第14話 永劫の刻を生きる者達(前編)


静かな森の中にその別荘地はあった。シーズン中であるにもかかわらず、閑散とした雰囲気のその別荘地に、うめき声と絶叫がこだました。

その声に導かれるかのように、サングラスをかけた男達が姿を現した。

 

「・・・どうやら、始まったようだな。」

男達の中で、一際背の高い男が呟く。

男は、引き連れてきた男達のほとんどをその場に待機させると、3人ほどの男を引き連れて絶叫の発生源である、一軒の貸し別荘へと歩き始めた。

 


 

「どうしたら・・・。光太郎さん!しっかりして。」

変身を繰り返しながら床をのたうつ南光太郎。その姿は、徐々に仮面ライダーBLACKである時間よりも、緑色をした飛蝗怪人である時間の方が長くなっていく。そして、時折戻る光太郎の肌に浮かび上がった斑点もその範囲を広げているようだ。

 

何もできない焦燥感に駆られる秋月杏子の耳に唐突にノックの音が響く。

「!?」

驚き振り返る杏子は、開け放たれたままのドアをノックしているサングラスの男を見た。

「・・・失礼する。」

そういって中に入ってくる長身の男。その後からさらに三人の男が室内へと入ってきた。

杏子は、咄嗟に光太郎の姿を隠そうとした。

その様子を見て先頭の男が口を開いた。

「・・・隠す必要はない。我々はその男、南光太郎のことを良く知っている。」

杏子は警戒しながら尋ねた。

「あ、あなた達は・・・。」

男はサングラスを外した。鋭い双眸が杏子と光太郎を見下ろす。

「・・・ゴルゴム。」

杏子は息を呑む。男は外したサングラスを胸ポケットにしまいこむと、勤めて穏やかに話し始めた。

「落ち着いて聞いてもらいたい。・・・我々は確かにゴルゴムだが、今すぐ君達に危害を加えるつもりはない。」

「信用できるもんですか!!」

杏子はそう叫ぶとキッと男を睨みつけた。男はその視線を受け止めながら言葉をつむぐ。

「・・・気持ちはわからなくはないが、ともかく信じてもらいたいのだ。何よりも時間がない。グズグズすればブラックサンが取り返しの付かない状態になる。」

杏子は、その言葉に光太郎を振り返った。光太郎は苦悶の表情を浮かべながらも、男達を睨みすえている。男は光太郎に語りかけた。

「苦しいか?・・・お前の体内で、別の意識が覚醒しきれずに燻っているのだ。そのままの状態が続けば、いずれお前の細胞が崩壊し原子の炎となり死ぬことになる。・・・もっともその前に苦痛に耐え切れずに精神が焼き切れる。」

光太郎は、その言葉を聞きながらも、脂汗を流しつつ立ち上がった。

男は静かにその様子を眺める。

「無理はするな。・・・今のお前では私には勝てん。それどころか・・・。」

男は背後に控える男達を指差した。

「私の部下達にさえ勝てないだろう。」

「だ・・・だまれ!・・・変身!!」

光太郎は素早く変身ポーズを取る。だが、飛蝗怪人の状態のままで、いっこうにBLACKへと変身を完了することができない。

それでも戦意を失わない光太郎の姿に男はため息を漏らした。

「・・・しかたあるまい。なるべく手荒な真似はしたくなかったのだが。」

男が指を鳴らすと、背後の男達が前へと進み出てきた。と同時に、入口からバトルホッパーが飛び込んできた。

「・・・主の危機に、いても立ってもいられなかったようだな。」

男は、バトルホッパーの方に向き直った。そして部下に命を下す。

「バトルホッパーは私が引き受ける。お前達はその半病人を確保しろ。・・・ただし、極力身体を傷つけるな。」

「「「了解」」」

三人の声が同時に返ってくる。そして、その姿が瞬時に異形のものへと変化する。その姿を見て杏子は息を呑んだ。

『仮面ライダー??』

変身した男達は、仮面ライダーの姿に酷似していた。男達は隙の無い動きで、BLACKと杏子を包囲していく。

そして、二人が光太郎に飛び掛り、一人が杏子の前に立ちふさがった。

震えながらも気丈に見上げる杏子に、その男は穏やかに話し始めた。

「・・・警戒するお気持ちは良く解ります。確かに・・・確かに我々はゴルゴムです。ですが、今は貴方達の敵ではない。」

まるで諭すかのような穏やかな声に杏子は戸惑っていた。

 

光太郎は、体中を駆け巡る激痛を堪えて鋭い蹴りを放った。しかし、その蹴りは変身した男達の装甲に簡単に弾かれてしまい、その隙を突いて背後に回りこんだ男によって逆に羽交い絞めにされてしまった。

「くっ!・・・は、離せ!!」

「・・・失礼致します。」

もう一人がそう言うと同時に光太郎に当て身を食らわせた。

「!!」

光太郎はその一撃を受けて気を失い、変身が解け元の姿へと戻っていった。

男達は、両側から光太郎を支えるとリーダー格の男に報告した。

「確保完了しました。」

「こちらも終わった・・・。」

 

見ると、バトルホッパーを押さえ込んでいる怪人の姿があった。

ネコ科の猛獣の容貌。その毛皮に浮かび上がる模様からジャガーらしきことが解る。

ジャガーの怪人は、部下達に光太郎を運び出すように命じると変身を解いた。

そして、バトルホッパーに語りかける。

「・・・心配ならばお前もついて来るがいい。」

そしてバトルホッパーを解放すると、再びサングラスをかけた。身体についた埃を払いながら首をめぐらし、部下に手を取られて立ち上がった杏子を一瞥してから背を向けた。

「・・・無論、秋月杏子。貴方も好きにするがいい。ついて来るというならば、私と部下達が責任を持って安全を保障する。」

杏子は、しばし考えた後、バトルホッパーと並ぶようにして彼らの後を歩き始めた。

 


 

横浜外国人墓地。夕闇が徐々に色濃くなっていく中を、一人の男が花束を手にし、歩いていく。それだけならば取り立てておかしな風景ではない。だがもう片方の手にジュラルミンケースをさげていることが、男の姿を異様なものにしていた。

やがて、男は一つの墓石の前で足を止めた。

「ここ・・・か。」

男はそう呟くとゆっくりとかがみながら墓石に刻まれた名前を確認する。

ジュラルミンケースを地面に置き、被っていた帽子を脱ぐ。

男は、速水だった。

「北倉・・・飛雄馬・・・。」

速水は、海底基地で交わした北倉博士との約束を果たす為にここに赴いたのだ。

「・・・享年19歳か・・・。」

速水はそう呟くと花を供えしばし瞑目した。

それからジュラルミンケースを開くとその中に収められた小さなオルゴールを取り出した。墓石の背後に回りこみ、収納を見つけるとそこにゆっくりとそのオルゴールを収めた。

「・・・約束・・・果たしましたよ。博士。」

速水は立ち上がって、もう一度軽く死者の冥福を祈るとその場を立ち去ろうとした。

 

「?」

ふと、かすかな異音を聞いたような気がして速水は立ち止まった。しばらく耳を澄ましたが、やがて苦笑をもらした。

「空耳か・・・。」

速水は帽子を被りなおすとその場から歩み去っていった。

 


 

同じ頃、村上翼は例の中央線ジャック事件の被害者、南沙代子の家を訪ねていた。

「まあ、これは村上さん。」

すっかり顔なじみになった沙代子の母が村上を出迎えた。

「また、あの事件についてですか?」

村上は微笑みながら頭を振った。

「いえ、今日は近くまで立ち寄ったもので。・・・その後、沙代子さんの周囲で何か変わったことは起こっていませんか?」

「いいえ。特にこれと言っては。沙代子からも聞いておりませんが。」

「そうですか・・・。ところで、今日、沙代子さんは?」

母親は村上に冷たい麦茶を勧めながら答えた。

「実は、一昨日から父方の祖母の家に泊まりに行っていますの。」

「お祖母さんの家に?」

母親は頷いた。

「ええ、丁度夏休みですし・・・あの子にとっても気分転換になればと思いまして。」

「そうですね・・・。」

村上は、深く頷いた。

確かに少女にとっては衝撃的過ぎる出来事だった。何らかの形で気持ちを切り替えることは大切だと思えた。

「それで、お祖母さんの家はどちらなんですか?」

「福井県です。小浜市。」

「福井・・・?」

「ええ、それが何か?」

怪訝そうに聞き返す母親に村上は苦笑を返した。

「いえ、丁度、同僚がそちらに出張しているものですから。」

村上はそういって、同僚の刑事、岡崎の顔を思い浮かべていた。

 


 

周囲を緑に囲まれた美しい湖、早朝の薄明るい光を浴び、神秘的な雰囲気をかもし出すその岸辺で、一人釣り糸をたれている男がいた。

貧相なちょび髭の男は、時々ニヤつきながら独り言を呟いていた。

 

「いやぁ。ホンマついとるなぁ。思わぬ臨時収入やったわ。お陰で、大好きな釣り場巡りもできるし。これやから情報屋家業は止められへん。」

男は水面に浮かんでいる、浮きの動きを眺めながらまたもや呟いた。

「さすがに警視庁の刑事さんともなると金払いがしっかりしとる。また、なんぞええ情報が転がっとらんもんかな?・・・ん??」

 

不意に影が上空を横切ったような気がして男は空を見上げた。だが、そこには何もない。

「??」

首をかしげながら男が水面に視線を戻すと、今度は水面が泡立ち始めた。

「な・・・なんやねん??」

男が見守る中、泡立ちは徐々に激しくなり、細長い影が水面に浮かび上がり始めた。

その時、男は、昨日旅館の仲居さんが話していた昔話を思い出していた。

「ま・・・まさか、武周ヶ池の大蛇??」

と、突如水面が割れ、細長い何かが飛び出してきた。

「で・・・でたーーーー!!!!!」

慌てて立ち上がろうとした男は、足を滑らせて倒れ、しこたま後頭部を地面にぶつけて昏倒した。

 

水面から突き出したのは、潜水艇のハッチ部分だった。間をおかずにハッチが開き、中から数人の男が姿を現す。その中には、内藤・・・デルフィムの姿もあった。

彼は、潜水艇から岸辺に向かうべく小型ボートに乗り込んだ。やがて数人の男達を乗せたボートは岸辺に辿り着いた。デルフィムは岸に降り立つ時に何かを見つけた。

「・・・何だいあれは?」

彼は同乗する男に尋ねた。デルフィムが指差す方向には、珍妙な格好のまま昏倒している、ちょび髭の男が横たわっている。

「・・・どうやら、釣り人のようです。我々の姿を見られたかもしれません。すぐさま処分いたします。」

デルフィムは、しげしげと男の姿を見つめて苦笑すると肩をすくめた。

「・・・いや、放っておこう。あまり今後に影響は無さそうだ。それよりも・・・。」

デルフィムは森の奥に耳を済ませた。

「ほら、荷物が届いたようだ。」

 

デルフィムの言葉が終わらぬうちに、細長い箱を担いだ数人の男達が姿を現した。

男達の先頭を歩くのは妖艶なる笑みを浮かべた美女だった。

美女は、デルフィムの前まで来ると一礼した。

「日本海溝よりの海の幸、敦賀市港町にて受領し、定刻どおり輸送いたしました。」

「ご苦労だったね、黒巣。早速潜水艇に積み込んでくれ。」

「了解しました。」

黒巣は男達に指示を出し、ボートに箱を積み込むと自らも乗り込み潜水艇へと向かった。

 

数分後、気がついた男は頭にできた大きなたんこぶを嘆きながらぼんやりと考えていた。

「なんや、ようわからんけど、えらいええ夢見たような気ぃするなぁ。」

そこでデヘヘとにやけた笑いを浮かべた。

「ものすごい別嬪さんが出てきて・・・心なしかええ匂いがする様な・・・。」

情報屋・飛田、35歳。彼はまだ平和だった。

 


 

福井県三国町にある、東尋坊。

独特の景観をもつ絶壁が、自然の凄さを実感させる有名な観光名所である。

 

だが、この地はまた、自殺の名所としても有名である。

毎年かなりの数の人が、この断崖絶壁より身を躍らせるという。

 

名前の由来は、800年ほど前に、東尋坊と言う名の僧を罠にかけて突き落としたという事件にあるという。

 

「・・・東尋坊は、手のつけられない暴れ者だったために、周囲の者達が困り果てていたそうだよ。だから同じ寺の僧侶達によって、酔わされた挙句に突き落とされたとか。」

東尋坊から海を眺めながら、青年は傍らの女性にそう語った。

「なんだか・・・恐ろしい話ですね。」

「・・・僕にとっては、もう一つの伝説の方が嫌だね。」

「もう一つ?」

青年は、女性を見つめると、何処か哀しげな笑みを浮かべながら話し出した。

「東尋坊は、一人の女性をめぐって、別の僧とライバル関係だったらしい。・・・そのライバルに罠にかけられて海に突き落とされた。」

青年は再び海に目を転じた。

「・・・一つのものをめぐって、二人の人間が相争う。まるで光太郎と・・・僕のようだ。」

「信彦様・・・。」

秋月信彦は、何かを吹っ切るかのように頭を振ると、傍らの女性・木田あゆみに微笑みかけた。

「ごめん。・・・つまらないことを言ってしまったね。さあ、父さんの研究所はもうすぐそこだ。行こうか。」

「そうですね。」

あゆみも微笑むと、信彦と共に歩き出した。

 


 

信彦たちと、すれ違うように東尋坊に向かう男がいた。

男は、絶壁から海を覗き込んで慌てて目をそらした。

「・・・見るんじゃなかったな。案の定『あいつら』が見えてしまった。」

男は、次に東尋坊タワーへとやってきた。

そこのレストランで食事をした後で店員に声をかけた男は、懐から警察手帳を取り出して何事かを尋ねた。

「・・・暴走族・・・ですか?」

「ええ、最近急に騒がしくなったとか、若者が急に暴走族に入り始めたとか、そういった話があれば聞かせてもらいたいのですが。」

「暴走族ねぇ。・・・あまり聞きませんねぇ。」

「そうですか・・・。」

男は店員に礼を言うと公衆電話に向かった。

 


 

「はい。こちらM.A.S.K本部です。」

「戦闘班の岡崎です。橘警視正につないでいただけますか。」

オペレーターの女性は、お待ちくださいといった後、しばらくして再び話しはじめた。

「警視正は、ただいま本庁での会議に出席されているそうです。」

「そうですか・・・。それじゃあ、戦闘班の待機室につないでください。」

「了解しました。」

岡崎が待っていると、男の声が飛び込んできた。

「はい。戦闘班待機室です。」

「村上くんか?岡崎です。」

「ああ、お疲れ様です。・・・どうですか捜査状況は。」

「あまり、はかばかしくないね。・・・何しろ手がかりが少なすぎるからね。」

岡崎は、そう言うと、記憶をたどり始めた。

 

一昨日の夜、情報屋・飛田からのタレコミを元に暴走族の集会に乗り込んだ岡崎たちは、そこで行われていた呪術的な儀式と、それを執り行う怪人に遭遇した。独特の音波で人を操っていた蝉の怪人。

 

ゴルゴムは、怪人の音波でトランス状態にした暴走族達を蝉型戦闘員へと改造していたのだ。

即座にC・スーツを装着し、蝉怪人と戦う岡崎。

その間に捜査員達は手術室等を制圧し、多くの指名手配犯や、暴走族、そして麻薬の売人等を逮捕することに成功した。

 

だが、ゴルゴムに直接関わるような人物を逮捕することはできず、蝉怪人もまた、途中で逃走してしまった。

 

残されたごく少ない押収品の中から何とか読み取ることができたのが『東尋坊』と『雄島』という二つの単語だったのである。

 

「・・・所轄の警察にも何人かがあたってくれたんだけど、奴等の関わっていそうな事件は、今のところ無さそうだね。」

「そうですか。」

「まあ、もう少しあちこちを探ってみるよ。また連絡を入れるから。」

「了解です。他の皆や、警視正には僕の方から伝えておきます。」

「よろしく頼むよ。」

 

岡崎は受話器を戻した。電話機から東尋坊のテレホンカードが吐き出される。岡崎は、それを引き抜いてポケットにしまいこんだ。

 

それからも、周辺で聞き込みを行った岡崎だったが、これといった情報は得られなかった。

だが、尋ねる内容を、暴走族がらみから、奇妙な事件に変えたところ、ある人物の名前を聞き出すことができた。

 

「浦田老人?」

「そう、この辺じゃ有名な変人さ。UFO、幽霊、殺人事件。およそミステリーや、オカルトといった類のことに一番詳しいのはあの人だろうね。」

雑貨屋の主人はそういって笑った。

「はあ・・・そうですか。」

「ついこの間も、『未確認動物を探すんじゃ』とか言って深夜の東尋坊付近を歩き回って警察に注意されてたんじゃないかな。」

「その浦田氏の住まいは?」

「・・・確か、家はこの先の古い一戸建てだって聞いてるなぁ。でも大体留守にしてるよ。・・・多分、昼間なら研究所の方にいるんじゃないかな。」

「研究所ですか・・・!?」

「ああ、小浜市内にある変な建物。名前は・・・おーい何だったっけ?」

主人は奥にいた高校生ぐらいの娘さんに聞いた。歌番組を見ていた娘さんはめんどうくさそうに答えた。

「ミステリー研究所か、オカルト研究所とかそんな名前だったと思うけど・・・。」

娘さんは、そういうと、再びテレビを食い入るように見つめた。ブラウン管の中では、アイドルグループがローラースケートでステージ上を走り回りながら歌を歌っている。

娘さんは、どうもこのグループのファンらしく、それっきり他の雑音は聞こえなくなったようだ。

ご主人は肩をすくめて苦笑した。岡崎も苦笑してからお礼を言って店を後にした。

「・・・。」

岡崎は店を出てすぐに、立ち止まると、ゆっくりと振り返った。

彼の視線の先には、郵便ポストがあるだけだ。岡崎は暗い表情で口を開いた。

「ついてきてしまったのか・・・。悪いが俺は見えても救うことはできないんだ。」

岡崎はそういうと、再び歩き始めた。

たまたまその言葉を聴いた通行人が、怪訝そうな顔で辺りをうかがう。そして首をかしげた。

彼の目には誰か話しかけるようなものは映らなかったからだ。

そこにはただ、真っ赤な郵便ポストが存在するのみだった。

 


 

秋月杏子は、穏やかな表情で眠る光太郎の手を握り続けていた。

二人がいるのは、病室といった感じの清潔そうな部屋だった。

もっとも、ゴルゴムが関わっている以上、ここが、単なる病院であるはずが無いのだが。

「・・・光太郎さん。」

光太郎の額に、わずかに浮き上がった汗を、濡れタオルでそっとぬぐう。

サイドテーブル上のデジタル時計に目をやると、間もなく17時になるところだ。

もしも、この時間が正確であるのならば、別荘での一件から24時間ほど経過したことになる。

ジャガーの怪人へと変身した男が言ったように、二人は、特にこれといった危害を加えられることなく、逆に賓客であるかのように遇されている。

隣室には、バトルホッパーも待機し、いざと言うときには駆けつけてくれることだろう。

 

ここに来てすぐに、光太郎は何かを注射され、それ以降は状態が落ち着いているようだ。

と、不意にノックの音が聞こえた。

杏子が緊張して身構えると、ゆっくりとドアが開いて、一人の男が入ってきた。

 

真っ白いローブ。そして、目深にフードを被った姿。

その姿は、杏子の記憶からある者たちを浮かび上がらせた。

「・・・大神官?」

その言葉に、唯一フードから見える口元が笑った。

「残念ながら、私はヒラの神官でね。・・・どうしたんだね。怪訝そうな顔をして?」

杏子は、険しい顔をして口を開いた。

「・・・神官ならば、テレポートしてやってくるんじゃないの?」

神官はクスクスと笑い出した。やがて笑いを収めると肩をすくめて見せた。

「病人の部屋にやってくるのに、いきなりテレポートするのは失礼だろう?」

その言葉に杏子は唖然とした。まさか、ゴルゴム一味の口から、失礼と言う言葉が聞けるとは思わなかったのだ。

神官は、口元に笑みを浮かべたままで光太郎の顔を覗き込んだ。

「・・・どうやら、落ち着いているようだね。仮面ライダー・・・いや、南光太郎と君には悪いが、もうしばらく、この殺風景な部屋で待っていてくれたまえ。もう数時間もすれば準備が整うはずだからね。」

「準備?・・・一体、何の準備なの!!」

神官は指を自分の口の前に立てた。

「シーッ!・・・静かに。光太郎くんが目覚めてしまうよ?・・・なに、彼を救う為の準備さ。」

「・・・・。」

「信じられないといった顔だね。・・・まあ、すぐに解るよ。光太郎くんは、我々ゴルゴムにとっても大事な人だからね。」

「よくいうわ。」

「本当だとも。・・・今のゴルゴムにとっては必要な人さ。」

神官はそういうと、ドアへと歩き始めた。

そして、ふと立ち止まり、ポンと手を打った。

「そうだな・・・、殺風景過ぎるのもなんだし、後で花でも届けさせよう。」

「花?」

「無論、普通の花だよ。安心して。」

「あ・・・あなたは一体??」

杏子は、怪訝そうな表情で尋ねた。

「私の名はデルフィム。」

神官は振り返らずにそういうと、ドアを開けて出て行った。

あとに残された杏子は、光太郎の手をしっかりと握りなおした。

「・・・大丈夫なのかしら。」

 


 

デルフィムは、部屋から出ると神官衣のフードをずらした。

「ふー。どうも、この神官衣は息が詰まりそうになるからいけないね。」

そう言って肩を回すと首を鳴らした。

彼は、しばらく通路を進んだ後、一つの部屋に入った。

 

そこには、数人の人物が彼の到着を待っていた。デルフィムは、彼らに微笑みかけると彼らと向かい合うように立った。

 

「「「「混沌の遊戯を!」」」」

「混沌の遊戯を」

デルフィムは、彼らの言葉を復唱した。

そして、彼らからもたらされる報告を楽しそうに聞き始めた。

 


 

報告が終わって、退出していく男達。その中には光太郎と杏子を連れてきたサングラスの男もいた。

「おい!森住!!」

その声にサングラスの男は立ち止まった。通路の向こうから若い男が近づいてくる。

「・・・古畠か。」

「相変わらず、愛想の無い男だ。」

「・・・いつオーストラリアから戻った。」

「つい先程さ。」

「ならば、まずはデルフィム様に報告するべきだろう。」

「・・・フン。久しぶりに貴様の顔を見たから声をかけたというのに、ずいぶんな言い方じゃないか。」

「・・・俺には、貴様と話すことなど何もない。」

森住とよばれた男は、古畠に背を向けて歩き始めた。

「まあ、待てよ。俺も再誕したんだぜ?・・・いつぞやの勝負、今決着をつけるか?」

古畠は、そう言うが早いか、既に豹の怪人へと変身している。

その様子を見ても、なんら感銘を受けなかったかのように、森住は歩き続ける。

豹怪人の額に青筋が浮かぶ。

「俺を無視するとはいい度胸だ!!」

素早く繰り出された豹怪人の手刀を、後ろ向きのまま軽いステップでかわすと、空をきったその腕を取って流れるような動作で背負い投げに持ち込む。

「・・・!?」

思い切り叩きつけられて、咄嗟に息もできない豹怪人。それを見下ろす森住の姿は、ジャガーの怪人のそれになっていた。

「・・・折角、手に入れることができた怪人の身体だ。・・・無駄なことを考えずに大事にしろ。」

豹怪人はジャガーの怪人を睨みつけた。その口元からは唸り声だけが聞こえる。

対して、人間体に戻った森住は、何事も無かったかのように歩き始めた。

「・・・ま・・・まて!」

「俺を倒す気でいるならもっと精進しろ!!・・・不意打ちや、漁夫の利ばかり考えている貴様に、万が一にも負けるような俺ではない!!」

森住は歩みを止めずに言い放った。

「くっ・・・。」

古畠は、変身を解くと、歩み去る森住を凝視して歯軋りした。

「・・・今に見ているがいい。・・・俺も貴様と同様、擬似キングストーンを有する者だ。・・・すぐに、貴様以上の力を引き出してみせる。」

古畠の憎悪の視線を背中に受けながら、森住はさっさと立ち去ってしまった。

 


 

同じ施設内の、別の部屋。

研究室然としたその部屋の中央では、早朝に運び込まれた細長い箱が安置され、その周囲を科学者達が取り巻いて何事かを調べていた。

その様子を、壁際から見守るのは、黒巣だった。

「・・・この状態なのに、これだけのエネルギーの高まりを感じるとは。」

黒巣は軽く身震いした。

「ブラックサン・・・南光太郎の影響か?」

「おそらくはね。」

唐突にかけられた声に黒巣は驚いて声の主を探した。

いつの間にか彼女の傍らには、デルフィムの姿があった。

先程まで着ていた神官衣は、普段のスーツ姿に着替えて、いつものように楽しそうな笑みを浮かべている。

「・・・どうしたんだね。あまり顔色が良くないようだが。」

黒巣は、しばし逡巡した後で尋ねた。

「御せますでしょうか?」

「ブラックサンのことかね?それとも・・・。」

デルフィムは細長い箱を顎でしゃくってみせた。

「・・・アレのことかね?」

「両方です。」

デルフィムは肩をすくめた。

「さあね。・・・難しいと私は思うがね。」

黒巣は驚いた。

「そんな・・・。御せるからこそこの作戦を行ったのではないのですか!?」

その言葉にデルフィムは苦笑した。

「おいおい、南光太郎は仮にも世紀王だよ?ましてや、この実験如何では、仮面ライダーBLACKよりも恐ろしいものになりうる。そんな恐ろしいものに対して万全なんてあるはず無いだろう?」

「・・・。」

「それに、あの箱で眠っている御仁はもっと性質が悪い。・・・おそらく、長いゴルゴムの歴史上でも、その厄介さは仮面ライダーと並ぶだろうね。」

黒巣はデルフィムの言葉に得体の知れない恐怖を感じた。この男が難しいという言葉を使ったこと、そして、仮面ライダーと並ぶほどの難物に対して。

「け、剣聖よりも・・・ですか?」

デルフィムは苦笑をもらした。

「ビルゲニアかい?・・・あの箱の御仁に比べると、彼はまるで子供だね。たとえ剣聖に、残る剣匠、剣魔を含めた三闘士が揃ったとしても、あの御仁に触れることすらできないんじゃないかな?」

 

その時、箱の周囲からどよめきが起こる。

そして、ゆっくりとその蓋が開いていく様子が、壁際にいる二人にも見えた。

「さあ、もっと近くに行こうじゃないか。・・・5万年近い時を経て、久方ぶりに外気に触れた彼を祝福する為に。」

 


 

「!!・・・光太郎さん!?」

秋月杏子は、急に上体を起こした光太郎の姿を見て息を呑んだ。

その姿が、飛蝗怪人の姿に変わり、その姿のままで黒く変色していく様に、いつもの変身とは全く異質のエネルギーを感じ取り、言い知れぬ不安を感じた。

「光太郎さん!・・・どうしたの??・・・光太郎さん!!」

しかし、杏子の声は光太郎の耳には届いていないようだ。

ただ無言のまま、真紅の両眼が宙を見つめていた

 


 

「・・・っ!!・・・何だ??」

父の隠し研究室の中で、ゴルゴムに関する資料を探していた秋月信彦は、脳髄を突き抜けるような衝撃を感じてその場に片膝を着いた。

「信彦様?」

心配そうに覗き込むあゆみ。

だが、信彦の目にその姿は映っていない。

「何なんだ。・・・これは?」

信彦は高揚とも不安とも取れる、不思議な感覚に戸惑っていた。

 


 

「どうした?鷹志くん?」

成田空港のエントランスで急にふらついた鷹志の身体を支えながら、東博士は耳元に囁いた。

「・・・奴等なのか?」

鷹志は頭を振った。

「解りません。・・・違うような。・・・でも。」

額に手をやりながら汗をぬぐった鷹志は、空港入口から外へと向かって歩き出しながら、青ざめた顔を博士に向けた。

「すごい寒気を感じます。・・・嫌な予感がする。」

心の中に染込んでいく不快感を吐き出すかのように、鷹志は大きく息をつきながら、夕暮れの空を見上げていた。


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