第11話 太古からの呼び声(前編)


深夜の公園。

最近多発する、怪生物による殺人事件のため、各方面から警戒を呼びかけているせいだろうか、好んで夜の公園へと出かけようとする人間は以前よりも確実に減っていた。

 

だが、例外も存在する。

 

帰る家とて無く、公園を棲家としているホームレス。

そして、刹那的に生きることを格好の良いことと錯覚している若者である。

 

 

 

公園内に、悲鳴と打撃音、そして狂ったかのような歓声が響く。

「た・・・助け・・・。」

「うっせーんだよ!」

その叫びと共にまたもや打撃音が響く。

薄明かりの中、目を凝らせばそこには、一人の老人に集団で暴行を加えている複数の人影があった。

 

「クッセーんだよ!・・・このゴミが!!」

一人が老人を蹴飛ばす。老人は血を吐きながら地面をのたうつ。

 

暴行を加えているものたちは一様に若い。高校生・・・いや、中学生かもしれない。

みな一様に老人を罵倒しながら、容赦の無い暴行を加えていく。

 

「・・・良い時代になったもんだぜ。このクズどもを殺したところで、全部『ゴルゴムの仕業』にしちまえるんだからな。」

「マサル。お前ってすげえよな。」

「あん?」

マサルと呼ばれた少年が振り返る。

「だってよ。ふつう、こんなこと考えつかねえよ。」

少年は、手にした鉄パイプで老人を打ち据えながらニヤリと笑った。

「こーんな、楽しいゲームをな!」

そう言われてマサルは肩をすくめた。

「バーカ。こんなの事件のニュースを見て3秒で考え付いたぜ。・・・頭は生きてるうちに使うもんだぜ。」

少年たちは顔を見合わせて笑った。その間も老人に対する暴行を止めようとはしない。

「た・・・・助け・・・誰か・・・。」

マサルは老人の頭を思い切り蹴り付けた。夥しい血が流れる。

「このゴミ・・・まだ喋ってやがる。・・・おい、そこの砂場から砂を取ってきてこいつの口ン中に突っ込んでやろうぜ!」

「OK!」

仲間の一人が駆け出そうとして立ち止まった。

「どうした・・・。」

マサルも、そして他の仲間も見た。砂場に佇み、彼らをじっと見つめている少年がいたのだ。

年のころは、彼らとそう違わないだろう。せいぜい13、4歳といったところだろうか。

 

「ナンだ。お前!」

マサルの声に反応したのか、少年は微笑を浮かべると尋ねてきた。

 

「ねえ、なにしてるの?」

「ナンだ?」

「ねえ、なにしてるのさ?」

 

マサルはせせら笑いながら言った。

「見てわかんないのかよ。ゴミを始末してるんだよ!」

その言葉に、少年は首をかしげた。

「ゴミは・・・どこにあるの?」

少年はきょろきょろと辺りを見回した。

「これがゴミに決まってんだろ!」

マサルは横たわって呻く老人を少年の方に押しやった。

 

少年は再び首をかしげる。

「だって、ゴミじゃないでしょ?お爺さんじゃないか。」

 

マサル達は、大声で笑った。

「ゴミなんだよ。・・・ホームレスなんてヤツは、生きてたってしかたねえのサ。」

「そうそう、何の役にも立たないしな。」

「邪魔だし、クッセーし。迷惑なんだよ。」

 

マサルは悪意のこもった表情で少年を見た。

「・・・って言う訳で、このゴミを使って愉快なゲームをしようって考えたわけだ。」

「・・・ゲーム?」

「そうさ、どれだけやれば死ぬのか。そのギリギリを試すゲーム。殺したやつが負けで、みんなに飯をおごるって言うゲーム。どうせいらないもの、邪魔なものを使ってるんだ。・・・まあいわゆる、ゴミの有効活用ってヤツ?」

 

少年は相変わらず首を捻っている。

「その、ゴミとかいらないとかって誰が決めるの?」

「ウッセーな。そんなの俺たちが決めるに決まってるだろうが!!」

マサルは徐々に鬱陶しそうな表情を浮かべながら、乱暴に言い捨てた

「解ったか?」

少年はにっこりとして頷いた。

「うん、解ったよ。そういうのは好きに決めていいってことだね。」

「そうさ。解ってきたじゃねえか。・・・じゃあ、お前もやってみるか。」

「え・・・いいの!?」

「おう、やれやれ。」

驚く少年にマサルは笑いながら言った。

「それじゃあ・・・。」

そう少年が言うのと同時に背後で絶叫があがった。

「な・・・なんだ!?」

マサルが振り返ると仲間の一人が首をねじ切られていた。胴体から鮮血が吹き上げる。その隣には、いつの間に移動したのか少年が生首を持って立っていた。少し首をかしげながら少年が口を開いた。

「・・・ねえ。あまり面白くないんだけど・・・。」

そう言うと、生首を投げ捨てて、別の少年に飛び掛る。

「な・・・!」

少年が何気なく放ったパンチは、胴体を貫いて背中から臓物を撒き散らした。

 

マサルが一瞬停止した思考から回復した時には、仲間は全員骸と化し、少年の手がマサルの首にかかっていた。

「ぐ・・・。」

少年の手に徐々に力がこもる。

「・・・は・・離せ・・・。俺じゃなくゴミをやれよ。」

驚くべき力でマサルの身体を吊り上げながら少年は微笑んだ。

「何言ってるのさ?君がゴミでしょう?」

「な・・・な・に?」

「ゴミかどうかは『勝手に決める』んでしょ。君がそういったんだよ?」

「ぐ・・・・げ・・・・。」

「ゴミを始末する・・・そういうゲームなんだよね。・・・・それ!」

少年の手の中で何かが砕けた音がした。ぐったりとしたマサルを放り投げると、少年は肩をすくめた。

「あっちゃあ。殺したら負けなんだっけ。・・・でもまあいいか。」

少年は踵を返した。

「誰もいなくなっちゃったから罰ゲームも無しだもんね。」

少年はぺろりと舌を出すとそのまま立ち去っていった。

後に残ったのは、無数の少年の残骸と虫の息の老人だけだった。

 

 

 

オフィス街の一角に、そのビルは建っていた。築五年。丁寧に使われてきたのか、特に目立って壊れたり、汚れたりしているような所は無い。

10階建ての建物は、その全てが、一つの組織によって使われることになる。

 

すなわち「M.A.S.K」である。

 

大型の会議室と思われる部屋に、男女合わせて60人ほどの人々が集まり、上座で話す人物の言葉に耳を傾けている。その人物、橘警視正は居並ぶ警官たちを見渡し、力強く話し続けている。

 

「・・・という訳で、本日より『M.A.S.K』の本部をこのビルに移動し、併せて大幅な増員が行われたわけだ。今まで以上に組織的に動くことが出来るようになったことにより、今後いっそう表立ってくるであろうゴルゴムの犯罪に対して、迅速に対応できるようになるだろう。」

 

この後、各部署の発表が行われた。

 

事務一般をこなす、「事務処理班」

情報の収集と分析を行う「情報分析班」

現場に出て捜査を行う「捜査班」

Cスーツの整備や特殊車両の整備・補修を行う「整備班」

科学的に調査を行う「科学班」

そして主として怪生物との戦闘を受け持つ「戦闘班」

 

である。

これまでは、少数であったために常に後手、後手、にまわらざるを得なかった彼らも、ようやく本格的に稼動できる体制になったというわけだ。

 

会議室を後にする警官たちの顔は、責任感と使命感に輝いていた。

会議室に残った本条、大門寺の二人は微笑を浮かべながらその様子を眺めている。そして互いに顔を見合わせると肯きあった。

 

風杜は、意外な人物との再会に満面の笑みを浮かべた。

「近藤警部補!!」

近藤はチッチッチと指を横に振った。

「ここに異動になる際に昇進してな。ようやく警部になったよ。」

近藤はそういうと、ポケットから缶コーヒーを取り出して風杜に放り投げた。それを受け取った風杜は、近藤が缶入り汁粉を取り出すのを見て懐かしさが込み上げてきた。

だが、近藤は、少しまじめな顔で風杜を見ている。そのいつにない表情に風杜もその表情を引き締める。

「・・・まさか、俺がこの捜査班の責任者をやれっていわれるなんてな。」

「警部・・・。」

「なあ、風杜。・・・あの子を化け物に変えたのもゴルゴムって奴らの仕業なんだよな。」

近藤の言う『あの子』とは、かつて彼が探し続けていた行方不明の少女『河合美津子』のことだ。風杜は無言で肯く。

「正直言ってな、俺みたいなくたびれた男に何ができるのかわからん。自信なんてものもこれっぽっちもありゃしない。」

近藤は缶汁粉を飲み干した。

「だがな、ゴルゴムを憎む気持ち、これだけは確かだ。寂しい幼子の魂を弄ぶ・・・。そんなことを平気でやるような奴らは野放しにしちゃいかん。」

「もちろんです、警部!」

「なあ、風杜。俺は、いや俺たちの年代の奴らはな、順当にいきゃあお前ら若いやつらよりも、確実に先に死ぬんだ。・・・その後の社会を作っていくのはお前たち若い世代だ。」

「警部?」

近藤は、フッと笑みを浮かべた。

「そして、お前らの後の社会を作っていくのが今の子供たちだ。・・・その社会を暗黒と絶望が支配するような時代にしちゃいけない。・・・子供たちが胸を張って夢を語れる、そして自由と平和を享受できる・・・そんな未来を作る礎となる。・・・それがM.A.S.Kの、・・・俺たちの成すべきことだと思う。」

「自由と平和の為・・・。」

近藤はニヤリと笑うと、そう呟く風杜の背中をバンと叩いた。

「らしくないことを言っちまったな。・・・まあ、よろしく頼むぜ。」

風杜も負けずにニヤリと笑い返すと手にした缶コーヒーを掲げた。

「こちらこそ!」

 

 

 

オーストラリア・アリススプリングス。

大陸のほぼ中央部に位置するこの町は、周辺に観光スポットが点在するため、旅行者たちの拠点になっている。

 

そこかしこに、外国人の旅行者の姿が見え、その中には日本人のカップルの姿もあった。

「あら?」

「どうしたの?」

不意に声を漏らした恋人に、男性は立ち止まった。

「・・・あそこに日本人の男の子が・・・。」

「え?」

男性は、彼女の視線の先を追ったが、そこには誰もいなかった。

「あれ・・・?確かに今。」

男性は苦笑した。

「ここは旅行者が多いからな。日本人の子供がいたっておかしくは無いさ。」

「・・・そう。・・・そうよね。」

男性は微笑むと恋人の肩を抱いた。

「さあ!今日はエアーズロックに行こう。・・・君も楽しみにしてた、あの。」

女性も微笑を返しながら頷いた。そして、恋人の肩にもたれかかる。

「でも、結構寒いのね。南半球っていつでも暖かいのかと思ってた。」

その言葉に男性は苦笑した。

「季節がちょうど逆になるってだけだよ。日本が夏だから、こちらは冬。・・・まあ、違和感はあるよね。」

二人は顔を見合わせて笑うと、寄り添ったまま歩き始めた。

 

 

 

赤茶けた大地を、一台のバイクが疾走している。

時折見えるのは潅木と、奇妙な形をした岩の群れだけだ。

 

オーストラリアには、世界最大の一枚岩・エアーズロックを初めとして、多くの奇岩、巨石が存在する。

 

観光のメインとなるのは、エアーズロックや、デビルズマーブル等だ。

しかし、このバイクが走っている辺りの岩は、それらの奇岩とは明らかに趣が違う。

 

奇妙さよりも禍々しさが先にたつ・・・そんな雰囲気なのだ。

 

やがて、バイクは停車した。

おもむろにヘルメットを脱ぐライダー。そこから現れる顔は意外と幼い。まだ少年・・・といった年齢だろう。

少年は、サングラスを取り出すと装着した。

 

「・・・やはりあそこか。・・・今度こそ間違いなさそうだ。」

 

少年の視線の遥か先には、ひときわ異様な巨岩がそびえていた。

 

「デビルスロック。・・・悪魔の聖地・・・。伏魔殿か。」

少年はバイクから降りると、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「・・・いい加減に出てきたらどう?・・・俺としても早く片付けたいんだけど?」

 

その声が終わるか終わらないかのタイミングで、周囲の地面から次々に異形が飛び出してきた。

硬質の鱗。長い尻尾。首の周りの皮膜。

直立したトカゲといった風体の怪物たちは、完全に少年を包囲すると、皮膜を大きく広げて少年を威嚇してきた。

 

「エリマキトカゲの怪人か・・・。知性は感じられないな。旧タイプの改造人間だな。」

少年は落ち着いた様子でそう呟くと、ゆっくりと怪人たちを見回す。

「やれやれ。よほど爬虫類に縁があると見えるね。」

エリマキトカゲの怪人が一斉に飛び掛る。

しかし、少年の姿は忽然と消えていた。

「GUGU???」

首を捻る怪人たち。

「こっちだ!」

その声に、いっせいに怪人たちが上を見た。

点在する奇岩のひとつ。その上に人影があった。

特徴あるバッタ型の頭部形状。腰で輝く蒼き宝玉。左腕に巻きつけられた真紅のバンダナ。

仮面ライダーと呼ばれる戦士に酷似した、似て非なる戦士・・・。

その戦士は、すかさず跳躍すると、一体の怪人の頭に蹴りを見舞った。

 

「GYE!?」

頭部を押さえてのたうつ怪人。仲間をやられていきり立った残りの怪人が戦士に殺到する。

戦士は、悠々とその攻撃をかわしながら的確な打撃を怪人に加えていく、吹き飛ばされる怪人たち。だが、持ち前のタフさによってか、すぐに起き上がって襲い掛かってくる。

「・・・あまり消耗したくは無いんだが。・・・仕方ないか。」

 

戦士の身体が徐々に金色の光を帯びていく。

「・・・覚悟しろよ。」

戦士は身構えると鋭いパンチを繰り出していた。

 

 

 

同じ頃、戦士が戦っているのとは別な方向からデビルスロックを眺める男の姿があった。

ローブを身にまとったその男は、苦虫を噛み潰したかのような表情のまま微動だにしない。

 

どれぐらいの時間が経過したのだろう。その男の下に、一人の女性が駆け寄ってきた。

遺跡でも発掘しているのだろうか?そう思わせるような服装の女性は、男と並ぶと強烈な違和感を与える。

 

女性が耳打ちすると、男の表情に始めて笑みが浮かんだ。

「そうか!本殿への隧道の瓦礫が!!」

女性が頷く。

「はい。ようやく撤去が終わりました。すでに何人かで先行し内部を調べていますが、意外なほど損傷は軽微なようです。」

ローブの男は頷く。

「それは重畳。隧道の補強が終わり次第、本殿の修復作業にかかれ。」

女性は頷いた。

「畏まりました。・・・それともうひとつ。」

「何だ?」

「隧道からは、少し離れた場所ではあるのですが、奇妙なものを発掘いたしました。」

「奇妙なものだと?」

怪訝そうな顔で問いかける男に女性は数枚の写真を差し出した。

「ポラロイドで撮影したものなのですが。・・・我々には判断つきかねましたのでご報告に。」

手渡された写真をめくっていた男の手が止まる。一枚の写真を目にしたその表情が険しくなる。

「・・・棺。・・・だが一体誰の?」

「グルカム様?」

ローブの男・グルカムは、女性に写真を返すと歩き出した。

「その場に案内してもらおう。・・・もしかすると、なにやらとんでもない物を見つけたかも知れんぞ。」

女性は慌てて先に立ち、グルカムを先導し始めた。

 

 

 

「ラストだ!!」

金色の拳が、怪人の胴体を貫く。そして、無造作に拳を引き抜くと、その傷口から炎が吹き上がる。

その炎が全身にまで及ぶと、怪人は地面に倒れてのたうちながら絶叫を上げる。

やがて、怪人は分子レベルで崩壊を起こし消滅していった。

それを見届けると、戦士は息をついた。その姿が見る間に変化していく。

瞬きの間に、戦士は少年へとその姿を変えた。

少年は、いまだに左腕に残るバンダナを外すと、しばしそれをみつめた。

そして、微かに微笑を浮かべるとポケットの中にしまいこんだ。

少年は、再びバイクに跨ると、ヘルメットを被った。

そして、エンジンを始動させ、再び砂塵舞う荒野を疾走し始めた。

 

しばらく無人の荒野を駆けていると、不意にヘルメット内にメロディが流れた。

少年はバイクを停めると、ヘルメット側面のパネルに手をやった。同時にヘルメット内に声が響く。

「私だ。」

「博士!・・・何かわかりましたか?」

しかし、少年の望むような答えは返ってこなかった。

「いや・・・。今までと同じく、アリススプリングスから500km.の範囲で、ゴルゴムが何らかの活動を行っているらしいということだけだ。」

「そうですか・・・。」

「おまけにその辺りには、創世王死去直後の混乱期に捨て置かれたままの施設から、旧タイプの改造人間が逃亡し、好き勝手に暴れているらしい。・・・そのせいで、情報が錯綜している。」

「・・・さっきもその怪人らしき一団と遭遇しました。数体程度だったので何とか蹴散らしましたが、もし連続で遭遇すると、捜査に支障をきたすかもしれません。」

「そうか・・・。なるべく戦闘は避けるに越したことは無い。といってもこちらの都合でむこうが動いてくれるわけでもないがね。」

少年は苦笑した。

「ともかく、予定通りデビルスロックの方に向います。・・・あの辺りは観光客もめったに行きませんから、奴等にとっては都合がいい土地かもしれません。」

少年の言葉に博士と呼ばれた男も同意を示した。

「同感だね。アボリジニー達も、古より魔の領域と恐れていたというし、奴等と関りの深い土地かもしれない。・・・だが、くれぐれも無茶はするなよ、鷹志君。」

少年は了解と答えると、再びバイクをスタートさせた。

 

 

 

東京都新宿区代々木。

雑多なビルが並び、忙しそうに人が行き交う。

そんな人々を見下ろせる喫茶店にその男はいた。

 

ワイシャツにネクタイ姿。だが、サラリーマンとは違う雰囲気が全身から醸し出されている。男は、アイスコーヒーを口にしながら、誰かを待っているようだ。

 

男のグラスの中身が少なくなってきた時、自動ドアが開いて一人の男が入ってきた。

いらっしゃいませというウェイトレスの華やかな声が店内に響く。

男はしばし店内を見渡したあと、軽く手を振る男に気づいて歩み寄ってきた。

「遅くなりました。本条さん。・・・いやぁ、暑い、暑い。こんな日は泳ぎにでも行きたいですね。」

アイスコーヒーを飲み干す男にそう声をかけると、男は向かいの椅子に腰を下ろした。

ウェイトレスにアイスティーを注文すると、男は本条の方に向き直った。

「どうだった速水?」

本条はそう切り出した。

「・・・そうですね。夏休み時期に急に家出をする青少年が増える・・・なんて事はよくあることなんですが、今回のコレは異常ですね。」

「というと?」

「通常、家出をする場合、親にはその兆しがわからなくても、学校の友達なんかは何かを感じていたり、あるいは本人から聞いていたりといった事もあるんですが、今回はそんな兆候が全く無いんです。」

「全く無い?」

速水は頷く。

「そう、全くね。少なくとも今回、自分が事情を聞いた12件に関してはそのようです。・・・少年課の連中も頭を捻っていますよ。」

「・・・大規模な誘拐事件・・・という線は考えられないか?」

本条の言葉に速水は首をかしげた。

「どうでしょう?・・・これほどの大掛かりな誘拐の場合、どんなに綿密に計画を進めたとしても、どこかで綻びが生じるものなんですけどね。なにしろ、10、20という数字じゃありませんから。」

「今日までの段階で130人余り・・・か。」

「まだまだ他の署からも上がってくると思いますから、最終的にはかなりの数に上ると思いますよ。」

速水はウェイトレスが運んできたアイスティーに口をつけた。本条は腕組みをしたまま唸るように言った。

「この中の何人かは、普通の家出かもしれん。・・・だが、もしかすると・・・。」

「奴らの仕業である可能性も。」

速水の言葉に本条は頷く。

「商店街事件の時、数少ない生き残った人からの証言では、チンピラ風や不良少年風の若者が路地裏に入っていき、しばらく後に路地裏から怪物が現れたといっている。・・・無論、偶然かもしれんし、その若者たちも怪物に殺されたのかもしれん。だが、その若者たちこそが怪生物に『変身』した可能性もある。」

「奴らは、人間を怪物へと変える・・・。もし今回の多発する家出が単なる家出ではなく奴らが絡んでいるとしたら・・・。」

「・・・怪物の素となる人間を調達しているのかもしれんな。」

速水はその言葉に首を捻った。

「でも、今回の家出事件。家出人は中、高生の少女ばかりですよ。・・・もし俺だったら、怪物にするなら腕っ節の強そうな男にしますけどね。」

「確かにな。・・・だが、他にも何か目的があるのかもしれん。女性の怪物を作る、何か意味が・・・。」

本条は、プロトタイプのC・スーツを着て戦った、蜘蛛型の女性怪人を思い出していた。

「女性である・・・意味が・・・。」

本条はそういうと考え込んだ。

速水は、そんな本条の様子に苦笑を浮かべると立ち上がった。

「それじゃあ。また、聞き込みに戻ります。何かあったら本部の方に連絡を入れますね。」

本条は腕組みを解くと顔を上げた。

「ああ、くれぐれも気をつけてな。やつらが絡んでいるとしたら、ちょっとしたことでも命取りになる。」

速水は微笑みながら左腕のブレスレットを本条に見せた。

「大丈夫ですよ。ようやく俺用のコイツが完成しましたからね。・・・でもまあ、気をつけますよ。」

「ああ。・・・頼んだぞ。」

速水は軽く敬礼をすると席を立った。

 

 

 

同日夜。東京湾のとある漁港。

物陰から様子を窺う速水の姿があった。

少し前から、何人か連れ、あるいは一人でこの港にやってきては、倉庫の中に消えていく少女たちの姿があった。

「・・・飛田のヤツ。あいかわらずいい加減なネタかと思ったが、今回は当たりだな。」

速水は、通称トビーと呼ばれる情報屋の貧相な顔を思い出した。

彼の目の前で、またもや一人の少女が倉庫内に入っていく。

「・・・蒸すな、今夜は。・・・でもまあ、追いかけているのが可愛い女の子ということだけが救いだな。」

「何言ってるんですか速水班長。職務中に不謹慎ですよ。」

速水のすぐそばで控えている数人の捜査官のうち、若い女性捜査官が小声で注意した。

「悪い、美山。・・・いやあ、今頃岡崎はむさ苦しい暴走族の集会を張り込んでると思うとついつい。」

「ついつい何ですか!」

「いやあ、・・・俺のほうがましかな・・・なんて。」

「バカ!」

美山捜査官はそう言って頬を膨らませた。

 

馴染みの情報屋に、一緒に情報を買いに言った速水と岡崎は、それぞれ自分が追う事件に関する情報を得て、行動を起こしたのだ。

 

速水は、家出少女達に関する情報を求めていたし、岡崎は、近頃急に凶暴化した主要暴走族の周辺に見え隠れするゴルゴムの影を感じ、情報を収集していたのだ。

 

「得ダネやで!」

そう、得意そうに話すちょび髭の男は結構な額を要求してきたわけだが、今回に関してはそれに見合う情報だったということだろう。

もっとも、この場にいない、岡崎のほうのネタの真偽は解らないわけだが・・・。

 

「そこで何をしている!」

突然の大声に、速水達はギョッとして振り返った。

そこには、ものすごい剣幕で近づいてくる、漁業関係者風の初老の人物がいた。

「わ!・・・シィー!シィー!」

速水は倉庫の方を窺いながら、指を立てて男に静かにするよう示した。

だが男はお構いなしにずんずん近づくと大声を張り上げた。

「この辺はな、夜間は立ち入り禁止になっている。・・・あっちにある立て札が見えんかったのか!」

「叫ぶなおっさん。・・・静かにしてくれ。頼むから。」

「何だと!!」

「俺たちは怪しいもんじゃない。ホラ・・・。」

速水は懐から警察手帳を取り出すと男に見せた。周りのものも同様に手帳を取り出す。

「な、俺たちは警察官なんだ。わかったかい?」

「警察だと!!」

「そうそう、警察。」

 

男は声を押し殺して笑い出した。速水達もつられて苦笑いを浮かべる。

「警察か・・・ならば生かしてはおけんな!!」

男は口笛を吹いた。同時に倉庫内から複数の人影が走り出してくる。男が大声で叫ぶ。

「とっとと『積荷』を運び出せ!この下等種族どもは儂が引き受ける。」

人影が倉庫内に戻っていく。

「おまえ、あいつらの仲間か!大人しくしろ。逮捕する!!」

速水の言葉を聞いて、男は鼻で笑った。

「愚かな。・・・貴様らごときに我々を拘束することなど不可能だ。」

「そいつはどうかな?」

速水は懐から無線機を取り出して命令した。

「待機中の各員に告ぐ。一斉に倉庫内に踏み込め!」

その言葉と同時に港の各地に潜んでいた捜査員たちが一斉に倉庫に走り寄る。

「どうだ!観念しろ!!」

男は、動じることなく高らかに笑った。

「???」

あっけにとられる速水達の前で、初老の男は徐々に異形へと変身していく。

「コイツ・・・?」

速水は振り返って部下に命令を下した。

「コイツは、例の怪生物だ。・・・ここは俺が引き受ける!お前たちは倉庫の方を頼む!」

「班長!」

美山捜査官は心配そうに速水を見た。速水は大丈夫だという風に微笑みながら頷くと、早く行くよう促した。

美山たちは、互いに頷きあいながら倉庫の方へと走っていく。

 

怪物に向き直った速水は、声高に叫んだ。

「変身!!」

瞬時にCスーツが装着される。

その姿に、一瞬怪物が目を見張った。

「変身だと??」

「そういうことだ。大人しくつかまってもらおうか!」

「愚かな。人間ごときが我等に勝てると思っているのか?」

「やってみなけりゃわからないぜ。・・・ゴルゴムのこと、残らず吐いてもらうぜ!!」

「小癪な!!」

 

棘のついた黒褐色の外骨格に覆われた怪物。甲殻類・・・おそらくは蟹の改造人間なのだろう。巨大な鋏を打ち鳴らしながら速水に迫る。

先に仕掛けたのは速水だった。

軽く跳躍して蟹怪人の背後に回りこむと、鋭いパンチを放つ。

だが、漆黒の手袋から繰り出された拳は、硬い甲羅によって容易く弾かれてしまった。

「くぅ・・・。予想していたとはいえなんて硬さだ。」

蟹怪人は笑った。

「馬鹿め。わざわざ最も強固な箇所を狙ってくるとはな。」

蟹怪人は半身を捻るようにして鋏を速水に叩きつける。しかし、速水もまたその攻撃を両腕を交差して受け止めた。

「!!」

「よし痛くない!」

速水は素早くステップを踏んで蟹怪人と間合いを取る。

蟹怪人は、ゆっくりと振り返り速水と真正面から相対した。

「・・・存外やるものよ。」

「お褒めに預かり光栄だね。じゃあ、準備運動はこれぐらいにしておこうか。」

「ホゥ?・・・ではコレからが本気だとでも?」

「まあね。」

速水は腰のベルトから何かを引き抜く。

それは、見る間に棍へと形状を変質させる。

その時、ヘルメット内に通信が響く。

「班長!やつら、小型艇を用意しています。」

「小型艇?」

「はい。どうやら少女たちを乗せてどこかへ連れ去ろうとしているようです!・・・今、美山たちが何隻かを制圧中ですが、とてもじゃないですが人数が足りません。」

「なんてこった・・・。」

「既に出港したものもあります。」

速水は舌打ちした。

「・・・やむをえないな。行っちまった分は仕方が無い。だが、残っている小型艇は出来る限り押さえてくれ。」

「了解!」

 

速水は通信を切ると蟹怪人を睨み付けた。怪人は余裕からか腕組みをしたまま彼を観察していたらしい。

「話は済んだかね?」

「ああ・・・。」

「自分たちの無力さを思い知ったのではないか。」

「・・・いや。そう捨てたもんでもないさ。」

「諦めの悪い男だ。」

「そういう性分でね。・・・さあ、仕切りなおしだ。」

速水は棍を構えると、蟹怪人へと駆け出していた。


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