第13話 太古からの呼び声(後編)


徐々に輝度を増していく黄金色の燐光が、拳に向けて収束していく。

ホークは、グルカムとの間合いを徐々に詰めながら、今までのゴルゴム怪人達とは一段上のレベルのプレッシャーを感じていた。

 

『東博士が言っていたな。・・・神官クラスの改造人間は、通常の怪人達とは根本的にその構造が異なるって。』

 

グルカムもまた、眼前の改造人間が放つ尋常ではない生体オーラを感じて、苛立ちと共に、戸惑いをおぼえていた。

 

『・・・計画書で、そして実際に実験を見たことのあるタイプEと、ほぼ同型の戦闘サイボーグだ。・・・だが・・・。』

 

グルカムは戦士が放つオーラに、単なる改造人間が放つには明らかに不自然な“力”を感じ取っていた。

 

『ありえないことだ。・・・こんな小僧から、世紀王クラスのエナジーを感じ取るなどと。』

 

苛立ちは、焦りとなってグルカムの心を侵食していく。

相手の攻撃は、自分の強靭なボディには通用しない。・・・通用するはずは無い。

そう思う心と同時に、不安もまた大きくなっていく。

・・・万が一、万が一この改造人間の攻撃力が自分の防御力を上回るとしたら?

 

先に駆け出したのはグルカムだった。

両手を大きく広げ、ホークに向かって飛び掛る。

 

迎え撃つホークの右腕が極限まで光り輝く。

グルカムの両腕がホークに向かって打ち下ろされる。

間一髪、その攻撃をかわしたホークの拳がグルカムの胴体を捉えた。

 

その瞬間轟音が荒野に響いた。

 

「・・・!?」

「・・・フ、・・・ククク。」

 

ホークの拳は黒光りする鱗によって阻まれ、その身体を貫くことができなかった。

拳の光が徐々に弱くなり、完全に消滅した。

グルカムは、体色も緑色に戻ったホークの両肩を、強靭な両腕で鷲掴みにすると、巨大な顎を一杯に広げて肩口に噛み付いた。

 


 

清潔な印象を与える廊下。

まるで、病院のようだが、それにしては病院特有の消毒液じみた臭気は感じない。

「ここが・・・ゴルゴムの基地という訳か?」

通路を油断無く歩いているのは、C・スーツを脱いだ速水だった。

彼は、潜水艇の底面に張り付いたまま、何とか基地内に侵入を果たしたのだ。

 

「・・・!・・・誰か来るな。」

速水は背後から近づく足音に気づき歩を早めた。だが、数メートルも行かぬうちに、前方からも何者かがやってくる気配を感じていた。

「まずいな・・・身を隠す場所なんて無いぞ!?」

進退窮まった速水は、戦闘もやむなしと覚悟を決めた。

すぐに前方から小銃を下げた警備員が姿を現した。

「何だ、貴様は!・・・所属とナンバーを言え!!」

背後の足音も近づいてくる。

「・・・。」

速水は無言でC・スーツの装着スイッチを入れた。

「おおっ!!」

瞬時に装甲服が速水を覆う。咄嗟の出来事に驚く警備員。

速水はすかさず飛び掛ろうとした。

だが・・・。

 

「待ちなさい!」

背後からかけられた声に、速水は動きを制され、警備員は思わず敬礼していた。

「こ、これは北倉博士。」

そこには背の高い老人が立っていた。あの足音の主だろう。

「彼は、私が開発中の新しいアンドロイドソルジャーだ。だが調整がまだ不完全でね。フラフラと抜け出したところを追いかけていた最中だったのだ。」

「なんと・・・そうでしたか。」

警備員は頷くと、今度はしげしげと速水を見つめた。

「しかし、博士の作られるアンドロイドは見事なものですね。先程など完全に人間の様に見えましたよ。」

博士は微笑んだ。

「こちらの姿が本体なのだが。どうかね?」

「いやあ、洗練されたシンプルなフォルムですね。これならば侵攻作戦にも人間用と同様の輸送手段を使えますね。」

博士は頷くと、速水の手を取った。

「それでは、調整の続きを行うとするよ。・・・何かあったときには、研究室の方に連絡をくれたまえ。」

「了解しました!」

警備兵が見送る中、速水は手を引かれるままに北倉と呼ばれていた男についていくこととなった。

 

 

 

やがて、二人は一つの部屋の前にやってきた。

「・・・どうやら、急がなければいかんな。」

「え?」

速水が声を発すると同時に、北倉は部屋の扉を開けてさっさと中に入っていった。

速水はしばし逡巡したものの、後について部屋へと入っていった。

 

「これは??」

室内には、無数の人形が存在していた。

「・・・人形?・・・いや。」

速水は、すぐにそれらの人形が、単なるマネキンやダミー人形でないことに気づいた。

部屋の中央では人形の一体がルームランナーのような装置の上で歩行を行っている。

「ロボット??」

「アンドロイドと言いたまえ。」

速水がぎょっとして振返ると、いつの間にかすぐ背後に北倉が立っていた。

「・・・あ、あの。」

「もういいから、元の姿に戻りたまえ。」

「え?」

北倉はため息をつくとそばにあった椅子に腰掛けた。

「その装甲服。私の知り合いが開発していたものに似ておる。・・・19式戦闘強化服。それの後継に間違いあるまい。」

「・・・あなたは・・・一体?」

老人は再びため息をついた。

「私のことなど聞いても意味はあるまい。君が聞きたいのは別のことだろう?」

「・・・。」

「自衛隊・・・とは考えにくいからな、内閣調査室・・・いや、警察関係者かね。」

速水は、C・スーツを収納した。

「・・・もし、そうだとしたら?」

北倉博士は、椅子から立ち上がると、部屋の隅にある机の引き出しを開けた。

「君の目的は、この基地に連れ込まれた少女達の居場所を見つけること・・・そんなところだろう?・・・彼女らの多くは、既に別の場所に移された。それがどこかは私には分からん。だが残りの少女らの場所ならば・・・。」

速水は驚いた。

「教えていただけるのですか?」

「ああ。しかし条件がある。」

博士は引き出しから一枚の紙と、一本の鍵を取り出した、そして、紙を机の上に広げ、傍らのロッカーの鍵穴に鍵を差し込んだ。

「ここから脱出するときにこれを運んで欲しいのだ。」

博士は鍵を回した。小さな音と共にロッカーが開く。

その中には装飾が施された小箱がしまってあった。

「それは?」

「オルゴールだよ。・・・もっとも壊れてしまって、音は出んがね。」

博士はそのオルゴールを頑丈そうなケースに入れ、速水に手渡した。速水はそのジュラルミンケースの取手をしっかりと握り締めた。

「そのオルゴールを、横浜外国人墓地にある、私の息子の墓前まで運んでもらいたいのだ。」

「墓前・・・に?」

博士は肯いた。

「墓石の後ろ側に収納がある。その中にこのオルゴールを入れてやってくれ。・・・息子の数少ない遺品の一つなのだ。」

速水は、視線をケースに落としてから、再び博士の顔を見た。

「頼む。」

速水はしっかりと肯いた。

「わかりました。・・・息子さんの名前は?」

「飛雄馬。・・・北倉飛雄馬だ。」

博士は、そう言うと、速水を招き寄せ、机に広げた地図を使って、この基地内に捕らわれた少女たちの居場所を説明し始めた。

 


 

「ぐぁぁぁ・・・!!」

肩口から鮮血がほとばしり、同時に激痛が走る。

グルカムの顎の力は尋常ではなく、鋭い牙は一ミリ、また一ミリと、ホークの肩口に食い込んでいく。

 

両肩を掴んだ腕は、万力のごとく締め付け、身をよじることさえ許さない。

ホークは、渾身の力をこめて膝蹴りを見舞うが、鈍い音が響くばかりで、グルカムの硬い鱗には全くダメージが無いようだ。

 

やがて、膝蹴りの力も徐々に弱くなってくる。

グルカムは、爬虫類の顔を奇妙に歪ませた。・・・笑ったのだ。

 

唐突に口を開いたグルカムは、ダメ押しにもう一噛みした後で、無造作にホークを放り投げた。

 

さして力を入れた訳でも無さそうだったにもかかわらず、ホークの身体は勢い良く空中を飛び、オーストラリアの乾いた大地に叩きつけられた。

「ぐあっ・・・。」

激痛にのたうつホークに、間髪いれずにグルカムの尻尾が打ち下ろされる。

「!!」

 

半ば意識を失い、痙攣するホーク。

その様子を見てグルカムはほくそ笑んだ。

「・・・クックック。久々に楽しめたぞ。・・・まだまだ、このグルカム様の肉体が強靭であることを確認できたわ。ご苦労だったな。」

 

グルカムはゆっくりとホークに歩み寄っていく。

「・・・さあ、そろそろ終わりにするか?・・・他の神官たちへの言い訳も考えねばならん。万一の場合には神官共と一戦交えねばならぬかもしれんしな。」

 

その言葉は、ホークの耳には届いていなかった。

彼の意識は、この現実世界から遊離し始めていたのだ。

 

『・・・強い。・・・やはり、並みの改造人間とは訳が違う。』

悔しさと同時に、諦めの感情が湧き上がってくる。

『俺では・・・。俺ではここまでが限界だったのかな。・・・敵うはずなかったんだろうか・・・?』

 

いつしか、ホークは変身が解け、鷹志の姿へと戻っていた。

その姿を見てグルカムは歯軋りをする。

 

「まさか・・・。まさか本当にガキだったとはな。・・・このような小僧に、我が作戦を妨害され、この私自らが力を振るわねばならなかったとは!!!」

 

グルカムは憤りそのままに吼えた。

 

『・・・雷?・・・違うか・・・よく・・・分からないや。』

鷹志の脳裏には様々な人の姿が浮かんでは消えた。

 

『・・・父さん。・・・ごめん。結局行方不明のまま俺は死ぬことになりそうだよ。・・・連絡・・・一言でも・・・連絡しておく・・・べき・だったかも・・・。』

父は、気難しそうな顔のまま腕組みをしていた。

 

『・・・博士・・・。すみません・・・折角・・・博士が救ってくれたこの命。・・・ゴルゴムの野望をくじけぬまま・・・この荒野で捨てることになり・・そう・・・です・・・。

東博士は、心配そうな表情のまま彼を見つめている。

 

鷹志の意識は、暗黒の深遠へと落ちていこうとしていた。だがその時・・・。

 

『それでいいのかい?』

『・・・?』

無と同一しかけていた鷹志の魂に、誰かが呼びかけた。

 

『・・・こんなところで虫けらのように殺されて、それで本当に良いのかい?』

『・・・誰・・・だ?』

 

鷹志の魂は、確実に引き戻されつつあった。

彼の精神に、確実に何者かが呼びかけてきていた。

 

『・・・貴方は・・・一体誰なんだ?』

鷹志の前には、記憶に無い一人の男性が立っている。

やれやれといった表情で、口元にはかすかに笑みを浮かべている。

 

『・・・君は、何のために再び生を得た?・・・良く思い出すんだ。君が生きることに執着したその原点を。』

 

男の声が鷹志の精神を揺さぶる。

『・・・原・・点?』

 

男の隣に、別の人物が像を結ぼうとしていた。

そして、その人物がはっきりとした輪郭を持って結像したとき、彼の精神は今までで一番強く揺さぶられた。

 

『・・・彩乃!?』

 

少女は怒ったような表情で鷹志を見つめている。

 

『・・・そうだ、俺がここで諦めるということは、彩乃たちが、ゴルゴムの世界征服の脅威に晒されることを意味するんだ!』

 

鷹志は、急速に意識が覚醒していくのを感じていた。

 

『・・・諦めない。・・・諦めてたまるか!』

鷹志は決意を込めて肯いた。

その鷹志の様子を見て、彼の周囲に数人の人影が現れていた。

 

父が、東博士が、最愛の少女が、彼を見つめて微笑んでいる。

いつしかさっきの男性は姿を消していた。

だが、彼と入れ替わるように、見知らぬ青年が二人、彼の目の前に立っていた。

 

『あなたたちは・・・?』

青年の姿がはっきりしていくのと対照に、親しい人たちの姿が薄れていく。

戸惑う鷹志の側に、二人の青年は歩み寄る。

そして、二人は微笑を浮かべたまま、鷹志の両側をすり抜けていった。すれ違いざまに、鷹志の肩をぽんと叩いて。

 

『待ってください!』

鷹志は振返る。青年達は、少し離れたところで鷹志を見つめていた。優しい笑みはそのままに。

そして・・・。

『あっ!』

 

二人は並んで立ち、やがて、二人の間に鏡があるかのように対照な動きで独特のポーズをとっていく。

二人の動きが止まったとき、凄まじいまでの光の奔流が辺りに満ちる。

赤と・・・緑の・・・そう、例えるならば光の嵐。

 

『!!』

鷹志は、目覚つつある意識とは逆に、薄れてゆく光の中の二人が、自分と良く似た“姿”へと変身していくのを確かに知覚した・・・。

 


 

「何だと!?」

グルカムは、驚きのあまり歩みを止めた。

地面に倒れ伏す少年の周囲に、一瞬靄のようなものが揺らめいたかと思うと、少年がゆっくりと立ち上がったからだ。

「馬鹿な?・・・まだ動けるというのか??」

 

鷹志は、混濁する意識をはっきりさせるために、二度、三度と頭を振った。

「さっきのは一体??・・・あの姿は・・・俺に似ていた?」

「死にぞこなったか小僧!・・・じたばたせずに、おとなしく冥府へとゆけい!!」

その声に、我に返った鷹志は、前方に立つグルカムを睨み付けた。

 

「簡単に死んでたまるか!・・・俺は負ける訳にはいかないんだ!!」

「ほざけ!小僧が!!」

 

鷹志は、素早く周囲を見渡すと、少し離れた場所にそびえる巨岩を見つけた。

そして間髪いれずに跳躍すると巨岩の上に立ち、グルカムを見下ろした。

 

「どうした?怖気づいたか!!」

そう毒づくグルカムを冷ややかな視線で見下ろす鷹志。

彼は、グルカムに噛まれたはずの右肩口を左手でそっと触れた。

『傷がなくなっている?・・・それどころか、さっきよりも、体中に力が漲っているのを感じる。』

鷹志は、近づいてくるグルカムから視線をそらさずに、今度は右手で左腕に巻かれたバンダナに触れる。

『そう・・・。負ける訳には行かない!!』

 

鷹志がグルカムを見据える眼光が鋭さを増す。まるで、獲物を狙う猛禽のように。

 

「ヌゥ!?」

思わずたじろぐグルカム。鷹志は拳を胸の前で交差させてからゆっくりと両腰まで下ろしてくる。そこから円を描くかのような流麗な動きで一定のポーズをとる。

そして静止する寸前に叫んだ。

「変身!!」

 

眩いばかりの蒼い光がベルトから放たれる。

鷹志は、その光の中でホークへと変身を完了していた。

 

今までと同じ姿だが、その体色はより鮮やかな薄い緑に。金属的な光沢を放つその装甲は夕陽を反射し輝いている。

 

『違う・・・。今までとは全然。・・・まるで、身体の中で猛獣が荒れ狂っているかのようだ・・・。』

彼は、暗黒に沈む意識の中で見た、二人の青年のことを思い出しながら夢中でポーズをとった。

いつもの掛け声だけの変身ではなく、ポーズを伴った変身は、彼に新しい力をもたらしたようだ。

 

ホークは巨岩を蹴ってグルカムに飛び掛る。

そして、鋭い蹴りがグルカムの喉元に突き刺さる。

「ゲェ!?」

 

仰向けに吹き飛ぶグルカム。だが、すぐさま憎悪の炎を両眼に燃え上がらせて飛び起き、両手を広げてホークに掴みかかる。

しかし、俊敏性も増したのか、ホークは華麗なステップでグルカムを翻弄する。

 

「おのれ!ちょこまかと!!」

グルカムの表情に焦りの色が増す。

『いける!』

ホークは、素早く後方に飛び間合いを取ると、両拳をベルトにはまった宝玉の前で組み合わせる。再び蒼い光が放たれる。同時に装甲が黄金に染まっていく。

ホークは、拳を構えるとグルカムに向かって突進した。

 

「無駄なことを!貴様の攻撃など、私の鱗の前には無力だ!!」

黄金の光が右拳に収束していく。グルカムは身体に力を込めて踏ん張る。その胴体に黄金の拳が炸裂した。

 

先程と同様に轟音が周囲に響き渡る。

 

「・・・ば・・・馬鹿な??」

先程は造作も無く打撃を受け止めたグルカムの鱗を、ホークの黄金の拳はいとも容易く貫いていた。

 

「・・・こ・・・こんなはずは無い。・・・こんなはずは・・・。」

グルカムは、憤怒の形相を浮かべると渾身の力でホークの顔を殴りつけた。

「うわ・・・!?」

ホークの身体が吹き飛ばされるのと同時に、拳が引き抜かれた傷口から、夥しい量の赤黒い血液が噴出する。

 

かがんだ姿勢から油断なくグルカムの姿を見上げるホーク。

そのホークに、憎悪の視線を叩きつけながら、グルカムは何事かをつぶやきその姿を消していった。

 

「・・・逃げた・・・のか?」

ホークはゆっくりと立ち上がって、周囲を注意深くうかがった。

 


 

「お・・・おのれ・・・このままではすまさぬ。」

遺跡内の爆発は収まりつつあるようだ。

変身した姿のまま、火薬の匂いが満ちる通路を行くグルカムは、時折咳き込み、大量の吐血をしている。

 

周囲に飛び散る血を眺めて、グルカムはつぶやいた。

「・・・再生が追いつかぬ。・・・戦線復帰するためには休眠が必要か・・・。」

「その必要はありませんよ。」

「なっ?」

唐突にかけられた声に驚いたグルカムが振り返ると、そこには日本にいるはずの彼の部下、古畠が皮肉そうな笑みを浮かべている。

 

「古畠?・・・貴様何故ここに?」

古畠はにこやかに口を開いた。

「無論、後始末のためです。」

「何?」

 

ゆっくりとグルカムに近づいた古畠は、そっと胴体の傷口に触れると。そのまま勢い良く腕を突っ込んだ。

「ゲェェェ?」

 

絶叫を上げて思わず古畠の腕を掴むグルカム。

古畠の腕は、山吹色の体色に斑点が浮かぶ豹のそれへと変化していた。

 

「き・・・貴様?」

驚愕の表情で古畠の顔を見るグルカム。だが、グルカムの視界は急激に暗転しようとしていた。薄暗くなる視覚の中に異形の存在が映る。直立した豹の怪人と化した古畠が囁くように言った。

 

「デルフィム様からの伝言です。『棺の発掘ご苦労様でした。あなたは私のお気に入りの、楽しい、楽しい、道化でした。・・・後のことは気になさらずに、暗黒の世界で安らかにお休みください』だそうです。」

 

「・・・き・・貴様・・・デル・・・フィム・・・の・・・・・・・・・・。」

グルカムの生命の灯はそこで吹き消された。

 


 

「なんだ・・・この虚脱感は??」

変身を解いた鷹志は、いつもとは違う気だるさと不快感を覚えて蹲っていた。

寒気が襲ってくる。夕陽が没しようとしているため、冬の荒野の外気は急速に下がっているのは事実だ。

だが、それとは異質な寒気が彼の体奥から沸き起こっていた。

「・・・何だ・・・これ?・・・こんなこと、今まで一度だって・・・。」

ついに気が遠くなり始めた鷹志の視界に何かの影が映った。

「・・・こ・・・子供?」

その呟きを最後に、鷹志は意識を失った。

 


 

「なんだ。つまんないの。」

少年は、動かなくなった鷹志の側に歩み寄るとしゃがみこんで彼の身体をつつきはじめた。

だが、いっこうに反応が無いのにあきたのか立ち上がって伸びをした。

「まだ、完全に力を使いこなせてないのか。ダメじゃん。」

少年は肩をすくめると鷹志を置き去りにしたまま歩き始めた。

一度だけ振返ると、鷹志を見て苦笑した。

 

「デルから、僕と同じって聞いてたから、楽しみにしていたのにな。」

少年はそのまま歩み去っていった。

 


 

基地内にアラームが響き渡る。各地で警備員の怒号が響き、悲鳴が聞こえている。

断続的に爆発も起こっているようだ。

その基地内の様子を、モニター室で眺めながらデルフィムは苦笑した。

「いやあ、予想よりも楽しい展開だよ、これは。」

側に控える警備主任は恐縮して震えている。

「も、申し訳ありません。・・・何者かの侵入を許したばかりか、デルフィム様が瞑想している間に、S棟に確保しておいた少女達も逃がしてしまうとは・・・。」

「そんなに気にすることは無い。今は迅速に基地内の混乱を抑えたまえ。」

「ハッ!了解であります。」

警備主任は一礼するとモニター室から飛び出していった。

入れ替わりに黒巣が彼の側に立つ。

「よろしいのですか?」

彼らが見つめるモニターの一つに、ハッチを強制開放して脱出しようとする中型の潜水艇が映っている。

「あのタイプの潜水艇は、フルオート、かつ外部からの指令を受け付けません。このままでは確実に逃げられてしまいますが?」

デルフィムはモニターを見つめたまま笑みを浮かべている。

「別にかまわんよ。作戦に必要な数の少女は、既に搬送済みだし、今後に支障は無い。それよりも・・・。」

デルフィムは黒巣を見て楽しそうに笑った。

「手のかかる少年の背中を押してあげてから帰って来て見れば、こちらでは楽しいことが起こっているじゃないか。・・・予想外のことが起こることほど面白いことは無いよ。」

「しかし、・・・何者かが手引きをしたのは確実です。裏切り者の処刑は必要かと。」

デルフィムは苦笑した。

「あいかわらず、怖いことをサラッと言う人だね、君は。・・・手引きした人物には心当たりがある。今、名村にその者の確保を命じている。」

 

潜水艇の姿が、基地の外に配置されたカメラからも消えたころ、一人の老人を連れて蟹怪人が入ってきた。

「デルフィム様。北倉博士をお連れしました。」

「ご苦労だった名村。」

「ハッ!」

蟹怪人は変身を解き、初老の男の姿に戻っていた。

 

北倉博士は無言で立っている。その瞳には恐怖の色は無い。

「博士。・・・素晴らしい手際でしたね。さすがは貴方が“あの”オルゴールを託した男だけのことはある。」

その言葉を聴いて、北倉博士は顔色を変えた。

「・・・な・・・何故オルゴールのことを。」

デルフィムは楽しそうに声を上げて笑うと。博士の胸をコンと叩いた。

「さあ?それは秘密です。」

そう言ってニヤリと笑うデルフィム。

「・・・しかしこのタイミングで貴方が動くとは思わなかった。私はもう少し後だと踏んでいたのですがね。」

「・・・私を殺せ。」

「ほう?」

博士はデルフィムを睨んだ。

「私はゴルゴムを裏切ったのだ。・・・さっさとやれ。」

デルフィムは肩をすくめた。

「・・・そんなに亡くなった息子さんの後を追いたいのですか?・・・解りませんな?それならば何故、今まで自殺をなさらなかったのです?」

北倉は蔑んだような目でデルフィムを見た。

「貴様には解るまい。・・・生物として生を受けた以上、その生を全うする義務があるのだ。自ら命を絶つ行為は最も愚かな行為だ!」

デルフィムは肯いた。

「なるほど・・・。だから、貴方は人が過ぎた力、生物としての枠組みを逸脱した力を持つことを嫌っていたわけですか。・・・その思想を持った貴方の研究の集大成が“アレ”というわけですね。」

北倉は自分が震えだすのを抑えることができなかった。

「貴様は・・・一体何者なのだ?」

「・・・さあ?」

デルフィムはそういうと、にこやかに笑った。

 


 

同時刻。

日本海溝の海底から、一隻の深海作業艇が浮上しつつあった。

黒一色の船体には、その所属を特定できるようなものは何一つ無い。

 

作業艇は、ゆっくりと浮上を続けている。

ゆっくりと、だが、着実に。

その中に、ある物を乗せたまま・・・。

 


 

首都圏に程近い、さる山中に、貸し別荘が並び立つ一角がある。

そのうちの一軒の前に、一台のバイクが止まった。

ライダーはエンジンを止めてヘルメットを脱いだ。若い女性だ。その女性を見つけて、別荘の影から一台のバイクが自走してくる。バッタの形を模したそのバイクは両眼を点滅させた。女性は微笑んだ。

「ただいま。バトルホッパー。」

そう言ってそのバイクに話しかけた後、自分が乗っていたバイクのコンテナから、荷物を取り出そうとした女性・秋月杏子は、普段とバトルホッパーの様子が違うことに気づいた。

「どうしたの?」

バトルホッパーは、慌しく両眼を点滅させると、エンジンをふかし・・・まるで唸るような音を出す。

「・・・まさか・・・光太郎さんに何か!?」

杏子は、慌てて別荘内に駆け込んだ。

「・・・!!・・・光太郎さん!!」

そこで彼女が見たのは、頭を抱えたまま床をのたうつ南光太郎の姿だった。

「大丈夫!!」

駆け寄る杏子を払いのけると、光太郎は再び床を転げ回る。その体中に、黒い斑点が浮かび上がり、滝のように汗が流れている。

そして光太郎の姿が、時折仮面ライダーへ、そしてその前段階の飛蝗怪人へと目まぐるしく変わる。

「・・・一体どうなっているの!?・・・どうすればいいの!!」

静かな森の中に杏子の悲鳴が響き渡っていった。


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