第15話 永劫の刻を生きる者達(中編)


夏本番までもうあと僅か。

夕刻とはいえ、まだまだ十分に明るい。

熱気を含んだ風が吹き抜ける海岸に、その少女は立っていた。

 

美しい黒髪が、風に舞う。

10代後半位に見えるその少女は、その年齢にしては珍しく、ひどく落ち着いた、神秘的な雰囲気を身に纏っている。

その不思議な魅力に引き寄せられるかのように、何人もの男達が声をかけようとするものの、少女のすぐ後ろに付き従っている背の低い初老の男が睨みを効かせると、すごすごと退散していく。

 

少女は、もうずいぶんと長い間海を眺めている。

その瞳に、深い悲しみを湛えて。

 

日が完全に没し、街灯の灯りがその役目を発揮するようになった頃に、初老の男が口を開いた。

「おジョウ様。・・・そろそろおカエリになりまセンと・・・。」

独特の抑揚で話す、老人の言葉に少女は頷くと、振り返った。

「・・・そうね。・・・帰りましょう。」

老人に向かって微笑んだ少女の表情が、唐突に凍りついた。

「おジョウ様?」

老人は少女が凝視する方向に振り返った。

「・・・あレは!?」

少女の視線の先には、一人の青年の姿があった。老人は少女を背中に庇うかのように、青年との間に立ちはだかった。

青年は、意に介した様子も無く、ただ微笑んでいた。

人のよさそうな・・・それでいて、何処か歪んだ印象を受ける微笑・・・。

青年は、ポケットに手をつっこむと、ゆっくりと二人の方に歩き始めた。

 


 

「デルフィム様。結界装置の出力は安定しています。」

白衣の男が、いささか緊張気味に報告する。

デルフィムは、軽く頷くと、開ききった箱の中を覗き込んだ。

そこには、異形の人影が横たわっていた。

 

硬質で、黒光りする装甲。紅玉のような複眼。鋭く突き出された一対の触角。その中央に位置する単眼。

 

その姿は仮面ライダーに酷似している。だが・・・。

 

デルフィムは、視線をその人物の腰部へと移した。

そこには、仮面ライダー同様に、銀色に輝くベルトがある。しかし、その中心部は無残に抉り取られていた。

 

「・・・お目覚めですか、アルシエル様。」

異形の人物は、僅かに身じろぎするとデルフィムを見上げた。

「MMMMZZZSZZLL!!」

解読不可能な言葉で話す異形に苦笑を返しながら、デルフィムは異形のベルト部分に手をかざし、何事かを唱えた。

その瞬間、デルフィムの掌から赤色光が発せられた。その光は、ベルトの中央部に紅玉の幻影を浮かび上がらせた。

「・・・これで話が通じるはず。」

「貴様ら・・・ゴルゴムか?・・・貴様らと話をすることなど・・・。」

デルフィムは肩をすくめてみせた。

「やれやれ、目覚めるなり悪態とはお元気なことだ。」

「ふざけるな!・・・敗れ去った私は輪廻の輪の中へと戻るはずだったのだ。・・・それを無理やりにこのようなものの中へと縛りつけ、現世へと無理やり繋ぎとめたのではないか!!」

「・・・貴方には、やってもらわねばならないことがあったのでね。・・・いずれ、新たなる創世王の為の贄となって頂くという大役がね。」

その言葉が終わると同時に、何かが軋む様な音が室内に響く。

「いやいや、そんなに力まれても無駄ですよ。貴方が死してより5万年の月日が経過しているのです。あの頃よりも遥かに強力な結界が貴方を縛っていますからね。」

「おのれ!!・・・クッ・・・情け無い。死してなお邪悪に屈するという屈辱を味わうとは・・・。」

デルフィムは微笑むとアルシエルに語りかけた。

「まあ、そう興奮なさらずに。・・・これから我々が、貴方にお願いすることは、必ずしも邪悪なことではありませんから。むしろ・・・。」

デルフィムはアルシエルの耳元でささやいた。

「・・・貴方の意に沿うことだと確信していますよ。私はね。」

「貴様・・・一体何者だ?」

デルフィムは笑みを浮かべたまま顔を離すと頭を掻いた。

「なあに、いつの時代にも、どの組織でも、異端者と言うものは必ず存在するものでして。」

デルフィムはそういうと箱から離れて歩きだした。入れ替わりに黒巣が箱を覗き込む。

「もうしばらく、そこでいて頂きます。・・・準備が整うまで後しばらくかかりそうですので。」

「準備?・・・一体何の準備だ!!」

それには答えずに、黒巣もまた箱から離れていった。そして再び箱の蓋がゆっくりと閉じられていった。

 


 

鼻歌を歌いながら通路を歩くデルフィム。その手には花束が握られている。

・・・と、突如前方から悲鳴と共に何かが壊れるような音が響いてきた。

「・・・やれやれ、予想より早いな。折角花束を用意したというのに。」

デルフィムは、いささか歩を早めると、激しい物音がしている一室のドアを叩いた。

「入りますよ?」

 

室内には、粉々に破壊された簡易ベッドの破片が散乱し、部屋の隅には蹲り震えている少女がいる。その少女を守るように一台のバイクが威嚇するようにエンジンをふかしている。デルフィムが目を転じると隣室との間の壁が破壊されている。少女の危機を察知したバイクが突き破ったのだろう。

無論こんなことが出来るのはバトルホッパーをおいて他に無く、ならば守られている人物は説明するまでも無いだろう。

バトルホッパーは、戸惑ったように両眼を点滅させながら、ベッドの残骸の中に立つ漆黒の怪人を凝視している。直立した飛蝗然としたその黒い怪人は小刻みに震えながら荒い息をついている。

デルフィムは苦笑を浮かべた。

「やれやれ、元気一杯の病人もいたものだ。」

その言葉に、漆黒の怪人はデルフィムの方へと向き直った。

下がったままだった両腕が引き上げられ構えをとる。

「そんな身体では、満足に戦えませんよ?光太郎君。・・・いや今その身体を動かしているのはどちらかな?」

その言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、飛蝗怪人と化した南光太郎は、デルフィムへと踊りかかった。

「やれやれ・・・。」

デルフィムは、左手に持った花束をゆっくりと手放すと同時にその姿を消し去った。一瞬動きを止めた怪人の背後に現れたデルフィムは、怪人の首筋に軽い手刀を叩き込む。その一撃を受けただけで怪人は気を失ったのか、前のめりに倒れた。

その姿が、徐々に光太郎の姿へと戻っていく。

「・・・予定外の出来事が起こるから、この世は面白い。」

デルフィムは、そういって光太郎を抱き上げた。そして、杏子へと微笑みかける。

「君もそう思わないかい?」

ようやく身体を起こした秋月杏子は、バトルホッパーに支えてもらいながら立ち上がった。

「・・・光太郎さんはどうなってしまったの。・・・どうするつもりなの!」

デルフィムはその問いかけには答えずに、ドアを開けた。

「予定より大分早まってしまったが、これから儀式を行う。・・・よかったら君達も来るといい。・・・滅多に見られるものではないからね。」

そういうと、さっさと外に出て行ってしまった。

杏子は、震えながらもバトルホッパーと共にデルフィムの後について歩き始めた。

途中、昨日に別荘にやってきた森住率いる一団が姿を現した。

敬礼を送る彼らに頷きながら、デルフィムは森住に何事かを囁いた。

森住は頷くと、一団の中から一人を呼び、短く命令を伝えた。

そして、その男一人を残し、立ち去っていった。

 

再び歩き出すデルフィム。男はサングラスを外すと杏子の傍らへとやってきた。杏子はその顔に見覚えがあった。

「あなたは、昨日の・・・。」

「覚えていただいていたとは光栄です。」

穏やかな声で話すその男は、別荘で杏子の前に立ちはだかった人物に間違い無さそうだ。

「・・・この基地内にいる間、あなた方の警護を任されました。織田と申します。」

「・・・一体、何を企んでいるんです?」

「それは・・・。私が話すよりも、実際にその目で確かめられる方がよろしいかと。ただ、絶対にあなた方にとって不利益では無いとだけ申し上げておきます。」

そういうと、男は杏子を促してデルフィムの後を歩き始めた。

 


 

「・・・相変わらず美しいな。君は。」

「そレ以上・・・近づクな!!」

老人の叫びに青年は歩みをとめた。そして、老人を一瞥してから、視線を少女に戻した。

「・・・同情するよ。かつては栄華を誇った吾妻の家も、今はその老いぼれ一人を従えるだけだとはね。」

そういって声を出して笑い始めた。老人の額に青筋が浮かぶ。

「貴様ガ・・・。貴様ノせいデ・・・。」

今にも飛び掛ろうとする老人の肩に、少女は優しく手を置いた。

「落ち着いて、善蔵さん。」

そして、青年に哀しげな視線を向けた。

「何の用です。・・・背後にそんなに大勢を引き連れて。」

青年は口笛を吹いた。

「ヒュウ♪・・・さすがに解るかい?・・・相変わらず鋭い人だね君は。」

青年が指を鳴らすと、どこからともなく十数人の男達が姿を現した。

異様なのは、その誰もが一様に猫背で、その眼が異常なまでに虚ろであることだ。

「・・・なあ、帰ってこいよ。俺の元にさ。昔のように楽しくやろうよ。」

少女は、その瞳に一層の悲しみを湛えて青年を見た。

「・・・お帰りください。」

「何でだよ?・・・君には与えられる全てを与えてきたつもりだよ。」

その言葉に、初めて少女は怒りの表情を浮かべた。

「・・・無理やりに与えられたものなど。・・・こんなもの欲しくなかった!!・・・私が欲しかったものはこんなものではなかった!!」

少女は再び俯いた。青年は無言で少女を見つめている。

「・・・私が愛したあなたは・・・もうずいぶん昔に死んだんです。」

青年は笑い出した。

「そこまで言われちゃうとはね。・・・でも、俺は絶対に君を手に入れて見せるよ。」

青年が手を上に上げると、それに呼応するように男達が前に進み出てきた。

「たとえ、どんな手段を講じてもね。」

 


 

「少し、休憩しようか。」

秋月信彦は、資料から顔を上げると傍らの女性に声をかけた。

「はい。・・・あの、大丈夫ですか?」

心配そうに覗き込むあゆみに信彦は微笑んで頷いた。

「大丈夫。さっきより大分ましになっているよ。・・・一体なんだったのかは解らないけどね。」

信彦は、先刻脳裏を貫いた衝撃を思い返していた。

『・・・あの感覚は一体?・・・不思議だけど今はあまり強く感じない。』

信彦は、軽く頭を振ると立ち上がった。

「そうだ、気分転換に散歩にでも行こう。ここから少し歩くと海岸に出るんだ。」

あゆみは微笑むと頷いた。

 

信彦たちは、月明かりに照らされた海岸へとやってきた。

あまり話をすることも無く、ぞれぞれが思いにふけっている。

 

しばらくして、先に口を開いたのはあゆみだった。

「・・・あの、信彦様。」

「ん?」

「・・・申し訳ありませんでした。」

そういって頭を下げるあゆみに、信彦は困ったような顔で問いかけた。

「どうして謝るの?」

しばらく無言の時が流れた。

沈黙に耐えかねて、信彦がもう一度何事かを話そうとしたときに、あゆみは顔を上げた。

「!!」

その瞳には涙が浮かんでいた。

「あ、あゆみ?」

「私が・・・私がもっと早くに全てをお話していれば・・・。信彦様は、あの人と・・・。」

信彦は、あゆみが、彼の恋人だった克美のことを言いたいのだと気づいた。

「・・・申し訳ありません。」

再び謝るあゆみに、信彦は淋しげな笑みを浮かべながらも首を横に振った。

「信彦様・・・。」

「・・・きっと・・・きっとこれは運命だったんだと思う。僕がシャドームーンとして改造されたことも、光太郎がブラックサンとして改造されたことも。」

信彦は、視線を眼前に広がる日本海へと移した。

「悪の総帥として戦いながら、再び自我を取り戻したことも。今こうして仮面ライダーとなり、ゴルゴムと戦っていることも。だから・・・。」

信彦はあゆみの肩に両手を置いた。

「・・・きっと克美と僕の歩む道が分かれてしまったことにも、きっと意味があると思うんだ。・・・それに、僕は改造人間だ。遅かれ早かれ、普通の人間である克美とは別れなければいけなかったんだ。」

「信彦様・・・。」

「だから、必要以上に君が責任を感じることは無いんだ。」

信彦は微笑むとゆっくりと砂浜に腰を落とした。

「・・・確かに悲しいことではあるけど、今はただ、彼女に幸せになってもらいたい、そう思っているだけだよ。」

「・・・。」

あゆみもその場にしゃがみこんだ。

「・・・克美も含めてこれから幸せを掴もうとしている人、そして今現在幸せな人の未来を暗黒にしない為にも、頑張らなくちゃ。・・・僕達がやるべきことは過去を悔やむことじゃない。未来の為に悪と戦い続けることだ。だから、・・・これからも君の力を貸してほしい。」

あゆみは涙をぬぐうと頷いた。

その表情に、先刻とは違う生気を感じた信彦は優しく微笑んだ。

そして、立ち上がるとズボンに付いた砂を払い、あゆみに手を差し出した。

「さあ、帰ってまた資料を探そう。」

「はい・・・信彦様。」

手を取って立ち上がるあゆみに信彦は苦笑を返した。

「・・・えっとさ、その信彦様って、やっぱり変だと思うんだ。」

「そうでしょうか?」

「うん。本当は呼び捨ててもらいたいな。そのほうが自然じゃないかな。」

「でも、そんなにいきなりは・・・。」

信彦は苦笑いを浮かべたままで頬を掻いた。

「じゅあ、まずは『信彦さん』でいいからさ、徐々に慣らしていこうよ。」

「解りました、信彦様・・・、あ、えっと、信彦さん。」

ぎこちなくそう言うあゆみに微笑を返していた信彦。その顔が急速に険しくなっていく。

「聞こえたかい?」

「はい、この先から。・・・これは打撃音と苦鳴?」

「行ってみよう!!」

二人は、砂浜に足を取られることなく駆け出していた。

 


 

「結構粘るな。君のところの老いぼれは。」

青年は、近くの岩場に腰掛けたまま笑みを絶やさずに言った。

 

十数人の奇怪な男達に、寄ってたかって痛めつけられている老人。その背後に庇われた少女が悲しみの叫びを上げる。

「やめて!・・・これ以上善蔵さんを傷つけないで!!」

「じゃあ、俺と一緒に来てくれるか?」

悲しそうに口をつぐむ少女に、老人が話しかける。

「お、おジョウ様・・・儂は・・・平キです。・・・こんな、若ゾウども・・・儂が・・本気にナレば・・・。」

その言葉に少女は顔色を青ざめさせた。

「ダメ!変わってはいけないわ!!・・・そんなことをしたら、貴方は。」

「おジョウ様・・・きっと今ナラ・・・後一度ぐらイは・・・。」

その様子を面白そうに眺めていた青年はニヤリと笑った。

「面白い、お前が『変わる』なら、うちの連中も『変わらせる』としようか?」

「やめて!!・・・お願い・・・私が・・・。」

「私が・・・なんだい?」

青年はにやけた笑みを浮かべたままそう尋ねた。

「私が・・・貴方について行きますから・・・。」

「おジョウ様!!」

「よーし、お前らはそのジジイを捕まえていろ。」

青年は、岩場から飛び降りざまそう命じると少女に近づく。

老人は不気味な男達に砂地に押さえ込まれた。

「おジョウ様!!」

青年は振り返って老人を見下ろす。

「・・・うるさいジジイだ・・・少し静かにさせてやれ。」

その言葉が終わらぬうちに、男達は老人を殴打し始めた。

「やめて!・・・お願い、やめさせて!!」

青年は満足そうな顔をした。

「君からお願いされるとはね・・・いい気持ちだ・・・凄くいい気持ちだよ。」

そう言いながら少女の手を取った。

「さあ、行こう。・・・約束してあげるよ、あの爺さんは殺さずにおいてあげる。君からの『お願い』だからね。」

涙を流して俯く少女の手を引いて青年は歩き出した。

 

「待て、そこで何をしている!!」

青年が、声のするほうを振り返ると、二人組みの男女がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。

「フン。邪魔だな。後々面倒だ。」

男は立ち止まって頭を掻いた。

「・・・お前達、始末して来い。」

男は不敵な笑みを浮かべると、男達に命じた。

その声を聞くと、数人を老人のもとに残し、残る男達が、駆け寄ってくる男女に襲い掛かった。

「無関係な人を巻き込むのはやめて!」

「こればかりは聞けないな。余計なことを考えずに君は早く俺と来ればいい。」

そう言って、無理やりに少女を連れて行こうとした男の動きが止まる。

「馬鹿な・・・?」

そういったまま立ちすくんだ男の視線の先では、配下の者たちがたった二人の男女になすすべも無く蹴散らされていく様子だった。

「な、何者だ?あいつらは・・・。」

呆然とした為に緩んだ腕から、少女が隙を突いて脱出した。

「な?・・・ま、待て!?」

慌てて追いかけようとする青年の前に男が立ちふさがる。

「・・・嫌がる女性を連れ去ろうなんていうのは感心しないな。」

「何!?」

「数にまかせて、お年寄りをいたぶるのも良くない。」

「・・・貴様・・・。」

青年は、素早く周囲を見渡した。

配下の男達は軒並み撃退され、善蔵老人も、女性に助け起こされてこちらに向かっている。

それどころか、騒ぎを聞きつけて人々が集まりつつあるようだ。

「チッ・・・今日のところは引き下がってやる。・・・だが。」

青年は少女を睨みつけた。

「俺は簡単に諦めんからな・・・必ず君を手に入れる。そこのおせっかいな奴等も良く覚えておけ・・・俺は手段を選ばん。命が惜しかったらもう関わらないことだ!!」

青年は踵を返すと同時に指を鳴らした。

その合図を受けて、手下の男達も退散を開始した。

 

少女は、老人の下に駆け寄った。

「大丈夫?しっかりして善蔵さん。」

老人は、傷だらけの顔を何とか微笑ませた。

「大丈夫デす。おジョウ様・・・。」

少女は老人の肩をそっと支えると、助けに入ってくれた二人に頭を下げた。

「危ないところを、どうもありがとうございました。・・・あの、よろしければお名前をお聞かせくださいませんか?」

「秋月信彦です。彼女は木田あゆみさん。」

少女は、驚いたような表情で信彦を見つめた。善蔵老人も同様の表情で信彦を見る。

「な、なんです?」

戸惑う信彦に、善蔵老人が問いかける。

「モしや、秋月先生の所の信彦ボっちゃん?」

今度は信彦が驚く番だった。

「そうですが・・・あなた方は?」

そういいながらも、信彦の脳裏に残像のようなものが浮かび上がりかけていた。

「善蔵でござイます。吾妻のお屋敷にご奉公しております善蔵でス。お忘レですか?」

「善蔵・・・さん?・・・!?・・・え!・・・まさか竹トンボの?」

善蔵は傷だらけの顔を綻ばせた。

「えエ、よくお作りいたしマした。憶えテおいでデしたか。」

信彦もまた笑みを浮かべる。

「驚いたなぁ。僕が別邸に来ていたのは、4つぐらいの頃なのに・・・。憶えていてくれたんだね。」

信彦には、この老人と共にもう一人の人物も思い出していた。そして少女を見つめる。

「それじゃあ、貴方は里子お姉さん?・・・でも、あれから15年以上たつのに・・・。」

戸惑ったように微笑む少女に代わって、善蔵が話し始めた。

「信彦ボっちゃん、この方は里子おジョウ様ではごザいません。里子おジョウさまのお子様の、美里おジョウ様です。」

少女は頭を下げた。

「美里と申します。信彦さんのことは、母からよく話を聞いておりました。近所に可愛らしい男の子がいたと。」

そして、信彦たちに微笑みかけるとまた頭を下げた。

「助けていただいてありがとうございます。お礼もいたしたいですので、どうか家にお立ち寄りください。」

「お礼なんてそんな。」

そういって顔を見合わせる信彦とあゆみ。

「ボっちゃん。どうゾいらしてくだサい。さあ!」

老人に促されて、信彦たちは二人の後について、浜辺を後にした。

 


 

白一色に塗りつぶされた奇妙な部屋。

その中央部に、南光太郎は横たえられている。

そして、その部屋の様子をあらゆる方向からモニターしている監視室があった。

室内を、モニターと計器類が埋め尽くしたこの部屋の中に、秋月杏子とバトルホッパーの姿があった。

杏子は、一段高い場所にある椅子に座したデルフィムに問いかけた。

「一体、光太郎さんに何をしようとしているの?」

デルフィムは、モニターから目を離すと、杏子の問いに答えた。

「南光太郎を苦しめる要因を取り除く。少々手荒なことになるがね。」

「手荒・・・。」

デルフィムは青ざめた杏子を面白そうに眺めてから言葉を継いだ。

「現在、南光太郎がまともに変身できないのには理由がある。それは彼の中で、ある『意思』が燻っている為だ。」

「『意思』・・・。一体誰の?」

「世紀王ブラックサン。」

デルフィムが軽く言った言葉に杏子は混乱した。

「それは光太郎さんのことでしょう?」

デルフィムは苦笑した。

「違うよ。『南光太郎』という器の中には、『南光太郎』と言う人格と共に『ブラックサン』というもう一つの人格が存在する。『光太郎』を『正』とするならば『負』にあたる人格だ。」

「『負』の人格・・・?」

「そう、『光太郎』が『平和』『平等』『信頼』『慈しみ』といったものを司るならば、『ブラックサン』が司るのは『闘争』『支配』『不信』『憎悪』。」

杏子は息を呑んだ。

「・・・そんな、光太郎さんの中にそんな感情・・・。」

「あるはず無いと思うのかい?・・・かれは菩薩でもなければ、仏でもない。ましてや神の子でもない。ただの人間、凡夫だ。あるいは子羊か?」

「・・・。」

口を閉ざす杏子にかまわずにデルフィムは話し続ける。

「本来であれば、改造手術の最終段階で『光太郎』という人格を完全に抹消することによって、『ブラックサン』は器の支配者となり、世紀王として覚醒するはずだった。・・・だが、君のお父上、秋月博士の乱入によって術式は不完全になった。『ブラックサン』も『シャドームーン』も同様に。」

「・・・お兄ちゃんも?」

「その通り。もっともゴルゴムにとって幸いだったのは、あの手術中の事故によって、『秋月信彦』の自我は深層に閉じこもってくれたことだ。お陰で復活時に労せず『シャドームーン』のみを引き出すことが出来た。しかし・・・。」

デルフィムは、モニターの中の光太郎を見た。

「『ブラックサン』は、一度も表層に現れることなく、ずっと抑圧されることとなった。・・・そのような不完全な状態が続けば精神にも、肉体にも歪が生じ、遠からず崩壊を起こすはずだった。」

デルフィムはニヤリと笑った。

「だが驚異的なまでに強靭な『南光太郎』の意思は、我々の予想を裏切り一年以上にわたって『ブラックサン』の意思を押さえ込み続けた。素直に天晴れと言いたいよ。」

デルフィムは再び杏子を見た。

「だが、無理はいつまでも続かない。抑圧の結果があれだ。・・・こうなった以上は取るべき方法は一つ。」

「まさか・・・。」

杏子はデルフィムの言わんとすることに気づいて、死人のような表情になった。

「そう、今君が思っている通りだよ。」

デルフィムは肘掛の受話器を外し何事かを命じた。

その途端に、光太郎のすぐ前の床が開き、そこから大きな箱を据え付けた台座がせり出してきた。

「・・・『ブラックサン』を覚醒させる。」

「そんなことをしたら光太郎さんは!!」

「・・・もとには戻れないかもしれない。」

「そんな・・・。」

倒れかけた杏子を織田が支える。そして、傍らの椅子に腰掛けさせた。

「でもねぇ。」

杏子はその声に、震えながらもデルフィムを見上げた。

「私は、8割ぐらいの確立で南光太郎として回復すると踏んでいるんだがね。」

杏子はあっけに取られた。

デルフィムはその視線に苦笑を返した。

「不思議そうな顔だね?私は別に『ブラックサン』を必要とはしていないんだ。どちらかと言うと、『南光太郎』・・・いや、『仮面ライダーBLACK』でいてくれるほうが、私にとっては都合がいい。」

『この人は何を言っているの?』

「まあ、見ていたまえ。『南光太郎』が『ブラックサン』に飲み込まれない為の保険。それがあの箱だ。」

デルフィムは楽しそうに笑った。

 


 

『ここは・・・どこなんだ?』

見渡す限りの光の空間。光太郎自身はその中にあって唯一の『黒』、『仮面ライダーBLACK』として存在していた。

『・・・?』

光太郎は、誰かに呼ばれたような気がして前方に目を凝らす。

誰かが歩いてくる。その人物が誰なのかわかった瞬間光太郎は思わず叫んでいた。

『馬鹿な!・・・あれは・・・僕?』

 

光太郎の眼前には、見まごうはずの無い自分の姿があった。

『・・・よくも・・・。』

『え?』

『よくも今まで・・・。』

『何だ・・・何を言っているんだ?』

光太郎は混乱していた。

『・・・お前はもう不要だ。今度は私が表に出る番・・・。』

『表?・・・お前は一体??』

眼前の光太郎は、怒りの形相も凄まじく変身ポーズをとり始めた。

『・・・!・・・これは!!』

 


 

「始まったな・・・。」

モニターの中では、夢遊病者のごとく立ち上がった光太郎が、変身ポーズを取り始めている。デルフィムはゆったりと椅子に腰をかけなおした。

「その姿・・・見せてくれ。」

まがまがしい邪気を放ちながら光太郎は、異形へと変身していく。黒曜石の輝きを放つボディは、仮面ライダーよりもさらに黒く、身体のいたる所から紫電を放っている。

より凶悪さを増した顎、鋭い棘が並ぶ両腕。身体を隙間無く覆う外骨格は、鏡の光沢と妖しさを併せ持っている。

「・・・これが・・・。」

かすれた声を上げる杏子。その様子を面白そうに見やってデルフィムが頷く。

「世紀王ブラックサン。」

 


 

『・・・お前は一体?』

『私は、世紀王ブラックサン。』

『何!?』

『貴様に邪魔をされ、闇の深遠へと幽閉されていた。だが、それももう終わりだ。』

ブラックサンがBLACKに指を突きつける。

『貴様を倒し、私が器の主となる。』

『そうはさせるか!!』

BLACKはブラックサンに向かって鋭いパンチを放った。

『遅い!!』

ブラックサンは、難なくその攻撃をかわすと、逆に鋭い手刀をBLACKの胴に叩き込む。

『ウッ・・・?』

その場に崩れ落ちるBLACK。

『弱すぎる・・・やはり、貴様に器の主たる資格は無い。』

『ま、まだだ・・・。まだ終わっていない!』

『当たり前だ!・・・これぐらいで楽にさせてたまるものか!!』

ブラックサンは叫んだ。

『これまでの屈辱の日々・・・この怒りを、この憎悪を、存分に思い知れ!!』

凄まじいスピードで襲い掛かるブラックサン。

その猛攻の前に、BLACKは成す術も無く滅多打ちにされる。

『・・・なんて重い一撃なんだ。・・・このままでは。』

そう思いかけた途端、BLACKは、自らの輪郭がぼやけ始めていることに気がついた。

『まずい!・・・このままでは、僕という存在が消えてしまう・・・!』

BLACKは、素早い一撃をブラックサンに叩き込み、その反動で一気に間合いを取った。

そして、すかさずキングストーンエネルギーを集中させようとする。・・・しかし。

『何かが違う?・・・なんだ、この違和感は。』

しかし、ブラックサンは徐々に近づいてくる。

『迷っている暇は無い。・・・やるしか!!』

BLACKは跳躍しブラックサンに迫る。その両足が赤い輝きに包まれる。だが、いつもに比べてその輝きはなんとも頼り無い。

『ライダーーーーキーーーック!!』

ブラックサンは、仁王立ちになるとその一撃を容易く跳ね返した。

『そんな!?』

ブラックサンは呆然とするBLACKに一気に近づくとその頭を鷲掴みにした。

『う・・・うわぁーー。』

『貧弱なやつめ。・・・しょせん貴様はこの程度の小物でしかない。』

『う・・・グッ・・・。』

ブラックサンはそのままものすごい勢いで跳躍すると、その最も高い位置からBLACKを投げ飛ばした。あやふやな空間のようであるにもかかわらず、凄まじい勢いで地面に叩きつけられたかのような衝撃を感じ、BLACKは呻いた。

ブラックサンは、激痛の苦鳴をもらすBLACKを見下ろし、蔑んだような口調で話し始めた。

『運命に逆らうのは無意味なのだ。貴様がここで消え去るのも自然の摂理。弱肉強食の掟だ。・・・安心するがいい、世界はこのブラックサンが、殺戮と恐怖の元に支配してくれる!!』

『そ・・・そんなことはさせん。』

その言葉を無視して、ブラックサンは拳をベルトの前で組み合わせる。その途端にベルトから眩い紅の光が放出される。

『真に王者たるものが放つ一撃を、その身で味わえ!!』

 


 

「そろそろ、頃合かな。」

デルフィムがそういって指を鳴らすと、モニターの中で台座の上に設置された箱の蓋が開き始めた。

「・・・さあ、貴方の出番ですよ。期待通りの働きをしてくださいね。」

 


 

『死ね!南光太郎の魂よ!!』

そう言い放ち飛び掛ろうとしたブラックサンが唐突に動きを止めた。

『??』

BLACKは、怪訝に思いながらもブラックサンから逃れるべく、ふらつく身体に鞭打って立ち上がった。

『・・・なるほど。あやつの目的はこれか。』

その声と共に、BLACK、ブラックサンの意識に第三者の意識が割り込んできた。

『・・・我らの戦いを邪魔するとは。・・・貴様何者だ。』

対峙する二人の前に、それは姿を現した。そしてブラックサンの問いかけに答える。

『・・・黒き太陽。』

『何・・・?』

『あ、あれは!?』

BLACKは、そこに立つ人物を見て驚きの声を上げた。黒光りする装甲、飛蝗を模した頭部。腰のベルトに紅玉。

『僕達に似ている?』

ブラックサンは侵入者に対し不快気に叫んだ。

『馬鹿なことを・・・我らの他に黒き太陽などおらぬ!!』

3人目の黒き太陽は静かに口を開いた。その声は、他の誰よりもはっきりとしたものとなって、BLACKとブラックサンの耳朶に響く。

「いきがるな若造。・・・我が名はアルシエル。太陽を月が食む日に生を受けし、運命の王子。」

『・・・!』

『・・・?』

アルシエルはファイティングポーズをとって二人を見つめた。そして再び名乗りを上げた。

「黒き戦士・アルシエルだ。」


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