第2章 岐路


「・・・うっ?!」

男は軽いうめき声をあげながら、目を覚ました。

「・・・ここは?・・・私は一体??」

上体をゆっくり起こすと、見渡す限り生い茂った樹木が目に入った。どうやら何処かの森のなかに横たわっていたようだ。この周囲だけが、少し開けた場所らしく、10メートル四方ぐらいに渡って、柔らかな草がはえている。

「気が付きましたか?」

不意にかけられた少女の声に驚いて、咄嗟に腰の剣に手を伸ばす。

しかしそこには剣は無く、代わりに全身に鈍い痛みが走った。

「ぐ・・・。」

「大丈夫ですか!!」

苦鳴をもらした男のもとに少女が駆け寄ってきた。

「驚かしてすみません、・・・まだ痛みますか?」

「・・・君は?」

少女は軽く頭を下げた。

「私、ヴァナって言います。・・・旅のシスターです。」

男はそのときになって初めて、自分の体に包帯が巻きつけられている事に気付いた。

「・・・君が、手当てをしてくれたのか?」

少女はゆっくりと肯いた。

「そうか・・・。ありがとう。」

少女・ヴァナは男の感謝の言葉に微笑みで答えた。

「すまないが、私はどれくらい気を失っていたのかね。今日は何日だ?」

少女が告げた日にちを聞いたルクソールは安堵のため息を漏らした。どうやら、自分があの魔道士の魔法で川に転落したのは、つい昨日のことであるらしい。と、そこにさらに2人の少女が姿をあらわした。

「お!気が付いたんだね?」

「君の仲間かね?」

男は少女に尋ねた。

「はい、道中、一緒に旅をしてきたお友達です。」

「おっさん。名前は?」

栗色の髪の少女が尋ねた。言葉づかいは悪いが、整った顔立ちをしている。もう2、3年もすれば美しくなるだろうと予想できる。だがその腰には、少女には不似合いな銀の剣がぶら下げられている。

「ルクソールだ。」

「・・・帝国兵かい?」

少女の顔が少し険しくなる。ルクソールはため息をつきながら答えた。

「・・・今は、帝国兵じゃない・・・ただの死にぞこないだ。」

「馬鹿野郎!!」

少女のあまりの剣幕にルクソールは思わずたじろいだ。そのはずみに再び傷が痛みうめき声をあげる。

「アーリア!大声出さないで。この人はケガをしているのよ!」

だがアーリアと呼ばれた少女は、ヴァナのとがめる声を無視して続けた。

「ヴァナはな、川原で倒れてたあんたを、ここまで運んで必死で看病したんだ!!」

アーリアは地面に落ちていた棒状のものをつかむとルクソールに突きつけた。

「見なよ!あんたを助ける為に大事なライブの杖を使いきったんだ。・・・それを死にぞこないだって!?・・・この娘の努力を無にするような事いうんじゃないよ!!」

「アーリア・・・もうやめなよ。・・・このおじさんも解った様だよ。」

もう一人の少女がアーリアの肩を叩いた。それによって、ようやく少し落ち着いたのか、その場にどっかと座り込んだ。

ルクソールは改めてヴァナに向き直ると、深く頭を下げた。

「すまなかった。・・・君から受けた恩に対してあまりにも配慮にかけた言動だった。どうか許していただきたい。」

「そんな・・・。許すだなんて。どうかお気になさらずに。」

「そちらのお嬢さんも、・・・許していただきたい。」

アーリアはフンと鼻を鳴らしながらボソリといった。

「わかればいいんだよ。」

その様子を見てほっとしたのか、アーリアのとなりにいた少女が挨拶した。

「ええと、ルクソールさんでしたよね。私はフェミナって言います。・・・あの、ルクソールさんはこのあたりの地理って詳しいですか?」

「・・・大体わかると思うが?」

「じゃあ、ヴェルダンへの道はこの道でいいんですか?」

「ヴェルダン?・・・ヴェルダンなら方角が違うぞ。」

少女達3人は思わず顔を見合わせた。

「おい!おっさん。それは本当か!」

「アーリア!おっさんじゃなくて、ルクソールさんでしょ。」

ヴァナがたしなめるのも聞かずにアーリアはルクソールに詰め寄った。

「どうなんだよ!」

「ああ、わたしもここがどこかをはっきりとは特定できんが、ここに生えている樹木から考えると、私がいた砦からそう離れてはいないと思う。かなりアグストリアの中に入り込んでいるはずだ。」

「本当かい?・・・あちゃ〜。まいったなぁ。」

アーリアはがっくりと肩を落とした。尋ねたフェミナもあきらかに落胆した表情で肩をすくめた。

ルクソールはヴァナに尋ねた。

「私が倒れていたという川原はどの方角だね?」

「あちらです。」

ヴァナはある方向を指差した。

「そこまで、連れて行ってはもらえないか?」

「!?・・・いけません。あなたはまだ動ける状態ではないのですよ!」

「しかし・・・。」

「川まで行って来ればいいの?・・・なら私が行ってこようか?」

フェミナが言った。

「君が?」

「私のペガサスならすぐに行って来られると思うけど。」

ルクソールは驚いた。

「ペガサス!?君はペガサスナイトなのか?・・・シレジアの。」

フェミナは苦笑しながら首を横に振った。

「残念でした。・・・まだナイトじゃないんだ。見習のペガサスライダーなの。」

「・・・君たちはシレジアからヴェルダンに行こうとしているのか?」

「いいえ。」

ヴァナは微笑みつつ否定した。

「私はトラキアから。アーリアはレンスターからだそうです。」

「あたし達は途中で知り合ったんだ。で、この娘がヴェルダンまで行くって言うんで、一緒についてきたんだ。護衛がてらね。」

それを聞いたルクソールは、呆れたような顔をした。

「なんにしても、このご時世に幼い少女だけで旅をするなど、なんと無謀な・・・。」

アーリアはむっとして言い返した。

「幼いって言うな!私はもう17歳だ!・・・それに剣の腕前だって人並み以上にある。」

「・・・とは言うがな。」

「それに!」

アーリアは立ち上がると腰についた枯葉を叩き落としながら言った。

「あたし達だけじゃないよ。あたしの親父も一緒だよ!」

「お父上が?」

「そんな大層なもんじゃないよ。元傭兵の老いぼれさ。」

「アーリア!自分のお父様をそんな風に言うもんじゃないわ。」

ヴァナがたしなめた。

「ごめん・・・。」

アーリアは素直に謝った。

「で、そのお父上は?」

そう問われたアーリアは、不機嫌そうな顔をしながら小声で言った。

「・・・迷子になってんだよ。」

「なんだって?」

「だから、迷子になってるんだってば!一昨日あたりからいなくなっちまって、探してんだ。」

 アーリアは、半分怒り気味にそう吐き捨てた。

と、急にルクソールは立ち上がって、森のある一点を凝視した。

「な・なんだよ。」

アーリアは面食らいながら問い掛けた。

「・・・何か来る。」

「親父じゃないか?」

「・・・違うと思うぞ。耳をすませてみろ、あの方角だ。」

ルクソールに言われて皆はその方角に意識を集中させてみた。そして、ヴァナとフェミナは、あわててアーリアの傍に駆け寄った。

ルクソールが凝視する方角から、森の中を歩いてくる足音が彼女らにも聞こえ始めたからだ。足音は複数。ゆっくりとこちらに近づいてきている。

アーリアは銀の剣を腰から引き抜いた。フェミナも自分の細身の剣を抜くと構えた。

ルクソールは、緊張した声で少女達に尋ねた。

「誰か、私の剣を知らないか?」

「えっ?ああ、おっさんの重たそうな大剣ならそこだよ。」

アーリアがすぐ傍の木の根元を指差しながら答えた

ルクソールは前方に注意を向けたままゆっくりと自分の剣を拾い上げた。その際に体に鈍い痛みが走ったがかまっていられなかった。

鞘から抜き放つと正眼に構える。

「・・・来るぞ。」

同時に前方の森から足音の主が姿をあらわした。


ルクソールを探す為に、丸一昼夜歩きどおしだった捜索隊の騎士たちは疲れ果てていた。しかし、その目からは、まだあきらめの色は見えない。

ルクソールは厳しい隊長であったが、無慈悲ではなかったし、勇敢だった。そのため、部下の騎士達からは、慕われていたのだ。

何よりも、彼ら20代そこそこの騎士たちにとって、ルクソールは前大戦を経験した、数少ない先輩騎士でもある。

ここで、彼を失う事は、彼らにとって進むべき道を失うに等しかったのだ。

彼らは捜索の為、普段装着している重いソードアーマー部隊の鎧を着てはいなかった。腰に大剣を帯びただけの軽装でなければ、当の昔に動けなくなっていた事だろう。

 その疲労困憊の彼らが出会ったのは、捜し求める隊長ではなく、騎馬に跨った、見知らぬ3人の騎士だった。

 疲れたとはいえさすがは騎士である。すぐさま柄に手をかけ、誰何した。

「止まれ!・・・貴様らここで何をしている?」

3人組のうち、先頭の金髪の騎士が答えた。

「それはこちらのセリフだな。君たちは野盗の類には見えないが・・・。」

「質問をしているのはこちらだ!!・・・しかも我等を野盗と比較するとは無礼な!」

「ほう?では何者だ。」

騎士たちは胸を張りながら叫んだ。

「我等は、旧シアルフィ公国、国家騎士団・グリューンリッターだ!」

「グリューンリッターだと!?」

金髪の騎士・ノイッシュは驚き尋ね返した。

「現在シアルフィ公国は皇帝アルヴィスの直轄領となったと聞く。・・・その際にグリューンリッターも解散したものとばかり思っていたが・・・。」

「アルヴィス皇帝の庇護のもと、・・・騎士団はそのまま残されたのだ。」

その騎士は悔しそうな表情でノイッシュを見上げていった。その表情を見てノイッシュはフッと笑みをもらした。そんなノイッシュの顔を見て馬鹿にされたと思ったのか、その騎士は声を荒げて叫んだ。

「何がおかしい!!」

「いや。その様子では、いまの自分達の立場をよく思ってはいないようだな。」

「だまれ!・・・貴様のようなどこの誰ともわからん奴に、何故そこまで言われねばならんのだ!!」

騎士は激昂すると馬上のノイッシュめがけて、剣を抜き放つと同時に斬りかかった。だが、ノイッシュは難なくその斬撃をかわすと、逆に自分の剣を鞘ごと振るって、その騎士の頭を打ち据えた。

もんどりうって倒れる同僚に慌てて駆け寄った他の騎士たちは、一斉に抜剣すると各々が殺意のこもった目で、ノイッシュらを睨み付けた。

だが、その中の一人が、ノイッシュの鎧に刻まれた紋章に気付き、そして大声で叫んだ。

「お、おい!みんな。あ、あれを見ろ!!」

慌てふためく騎士に訝しげな表情を返しながら、その騎士の指差す一点に皆の視線が集中した。

「!!・・・・あれは、あの紋章は。」

その紋章は、彼らにとって、もはや付けることを禁じられた、故国の紋章だった。

打たれた頭の痛みもわすれ、騎士は震える声で尋ねた。

「な、何故だ・・・。なぜ貴様がその紋章を・・・。」

ノイッシュはゆっくりと落ち着いた口調で答えた。

「何故と言われてもな。おそらく君たちが生まれる以前から、私はこの紋章をつけて戦ってきた。・・・ただそれだけだ。」

一堂からどよめきの声が上がった。

「では、貴様・・・いや、あなたはもしや?」

ノイッシュは肯いた。

「グリューンリッターの一員だ。」

再び、どよめきの声が上がる。

「お、お名前をお教え願えませんか。」

騎士たちはすっかり態度が改まっていた。ノイッシュは短く一言だけ答えた。

「ノイッシュだ。」

一堂の驚きは最高潮に達したらしい。みな口々に騒ぎ出した。

「ノイッシュ!・・・あ、あのシグルド公子の?」

「きっとそうだ!シグルド公子の三騎士の一人・・・あの!」

「三騎士だって?ノイッシュ卿、アレク卿、それにアーダン卿か?」

「間違いないって。あの金色の髪、真紅の鎧・・・。ん?真紅の鎧だって!!」

「じゃあ何か?近頃噂の紅の聖騎士って!!」

騒ぎが一段落するとその場の騎士は全員その場に跪いていた。

「おいおい。やめてくれ、私はただの騎士だぞ。」

ノイッシュは苦笑しながら言った。

だが、騎士たちはかしこまったまま動こうともしない。ようやく一人が顔をあげた。あのノイッシュに打ち据えられた騎士である。

「ノイッシュ卿とは露知らず、ご無礼の数々、平にご容赦いただきたい。我々はザンガ砦に駐留していたソードアーマー部隊のものです。」

「ザンガ砦?」

それは、ノイッシュ達によってわずか数刻前に陥落した砦の名である。

「ここは砦からかなり離れているが、何故このような所に?」

「・・・全て申し上げましょう。実は我等の隊長、ルクソール卿をお探し申し上げておるのです。」

「ルクソール?・・・どこかで聞いた事がある名だな。・・・ああ!確かアーダン指揮下の騎士見習いにそのような男がいたと記憶しているが?」

「仰せの通りです。現在ヴェルトマーから派遣されてきた、名ばかりのグリューンリッターが多い中で、数少ない古参の騎士隊長なのです。」

ノイッシュは肯いた。

「で、その騎士が何故このようなアグストリアの辺境にいるのだ?」

「隊長は、アグストリア派遣部隊の一員として、ザンガ砦にて、駐留部隊の指揮をとられていたのです。的確な指揮で、戦闘においては、味方の被害が最小限に抑えられるように尽力してこられました。」

「今では、帝国によるアグストリア派遣部隊の将兵の中でも一目置かれる存在になっていたのです。」

「つまり帝国兵からも認められつつあったわけだな?」

ノイッシュの問いに騎士は肯いた。

「その通りです。噂によれば、アルヴィス皇帝自身が自らの親衛隊に抜擢したいとまで話していたとか。・・・なのに、その隊長が昨日から行方知れずなのです。」

「行方不明?」

「はい。なんでも砦内で発作を起こされて、物見櫓からあやまって川に転落したとのことなのですが・・・。」

騎士は釈然としない顔で仲間たちと肯き交わすと続けた。

「・・・我々の誰一人としてそのような話を信じてはおりません。」

「おそらくは、あの忌々しいダークマージ奴が何事か企んだに違いありません。」

「なるほどな、そのダークマージが何らかの陰謀をめぐらし、君たちの隊長を負傷させ、川へ突き落とした。そう考えているのだな?」

騎士たちはいっせいに肯いた。

「もし、我々の考えが的中しているなら、ルクソール卿は相当の深手のはず。一刻も早くお救いせねばと、夜通し捜索いたしておるのですが・・・。」

ノイッシュは肯くと騎士達に告げた。

「わかった、私もそのルクソール卿の捜索を手助けしよう。」

騎士たちは歓喜の声をあげた。

「まことですか!」

「ありがとうございます。ノイッシュ卿。」

「・・・なに、礼にはおよばん。私も、君たちの隊長に会ってみたくなったのだ。」

ノイッシュは二人の供に話しかけた。

「トリスタン、それにゼヴァン。すまぬが先に行ってくれぬか?私は彼らを手伝った後で合流する。首尾よく、かの騎士を救い出す事が出来れば、我々にとって心強い味方となってくれるやもしれん。」

「なるほど。・・・それでは偵察は私とゼヴァンとで行っておきます。」

ノイッシュは軽く肯くと

「たのむ。・・・その後は例の場所で待機していてくれ。くれぐれも無理はするなよ。あくまで偵察が任務だということを忘れるな。」

そう二人の若者に告げた。

「わかりました。それでは先行いたします。」

トリスタンはそう言うと手綱をとった。

「私も先行させていただきます。ノイッシュ卿もお気をつけて。」

ゼヴァンもトリスタンの後に続く。二人の騎士は一礼すると即座に森の奥へと消えていった。

ノイッシュはそれを見送った後で、騎士たちのほうを振り返った。

「では、探しに行くとするか。貴公らの隊長殿を。」


「・・・おやおや?これは珍しい所でお会いしますな、ルクソール卿。」

ルクソールの前に現れたのは、つい先日まで到着を待ち望んでいた味方の増援部隊だった。

増援部隊の隊長、イドは、満身創痍といった体のルクソールを馬上から見下ろすと、下卑た笑みを浮かべた。

「・・・イド卿。貴公が増援部隊の・・・。」

「左様、しかしもはや増援の必要無しとみなし、帰還するところだ。」

「それはどういうことか?」

ルクソールは怪訝そうな顔をしていった。イドは口元を歪めるとにわかに信じられないような事を告げた。

「ザンガの砦は陥落したのだ。今更増援があったところで、無意味ではありませんかな?」

ルクソールは愕然としながら問い返した

「砦が落ちただと?・・・それはいつの話だ!?」

「つい数刻前だ。夜明け頃に我々が到着したときには、既に見慣れぬ軍旗が掲げられていた。」

「・・・馬鹿な?」

イドはルクソールの様子を見て意外そうな表情を見せた。

「その様子では、本当に知らなかったようだな。貴公、守るべき砦を離れ、こんな所で何をしているのだ?」

ルクソールは、苦々しげな表情を浮かべた。

「それは・・・。」

「まあ、大体の想像はつく。その傷・・・あのダークマージと何かあったのであろう。貴公ほどの男が、剣で遅れをとるとは思えんからな。」

「くっ・・・。」

イドは、薄笑いを浮かべながら右手を上げた。すると背後に控えていた配下の騎士たちが一斉に抜剣した。だが、ルクソール自身は、意外にも落ち着いた様子でイドを見返した。

「・・・何のつもりだ、イド。」

「知れたこと。ここで貴様を始末してやろうというのだ。砦は落ちた。そう、貴様の失策でな。同時に貴様も砦と運命を共にした。・・・いいシナリオだとは思わんかね?」

イドはニヤリと笑った。

「貴様・・・。」

「私にもようやく運が向いてきたというものだ。ライバルである貴様を、こういう形で抹殺できるのだからな。」

「イド!魂まで腐りきったのか!!グリューンリッターの誇りを忘れ、帝国の犬へと成り下がるつもりか!!」

「だまれ!!」

イドはルクソールに向かって剣を振り下ろした。ルクソールは自らの剣でその一撃を受け止めた。その衝撃による痛みを、歯を食いしばって耐えながら、なおもイドに語りかける。

「我等にとって、大恩あるシアルフィ家を陥れ、あまつさえ、バイロン公、シグルド公子、そしてわれらの同胞を虐殺した、あの卑怯者どもに頭を下げるのか!!」

「貴様とて、つい先刻まではそうして命をながらえてきたのであろうが!!」

「それは、いつか再び、この大陸にシアルフィの旗を掲げんため。・・・だからこそあえて屈辱の選択をしたのであろうが!」

激しく続く斬撃の応酬。その間も二人の騎士の舌戦は続いた。

「いいかげんに現実を認めるのだな。」

「何だと!」

「もはやこの世にシアルフィの血族は存在せん。時代は変わったのだ。」

「そんな事は、まだわからん!オイフェ卿が、いや、シグルド公子の御子も・・・。」

「セリスか?愚かな、生死もわからぬ小僧に、未来を賭けようと言うのか?」

「そうだ!」

ルクソールの激しい突きが、イドのマントを切り裂く。勢いに飲まれたイドは思わず後ずさった。

「わずかでも希望があるなら。私にはそれで充分だ!」

「くっ・・・!」

額に脂汗をにじませながらも、決然と立ち続けるルクソールに、イドは明らかに威嚇されていた。だが、気を取り直して部下達を前に進ませ、自らは後ろに下がった。

「!!」

「どうやら、これ以上の議論は無駄のようだ。・・・貴様の高説、頭の片隅に留め置いてやる。心置きなくあの世にゆけ。」

徐々に近づいてくる騎士達を見て、ルクソールは覚悟を決めた。

「・・・もはや、これまでか。イドよ、最後に一つだけ頼みがある。」

「何だ?言うだけ言ってみろ。」

「貴様も騎士の端くれなら、後ろの少女たちには手を出すな・・・。」

「キャッ!!」

「うわっ!!」

「うっ!!」

ルクソールの言葉が終わらぬうちに後から悲鳴が上がった。

「なに!?」

驚いて振り返るルクソールの目に、騎士達に担ぎ上げられた少女達の姿があった。どうやら森を迂回して後方に回り込んだイドの部下の一隊が不意打ちで当て身を食らわせたようだ。

「・・・貴様!どこまで腐っているのだ!!」

「フン!何とでもほざくがいい。・・・おい、先に娘どもを連れて行け!」

「了解いたしました。」

部下の騎士はにやけた笑いを浮かべながら馬首をめぐらし、森のなかに駆け出していった。

「ま、待て!!」

「おっと!貴様はここで死ぬんだ!」

ルクソールの周囲を、騎士達が取り囲んだ。

「イド!!」

「さらばだ。元同僚よ・・・。あの世でシグルドによろしくな!」

イドは勝ち誇ったかのような表情のまま、右手を振り下ろした。


BACK