第12話 太古からの呼び声(中編)
海中を進んでいく潜水艇の一群。暗い水底に向けてライトを照らしながら進むそれらは、まるで一つの物体であるかのごとく完璧な連動を見せて進んで行く。
どれぐらい進んだのだろうか?
やがて、その行き着く先に、不気味な佇まいを見せる奇岩が姿を現した。
一見すると、自然の造形物にしか見えないその岩肌の一部が、潜水艇の接近に呼応するかのように開き始めた。
かすかな気泡とともに完全に開ききった岩肌には、誘導灯を備えた通路が出現していた。
潜水艇は、その通路の奥へと、順次姿を消していった。
「どうやら、荷物が届いたようだな。」
潜水艇が完全に通路内に消え、再び岩肌が元に戻っていくさまをモニターで確認していた男はそう呟いた。
何台ものモニター、そして用途不明の機器が整然と並ぶ部屋。何人ものオペレーターがせわしなく動き回っている中にあって、その男は一段高い場所に設けられた椅子に深く腰をかけて皮肉っぽい笑みを浮かべている。
ややあって、この部屋唯一の扉が開いた。そこから、白衣に身を包んだ若い男が姿を現した。男はまっすぐに椅子に座った男に歩み寄る。そしてその傍らに立つと恭しく頭を下げた。
「術式は、完了しました。成功です。」
若い男のその言葉に、男は椅子から立ち上がっていた。
「そうか。」
短くそう呟く男に白衣の男は手にした書類を差し出した。
「モニターに手術室の様子を表示させますか?」
オペレーターの一人が男にそう声をかける。
書類に軽く目を通していた男は、書類から目を上げるとしばし思案した後、口を開いた。
「いや、直接足を運ぶとしよう。・・・案内を頼む。」
「かしこまりましたデルフィム様。」
白衣の男は再び頭を下げた。
書類を、椅子の上に放り投げた男・デルフィムは白衣の男に続いて部屋を出ようとして、何気なくモニターを振り返った。
彼は、その画面の中で繰り広げられている戦闘を目にして再び口元に笑みを浮かべた。
「・・・彼らにも、ようやく装備が整ってきたということだな。・・・頑張ってもらわなければ・・・な。」
「は?」
その言葉に怪訝そうな表情を浮かべた白衣の男に苦笑を返すと、オペレーターに指示を出した。オペレーターが頷いて、マイクに向かうのを確認すると、デルフィムは男を促して部屋を後にした。
C・スーツを身にまとった速水と、蟹怪人との戦闘は、その戦場を埠頭から倉庫内へと移動していた。
蟹怪人の鋭い鋏による攻撃にも、ビクともしないスーツの性能に驚嘆しながらも、速見は釈然としないものを感じていた。
『コイツ・・・遊んでいるんじゃないか?』
蟹怪人が繰り出す攻撃は苛烈なもので、傍目には手を抜いているようには見えない。だが、速見はその攻撃の中に、真剣さとは程遠いものを感じていたのだ。
と、蟹怪人が、高速で水平移動をし、速見の背後に回った。
「!?」
速水がしまったと思う間もなく、背中から衝撃が突き抜ける。
「うわっ??」
C・スーツごと吹き飛ばされた速見は、眼前に迫る壁に叩き付けられていた。
「く・・・。」
痛みこそ感じないが、瞬間的な動揺はある。何しろ、C・スーツでの実戦は今回が初めてなのだ。
動きが止まった速水に向けて、蟹怪人の口から大量の泡が吹きつけられる。
とっさに身を翻した速見の横、一瞬前まで彼の姿があった壁に吹き付けられた泡は、恐るべき溶解力で、壁をボロボロにしていく。
「・・・さすがに、あれをまともに食らうとやばそうだよな・・・。」
速水は、手にした棍を構えなおすと怪人の首を狙って突き出す。
しかし、怪人は、難なくその棍を鋏で掴む。そして肩を揺すらせて笑った。
「せっかくの装備も、これでは意味を成さんな。」
「何だと!」
速水は怪人を睨み付けた。
「暇つぶしにはなったが、お前とばかり遊んでいるわけにはいかんのでな。そろそろ退散させてもらうとするかな。」
「逃がすものか!!」
「どうかな?」
怪人は大きく息を吸い込んだ。
「!!」
泡による攻撃に備えて棍を手放して、間合いを取る速水。
怪人は泡を吹き出した。
速水にではなく、周囲に向けて。
「な!?」
噴出される泡の量はすさまじく、たちまちのうちに周囲が泡で覆われた。
『溶解する能力はないが・・・こいつは・・・。』
光の乱反射、そして赤外線探査をも妨害する機能があるのか、蟹怪人の姿は瞬間的にセンサーから姿を消した。
「消えた?・・・いや、まだだ。」
速水は、スーツに内蔵された振動探知装置の感度を最大にまで引き上げた。
その鋭敏なセンサーは、先程融解させた壁面の穴から出てゆく怪人の足音を捉えていた。
速水もその後を追う。
そこは、もう一つの潜水艇用のドックだったようだ。怪人は、そのうちの一つに体を滑り込ませようとしていた。
「ま、待て!!」
その叫びに一度だけ振り返った怪人は、肩を揺すらせて笑うと、潜水艇の中へと消えた。
ほぼ同時に、残っていた潜水艇も潜水を開始する。
速水は、即座に潜水艇に向けて走り出した、そして何とか最後に出港しようとした潜水艇の底面にしがみつくことに成功した。
「なめるなよ。伊達に俺がこの場所に派遣されたわけじゃないんだ!」
速水はそう呟くと、特殊な周波での通信を開いた。
「こちらA班。」
「その声は美山だな。」
「速水班長?ご無事ですか?」
「ああ、俺は今から、隠しドックに停泊していたもう一つの潜水艇の一団に紛れて、やつらのアジトに向かう。そっちは頼む。」
「え?そんな早口で言われても・・・。大丈夫なんですか!?」
「この5号スーツは、もともと水辺や水中等でも任務をこなせるように作られている。・・・以前行った実験では十分な性能を発揮していた。」
「ですが・・・。」
「あまり、通信していると感ずかれるかもしれない。・・・また連絡する!」
「班長!」
速水は一方的に通信を遮断すると、周囲に気を配り始めた。
『・・・さて、こいつらはどこに行こうとしているのか。』
手術室では何人もの白衣の男たちが頭を垂れてデルフィムを出迎えた。
デルフィムは、彼らを一瞥し、そのまま中央の手術台へと向かった。
そこには、薄物を纏っただけの姿で横たわる、妖艶な美貌の女性がいた。
「・・・間もなく目覚めるはずです。」
自分を案内してくれた白衣の男が囁くように告げるのを聞きながら、デルフィムは女性に視線を注いだ。
流れるような美しい黒髪、そして整った顔立ちは、以前といささかも異なることが無い。
女神のごとき美しさを誇るこの女性が、実は内面に獰猛なる魔性を秘めていることをデルフィムは知っていた。
美女の瞼が微かに動く。手術室内の静寂が、さらに深まったかのようだ。
その静寂の中で美女は完全にその眼を開き、ゆっくりと上体を起こした。薄い衣服を透して、美しく、均整の取れた肢体が浮かび上がる。
「・・・新たなる誕生を迎えた感想を聞かせてもらいたいな。」
静寂を破り、デルフィムが美女に語りかける。
ゆっくりと視線をめぐらした美女は、デルフィムの顔を認めると微笑をもらした。
美女は優雅な動作で手術台より降りると、デルフィムに向けて深々と頭を下げた。
「最高の気分にございます。・・・胎奥より、溢れんばかりの強力なエナジーを感じます。」
デルフィムは、その言葉に頷くと口を開いた。
「擬似キングストーン生成の過程で、稀に通常には無い輝きを持つ変異体が生まれることがある。・・・そうして生まれた擬似キングストーンは、例外なく強力な力をもたらす。」
デルフィムは美女に歩み寄るとその下腹部にそっと手をやった。
「君に授けたのは“トパーズ”の擬似キングストーン。その力は、君自身で確かめたまえ。・・・今後の任務は追って伝えるが、しばらくは、今までと同じく古畠の下で仕事をしてもらうことになるだろう。」
デルフィムはそっと手を離すと踵を返しドアに向かって歩き始めた。そして部屋から出る前に一度だけ振り返り呼びかけた。
「期待しているよ、黒巣。」
美女は艶然たる笑みを湛えたまま再び頭を下げていた。
グルカムは、報告のあった棺の前で眉をしかめていた。
「・・・何なのだこの棺は?」
躊躇いがちに手を伸ばしたグルカムは、ゆっくりとその表面の文字をなぞった。
「このような様式は記憶には無いぞ。・・・しかしこの文体はゴルゴムの特殊尊貴文体に酷似しておる。」
グルカムは、ところどころ読み飛ばしながらも解読を試みた。
「PA/ZU/SU−。・・・埋葬されている者の名か?・・・埋葬時期はおよそ5万年前。」
なぞっていた手を止めると、彼は巨大な棺を凝視した。
「創世王様が再誕なされた時代か!?」
彼の心の中に、なにやら得体の知れぬ不安がよぎり始めた。
5万年前、彼は神官の中でも既に中堅の位置を確立しつつあった。だが、上位に名を連ねていたのは他の神官たちであり、その中にはガホムらの名もあった。
彼自身は、故創世王が、世紀王であった時期をあまり知ってはいない。無論、そのとき敗れたもう一人の世紀王についてもだ。
当時、彼は大神官バラオムの命を受け、ようやく形を成した日本にやってきていたのだ。生体兵器の実験のためである。
『・・・先頃亡くなられた創世王様は、月の王であったと聞く。』
目の前の棺には、はっきりと太陽の紋章が刻み込まれている。
「確か、アルシエル・・・という名だったか。」
棺の名とは異なる。だが、現在の世紀王がブラックサンという名であると同時に南光太郎という名でもあるように、棺の名がアルシエルの別名である可能性もある。
彼は、名ぐらいしか知らぬ敗れし『黒き太陽』を思い浮かべた。
だが、どうにもその姿を思い出すことが出来ない。
胸中の不安は増殖を続けている。
『・・・何故、この大神殿に黒き太陽ゆかりの棺が?・・・それにこの文字は一体?』
「グルカム様?」
グルカムは躊躇いがちにかけられた声によって思索を中断させた。
「なんだ。」
「この棺の件、いかがいたしましょう。本部に連絡をいたしましょうか。」
「・・・そうだな。」
「かしこまりました。」
そう言って、玄室から出ようとする構成員を見送ろうとしたグルカムだったが・・・。
「いや・・・少し待て!」
彼は慌てて構成員を呼び止めた。
「はい?」
彼は再び棺を見ながら口を開いた。
「今しばし報告は待て。・・・しかるべき時が来たならば、私から直接報告する。
「了解いたしました。」
グルカムは、構成員を退室させると、不気味な笑みを浮かべた。
『・・・コイツの謎を解けば、もしかすると強力な手札となるやも知れぬ。・・・これまでの失地を回復し、私の発言権を強化するほどの・・・。』
玄室の中に、不気味な笑い声が反響するまで、そう長い時間はかからなかった。
「・・・全ては、無軌道のまま。大いなる意思、その無聊を慰めるべくある。・・・結局はそれが真理なのさ。さしずめ私は混沌の道化師。有にして無。」
海中拠点の一室で薄笑いを浮かべるデルフィムは、今しがた目にした書類を机の上に投げ出した。
「・・・ナシュラム様から送られた、サタンサーベル探索の報告書ですね。」
官能を刺激するような声がデルフィムの背後から聞こえた。
そこには、先ほど手術を終えたばかりとは思えないほど血色の良い黒巣の姿があった。
その全身から醸し出される雰囲気は、以前にも増して怖気を伴う妖しい艶を周囲に放出しているかのようだ。
「・・・人は盲目だ。・・・いや、生きとし生けるもの全てが盲目なのさ。」
その言葉の意味を図りかねた黒巣は口を閉ざした。デルフィムは声を殺しつつ笑った。
「デルフィム・・・様?」
「黒巣。・・・サタンサーベルとは何だ?」
黒巣はその問いに面食らいながらも答えた。
「我が栄光あるゴルゴムの象徴。世紀王の証でもあり、同時に創世王の証でもあります。」
「それから?」
「偉大なる力を秘め、ひとたび振るわれれば、その刃風は空を裂き、その刀身は地を砕きます。この世にありて切れぬものの無い最強の剣です。」
デルフィムは頷いた。
「そうだな。・・・ではもう一つ問う。」
「はい。」
黒巣はデルフィムをみつめ、次の問いを待った。
「サタンサーベルの持つ力、それは悪か?」
「悪です。」
間髪いれずに答えた黒巣を見てデルフィムは大声を上げて笑った。
「デルフィム様?」
面食らったような表情でみつめる黒巣に向かってデルフィムは指を立てて左右に振って見せた。
「不正解だ。」
「では善なる力とでもおっしゃるのですか??」
デルフィムは首を左右に振った。
「どうも、ナシュラムも・・・いやガホム様も含めて皆思い違いをしているようだね。」
「思い違い・・・ですか?」
「そう、思い違い。・・・そのことに気付かぬ限り、どれほどの労力と時間をかけようと、サタンサーベルは姿を現すことはないだろうね。」
黒巣は困惑した表情のまま尋ねた。
「デルフィム様、ならばサタンサーベルとは一体何なのですか?」
デルフィムは微笑みながら片目を瞑って見せた。
「それは、自分で考えてみたまえ。はっきりといえるのは、今のゴルゴムにサタンサーベルの本質を知っているものは、私以外にはいないという事。最もゴルゴム以外には・・・。」
黒巣は驚きながら聞いた。
「ゴルゴム以外にはいるとおっしゃるのですか??」
デルフィムは肯いた。
「いるとも。一人・・・いや、二人かな。」
呆然とした黒巣を見て可笑しそうに笑いながら、デルフィムは続けた。
「最も、彼らが自分からその力を求めようとはしないだろうけどね。」
グルカムは、本殿の発掘と修復作業を別の者に任せると、謎の棺の解析に没頭していた。
彼は、何とかしてこの棺の中身を知りたいと考え、あらゆる方法を試みていた。
透過スキャンによる内部の探査、その他様々な手を尽くしてみたものの、外部から棺の内部を窺う事は出来なかった。
「ならば、こじ開けるしかないか・・・。」
しかし、いかなる機械、そして、怪人数人がかりの力をもってしても、棺の蓋はびくともしなかったのである。
その頑強さに、グルカムはますます中身に興味を抱いた。
『かくも厳重に封印を施している以上、中に収められたものは、それ相応の代物である事は間違いあるまい。・・・あの小癪なデルフィムを誅し、ガホムをも追い落とし、このグルカムがゴルゴムの新たなる王となる事も・・・。』
彼がそんな妄想にふけろうとした時だった。
突如として、轟音と共に玄室が揺れた。
「な・・・何事だ!?」
その言葉が終わらぬ間に、続けざまに揺れと震動が伝わってくる。
彼が、玄室から飛び出そうとするのと同時に外から研究員が駆け込んできた。
あやうくぶつかりそうになったグルカムは思わず怒鳴りつけた。
「危ないではないか!」
「し、失礼致しました。」
相当に慌てている研究員の姿に、逆にグルカムは落ち着きを取り戻していた。
「何事だ?」
「は、侵入者です!」
「侵入者だと!?」
研究員は何度も肯いた。グルカムはその取り乱しように舌打ちすると怒鳴りつけた。
「馬鹿者!すぐに警備のアンドロイドソルジャーと戦闘員、それに怪人を差し向けろ!!」
「す、すでに出動させておりますが、何しろ恐るべき奴です。戦闘員は全滅し、アンドロイドソルジャーに関してはその半数を失いました!」
グルカムは唖然とした。
「そんな馬鹿な!蜥蜴型戦闘員は30体、アンドロイドは最新の強化試作タイプが20体はいたはずだぞ。」
「その通りです。ですが現に・・・。」
その言葉が終わらぬうちに、すぐ近くで大爆発が起こり、研究員は吹き飛ばされた。
とっさに防御用のフィールドを体の周囲にめぐらせたグルカムは、土煙の向こうから怪人達の絶叫が上がるのを聴いた。
「なんということだ・・・。ともかくこの棺だけはもって脱出しなければ・・・。」
その脳裏には、彼のことを冷ややかに見つめる他の神官たちの姿が浮かんでは消えて行った。
『・・・失態続きだからな。このままでは処刑されるやもしれんな。』
彼は、その考えを振り払うかのように頭を振ると、棺に手を当てて何事かを念じた。その瞬間、彼の姿は棺とともに玄室より消え去っていた。
彼が現れたのは、発掘部隊キャンプのメインベースの前だった。プレハブ作りのその建物は、司令室を兼ねている。彼は棺に目をやってからベースの中に入っていった。
ベース内部は混乱の極みだった。
グルカムは、逐一指示を出しながら、撤退の準備を進めていった。
だが、事態は彼の予想を大きく上回る勢いで、最悪の方向へと動いていった。
ベースに寄せられる報告は、悲鳴交じりのものとなり、途切れがちになってきた。
謎の侵入者は、本殿への通路を破壊しながら徐々にこのメインベースへと近づいてくるようだ。
グルカムは決断を迫られつつあった。
「やむ終えまい。・・・ベースを放棄し撤退する。」
だが、彼の決断は遅きに失していた。
一際大きな爆発がメインベースを揺るがした。
とっさに受身を取ることもできずに、グルカムは床に叩きつけられた。
一瞬朦朧としたものの、グルカムはすぐに正気に戻った。
「そうだ!・・・ひ・・・棺は??」
慌てて表に飛び出した彼は、凄まじい爆発の痕跡の中に無傷で存在し続ける棺を見て、安堵の吐息を漏らした。だが・・・。
「!!」
彼は、爆炎の向こうに立つ、一人の男の姿も確認していた。
緑の光沢を放つ、まるで昆虫のような滑らかな外骨格。
逞しい四肢には力が漲り、その仮面のごとき精悍な顔からは若く鋭敏な闘志が吹き付けてくる。
そして何よりも腰の中央に輝く宝玉の存在・・・。
仮面ライダーと呼ばれる戦士に酷似したその姿。
グルカムはその姿に見覚えがあった。
「い、Eタイプソルジャーだと?」
その戦士は驚愕の表情を浮かべるグルカムに、さして感動を覚えた様子もなく、消えつつある爆炎を踏み越えてゆっくりとメインベースへと近づいてくる。
グルカムは、驚愕が薄れていくと同時に、怒りが込み上げてきた。
「そうか。・・・そういうことか。フッ・・・ククク。」
グルカムは笑い出した。だが瞬時にその表情が憤怒に変わる。
「謀りおったな!デルフィム!!」
グルカムは、全てはあの忌々しい新参者が、彼の失脚を狙って妨害工作を仕掛けてきたと思ったのだ。
「おのれ!・・・そうやすやすと貴様の思い通りにいくと思うなよ。」
戦士は、グルカムの目前に迫っていた。そしてそこで初めて声を発した。
「何を訳のわからないことを言っているんだ。」
その声は若い。まるで子供のように聞こえる。
「惚けるでない!!・・・貴様らの企みを見抜けぬグルカム様ではないわ!!」
戦士は首を傾げるような仕草をした。
グルカムは哄笑した。
「貴様ごとき戦闘員が、神官たるこの私を倒せると思うなよ。返り討ちにしてくれるわ!」
グルカムはそう言い放つと、右手の掌を上にして天に掲げた。
その動きに呼応するかのように、周囲の瓦礫が宙に浮かび上がる。
「死ねィ!!」
瓦礫は、猛スピードで戦士に襲い掛かる。
戦士は素早い動きでその攻撃をかわす。しかし、周囲には得物となる瓦礫は無尽蔵に存在する。
戦士は、有効打を放てる間合いになかなか踏み込むことができない。
そうこうするうちに、瓦礫のいくつかが、彼の体を掠め始めた。
「フハハハハ!!どうだ・・・神官の力思い知ったか。」
戦士は眼前に飛んできた鉄骨を鋭いパンチで破壊すると、グルカムを見据えたまま素早く後方に跳躍した。
「どうした!今更怖気づいたか。・・・だが命乞いをしたところで無駄だぞ。貴様の屍骸はデルフィムへの手土産にしてくれる。あの澄ました鼻っ柱を打ち砕いてくれよう。」
戦士は肩をすくめて見せた。
「思ったよりも大物だな。・・・仕方ない本気で行かせてもらうよ。」
グルカムはその言葉を聴いて嘲笑った。
「ほざいたものよな。では、その本気とやらを見せてもらおうではないか!!」
「言われなくても、そうしてやるさ。行くぞ!」
戦士は独特の構えをとった。その瞬間腰の宝玉から眩い蒼い光が放たれる。
グルカムは思わずたじろいでいた。
「な、なに?」
目を見開いたグルカムの前で、戦士の闘気が、先程とは異質なものへと変化していった。
やがて蒼き光の奔流が収まったとき、戦士の装甲は黄金に染まっていた。
「これは・・・。」
グルカムが声を発するよりも早く、戦士は地を蹴って飛んだ。慌てて瓦礫を飛ばすグルカムだが、瓦礫が当たる寸前で戦士の姿が掻き消える。業を煮やし、狂ったように瓦礫を投げつけるが、その体を捉えることができない。
「く・・・!」
徐々に焦燥感が広がっていく中、グルカムはより激しく攻撃することでその焦りを払拭しようとする。
だが、一度感じた焦りは、紙にインクが染み広がるかのように侵食して行き、グルカムの思考を鈍らせていく。その焦りが頂点に達したとき、戦士は攻撃へと転じた。
飛び交う瓦礫を打ち砕きつつグルカムに肉薄した戦士は、鋭い手刀を神官の肩口に叩き込んだ。
「!?」
想像を絶する激痛が神官を襲う。思わず膝を着いたグルカムだが、すぐには第二撃が加えられなかったことをいぶかしんだ。
「??」
すぐ近くに戦士の姿がある。だがその視線はグルカムの後方に向けられている。その隙に這うようにしながら戦士との間合いを取ったグルカムはややあってから戦士の視線を追ってみた。
「・・・な・・・なんだこれは。」
戦士とグルカム双方の視線の先には、1頭の馬が立っていた。
ただの馬ならば二人とも戦いを忘れて凝視することもなかっただろう。
だが、その馬が、並みの馬よりも遥かに巨体で、なおかつ半透明であるならば話は別である。
非現実的な光景がそこには現出していた。
グルカムはその視線を下に向けてハッとなった。
『・・・ひ、棺の蓋が開いている??』
どのような手段を用いても外せず、また、至近距離の大爆発の中でもビクともしなかった棺が、今はその中身を外気に晒している。
巨馬は、ゆっくりと歩き始めた。半透明の体であるにもかかわらず、しっかりと大地を踏みしめている。その蹄が下ろされた大地からは砂埃さえ舞い上がっているほどだ。
『質量があるというのか??』
巨馬は痛む肩を抑えるグルカムを無視して、戦士の下へと歩み寄った。
思わず身構える戦士を意に介した様子もなく、その鼻先を戦士に近づける。
そして、しばしの間何事かを探っていた巨馬は、不意に全てに興味を失ったように首を振ると。燐光を放ちながら一瞬にして天空へと駆け上っていった。
我に返ったのは二人ともほぼ同時だった。
一気に間合いをつめて鋭いパンチを放つ戦士。
その攻撃をかろうじてかわしながら、グルカムは身に纏っていた神官衣を投げつけた。
「往生際が悪い!」
その神官衣を払いのけた戦士の視界を黒い何かが掠めた。
「ン?」
そう思ったときには、凄まじい衝撃を胴体に受け戦士は吹き飛ばされていた。
「な?・・・尻尾??」
戦士を吹き飛ばしたのは、黒光りする鱗に覆われた太い尻尾だった。
打ち据えられた腹部を押さえながらその尻尾の主を凝視する戦士。
そこには双眸に凶悪な光を湛えた直立する爬虫類がいた。
巨大な口には鋭い牙が並び、指先の爪は鋭く研ぎ澄まされたナイフのようだ。
化け物然としたその姿とは不釣合いな人間の言葉が、その口から発せられた。
「我ながら滑稽なものよ。・・・よもや再びこの姿を晒すことになろうとは・・・な。」
戦士は再び構えをとった。
「その声は、さっきの神官?・・・爬虫類、鰐の怪人か!!」
鰐怪人と化したグルカムは吼えた。
その咆哮は衝撃波となって戦士を襲う。
戦士は咄嗟に身をかわし、その攻撃を紙一重でやり過ごした。
「ただの鰐と思ってもらっては困る。史上最強・最大の鰐にして、白亜紀後期に君臨したデイノスクス。肉食恐竜さえ捕食したというその強靭な生物の遺伝子を持つ改造人間。それがこの私だ!!」
グルカムは、外見からは考えられないほどのスピードで戦士に襲い掛かった。
戦士は、その攻撃をかわしざま、素早い蹴りをその背中に見舞った。
だが、鈍い音がしただけで、全くダメージを与えたような感じがしない。
グルカムは、大きく裂けた口元を器用に歪ませて笑った。
「クックック。久々の戦闘に血が沸き立つわ。・・・どうせ処刑されるかもしれんのだ。貴様も道連れにしてやる。」
「願い下げだね。」
「フン。・・・名を聞いておいてやろう。」
「・・・ホーク。」
「ん?ホークだと。」
「そうだ。・・・俺はホーク。」
グルカムは肩を揺すりながら笑った。
「良かろう。地獄で再びまみえるとするか、ホークよ。」
ホークと名乗った戦士は、拳を宝玉の前で組み合わせた。
「・・・地獄に行くのは貴様だけだ。」
ホークの黄金の装甲がさらに輝度を増していく。
「ほざくな、若造が!」
両者の間に必殺の気が高まっていく・・・。
「役者が徐々に揃いつつあるね。喜ばしい限りだ。」
デルフィムは、私室で寛ぎながら、モニターに映されるホークとグルカムの戦いを眺めやっていた。
そして口元に微笑を浮かべると、唐突に指を鳴らした。
その途端にモニターから映像が消えうせ、そこは巨大な窓へと変わっていた。
窓からは、ドックに停泊する潜水艇の群れが見渡せるようになっている。
彼は、リクライニングチェアに身を預けたまま、そのうちの何隻かが、潜水用ハッチがある通路へと移動を開始している様子を眺めて頷いた。
「主人より早く、アレの封が解かれたようだ。・・・ホントにあの少年は拾い物だったよ。」
デルフィムは、傍らのサイドテーブルに手を伸ばすと、その上に置かれたチェス盤から一つの駒を手に取った。雑兵であるポーンである。
「さて、このポーンは何に化けてくれるのかな?・・・もっとも、目の前のビショップを倒さないと、未来はないがね。」
デルフィムは駒を元に戻すと、ニヤリと笑った。
「なんにせよ、退屈する暇は私にはなさそうだ。今後ますます忙しくなるのは間違いないな。」
デルフィムは誰に見せるともなく肩をすくめた。
「まあ私としては、・・・あの方が楽しんでくれれば、それだけでいいのだが・・・ね。」
デルフィムは親愛とも苦笑とも取れる笑みを浮かべると、ゆっくり立ち上がって部屋を後にした。