第17話 刻を越える絆(前編)


ミステリー関係に詳しいという浦田老人。

その足取りを追いかけていた岡崎刑事は、彼の自宅と研究所を何度か訪ねたものの、そのことごとくが留守という状況だった。

いい加減、別の手がかりを追いかけようとしていた矢先に、自宅近所の人から老人の手がかりを得る事が出来た。

「小浜神社?」

「そう、小浜神社。・・・今朝方、犬の散歩をしていたら丁度浦田のじいさんが戻ってきたところだってね。挨拶して少し話したんだが、じいさんは何か急いでるようだったなぁ。適当に話を切り上げて別れたんだが、その時に、小浜神社に行くような事を言っていたな。」

「浦田氏と話したのは何時ごろでした?」

岡崎に問われ、その人はしばらく考え込むと、自信なさそうに話し出した。

「はっきりとは憶えてないけど、今から2時間ぐらい前だと思うよ。」

岡崎は、小浜神社への行き方を教えてもらうと頭を下げた。

「ありがとうございます。これからすぐに向かってみます。」

岡崎は道順を書いたメモを手に、早足で歩き始めた。

 

 

小浜神社に到着した岡崎は、あまり人がいない事に苦笑いした。

午前9時前と言う時間のせいもあるだろうが、これでは、浦田老人、もしくはその姿を見かけた人を探すのは難しいかもしれない。

「・・・参ったな。」

岡崎はため息を一つつくと、鳥居をくぐった。

丁度、進行方向からこちらに向かって歩いてくる二人組みの女性がいたので、この二人から聞き込みを開始する事にした。

 

「あの、ちょっとすいません。」

岡崎に声をかけられて、二人連れは足を止めた。

「何か?」

ハッとするような美人が、岡崎を見つめる。ガラにも無くどぎまぎした岡崎は、顔を赤らめながらも、浦田老人のことを訪ねた。

だが、この二人はこの老人の姿は見ていなかったと言う。

礼を言って二人を見送ると、岡崎は他の目撃者を探し神社の境内を進み始めた。

 

 

駆け足で、30分ほど聞き込みをした岡崎は、ようやく老人の姿を目撃した人を見つけることに成功した。

「浦田のじいさん?・・・ああ、見たよ。」

「本当ですか!?」

男は肯いた。

「俺は、あのじいさんの研究所の近所で散髪屋をやっているんだ。今日は、定休日なんで子供と一緒に昆虫採集に来ていたんだが、ばったりとじいさんに遭遇してね。・・・えらく慌てた様子で、こっちにも気づかなかったみたいだ。」

「では、話とかはしていないんですね?」

男は苦笑した。

「もちろん。すぐ横をすれ違って行ったのに気づいてなかったからね。何でそんなに慌てているんだと不思議なくらいだったよ。ずっとブツブツいいながら、・・・ありゃ、周りが見えてないみたいだったなぁ。・・・まあ、あのじいさんはしょっちゅうだけどね。」

岡崎は、メモをとりながら尋ねた。

「何を言っていたか分かりませんか?」

「そうだなぁ・・・あんまり大きな声でもなかったし・・・。」

「そうですか・・・。」

岡崎は、礼を言って立ち去ろうとすると、男が大きな声を出した。

「父ちゃん、うるさい!」

子供に怒られながら、その男は岡崎を呼び止めた。

「刑事さん!・・・そういえば、一言だけ聞き取れた言葉があるんだが。」

「なんです?」

「空印寺。」

「空印寺・・・ですか?」

男は肯いた。

「ああ、確かに空印寺って言っていたな。何か手がかりがどうの・・・。」

岡崎は、空印寺の場所を聞くと再び礼を言って駆け出していた。

『そういえば、さっきの女性たちも空印寺に行くと言っていたな。』

岡崎は、先ほどの女性たちが去り際に言っていた会話を思い出していた。

 

「そろそろお腹も空いてきたし、ご飯を食べに行きましょうか。私がおごってあげるわ。」

「そんな・・・悪いですよ、愛美さん。ボク、自分の分は自分で・・・。」

「いいのよ、二人が出会えた記念。美味しいものを食べに行きましょう。」

「すみません、ホントに。」

愛美は微笑むと綾乃の手を取った。

「ねえ、朝ごはんを食べたら、空印寺に行ってみましょうか?」

「空印寺?」

「そう、そこにもある伝説があるの。」

「何の伝説なんですか?」

「それは、行ってのお楽しみよ。」

美女はそういって微笑んだ。

 

「・・・伝説・・・とか言っていたか。」

岡崎は、タクシーに乗り込み行き先を告げると腕組みをして考え込んだ。

 


 

「それじゃあ行って来ます。」

少女はそういうと、玄関から外へと足を踏み出した。

「沙代子ちゃん、帽子を持っていきなさい。」

少女を追いかけるように年配の婦人が家から姿を現した。

沙代子と呼ばれた少女は、立ち止まって帽子を受け取った。

「ありがとう、お祖母ちゃん。」

「お昼には一度戻っておいで。今日はおっきなスイカを切ってあげるからね。」

少女は微笑むと、再び歩き始めた。

祖母は、その姿を見送ると、フッと表情を曇らせた。

「・・・あの子は、一代おいて久しぶりに生まれた南の娘・・・。」

少女の表情に未だ陰りがあることを悟った祖母は、ため息をついた。

祖母は、家に入ると真っ直ぐに仏間へと向かい、仏壇の前に座って祈り始めた。

「予言の時に生まれ出でてしまったあの子の身に、禍人の眷属によるが災いが降りかからぬように・・・どうぞお守りくださいませ。」

 


 

沙代子は、早朝にも訪れた岩場へとやってきた。日差しは徐々に強くなっている。この分だとかなりの暑さになりそうだ。

「おばあちゃんの言うとおり、帽子を被ってきて正解ね。」

沙代子は、そう言って微笑むと岩場の一つに腰をかけた。そしてゆっくりと、視線を海の方へと向けた。

幼い頃、両親に連れられてここに訪れた時も、飽きることなく海を見つめ続けていた記憶があった。

何故なのかは解らないが、そうして海を見つめていると、不思議と心が落ち着いてくるような・・・それでいて切なくなるような気持ちを感じるのだ。

その感情は、幼い頃には理解できなかったが、今では何となく解る。

『思慕の情』

それが、何者に対してなのかは解らないのだが・・・。

 


 

どれくらい海を眺めていただろう。腕時計に目をやると、もうすぐ11時になろうとしていた。

「・・・そろそろ戻ろうかな。」

その時、沙代子は何者かの視線を感じて全身に悪寒が走った。

『・・・何なの?!』

肌の上を何か粘着質のものが這い回るような感覚・・・。沙代子は震えながらも、その視線の主を探した。

『!!』

そこには、一見すると人の良さそうな青年が立っていた。

しかし、何処か歪んだ気配を全身から漂わせている。

青年は、真っ直ぐに沙代子を見つめたまま、唐突に笑い始めた。

「??」

驚きよりも恐怖を感じた沙代子は、思わずその場にへたり込んでしまった。

青年は何とか笑いを納めると口を開いた。

「・・・何てこった。そっくりじゃないか。」

「え・・・?」

何のことか分からずに、ただ震えている少女を見下ろすと、青年は口元をゆがめた。

「古畠の処の蛙爺に襲われたんだってな。よくもまあ無事でいてくれたよ。もし、君の純潔が失われていたら、あの爺とその飼い主を、揃って八つ裂きにしてやってたところだよ。」

「・・・蛙?」

少女の脳裏に忌まわしい化け物の姿が浮かんだ。

「・・・まあ、もっとも蛙の方は『銀色』に始末されたようだけど・・・。」

青年は、そういうと腕を伸ばした。

「さあ、一緒に来てもらおうか。」

「い・・いや・・・。」

青年は、強引に手を掴むと少女を引き寄せようとした。

「さあ・・・。」

 

と、風を切る音と共に何かが飛んできて青年の顔面に炸裂した。どうやら拳大の石の様だ。

その衝撃で、青年は思わず手を離すと怒りの形相を浮かべた。

「だ・・。誰だ!」

不意に、人影が現れたかと思うと、華麗なる回し蹴りを青年の首筋に叩き込み、同時に少女を自分の背後に庇った。

驚愕の表情を浮かべながら、少女は、自分を救ってくれた人影を見上げた。

長い髪をポニーテールにした、若い女性だ。沙代子よりは、3つか4つ年上のように見える。その女性は、青年を見据えたままで沙代子に問いかけた。

「大丈夫?怪我はない?」

かつての電車での出来事を思い出し、強烈な既視感覚に捉われながら、沙代子はかろうじて声を出した。

「だ、大丈夫です・・・。」

女性は、振り返らずに肯くと青年を相変わらず睨み付けている。逆に、青年の方は、怒りの表情から一変、にやけた笑みを浮かべる。

「・・・フフ・・・この俺にいきなり襲い掛かるなど、・・・何者かと思ったら君か。」

女性は、無言のまま青年に拳を振るう。

青年は余裕のステップでその攻撃をかわすと哄笑した。

「無駄だよ、不意打ちでもない限り、君の攻撃が僕に当たるはずが無いじゃないか。」

相変わらず、無言で攻撃を続ける女性に呆れたような表情を浮かべながら、青年は問いかけた。

「それにしても、どうしたんだ?・・・おかしいじゃないか、君が身体を持っているなんて?」

その言葉に沙代子はギョッとした。

『・・・身体を持っているのがおかしい??』

少女が驚く気配を感じたのか、女性は口を開いた。

「・・・あいつの戯言は気にしないで。・・・心配しなくても、私は幽霊じゃないから。」

「何を言ってるんだ。限りなく同類のくせに。」

そう揶揄する青年に、更に鋭い手刀を叩き込む。青年の顔から、徐々に余裕の表情が消えて行った。

「このスピード・・・。私に本気を出させるとは。」

青年は眉間に皺を寄せながら詰問した。

「その身体。・・・一体何処で手に入れた?・・・君に加担しているのは誰だ!!」

女性は連続攻撃を繰り出しながら吐き捨てるように言った。

「さあね。あんたが知る必要はない!」

「フン!・・・気の強さは相変わらずか。・・・まあ、君が答えずとも、大体察しはつくよ。」

「・・・。」

青年は、ついにかわしきれなくなって、攻撃を受け止め始めた。

「先ほどの打撃でも解ったんだ。・・・それだけのモノを造れるヤツは限られるからね・・・。大方あの胡散臭いヤツの仕業だな。一度、我が主から制裁を加えていただかないとね。」

そうこうするうちに、周囲の誰かが通報したのか、サイレンを鳴らしつつパトカーが接近してきているようだ。

青年は、いささかげんなりとした表情を浮かべると、素早く身を翻した。

「全く、吾妻の時といい、肝心なところで邪魔が入る。・・・取り敢えずは、出直しさせてもらう。」

青年は、あっという間に野次馬の列に飛び込むと、その姿をくらましてしまった。

沙代子は、青年の去り際の言葉が妙に引っかかった。

『吾妻?』

ハッと見上げると助けてくれた女性も立ち去ろうとしている。

慌てて立ち上がると沙代子は呼びかけた。

「あ、あの・・・。」

女性は、微笑むと沙代子の耳元に口を寄せた。

「・・・後で、家を訪ねる。・・・あなたには話しておかなければならないことがあるから。」

「あ、あなたは?」

女性は、顔を離しながら言った。

「私は那須美月。・・・あなたの事をよく知る人間よ。」

そういい残すと、駆け寄る警官と入れ違うかのように走り去っていく。

『那須・・・美月・・・さん?』

沙代子は、問いかけてくる警官の質問も耳に入らずに女性の走り去った方を眺めた。

女性が名乗ったその名前、そして青年が言った名字は、彼女の心に懐かしさを呼び覚ましていた・・・。

 


 

沙代子がいた海岸から、約40km離れた沖の海底。そこにゴルゴムの海底神殿があった。

何の変哲もない岩塊の裏側に、高度に洗練された人工的な施設があろう事を知るものはいない。・・・そう、ゴルゴムのメンバー以外には。

今、その神殿の奥、本殿の直前に建てられた建造物の前に、先ほどの青年が立っていた。

その建造物は、それ自体も一つの神殿を成しているかのようだ。

中央に据えられた祭壇の奥には、大理石で作られた神像が祭られている。

・・・いや、神像と呼ぶには、いささか禍々し過ぎるかもしれない。

 

見開かれた二つの眼には金箔が張られ、異様さをかもし出すのに一役買っている。

頭部と思わしき部分は、まるで巨大な蛸をイメージさせる。

青年は、先ほどまで地上で見せていた表情から一変、神妙そうな表情でその場に跪いた。

「・・・戻ったか。」

不意に男の声が響く。青年は恭しく頭を下げた。

「は。仲嶋正成、ただいま戻りました。」

「・・・その様子では、また失敗したようだな。」

「申し訳ありません。」

「まあよい。・・・本殿に参れ。会わせたい者がいる。」

「は。」

仲嶋と名乗ったその青年は、声に促されるままに神像の前を離れ、本殿への参道をゆっくりと登り始めた。

 


 

本殿の内部は、その壮麗な外観とは対照的に何もない空間だった。

建物を構成する、柱、壁、屋根以外には調度品の姿は影も形もない。

それどころか、本来ならば神像が祭られるべき場所にすら、何も存在していないのだ。

単に巨大な祭壇があるのみである。

 

その祭壇の前に二人の人物がいた。白いローブを身に纏った男と、その人物の前に跪く神父姿の男。

仲嶋は神父の隣まで進むとその場に跪き頭を垂れた。

 

「顔を上げよ。」

ローブの男の声に二人が顔を上げる。そして二人同時に主の名を称え始めた。

「「我らが主、偉大なる剣の王・ナシュラム様に栄光あれ!!」」

痩身の神官、ナシュラムは軽く肯くと、二人に立つよう促した。

「サタンサーベルの探索にかかりきりだった為に、他の作戦をお前たちにまかせきりだった。・・・だが、うまく進めてくれていたようで安堵している。」

ナシュラムは、神父姿の男の手を取った。

「ヴェラド神父。秋月信彦と接触できたそうだな。」

「はい、手勢の何人かを失いましたが、秋月信彦の中に眠りし「月の王」の覚醒に成功いたしました。・・・今の秋月信彦は、人間と魔が微妙な均衡の上に存在する、極めて不安定な状態と言えます。」

「・・・本来ならば、シャドームーン様として復活していただく手はずであったが?」

神父の顔が曇る。

「御意。・・・何者かによる妨害工作により、半ば強制的に「月の王」が再び眠りに・・・。」

「何者かとは言うが・・・フッ、あやつしかおるまいよ。」

「・・・神官デルフィムですね。」

神父の言葉にナシュラムは肯いた。

「・・・あやつは何を企んでいるのか。・・・まあよい、神父は引き続きV−Virus計画を続行せよ。」

「はっ!」

ナシュラムは、次に仲嶋の方を見やった。

「仲嶋、お前の『死鬼女王計画』に必要な4人の娘だが・・・。」

「はい、一人ははるか過去に既に我が手に。残る3人は、宿命に導かれ、すでにこの地に集ってきております。・・・ただ、ここでもあの邪魔者の影が。」

ナシュラムは額に手をやると溜息をついた。

「・・・デルフィムか?・・・単にわれらを邪魔する事が目的ではあるまい。」

「私もそう考えています。最近では、ガホム様のみがあの男と会っていると聞きますが?」

ナシュラムは肯いた。

「その通りだ。・・・神官長が、何ゆえあの男を信用しているのか、それが解らん。」

ナシュラムはそういってしばらく考え込んでから、再び仲嶋に発言を促した。

「先ほど私の邪魔をした者は、明らかに常人ではありませんでした・・・。また、生のエネルギーを感じませんでした。おそらく、あれは・・・。」

仲嶋はある言葉を口にした。その言葉に神父は驚愕の表情を浮かべた。

「・・・にわかには信じられぬ話だな。私がかつて有していた錬金術師・魔道士にも、そのような事が出来るものは一人としていなかった。」

「だからこそ、ヤツの関与が疑わしいのだ。・・・ナシュラム様。私は今後どう行動すべきなのでしょう?」

ナシュラムは、口元に笑みを浮かべて言った。

「これまでどおり作戦を遂行せよ。」

「しかし、妨害については・・・。」

「その点については、私に考えがある。」

ナシュラムは、そう言うと、祭壇に施されたレリーフの一つを押した。同時に祭壇の中央に四角い穴が空き、何かが上昇してくる音がした。

「・・・私が、幾多存在する神殿のうち、何故この場所を拠点として活動しているか。・・・その答えがこれだ。」

「おお!!」

「こ、これは!?」

ナシュラム腹心の二人の男は、同時に驚きの声を上げていた。

彼らの目前には、頑丈そうな鎖が幾重にもまきつけられた巨大な棺が姿を現していた。

「・・・死したとはいえさすがは大神官。その封を破るのに1年近くを費やさねばならなかった。」

ナシュラムが棺に向かって手をかざすと、轟音を立てて鎖が砕け散った。

棺の蓋には、巨大な剣を構えた戦士の姿が描かれている。

ナシュラムは、満面の笑みを浮かべ棺に語りかけた。

「・・・もはや戒めは解かれた。目覚めよ・・・我が友よ。」

その言葉に呼応するかのように棺が揺れる。

その揺れは徐々に大きくなり、内部から蓋を突き上げるかのような振動になっていく。

そして、その振動が一際強まった時、ついに蓋がはじけとんだ。

 

濛々たる埃が舞い上がる。

棺の中から、何者かが立ち上がる。

全身を覆う分厚い甲冑。

人間ほどもある巨大な剣を背負ったその男は、しばし確認するかのように手を開閉した後、周囲を見渡した。

そして、そこにナシュラムの姿を認めた途端、唸るような声とともに祭壇から飛び降りるとナシュラムの肩を掴んだ。

慌てて割って入ろうとする二人を制すると、ナシュラムは甲冑の男に笑みを向けた。

甲冑男は、無造作に自らの兜を掴むと、帽子でも脱ぐかのような動作で脱ぎ捨てた。

兜の下からは、獣の猛々しさを具現したかのような顔が姿を現した。

放り投げられ地面に落ちた兜は、床に大きな穴を穿った。

ナシュラムは、その行動をとがめようともせずに微笑みを絶やさない。

みれば、甲冑男もまた笑顔でナシュラムの肩を叩いていた。

「・・・ようやく出れたぜ。・・・なんだ、神官みてえな服を着やがって?」

「神官なのさ。」

「神官??お前が??」

そう言った途端、男は爆笑し始めた。

「ガッハッハッハ!・・・こいつはいい。悪鬼の剣士、剣匠ルキゲニア様が神官とはな。」

ナシュラムはフードをずらし素顔をさらした。

「・・・あれから何年経ったと思う?・・・封じられる事態を避ける為の手段さ。なにせ俺は、お前や剣聖殿と違って、冷静だからな。恭順を貫くことで封印されずにすんだのさ。」

「フン。形だけの恭順を見抜けぬとは、創世王様や三神官共も、耄碌したと見える。」

男はそういうと、神父と仲嶋を見た。

「・・・こいつらが、新しい手下と言うわけか?」

「そうだ、我らの計画には欠かせぬ者たちさ。」

神父はいち早く跪き、仲嶋もそれに倣う。

「我が名はヴェラド。古き血、呪われし血脈の一族の長にございます。」

「同じく仲嶋。古き血、いと深き一族の長にございます。」

そして、二人の声が重なる。

「「復活をお喜び申し上げます。剣魔ロカリス様!!」」

剣魔ロカリスは、巨体を揺らし笑った。

「ふふ・・・よろしく頼むぜ。」

ロカリスは、ナシュラムを振り返った。

「で、ルキゲニアよ。古き二つの血統の者達を必要とするということは、剣聖は死んだのだな?」

ナシュラムは苦笑した。

「少々違う。この時代の世紀王の一人によって斬られたのさ、サタンサーベルでな。」

「ホウ。・・・じゃあやっぱり死んだんじゃねえのか?」

「あいつは、あれでも我らの首領だった男だぞ?ただ死ぬわけが無いだろう。」

その言葉に、ロカリスはしばし頭を捻った。が、やがて何かに思い至ったのか笑い始めた。

「ああ、なるほどな。それで『呪』と『深』の一族か・・・。」

「そういうことだ。」

ナシュラムは再びフードを被った。ロカリスは笑いを収めると口を開いた。

「で、この時期に俺の封印をといたという事は、何かやらせるつもりなんだろうが?」

ロカリスは背中の大剣を引き抜いた。数万年ぶりに外気に触れたその刀身は、神々しいまでの輝きを放っている。

だが、かつてこの輝きの前に血飛沫を吹き上げて惨殺されたものは数え切れない程存在するのだ。

「もちろんだ。」

ロカリスはさらりと答えるナシュラムに笑いかける。

「やれやれ、相変わらず人使いがあらいぜ。・・・で、何をすればいい。」

ナシュラムは懐から一枚の写真を取り出した。そこには一人の男が写っている。

「?・・・なんだ、この絵は。」

「・・・本当に外界へのチャンネルを開いてなかったのだな。剣聖殿は封印されていても外界の情報を得る事に貪欲だったぞ。」

「フン!・・・出られもせぬのに外の情報など知ってどうする。・・・そんな事よりこの絵の男は何だ?」

「我らの計画が完遂するまで、お前に足止めして欲しい男さ。」

その言葉にロカリスは驚き呆れた。

「・・・おいおい、何の冗談だ。こんな優男にぶつける為に俺を復活させたって言うのか?」

ロカリスは頭をバリバリと掻くと、背を向けた。

「待て、何処に行く?」

ナシュラムの制止に、ロカリスはめんどうくさそうに顔だけひねって友人を見た。

「阿保らしいから、昼寝でもさせてもらう。」

そういい残すと大股で歩き始めたロカリスの背に向けて、ナシュラムはある言葉を投げかけた。

「この男が剣聖を斬ったと言っても・・・お前は昼寝をしていられるのか?」

ロカリスの足が止まる。

「今、何と言った?」

駆け足で戻ってきたロカリスに、ナシュラムは笑いかけた。

「俄然やる気が出たようじゃないか?」

「当たり前だ。・・・そうか、この男が世紀王か。」

「・・・もっとも、現在はその力を完全に行使する事は出来んようだがな。・・・それでも、並みの改造人間を遥かに越える戦闘能力を有している。」

「・・・名前は?」

「秋月信彦。・・・世紀王シャドームーンだ。」

ロカリスは首をぐるりと回した。関節が音を立てて鳴る。

「面白いじゃねえか。・・・なまっている身体の準備運動代わりに遊んでやるとするか。」

「まあ程ほどにな。」

「で、こいつには何処に行けば会えるんだ?」

ナシュラムはチラリと仲嶋のほうを見てから答えた。

「すぐ近くまで来ている。・・・どうも、私の作戦の邪魔をしてくれたようなのさ。」

その言葉で、仲嶋はようやく自分を邪魔した青年こそが秋月信彦だった事を知った。

「・・・あ、あいつがシャドームーン様?」

呆然とする仲嶋を冷ややかに見詰めてナシュラムは言葉を継いだ。

「・・・相変わらず、何処か緊張感に欠けているのだよ、仲嶋。だから相手の実力を見誤るのだ。」

恐縮して畏まる仲嶋を一瞥すると、ナシュラムはロカリスに向き直った。

「くれぐれもやり過ぎぬようにな。シャドームーンを意のままに操る事が出来れば、我々の優秀な兵士に出来る。」

「フン。・・・まあ、気をつけはするさ。・・・だが、約束は出来んな。」

ロカリスは、そういうと唇の端を吊り上げた。

「つい力が入りすぎてしまう・・・なんてことはありがちだろう?」

ナシュラムは、苦笑を浮かべるとロカリスの傍らまで歩み寄り、その広い背中を小突いた。

「・・・まあ、任せる。せいぜい楽しんで来い。」

そして友人の顔を見上げる。

「久しぶりの戦闘をな。」

ロカリスは、不敵な笑みを浮かべて肯いた。

 


 

秋月信彦は、一人で海辺の小道を歩いていた。

 

その脳裏には様々な思いが渦巻いていた。

 

南光太郎の事。

妹である杏子の事。

また、かつての恋人・紀田克美のこと。

自分の中に眠る世紀王シャドームーンのこと。

そして、再び蠢き始めたゴルゴムという組織の事を・・・。

 

『・・・大々的に電波ジャックまで行ったにもかかわらず、ここしばらく大規模な動きがない。』

信彦は足を止めると海を眺めた。

『何かを企んでいるのは間違いない。それが表に出てきたものならば叩き様もあるが・・・。』

ため息をつくと、信彦は再び歩き出した。

『水面下で進む陰謀は察知しようが無いのが今の僕の実力か・・・。』

信彦は軽く頭を振ると、暗い考えを追いやり、替わりに一人の青年の顔を思い浮かべた。

『光太郎・・・。近くにいるのだろう?』

その心の問いかけに答えるものはいない。

『・・・やはり、僕の力だけでは限界がある。・・・あゆみが戦闘強化服で戦ってくれるとはいえ、たった二人では、やはり戦力としては不安が残る。・・・一刻も早く、ゴルゴムの手がかりを掴み、そして光太郎と合流しなければ。』

力強く握り締めた拳を胸の前に持ってきた信彦は、軽く目を閉じた。

『・・・光太郎。僕の存在を感じてくれ。・・・僕の声が届くならば、懐かしい声で答えてくれ!』

だが、その声に答えるものはいなかった。

苦笑を浮かべた信彦だったが、不意にその表情を引き締めると前方を凝視した。

「・・・何だ?」

そこには、全身を分厚い甲冑で覆い、ただ精悍な顔のみを晒した長身の男が立っていた。

男は、ゆっくりと信彦の方に歩いてくると、気さくに話しかけた。

「よう!暑いな。」

「は・・・はぁ。」

信彦は、男から発せられた言葉に呆気に取られた。

『・・・その恰好じゃ、確かに暑いと思うが。』

男は、いぶかしげな表情で見つめる信彦を気にした様子も無く更に近づいてくる。

「・・・俺の故郷も夏は暑かったもんだが、日本の夏はまた格別の暑さだな。」

男は笑みを浮かべると信彦の行く手をさえぎるようにして立ち止まった。

「・・・失礼します。先を急ぎますので。」

信彦は、係わり合いになることを避ける為に、勤めて無関心を装いながら男の傍らを通り抜けようとした。

『・・・最近、ああいった扮装で練り歩く事を好む人たちがいると聞いた事はあったが。』

男は、傍らを通り過ぎた信彦に向かって呟いた。

「やれやれ、世紀王殿はせっかちでいかんな。」

信彦は驚いて振り返った。男は淡々と話し続ける。

「なあ、このじっとりとした空気は戦場の空気に似ているとは思わんか?・・・なあ?」

その言葉が終ると同時に、信彦は男の身体から闘気が膨れ上がるのを感じた。

思わず吹き飛ばされそうになるその闘気の奔流に抗いながら信彦は叫んだ。

「ゴルゴムか!!」

身構える信彦を、楽しそうに見つめながら、男は背中に背負った大剣を引き抜いた。

「・・・その通り。俺の名はロカリス。太古の昔『剣魔』と恐れられた男だ!」

「剣魔?」

その響きに、信彦は、かつて自分が、・・・いや世紀王シャドームーンが切り倒した男のことを思い出していた。

その表情を見やってニヤリと笑うと、ロカリスは剣を振りかざしながら信彦へと近づいてきた。と、不意にその巨体が跳躍したかと思うと凄まじい斬撃を放ってきた。

「くっ!」

信彦は、わずかに身を捻ってその一撃をかわす。

だが、恐るべき刃によって巻き起こった剣風により生じた衝撃波が、信彦の頬に鎌鼬のような傷を刻み付ける。

数瞬遅れてそこから鮮血がにじみ出てきた。

「ふ・・・クックック・・・ハーッハッハッハ!!」

ロカリスは豪快な笑い声を上げると、大剣の切っ先を信彦に向けた。

「どうした?世紀王シャドームーン。まさか、これしきの稚技で怖気づいたなどといわないでくれよ?」

信彦は頬から流れる血をぬぐうと、ロカリスをにらみつけた。

「・・・怖気づいたりするものか。」

信彦はそのまま独特の構えを取る。

「ほう、やる気になってくれたようで嬉しいぞ。シャドームーンよ。」

にやけた笑みを浮かべたままのロカリスに信彦は叫んだ。

「まずは、訂正してもらおうか!・・・僕はシャドームーンじゃない。・・・秋月信彦、仮面ライダーシャドウだ!!」

「戯言だな・・・どう取り繕おうが、貴様は俺たちと同じ。ゴルゴムの同類さ!!」

「戯言かどうかは、・・・戦ってその身で知るがいい!・・・いくぞ!!」

信彦は変身ポーズをとりはじめた。

「変・・・・身!!」

信彦の腰に現れた変身ベルト『シャドーチャージャー』の中央部から緑光が迸る。

バッタ怪人の姿を経て、銀色の装甲がその体表を覆っていく。

 

「おおっ!?」

ロカリスはその姿を目の当りにし、喜びの声を漏らした。

眼前で変身している男は、数万年ぶりに彼が戦うのに申し分ない存在であると確信したのだ。

「・・・いいぞ、実にいい。」

 

変身を完了した銀の戦士が叫ぶ。

「仮面ライダー・・・・シャドウ!!」

 

「フフ。・・・見掛け倒しということはないだろうな?」

ロカリスは大剣を構え直した。

「存分に俺を楽しませろ!!」

シャドウは無言で鋭いパンチを放つ。その稲妻のごとき突きを、ロカリスは剣の平で受け止めた。

甲高い金属音が辺りに響く。

それをきっかけとして、周囲から雑音が消えて行った。

セミの声すら止んでしまった。

 

人々は、異様な空気を感じ、この場に近づくのを無意識下で忌避した。野良犬や野良猫・・・鴉たちも同様だった。セミや虫たちも異常を察し逃げ散って行ったのだろう。

 

真夏の白昼に、戦士二人が奏でる戦いの旋律、そして波の音のみが、観客のいない舞台で奏でられていた。


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