第2話 雨と少女(前編)


都心に程近い、さる住宅街。

まずまず豪邸と呼ぶにふさわしい建物の一室に、その男たちはいた。

 

近代的な装飾の室内と対照的に、不気味なローブを身に纏った6人の男たちは、椅子に腰掛けたまま、部下と思しきスーツの男がもたらす報告を黙って聞いていた。

 

やがて、報告を聴き終えると、男たちは部下に退室するように促した。

一礼して立ち去る部下を一瞥すると、リーダー格と思える男が口を開いた。

 

「・・・神殿は崩壊し、創世王様は亡くなられた。シャドームーン様は敗れ、勝者となったブラックサンは創世王様を倒した後、何処かに消えた・・・。」

場に沈黙がおとずれる。

しばらく後に別の男が口を開いた。

 

「・・・サタンサーベルも紛失したそうだな。・・・至急に探索せねばなるまい。」

「それよりも、暴走する怪人どもの掌握が先ではないか?見境無く暴走した挙句に、ブラックサンに倒されでもしてみろ、貴重な戦力をみすみす失う事になるではないか!」

 

再びおとずれた沈黙を破ったのは、座の末席にいた男だった。

「どうやら、かねてよりの私の危惧が現実のものとなったようですね。」

その言葉に、他の男たちがざわめく。男は意に介さずに続けた。

「現行の怪人は、確かに比類なき戦闘力を誇る。・・・しかしその反面、大多数の者たちが知性の低下をおこしています。」

 

「デルフィム!新参者風情が大きな口を叩くな!!」

「まあ、まてグルカム。最後までデルフィムの言い分を聴こうではないか。」

リーダー格の男によってグルカムと呼ばれた男は不機嫌そうにしながらも黙った。

 

「ありがとうございます、ガホム様。・・・創世王様亡き今、このゴルゴムの活動も、大幅に変えてゆく必要があると思うのです。」

「・・・具体的には?」

「今までのような、一種力押しによる作戦展開においては、従来の怪人でも問題はありますまい。しかし、怪人の主エネルギー源である『ゴルゴメスの実』が、備蓄分のみで新たに生産できない今、現行の怪人と異なる新たなタイプの怪人が必要となるでしょう。」

室内が騒がしくなる。

「静かに!」

ガホムの声で再び静寂が戻る。

「して、デルフィムよ、その怪人とは?」

「従来型の怪人のパワーを抑える代わりに、知力の低下を抑えた新怪人の創造です。」

「フン!愚かな。今までの怪人でさえブラックサンのパワーの前に敗れ去ったのだぞ!その怪人達よりも性能の劣るものを作ってどうするというのだ!」

グルカムは鼻で笑った。しかし、デルフィムは冷笑をもって答えた。

「何がおかしい!!」

「グルカム様。何もパワーが勝敗の全てを決するわけではありません。現に単純なパワー対比なら遥かにブラックサンを凌駕していたシャドームーン様ですら、敗れ去っているではありませんか。」

「ぐ・・ぐぬぅ・・・。」

言葉に詰まるグルカムを一瞥するとデルフィムは、一堂を見渡した。

「幸いにも、この国の中枢には、今も尚我々の息のかかったものが数多く存在しています。マスコミ関係者もこぞってゴルゴムの壊滅を報じておりますが、すぐに沈静化しましょう。・・・まあ半年といったところですか。その時こそ、我らが再びこの世界の支配者となる為の準備が整いましょう。」

 

しばしの沈黙のあと、ガホムが口を開いた。

「なにやら、相当の自信がありそうだな。・・・良かろう、デルフィムよ、半年の期間を与える。思うようにやってみるがよい。」

「ありがとうございます。」

デルフィムは恭しく頭を下げた。

 

 

かつて、秘密結社ゴルゴムは絶対的なヒエラルキーの元に発展した。

首領たる創世王。

次期創世王たるべく定められた、運命の二人の王子、世紀王。

創世王、世紀王を補佐し、実質的な作戦の総指揮を執る、三人の大神官。

その指揮の元に、作戦を円滑に行うべく暗躍する神官達。

そして、直接作戦を実行する怪人達。

その下に、ゴルゴムの構成員たる人間たちがいるのだ。

 

現在、創世王、世紀王はすでに亡く、大神官も宿敵である仮面ライダーによって打ち倒された。

先ほど、会議を行っていた6人の神官こそが、ゴルゴム残党のトップなのだ。

 

多くの者が退室した後も、神官長のガホムとデルフィムは室内に留まっていた。

「・・・して、具体的には何をするつもりなのだ。」

「今までの作戦展開ですが、首都圏に拘り過ぎていたとは思いませんか?いくら大神官様が立てた計画に従うのが掟とはいえ、効率的ではなかったのです。敵陣の首都を制圧してから各地の制圧をするという作戦展開は、古代から中世の地球では有効だったかもしれませんが、そのベクトルをそのまま現代に当てはめるのはどうかと・・・。」

若き神官の弁に、老神官は溜息と共に頷かざるをえなかった。

「確かにな・・・。時代は変った。我らも変革せねばならぬやも知れんな。」

「・・・過去に固執するのは、多くの場合においてよい結果には結びつきません。重要なのは過去を踏まえた上で現在どう行動すべきなのかを模索することです。」

デルフィムは立ち上がって窓辺に歩み寄った。そしてそこから外を眺める。先刻より降り続いていた雨はいささか勢いを弱めたようだ。遠くで鳥のさえずりが聞こえ始めている。平和そのものといった景色をいささか皮肉めいて眺める若き神官に、老神官は尋ねた。

「新しい方策が必要なのはわかった。・・・先ほども尋ねたが具体的にはどうするつもりなのだ?」

デルフィムは再びテーブルにつくと、ゆっくりと口を開いた。

「一つは、新型の怪人を創造する為の研究開発を進めることです。先の会議でも申しましたが、不必要に強力なパワーを抑える変わりに、知力の優れた怪人を創造するのです。」

ガホムは頷いた。

「パワーを抑えるという点には若干の不安が残らんでもないが。・・・まあ、よかろう。」

「二つ目は擬似キングストーンの開発とそれに伴う優秀な戦闘員の開発です。」

「戦闘員?」

「はい、従来の作戦のように、我らに心酔する人間や、マインドコントロールをした現地住民を駒として利用するのではなく、純粋に戦闘能力を高めた兵士を常に確保するのです。」

「・・・その考えは解らんでもないが、それにしても擬似キングストーンとはな・・・。」

「何もそう強力なものでなくてもよいのです。ただ、キングストーンから生み出される強化外骨格・リプラスフォームは、世紀王だけの特権とするにはあまりにも惜しい技術です。」

「しかし、所詮擬似キングストーンでは、並みの怪人よりも少しまし程度の装甲にしかならんぞ?」

「もとより、対ブラックサン・・・いえ、対仮面ライダーを前提とはしていませんのでそれで十分かと。現状で敵勢力となりうる警察機構、及び自衛隊を相手取るには十分すぎる能力です。なにしろ彼らには我らに抵抗するだけの戦力などないのですから。」

「なるほどな・・・。しかし、我らが作戦を開始すれば、必ずブラックサンが阻止に現れるぞ。」

「その通りです。そこで三つ目です。これまでのように単発の作戦を小出しにするのではなく、日本各地・・・ゆくゆくは世界各地で同時進行的に複数の作戦を展開するのです。」

「なんと!」

驚愕の表情を浮かべるガホムに微笑を向けながらデルフィムは続けた。

「なにも驚くには当たらないでしょう?いくら仮面ライダーが強敵とはいえ、その身体は一つ。瞬間移動でもできぬ限り各地で同時に起こる作戦をすべて阻止することはできません。・・・無論私たちもすべての作戦を直接指揮するのは困難です。・・・ですが、そのための知性を有した新怪人の創造であり、戦闘員の確保なのです。また、その中でもより優秀な怪人には幹部待遇でより重要なポストを与えるのです。こうすれば組織は飛躍的に発展し、世界制服も絵空事では無くなります。」

「・・・フム。」

「さらに・・・。」

ガホムは思わず立ち上がった。

「まだあるのか?」

若き神官は苦笑した。

「はい。5万年前に創世王様との対決の末に敗れたもうひとりの「黒き太陽」の遺体を探索するのです。」

「・・・!?」

言葉を失って立ち尽くす老神官は、ややあって、落ち着きを取り戻すとかすれるような声で問うた。

「一体・・・一体何の為だ?」

若き神官は老神官に耳打ちした。大きく目を見開き硬直した老神官にデルフィムは頷いて見せた。

「大丈夫です。すべてはうまく運ぶはずです。・・・新生ゴルゴムは世界の覇者となるでしょう。」

「・・・お、お前は・・・・。」

老神官は絶句するより他なかった。

屋敷の外では、再び叩き付けるような豪雨が降り注いでいた。

 


 

神官衣を脱ぎ捨てたデルフィムは、スーツ姿に着替えていた。屋敷の外には、高級車が止まり、彼の為に扉が開かれていた。

しかし、彼は軽く手を上げて傘をさすと、歩いて帰る旨を運転手に告げた。見事な体格の運転手は無言で一礼すると、高級車を発進させた。

 

そのエンジン音が遠ざかるのを背後に感じながら彼は歩いていた。

『・・・これから始まるのだ。新たな戦いがな・・・。』

高級住宅街を抜け、普通の民家が立ち並ぶ一角に足を踏み入れた彼の目に、前方でなにか騒ぎが起こっている様子が映った。

コンビニエンスストアの前にパトカーが止まり、警官に混じってスーツ姿の刑事の姿が見える。彼はゆっくりとそこに近づいた。

警官のひとりが、彼の姿を認め慌てて敬礼をした。彼は軽く敬礼を返すとさらにコンビニへと近づいた。

ちょうどその時手錠を掛けられた人相の悪い男が警官に連行されてきた。その男は彼に鋭い眼光を叩き付けるとパトカーへと押し込まれていった。

「内藤警部?」

彼が振り返るとさえない風貌の中年の刑事が立っていた。

「やあ、近藤警部補。」

「どうしてまた、こんなところに?今日は休暇をとられていたのでは?」

デルフィム・・・内藤は苦笑を浮かべた。

「この近くに知り合いがいてね。そこを訪ねた帰りさ。」

内藤は顎をしゃくって見せた。

「あの男は?」

中年の警部補は頭を掻きながら答えた。

「例の連続コンビニ強盗の容疑者ですよ。つい先ほどここのコンビニで犯行に及ぼうとしたときに、客のひとりに取り押さえられたそうです。」

「ほぅ・・・。勇敢な民間人がいたものだな。」

「ええ、・・・ああ、あそこで事情を聴取されてる青年ですよ。」

内藤は何気なく視線を動かしたが、そこにいた人物を見てわずかに眉を動かした。

『・・・南光太郎!?』

「いやいや、今時の若者にしては珍しく感心な男ですよ。登山ナイフを振り回す犯人に、臆することなく挑んでいったのですから。」

『・・・そうだろうな。』

内藤は皮肉な笑みを一瞬浮かべると中年の刑事と並んで近くの店の軒先へと入った。

スーツについた水滴を払いながら、内藤は尋ねた。

「そういえば、警部補が追っている事件はどうなんだね?」

中年の刑事は肩をすくめて見せた。

「あれから、二年ですからね・・・。手がかりも依然見つからずにお手上げ状態ですよ。」

内藤は、近藤警部補の視線の先を追ってみた。コンビニの向かいには幼稚園があり、丁度下校時間なのか、園児とその親が仲良さそうな様子で手をつないで帰っていく。パトカーと捜査員達の姿を物珍しそうに眺めていく子ども達もいる。彼等の差す色とりどりの傘が賑やかなことこの上ない。

だが、警部補が見つめるのは、その幼稚園の門脇に立っている電柱だ。ここからでは、はっきりと見えないが、そこには色あせた尋ね人の張り紙が取り付けられている。

彼は、この行方不明事件の専任捜査官なのだ。

警部補は溜息をついた。

「・・・徐々に捜査本部も縮小され、今じゃ、私をいれて3人ですからね。・・・ま、しかし行方不明の少女の父親のことを考えると、ぼやいてもいられないですがね。」

「確か、事件の数ヶ月前に離婚していたんだったな。」

中年の刑事は頷いた。

「ええ。父ひとり、子ひとり。・・・何とか、無事に見つけてあげたいんですがね。」

「そうか・・・。いや、すまない、長話をしてしまったな。捜査の邪魔にならないうちに退散するとするよ。」

強盗事件の事情聴取も終わったのか、いつのまにかパトカーも去り、警官達もそれぞれ引き上げ始めたようだ。

先ほどの青年が内藤らの姿を見て軽く会釈をすると、バイクに跨って走り去っていった。

『・・・南光太郎・・か。まあいい、別に報告する必要もあるまい』

内藤は傘を差すと再び雨の中を歩き始めた。

 

 

 

住宅地から少し外れると、川沿いの小さな道に出る。河口がほど近いせいか、普段は微かに潮の香を含んだ風が吹くこの場所も、降りしきる雨の為に今は澱んだ空気がまとわりつくような不快感があるばかりだ。

 

内藤は、ふと足を止めた。そしてゆっくりと上方に視線を動かす。

くたびれた感のあるマンションがそこにあった。

さらに視線を上げると、その屋上に設置された給水タンクが目にはいる。

内藤はわずかに唇の端を吊り上げると、傘をたたんだ。

 

と、同時にその姿がゆらめいて消えてゆく。一瞬の後に彼の姿は給水タンクの前にまで移動していた。

「・・・確かに感じる。気のせいではなさそうだ。」

土砂降りの中、ずぶ濡れになりながら内藤はタンクに近づく。そして、いたるところに赤錆びの浮いたそのタンクの表面に片手を付けた。

その途端、彼の頭の中に思念が飛び込んできた。

『サムイ・・・サムイヨ・・・。クライ・・・、まま、ままハドコ?』

内藤は頭の中で問いかけた。

『どうしたんだい?ママとはぐれたのかい?』

一瞬の沈黙の後、答えが返ってきた。

『オジサン、ダレ?』

『そんなことより、どうして君はここにいるの?』

『ウエ・・・アイテタ。ノゾイタ・・・カバン・・・ワタシノカバン・・・オチ・オチタノ。・・・ワタシモ・・オチ・オチ・オチオチオチ!!!!!!』

内藤は満足そうに頷いた。

『そうか。それで君はどうしたいんだい?』

『ドウ?・・・デタイ・・・・ココハクライ・・・オソト・・・デタイ。』

『それから?』

『・・・まま、ままニアイタイ』

「いいだろう。君をそこから解放してあげる。」

内藤はそのまま空中に浮き上がると、指を鳴らした。すると軋む様な音を立てて給水タンクの上部の蓋が開いていく。それと同時に形容しがたい異様な気配が辺りに広がってゆく。

「・・・なかなかの残留思念だ。まさに新生命の核にふさわしい!」

給水タンクから水が溢れ出す。そこから異様に白い小さな人骨と、腐食して見る影もないがかろうじて園児用のカバンと思える物体がこぼれ落ちた。

「・・・君は蘇るのさ。私が力を与えてあげる。きっとママにも会えるよ。」

『・・・まま・・』

内藤は微笑を浮かべると再び指を鳴らした。今度はさっきと逆にタンクの蓋が閉まっていく。そして、その蓋が完全に閉まり終えたとき、屋上から彼の姿は消え去っていた。

同様に幼い人骨も。

残されたのは、雨をはじいて輝く、真新しい赤い園児カバンだけだった。

 

雨足は、徐々に激しさを増し、厚い雲は、いつまでも陽光をさえぎり続けていた・・・。


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