第10話 記憶の底(後編)


「う・・・?」

軽く呻いた後、あゆみはゆっくりと目を開いた。

病院だろうか。見上げた天井や、部屋がかもし出す雰囲気から、あゆみはそう判断した。

 

「お目覚め?」

あゆみはそう声をかけられて、ハッとしながらベッドから上体を起こした。途端に軽い頭痛を覚えて、額に手をやる。

「急に動かない方がいいわ。」

声の主はそう言うと、あゆみの顔を覗き込んできた。長くつややかな髪が印象的な女性だ。年齢はおそらくあゆみと同じぐらいだろうか。

「・・・あなた・・・・!・・・あなたは!?」

あゆみは、その女性が気を失う前に見たカーラの人間体である事を思い出していた。

「動けそう?・・・なら一緒に来てもらえるかしら。デルフィム様がお待ちよ。」

「デルフィム・・・。」

あゆみはその名前に聞き覚えがあった。彼女は表情を強張らせながらベッドから降りると、女性の後について歩き始めた。

 


 

彼女が通されたのは、会社の応接室のような内装の部屋だった。正面の黒檀の机に、男が座っている。その傍らには白衣を着た強面の男が立っている。その男には見覚えが無かったが、机に座り笑みを浮かべてあゆみを見ている男を彼女は知っていた。

「デルフィム・・・。」

デルフィムは笑みを浮かべたまま立ち上がった。

「どうかね。ご気分は?」

「・・・最悪だわ。」

デルフィムは、そっけないあゆみの言葉に苦笑を浮かべた。

「そうかい?一応外傷はないようだよ。・・・マーラの治癒能力の賜物だね。」

あゆみはキッとした表情でデルフィムを見た。

「怪我のことじゃないわ。・・・あなたの顔を見たせいよ。」

肩をすくめながらデルフィムは椅子に座りなおした。

「やれやれ。嫌われたものだな。」

「・・・私をここに連れてきた理由は何?・・・生かしたまま連れて来たからには何か企んでいるんでしょう!!」

「クックック・・・。」

「何がおかしいの!」

デルフィムは可笑しそうに笑いながら、あゆみに語りかけた。

「君に何かするつもりなら気を失っているうちにとっくにやっているさ。」

「じゃあ・・・。」

彼は軽く手を挙げてあゆみの言葉をさえぎると傍らの男を伴って彼女の元に歩み寄った。

身を硬くするあゆみに笑いかけるとデルフィムは口を開いた。

「そう警戒しないでくれないか。・・・何もしやしないよ。」

疑わしそうな表情のあゆみを見てデルフィムは再び肩をすくめた。

「今の時点で、君に何かをするメリットは何も無いから安心するといい。・・・最も、何ヶ月、あるいは何年先に君を害さないとは保障できんがね。」

「・・・今は?」

デルフィムは頷いた。

「私はただ、ゴルゴムが君に預けている「アレ」を返してもらいたいだけだよ。」

あゆみは、驚いた表情でデルフィムを見た。

「・・・まあ、ここじゃ何だし場所を変えようか。・・・ついて来てくれ。」

デルフィムは先頭に立って部屋を出ると、殺風景な廊下を歩き始めた。

 


 

一行がやってきたのは、実験室風の部屋だった。正面のガラス越しには何か巨大な二つの物体が蠢いているのが見える。

「・・・あれは。」

微かに震えながらその物体を見つめるあゆみにデルフィムは囁くように言った。

「懐かしいだろう?君にとってはマーラへの変身能力を得た時以来かな。」

デルフィムはガラスに近づく。

「超生命体カーラ、・・・そしてマーラ。君たちの力の源だよ。」

ふらつく足取りでガラスに近づくあゆみは、その二つの物体を凝視した。醜悪で巨大な肉塊を思わせるその物体は微かに脈動している。彼女はそのうちの一つの物体の前に祭壇のようなものが置かれ、そこに眩い裸身をさらす女性が横たわっているのを見た。

「・・・私の妹よ。」

驚いて振り返るあゆみの目前に、先ほどの女性が立っていた。

「そして、君に代わる新たなマーラでもある。」

デルフィムは少しおどけた調子でそう言った。デルフィムは部屋においてあった椅子の一つに腰をかけた。

「君も知ってのとおり、超生命体カーラ、そしてマーラは、創世王と同様にはるかなる昔から存在している。彼女らは、自ら戦うことはできないが、依り代を媒介し自らの力を行使する。その依り代が・・・。」

デルフィムはクスリと笑った。

「かつての君たち姉妹、そして今の彼女らのような『ゴルゴムの巫女』という訳だ。」

あゆみは、すぐ脇に立った女性を見つめた。

「じゃあ、あなたはカーラとなることを承諾したの?」

「私だけじゃない。・・・妹もね。」

あゆみは女性に詰め寄った。

「それが何を意味するか分かっているの!?」

女性は静かに頷いた。あゆみは思わず倒れこみそうになる身体を懸命に支えた。デルフィムはその様子を面白そうに眺めやりながら口を開いた。

「納得していただけたなら、早速その力を返してくれないかな?・・・私も暇ではないのでね」

あゆみは、呆然とした表情でデルフィムを見つめた。

 


 

銀色の光を投げかける三日月の下、信彦はあゆみの姿を探し続けていた。

「彼女に限って敵に倒されるなんてことは無いと思うけど・・・。」

信彦の脳裏には、先ほど倒した蝙蝠型戦闘員の群れがよぎっていた。

『・・・大群に不意を突かれれば危険かもしれない。』

信彦は、微かな望みを賭けてもう一度アパートに戻ってみた。だが、そこは誰も帰ってきた形跡が無かった。

そのことを思いだし、ため息をつくと、信彦は再び歩き始めた。

「もし、そこの方。」

信彦は、急に声をかけられて立ち止まった、振り返るとそこには若い神父姿の男が立っていた。

「・・・何か?」

「随分と思いつめた顔をなさっておいでですね。少し祈りを捧げていかれませんか。」

見ると、男の背後には真新しい教会が建っている。

「・・・いえ、急ぎますので。」

そう言って踵を返す信彦に、男は驚くべきことを口にした。

「まあ、そうおっしゃらずに。秋月信彦さん。」

信彦は驚いて神父を見た。

「秋月・・・信彦?」

神父は頷くと信彦を置いたまま教会へと入っていった。

一瞬躊躇ったものの、信彦は彼の後について教会のドアを開いた。

 


 

あゆみは、いささか疲れた表情で椅子に座っていた。彼女はデルフィム、そしてもう一人の白衣の男と共に、再び応接室のような部屋へと戻っていた。

 

「ご苦労様。・・・つつがなくマーラの力を返還出来てホッとしているよ。」

そう言って笑顔を浮かべるデルフィムに、あゆみは問いかけた。

「何故・・・私を生かしておいたの。」

「ん?」

「・・・マーラの力の返還は、死体からでも・・・いいえ、むしろ死体からの方が楽に儀式を行えるはず。失敗すれば次の儀式まで半年は待たねばならないはずよ。」

「・・・そうだな。」

頷くデルフィムにあゆみはさらに問いかける。

「それに、本来ならばカーラ、マーラの役割は世紀王の補佐。シャドームーン様亡き今、一体誰のために・・・。」

「おいおい、とぼけてくれるなよ。」

「え?」

デルフィムは苦笑しながら言った。

「シャドームーン、秋月信彦が生きていることなんてお見通しだよ。・・・そうだな、少なくとも私、それからガホム様は確信している。それにナシュラム、ラシュムあたりは薄々感づいているんじゃないかな。」

「・・・。」

あゆみの沈黙に、デルフィムはあくまで笑みを崩さずに言った。

「カーラ、マーラの力が必要な理由は話すわけにはいかない。君はもうゴルゴムではないからね。」

「・・・。」

「さてもう一つの、君を殺さなかったことについてだが、理由は簡単だ。君にはまだ死んでもらっては困るのさ。」

「?」

怪訝そうな表情を浮かべるあゆみに、デルフィムは相変わらず楽しそうな笑みを浮かべている。

「・・・力を失って、ただの人間になった私にまだ利用価値があるとでも?」

デルフィムは軽く首をふって否定の意を表す。

「ただの人間では困る。・・・都合でマーラの力を返してもらったけど、君にはまだ戦ってもらわないとね。」

「・・・戦う?」

かすれた声でそう問うあゆみに、デルフィムは頷いた。

「そう、戦ってもらいたいのさ。誰あろうシャドームーン、秋月信彦と共にね。」

あゆみは混乱していた。

「戦う・・・誰と・・・。」

その呟きにデルフィムは爆笑した。あっけにとられるあゆみの前で、デルフィムはしばらく笑い続けた。

ようやく、落ち着いたのか、デルフィムは口を開いた。

「可笑しなことを言うね君は?戦うべき敵は『ゴルゴム』しかないだろうに。」

「な・・・?」

絶句するあゆみに構わずにデルフィムは立ち上がって彼女の元に歩み寄った。

「やれやれ。元木くん、例のものを彼女に。」

その言葉に顔を上げたあゆみは、白衣を着た強面の男が何かを持って近づいてくるのを見た。元木と呼ばれた男に場所を譲る形でデルフィムはその場を離れドアへと向かった。

「詳しい話は彼に聞いてくれ。本来ならば、私がゆっくりと説明したいところだが、あいにくと忙しいものでね。では!」

「!?・・・待ちなさい!!」

あゆみの静止を聞かずに、デルフィムは軽く手をあげるとそのまま部屋から出て行ってしまった。あゆみは、元木に鋭い視線を叩きつけた。

「・・・どういうつもり。一体何を企んでいるの!」

元木は軽く肩をすくめた。

「さあな。あいつの考えている事なんてわかんないね。俺はただ、あいつに言われたとおり物を作っているだけだからな。」

元木はあゆみの前に腕時計を置いた。

「?」

怪訝そうに見つめるあゆみに、元木は苦笑した。

「おいおい、変な顔でみないでくれ。」

「これは何?」

「腕時計。」

すまして答える元木にあきれたような表情のあゆみは尋ねた。

「これをどうしろと?」

「おかしなことを訊く姉ちゃんだな。腕時計は腕につけるもんだろう?」

「それで?」

相変わらず冷めたように話すあゆみに元木は頭を掻きながらため息をついた。

「OK!・・・説明するからよーく聞いてくれ。」

元木は何枚かの書類を彼女の前に並べた。

 


 

教会の中は、静まり返っていた。

信彦が神父に案内されたのは教会には似つかわしくない豪華な応接室だった。

神父に促されてソファーに座った信彦は早速疑問を口にした。

「あなたは一体何者なのです?・・・僕の何を知っているんですか?」

「まあそう慌てなさるな。」

外見から推測する年齢らしからぬ、年寄りのような言い回しでそう言うと、神父は軽く手を打ち鳴らした。すると、奥からシスターがお茶を持って現れた。

シスターは、二人の前に湯飲みを置くと一礼して立ち去っていった。

信彦はいささか毒気を抜かれる形となった。

神父は微笑を絶やさずに信彦にお茶を勧めた。

「・・・どうしました?日本茶はお嫌いですか?」

信彦は苦笑した。

「いえ。・・・何か意外な感じがしたものですから。・・・その、教会で緑茶というのが・・・。」

神父は肯く。

「確かに。ですが、固定観念にとらわれる事は良くない事です。いろんな観点から物事を見る。・・・それは大事な事なのですよ。」

神父はお茶を口にした。信彦もつられてお茶を飲む。

「・・・おいしい。」

神父は微笑んだ。

「緑茶には、精神を落ち着ける作用があるといいます。・・・これから話すことは、あなたには、にわかに信じられない事かもしれません。だからこそ、落ち着いて冷静に聞いていただきたかったのです。」

信彦は、その神父の言葉に姿勢を正した。

「・・・解りました。聞かせてください。僕が・・・・僕が一体何者なのかを。」

神父は肯き、口を開いた。

「あなたの名は、『秋月信彦』です。」

「『秋月信彦』・・・それが、僕の本名。」

神父は信彦の傍らに移動した、そして跪く。

「???」

戸惑う信彦を気にすることなく神父は頭を垂れた。

「そして、今ひとつの名は、『世紀王シャドームーン』。・・・我らの王。」

「王?」

「そう・・・我らゴルゴムの指導者となるべきお方であります。」

信彦は弾かれたように立ち上がった。

「ゴルゴム!?」

身構える信彦を前にして神父は動じることなくそのまま跪いている。

「・・・驚かれる御気持ちはよく分かります。されど、今しばらく、私の話をお聞き願いたい。」

その神父の言葉に、信彦は警戒しつつも話を聞くことにした。

「続きを・・・話してくれ。」

神父は肯いた。

「あなたの身の上に降りかかったこと・・・そしてそれがいかなる『意味』をもつのか・・・。全てをお話いたしましょう。」

神父は、ゆっくりと、そして整然と語りだした。

 


 

「・・・っと、まあ、そういうことだ。」

元木から説明を受けて、腕時計を装着したあゆみは首をかしげていた。

「コレを私に渡す事に、一体何の意味があるというの?」

「だから、俺は何も知らんよ。俺は、内藤が持ってきたデータの通りにソレを作っただけだ。あいつの考えは俺には図りかねるね。」

元木は頭を掻きながら立ち上がった。

「さてと、俺があいつに頼まれた事は全部果たしたぜ。・・・そうそう、後一つ。」

「何?」

見上げるあゆみにニヤリと笑いかけると元木はポケットに手を突っ込んだままで歩き出した。

「あんたを外へ案内するのを頼まれてたな。ついて来な、出口につれてってやるよ。」

あゆみは、さっさと歩いていく元木を追いかけた。

時折あくびをしながら歩く元木にあゆみは尋ねた。

「・・・どうしてあなたはゴルゴムに手を貸すの?・・・私はあなたがそんな悪人には見えないのだけど。」

元木は、めんどくさそうに首だけ振り返ってあゆみを見ると、再び正面を向いて歩き出す。

しばらく歩くと、エレベーターが目に入った。二人がエレベーターに乗り込むと凄い勢いで上昇を開始する。やがて、かすかなモーター音と共にエレベーターが停止した。

扉が開くと、そこは四方を壁に囲まれた部屋だった。床一面になにやら文様が描かれている。

「・・・ここは。」

「転送部屋だ。ただし、一方通行のな。」

元木は文様を指差した。

「あそこに入れば、一瞬で外に出られる。行き先はどこかの貸しビルだった・・・気がするな。ま、東京のどこかである事は間違いないぜ。」

あゆみは、無言でその文様に向かって歩き出す。そのとき・・・。

「さっきの質問だがな。俺は、ゴルゴムに手を貸している訳じゃあないぜ。」

驚いて振り返るあゆみに、眠そうな顔で元木が言った。

「俺はな、内藤のヤツに手を貸してるだけさ。・・・あいつは変わりもんでな、なんか他の連中と違って面白そうだから・・・まあ、そんなところだな。」

「内藤・・・デルフィムは、独自に動いてる・・・そういう事?」

「さあな。それじゃな姉ちゃん。俺の作ったソレ、うまく活用してくれよな。」

元木はそう言うと、さっさとエレベータに乗って行ってしまった。

残されたあゆみは、腑に落ちない表情をしながらも、文様の中心に向かって歩き出していた。

 


 

デルフィムは、モニター室のシートに腰掛けながら、不敵な笑みを浮かべていた。彼が見つめるモニターには、転送されていくあゆみの姿が映し出されていた。

「・・・さて、今のところは順調だな。」

デルフィムは、別のモニターに目をやった。こちらでは蝙蝠型の戦闘員が犠牲者を引き裂いている様子が映し出されている。

「なかなか、生産性のいい作品のようだ。だが戦闘力の面では、うちの開発した『タイプE』には及ばんな。・・・さて。」

デルフィムは、足を組みなおすと軽く手をあげた。

「見たいのなら、隠れていないでこっちに来て見たらどうだい。ラシュム?」

すると、それまで誰もいなかったはずの場所に、滲み出るかのように白い神官服を身に纏った女性が姿を現した。

「・・・どういうつもり?」

「どうとは?」

惚けるデルフィムに、ラシュムは腕を突きつける。その指先から細い紫電がうねっている。

「裏切り者に力を与え、また、報告されていない勝手な作戦を展開しているようだが?」

「そうかい?」

「・・・返答次第では、貴様を処刑せねばならん。」

デルフィムはその言葉に苦笑した。

「処刑・・・ね。君一人で私を殺せるかな?」

ラシュムは、短く口笛を吹いた。

その途端、周囲に数体の蜂型戦闘員が姿を現す。それぞれ、手にレイピアを構え、その刀身から何かが滴っている。

「サイボーグ用の分解液だ。掠っただけで細胞組織が壊疽、もしくは融解を起こす。」

「掠らなければ?この程度の人数じゃあ・・・」

ラシュムはさらに口笛を吹く。即座に先ほどの数倍の戦闘員が姿を現す。

デルフィムはやれやれといった表情を浮かべた。

「テレポート・・・も出来ないようだね。」

「空間そのものにジャミングをかけさせてもらった。」

ラシュムが冷たく言い放つ。

「まあ別に、逃げるつもりも無いがね。それにやっぱりこの程度なら、本気になればどうとでも切り抜けられるよ。」

「大した自信だな。」

「まあね。・・・でも、私の考えを聞けば、君は協力してくれるんじゃないかと確信しているんだけどね。」

「何・・・?」

デルフィムは、笑みを浮かべたままで、自身の計画を話し始めた。

その計画を聞いていくうちに、ラシュムは驚愕の表情を浮かべていく。

「・・・という訳で、しばらく君には静観しておいてもらいたいんだがね。・・・損な話ではないだろう?」

身体を震わせるラシュムに、デルフィムは皮肉っぽい笑みを向け続けていた。

 


 

教会の一室で、信彦は打ち震えていた。

「・・・僕が、・・・僕が、ゴルゴムの・・・。」

神父が語る一言一言が、信彦の失われた記憶を揺さぶる。

それに伴い断続的に起こる頭痛に、吐き気を覚えながら、信彦はただ震えていた。

神父は、俯き震える信彦の背後に立つとその肩に手をおいた。

「・・・すぐには、理解できないでしょう。ゆっくりと理解していただければいいのです。」

神父は、信彦の耳元に顔を近づける。

「そう・・・ゆっくりと・・・ね。」

おもむろに神父は信彦の首筋に噛み付いていた。

「!!」

激痛が走る。

信彦が、神父を突き飛ばして立ち上がるのとほぼ同時にドアが開き、幾人もの神父、そしてシスターが姿を現す。

「貴様たちは・・・。」

信彦は、視界がぼやけると同時に、体から力が抜けていくのを感じていた。

神父は笑みを絶やさずに信彦に近づく。

「サイボーグ用の麻酔薬です。たっぷりと注入させていただきましたので、もう間もなく眠りにつけるでしょう。」

「く・・・。」

神父は、歯を食いしばって意識を保とうとする信彦をみて満足そうに肯いた。

「どうか気を楽に。・・・次に目覚めた時、あなたは再び王となるのです。」

信彦は意識が暗黒の淵に沈む直前に囁く声を聞いた。

「我らを導く闇の帝王に・・・。」

 

 

 

夜の街を、あゆみは駆けていた。

「ともかく、信彦様を探さないと・・・。」

あゆみが走っていると、目の前を見慣れたマシンが疾走していった。

「ロゥカスト!?」

その声に反応して、赤銅色の飛蝗型のマシンが急停車した。

駆け寄るあゆみは、目まぐるしく両眼を点滅させるロゥカストの様子から、信彦に何らかの危機が迫った事を悟った。

「信彦様が危険なのね。」

あゆみは、ロゥカストに跨った。同時にマシンが走り出す。

弾丸のような勢いで、闇を切り裂きながら夜を駆け抜けるその影は、普通の人間にはどのように映ったのであろうか・・・。

 


 

手術台に横たえられた秋月信彦。

その顔を覗き込んでいた神父は、顔をあげると部下らしき傍らの神父に語りかけた。

「麻酔はよく効いているようだ。・・・私は別の任務がある為に抜けるが、シャドームーン様の覚醒、・・・ぬかるなよ。」

「心得ております。」

神父は肯くと、音も無く立ち去っていった。

残された者たちは、手術台の傍らにある装置を起動すると、信彦の元へ用途不明の機具をもってにじり寄っていた。

 


 

『・・・ここは?』

信彦は、ぼやける意識の中で考え続けていた。

『!?・・・だれだ。』

不意に前方に映像が浮かぶ。

『・・・・!』

そこには、怪物に命令を下す、銀の怪人の姿が浮かんでいる。

映像が切り替わると、黒い怪人と戦う銀の怪人が。

しばらく、様々な映像が浮かんでは消えていった。

 

『・・・!?』

やがて、信彦はその銀の怪人の中に吸い込まれていく。

『・・・イヤだ・・・嫌だ!!!』

信彦の視点が、銀の怪人のそれと完全に重なった。

 

横たわっているのだろう、高い天井、不気味な空間。首をめぐらすと心配そうに見つめる黒い怪人の姿が。

仮面のごとき顔からは、表情など読めるはずも無いのに、信彦は確かにその怪人が自分を心配している事を確信していた。

『誰なんだ・・・?』

 

しかし次の瞬間信彦は驚愕した。

「・・・しかし、貴様は勝ったのではない。・・・なぜなら貴様は親友を・・・この信彦を殺したのだからな。」

『何を喋っているんだ・・・僕は!!』

黒い怪人が震える。信彦は自分の意思とは関係なく言葉を続ける。

『やめろ!・・・やめてくれ!!』

「一生後悔しながら生きるんだ。・・・フフフ。ハーッハッハッハ!!」

笑い声がいつまでも響く。

『やめてくれ!・・・もう笑うな!!』

 

「親友を」

「シンユウヲ」

「しんゆうを」

「シんゆうヲ」

 

『うわーーーーーっ!!』

 

「後悔」

「コウカイ」

「こうかい」

「こウカい」

 

『・・・・・・・。』

 

信彦は心が空白になっていくのを感じていた。それと同時に何かの音が響いてくるのを知覚した。

 

カッシャーン

ガチャ

 

カッシャーン

ガチャ

 

『あ・・・・し・・・おと』

 

やがて、呆然とする彼の目の前に先ほどの銀色の怪人が立っていた。

 

『・・・・。』

虚ろに見つめる信彦に、その怪人は指を突きつける。

「その身体は、私の物だ。・・・・軟弱なる秋月信彦の魂よ。冥府へと行くがいい。」

『・・・おま・・・え・・・は?』

銀の怪人は信彦に近づきその手を信彦の胸に当てる。

「我が名は、世紀王シャドームーン。・・・この世界の支配者。」

『しゃど・・・・む・・・・ん?』

 

「消えろ!」

その手から何かが信彦に流れ込んでくる。

その激痛に信彦は絶叫した

『う・・・うぎゃーーーーーーーーー・・・・・

 


 

―――――――――あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

手術室に響き渡る絶叫。作業をしていた神父、シスターが驚いてその手を止める。

「なんだ!!」

「拒絶反応か?」

「脳内物質が異常分泌されています。」

「すぐに鎮静剤を投与・・・ぎゃああああああぁぁぁ!!」

神父は絶叫と共にのけぞる、その腹を突き破って背中へと信彦の腕が貫いていた。

他の者たちが凍りつく中、信彦が拘束具を引きちぎって半身を起こす。その身体が徐々に飛蝗怪人へと変貌し、やがて銀の外骨格に覆われたシャドウの姿に変わる。

 

だが、変身はそこで終わらなかった、更に装甲が変質していく、より厚く、より攻撃的に。

「おおっ!!」

「あの御姿は!!」

神父らの目の前に、現れたのは彼らが待ち望んでいた王の姿だった。

 

世紀王シャドームーン。

 

かつてゴルゴムの象徴だった銀の帝王が復活したのだ。

 


 

いまだ貫いたままの死体を、腕を一振りし捨てると、王は無言のまま血に濡れた腕を見た。そして、跪く神父たちを。いつしか、神父たちはその姿を蝙蝠型の戦闘員形態へと変化させていた。

 

シャドームーンは、ゆっくりと戦闘員に近づく。

そして女性の蝙蝠型戦闘員の顎にそっと手をやり上へと向けさせる。

「シャドームーン様・・・。」

感極まったような声をだし、陶然とした表情を浮かべる戦闘員。

シャドームーンは、そのまま・・・

 

力任せにその首を引き抜いた。

 

声も無く絶命する戦闘員。

部屋中に飛び散る鮮血。

恐慌に陥る戦闘員に狂気の眼を向けると、シャドームーンは奇声をあげて襲い掛かっていた。

 

追う。

掴む。

殴る。

蹴る。

引き裂く・・・・。

 

地獄絵図。

血の饗宴の後に唯一動いているのはシャドームーンのみ・・・。

 

大勢の足音が響く。勢いよくドアが開かれる。

 

異変を聞きつけて駆けつけた戦闘員らは見た。

血に染まった鬼神の姿を。

 

血の快感に酔いしれる鬼神は見た。

新たなる生贄達の姿を。

 


 

「あれは・・・!!」

前方で激しく燃え上がる炎。

あゆみは、ロゥカストがその炎へとまっすぐに突き進んでいるのを感じていた。

 

それは、炎上する教会だった。野次馬が集り、消防車も駆けつけている。

「あそこに・・・信彦様が??」

 

そのとき、教会の中から何かが飛び出してきた。

慌ててよける野次馬の只中に落ちたのは、炎に包まれながらもがく怪物の姿であった。

 

たちまちパニックに陥った野次馬は我先に逃げ去っていく。

野次馬だけでなく消防隊員も同様だ。

 

あゆみは構わずにロゥカストを走らせる。

今にも教会に飛び込もうとした時、正面の扉を押し開いて何者かが姿を現した。

ブレーキをかけて急停止するロゥカスト。

その背であゆみは震えていた。

「そんな・・・・。シャドームーン・・・様?」

 

炎に照らし出され、紅に輝くメタリックのボディ。

引き摺ってきた戦闘員の死骸を無造作に放り投げ、あゆみを見つめる緑色の虚ろな瞳。

 

狂王は、新たな犠牲者を見つけたのだ。

 

足音を響かせて迫る狂王。

 

あゆみは、信彦が正気でない事を悟っていた。

「・・・信彦様・・・私が・・・私が正気に戻してみせます!」

あゆみは、左手の腕時計を軽く触ると、決意のこもった瞳でシャドームーンを見据える。

シャドームーンの足が止まる。

 

「変身!!」

あゆみの声が響く。

残響が消える頃には、そこに、一人の戦士が出現していた。

白を基調とした、コンバットスーツ。

デルフィムの指示で元木が作り上げた戦闘服を纏い、ロゥカストに跨るあゆみの姿がそこにあった。

 

シャドームーンは、無言のまま構えを取ると、新たな敵との間合いを計り始めていた。

あゆみはロゥカストから降りると、シャドームーン同様に間合いを計る。

 

シャドームーンは、不意に喉を鳴らして笑った。

その次の瞬間には凄まじいスピードであゆみに掴みかかる。

「くっ!?速い!!」

 


 

尋常ではないスピードで襲い掛かる狂王の攻撃に防戦一方に追い込まれるあゆみ。

その様子を、ただ一人モニター室から眺める男がいた。

「やれやれ、世紀王と戦わせる為にあのスーツを作った訳じゃないんだがね。」

デルフィムは唇の端を吊り上げるとその姿を消した。

 


 

シャドームーンの手には、いつしか剣が握られていた。体内のキングストーンの力を使って具現化した精神の刃だ。

対するあゆみも、スーツの腰の部分に収納されているブレードを取り出し応戦する。

 

しかし、圧倒的な力の差はいかんともしがたく、徐々に追い詰められていく。

『・・・このままじゃ。』

あゆみが焦燥感に駆られはじめた頃に、何処からとも無く耳障りな音が響く。

 

「何なの?この音は!?」

あゆみがおもわず耳を塞いだ。見ればシャドームーンも頭を抱えうめき声を漏らしている。

具現化させたはずの剣も消え、ただうめき続けている。

「これは一体、何?」

突然の成り行きに呆然とするあゆみの目前でシャドームーンはただもがいていた。

 

 

『・・・支配力が弱まった?』

信彦は、世紀王としての意識が弱まり、自分の力が戻ってくるのを感じていた。

「・・・バカな・・・私の邪魔をするのは一体何奴だ!!」

『いまだ!!』

信彦は世紀王の意識に飛び掛っていった。

「貴様!?」

『消え去るのは、お前の方だ世紀王!』

「・・・お・・・おのれ・・・調子に・・・のり・おって」

 

世紀王の力を逆に吸収して行く。

 

「これ以上誰も傷付けさせるものか!光太郎も、杏子も。・・・あゆみも!!」

『お・おのれ・・・邪魔・・・さえ・・入らなければ・・・』

「消滅しろ!・・・闇の意志よ!!」

『グウウウウウウウゥゥゥゥッゥウゥッゥ!!』

 

世紀王の意識は再び信彦の深層意識の底の底へと閉じ込められていった。

 


 

シャドームーンは、シャドウの姿を経て、信彦の姿へと戻っていた。

「・・・完全には消滅させられなかったのか。・・・奴ままだ・・・僕の中にいる・・・。」

信彦は、ため息をつくと、顔をあげた。

そこには、コンバットスーツ姿のあゆみが立っていた。信彦は力なく微笑んだ。

「信彦・・・様?」

「やあ、なんか凄い格好だね、お互い。」

信彦は、ボロボロになった自分の服をつまみながらそういった。

あゆみは、スーツを収納すると信彦の側にしゃがみこんだ。

「ごめん。急に逃げ出したりして。」

「信彦様!」

あゆみは、そのまま信彦の胸に飛び込んでいた。信彦は驚きながらも、優しく微笑むとしっかりとあゆみを抱きしめた。

「・・・本当にすまない。・・・あの時急に克美の顔を見たものだから混乱してしまったんだ。」

その言葉にあゆみはおもわず顔をあげた。

「信彦様・・・今・・・。」

信彦は肯いた。

「ああ。全て思い出したよ。克美の事、光太郎の事、杏子の事。・・・僕は秋月信彦。ゴルゴムによって改造された、世紀王シャドームーン・・・。」

「・・・思い出されて・・・しまったのですね。」

あゆみは俯いた。すぐには次の言葉が出てこない。

「・・・今まで僕がしてきた事は許される事じゃない。」

あゆみは弾かれたように叫んだ。

「でもそれは!」

信彦は優しい笑みを湛えたまま肯いた。だがその笑みは悲しげでもある。

「解っている。あれは僕の意志ではなかった。・・・でもね、この身体が人々を苦しめ、ゴルゴムの悪行の片棒を担いだ事は、紛れもない事実なんだ。それに・・・。」

信彦は空を見上げた。

「それに、世紀王としての意識もまだ消えちゃいない。・・・心の中に奴がいる。」

心配そうに見つめるあゆみの視線を感じた信彦はあゆみを見つめながら、安心させるようにその髪をなでた。

「心配しないで。・・・僕はもう逃げない。罪を償う為に戦うさ。」

信彦は再び夜空を見上げた。

「ゴルゴムが滅ぶその時まで。」

 

月は漆黒の空に浮かび、銀色の光を地上に投げかけている。

 

やがて聞こえてくるサイレンの音を契機に、信彦はあゆみを促すとロゥカストに跨り、炎上する教会を後にした。

その様子を、離れて伺う一人の男の姿があった。

 

「やれやれ、世話の焼ける。・・・だが、これでようやく彼もスタートラインに立ったわけだ。」

男、デルフィムは片手に持った謎の装置をもて遊びながらニヤリと笑った。

「秋月信彦。南光太郎。秋月杏子とあの娘。警視庁の面々、神官。」

デルフィムは指を鳴らすと一瞬でモニター室へと移動していた。

 

いくつかのモニターには、今現在、日本でそして、世界で行われているゴルゴムの作戦の多くが映し出されている。

その中には、彼自身が推す『タイプEサイボーグ』の戦いの様子も映し出されていた。

「なかなかの仕上がりだよ。黒松教授も張り切っているようだな。生かしておいた甲斐があったというものだ。」

デルフィムはふと一人の科学者と少年の姿が脳裏をよぎった。

「そういえば東博士は今ごろは何処にいるのかな。」

彼の顔に楽しげな表情が浮かぶ。

「あの坊やも重要な『役』の一つだからね。期待通りの働きをしてくれればいいのだが。」

デルフィムは、シートに深く腰をおろすと足を組んだ。

 

「楽しませてくれよ、この私を・・・な。」

その言葉は、モニター室に拡散し消えていった・・・。


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