第5話 新生する闇(前編)


「忘れ去られた場所」というものは、時として容易く生み出されるものだ。

この廃校も、そんな「忘れ去られた場所」の一つだった。・・・そう、つい数週間前までは。

 

外観は、朽ち果てた廃校そのままながら、その内部はずいぶんと手を加えられている。特に、かつては職員寮があったと思われる一角と、校長室、そして新たに増築された地下室・・・。

 

その校長室に、その若い男はいた。入り口で恭しい態度をとって男に報告する部下に、軽く頷いてみせると、男は部下をさがらせた。男は、急に激しく咳き込んだ。しばらくたって、ようやく咳が収まると男は立ち上がった。窓辺に立って外を眺める。

 

その目に映るのは一面の森。都心からずいぶんと離れたこの山奥では、ほかに見えるものとてそうある訳ではない。

森を抜けたところにあるのは、打ち捨てられた廃村だ。たまにこの地を訪れる廃墟フリーク達以外に、この地を訪れるものはいない。その廃墟フリーク達でさえ、この廃校を知るものは誰一人としていないのだ。

 

男は再び咳き込んだ。男は、忌々しそうな表情を浮かべていたが、やがてニヤリと笑ってつぶやいた。

「・・・この体とも、もうすぐさよならだな。」

 

男は踵を返すと、扉を開いて廊下へと出た。そこには、この廃校に不釣合いな白衣の集団が待ち構えていた。

彼らは男に向かって一礼した。その中の一人が口を開いた。

「手術の準備が整いました。」

「ご苦労。」

男は短くそう答えると、白衣の集団に誘導されて歩き始める。不意に、窓の外が暗くなる。

男が足を止めると同時に、凄まじい雷鳴が鳴り響いた。次いで、豪雨が降り注ぐまでにそう時間はかからなかった。

「・・・夏だな。」

「は?」

怪訝そうな表情を向ける、白衣の男たちに苦笑を返すと、男は再び歩き始めた。

新たに増設された地下室を目指して・・・。

そう、より強靭なる自分へと生まれ変わる為に。

 

 

 

雷雨の中、一台のバイクが山道を走っている。スピードを落として走っていたそのバイクは、雨のあまりの強さについに停車した。

と、そのライダーは、すぐ前方に壊れかけたバス停の待合所があることに気づいた。ライダーは、バイクを押しながらそこまでたどり着くと、古びたベンチに腰を下ろし、ため息と共につぶやいた。

「すごい雨・・・。」

ライダーはヘルメットを脱いだ。長い黒髪がこぼれる。まだ若い女性・・・というよりは少女か。

「・・・まいったな。迷ったのかしら。」

当初の予定では、とっくに山道を抜けてふもとの街に入っている予定だったのだ。だが、この突然の豪雨で、分岐点を誤ったらしい。

 

少女は、腕時計を見た。

「午後4時20分・・・か。雨さえ上がれば引き返せるんだけどなぁ。」

少女は再びため息をつくと、濡れるままになっている緑色のバイクに微笑みかけた。

「雨がやんだら、もう一頑張りしてよね、バトルホッパー。」

バイクは何も答えずに、ただ雨に濡れている。

少女は滝のような勢いの雨をぼんやり眺めながら、自分の愛車と同じ名のバイクを駆っていた、青年のことを思い出していた。

「・・・どこにいるの。光太郎さん・・・。」

 

少女の名は、秋月杏子。代々学者の家柄として有名な、秋月家に生を受けた彼女には、二人の兄がいた。信彦と光太郎である。

正確には、杏子の兄は信彦ただ一人であり、光太郎は一緒に育った兄のような存在だった。そう、彼女が中学に上がるまでは。

やがて彼女の中で、光太郎の存在は兄ではなく、恋愛の対象と変わっていったのだ。

 

悪夢は、光太郎と信彦、この二人の誕生日に起こった。

どこか不思議なパーティ。

突如として飛来した無数の飛蝗。

父の死。

兄の失踪。

襲い来る怪人たち。

戦士に変わった光太郎。

変わり果て、悪の指導者となった、兄との再会。

光太郎の死・・・。

 

彼女は、光太郎の最後の言葉を涙ながらに聞いた。そして、その言葉どおりにアメリカへと渡った。だが・・・。

 

「仮面ライダー・・・光太郎さんは生きていた・・・。その報道からすぐにゴルゴムの活動は止まった。光太郎さんが壊滅させたのは間違いないはず。」

彼女は、光太郎が敵と刺し違えたとは思わなかった。それどころか、光太郎と対決したはずの信彦も死んでいないような、そんな気がしているのだ。

 

ゴルゴムの活動停止から半年たった後、彼女は一人で日本へと戻ってきた。

そして、手に入れたバイクに『バトルホッパー』と名づけ、光太郎と信彦を探す旅に出たのだ。

 

「・・・何かしら?・・・あの音。」

雨音に混じって、何か別の音が聞こえてきた。その音が近づくのと入れ替わるかのように、雨脚が弱まってきた。

「・・・エンジン音?」

杏子が不審に思って様子をうかがう中、彼女の視界に観光バスが姿を現した。

「・・・こんな正規のルートを外れた場所に観光バスなんて。」

訝しがる杏子をよそに、バスは彼女がいるバス停を少し通り過ぎたところで停車した。ややあって、一発の銃声が鳴り響いた。

『銃声!?』

一瞬遅れて凄まじい悲鳴が上がる。だが再び銃声が鳴ると同時にピタリとその声が止んだ。

しばらくすると、バスからバスガイドが降りてきた、そして3人組の男が、何かを引きずりながら降りてきた。そのうちの一人はすぐに車内に戻っていったが、残る二人はその何かを引きずって、崖側へと移動してきた。

『あれは!・・・運転手さん!?』

固唾を呑んで見守る杏子に気づくこともなく、男たちはぐったりとして動かない運転手姿の男をガードレール越しに崖下へと放り投げた。

「・・・バス・・・ジャック?」

「見たわね。」

杏子は、飛び上がるほど驚いた。いつの間に現れたのか、バスガイドが彼女の隣に腰を下ろしていた。

慌てて立ち上がる杏子の腕を、女性とは思えないほどの力で掴んだバスガイドは、不気味に笑った。

「・・・ここに居合わせたのがあなたの不運ね。・・・どうする?私たちと一緒に来る?それともここで死ぬほうがいいかしら?・・・私はどちらでもいいわよ。」

 

杏子は無言で立ち上がるとバスガイドに腕をとられたままバスへと歩き出した。車内には40人は居るかと思われる制服姿の少女たちと、ライフル銃を持った男たちがいた。

男たちは、驚いたかのような表情を浮かべたが、やがて無言で顎をしゃくって、杏子に後ろの座席に行くように指示した。杏子がおとなしくそれに従うと、男の一人が、血だらけの運転席に座ってバスを発進させた。

 

徐々に遠ざかっていくエンジン音。

後には、朽ちかけたバス停と、緑のバイクだけが残された。

 

 

 

「本当にいろいろとありがとうございました。」

「いえ、僕らは何も。」

頭を下げる松原親子に、信彦は微笑を返した。

 

古びたマンションで起こった常識を超える事件から、すでに三日が経過していた。

松原親子は、すでに信彦たちが住んでいたアパートに引越し、事件のあったマンションは最後に残っていた住人の引越しも決まって、数ヵ月後には完全な無人になることとなった。

 

破損した、屋上のタンクには行方不明だった子供たちの遺体が詰め込まれており、今日もまた警察が現場でいろいろと調べているはずだ。

 

松原親子の引越しを手伝ったあと親子と入れ替わりに、信彦たちはアパートを去ることになった。

 

「お兄ちゃん・・・。行っちゃうの?」

郁子が、泣きそうな顔で問い掛けてきた。信彦は肯いた。

「・・・また、オバケが出たら・・・。」

「大丈夫だよ。・・・もうオバケは出ないから。」

信彦はそう言ってしゃがみこむと、少女の頭をなでた。

「ほんと?」

「ほんと!」

少女は、少し考え込んでから笑顔を見せた。

「そうだよね。それにオバケが出たらまた仮面ライダーが助けてくれるよね?」

信彦は力強く肯いた。

「きっと助けてくれるよ。」

 

松原親子は、バイクに乗って遠ざかっていく信彦たちが見えなくなるまで、手を振り続けていた。

母と娘は、なんとなく感じ取っていた。あの青年こそが、銀の戦士その人ではないかということを・・・。

 

「あの親子・・・幸せになってもらいたいですね。」

「そうだね・・・。」

バイク上の二人が、そう言葉を交し合った直後、彼らは前方からきた一台のバイクとすれ違った。

「!!」

信彦は、急ブレーキをかけて停車した。後ろを走っていた車が、クラクションを鳴らしながら追い抜いていく。信彦はそれを無視してバイザーをあげた。

「どうしたんですか、信彦様?」

信彦は、先ほどのバイクが消えた先をじっと見つめていた。

『・・・なんだ、・・・さっきのあの感覚は?』

信彦は、脳裏に何かわからない奇妙なわだかまりを感じ、戸惑っていた。

すれ違いざまに脳裏に閃いたイメージは“黒”。

『なんなんだ一体?』

 

 

 

「よう!」

机の上にある私物を片付けていた風杜刑事は、急に声をかけてきた人物を振り返った。

「警部補!」

「本庁の特殊部隊に栄転だってな?・・・こいつは餞別だ。」

近藤はにやりと笑うと持っていた缶コーヒーを放り投げた。風杜はそれを受け取ると苦笑した。

「餞別が缶コーヒー1本ですか?」

「おおとも。嬉しかろうが?」

「ええ、涙が出るほどね。・・・いただきます。」

近藤もポケットから缶汁粉を取り出すと飲みだした。

「・・・気になってたんですが、この夏場によく缶汁粉なんて手に入りますね?」

風杜の疑問に近藤は笑顔で答えた。

「まあ、なんだ。こいつは俺の26ある秘密のひとつ・・・って事で。」

二人は、顔を見合わせて吹き出した。

近藤警部補は真顔になると口を開いた。

「お前さんがいなくなると、ここも淋しくなるな。」

「・・・。」

風杜は気を付けすると敬礼を返した。

「近藤警部補!新人のころより今日までのご指導、本当にありがとうございました!!」

近藤は微笑んだ。

「向こうに行ってもしっかりな。・・・お前ならどこででもうまくやれるさ。」

風杜は敬礼を解くと深く頭を下げた。

 

数時間後に、風杜刑事は警視庁内にある、会議室のひとつに姿を現していた。

彼がきたときには、すでに何人かの人物が席についていた。

程なく、数人の刑事が到着し、残るは彼らをこの場に招集した人物を待つばかりとなった。

 

「待たせたな。」

その壮年が会議室に現れたのは、それから20分後のことだった。

「・・・少し不測の事態が起こってな。・・・まあ、とりあえず全員そろっているようだな。時間もおしていることだし、手短に用件を伝える。」

全員の視線が壮年に集中した。

「まず最初に、私が今回新設される警視庁特殊捜査班の責任者である、橘警視正だ。」

男は、そういうと背後のホワイトボードに数枚の写真資料を貼り付けていった。

「さて、諸君も知ってのとおり、一昨年ごろから世間を騒がせたカルト集団“ゴルゴム”がその活動を停止してからすでに半年が経つ。警視庁内部にも、警戒を解くべきとの声もある。しかし・・・。」

橘はさらに数枚の写真を貼り付けた。

砕けたコンクリート壁、いびつに捻じ曲がった鉄塔、裂けた給水タンク等など・・・。

風杜は貼り付けられた写真の一枚に見覚えがあった。

そう・・・忘れられるはずがない。すぐ目の前で繰り広げられた、人知を超えた戦いを。

 

「これらの写真は、この数週間のうちに、それぞれ、とある事件現場で撮られたものばかりだ。・・・よく知っているだろうな。何しろ君たち自身が担当、もしくは遭遇した事件だからな。

その言葉に風杜は驚いた。

『・・・いったいどういうことだ。』

橘は疑問の表情を浮かべる刑事たちをよそに言葉を継いだ。

「結論から言おう。“ゴルゴム”なる組織は滅びてはいない!表面に出た部分は何らかの原因で枯れたように見えたが、どうやらその根は朽ちていなかったようだ。」

橘はまた、新たな写真を貼り付けた。そこには異形の怪物が写っている。

「ゴルゴムが恐るべき組織だったのは、組織力が巨大だった事と共に、これらの怪物を手足のごとく使っていたことだ。・・・残念ながら、当時の警察機構にはこれに抗する手段がなかった。だが、我々もただ単に手をこまねいていた訳ではない。現在、科警研のほうで、極秘裏に戦闘用強化服の開発が進められ、すでにプロトタイプが完成している。」

橘は、バンと机に手をついた。

「もう解ったことと思うが、今日ここに集った諸君は、これらのゴルゴムの残党、および今後出現するかも知れん組織を駆逐するために選抜された。・・・これより、この特殊捜査班の結成式を行う。」

橘は、マジックを手にするとホワイトボードに何か書き始めた。

「まず、この特殊捜査班の名称だが・・・。」

そこには、力強い字で単語が綴られていった。

「MONSTER・ATTACK・SPECIAL・KEEPERS・・・。」

最後に橘は、それぞれの単語の頭文字を赤マジックで囲んだ。

「通称・M.A.S.K だ。」

 

その後、各員の自己紹介があった。

最初に立ち上がったのは、精悍な顔立ちで、がっしりした体躯の男だった。

「警視庁、特捜課出身。本条 猛です。」

 

その隣の男は、どこかとぼけた表情で一礼した。

「同じく特捜課出身、大門寺 隼太です。」

 

次は風杜の番だ。

「千葉県警、捜査一課出身、風杜 司郎です。よろしくお願いします。」

 

風杜が着席すると、彼の隣に座っていた、繊細な感じのする男が立ち上がった。

「科警研出身の悠輝 譲です。」

「彼は、今回の特殊強化服開発のチーフでもある。」

橘は、そう付け加えた。

 

「茨城県警出身、速水 啓介です。」

「佐賀県警から来ました、岡崎 大介です。」

「埼玉県警から来た、荒木 雷次。よろしく。」

「村上 翼、岩手県警の捜査一課出身です。」

「警視庁、第一機動隊出身、高杉星也です。以後よろしくお願いします!」

「菅田忍です。警視庁、第九機動隊より転属してきました。」

 

紹介が終わったあと、悠輝から、開発中の特殊強化服についての解説があった。

「今回開発している特殊強化服は、仮称“コンバットスーツ”と呼ばれています。従来の警察機構の装備では、ゴルゴムが使役する怪物との戦闘において、決定打になりえなかった事から、より強力な武装と、より防御力の高い装甲が必要となった訳です。」

悠輝は、二枚の写真をホワイトボードに貼り付けた。

「これが、現在完成しているコンバットスーツ、0−α及び0−βです。装甲面及び機動性においては申し分ない性能なのですが、動力源の開発が遅れたため、背面にあるバックパックに大型の強力バッテリーを使用しています。この為、機動限界時間が20分となっています。」

「20分か・・・。」

本条刑事は呟いた。となりの大門寺刑事が苦笑する。

「おいおい、本条。不満そうじゃないか。」

本条刑事は難しい顔のまま悠輝に問い掛けた。

「機動限界時間を超えるとどうなるんだ?」

「装甲面では問題はありません。ですがパワーユニットが停止する為、機動力補正と、パワー補正が無くなり、ただ堅いだけの重たい鎧に成り下がります。」

「・・・それは、戦闘中には致命傷になるのでは?」

風杜の指摘に悠輝は肯いた。

「その通りです。しかし、今日中に完成する予定の01ユニット、02ユニット、03ユニットの3種には、完成型の動力システムが組み込まれているので、その心配は要りませんよ。こいつは、活動限界時間が48時間になっています。しかも、スーツの内面にプレート状に組み込まれているので、外部から破壊される恐れも低くなっています。」

悠輝は、そう言うと、別の写真を貼り付けた。

「では、その完成型のコンバットスーツについて説明します。手元の資料を・・・。」

 

 

 

「・・・蜘蛛型戦闘員の何人かが勝手に下山した・・・そういうことなのだな?」

廃校の校長室で、その若い男は鋭い視線を平伏する男へと向けた。

「・・・はい、申し訳ありません若。若が手術を行われている隙に・・・。」

「佐川。言い訳はいい。・・・神官方から指示が無いうちに、我らの存在を世間に知られるわけにはいかない。すぐに探し出して連れ戻せ!」

「は、直ちに。」

「・・・とはいえ、そう容易には発見できまい。・・・やむをえん、黒巣を呼んでくれ。」

「ははっ。」

佐川と呼ばれた初老の男は素早く退室していった。

ややあって、ドアがノックされた。

「入れ。」

「失礼します。」

入室してきたのは、あのバスガイドだった。もっとも、今は私服と思われる少々派手な恰好をしているが。

「蜘蛛型戦闘員の何人かが、勝手に下山したようだ。至急これを発見して連れ戻せ。・・・万が一逆らうようなら処分しても構わん。」

「よろしいのですか?」

艶のある声で確認してくる女に、若い男は不機嫌そうな顔で肯いて見せた。

「・・・どうせ、作るのにそう時間はかからん。万が一処分した場合は、代わりになる被験者を攫って来るのを忘れるなよ。」

「心得ております。」

女は笑みを浮かべて一礼した。

 

 

 

「・・・先日から行方がわからなくなっている。私立聖S女子高等学校の修学旅行バスについての続報です・・・。」

通りに面した電気店のモニターでは、女性アナウンサーが淡々とニュースを読み上げている。そのモニターを凝視するバイクに乗った男の姿があった。一言一句を聞き漏らさないようにそのニュースを聞いている男の姿に、通りを行く人々が奇妙な視線を投げかけていく。

「・・・現在も捜索活動が続けられていますが、有力な手がかりはいまだ見つかっていません。警察では、行方不明の少女たちの中には政財界の子女が含まれているため、事故、事件の両面から捜査を進めているとのことです。それでは、次のニュースです。」

男は、フルフェイスのバイザーを下ろすと、バイクを発進させていった。

 

 

「・・・な、なんだね君たちは!」

先程の大通りから、数ブロック離れた裏路地で、中年のサラリーマン風の男が数人の若者に取り囲まれていた。見るからにまともでは無さそうな若者たちの恰好に、中年男性は暴走族かあるいはそれに類する不良だと感じたようだ。

「・・・か、金、金がほ・・・欲しいのか?・・・それなら。」

若者の一人が指を横に振った。

「チッチッチ。金じゃないんだなぁ。」

もう一人が男性の胸倉をつかんだ。

「俺たちが欲しいのは、おっさんの命さ。」

「なっ・・・!」

驚く中年男性に嘲笑を浴びせながら、若者たちは徐々にその姿を異形に変えていった。

直後に凄まじい絶叫があがる。

 

「なんだ?」

「あっちから聞こえたぞ!」

絶叫を聞きつけた数人が、路地裏を覗き込むと、数体の化け物と、その化け物に五体を引き裂かれて痙攣している男性の死体があった。化け物の一体が振り返る。

「見たな。」

その時、平和な町は地獄と化した。

 

 

 

会議室の内線電話が鳴る。橘警視正が受話器を取る。その表情が徐々に険しくなる。警視正は受話器を置くと、居並ぶ刑事たちに向かって口を開いた。

「たった今、都内の繁華街の一つで殺人事件が発生した。犯人と思われるのは・・・怪物だ。」

室内がざわめく。

「現在機動隊が出動中との事だが、怪物が、件の組織のものなら、歯が立つまい。」

「橘警視正!」

本条が口を開いた。

「何か?」

「我々も出動しましょう。」

その言葉に悠輝は慌てた。

「待ってください。まだコンバットスーツは完成していないんですよ。」

「あるじゃないか。」

大門寺はホワイトボードに貼られたプロトタイプの写真を指差した。

「あ、あれは、先程も説明したように、試作機で・・・。」

「しかし、例え、20分でも戦える。・・・このまま黙って、民間人や、機動隊の仲間達が犠牲になるのを見ているわけにはいかない。・・・警視正!」

橘はしばし腕組みをして考えていたが、やがて肯いた。

「・・・解った。本条、大門寺の両名は、直ちに0−α及び0−βを装着。すぐに現場に急行しろ。」

「「了解!」」

「ただし、無理はするな。我々が本格的に戦うようになるのは、コンバットスーツが完成した後だ。その前に命を落とすのは絶対に許さんからな!」

本条、大門寺の両名は起立すると敬礼をした。

 

 

 

「ケッケッケ。すげえ。この力があれば警察なんか怖くねえ。」

「ああ、俺たちは無敵だぜ!!」

蜘蛛型戦闘員と化した若者たちは、血まみれのまま路地裏から出ると、待ち構える機動隊に向かって歩き始めた。

「う・・・撃て!」

一斉に警官が発砲する。命中した弾丸は、戦闘員の体表に簡単に弾き返される。

「・・・ちょっと痛いな。」

「うっとうしいな。殺っちまおうぜ!」

戦闘員たちは、不気味に顔を歪ませて笑い合うと、一斉に機動隊に襲い掛かった。

 

たちまち始まる阿鼻叫喚の地獄絵図。引きちぎられた四肢が中を飛び、絶叫が辺りを満たす。強烈な血の臭いが辺りに漂いだす。

戦闘員たちは、完全に血に酔いしれ、機動隊の陣形に乱れが生じるや、野次馬たちにも襲い掛かった。

そして、気が済むまで殺戮を繰り広げると、まだ、苦悶の表情とうめき声をあげる犠牲者たちを残したまま、隠していたバイクに乗って、逃走を開始した。

ちょうど、その直後に本条と大門寺は現場に到着した。

試作型のコンバットスーツを身にまとい、同時期に開発されていた追跡用の特殊白バイ“ルドラ”に跨った、二人はその場のあまりの惨状に、呆然とした。

「・・・ひでえ。」

ヘルメットの中で大門寺の表情が怒りに歪んだ。

その時、通信が入った。

「0−α、0−βへ、怪物は郊外に向けて逃走中。至急追跡せよ。」

「了解!」

「了解!」

本条は大門寺に呼びかけた。

「大門寺!行くぞ。」

「解ってるよ、本条!」

二人は、勢いよくアクセルを吹かした。

 

 

 

「おい、後方からなんか追ってくるぜ。」

「ああん?」

蜘蛛型戦闘員たちは、自分たちを追跡する何者かを確認した。

「うぜえな。・・・まくか?」

「だな。」

彼らは、スピードを上げると、山間部を突っ切る道へと進路を取った。

 

「逃がさん!」

追跡する二人の刑事は、卓越したテクニックで徐々に距離を縮めていく。

「チッ!・・・やりやがるな。・・・おい!面倒だからここでバラしちまおうぜ。」

「しょうがねぇな。」

「かったりぃ。」

彼らは、急ブレーキをかけてターンしながら停車した。

 

彼らの前に、武装した二人が姿を現した。

「なんだありゃ?」

「ケケッ!カッコいいんじゃねぇ?」

蜘蛛型戦闘員たちは口々にはやし立てた。二人はその声を無視するとバイクから降りてゆっくりと近づく。

「1、2、3・・・全部で8人か。」

「・・・やってみよう。パワーユニットON。」

「戦闘モード起動!」

 

一瞬、鈍いモーター音が響く。

次の瞬間、二人は戦闘員に躍りかかった。

「なんだ!」

驚愕の表情を浮かべる一人の胸板を0−β・大門寺のパンチが貫く。

「グェ!」

蛙が潰れるかのような声を上げ、おびただしい血飛沫を上げてのけぞる戦闘員を突き飛ばすと、間髪要れずにそのすぐ後ろの戦闘員にチョップを放つ。

 

一方では、本条の0−αが放った投げ技で叩きつけられた戦闘員が別の戦闘員を巻き込みながら地に倒れ伏す。

あっという間に半数を倒された戦闘員は怯みながらもいきり立って反撃をしてきた。

 

しかし、機動隊を相手にしたときには、絶大なる攻撃力を発揮したその攻撃が、二人が着込んだ深緑色のコンバットスーツにはまったく通じない。

焦りを覚えた戦闘員に、二人はそれぞれ容赦ない蹴りを放つ。半ば体を両断され吹き飛ぶ戦闘員の返り血を浴び、深緑のスーツを赤く染めながら、二人は残る戦闘員に迫った。

 

思わず後ずさる戦闘員は不意に誰かにぶつかった。

 

「やれやれ、困った坊や達だこと。勝手に動き回った挙句に厄介な事になってるじゃない。」

その声に慌てて振り返る戦闘員たちの目に、グラマラスな肢体を漆黒の衣装に包んだ、美貌の女性が映った。

「あ、あんたは・・・。」

そう言いかけた戦闘員の頭がはじけ飛ぶ。女性が横殴りの平手打ちを放ったのだ。

「気安く呼ぶな。下郎が。」

もう一人は、畏怖したようにそのばにへたりこんだ。その戦闘員に妖艶な笑みを投げかけると、女性は口を開いた。

「・・・あんたも覚悟していなさい。でもまあ、その前に邪魔者を片付けようかねえ。」

 

「本条!」

「ああ、あの女も、とんでもない化け物のようだ。」

「バッテリーは、後10分しか持たんぞ。」

本条は、キッと妖女を睨みつけた。

「その前に片付ける。いくぞ大門寺!!」

「オウ!」

二人は、一斉に妖女に攻撃を仕掛けた。

「馬鹿ね。」

女・黒巣はその両腕を瞬時に変化させると、二人の攻撃を受け止めた。

「「何!!」」

異口同音に驚きの声を上げる二人の耳に、ぞっとするような艶を含んだ声が聞こえた。

「・・・おいたが過ぎたようね。・・・御仕置きしてアゲル。」

 

 

 

その頃、二人の男が戦場へと向かっていた。

一人は、予備バッテリーパックをパトカーに積んで現場へと急行する風杜。

今一人は、先程、電気屋でニュースを食い入るように眺めていたバイクの男だ。

 

二人は、まったく別の道を通ってこの世ならざるものの待つ場所へと急いでいた。

 

 

 

「他愛ないねぇ。もう少し楽しませておくれよ。」

黄色い縞模様の浮かんだ堅い皮膚に覆われた腕を組みながら、黒巣はつまらなそうに呟いた。

彼女の足元には、倒れたままコンバットスーツのあちこちからスパークと共に白煙を吹き上げている本条と、大門寺の姿があった。

「く・・・こんな・・・。」

本条は、何とか体を起こそうとした。が、そのときに無常にもアラームが鳴り響いた。

『バッテリー切れか!!』

途端に、重量を増すコンバットスーツ。見ると、大門寺は気絶したのかピクリとも動かない。何とかもがく本条の目の前に怪人の鋭い爪が迫る。

「そろそろ飽きたわ。さようなら。」

振り上げられた腕が振り下ろされようとしたときに、それは聞こえてきた。

「何だ!」

黒巣が辺りを見渡すと、右手方向から土煙を上げながら一台のバイクが駆けて来る。

そして、そのバイクは、黒巣の前で急停車した。

「邪魔する気かい!!」

逆上して打ち下ろされた腕を、そのバイクの人物は軽々と受け止めた。

「何だって!?」

そして素早くバイクから降りながら黒巣の顔面にヘルメットを叩きつけた。

「ギャッ!」

変化していない顔面をしたたかに打ち据えられた黒巣がのけぞる。その隙に、その人物は本条たちをかばうかのように黒巣の前に立ちはだかった。

 

「お、おのれ!・・・・お、お前は!?」

黒巣は目の前に立つ若い男を凝視した。

「み、南光太郎!?」

若い男は黒巣を睨みつけた。

「・・・僕の名を知っている?・・・それにその姿。・・・やはりゴルゴムか!!」

「チィィィッ!」

黒巣は瞬時に完全な蜘蛛の怪人へと変貌を遂げた。

『・・・変わった?・・・人が、怪物に!?』

朦朧とする意識の中で、本条はその瞬間を脳裏に刻み付けた。

 

光太郎は軽く跳躍して蜘蛛の怪人と距離をとると、独特の構えを取った。

「変・身!!」

掛け声と共にポーズをとる。

 

「おのれ、南光太郎!!」

 

蜘蛛怪人の眼前で光太郎は黒い戦士へと変身を遂げる。

額の2本の触覚。真っ赤に輝く両眼。黒い硬質な装甲。輝く真紅の宝玉が埋め込まれた、腰のベルト。

 

「あの、青年も・・・。変わ・・・っ・た。」

本条は気を失う寸前にその黒い戦士が名乗るのを聞いたような気がした。

 

「仮面ライダー BLACK!!」

 

そして、その意識はフェードアウトしていった。


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