第19話 刻を越える絆(後編)


ゴルゴムによる犯罪に対抗すべく設立された警察機構『M.A.S.K』・・・。

その中でも、直接怪人たちと戦う戦闘班の詰め所は、班員が常に出動している為に無人である事も多い。

 

しかし、今日は珍しくそこに複数の人物の姿があった。

速水捜査官、荒木捜査官、村上捜査官の三人、そして彼らから報告を受けている橘警視正である。

 

「・・・という訳で、中央線ジャック事件に関しましては、捜査班のメンバーに無事引きつぎを完了いたしました。報告は以上です。」

村上刑事の言葉に肯いた橘警視正は、三人を見回して口を開いた。

 

「では、諸君には新たな任務に就いてもらう。・・・つい先ほど福井で捜査にあたっている岡崎から連絡があった。」

橘はそこで一旦言葉を切ると机を指で叩いた。

「・・・どうやらゴルゴムの怪生物と戦闘になり、これを退けたものの、まだ何かの陰謀が進行中との事だ。そこで・・・。」

警視正は三人を見渡すと言葉を継いだ。

「君たち三人に直ちに岡崎のサポートに入ってもらいたい。速水、荒木の両名は直ちに現地に飛んでくれ。」

「了解です!」

「わかりました。」

「村上は第2研究所に立ち寄ってから現地に向かうように。」

その言葉に村上はハッとした表情を浮かべた。

「では・・・私のC・スーツが完成したのですか?」

「そうだ。」

橘は肯き、引き出しから写真を取り出した。村上はそれを受け取ると怪訝そうな顔をした。

「これは・・・以前テスト装着した際とは配色と細部が異なるようですが?」

「最終の微調整時に多少の変更が加えられたとの事だ。これによって性能自体は若干向上したそうだ。・・・受領次第、急ぎ現地に向かってくれ。」

「了解!」

三人の刑事は、警視正に向かって敬礼すると部屋を飛び出して行った。

 


 

四国・徳島県。

 

阿波踊りという、この県で最大のイベントを見るために、多くの観光客がこの地を訪れていた。

 

その観光客に紛れるように、二人の男が徳島駅のホームに降り立っていた。

東博士と鷹志である。

東博士は、少年の方を気遣わしげに見やった。

「大丈夫か?鷹志君?」

博士は、ここ数日というもの何度か頭痛に悩まされていた少年を見てきた。それだけに徳島行きを延期する様に何度も言ってきたのだが、彼が頑として承知しなかったのだ。

「・・・大丈夫です。相変わらず断続的に頭痛が起こっていますが、耐えられなくはありませんから。」

「あまり無理はしちゃいかんよ?」

「解っています。・・・それよりここで乗り換えですね。」

「そうだ、列車で4、50分ほどのところにある、西麻植という駅まで行く事になる。」

鷹志は表情を引き締めると小声で博士に言った。

「その駅の近くに居るのですね、江上さんは。」

「ああ、奥様の郷里で静かに暮らす彼に、ゴルゴムがらみで会うのは申し訳ないのだが・・・。」

東はそういって小脇に抱えた鞄に目をやる。そこには数枚の書類と共に、一枚の図面が収められている。

二人の耳に、列車の発車を告げるアナウンスが飛び込んできた。顔を見合わせて肯いた二人は、2両編成の列車に駆け込んでいた。

 


 

柔らかい光を投げかける蛍光灯が、室内に安置された箱とその箱に寄り添う女性とを照らしている。

 

女性・・・愛美は箱の側面に掘り込まれた文様に軽く手をかざした。すると箱の蓋が音もなくスライドし、その内部が露となった。

愛美は、その中に、捜し求めていた存在を認め寂しそうに微笑んだ。

硬質な鎧のように黒光りする皮膚。額から突き出た一対の触覚。そして紅玉のごとき複眼。

異形の戦士がそこに横たわっている。

 

その姿は、彼女がよく知るものの姿ではなかった。だが、この姿もまた彼女が捜し求めた人物のもう一つの姿に間違いなかった。

「・・・Nirusu。」

愛美の問いかけに、微動だにしなかった戦士が、微かに身じろぎすると、その瞳が愛美を見つめる。

「Mana・・・。君なのか?」

愛美は肯いた。その双眸から涙がこぼれる。

「・・・やっと。・・・やっと出会うことが出来た。・・・どれほどこの日が来るのを待ち望んだ事か・・・。」

「・・・この間、私の封印を解いた男が言っていた。あれから5万年の時が流れたと。」

「ええ、5万年。・・・貴方が私の前から姿を消し、世紀王アルシエルとしてゴルゴムと戦い・・・そして敗れてから・・・。」

アルシエルは、ゆっくりと手を伸ばすと愛美の涙をぬぐう。

「・・・君があの頃のままの姿で居るとは思わなかったよ。」

アルシエルの声に悲しみの色が混じる。

「再誕手術を受けたのだね?」

愛美は肯いた。

「貴方に再び会うためには、・・・こうするしかないと思ったから。」

「・・・すまない。私の力が足りなかったばかりに・・・。出来る事なら、君にはゴルゴムとは関わりのない世界で生きてほしかった。」

愛美は頭を振った。

「・・・いいえ、神官の父を持って生まれてしまったのですもの。・・・いずれは・・・。」

「だが、君の父上もゴルゴムのやり方には疑問を持っておられた。・・・遥か太古、この惑星に我らの祖先がたどり着く前に、彼らの失われた惑星で活動していた頃のゴルゴム。・・・そう、光と秩序を重んじていた頃の活動に回帰すべきではないかと・・・。」

「そうね・・・。貴方があの戦いに勝利していればそんな未来もあったのかもしれない。・・・でも、現実は・・・。」

「すまない・・・。」

「謝らないで・・・。そのゴルゴムの技術のお陰で、こうして貴方と再会することが出来たのだから。」

愛美は悲しそうに微笑んだ。

「・・・だが、その代償に君は輪廻の輪から外れ、魔道を彷徨う事となった。」

「仕方ないわ・・・。」

 

しばらくの沈黙が訪れる。その静寂を破ったのはアルシエルだった。

「・・・最後に君に出会えてよかったと思う。・・・同時にこの醜い姿を晒す事になって情けなくもあるけどね。」

その言葉に愛美は震えた。

「・・・最後って?」

「・・・この周囲、結界が張っていないだろう?・・・私が間もなく完全な死を迎える事を知っているあの男は、必要なしと判断したのだろう。」

「そんな・・・逝かせない・・・今の技術を用いればきっと・・・。」

アルシエルは頭を振った。

「Mana・・・。私は、ようやく呪いを解かれ、正常なる輪廻の輪に戻ろうとしているんだ。・・・私を逝かせてくれないか。」

「・・・嫌。」

愛美はうつむくと呟いた。

「Mana・・・。」

「嫌よ・・・5万年もかけてやっと会えたのよ・・・もうお別れなんて・・・。」

アルシエルは、再び涙を流し始めた愛美の髪にそっと手を置いた。

「Mana・・・。この身体は朽ちる。・・・でも魂は不滅だ。少し形を変え、新たな生命として再びこの世界に現れる。・・・そういった意味では生命は永遠なんだ。」

「Nirusu・・・。」

アルシエルは手櫛で髪を梳きながら言葉を継いだ。

「ゴルゴムが与える、偽りの永遠の生に惑わされてはいけない。ゴルゴムの与えるものは永遠ではなく停滞なんだ。」

アルシエルは苦しそうにしながら半身を起こした、その姿は皮膚のあちこちからひび割れが生じ始めている。愛美は慌ててその身体を支える。

そんな愛美の頬にアルシエルは優しく手を触れた。

「Mana、お別れだ。・・・耳を澄ませてごらん、懐かしいものが見送りに来てくれているよ。」

その言葉に愛美は室内に何かの力が凝縮していく気配を感じた。

「これは・・・。」

次の瞬間、室内に漆黒の巨馬が姿を現していた。その姿は半透明であるものの、確かな存在感を持ってそこに立っている。

「PAZUSU?・・・どうして・・・あなたは死んだはず・・・。」

「きっと、私を見送りに来てくれたのだろう。」

「Nirusu・・・。どうしても逝ってしまうの。」

「・・・それが自然の摂理だからね。・・・きっと、またこの世界に生を受けるよ。・・・いや・・・。」

アルシエルは再びその身を横たえた。表面のひび割れが、徐々に広がり、それに比例して彼の姿が人間へと戻っていく。

寄り添ってきた巨馬と愛しき女性を見上げてアルシエルは微笑んだ。

「あるいは・・・もうこの世に生を受けているかもしれない・・・私だけじゃない・・・きっと、・・・君の生まれ変わりも・・・。感じる・・・よ・・・若・・・き・・・息吹を・・・。」

「Nirusu!!」

「・・・愛・・・している・・・Ma・・・na・・・。」

「うそ・・・嘘でしょ!?・・・早過ぎるわ・・・もっと話がしたい・・・ねぇ・・・目を開けてよ!!」

愛美の叫びと共に巨馬が嘶く。

アルシエルは、また戦士の姿へと戻った。だが、その身体に既にエネルギーは感じられない。

嗚咽の声が室内を満たしていく。

巨馬は、慰めるように鼻先で愛美をつついた後、再び嘶いた。

愛美は涙に濡れた顔を上げた。

「・・・あなたも逝ってしまうのね?」

愛美の脳裏には、この巨馬に乗り恋人と共に草原を駆けた思い出が蘇ってきた。

巨馬はもう一度鼻先で愛美に触れるとゆっくりと消えていく。

「・・・Nirusuのこと・・・守ってあげて・・・。お願いよ・・・。」

巨馬は嘶きながら消えて行った。

 


 

しばらく後、部屋を後にした愛美は、地上へのエレベーターに乗り込んだ。

その顔からは表情というものが消えていた。悲しみも、寂しさも・・・。

 

応接室の中ではデルフィムが本を読みながら待っていた。愛美が向かいのソファーに腰掛けるとデルフィムは本を置いて微笑みかけた。

「いかがでしたか、感動の再会は出来ましたか?」

愛美は、あくまで無表情で問いかけた。

「・・・何を企んでいる。」

「企む?」

「・・・とぼけおって・・・貴様が善意で私をあの人に合わせるはずがあるまい。」

デルフィムは肩をすくめた。

「純粋に善意だったのですが?」

「・・・信じられるものか。」

「やれやれ、君が会いたがっている人に会わせてあげたというのに、ずいぶんな言われようだね。」

「これだけの為に南米から私を呼び寄せたわけでは無いだろう?」

デルフィムはニヤリと笑った。

「・・・まあね。実は直接に話しておきたかった事があるのさ。」

デルフィムはそう前置きをしておいておもむろに語り始めた。

「ZIET計画・・・知っているはずだね。」

その言葉に愛美の顔が強張る。

「無論だ・・・だが、そのことを何故貴様が知っている?・・・この計画は貴様が神官に加わるよりも数万年は過去の計画だ。」

「まあまあ、気にせずに。その中でも、つい千数百年前まで継続していた計画があったでしょう?」

「・・・ティアマット計画・・・ナシュラムが主導していた計画。」

「その通り。・・・これが未だ継続していたみたいでね。・・・その動きがここ数日で活発になった。」

「・・・馬鹿な。・・・そのような話、我が諜報機関にも入ってきておらぬ。」

「だが、事実だ。・・・私も人のことは言えないが、彼もまた独断でいろいろと謀っているようで。」

「・・・このことを私に伝えてどうする気だ?」

デルフィムはいつもの笑みを浮かべたまま、再び肩をすくめて見せた。

「別に。・・・まあ、しいて言うならこの事態をより楽しみたい・・・そんなところですか。」

「・・・相変わらず、不可解な奴だ。」

「それはどうも。」

愛美は立ち上がるとドアへと向かった。そして立ち止まると振り返らずにデルフィムに問いかけた。

「・・・あの人の亡骸・・・どうするつもりなのだ。」

デルフィムは微笑を浮かべたまま答えた。

「・・・別にどうする気もありませんよ。既にデータの収集と、もう一つの目的は達成できましたからね。・・・なんでしたら、持ち帰って弔ってあげたらいかがですか。」

『・・・ブラックサンの覚醒は成功したということか・・・。』

「解った。・・・そうさせてもらおう。」

愛美はそう早口に言うと部屋を後にした。

 


 

列車の中で、鷹志は悪寒が徐々に治まりつつあるのを感じると同時に、何か今までの不調が嘘のように穏やかな気持ちになり戸惑っていた。

『・・・何なんだ?』

「鷹志君どうした??」

「えっ?」

博士に言われて、鷹志は自分が涙を流していた事に気付いた。」

「あれ、・・・何で?」

慌てて涙をぬぐうと微笑んだ。

「すいません・・・大丈夫です。」

「・・・やはり、無理をしているのではないのかね?」

「いえ・・・調子は大分元に戻ってきていますから。」

鷹志はそういってから軽く頭を掻いた。

 

彼らが目指す駅は、もう間近だ。

 


 

「よう、無事に受領できたか?」

JR小浜駅。

研究所に立ち寄ってC・スーツを受領した村上が改札を出てくると、そこには先行していた岡崎、速水、荒木の三人が彼を待っていた。

「お疲れ様です・・・。お、岡崎さんどうしたんです?」

村上は、岡崎のやつれように驚いていた。

「・・・少し・・・疲れているだけだ。」

岡崎はそう答えると、三人を伴ってパトカーを待機させている場所へと歩き始めた。

パトカーに乗り込んですぐに荒木が口を開いた。

「浦田氏は、まだ意識を回復していないそうだ。・・・うわごとで、意味不明なことを呟いているらしい。」

速水が肯く。

「無理もないだろう。予備知識のない一般人が、あんな怪物を見たらうなされて当然だぜ。」

「・・・老人の警護はどうなっているんですか?」

村上の問いかけに、岡崎が答える。

「現在、彼が入院している病院の周囲、及び病室の内と外に警官を配置しているんだが・・・いささか心もとないな。」

 

四人は、相談した結果、荒木と村上の両名が浦田老人の警護に加わる事、そして、岡崎と速水の二人が犯行現場となった空印寺の周辺を捜査することとなった。

 


 

愛美が再び地下室に戻ると、アルシエルの亡骸が静かに灰となり崩れ去っていった。

無言でその灰を掬い上げると、愛美は懐から取り出したカプセルにその灰を丁寧に移しかえていった。

 

数時間後、愛美は太平洋上を行く客船の中に姿を現していた。

表向きは、単なる豪華客船だが、その実態はゴルゴムの所有する移動指揮所である。

愛美は、大切そうにカプセルを抱きしめ、水平線を見つめている。

 

ふと、気配に気づき振り返ると、揃いのスーツに身を包んだ数人の女性が整列していた。

愛美は、その女性たちを見て肯くと口を開いた。

「・・・どうやら、我々のあずかり知らぬところで、複数の陰謀が進行しつつあるようだ。」

女性たちは直立不動の姿勢のままで愛美の言葉を聞いている。

「こうなった以上は、南米の宗教結社ごときに、いつまでも時間を割いてはいられない。・・・秘密裏に、あくまで穏便に事を運ぶ予定であったが、そうはいかぬ事態となった。」

愛美が指を鳴らすと、女性たちは一斉にスーツを脱ぎ捨てた。

その下からは、体のラインが浮き出るピッタリとした黒のライダースーツと、その上に羽織られた黄色い戦闘用ジャケットが姿を現す。

「・・・今から40時間以内に、件の結社を消去する。・・・一人も逃すな。全て抹殺せよ。」

女性たちは敬礼を返すと愛美の前から姿を消した。

愛美は再び海原を見ると一瞬だけ悲しげな表情を浮かべた。そして、その心に去来する感情を振り払うように頭を振ると船室へと向かった。

 

船室に戻った愛美は小声で何事かを呟くと、瞬時にその衣装を着替えていた。

くすんだ白色のローブだ。彼女は、そのローブのフードに手をやり目深に被った、同時にその顔から表情というものが消え去る。

と、ドアをノックする音が響いた。

「・・・入れ。」

感情が一切感じられない声。その声に促されて一人の女性が室内へと入ってきた。

「・・・最終部隊の準備が整いました。」

「敵本拠に向かう部隊だな?」

「御意。」

「・・・私も共に行こう。指揮は直接、私が執る。」

「了解いたしました。」

女性と共に船室を出ようとした愛美は、そっとローブの胸元に手をやった。

そのローブの下には、ブローチが留められており、その内部にはアルシエルの遺灰が収められたカプセルが、極度に圧縮された状態で収納されている。

愛美・・・ゴルゴムの神官・ラシュムは、その内面を表に現さずに、悪魔の行軍を開始すべく歩き出した。

 


 

信彦は、先刻の戦いを思い返しながら、海岸沿いを歩いていた。

『・・・剣魔ロカリス。その名、その出で立ちから推測すると、おそらくは剣聖ビルゲニアと関わりのあるものなのだろう。』

信彦の記憶の中には、ビルゲニアとの戦いの様子が鮮明に残されている。

『あの時、僕はあの剣士をいとも容易く切り捨てる事が出来た。・・・それは、僕がシャドウではなく、世紀王シャドームーンであったからだ。』

信彦は、かつて確かに自分が手にしていた比類なき戦闘力を思った。

『・・・そして、あの時この手には覇者の剣であるサタンサーベルが握られていた。』

自分の右手を見つめた信彦は、その拳を握り締めた。

「だが、今の僕にはそのどちらも欠けている。」

そう口に出して呟きながら、信彦はその表情を歪めた。

浜辺に腰を下ろして、海を見つめる信彦は唇を噛み締めていた。

 

『力が欲しい。・・・破壊の為ではなく、守る為の力が!!』

 


 

あゆみは、姿が見えなくなった信彦を探して町を歩いていた。

『・・・なんだか、いつも私はあの人のことを探しているような気がする・・・。』

あゆみはそう思うと苦笑していた。

やがて、海辺へとやってきていたあゆみは、そこで吾妻美里と善蔵に出会った。

「美里さん。」

「こんにちは、今日は信彦さんと一緒ではないの?」

「えっと・・・いま探しているところなんです。」

「そう・・・。」

美里はそういうとじっとあゆみを見つめた。

あまりに見つめられるので、あゆみは戸惑った。

「あ、あの何か?」

その声に美里はハッとしてから苦笑した。

「あ、ごめんなさい。」

「い、いえ。」

美里は微笑むと、あゆみに近づきその耳元で囁いた。

「信彦さんと、いつまでも仲良くね。・・・どんな事があっても決して離れてはダメよ。」

「み、美里さん!?」

狼狽するあゆみに笑みを返すと、美里と善蔵は一礼をして立ち去って行った。

 


 

吉野川遊園地。

徳島県で最大規模の遊園地である。

名水に数えられる江川が、その園内をゆるやかに流れている。

間もなく閉園になろうかという時間であるものの、その中から子供たちの歓声が途切れる事は無いようである。

この遊園地を横目で見ながら、鷹志と東博士は一軒の民家を訪ねていた。

 

インターホンを押すと、しばらくして落ち着いた感じの女性がドアを開いた。

「何か?」

東は軽く頭を下げると帽子を取った。

「初めまして。・・・私、東と申します。御主人とは旧知の間柄でして。」

「主人の?」

どこか訝しげな様子のその女性に東は微笑みかけた。

「はい、今日は少しお話しがあって参ったのですが、御主人はご在宅でしょうか?」

そう問いかけた時、背後で門扉が開く音がした。そして同時に声がかけられる。

「東さん?・・・東博士じゃありませんか?」

東と鷹志が振り返ると、そこにはスーパーの買い物袋を提げた真面目そうな風貌の男性が立っていた。

「江上さん・・・。」

「やっぱり・・・東博士・・・どうして貴方がここに?」

男性はそう言ってから表情が険しくなった。

「・・・まさか、ゴルゴムがらみでは!」

その言葉に女性の顔が引きつる。

東はゆっくりと頭を振った。

「・・・安心して欲しい。今は私もゴルゴムに追われる身だ。」

「貴方も??」

江上の呟きに東は肯いた。江上は東と鷹志をしばらく観察してからゆっくりと肯いた。

「・・・ともかく中に入ってください。詳しい話を聞かせてもらいたい。」

東は肯くと、鷹志を促して江上邸へと入って行った。

 


 

「どうやら、ここを張っていて正解だったみたいだな。」

速水の言葉に岡崎は肯いた。

空印寺近くの捜索を行っていた二人は、近くの海岸で異様な雰囲気の集団が終結しつつある場面に遭遇したのだ。

くすんだ灰色のスーツ姿の男たちが海中から次々に現れ、その数が20人ほどに達すると、いつの間にか停車していたワゴン車に分乗して発進した。

速水と岡崎の二人は、肯き合うと用意していたバイクに跨り追跡を開始した。

 


 

「・・・私の話は以上で終わり。」

長い話が終った。話が始まった時には眩しいほどだった日差しが、夕暮れに向かって傾きつつあった。

 

黙ってその話を聞いていた南沙代子は、途方にくれていた。

目の前の女性・那須美月が語った事は、到底信じられるような出来事ではなかった。

だが、一緒に話を聞いていた祖母の様子を見れば、それが全くの妄想話でない事は理解できる。

祖母の表情は、彼女が今まで見た事がないほどに真剣そのものだったのだ。

 

「・・・お話は解りました。でも、それが私にどう繋がるのか解りません。」

沙代子は思ったままの事を素直に口にした。

「そうでしょうね・・・。こんな話を頭から信じられる方がどうかしている。・・・あなたは間違っていないわ。」

美月は寂しそうに微笑んだ。

だが、次の瞬間その表情が引き締まる。

「でも、理解するように努めて。」

その言葉が終るか終らないかのタイミングで玄関を突き破って何人もの男たちが雪崩れ込んできた。悲鳴を上げる沙代子を、祖母が覆いかぶさるようにして抱きしめる。

その二人を庇うように美月が仁王立ちになって男たちを睨み付ける。

「・・・でないと、こいつらに対する心構えが出来ないから!」

男たちは、不気味なまでに無表情で、その双眸はまるで魚の目のように虚ろだ。

そのうちの一人が微妙に人間離れした発音で話しだした。

「・・・イッショニイルトハ好都合ダ。・・・ワレラトトモニ来テモラオウカ?」

美月は不敵な笑みを浮かべる。

「出来るものならやって御覧なさい。」

「・・・フン。コムスメガ。」

「ミノホドトイウモノヲ、ワカラセテヤル」

「ヤル」

「ヤル」

「ヤる」

「やル」

不気味に連呼する男たちを前にして美月はあくまで余裕の表情を崩さない。

「・・・あんたたちの相手は私だけじゃなさそうよ。」

「ナニ?」

その時、後の男たちがざわめく。

「ナンダ?」

男たちの後ろに二人の男が立っていた。

「ようし、そこまでだ。器物破損、家宅不法侵入、誘拐未遂の現行犯だ。」

「・・・大人しく逮捕・・・させてくれそうにはないぜ、岡崎?」

唸り声を上げながら、男たちの姿が変貌していく。

「・・・そのようだ。」

着ていたスーツが弾けとび、魚人然とした異形へと変貌を遂げた男たちが吼える。

「やれやれ・・・やるか!」

「・・・あくまで、人命優先。一般人に危害が加えられないように頼むよ、速水。」

「了解だ。・・・変身!!」

「変身!!」

 


 

夕闇に紛れるように、病院の敷地内の茂みに蠢く異形の者たちがいた。

「グッグッグ・・・。イクゾ!・・・モクゲキシャニハ、死アルノミ!!」

「ギ!」

「ギ!」

「ぎ♪」

異形は、最後の声に違和感を感じ振り向いた。その視線の先には、ニヤリと笑った一人の男の姿があった。

「ナ・・・ナンダ。キサマハ!?」

襲い掛かろうとする異形の攻撃をかわした男は、笑みを浮かべたまま中庭の中心まで移動する。男の周囲を包囲するように十数体の異形の怪人が取り囲む。

だが、男は動じた様子もなく平然と口を開いた。

「何だと聞かれちゃぁ、名乗らないわけにはいかないな。どうせお前さんらが生涯最後に聞く名だ。」

「ニンゲンフゼイガ!」

男はニヤリと笑いながら髪をかきあげた。

「姓は“荒木”、名は“雷次”」

「・・・コロセ!」

その号令で、怪人が一斉に飛び掛る。

「変身!」

そう男が叫ぶのと同時に怪人たちが男を押しつぶす。

「・・・バカメ。」

しかし、怪人たちが身を起こすと、そこには男の姿はなかった。

「・・・ナンダト??・・・ヤツハイッタイドコニ!?」

 

その時、どこからともなく口笛の音が聞こえてきた。

「ナンダ?コノオトハ?」

怪人たちは音の出所を探す。

「アッ!・・・アソコニ!!」

一体の怪人が指差す先には2階建ての病院事務所の建物があり、その屋上に一人の人影が立っている。無骨な戦闘服に身を包んだその人影が口笛の主のようだ。

 

口笛が止む。

 

「天が呼ぶ・・・。」

人影がおもむろに話し始めた。

「地が呼ぶ・・・。人が呼ぶ・・・。」

戦闘服の男は、その戦闘用グローブを直すような仕草をした。

「悪を倒せと俺を呼ぶ。」

男は、怪人たちを指差した。

「俺は正義の戦士・・・。」

「何をやってるんですか!!」

男の台詞をさえぎるように、いつの間にか若い男が中庭に姿を現していた。

怪人たちが屋上の男ともう一人の男を交互に凝視する。

「・・・折角の決め台詞だったのに・・・。無粋だぜ、翼?」

「馬鹿な事やってないで、さっさと戦いますよ。」

「へいへい。じゃぁおっぱじめますか!!」

屋上の戦闘服の男が両腕から電撃を放つ、その二条の電撃は鋭い槍のように怪人の胴体を貫き、瞬く間に数体の怪人を黒焦げにした。

「チィィ・・・!・・・ムッ?」

驚愕から立ち直った怪人は、若い男が叫ぶ声を聞いた。

「変身!!」

眩い光と共に、新たなる戦士が戦闘準備を完了させる。

怪人たちは、怒りも露に小癪なる二体の敵に躍りかかっていった。

 


 

あゆみは、浜辺に座り込む信彦を見つけ駆け寄っていった。

だが、その表情が翳っているのを見て、声をかけることなくその傍らにしゃがみこんだ。

夕闇が迫ろうとしている。

どこか、吹く風も涼しさを増しているようだ。

どれぐらい時間が経ったのだろう、唐突に信彦が口を開いた。

「・・・僕は、強くならなければならない。」

「信彦・・・さん?」

まだそう呼ぶ声がぎこちない。信彦はようやく笑みをうかべた。

「・・・僕は、シャドウの姿でも充分に戦えると思っていた。・・・でも・・・。」

 

信彦は、先ほどの戦いの顛末をあゆみに話した。

「剣魔・・・ロカリス?」

あゆみは、その名前に聞き覚えはなかった、だが、信彦の話から恐るべき敵であることは推察できた。

「あいつが、僕を殺す気ならば、きっと容易かったはずだ。・・・今回は様子見といった感じだったようだから、きっと本来の力はもっと凄いはずだ。」

信彦は立ち上がると闇に解けようとしている水平線を眺めた。

「・・・僕の中にはとてつもない力が眠っている。それは間違いない。」

「とてつもない力・・・。」

あゆみはそう呟いてからハッとして信彦を見つめる。信彦は肯いた。

「そう、世紀王シャドームーン。」

「信彦・・・さん・・・。でも、あの力は!」

「解っている。・・・あの力は危険だ。・・・でも、引き出せるようになれば、これからのゴルゴムの戦いで有利になる。・・・いや、必要となる時が必ず訪れる。」

信彦は拳を握り締めた。

「おそらくは・・・そう遠くない未来に。」

信彦はあゆみの瞳を真っ直ぐに見つめた。

「何か方法があるはずなんだ。・・・あの力を自分のものにしながら、シャドームーンの心に呑まれない方法が・・・。」

あゆみは、信彦の瞳に、並々ならぬ決意の色が宿っているのを感じた。

「・・・探しましょう。私もお手伝いします。・・・きっと、きっと見つかります!!」

信彦は肯くとあゆみの肩に手を置いた。あゆみがその手に自分の手をそっと重ねる。

夕暮れの空。

そこには月が煌々と輝き始めていた。


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