第6話 新生する闇(中編)
0−αと0−βに取り付けられた発信機を頼りに、風杜はパトカーを走らせていた。本部に残っている速水から無線によって随時連絡があるのだが、その声が徐々に緊迫してきた。「・・・悠輝さんはC・スーツ完成を急ぐために科警研に戻りました。それよりも本条さんたちの生命反応が先ほどから危険レベルのAのままなんです。」
風杜はレシーバーを取った。
「了解。バッテリーも当に尽きているはずだな・・・。ルドラと普通のパトカーじゃ、話にならないな。俺たちM.A.S.K用の機動車両もルドラだけじゃなく専用パトも用意してもらいたいものだな。」
「全くです。・・・ああ、次の分岐、左です。」
「了解。」
風杜は思い切りハンドルをきった。
BLACKと黒巣が変身した蜘蛛怪人は、互いににらみ合ったまま、ゆっくりと互いに最も有利になる間合いを測っていた。
その均衡を破ったのは、突如としてこの戦場に接近してきた一台のパトカーによってであった。むろんそのパトカーに誰が乗っているかは言うまでも無い。
蜘蛛怪人は口から大量の糸を吐き出した。BLACKは側転してその第1撃目をかわすと、続く攻撃もバック転をしてかわした。そして素早く蜘蛛怪人と正対する。
ファイティングポーズを取る彼の拳が赤い燐光を放つ。
「クバッ!!」
今まで以上の勢いで吐き出される糸の奔流に対して、BLACKは鋭い手刀で迎え撃った。
そして、糸を打ち払いながら怪人に駆け寄ると、その首筋に手刀を叩き込む。
「ライダーチョップ!!」
「ギギィ!!」
顔を歪めて仰け反る蜘蛛怪人に、BLACKはパンチの連打を浴びせる。
だが、蜘蛛怪人も黙って殴らせていたわけではなかった。そのパンチ連打のわずかな隙を縫ってBLACKに足払いをかけた。
「チッ!」
BLACKが素早く立ち上がったときには、蜘蛛怪人はすでに十分な間合いを取っていた。
そして、そのまま身を翻すと走り始めた。
「・・・!逃がさん!!」
BLACKは蜘蛛怪人の後を追いかけていった。
走り去る両者を目の端に捕らえながら、風杜は本条達に駆け寄っていた。
「本条先輩!しっかりしてください!!」
何度かその体を揺さぶるうちに、本条は意識を取り戻した。
「・・・か、風杜か?」
「気が付きましたか!・・・ちょっと待ってください、すぐにエネルギーパックの換装を行いますので。」
「・・・そうだ!あの、怪物はどうした?それに、もう一体の黒いのは?」
風見はスーツ背面のユニットからバッテリーをはずすと、持参した新しいパックと交換しながらいった。
「巨大な蜘蛛みたいなのは逃走しました。・・・もう一体は、その後を追いかけて行ったようです。」
「そうか・・・。」
本条は身を起こすとヘルメットを脱いだ。
「おーい!」
その時、もう一人の声が聞こえてきた。
「・・・こっちも何とかしてくれないか?重くて動けんのだ。」
その声に本条の表情が緩む。
「おお、大門寺!無事だったのか。」
「・・・あんまり無事でもないがな。」
バッテリーパックの換装が終わった二人は、通常モードでスーツを再起動した。これによって、パワーユニットがノーマル起動し、スーツは嘘のように軽くなる。
「こうしてはいられないな。俺たちは、すぐにあいつらを追う。」
風杜は反対した。
「無茶を言わないで下さい。先輩方のC・スーツは、あちこち損傷しているんですよ。これ以上の戦闘行動は危険です。」
本条は、ヘルメットをかぶりなおした。
「なあ、風杜。俺たちはこの事件にかかわっちまったんだ。結末はどうあれ、それを見届ける義務がある。」
「・・・本条先輩。しかし・・・。」
「俺も、本条と同じだ。・・・なあに、無茶はしないさ。心配するな。」
風杜はしばし悩んだ後、肯いた。
「解りました。・・・しかし私も共に行きます。」
二人は顔色を変えた。
「それはやめた方がいい。俺たちと違ってお前は何の装備も無いじゃないか。」
「大門寺の言うとおりだ。あいつらは官給品のリボルバーぐらいじゃあ傷もつかんぞ。」
二人の説得にも風杜は頑として首を縦に振らなかった。
「どうおっしゃられても、私の意志は変わりませんよ。さあ!行きましょう!!」
風杜はそう言うと真っ先に駆け出していた。
「風杜!」
二人は顔を見合わせるとそのまま駆け出していた。
怪人とBLACKの戦闘は、枯れ木の林にその舞台を移して続けられていた。
驚くべき俊敏さと、糸を巧みに使って、怪人はBLACKを翻弄した。
ブラックの放ったパンチは虚しく空を切り、鋭いキックが、また枯れ木の一本を粉砕した。
「ホーッホッホ!どうした仮面ライダー!!」
四方から、黒巣の甲高い声が響く。
『・・・落ち着くんだ。僕の全感覚器をフルに活かせば、必ず奴の居場所を探れるはず・・・。』
背後で、微かに何かが動く音がする。
「そこか!」
BLACKの放った回し蹴りは、惜しくも蜘蛛怪人の長い髪の一部を切り裂いたに過ぎなかった。
「ホホ・・・。危ない危ない。さすがは世紀王ブラックサン。・・・だが、ここまでが限界のようね。ようく自分の体を観察して御覧なさいな。」
「何!?」
ブラックが慌てて自分の体を見ると、細い糸が体のいたるところに絡み付いている。
先ほどの回し蹴りの際に、BLACKはどうやら蜘蛛糸の結界の中へと誘い込まれたようだ。その糸が急速に収縮してBLACKの体を締め上げる。
「!?」
そのパワーはさほどでもないが、巧みに力を入れにくい体勢にBLACKの体を戒めていた。
「くっ!・・・この!!」
もがけばもがくほど、糸が食い込んでくる。蜘蛛怪人は、楽しそうな声をあげると、腕を組んだ。
「とどめ・・・と、言いたいところだけどあいにく私も暇じゃないのよ。あなたの相手は後続に任すわ。・・・できの悪い戦闘員の始末もつけないといけないしねぇ。」
「何!」
BLACKが叫ぶのとほぼ同時に、林の奥から二人の男が姿をあらわした。
「黒巣様。」
「遅かったわね。・・・まあ、仮面ライダーと遊べたから退屈はしなかったけどね。」
「申し訳ありません。・・・後のことはお任せを。黒巣様はすぐに拠点にお戻りください。」
部下の言葉に性急の響きを感じた黒巣は怪訝そうな表情をした。
「・・・なにかあったの?緊急に帰らねばならないような?」
部下は肯くと、黒巣に耳打ちした。黒巣の表情が厳しくなる。
「・・・基地の周辺で?」
「左様です。・・・微弱ではありますが、確かに。」
黒巣は、肯くと変身を解いた。わずかに乱れた髪を整えると、黒巣はBLACKをそのままに踵を返した。
「ま、待て!」
黒巣は、首だけを振り向かせると妖艶な笑みを浮かべた。
「言ったでしょ?私は忙しいの。・・・機会があればまた会いましょう。」
黒巣はそういい残すと歩み去っていった。
彼女が去った後二人の男がBLACKに近づいた。
「南光太郎・・・。覚悟はいいか?」
「貴様に倒された多くの同胞の仇だ、覚悟しろ!」
その言葉が終わると同時に、二人は黒巣同様の蜘蛛の怪人へと変貌を遂げていた。
廃校の校長室。くたびれた外観からは想像もつかないほどに豪華な装飾が施されたその室内で、青年はソファーに身を預けていた。
その手には、ソフトボール大の石が握られている。
「フッ・・・。」
青年は微かに口元をゆがませると、石を握る右手に力を加えた。即座に砕け散る石を見て、青年は満足そうに肯いた。
「再誕・・・。なるほど、素晴らしいものだ。」
彼は立ち上がると、執務机に歩み寄り、そこにある内線電話を取って何事かを命じた。
しばらくすると、サングラスをかけ、口ひげを蓄えた、ごつい体格の男が部屋を訪れた。
「お呼びでしょうか、神二様。」
「拉致してきた少女たちだが。」
「は。若のご指示通り、地下に監禁しておりますが。」
「では、予め私がピックアップしておいた少女達はどうした?」
「こちらも、予定通り、別室にて監禁しております。」
男は、いやらしい笑みを口元に浮かべた。
「早速こちらに連れてまいりましょうか?」
神二と呼ばれた青年は微笑を浮かべると肯いた。
「そうだな、せっかく新しい強靭なボディを手に入れたのだ。存分に楽しませてもらおうか。」
「かしこまりました。」
男は恭しく頭を下げると部屋を出ようとした。その時。
「まて!鬼堂!」
「は!?」
突如主に呼び止められた男は振り返った。
「・・・やはり後でいい。」
「!?・・・かしこまりました。」
男は頭を下げると部屋を後にした。
鬼堂が立ち去ったことを確認すると、青年はその場に跪いた。青年の眼前にはいつの間に出現したのか、スーツ姿の男が立っていた。
「立つがいい。同志・古畠。」
「・・・は。」
青年は立ち上がった。
「新たなボディに再誕したのか?」
「はい、デルフィム様。」
青年の言葉に内藤は笑みを浮かべてうなずいた。しかしその表情を引き締めると、青年に問い掛けた。
「昼間の騒ぎは私の耳にも入っている。」
その言葉に青年はやや青ざめた表情を浮かべた。
「申し訳ありません・・・。」
「・・・まあ、君の直接の上官はグルカム殿だから、私から叱責するのはよそう。ただ、緊急に臨時会議を開かねばならなくなるかもしれない。」
「・・・とすると、ゴルゴム新生宣言が早まるということですか・・・。」
青年の顔から、完全に血の気が引いていた。内藤は肯くと青年の肩に手をおいた。
「やむを得まい。・・・まあ、方々の研究施設でも実験体の情報が漏れかけていたのも事実だ。一概に君の責任だけとは言えんが、いささか今回は派手だったからな。」
内藤は、青年の耳もとに囁きかけた。
「・・・今回は私もかばいきれんかもしれん。何とか努力はしてみるがな。」
「はい・・・。」
「君は、消してしまうには惜しい人材だ。こと、グルカムの動向を知るうえでも重要だ。」
「心得ております。」
「お咎めが無かった場合は、もうしばらく奴の下で頑張ってくれ。・・・なあに、そう長い時間でもあるまい。」
内藤はそう言って口元をゆがめた。
内藤が去るのとちょうど入れ替わりに、グルカムが姿を現した。
「これは、グルカム様。」
古畠は跪いた。グルカムは不機嫌そうにソファーに腰をおろした。
「失態だな。古畠よ。」
その言葉に、青年の背筋を冷たいものが滑り落ちた。かつて、この言葉の後に抹殺された同志は数知れない。
「・・・だが、同時に我らの進めていたS計画の優秀性を証明するものでもあった。」
グルカムはニヤリと笑った。
「江田島のC計画が遅々として進まぬので、いい加減うんざりしていたのだが、その点、貴様のS計画は、順調に進んでいるようだな。」
「恐れ入ります・・・。」
「・・・そのことに免じて、今回の失態の責は問わぬ。そのかわり、一定数の戦闘員を一両日中に用意せよ。・・・事によると、全世界への宣戦布告が早まるかも知れぬからな。」
「はは!」
グルカムは、立ち上がって青年を一瞥すると、その姿を消していった。
内藤は、廃校を後にすると森の中を歩いていた。そして、ふと立ち止まると来た道を振り返った。
「・・・グルカムが帰ったか。」
誰に言うとでもなくそう呟くと、皮肉そうな笑みを浮かべた。
「・・・さて、私も戻るとするか。・・・ん?」
内藤は、かすかな物音を耳にしてあたりを見回した。
「なんだ?」
内藤が注意深くその音の源を探ると、どうもこの先の谷のほうから聞こえてくる。
そのままゆっくりと谷に歩み寄ってその底を覗き込むと、谷底に人が倒れているのが見える。
「ほう・・・?」
内藤は興味を持ったのか、微かに笑うと、その姿を消した。
一瞬後には、その人影の傍らにその姿を現した内藤は、うつぶせに倒れていたその人物を裏返した。まだ若い男だ。少年といっても差し支えないだろう。
「こんな水も枯れた谷底に子供とはね・・・。」
内藤はうめき声をあげる少年の額に手を当てた。・・・しばらくそうしていた内藤だが、やがて、満面に笑みを浮かべた。
「・・・クック。私は運がいい。これほどの素体はあの少女以来もはや入手できぬと思っていたのだが。」
少年はうめき続けている。内藤はその少年の耳元に顔を寄せた。
「・・・生きたいか?」
「・・・う・・・。」
「生きたいか?」
「生・・き・・・・・・たい。」
「そうか。」
「あいつら・・・を・・・・。倒・・・・力が欲し・・・・。」
「ふむ。」
「・・・彩乃・・・。」
内藤は軽く手をかざすと、少年の身体が浮き上がった。
「OK、OK、君に力を与えてあげよう。・・・とびきりの力を・・・ね。」
次の瞬間、二人の姿は跡形も無く消え去っていた。
少年は、混濁する意識の中で、ただもがいていた。
『・・・僕は・・・誰だ?』
混濁する意識の中で、彼は記憶をさかのぼっていた。・・・そう、あたかも走馬灯見るかのごとく。
「どういうことなんだよ!」
少年は目の前の男に向かってそう叫んでいた。
「・・・何度も言わせるな。バスジャック事件は暗礁に乗り上げている。」
「嘘だ!」
少年の声には明らかに非難の響きがあった。
「嘘を言ってどうなる?」
取り付く島も無い様子の男に苛立ったのか少年は踵を返す。
「・・・どこに行く。」
「父さんには関係ないだろ!」
「まさか、探しに行くなどというのではないだろうな。」
少年は無言でドアノブを握った。
「鷹志!」
少年はゆっくりと振り返った。
「何だよ。」
男は、まっすぐな目で見つめられて少々うろたえた。
「・・・捜索は我々警察に任せておくんだ。・・・お前が小林の娘を心配する気持ちもわからんでもないが・・・。」
少年の顔に朱が差す。
「な、・・・別に彩乃は関係ないだろ!」
少年はそういい残すと乱暴にドアを開けて出て行った。
『・・・あの後、警視庁のシステムをハッキングして、警察がこの事件の解決を意図的に遅らせている事実と共に、誘拐されたみんながどこにいるかを突き止めたんだ。』
少年は、つい先日に、免許を取ると同時に購入したばかりのバイクを駆って、山奥の廃村、その奥の秘匿された廃校へと向かった。
そこで彼を待っていたのは、想像を絶する事態だった。
廃校内に進入した彼に襲い掛かった人の姿をした獣たちは、彼を容赦なく打ち据え、半死半生の彼を谷底へと突き落としたのだ。
『・・・何とかしなきゃ。・・・このままじゃ、あの化け物たちに彩乃たちが・・・。』
彼の脳裏には、隣家に住む幼馴染の顔が浮かんでいた。
『くそっ!』
そのとき再び、彼の耳に『声』が響いてきた。
『生きたいか?』
『・・・生きたい!』
『人の身で無くなったとしても?』
少年はしばし躊躇した。
『人で・・・無くなる!?』
少年は廃校で目撃した化け物を想像した。しかしその考えを振り払うと叫んだ。
『彩乃を助けられるなら。僕はどうなったってかまうもんか!』
どこからとも無く笑い声が聞こえる。
『・・・わかった。君に力を与えてあげよう。』
内藤は、傍らに立つ人物に話し掛けた。
「手術を頼む。」
その人物は、怪訝そうな表情で内藤に尋ねた。
「黒松教授を同席させずとも良いのですか?」
内藤は軽く肯いた。
「彼は、Eプランのライン構築に忙しい。・・・今回は君の手だけでやってほしい。」
「・・・解りました。」
男は肯くと、傍らにあった黒い宝玉に手を伸ばそうとした。
「ああ、東教授。今回はソレではなくこれを使ってくれないか。」
内藤は懐から同じぐらいのサイズの、別の宝玉を取り出した。
「これは?」
「擬似キングストーンを製造する段階で生まれた、まあ突然変異というやつだな。」
「大丈夫なのですか?」
内藤は笑った。
「なに、実験さ。失敗してもその責を問うようなことは無いから、安心してほしい。」
「・・・解りました。」
内藤は手術室から出ようとした。
「それから、今回は無理に洗脳しなくてもいいからな。」
その言葉に、東は一瞬硬直した。
「・・・はい。」
東の絞り出すような声にクスリと笑いながら、内藤は立ち去った。
『・・・見抜かれているのか。・・・ならば何故私を生かしているのだ、あの男は。』
東は、溜息をつきながら、手術台の少年を見た。
「・・・酷いものだ。」
彼は、医者としての目で見て、この少年がまっとうな手段では助からないことを冷静に判断していた。
「・・・再誕手術しか方法はあるまいな。」
彼はしばし逡巡した。たとえその方法で命が助かったとしても、人とは違う存在へと変わった自分の姿を、この少年は受け入れられるのだろうか。
「・・・賭けるしかないな。」
少年が、強い心でこの事実を受け止めることを。
そしてもうひとつ、ある思いもこめて。
東は、静かに腕を伸ばすと器具を手に取った。
「死ね!仮面ライダー!!」
BLACKの首筋に突き立てられようとした蜘蛛怪人の手に銃弾が命中した。
「!?」
振り返る二体の蜘蛛怪人の目に、拳銃を構える風杜と、その両脇に立つC・スーツの姿をみた。
「何だ!?」
その一瞬の隙をついて、BLACKは、渾身の力をこめて蜘蛛糸を引きちぎった。
「しまった!」
慌てて押さえつけようとする蜘蛛怪人の腕をかわすと、BLACKは枯れ木の上へとジャンプし、太い枝に着地した。
「チィ!」
「おのれ!!」
歯噛みする怪人に向かってBLACKは叫んだ。
「いくぞ!!」
枝を蹴った反動で、一体の怪人に膝蹴りを炸裂させる。
「ギェ!」
吹き飛ぶ怪人を目の端に捕らえると、もう一体の怪人に向き直る。
「ム!!」
思わずひるむ怪人に向かってBLACKは両拳をベルトの上部で合わせて叫んだ。
「キングストーンフラッシュ!!」
まばゆい光があたりを包む。怪人たちだけでなく、本条たちも思わず目を覆った。
「ギギィ・・・!」
戦意を喪失し逃走に入る蜘蛛怪人に、もう一体が怒鳴る。
「貴様!逃げずに戦え!!」
しかし、その声を無視して怪人はひたすら逃げる。
「こうなったら俺一人でも!!」
蜘蛛怪人が両腕の爪を交差させる。その先端から毒液が滴る。
「これでも食らえ!!」
突進してくる怪人を真っ向から睨み付けるBLACK。再び拳が赤い光を放つ。そしてBLACKもまた怪人に向けて跳躍した。
「死ね!!」
爪の一撃を紙一重で交わすと、BLACKはその拳を蜘蛛怪人の肩に叩き付けた。
「ライダーパンチ!!」
怪人が吹き飛ぶ。よろめきながら立ち上がる怪人に、間髪要れずBLACKが再び地を蹴って跳ぶ。その足が紅いの輝きに包まれる。
「ライダーキーック!!」
凄まじい威力を持ったその一撃は、怪人の体を数メートルも吹き飛ばした。
「ゲ・・・ゲハッ?」
枯れ木を数本へし折りながらようやく地面に落ちた蜘蛛怪人が炎をあげて仰け反る。
「ギェェェェエ!!」
そしてそのまま絶叫すると小さな爆発を起こし四散した。
「・・・す、凄い。」
大門寺は思わずそう呟いていた。
「・・・あの黒い怪人・・・いや、彼が噂の仮面ライダーなのか・・・。」
本条はヘルメットを外しながら漏らした言葉に、風杜は軽く本条を振り返ってから、BLACKへと視線を転じた。
「・・・仮面ライダー。・・・彼も、仮面ライダーなのか?」
彼は、以前にマンションの屋上で遭遇した銀色の戦士を思い出していた。
BLACKは、周囲を見渡しながら、全神経を集中させていた。
「・・・居た!・・・ここから北西へと逃走している。・・・この距離なら・・・いけるか?」
BLACKは叫んだ。
「ロードセクター!!」
その叫びに呼応して、白いマシンが戦場へと疾走してきた。
「トゥ!」
BLACKは軽く跳躍するとその白いマシンに跨った。そして、本条らが見守る中、逃走した怪人を追うべく林の中へと消えていった。
都心に程近い、さる住宅街。
その中の豪邸のひとつに、神官衣の男たちが集結していた。
上座に座る老神官が口を開いた。
「・・・皆も知っての通り、グルカム指揮下の試作戦闘員が一般人の目に触れてしまった。」
「お言葉ですが、ガホム様・・・。」
「言い訳は聞かぬ。」
「は・・・。」
グルカムは渋々ながら引き下がった。その様子をみて内藤・デルフィムは口元を歪めた。グルカムは苦々しげにデルフィムをみるとそっぽを向いた。
「・・・あれから半年。デルフィムが提唱した戦闘員と新型怪人の創造と、その一定数の確保がある程度完了した。」
皆は押し黙ってその言葉の続きを待った。
「此度の件はアクシデントには違いないが、あるいはいい機会であったのやも知れぬな。いささか早まったが、これを機にゴルゴム新生宣言を行う。」
ガホムの傍らに控えた神官が口を開く。そこからもれる声は驚くべきことに女性のものだった。
「すでに、電波ジャックの準備は整っております。いつでも全世界に向け放送が可能です。」
「ご苦労だった、ラシュム。」
ガホムはねぎらいの言葉をかけると、一堂を見渡した。
「では、これより全世界に向け、宣言を行う。それと同時に各地で各々が作戦を開始せよ。よいな。」
神官たちは一斉に肯いた。
「では行け!!」
その言葉が消えぬうちに、部屋から神官たちの姿が掻き消えていた。
「お疲れ様です!ご無事で何よりです!!」
本部へと戻った本条たちは、一応精密検査を受け、異常が無いとわかると作戦室へと戻ってきた。ひとしきり無事を喜び合っていると、急に荒木が叫んだ。
「ちょ、ちょっとみんな!こ、これを!!」
その言葉に、皆が何事かと彼の周りに集まってくる。荒木は向かいの棚の上に設置されたテレビを指差した。
「これは!?」
画面の中では、象牙色の神官衣をまとった老人が無気味な姿をさらしていた。
荒木がリモコンを操作すると、次々にチャンネルが切り替わるが、どのチャンネルでもこの映像が映しだされているようだ。
「人間どもよ。・・・つかの間の平和に酔いしれることは出来たかな。」
老人はそう話し始めた。
「時はきた。再び大いなる意思の下、貴様たちの上に破壊の嵐が吹き荒れるのだ。」
老人の声が徐々に熱を帯びてきた。
「腐敗した文明は灰燼と帰し、廃墟と荒野の上に新たなる世界が再誕する。」
老人は腕を振り上げた。
「神聖なる、ゴルゴム帝国がな!!」
「ゴルゴム・・・だと!?」
信彦は、新宿駅前の大型ビジョンに映し出されたその映像を見て搾り出すような声を出した。その隣ではあゆみが、信彦同様にこわばった表情でその画面を見つめていた。
廃校内の校長室では、古畠がじっとテレビを見つめていた。その口元には満足そうな笑みを浮かべて。彼が視線を転じると、そこには黒巣の姿があった。艶然とした笑みを浮かべ、黒巣は肯いた。
「・・・大胆な宣戦布告だな。」M.A.S.Kの作戦室では、橘の呟きに、メンバーたちが彼を振り返る。橘は立ち上がるとゆっくりとテレビの前に歩み寄った。
「・・・だが、半年前のように一方的にやられはせんぞ。」
規則正しい機械音が響く中、手術室内では、再誕手術が最終段階を迎えていた。
「・・・目覚めてくれ。・・・そして、人類の希望の一つとなってくれ。」
東博士は祈りながら、装置のスイッチに手を伸ばした。
少女たちのすすり泣く声が、絶えること無く聞こえる中、秋月杏子は不思議な感覚に見舞われていた。この異常な事態にあって感じ得るはずの無いもの。・・・懐かしい、暖かさ。
「・・・誰?」
ロードセクターで蜘蛛怪人を追跡中のBLACKも、電波ジャックを受信していた。
「ゴルゴムめ!・・・思い通りにさせるものか。絶対に!!」
BLACKはアクセルを握る腕に力をこめた。
「かつて、ネアンデールタールを滅ぼし、クロマニョンが取って代わったように、滅びと再誕は自然の真理。太古の昔、単細胞生物の頃より連綿として続いてきた理。古代の海洋で、嫌気性細菌を葉緑体を持つ植物プランクトンが凌駕したように。また、魚類を制し、両生類が陸に上がったように。あるいは恐竜の絶滅が、哺乳類の隆盛を促したかのように。
今、我等が人類を滅ぼし、新たなる怪人世界を創造する。」
老人は画面から全世界の人間を睥睨した。
「我々は、今ここに、新生ゴルゴムの誕生を宣言する。」
その宣告と前後するかのように、各地で災厄がその鋭い牙を突きたてようとしていた・・・。