第1話 目覚め


薄暗い空間・・・。

そこには、きなくさい臭いが立ち込めている。

時折起こる爆発や、火花によって一面の瓦礫が照らし出される。

その時、一部の瓦礫が崩れ、人影が這い出してきた。

若い男のようだ。すすで汚れた顔。ボロボロのシャツと、薄汚れたジーンズ。

男は、うめきながら頭を抑えた。

「・・・ここは?」

不思議なことに、彼は、この暗闇でもあらゆるものが細部まで見えた。

男は立ち上がった。その拍子に全身に痛みが走ったが、そのおかげで意識がはっきりした。

「・・・なんだ、どうして僕はこんなところに?」

男はゆっくりと歩き出した。風が流れてくる方向へと。

「僕は・・・。誰なんだ?」

 


 

唐突に絶叫が響く。

男はビクッと体を硬直させた。

「・・・何だ・・・あの・・声は?」

通路の先から、異様な臭気が漂ってくる。

男は意を決して、物音を立てぬように注意しながら、そっと、その先をうかがった。

「!!」

そこでは、想像を絶する凄惨な光景が繰り広げられていた。

異形の怪物たちが、互いに殺し合い、その肉に喰らいついている。

地獄・・・。それはこういう場所のことを指すのかもしれない。

「・・・ば・・・化け物。」

後ずさろうとした男は、背後から急に突き飛ばされ、狂宴の舞台へと飛び込んでしまった。

怪物たちが、一斉に男を見る。

「・・・来るな・・・来るなっ!!」

絶叫する男に構わずに、怪物たちはにじり寄ってくる。

男の精神の緊張が頂点に達したとき、男の体に異変が起こり始めた。

 

皮膚が硬質化し、緑色を帯びてくる。額から触角が飛び出し、その顔が昆虫のように変化してゆく。

数秒後には、男は直立した飛蝗の怪物へと変化を遂げていた。その腰には黒曜石のような光沢のベルトが巻かれ、その中央には斜めに傷の入った緑の宝玉が収まっている。

 

『これは!?』

男は、驚愕しつつも、襲い掛かってくる怪物に蹴りを放った。わずかにのけぞった怪物の横を駆けぬけ、次々と襲い掛かる怪物をかわしながら、男は通路をひた走った。

 

「何とか逃げ切ったか・・・。!?」

男は、急にすごい力で足を引っ張られその場に転倒した。

見ると、彼の左足に膨大な量の粘着質の白い糸が絡み付いている。

「何だ!?」

その糸の先には、縞模様の蜘蛛の怪物が不気味な笑い声を立てていた。

「く・・・このっ!!」

手刀で糸を断ち切ろうとした男よりも一瞬早く、大量の蜘蛛糸が吐き出され男の体に巻きついていく。

瞬く間に、がんじがらめにされた男の元に、牙を光らせながら蜘蛛の怪物が近づく。

「やられる!」

毒液の滴る長い牙が、男の首筋に迫ろうとしたとき、蜘蛛の怪物の首が吹き飛んだ。

「え?」

痙攣しながら蜘蛛の怪物が絶命するとともに、蜘蛛の糸も溶け落ちた。

いつのまにか、人間の姿に戻った男の前に、二人の女性型の怪人が跪いていた。

男は、警戒しながらも尋ねた。

 

「・・・助けて・・・くれたのか?」

怪人はうなずいた。そして立ち上がると、男を手招きした。

男は一瞬迷ったものの、とりあえず敵意のなさそうなその二人についていくことにした。

 


 

途中、何度か怪物に襲われながらも、その都度二人の怪人はそれらの襲撃を退けた。

一言もしゃべらず、黙々と男を案内するその二人についていきながら、男は必死で考えていた。

『・・・僕は・・・この娘たちを知っている。・・・知っているはずなのに・・・。』

やがて三人は、少し広くなった空間にたどり着いた。

 

「ここは?」

困惑の表情を浮かべる男を尻目に、怪人の一人が、壁に隠されていたスイッチを押した。

途端に軽い振動が伝わってくる。

「何だ?」

床の一部が開き、何かがせり上がってくる。

「これは・・・!!」

そこに現れたのは、黄金の台座に据えられた、赤銅色のボディを持つバッタ型のバイクだった。

 

男は引き寄せられるかのように、そのバイクへと近づいた。

台座にはめ込まれたプレートには、次のような文字が記されていた。

〔プロトタイプ・バトルホッパー “ロゥカスト”〕

 

「ロゥカスト・・・?」

金色の衣装をまとった女性型怪人が、台座の一部に触れると、その部分が展開しパネルが現れた。怪人はそのいくつかのスイッチを順に入れていった。

 

甲高い起動音とともに、そのバイクが目覚めようとしていた、と、その時、大音響とともに背後の壁が砕け散り、そこから犀の怪物が突進してきた。

 

「!?」

とっさの出来事に立ち尽くす男の心臓めがけ、犀の怪物は巨大な角を繰り出してきた。

時間にすると数秒の出来事だったろう。金色の女性型怪人が犀の怪物と男の間に滑り込んだ。

 

「・・・!!」

あっけにとられる男の目前で、怪人の体を鋭い角が貫いていた。

犀の怪物は、忌々しそうに舌打ちすると、首を振り回して怪人を放り飛ばした。

 

犀の怪物が再び男に狙いを定め、飛びかかろうとした途端、轟くエンジン音を響かせながら、ロゥカストが勝手に動き出し、怪物に体当たりを喰らわせた。

不意を突かれた怪物が吹き飛ぶ。

 

その間に男と、今一人の銀色の怪人は、倒れる金色の怪人の元へと駆け寄った。

おびただしい血を流しながら、怪人はうめき声を上げていた。誰が見ても、助かりそうもない傷のようだ。

怪人の姿が、揺らめくと、その姿が徐々に人間へと変化していった。

長い黒髪の美しい女性だ。怪人は血の気の失せた顔に弱々しい笑みを浮かべながら、男に向かって手を差し伸べた。男は、その手を力強く握り返しながら尋ねた。

 

「・・・どうして、僕を・・・。」

「あなたを・・・お守りするの・・が、・・・我ら姉妹の使・・・命・・だか・ら・・・。」

男は驚いた。

「しゃべれるのか!?」

彼は、怪人たちが今まで一言も発さなかったので、しゃべれないとばかり思っていたのだ。女性は、銀色の怪人を見つめた。こちらも既に人間の姿に戻っている。髪こそ短いものの、二人は瓜二つであった。

「・・・マーラ・・・後のことはお願い・・・。」

銀色の衣装をまとった女性は首を振った。

「カーラ!・・・しっかりして、カーラ!!」

カーラと呼ばれた女性は、もう一度男を見た。

「・・・どうか、・・・お気をつけて・・・シャドウ・・・・。」

その言葉を最後にカーラは動かなくなった。

「姉さん!!」

マーラの絶叫が空間に響く。カーラは淡い光に包まれて消滅していった。姉が消えた場所を見つめたまま嗚咽するマーラ。男は無言のまま微動だにしなかった。

 

背後で機械の倒れる騒音が響く。男がゆっくり振向くと、横転しているロゥカストと、荒い息をついている犀の怪物の姿があった。

 

男は立ち上がると、犀の怪物と真正面から向かい合った。その腰には、いつしか先ほどのベルトが現れていた。

 

男は怪物をにらみつけたまま奇妙なポーズをとった。左手を肘で軽く曲げ、右手を添えるように構える。

 

「変身!!」

 

掛け声とともにすばやく両手を交差すると、左手を腰に、右手を大きく回したあと静止する。

 

ベルトの宝玉に刻まれた傷が、見る間にふさがっていく、そして完全に傷が消え去ると同時に、眩い光が発せられ、男の全身を包む。

その瞬間、男はバッタの怪人の姿へと変化し、さらにその上から銀色の外骨格が覆っていく。

 

その左胸の部分に、奇妙な模様が現れると、唐突に光芒が消え去った。

 

そこには、銀色の装甲を纏った、戦士の姿があった。

「グ・ッグ!?」

犀の怪人がたじろぐ。

男の傍には、いつの間にかロゥカストが寄り添っている。男は、鏡のような光沢を持つマシンに映った自分の姿を見て、強烈な既視感に襲われた。

「・・・僕は・・・この姿を知っている!?」

男は、覚えていない。・・・かつて命を駆けて戦った宿敵のことを。奇しくも、かつての宿敵と全く同じ姿へと変化した男の脳裏には、カーラの今際の言葉が甦っていた。

「・・・シャドウ。」

 

男は顔を上げた、その眼光に犀の怪物は、数歩後ずさった。

「俺は・・・シャドウ。そうか・・・シャドウなのか!」

シャドウは、すばやくロゥカストに跨ると、アクセルを吹かした。

弾丸のごとく急発進したロゥカストは、勢いよく犀の怪物へと体当たりした。

余りの勢いに吹き飛びながら、怪物は怒りの声を上げた。

シャドウは、Uターンして戻ってくると、ロゥカストの背に立ち、跳躍した。そのままの勢いでパンチを繰り出す。

 

緑のオーラを纏った拳が、犀の怪物の胸板に炸裂する。その痛みにのたうつ怪物を尻目に、シャドウは前方の壁へと疾走する。

『さっきとはまるで違う。全身に力が漲っている。・・・いまなら、今ならやれるはずだ!!』

シャドウはより一層力強く走る、そして壁を蹴って跳躍し、怪物へと鋭い蹴りを見舞った。

「シャドウ・キーック!!」

緑の矢じりをもった銀の矢と化したシャドウは、怪物の体を貫いていた。

半ば地面にまで突き刺さるようにして着地したシャドウの背後で、怪物は原子の炎となって燃え尽きていった。

 

シャドウは、立ち上がるとゆっくりとマーラの元に歩み寄る。戦士は、いつしか人の姿へと戻っていた。

涙をぬぐって立っていたマーラの肩に軽く手を置くとシャドウは口を開いた。

「・・・あちこちから化け物の声がする。・・・面倒にならないうちに脱出しよう。」

マーラは肯いた。

シャドウはロゥカストに跨ると、その後ろにマーラが乗ってシャドウの腰にしっかりと手を回した。

シャドウはその時初めて、ズボンのポケットに何かが入っていることに気づいた。

「!?」

引きだしてみると、それは写真だった。そこには男と共に一人の少女が写っていた。

「これは!!」

写真を裏返すと、文字が書いてあった。

『信彦と杏子。杏子の入学式後、自宅にて。』

 

「・・・信彦・・・それが、僕の名前なのか?」

「シャドームーン様。気配が近づいてきています。」

男は、ハッとなった。

「わかった急ごう。ん?・・・シャドームーン?」

男はいささか混乱しながらもアクセルを吹かした。

薄暗い通路を疾走する。

 

『・・・信彦・・・シャドームーン・・・シャドウ・・・。僕は、僕はいったい何者なんだ?』

 

やがて、彼らの前方には外の明かりと、雨音が聞こえ始めていた。


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