第16話 永劫の刻を生きる者達(後編)
明確な『上下』『前後』『左右』がない、不安定な空間。
時折乳白色の霧のようなものが流れるその空間で、三人の『黒き太陽』が対峙している。
『・・・アルシエル?』
仮面ライダーBLACKは、突如として出現した、その黒き戦士を凝視した。
その場に存在するだけで、にじみ出てくる、凄まじいばかりのエネルギーの迸り。
だが、不思議なことに威圧感のようなものは感じない。そこから感じられるのは眩いばかりの気品、そして穏やかなそよ風のような力だった。
『・・・アルシエルだと?』
ブラックサンは、眼前の戦士から、竜巻のごとく吹き出される圧倒的なまでの威圧感に半歩ほど後ずさった。戦士の体全身から溢れる様な闘気に、軽い金縛りのようなものを感じていた。
何よりも、全身から醸し出される気品に気圧されていたのだ。
奇妙なことに、二人のブラックが感じた印象には違いがあった。
ただ一つだけ、戦士から高貴なオーラを感じたことだけは共通していた。
「・・・まさか、5万年の時を経て、再び戦いの場に赴くことになろうとは思わなかった。それにしても・・・。」
アルシエルは、BLACKとブラックサンを交互に見つめた。
「・・・相変わらず、同じ歴史を繰り返しているのだな。愚かしいことだ。」
アルシエルはため息と共にそう呟いた。
「だが、まさかこの時代の世紀王もまた、ゴルゴムと対峙する運命にあったとは驚きだな。・・・ならば、世紀王が越えねばならぬ試練、この私が導いてやろう。」
何もかも解っていると言いたげなアルシエルの様子に、ブラックサンは怒りを覚えていた。
『貴様!一体何者なのだ!!』
アルシエルは、ブラックサンのその言葉を無視してブラックに語りかけた。
「君がゴルゴムと対決した戦士か?・・・南光太郎くん。」
BLACKは思わず頷いていた。
『おのれ!どこまでもこの私を愚弄するのか!!』
アルシエルは拳にキングストーンのパワーを集中させアルシエルへと殴りかかった。
鋭い拳がアルシエルの胴体に突き刺さる・・・かのように見えたが。
『!!・・・なんだと??』
ブラックサンのパンチは、アルシエルに触れるか触れないかの微妙な距離で、淡い輝きに遮られていた。
「・・・やれやれ、未熟な技だ。しかもこれしきの防御術で驚くとは。」
アルシエルは、素早い裏拳をブラックサンの顔面に叩き込んだ。
「!?」
ものすごい勢いで吹き飛ばされたブラックサンは、倒れたまま動かなくなった。
あっけに取られるBLACKに、アルシエルは向き直った。
「これで、しばらくは静かに話せるだろう。・・・どうした?」
『い・・いえ。あなたは一体??』
アルシエルはフッと笑みをもらした。
「先程も言っただろう?太陽が月を食む日に生を受けし運命の王子。」
『それは・・・つまり先代の世紀王??』
アルシエルは頷いた。
「そう、そして自らゴルゴムと対決することを選んだ、組織の裏切り者でもある。」
『あなたも!?』
アルシエルはBLACKの肩に手を置いた。
「君の記憶は探らせてもらった。・・・すまない。」
『何故謝られるのです?』
「・・・私が、5万年前にゴルゴムの打倒を果たしていれば、君が、そして君の親友が、新たな世紀王として修羅の道を歩まずにすんだのだ。・・・そして多くの人が苦しむことも無く、悲しみの涙を流すことも無かった・・・。」
アルシエルは、深く頭を下げた。
『・・・頭を上げてください。今となっては過去を悔やんだ所で仕方ありません。それよりも、何故あなたが今ここに存在しているのか。・・・そして僕の身に一体何が起こっているのか。・・・それを教えていただけませんか?・・・何か御存知なのでしょう!?』
アルシエルは顔を上げた。
「君の身に起こっていることを説明するのは簡単だ。・・・ゴルゴムは、世紀王候補者を改造する際、その意識に細工を施す。」
『細工?』
「そう、ゴルゴムの新たなる支配者に相応しい者を誕生させる為の細工だ。負の感情の増幅。攻撃性の強化。・・・元来人が有する闇の部分を極限まで引き出し、新たなる人格を生成する。それが・・・。」
アルシエルは倒れ伏すブラックサンを指差した。
「あのもう1人の君だ。」
BLACKは呆然とした。
『もう1人の・・・僕?』
「そうだ。しかしその人格が表に出ることは無かった。手術が不完全だったことも幸いしただろうが、何よりも君は自らの信念がずば抜けて強かったのだな・・・もう一つの人格を押さえ込むことに成功し、世紀王ブラックサンではなく。BLACKとして覚醒した。・・・いや、仮面ライダーと言うのかな?」
アルシエルは両手でブラックの肩を掴んだ。
「だが、その後がまずかった。君はもう一方の人格を抑圧し続けた。・・・体内のエネルギーバランスが正常な時ならばそれでも問題なかったろう。しかし、君は創世王継承の儀を粉砕し、太陽黒点消滅後も生き残ってしまった。」
アルシエルの声が低くなる。
「かつての私もそうだったが、世紀王となるものは、通常の怪人とは異なり、独特の調整が行われる。すなわち、期間を限定することで驚異的な力を最大限に行使できるような調整だ。・・・本来はそれでも問題は無い。二つのキングストーンを得、新たな創世王となった時点で世紀王時代を遥かに上回るパワーを手にし、全く別の生命体へと進化するからだ。」
BLACKは、かつて杏子に語った仮設が真実であったことを知った。
『・・・うすうすは感じていました。・・・やはり。』
「光太郎くん。君は未熟だが素晴らしい力を秘めている。世紀王としての寿命はとうの昔に尽きているはずにも関わらず、未だに生きながらえている。この試練を乗り切りさえすれば、更なる力を手にすることができるはずだ。・・・それはすなわち、寿命と言う枷を取り払うことでもある。」
BLACKは頷いた。
「僕はまだ戦うことができるのですね。・・・再び世界を闇に帰そうとしているゴルゴムの魔の手と。」
いつしかBLACKの声もはっきりとしたものへと変化していた。
「そうだ。・・・君は、これまで何も知らぬまま、独力で自らの力を引き出し戦ってきた。それは驚くべき戦闘センスだが、まだまだ常識に縛られている。・・・これから私が、君が持つ真の力を引き出すきっかけへと導いてあげよう。・・・だから。」
アルシエルはBLACKの両肩を掴む手に力をこめた。
「必ず終わらせてくれ。太古より続いたゴルゴムとの戦いの歴史を!」
BLACKは力強く頷いた。
「どうやらうまくいきそうだ。光太郎くんはもう大丈夫だろう。」
光太郎の心象風景を映し出したモニターを見ながら、デルフィムは満足そうに頷いた。
その様子を見て、杏子は少しだけ安堵しながらも不安感を完全に拭うことはできなかった。
デルフィムは、自分の横顔を見つめている杏子に気づき苦笑した。
「心配しなくても、光太郎くんは復活するよ。・・・今の状態なら99%以上の確立でね。・・・私の言葉が信じられないのも無理ないだろうが。・・・ま、すぐに解るよ。」
杏子は不安げな表情のままで口を開いた。
「あなたは一体何をたくらんでいるの?・・・何故敵を強くするようなことをしているの?」
デルフィムは肩をすくめた。
「目的は秘密♪・・・まあ、君の危惧だけど、一つだけ安心させてあげるよ。」
デルフィムは椅子から立ち上がると、杏子の傍らに歩いてきた。
「私と光太郎くん・・・仮面ライダーBLACKとは敵にはならない。・・・もっとも彼がどう思うかは解らないがね。少なくとも私からは、彼を敵にしようとは思っていない。」
「敵・・・じゃない?」
デルフィムはクスッと笑った。
「ただ誤解しないで欲しいのは、敵じゃないものは味方・・・なんて訳ではないからね。断言するけど、私は彼の味方じゃぁ無い。」
デルフィムは満面に笑みを浮かべると足取りも軽く、再び自分の椅子に腰を下ろした。
そして、そこから杏子を見下ろして言った。
「まあ、あれこれ考えすぎないことだね。所詮この世はなるようにしかならない。」
『もっとも、このくだらない世界を楽しませようとする脚本家はいるかもしれないがね。』
デルフィムは心の中でそう呟くと、モニターに視線を戻した。
「光太郎くん。まず何よりも大事なのは、自らの半身を拒絶しないことだ。多少ゴルゴムの手が加えられているとはいえ、あれは元々君の生み出したものなんだ。」
「・・・しかし。」
「解っているはずだよ。君の中にも負の感情は存在する。それは改造前にはもっとはっきりとした形であったはずだ。・・・改造後の君は、決して闇に落ちまいと、自らを厳しく律してきた。それではいけないのだ。」
アルシエルはいまだ倒れたままのブラックサンを指差した。
「自らの半身を拒絶したままでは、真の力を得ることはできない。・・・彼を拒むのではなく、受け入れるんだ。・・・消滅ではなく、同化を願うんだ。」
BLACKは頷いた。
・・・と、ようやくブラックサンも体を起こした。
「・・・く・・・油断した。アルシエルとやら、今度こそその小癪な存在を滅ぼしてくれる!!」
ブラックサンもまた輪郭をより強固にしている。
「まて、・・・お前の相手はこの僕だ!!」
ブラックサンは忌々しげにBLACKを見た。
「戯けが。消えかかっていた分際で何ができる。」
「お前を・・・お前を吸収することだ!!」
「何だと?・・・気でも違ったか??」
BLACKはファイティングポーズをとった。
「僕はもう迷わない。・・・自分の心にある、あらゆる部分から目をそらさない!!」
その迫力に、ブラックサンは一瞬たじろいだ。
「・・・チッ。・・・・面白い、やれるものならやってみるがいい!!」
二人の黒き戦士は同時に跳躍した。
鋭い蹴りが宙で激突する。
吹き飛ばされたのはBLACKの方だった。即座にアルシエルの叱咤が飛ぶ。
「キングストーンパワーは攻撃の為のみの力に非ず。先程の私を思い出せ!!」
BLACKはハッとなった。
「そうか!」
「何をごちゃごちゃ言っている。食らえ!」
キングストーンの赤き光を纏った拳が振り下ろされる。BLACKはその攻撃をまともに胴で受けた。
「・・・ヌゥ・・・これは!?」
炸裂したはずの真紅の拳は、淡く輝く赤色光によって押し戻されている。
「出来た・・・のか?」
思わず呟くBLACKにアルシエルが叫ぶ。
「呆けている暇は無い。次の攻撃が来るぞ!」
その声にハッとしたBLACKは身をひねる。そのすぐ脇をブラックサンの膝蹴りが掠める。
「馬鹿な・・・貴様ごときに!!」
ブラックサンは即座に間合いを取ると、その右腕から紫電を放った。
禍々しき稲妻は、ブラックの体に突き刺さりその体内を駆け巡る。
「うわーーーっ!!・・・こ、これはシャドームーンが使っていた攻撃??」
ブラックサンが押し殺したような低い声で笑う。
「クックック・・・貴様よりも私が優れている証だ。死ね!BLACKよ!!」
苦痛のあまりのたうつブラックの耳に再びアルシエルの叱咤が飛ぶ。
「惑わされるな。そして常識に捕らわれるな。キングストーンの力は身体の強化のみに使うものではない!・・・その無尽蔵の力を、超破壊エネルギーとしても用いることが可能だ!・・・君にしか出来ないエネルギーの発現を見せてみろ!!」
BLACKは激痛に呻きながらその言葉を理解しようと努めた。
「ぼ・・・僕にしか出来ない?」
BLACKは激痛に耐えながら立ち上がると、体内で無秩序に循環していたキングストーンのエネルギーを一点に集中し始めた。
徐々に高まっていくエネルギーと反比例するかのように、体内で荒れ狂う、ブラックサンからの電撃が威力を弱めていく。
「な・・・押されているだと?」
一瞬ブラックサンの心がたじろいだ。
その瞬間、アルシエルの叫びが響き渡った。
「いまだ、放て!!」
「おおーーーーーっ!!!!!」
BLACKは雄たけびと共に力を放出した。
額の単眼から眩い光が放たれる。
それは一条の光の矢となり、ブラックサンのベルトを射抜いた。
その様子を見てデルフィムは軽く頷くと手を挙げた。同時に心象風景を写していたモニターから映像が消える。傍らのモニターには、相変わらず変身したまま微動だにしないブラックサンの姿と、その前に置かれた箱が映し出されている。
「やれやれ、後はもう大丈夫だろう。」
デルフィムは椅子から立ち上がると部下の一人を呼び寄せた。
「光太郎が元の姿に戻ったら、念のために検査をし、異常が無ければ秋月嬢と共に解放して差し上げろ・・・そうそう、バトルホッパーも一緒にな。」
「了解いたしました。」
デルフィムは杏子の傍らに歩いてくると軽く頭を下げた。
「申し訳ないが、私はここで失礼するよ。ちゃんと見送れないのは残念だが、こう見えても何かと忙しい身でね。・・・きちんとあの別荘まで送り届けるように命じておくから安心してくれたまえ。」
そう言って微笑むと、呆気に取られる杏子を残したままさっさと部屋から出て行ってしまった。
『・・・何なのかしら?・・・本当にゴルゴムなの・・・あの人は??』
BLACKは、自らの足元に倒れ伏すブラックサンを見つめた。その体は徐々に輪郭をぼやけさせつつある。
『・・・口惜しいぞBLACK。・・・余計な邪魔さえ入らなければ、この私こそが帝王として君臨できたものを・・・。』
「ブラックサン・・・。」
『・・・また・・・暗黒の深遠へと閉じ込められるのだな・・・。』
BLACKは、アルシエルの方を見た。アルシエルはBLACKに頷きかける。BLACKもまた頷くと、ブラックサンの傍らにしゃがみこむ。
「・・・もう、君を暗黒の中に置き去りにはしない。共に行くんだ。僕と。」
ブラックサンはBLACKを凝視した。
『何?』
BLACKはゆっくりと南光太郎の姿に戻る。ブラックサンもまた光太郎の姿へと戻っていた。二人の光太郎は互いを見つめ、やがてどちらからとも無くその手を重ねた。
「共に・・・南光太郎として。仮面ライダーBLACKとして。」
『そしてまた・・・世紀王ブラックサンとして・・・。』
一瞬二人の光太郎が透き通ったかと思うと、存在が交じり合い、一人の光太郎として再び像を結んだ。
ゆっくりと立ち上がる南光太郎。振り向くと、そこには黒き戦士が立っている。
「・・・見事だ。これで君は真の力を得るための準備が整った。」
「あなたのお陰です。古の黒き戦士よ。」
光太郎はアルシエルに右手を差し出した。
「・・・この世界での挨拶だったな。」
アルシエルはそういってフッと笑うとその手を握り返した。
「・・・だが、あくまできっかけだということを忘れるな。真の力を引き出せるかどうかは、これからの君しだいだ。」
光太郎は頷いた。アルシエルもまた頷き、光太郎の手をそっと離した。
「アルシエル・・・。」
「おそらく、もう君と会うことはあるまい。私には、間もなく封じられ停止していた5万年の月日が一気に押し寄せてくるだろう。・・・ようやく転生の輪の中に戻ることが出来る。この日をどんなに待ち望んだことか。」
アルシエルはそういうと光太郎に背を向けた。
「最後に、これだけは忘れないでくれ。限界を決めるのは自分自身だ。あらゆる可能性を考えろ。先入観を捨てろ。自らの力を信じれば、君はどこまでも強くなれる。」
アルシエルの体が、徐々に透明になっていく。
『どこまでも・・・。遥かなる高みにまで・・・。』
光太郎は叫んだ。
「アルシエル!・・・最後に教えてください。・・・あなたの本当の名は?」
アルシエルはかすかに振り返った。
『Nirusu・・・。』
光太郎はアルシエルが消え去る瞬間に、一人の青年の姿に変わった気がした。
「光太郎さん!?」
秋月杏子が見守る中、ブラックサンは仮面ライダーBLACKの姿となり、やがて南光太郎の姿へと戻る。
彼の前に置かれた箱は、再び床下へと収納されその姿を消した。
モニターには、駆け寄る医療スタッフの姿が映っている。
「光太郎さん・・・。」
祈るように手を胸の前で組み合わせていた杏子の肩を、優しく叩く手があった。
杏子が振り返ると織田が立っていた。
「さあ、光太郎さんの下に案内します。行きましょう。」
杏子は頷くと織田の後について歩き始めた。無論バトルホッパーもまたその後を追う。
案内された先では、光太郎がベッドに横たわっていた。
とても穏やかな表情で眠っている。
「診察の結果、特に異常は無いようです。明日の午前中には最終の検査結果が解ります。その結果が異常無ければ、すぐにでも解放いたします。もうしばらく御辛抱ください。では、私はこれで・・・。」
「待って!」
立ち去ろうとした織田を杏子は呼び止めた。
「・・・何か?」
「・・・あなたは・・・あなたは悪い人には見えない。どうしてゴルゴムに?」
織田は、ゆっくりと振り向き、横たわる光太郎と、こちらを見ている杏子、そしてバトルホッパーを見た。
そして静かに話し始めた。
「・・・信念があるからです。」
「信念?」
「はい。・・・南光太郎が仮面ライダーとして戦うのも、あなたが彼に寄り添っているのも、信念があるからでしょう?・・・私も同じです。」
織田はそれだけを言うと一礼し部屋から立ち去った。
夜明けの海岸を歩く一人の少女がいる。彼女は海を見つめ、時々身震いをして自らを二の腕で抱きしめている。
「・・・忘れられるはずなんて無い。・・・あんな怖いこと・・・。」
少女の名は、南沙代子。
以前、ゴルゴムが中央線ジャック事件を起こしたときの被害者である。
あのときの恐怖は、未だに少女の心に暗い影を落としていた。
同時に、あの時自分を救ってくれた優しい声と、輝く銀色の異形の戦士の記憶も、鮮明に心に焼き付いている。
この戦士の記憶があるからこそ、少女は絶望せずに生きていられるのだ。
「仮面ライダー・・・。」
少女はそう呟くと、長い髪をなびかせながら、祖母の家への帰路についた。
JR小浜駅。
定刻どおりに到着した列車から、一人の女性がホームに降り立った。
不思議な印象を与える女性だ。
年齢は20歳を過ぎたぐらいだろうか、何処か淋しげな印象の美人である。
改札を出たその女性は、手持ちのカバンから白い帽子を取り出して目深に被った。
「キャッ!?」
突如聞こえた悲鳴に女性は歩き出そうとした足を止めた。ゆっくりと視線をめぐらすと、少し離れた場所で、転んでいる少女の姿が目に入った。
「イテテ・・・。もう、どうしてこんな何もないところで転んじゃうのかなぁボクって。」
少女は、恥ずかしさと怒りが半々ぐらいの表情でプッと膨れている。
と、そこにスッと白い手が差し出された。
「大丈夫?」
少女はキョトンとした表情になって、その手の主を見上げた。
白いブラウスとスカート。そして同様に白い帽子を被った美しい女性に、少女は一瞬その美しさに見とれた。
『キレイ・・・。』
微笑を浮かべて手を差し伸べていた女性もまた少女の顔を見て、一瞬不思議そうな顔で少女を見つめ返した。
そして再びニッコリと微笑んだ。
「あ、ありがとうございます・・・。」
少女は女性の手を取って体を起こした。そしてデニムスカートに付いた汚れを払うと、ぴょこんと頭を下げた。そして照れたように笑う。
女性もつられて笑うと、口を開いた。
「お一人かしら?」
「はい、学校が夏休みなのでちょっと一人旅なんかしちゃおっかな・・・なんて思って。」
「そう・・・。高校生?」
「はい。・・・あの、お姉さん・・・どこかでお会いしたこと無いですか?」
少女の問いかけに女性もやや戸惑ったような表情を浮かべてから答えた。
「多分会った事はないと思うのだけれど・・・。実は私もあなたに会ったことがあるような気がしてならないの。・・・どこか、ずっと昔に。」
しばらく二人は見つめあった。
そんな二人の様子に、行きかう人々は何処か不思議そうな視線を向けてから過ぎ去っていく。
深窓の令嬢といった雰囲気の女性に対し、ボーイッシュで活発そうな印象の少女。
全く正反対のタイプの二人であるにもかかわらず、何故かこの二人からは同質の何かを感じられるのだ。
女性は、ニッコリと微笑むと、少女に話しかけた。
「あなたは、今日これからどこに行くか予定があるの?」
「えっと・・・実はあんまり決めて無くって、古い建物とか言い伝えのあるようなそんな場所を巡ろうかな・・・なんて。」
女性の目が優しく細められる。
「昔話とかに興味があるのね。」
少女は照れながら言った。
「えっと・・・やっぱり変ですか。女の子がそういうのに興味示すのって。」
女性は頭を振った。
「そんなことは無いわ。昔のことを知るのってなんだか素敵じゃない。」
「素敵・・・ですか?」
「そう、とってもね。・・・そうだ、私はこれから小浜神社に向かおうと思っていたのだけど、良かったら一緒に行きません?」
「小浜神社ですか?」
「そう、お城の跡もあるそうよ。」
「お城・・・。」
少女は少し考えた後遠慮がちに言った。
「あの・・・ほんとに御一緒して良いんですか?」
女性は優しい表情で頷いた。
「私の名前は峰雪愛美。あなたは?」
「ボクは、小林彩乃です。」
少女は笑顔でそう答えた。
二人は、移動中のバスの中で色々と言葉を交わした。
「実は、昔話とか妖怪とか、そういうのを好きなのはボクの幼馴染なんです。」
「幼馴染・・・。もしかして男の子?」
愛美の言葉に彩乃の頬がやや赤く染まる。
「えっと・・・その・・・そうですけど。」
笑顔で見つめる愛美に彩乃は慌てて言葉を継いだ。
「ほ、ホントに、なんか違うというか、その完璧、まるっきりただの単なる幼馴染ですから!」
そのあまりの慌てぶりに愛美はついに声を上げて笑い出してしまった。
「ま、愛美さ〜ん。」
顔を真っ赤にしながら情けない声を出す彩乃に愛美は微笑みながら謝った。
「ごめんなさいね、笑ったりして。その男の子は一緒の学校に行ってるの?」
「ボクの学校・・・女子校なんです。・・・それに・・・。」
彩乃はふと淋しげな表情を浮かべた。
「そいつ・・・いますごい遠くにいるんです。・・・あ、死んじゃったとかじゃなくって、ホント遠くにいるんです。」
「そう・・・。」
愛美はそっと彩乃の手を取った。
「愛美さん?」
愛美は少し淋しそうな笑みを浮かべるとゆっくりと話し始めた。
「彩乃ちゃん、実は私にもね、幼馴染がいるの。・・・そして、私が丁度彩乃ちゃんぐらいの年の頃にね、その人がやっぱり凄く遠くに行ってしまって。」
彩乃は黙って愛美の話を聞いていた。
「私達は凄く愛し合っていた。彼が遠くに行ってしまってから、凄く淋しくてほんとに何度泣いたか解らないくらい。まるで暗闇に取り残されたような不安な気持ちで暮らしてたの。」
「愛美さん・・・。」
「でもね・・・。」
愛美は淋しげな表情から一転、強い決意を秘めた表情に変わった。
「あるときからこう思うようになったの。きっとまた会える筈。だからまた会えるときまで、私は力強く生きて行こうって。たとえどんなことがあろうと負けない。そして彼がビックリするぐらいに、どんなときでも、いつでも綺麗でいようって。」
彩乃は愛美の手をキュッと握り締めた。
「大丈夫です!愛美さんとっても綺麗です!女の子から見てもすっごく!!」
愛美は彩乃に笑みを返した。
「ありがとう彩乃ちゃん・・・。実はね、もしかするとその彼に会えるかもしれないの。・・・だからこの小浜にやってきたの。」
「そうなんですか?」
愛美は頷いた。
「今日会えるか・・・明日会えるか解らない。・・・でも必ず会える筈。もうすぐ。きっと・・・。」
彩乃はそういって窓の外を眺める愛美の横顔を見つめながら、不器用な幼馴染のことを思い出していた。
「それでは、私はこれで。」
光太郎と杏子を別荘地へと送ってきた織田は、二人に向かって軽く頭を下げると、車に乗り込んだ。
「待ってくれ。」
光太郎の言葉に、織田はサイドウィンドーを下ろして顔を出した。
「もう用はないと思いますが。」
「君たちの・・・。」
「目的やデルフィム様のことについての御質問ならば、一切お教えできません。」
「では、アルシエルについてなのだが・・・。」
「既に彼の役目は終わりました。その身柄は既にデルフィム様の手を離れたと聞いています。それ以上は私には解りかねます。」
「・・・そうか。」
「では。」
織田はそう言うと軽く頭を下げ、車を発進させた。
遠ざかっていく車を凝視する光太郎。
杏子は光太郎の手をそっと握った。
「光太郎さん・・・。」
光太郎は杏子に微笑みかけた。
「・・・杏子ちゃん心配をかけたね。・・・でももう大丈夫だから。」
「一部始終を見ていたわ。・・・もう苦しむことは無いのね。」
「ああ。」
光太郎は力強く頷いた。そして、真剣な顔で杏子に語りかけた。
「杏子ちゃん、信彦を探そう。」
「お兄ちゃんを!?」
光太郎は驚く杏子に頷きかけた。
「ブラックサンと融合した僕には、微かだけど信彦の放つ波動のようなものが感じられるようになったんだ。・・・多分、信彦は僕と違ってシャドームーンが表に出ている時間が長かったから拒絶反応は少ないと思う。」
「・・・光太郎さんは、お兄ちゃんが元のお兄ちゃんに戻っていると思っているのね?」
「ああ、間違いないと思う。でも、融合が完了しているかどうかは解らない。・・・もし、単に封じているだけならば、信彦も真の力を発揮できないはずなんだ。」
光太郎は静かな森の木立を見上げた。
「ゴルゴムの残党は僕が想像していたよりもずっと恐ろしい存在なのかもしれない。・・・創世王、三神官がいなくなってから、組織的な戦略は逆に先鋭的になってきている気がするんだ。」
光太郎が右拳を左掌に打ち付けると、パンと言う乾いた音が森の中に響き渡る。
「僕一人では駄目なんだ。絶対に信彦の力が必要になる。」
「・・・本当にもとのお兄ちゃんに戻っているのかしら?」
「大丈夫!・・・僕らが信じなきゃ!・・・きっとあいつならなってくれると思うんだ。」
光太郎は自らの腹部にそっと手をやった。その奥には、超パワーを秘めたキングストーンが眠っている。この世界のどこかにいるであろう、秋月信彦の体内にもまた・・・。
「きっとなってくれる。もう一人の仮面ライダーに!」
力強い光太郎の言葉に、杏子も頷いた。
運命に翻弄された二人の青年。南光太郎と秋月信彦。
二人が巡り合う時が、刻一刻と近づきつつあった・・・。