ロモスはそう言って微笑む上官が、微かに震えているのを見逃さなかった。
「アンガー将軍!・・・あいつら出てきますかね?」
「来るさ。・・・そのうち痺れを切らしてな。」
竜騎士隊を率いる男は、頬に刻まれた火傷を指でなぞりながら答えた。
「・・・フン!シルベールを攻囲している帝国軍がロートリッターと聞いていたので勇んでやってきたが、どうやら違ったらしいな。」
男は忌々しそうにはき捨てた。
『・・・この傷の恨みを晴らし損ねたか。』
そのとき、彼らの視界を一騎の騎影が横切った。
「隊長!!」
アンガーはほくそえんだ。
「ほらな、耐え切れずに出てきやがった。・・・ほう、黄金の鎧・・・マスターナイトか?」
「あいつ。・・・あの方向は崖ですぜ。」
アンガーは邪悪な笑みを浮かべた。
「馬鹿な奴だ。・・・自分から死に場所に飛び込んだな。・・・よし!あいつを仕留めるぞ。」
「了解!!」
パトリックは、全力で岩場へと駆けた。そして乗ってきた馬を解放すると見晴らしのいい岩場に登った。そしておもむろに矢を番えると、放った。
迫りつつあった飛竜の背から、騎士が落下する。
次々と放たれる矢は、正確に追跡者を死へと誘っていった。そして、5人目の騎士が絶叫とともに落下したとき、すさまじい勢いで投じられた槍がパトリックの弓を粉砕した。
「・・・しまった。・・・これはいささかまずいな。」
仕方なく長剣を手にした彼は、軽く素振りをしてみた。
「・・・どうも剣は苦手だ。」
生き残った竜騎士たちはここぞとばかりに苛烈な攻撃を繰り出してきた。その一撃一撃がパトリックを追い込んでいく。
恐怖と絶望が急速に襲い掛かってくる。黄金の鎧はすでに傷つき砕けて役に立ちそうに無い。
敵の首魁と思しき、顔の半面に火傷のある男が一際強烈な一撃を見舞った。崖っぷちに追い詰められたパトリックにそれをかわすだけの力は残されていなかった。
腹部に強烈な痛みが走る。同時に足を滑らせた彼は、虚空へと飛び出していた。一瞬の浮遊感の後に落下が始まる。
彼は苦笑していた。
『・・・ベレノス殿。・・・あなたが戻られるまで戦線を維持できませんでしたよ。・・・やはり私は無能者だったようです。』
彼の脳裏に、遠く故郷で待つ妻の姿がよぎった。
『フレア・・・。死にたくない!!・・・もう一度君に、・・・君に会いたい!!』
やがて、彼の意識を暗黒が覆っていった。
パトリックと別れたロモスらは沈痛な表情のまま街道を南下していた。
「パトリック将軍・・・。」
ロモスがそう呟いたとき、街道の先に騎影が見え始めた。
「何!?」
その先頭にはフリージの紋章を掲げた歩兵の姿が見えた。
「・・・援軍?・・・なのか?」
ロモスは呆然として立ち止まった。やがて、大軍がはっきりと目に映るようになったとき、二人の騎士が先行してきた。
「タラニス副司令・・・それにメッツェ・・・。」
二人はロモスに駆け寄ると辺りを見回した。
「・・・生き残ったのはこれだけか?」
タラニスの声には何の感情もこめられていなかった。そのことが不思議と彼の感情を逆なでした。
「・・・はい。」
彼は、答えながら副司令の傍らにいる同僚を見た。彼も憮然とした表情をしている。
「パトリック将軍は?」
「・・・我等を逃がすために自らを囮とされ、・・・行方不明です。」
タラニスは興味なさそうに肯いた。
「・・・そうか、戦死したか。」
「行方不明と申し上げたはずですが?」
ロモスは不快感をあらわにしながら副司令を睨みつけた。だが、タラニスはさして気にした様子も無く馬首を巡らした。
「ご苦労だった。・・・ゆっくり休むがいい、以降シルベールの一件は、我らゲルプリッターが引き継ぐ。」
ロモスは、精一杯の悪意を込めて問い掛けた。
「随分とお早いお着きですね?・・・まるで今日この事態が起こるのを予め知っていたかのようだ。」
タラニスはさすがに聞きとがめた。
「・・・何が言いたいのだ?」
「いえ・・・別に。」
「余計な詮索はせぬことだ。・・・せっかく拾った命だ。粗末にしてはパトリック卿も浮かばれまい。」
ロモスは思わず抜剣しそうになった。だが精一杯の忍耐を起こし、自制した。代わりにタラニスに対して言上した。
「副司令官にお願いしたいことがあります。」
「何だ?」
「ハッ!どうか、行方不明になったパトリック将軍の捜索のご許可を!」
それまで無言でやり取りを聞いていたメッツェも肯いた。それを目の端にとらえながらタラニスは薄笑いとともに告げた。
「・・・要求は却下する。」
「何故ですか!!」
「・・・簡単なことだ。死んだ者の為に無駄な戦力は割けん。これが理由だ。」
ロモスは怒りに拳を振るわせた。彼に代わってメッツェが尋ねた
「・・・なにもゲルプリッター隊のお力を借りようとは思いません。・・・我らバイゲリッターの有志を募ります。それでもお許しはいただけませんか?」
「・・・ならば好きにするがいい。・・・諸君らの直接の上官は、今は亡きパトリック卿だ。亡骸を発見されれば喜ぶかもしれん。いや・・・。」
タラニスはそこでニヤリと笑った。
「平素より自分を馬鹿にしつづけた貴公らに葬られても嬉しくないかもしれんな。」
ロモスは唇をかみ締め、メッツェは眉間に皺をよせながら立ち去る副司令を見送った。
ヴェルダン王家の唯一の生き残りであるジャムカ王子は、歴史の表舞台から姿を消した後、各地の反帝国運動を密かに支援し続けてきた。イザーク辺境で、またトラキア半島で、そしてアグストリアで・・・。
数年前までは、アグストリアには複数の反帝国組織が存在していた。
その中でも大きなものが4つ。
最大クラスの規模を誇った、ノディオン解放軍。
傭兵達を中心に組織された、草原の傭兵団
市民たちによる抵抗運動の、マッキリーレジスタンス。
そして、ハインライン残党軍である。
ジャムカは、自国のロプト教団と戦いながら、これらアグストリア内の抵抗運動の統一合併を進めていた。
その努力の甲斐があって、あくまで自分たちの利益のみを求めたハインライン残党軍を除く三つの組織の統合に成功したのだ。
このヴェルダン城は元々アグストリア国境に近いこともあり、統合された、アグストリア解放軍の拠点のひとつとして重要な役割を果たすこととなったのである。
今、このヴェルダン城に、アグストリア解放軍のトップである、七将軍が集結しつつあった。
それは、アグストリア解放の重要なポイントとなる、ノディオン王国の解放が近づいたからに他ならない。
ヴェルダン城の一室で、そのための最終的な軍議が行われていた。
議長を務めるのはイーヴ卿。七将軍の筆頭騎士である。
円卓を囲むようにして七将軍が勢ぞろいしている。
イーヴの弟達、アルヴァとエヴァ。彼らは旧クロスナイツでエルトシャン王の信頼の厚かった騎士である。
ノディオン解放軍で、主に貴族階級の者たちの支持を得ていたマルクァス卿。ノディオン王国が健在だった頃は宰相すら出したことのある家柄の男である。
賢者ホーク。シレジアより流れてきた流浪の賢者である。旅の途中で立ち寄ったマッキリーの惨状を憂いて、民衆を指揮してレジスタンス活動を行っていた。七将軍中で唯一騎士ではなく、戦いにおいては魔法を使う。
竜騎士ルファス。先ごろ戦死したウェイン将軍の後を受けて七将軍入りした騎士。トラキアからの傭兵たちを取りまとめて、戦っている。
そして、紅の聖騎士ノイッシュ・・・。
会議は、開始早々から熱気を帯び、さまざまな意見が飛び交っていた。
「・・・先程より何度言えば解るのだ!!先ずは全部隊を集結してノディオン城を解放することが急務!!」
声を張りあげているのは、マルクァス将軍である。
「・・・落ち着かれよ。マルクァス殿。」
ホークが静かにたしなめる。
「私は冷静だ!!」
「・・・それはどうですかな。横から拝見すると随分熱くおなりのご様子ですが?」
ルファスもそう言って呆れ顔である。
「だまれ!!若造どもが!!」
「お言葉ながら、我ら七将軍の間で年齢による上下はありませんよ。・・・もっとも私もルファス殿も他の皆様に比べて若いのは認めますが。」
「ぐっ・・・。」
マルクァスは不機嫌そうに口をつぐんだ。
ホークは続けて発言した。
「マルクァス卿。・・・確かにあなた方、ノディオン解放軍のメンバーにしてみれば、今回のノディオン解放作戦はまさに悲願でしょう。・・・されど、もっと大局的に戦局を見据えていただきたい。」
「な・・・何だと!」
ホークは鋭い視線をマルクァスへと向けた。
「我々の目的は、帝国軍をアグストリアから撤退させること、そして、同様に危険な考えの持ち主であるハインライン残党軍を殲滅すること。・・・それによる民衆の幸福の為に戦っている。・・・その点を忘れないでいただきたい。」
マルクァスはこめかみに血管を浮き上がらせながら叫んだ。
「き、貴様ごとき若造に改めて言われるまでも無いわ。・・・しかし、何故今回の作戦はノディオン・ハインラインの同時攻撃なのだ?何故全軍による一点攻撃で勝利をより確実なものにしようとせぬのだ!!」
「理由は、簡単だ。」
口を開いたのはノイッシュだった。
「一つは、部隊を二つに分けても充分戦えると判断したため。もう一つはそれぞれの戦いをしている際に、もう一方の勢力に後背を突かれぬため。」
「ノイッシュ・・・。そうか、今回の作戦の発案は貴様か!!」
ノイッシュは無言で肯いた。
「我々がノディオン攻めをしている隙に、ハインラインの残党が奇襲をかけてくるというのか?」
「そうだ。」
マルクァスはせせら笑った。
「杞憂ではないのか?それとも臆病のなせる業か?」
「なんと考えていただいても結構。どちらにしろ、この提案には過半数の方に賛同を得ていると思うが?」
ノイッシュの言葉にマルクァスを除く全員が肯いた。
マルクァスは顔をひきつらせながら、黙った。それを見てからイーヴは口を開いた。
「では、まとめさせてもらう。作戦は、ノディオン及びハインラインへの2点同時攻撃。ハインラインへの攻撃は足止めの意味合いが大きいため決して無理はしないこと。この為部隊編成でもノディオン側に重きをおく。・・・異存は無いか。」
各将軍から異議はでなかった。それを確認すると彼は言葉を続けた。
「では編成だが、ハインライン攻めは、ルファス、ホーク、アルヴァの各将軍の部隊で行う。残る、ノイッシュ、エヴァ、マルクァス、そして私がノディオン攻めを行う。で、各進攻部隊の指揮官だが・・・。」
イーヴはホークを見た。
「ハインライン方面への進攻部隊はホーク将軍に指揮していただく。」
「了解した。」
「そして、ノディオン進攻部隊だが・・・。」
イーヴはゆっくりと続けた
「ノイッシュ卿、お願いできるか?」
「異議あり!!」
いきり立って立ち上がったのはマルクァスだった。
「何ゆえノディオン解放という名誉ある作戦の指揮を、この男に任せるのだ!!・・・イーヴ、貴公が指揮官というならまだ納得もいく。何しろクロスナイツでも屈指の騎士だからな。・・・しかしこやつは・・・。」
マルクァスはノイッシュを指差した。
「こやつは、ノディオンの・・・いやアグストリアの人間ではない!それどころか、侵略者である帝国軍と同様グランベルの人間ではないか!!」
「マルクァス卿!!言葉を慎め!!」
イーヴが険しい顔で叫んだ。
「・・・彼がこれまで、ノディオンの為に、アグストリアの為にどれほど懸命に戦ってくれたかを知らぬわけではあるまい!何をつまらぬことにこだわっているのだ!!」
「し、しかし・・・。」
「いい加減にしろ!!・・・部隊の指揮能力、そして人望の厚さから考えた人選だ。・・・貴公以外の誰も反対する気はなさそうだぞ。」
イーヴの言葉にマルクァスは周囲を見た。他の七将軍はイーヴの言葉を肯定したように沈黙している。
「ぐ、グランベル人が・・・。」
「まだ言うか!!・・・それを言うなら彼は、ノイッシュ卿はラケシス王女の・・・。」
「イーヴ卿!!」
ノイッシュは鋭くイーヴを制した。イーヴはそれを受けて口をつぐんだ。マルクァスも不承不承肯いた。
「・・・そうか、そうであったな。」
そう言って、憎悪とも取れる表情でノイッシュを睨みつけた。
「・・・ともかく、これでよろしいのではありませんか?・・・どちらにせよ、この解放軍の行く末がかかった大事な戦いです。全員がその力を出し切れるように頑張ろうではありませんか。」
アルヴァの言葉に一同は肯いた。
「・・・では、次の議題に移る。新規に正騎士へと昇格させようと思っている騎士2名についてだが・・・。」
「トリスタン、ゼヴァンの両名だな。」
ノイッシュの問いにイーヴは肯いた。
「これまでの戦いから判断して、妥当な人選だと思う。何より、彼らを正騎士に任命することは、他の見習い騎士にとって励みとなる。」
イーヴは他の将に同意を求めるような視線を送った。これには、マルクァスを含む全員が頷いた。
「・・・その件については、儂も異論はない。二人ともわがノディオンの誇る優秀な騎士の子息だからな。」
「では、任命式は明日の出兵式典に先立って行う。・・・騎士叙勲の首打ちの儀は僭越ながらこの私が勤めさせていただく。」
諸将はイーヴの言葉に頷いた。
会議が終了して、将軍たちはそれぞれの部隊へと引き上げていった。
ルファスは、自らに与えられた部屋で、部隊長たちと最後の行軍確認を行った後、ようやく一息をついていた。
「・・・さて、私の指揮のもと、皆が納得して動いてくれれば良いが・・・。」
不意にノックの音がした。
「誰か?」
「ノディオンの騎士見習い、ゼヴァンと申します。」
ルファスは、先ほど会議の席にて聞いた名に首をかしげながら入室を促した。
「失礼します。」
入室したゼヴァンを見てルファスは驚いた。ゼヴァンは先ほどの軍議で議長を務めたイーヴ、そしてその弟たちによく似ていたためだ。
「君は、イーヴ将軍の血縁の者なのか?」
ルファスは思わず尋ねていた。
「え?・・・ああ、はい。イーヴ将軍は私の伯父にあたります。私はエヴァ将軍の息子です。」
「そうか!・・・道理でよく似ているはずだ。」
ルファスは納得して頷いた。彼は改めてゼヴァンに用向きを問うた。
「じつは、ルファス将軍に、是非お会いしたいという人をお連れしました。」
「私に?」
ゼヴァンは、後ろにいた少女に呼びかけた。少女は躊躇いがちに前へと進む。その少女の姿を見るなり、ルファスは思わず叫んでいた。
「ヴァナ!?」
ヴァナはそのままルファスの胸に飛び込んだ。
「お兄様!・・・お兄様なんですね!!」
ルファスは妹をやさしく抱きとめながら、尋ねた。
「どうしてヴェルダンに?・・・国本で何かあったのか?」
少女は頭を振った。
「いいえ。お兄様に会いに・・・。」
「・・・ともかく詳しい話を聞こう。さあ、中に入って。」
二人のやりとりを笑顔で見ていたゼヴァンが口を開いた。
「それでは、私はこれで失礼致します。」
「ああ、ありがとう。妹が世話になったようだね、心から感謝する。」
ルファスはゼヴァンに向かって頭を下げた。
「い、いいえ。そんな。どうか頭をお上げください。自分は騎士として当然のことをしたまでです。・・・では、失礼します。」
ゼヴァンは慌ててそう言うと、部屋を後にした。
「くそ!・・・ノイッシュめ。いい気になっていられるのも今のうちだ。」
マルクァスは忌々しげに吐き捨てた。
彼は、以前よりノイッシュが七将軍の一人であることを快く思っていなかった。それは彼がグランベル人だからだけではない。理由は二つある。
一つは、マルクァス自身の貴族意識のせいである。かつてのノディオン王国で彼の一族は、かなり王家に近い位置にいた。このため、彼自身も人一倍プライドが高く、ともすれば他人を見下す傾向にあったのだ。
ノイッシュは、シアルフィ公国の中級貴族出身の騎士である。その彼と同列、時には下に扱われることがマルクァスには我慢ならなかった。
もう一つの理由は、ノイッシュがラケシス王女の夫であることだ。
かつて、エルトシャン王の妹姫、ラケシス王女には、国内外に多くの求婚者がいた。
マルクァスは、その家柄からいっても、ラケシス王女の相手として有望視されていた一人であった。だが、エルトシャンは再三にわたる彼の申し入れをことごとく撥ね付け続けた。
それは、ラケシス王女の意思を尊重し、妹を政略の道具にしたくないというエルトシャン王の優しさだった。
結局、ラケシス王女は戦乱の中で巡り合ったノイッシュと結ばれることとなったが、マルクァスはそれを逆恨みしていた。
彼自身には、王女と婚姻を結ぶことによって、より強い権力を持つという野望があった訳だが、それを邪魔した人物、すなわちエルトシャン王、ノイッシュそしてラケシス王女へと憎悪をたぎらせていた。
しかし、エルトシャン王はすでにこの世に亡く、ラケシス王女も行方不明。その中で唯一彼の眼前に存在する、聖騎士ノイッシュへの憎しみは日に日に倍増していた。
「・・・見ているがいい。わが栄光の道を阻むものは、この私の手で・・・。」
マルクァスは邪悪ともいえる笑みを浮かべていた。
様々な思いが交錯する中、夜が明けた。
ヴェルダン城の閲兵場では、アグストリア解放軍の精鋭たちが整列していた。解放軍の本隊は、すでに国境付近で待機しているため、この場に居合わせているのは各将軍に率いられた直属の戦士たちである。
いま、ここで新しき正騎士の任命が行われていた。
本来であれば、王族が取り仕切るべき役目を、今回は騎士団代表としてイーヴ将軍が代行していた。
「トリスタン、並びにゼヴァンの両名は前へ!」
ノイッシュが二人の若い騎士を呼んだ。二人は、神妙な面持ちでイーヴの前へと進み出て、その場にひざをついた。
イーヴは腰から長剣を引き抜くと、両名の肩をそっと打った。
「十二聖戦士・黒騎士ヘズルも照覧あれ。今ここに、新たなる栄光のノディオン騎士の誕生を宣言する。」
イーヴは二人に立ち上がるよう促した。
「騎士トリスタン!」
「はっ!!」
「騎士ゼヴァン!」
「はっ!!」
「両名は、只今をもって、正騎士となった。今後はわがノディオンのソシアルナイトとして、よりいっそうの活躍を期待する。」
「「はっ!!」」
二人はイーヴに恭しく礼を返すと、居並ぶ騎士たちのほうへと向き直った。そして、互いに頷き交わすと、剣を抜き、頭上で交差させると同時に声高く叫んだ。
「「我らは、栄光あるノディオンの騎士として、己の能力の限りを尽くし、民衆のため、正義のため戦うことを、偉大なる聖戦士ヘズルの名にかけてここに誓う!!」」
同時に割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
その様子を、離れて見ている三人の少女たちがいた。
アーリア、ヴァナ、フェミナの三人である。
祝福を受ける二人の騎士を見つめているアーリアにフェミナが声をかけた。
「アーリア!・・・アーリアってば!!」
「な、なに?」
「もう!さっきからずっと呼びかけてるのに上の空なんだから。」
「そ、そうかな・・・?」
「まったく見とれるのも結構だけど・・・。」
「だ、誰がトリスタンなんかに・・・。」
「・・・トリスタンさんなんていってないよ、私は。」
うろたえるアーリアに冷ややかな視線を向けるフェミナ。アーリアはますます慌てた。
「い・・いや,その、改めてよく見ると結構カッコ良いかも・・・じゃなくて、ええと、あれ、そんなんが言いたいんじゃなくて、ええと・・・。」
「顔、赤いよアーリア・・・。」
「ち、違うってば・・・。」
そんな二人のやり取りを、ヴァナは微笑んでみていた。
時にグラン暦777年の初秋。アグストリア解放軍にとって一つの節目となる戦いが開始されようとしていた。
二人の若き騎士は、その戦いの渦中で、いったいどの様な運命が待ち受けているのか。
今この段階でそのことを知るものは誰一人としていなかった。
唯一つだけいえること、それは、これまでとは比べ物にならない危険な戦場が、彼らを待ち受けるであろうということだけだ・・・。