第22話 海魔と乙女(後編)


「戦闘員風情が!!」

込山が変貌したハリセンボンの怪人は、豪雨のごとく刺を飛ばしてくる。それは、これまでのような無差別な攻撃ではなく、迫り来るタイプE型戦闘員、織田のみに集中して繰り出される。

織田は、接近するスピードを全く落とさずに、左手一本でその攻撃を払いのける。そして、右手で抜き手の一撃を炸裂させた。その一撃は、的確に込山の胴に突き刺さり、込山はもんどりうって転倒した。

 

「・・・怪人とはいえ、たいしたことは無いな。」

織田は冷たく言い放つと、追い討ちの一撃を加えようと拳を振り上げた。

だが、その動きが止まるとその場を飛び退った。

 

『・・・なんだ??』

織田は、込山の体が、再び脈打ち始めるのを見た。それと同時に、殺気が一層強くなってくるのを感じていた。

『あの状態から一体何を?』

 

「・・・いささか、侮りすぎていたようだな。だが、私にこの姿をとらせた以上は、これまでのようにはいかんぞ。」

込山の身体は、先程のハリセンボンのような怪人体から一転して、硬質の鱗と、巨大な甲羅を備えた、海棲爬虫類へとその姿を変貌させていた。

 

「これは?」

織田は驚きながらも、油断無く構えた。

「・・・2形態に変身できる怪人など聞いた事が無い。」

 

織田の呟きに、込山は口元を歪めた。

「何を驚く?・・・人の身から、怪人へと変身する事が可能であるならば、怪人から、更なる怪人に変化したところで、別に驚くこともあるまい。」

 

込山はゆっくりと織田との間合いを詰める。先程までとは、全く異質な闘気を感じ、織田は、自身の全感覚器を鋭敏に研ぎ澄ませながら、込山の出方を窺った。

 

と、込山は、その鈍重そうな姿からは想像できないような速度で砂浜を駆けると、鋭い鰭状の前足を振るった。

予想を上回る速度で繰り出された一撃を、完全にかわしきれなかった織田の胸部装甲には、斜めに大きな傷が刻まれた。無論、強化外骨格が、この程度のダメージで損なわれることは無い。だが、連続して広範囲に傷を負えば、戦闘体を保っていられなくなる可能性はゼロではないのだ。

 

織田は、素早く跳躍すると、渾身の回し蹴りを込山の首筋に叩き込む。だが、海亀の怪人へと変貌を遂げた込山に、この程度の攻撃を加えたところで決定打にはなりえないだろう。

それは、攻撃を行った織田自身が、一番理解していた。

 

「一体・・・どうやって攻めれば・・・。」

不気味な笑みを浮かべる眼前の怪人を凝視しながら、織田は、珍しく戦慄を覚えていた。

 


 

「なるほどね。・・・これが疑似キングストーン活用について、ナシュラムが出した答えと言うわけか。」

デルフィムは、窓辺に立ち、眼下で戦う2体の改造人間を目で追う。

その傍らでは、黒松教授が唸るように声を漏らした。

「・・・まさか、疑似キングストーンの超エネルギーを、怪人形態を変化させるという目的に用いるとは・・・。」

デルフィムは、苦笑を漏らした。

「意表を突かれたよ。・・・やはり彼は侮れないな。」

「まったくです。・・・かつて、ゴルゴムの秘術とされた再誕の儀式は大きく分けて2種類ございました。」

真剣な面持ちでそう語りはじめた黒松に、デルフィムは苦笑を浮かべた。

「やれやれ、ここで私に改造人間の作り方をおさらいしろと言うのかい?」

黒松は慌てたように頭を振った。

「こ、これはとんだ御無礼を・・・。決してそのような・・・。」

慌てる黒松を見て、デルフィムは笑みを崩さずに肩をすくめて見せた。

「まあいいさ。たまには知識の再確認もいいだろう。・・・遥か太古よりの知識・技術の蓄積により、ゴルゴムが生み出した改造人間生成の業は二通り。一つは、一般的な方法として、最も多く用いられる『人間改造型』。いわゆる『怪人タイプ』だ。」

「左様です。人間をベースに、細胞を遺伝子レベルで改造することで、人間体から、別の生命体の特徴を備えた戦闘体へと変身するタイプ。」

「多くの怪人や、神官。それに世紀王・・・仮面ライダー達がこのタイプの改造人間と言うわけだ。」

デルフィムは砂浜で激闘を繰りひろげている、子飼いの戦闘員をみやった。

「タイプEもこのタイプの改造人間を造る技術を応用して誕生した。」

「はい。・・・そして、もう一つのタイプが・・・。」

「獣をベースに改造を行い、知性を有する人型の姿を与えた、『獣改造型』いわゆる『獣人タイプ』と呼ばれるもの。豹怪人や鯨怪人などが、このタイプの怪人だ。」

「このタイプの特徴としましては、人間体への変身能力を持たず、その反面完全なる獣形態へと姿を変化させる事が出来ます。」

黒松は、込山が変身した海亀の怪人を指差して言葉を継いだ

「あの改造人間は、人間体から戦闘体へと変身していました。という事は、人間ベースの改造人間であるのは間違いありますまい。しかし、第一段階の戦闘体であった、ハリセンボンの怪人から、さらに海亀の怪人へと変化を遂げました。・・・明らかに、これまでの改造人間とは異なるタイプの改造人間です。」

「黒松教授。・・・そんなことは見れば解る。問題は、そのような新たな改造人間を生み出す事が、君にも出来るかと言うことなのだが?」

黒松は、しばらく考え込んだ後ゆっくりと肯いた。

「・・・おそらくは可能でしょう。・・・ただし、あまり量産には向かないでしょうな。」

「ほう?・・・その理由は?」

黒松は咳払いを一つすると口を開いた。

「3つ挙げられます。一つは、技術的なことです。一般的な怪人や、初めから量産を目的とした戦闘員などは、比較的術式が簡略化、またマニュアル化されているため、ある程度の科学的、医学的な知識を持つものならば、改造手術を行うことが可能です。しかし、あの怪人のような、複雑な構造をもつ改造人間を完成させるには、ずば抜けた技術力が不可欠です。東博士が逃げてしまった今となっては、わが陣営で私の他にこの術式を行えるものはおりますまい。」

デルフィムは苦笑した。

「たいした自信だね。・・・まあ、続きを聞こう。」

「二つめは、時間的制約です。全く異なる生物同士を細胞レベルで融合させる場合、それなりに時間を要します。・・・初めからそうなるべく生まれてきた、南光太郎や、秋月信彦のような特別な例を除き、術式前の下準備から含めると、かなりの時間を要します。

まして、そこにさらに別種の生物の遺伝情報を組み込むとなると、その時間がどれほどかかるものか見当もつきかねます。そして・・・」

黒松は眉間の皺をさらに深くした。

「最大の理由は、このような複雑な遺伝情報の変化に、上手く適合できる被験者はそうそういるものではありません。そのような人材を入手する事自体、非常に困難であると言わざるを得ないでしょう。」

「適合者の発見か・・・、確かに容易ではないだろうね。」

デルフィムは、眼下で激闘を繰り広げる織田を見て笑みを浮かべる。

「・・・教授。例えばの話だが、織田君をさらに強化することは可能かな?」

「さらなる強化?」

いささか驚いたように主を見る黒松に、デルフィムは苦笑をもらす。

「そんなに驚くことかい?・・・さっき君が言った適合者の話だが、新規に適合者を探し出す事が困難でも、既に改造された戦闘員の中から、優秀な戦闘員に再改造を施すのは、そんなに難しい事ではないと思うがね?」

「・・・確かに。」

「考えてみてくれ。」

腕組みをして考え込んだ黒松を置いてデルフィムは立ち上がった。

「どうされました?」

「何、新たな可能性を試す為にも、今織田君に倒れてもらっては困るのでね。・・・何よりこのままでは埒が明かない。」

そういい残すとデルフィムの体が掻き消えた。

 

 

一瞬の後、デルフィムの姿は込山の眼前に出現していた。

「な!?・・・貴様っ??」

突然の出来事に動揺する込山。デルフィムは笑みを絶やさずに話しかけた。

「やあ、はじめまして。・・・楽しんでるところ悪いんだけど、そろそろ別荘を引き払う時間なんでね。・・・お帰り願おうか?」

「ふ・・・ふざけるな。」

激昂する込山に不敵な笑みを返すと、デルフィムは込山に向かって右手を突き出した。

「ぬ!」

掌から発せられた衝撃波は、込山の巨体をいとも容易く吹きとばした。

「・・・君はなかなか興味深い存在だよ。後日にゆっくりと話をしてみたいものだね。」

「き、貴様・・・。」

「さあ、お帰り願おう。」

デルフィムが指を鳴らすと、込山の姿は、即座に消え去って行った。

「やれやれ、アポイントも無く現れる珍客は困ったものだね。」

肩をすくめるデルフィムに、織田は話しかけた。

「申し訳ありません。・・・あの程度の怪人に手間取ってしまいました。」

「気にする事はない。相手は曲がりなりにも怪人だった。今の君には荷が重過ぎる。」

デルフィムはそういって肩をすくめる。・・・が、すぐにニヤリと笑った。

「ともあれ別荘に戻ろうか、君に話さなければならないこともあるんでね。」

織田は肯くと、デルフィムの後を追いかけ、屋敷の中へと入って行った。

 


 

突如空中へと出現した込山は、軽く混乱に陥りながらも、落下するダメージに備えた。

次の瞬間、大きな水飛沫が吹き上がると、込山は海中に沈んだ。

 

しばし後、込山は近くの浜辺に現れていた。その姿は既に人間体へと戻っていた。

『・・・あの神官・・・あれだけの力を持っているならば、私を抹殺する事など容易いはず・・・。』

込山は、強制的に転移させられる前の、デルフィムの表情を思い出して身震いした。

飄々としたその表情には、悪意の一欠けらさえ見出す事はできない。・・・だが、彼は、まるで光さえ届かぬ深海の闇のような・・・そんな恐怖を確かに感じていた。

「・・・何だと言うのだ。」

 


 

一方、その頃、何らかの異変を感じとった南光太郎は、かつて、ゴルゴムの本拠が存在した山中へと足を踏み入れていた。

 

『・・・ブラックサンと同化して以来、より鋭敏に色々な気配を察知できるようになった。』

光太郎は、本拠へと続く洞窟の前に立った。

そこは、創世王との最終決戦の時と、全く変わらぬ風景が広がっていた。

しかし・・・。

 

『何かが違う・・・。一体?』

光太郎は、洞窟に足を踏み入れようとして歩みを止めた。

「!!」

全身に戦慄が走る。

咄嗟に振り向いた光太郎の視線の先。そこには、笑顔で佇む少年がいた。

『子供?・・・いや、こいつは!?』

子供は、笑顔で一歩踏み出した。逆に光太郎は後ずさる。

明らかに、目の前の少年に気圧されているのだ。

「き、君は一体?」

光太郎の言葉に、少年は笑顔を絶やさずに肩をすくめた。

「僕にもわからないんだ。・・・なにしろ名前もまだないんだから。」

「・・・?」

「でもね、南光太郎。・・・君のことは知ってるよ。世紀王ブラックサン。」

少年は、無邪気と言う言葉からは程遠い邪悪な笑みを浮かべた。

「ゴルゴムの仇敵、仮面ライダーBlack。」

その言葉と同時に少年は両手を突き出す。そこから放たれた光線が光太郎の身体を直撃する。

「うっ!?」

吹き飛ばされた光太郎は、勢い良く背後の岩肌に叩き付けられた。

「!!」

咄嗟に受身を取ることもできずに、かなりのダメージを負った光太郎は、よろめきながらも立ち上がった。

しかし、そこには既に少年の姿は無く、声だけが聞こえてきた。

 

「今日は、単に様子見だよ。・・・そうそう、早くそこから逃げた方がいいかもね。」

「なに!?」

「もうすぐソコ、跡形も無く吹き飛ぶから。」

「な?」

その言葉が終る前に、不気味な振動が地面から伝わってくる。

少年の笑い声が響き渡る中、光太郎は全力で駆け出した。

背後からの振動は、すぐに爆発音をともなうものへと変化し、その爆発は、徐々に光太郎に迫ってくるようだ。

「クッ!」

瞬時に、仮面ライダーへと変身した光太郎は、さらに加速をつけて眼前の崖から跳躍した。

ほぼ同時に光太郎が寸前まで立っていた崖が爆発する。

対岸へと着地したBlackが振り返ると、そこには巨大な火柱を尚吹き上げて爆発を続ける山腹が見えた。

「・・・何て・・・事を・・・。」

Blackの鋭敏な感覚器には、逃げ惑う動物たちの鳴き声が響いてくる。

拳を握り締めて肩を震わせるBlack。

そこに、先程の少年の声が響いてきた。

「ゴルゴムは決して滅ばないんだよ。・・・裏切り者のブラックサン。・・・世界が終ろうとも、ゴルゴムの心臓は鼓動を続ける・・・。」

いつしか、その声は聞こえなくなっていた。

『・・・ゴルゴム。』

変身を解いた光太郎は、唇を噛み締めると、ゆっくりと山道を降りて行った。

 


 

村上、荒木の両名は、病院の待合室のソファーに腰をかけ、浦太郎人から渡された数枚の写真を手に困惑した表情を浮かべていた。

 

「・・・魔女・・・ねえ。」

その写真には、魔女と呼ぶには可憐過ぎる少女が写っていた。

「・・・写真の撮られた時期にはかなりの幅がありますが・・・。」

一番古いものは、明治時代のものが、新しいものは、ごく最近に取られたもののようだ。

だが・・・。

 

「こいつは、どう見ても同一人物・・・だよな?」

荒木の言葉に村上は肯いた。

「親子でも、ここまで似はしないでしょう。」

二人は顔を見合わせて苦笑した。

「100年以上を生きる少女・・・それが本当なら、確かに魔女かもな。」

「100年どころか、数百年さ。」

突如、かけられた声に顔を上げた二人は、こちらに向かってくる速水、岡崎の両名を見た。

「速水さん!・・・数百年って・・・。」

そう言いかけた村上は、彼らの背後に、3人の女性の姿を見つけた。そのうちの一人は見覚えのある少女だった。

「沙代子ちゃん?」

少女は憔悴した表情で、傍らに付き添う老婦人にすがり付いている。

「とりあえず、場所を移そう、詳しくはそこでな。」

岡崎に促され、浦田老人の警護の為に病院に残る速水を残し、彼らは拠点としている旅館へと移動した。

 


 

岡崎は、皆が腰を落ち着けるのを確認してから口を開いた。そして、先程、幽体の少女、咲夜が語った事を、正確に語り始めた。

 

はるか昔に、一人の皇子を襲った悲劇を。そして、それに端を発した復讐劇を。

皇子とその侍従を鬼へと転生させたのは、ゴルゴムの一党である事。

 

皇子は、仇である錦野の一族を滅ぼした後、内なる憎悪の念に導かれるまま、暗黒の淵へとその身を堕としていった。

その矛先は、かつて自分を慕ってくれていた、四人の少女たちにも向けられた。

錦野の姫は、皇子とその供が屋敷を襲撃した際に連れ去られ、ゴルゴムのある実験のための被験者として選ばれた。

『再誕』と称する改造手術を施された少女は、変わり果てた自らの姿、そして暗黒へと転身した愛する皇子に絶望し、やがて精神の崩壊を迎える。

だが、実験の継続に精神は不必要と判断した皇子の手で、肉体だけは生かされ続けた。

 

吾妻の姫もまた、実験の為に過酷な運命をたどった。

皇子が最初に陰謀の触手を伸ばしたのは姫の実の父だった。遠乗りの際に襲撃されたこの豪族は、洗脳された後に解放される。その手にはゴルゴムの開発した『W/M』と呼ばれる、細胞変異物質を携えて。

豪族はこの物質を『人魚の肉』と語り、館中のものに喰らわせた。

夜半に響き渡る絶叫。

次々に、異形の怪物へと変貌していく館の人々。

大半が細胞の変質に耐え切れず醜い獣と化していくなか、数人の適合者は休眠状態へと陥った。

怪物と化した人々は、適合者たちの身体を抱え、ゴルゴムの実験施設のある海中神殿へとその姿を消した。

 

そして、それ以降、実験体と適合者の確保のため近隣の村々が襲われ、多くの人がその犠牲になったのだ。

 


 

「・・・にわかには、信じられない話ですね。」

戸惑ったように呟く村上に、荒木が相槌をうつ。

「まるで酔っ払いの戯言みたいだぜ。」

すると、岡崎に代わって、一緒についてきていた老婦人が口を開いた。南沙代子の祖母である。

「荒唐無稽と思われるかもしれません・・・。この私も、家に代々伝わるこの話を信じてはいませんでした。・・・我が家の女に代々口伝にて伝えられてきたこの物語も、私の子供に娘が生まれなかったために私の死とともに消えていく・・・。そう思っていたのです。」

老婦人は悲しそうに沙代子を見やった。

「しかし、孫娘として沙代子が生まれ、また、その沙代子が超常の存在に襲われるにいたって、この伝説が御伽噺などではない事を思い知らされました。」

村上と、荒木の二人は戸惑った表情のまま老婦人を見つめた。

「で、結局、ゴルゴムは何を実験していたんだ?」

「それは、・・・。」

「それは私が話すわ。」

岡崎が応えようとするのをさえぎって、もう一人の女性、那須美月が口を開いた。

「皇子は、もともと聡明な方だった。到底常人が理解できないようなゴルゴムの超科学を短時間で自分のものとすると、それを自分なりに応用して恐るべき計画を発動させた。」

美月は、一旦言葉を切って俯くと、しばらく間をおいてから再び話し始めた。

「ゴルゴムにおける改造人間の大半は一代限りのもの。遺伝情報が異質なため、同タイプの怪人同士での交配でも、子孫を残す事はできない。・・・まれに、無脊椎動物ベースの『獣人型』怪人の場合のみ産卵、孵化と言う形での増殖も可能だけど、代を経るごとに、その能力は低下の一途をたどる。」

「怪人の・・・交配??」

「そう、突拍子もない考えではあるわ。・・・でも彼は、それを実行に移した。当時ゴルゴムでは、こういった、怪人の交配計画そのものがいくつか立ち上がっていたらしいけど、様々な理由で断念されていった。その中でこの皇子主導による計画『ティアマット』は継続された。」

「ティアマット?」

荒木が首を捻ると、岡崎が説明した。

「古代バビロニアの地母神で、古代バビロニアの全ての神々の母だ。」

美月は肯いた。

「そう、彼はこの地母神になぞらえた、怪人を生み出そうとした。・・・多くの被験者たちが、死んでいく中、『ティアマット計画』に適合できた少女は僅かに四名。錦野の姫君、吾妻の姫君・・・。」

美月は沙代子を見た。

「そして、沙代子ちゃんの祖先である少女、最後が・・・この私。」

その言葉に、荒木と村上は飛び上がらんばかりに驚いた。

「すると、・・・君もゴルゴムの改造人間なのか?」

村上の言葉に、美月は苦笑した。

「いいえ、・・・まあ、そのことは後で説明するから。・・・実験は比較的順調に進んでいた。でも数年後にある事件が起こる。適合者の一部が、自我を取り戻しゴルゴムに反旗を翻したの。その中でもリーダー格の少年は、改造された強靭な肉体を駆使して神殿内で果敢に戦った。そして、同じ実験体だった自らの姉を救い出し、数人の仲間とともに脱出させると、自らは神殿内に留まり、皇子、そしてその侍従に戦いを挑んだ・・・。」

 


 

いたるところで爆発が巻き起こっていた。施設内の主だったものが、その収拾に奔走するなか、混乱に乗じて少年はこの神殿の奥深くに足を踏み入れていた。

「待っていた。・・・君ならそろそろここにやってくるだろうとね。」

少年は声のするほうを見やった。

そこには、4つの巨大なカプセルが立ち並び、そのうちの一つが割れて周囲に残骸が飛び散っている。そこには、先刻まで彼の姉が幽閉されていたのだ。残る3つのカプセルには、まだ中に人影が見える。

その割れたカプセルの前に、声の主がいた。

 

「・・・鹿島の皇子・・・。」

皇子と呼ばれたその青年は、少年に蔑んだ視線を向けた。

「君のことだ、・・・姉上だけでなく、他の娘たちも助けに来ると思ったよ。・・・勇敢で美しい。・・・だが、愚かな事だ。」

少年は、皇子をにらみつけた。

「皇子・・・もはや、貴方とは話し合うことなどない。・・・貴方は人の道を外れてしまった。・・・姉上が愛した貴方はもうどこにも存在しない。そこに居る貴方は『鹿島の皇子』の残骸に過ぎない。」

少年は、身構えると叫んだ。

「私が倒す!!」

少年の体が変質し、鮫の特徴を持つ怪人へと姿を変える。そして、皇子に向かい跳躍すると鋭い爪を振るう。

 

しかし、その爪は、寸前で何者かの腕にさえぎられ、皇子の喉元に届く事は無かった。

「!」

少年は、自分の腕を掴むその人物を見て顔をしかめた。

「・・・姿が見えないと思ったら。」

「愚か者が・・・この私が、皇子のもとを離れると思ったか!」

皇子の忠実な従者であるミヤマが、その身体を異質な怪物へと変化させていく。ハリセンボンの形質を備えた怪人へと変質したミヤマは、容易く少年を押さえ込むと、その鋭い棘で少年の身体を貫いた。

「ぐあぁぁぁぁ・・!」

苦鳴を漏らす少年に残忍な笑みを浮かべると、皇子はゆっくりと少年に近づいた。

「残念だよ。・・・君はこのミヤマ同様、怪人化への高い適応力を持っていた。神官様がもたらしてくれた、賢者の石の欠片をその身に埋め込まれ、多段変化のできる素晴らしい戦士として再誕した。」

皇子は残念そうな表情を浮かべた。

「実に・・・実に残念だよ。・・・この私の手で、実の弟同然だった君を始末せねばならないとは・・・。」

いつしか、少年は、人の姿へと戻っていた。少年は悲しそうな瞳で皇子を見上げる。

「・・・私も・・・貴方を実の兄のように思っていた。・・・兄上・・・貴方は私の理想だったのですよ?」

「!?」

皇子は、僅かに戸惑いの表情を見せた。

「・・・お・・・」

皇子がかがみこみ、口を開き聞けたその刹那、少年の体が突如形を無くしゲル状の異形へと変質した。

「これは??」

「皇子・・・お逃げ下さい!!」

ミヤマの叫びが掻き消され、強大なアメーバに飲み込まれていく。皇子もまた、津波の如く押し寄せるゲル状の物質に飲み込まれ身動きが取れなくなった。

 

やがて、そのゲル状の物質から一人の少年が這い出してきた。

「・・・これで・・・これでしばらくは時間が稼げる・・・。」

少年はよろめきながら立ち上がると、カプセルに歩み寄り、中に捕らわれていた少女たちを次々に解き放った。

 


 

半刻の後、少年は深夜の海辺へとその姿を現していた。その背には、2人の少女を背負っている。少年はゆっくりと少女達を浜辺へと横たえた。

「・・・錦野の姫は他の仲間に託した・・・後は、この娘たちを家に・・・。」

そう呟いた少年は、突如吐血した。

「!!」

ゆっくりと視線をおろすと、自らの胸板を貫く長大な剣の切っ先が見えた。その刃が唐突に抜かれると、傷口から鮮血が溢れ出す。

「・・・不思議だな。ゴルゴムの歴史を紐解くと、必ず、君のような異分子が誕生する。」

 

少年は、傷口を押さえつつ振り向くと、そこには真っ白い神官衣を身に纏った細身の神官が立っている。その手には血に濡れた長剣を携えて。

「・・・君の生み出したあの物質は、意外と強固でね。完全に解き放つのには、単純な計算でも数百年かかりそうだ。・・・これだけの逸材、いささかもったいないのだが、・・・まあ、これも運命か。」

神官は無造作に剣を一振りした。袈裟懸けに切り裂かれた少年は少女たちの傍らに倒れこんだ。

「・・・こ・・・こ・・・までか・・・。・・・・・・・・・・・・・無念。」

神官は、長剣を一振りして血を払うと鞘に収めた。

が、次の瞬間険しい表情でその場を飛び退った。

 

神官が離れるのとほぼ同時に、少年の体が轟音を上げて爆発炎上した。

「・・・最後までやってくれるものだ!」

神官は顔を歪めると周囲を見渡した。

「実験体の少女らも粉々か・・・。やむを得まいな。」

舌打ちを残し神官はその身を空中に溶かすかのように姿を消した。

 


 

突如、起こった巨大な爆音に数名の村人が浜辺へと駆けつけた。

未だ立ち昇る煙。巨大な穴が穿たれた砂浜。

村人のまとめ役たる農民の長が駆けつけるとほぼ同時に、海中から黒焦げの遺体を手にした奇妙な人影が出現した。

「!?」

人々は恐怖の為凍りついた。

そのヒトガタのものには、顔というものが無かった。全身真っ黒のその人影は、どこから声を発するのか解らぬが、人々に話しかけた。

「・・・海中に攫われし、四人の乙女が再び現世に揃いしとき・・・、終末にして始まりの混沌が訪れる。」

人影は長を指差した。

「お前の一族に、攫われたお前の娘と瓜二つの娘が生まれる。数百の時を越え、その娘が誕生する時。・・・それこそが混沌の始まりだと心得よ。」

人影は徐々に海中に没して行った。

「努々忘れる無かれ。・・・転生の乙女の産声が・・・始まりの時を告げる・・・。」

 


 

「少年によって逃がされた二人の姫のうち、吾妻の姫は供のものに守られて日本各地を点々とする。・・・年老いない姫の姿では、一つ所にそう長くは留まれない。ゴルゴムからの追っ手との戦いで、徐々にその供を失いながらも彼女は生き延びた。」

「その姫が・・・私です。」

皆がぎょっとして振り返ると、いつしか一人の女性が老人をともなって入室してくる所だった。

「写真の!?」

荒木の言葉に女性は微笑んだ。美月が女性に頭を下げる。

「・・・御無沙汰しております。吾妻の姫君。」

「お久しぶり。・・・さあ、積もる話は後回しにして、説明を続けて。」

「はい。・・・錦野の姫は、海中の洞窟で永い休眠の時を経て、精神を回復させながらやがて目覚めます。時は明治。記憶以外の全ての精神機能を回復された姫は、海辺に迷い出て行き倒れているところをある老夫婦に拾われて、新たに生活を開始する。西九条という新たな家での生活で、彼女は幸せに暮らせるはずだった。・・・しかし、外界に出たことで、ゴルゴムの知るところとなり、再び連れ去られることとなる。そして再度捕らわれた彼女を待っていたのは、かつての人体実験よりもさらに過酷な実験だった。結果、完全に精神の死を迎えた彼女の魂は、幽体となってこの世を彷徨っている・・・。」

岡崎は、少女の幽体を思い出し身震いした。

 

「浜辺の爆発の時、二人の少女のうち、一人は奇跡的に頭脳のみが無事だった。海中より現れた謎の人影によって黒焦げの遺骸を運び去られた少女。・・・それが私。」

美月は、そう言うと、唐突に服を脱ぎ始めた。

「おい!!」

慌てふためく刑事達に微笑を返すと、下着だけの姿となった美月はへその上辺りに指をかけると、いとも容易く皮膚を捲り上げた。

「!!・・・??」

「これは!?」

10センチ四方の四角い部位、そこから現れたのは、光沢を持つ金属で形成された機械の体だった。

「・・・私は、数百年にわたってずっと、特殊な培養液の中に脳だけの姿で生き続けている。・・・この身体は、その培養層から遠隔操作している単なるアンドロイド。」

美月は他にも数箇所、点検パネルらしきハッチを開いて見せてから、元通りに皮膚を戻すと、服を身につけ始めた。

「数百年の年月を、3人の少女たちはそれぞれ立場は違えど生かされてきた。・・・そして、黒い人影が予言した転生の乙女が誕生した。」

美月の視線を受けて沙代子が弱々しく肯く。刑事達は無言で二人を見詰めた。

 


 

「ともあれ、このままこの土地に留まるのは有益じゃないだろう?・・・俺たちの手に負える代物じゃなさそうだし。」

「そうだな。」

荒木の言葉に岡崎は肯く。

「一旦、東京の本部に戻りましょう。事の次第を報告し警視正をはじめ、他のメンバーの意見も聞くべきだと思いますが。」

「村上くんのいうとおりだな。・・・どうでしょう、よろしければ、あなた方も我々と一緒に来てはもらえませんか?・・・保護すると言う意味でも、M.A.S.Kは丁度いいかもしれません。我々は、一般の警察機構とは少し趣を異にしていますから、人々の好奇の視線を受けることもない。・・・それに。」

岡崎は姿勢を正すと頭を下げた。

「件のゴルゴムの貴重な手がかりでもある。・・・どうか、捜査に協力していただきたいのです。・・・貴方たちのような悲しい思いをする人々を減らすために。」

少女たちは、互いに視線を交わすと、やがてゆっくりと肯いていた。

 


 

「退屈だなぁ。おい。」

ロカリスは床に胡坐を組んだ姿勢で剣を磨いている。その口からは退屈と言う言葉しか出てこないようだ。

「やれやれ、剣魔どのはよほどじっとしているのが性に合わないと見えるな。」

「ルキゲニアよう、俺はいつまで剣を磨いてりゃいいんだ?」

「慌てるな、そろそろ行動を起こす。」

「おっ!・・・で、何をするんだ?」

神官ナシュラムこと、剣匠の二つ名を持つ戦士ルキゲニアは冷たい笑みを浮かべた。

「おまえが復活した事で、ここでの目的のほとんどは終った。この海中神殿を後にして東京に向かう。」

「トウキョウ?なんだそいつは?」

ナシュラムは苦笑した。

「着いて来ればわかる。・・・本格的に戦を起こすぞ。・・・仲嶋!」

「はっ!ここに控えております。」

畏まる仲嶋にナシュラムは何事かを耳打ちした。

「・・・承知しました。すぐに準備を整え東京へと移動を開始します。」

「なるべく早くな。神父には別の任務で動いてもらっている。お前の手勢が今回の作戦の主要な駒となる。・・・解るな?」

「心得ております。」

「おそらく、生贄の乙女たちも東京に向かうはずだ。デルフィムの本拠はあの地にある。今回の一件に、ヤツが何らかの形で関与しているならば、ほぼ確実にな。」

肯く仲嶋。そしてその背後に控える込山。その二人を見下ろすナシュラムを、ロカリスは面白そうに眺めやっている。

 

古の少女たちを巡る戦いは、M.A.S.Kのメンバーを巻き込みつつ、コンクリートの巨石が立ち並ぶ現代の魔都へと、その舞台を移していくのだった。


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