「英語とコンピュータはこれからの2大武器である」などと生徒に喧伝しておきながら,コンピュータに関わる表現となると,カタカナから入って英語の原義にあたらないことが多い.同僚に「インターフェースって何ですか?」と素朴な疑問を受けても,「ユーザーとコンピュータの間の仲立ち」(本書127ページ)といった説明はできても,原義である「表面と表面が触れ合う接点」は未確認.カタカナが先行していて,肝心の原義はおろそかになりがちだ.
本書はことばの専門家として,コンピュータにまつわるカタカナ言葉に背景的な説明を加え,命を吹き込もうとした労作である.「コンピュータ,ネットワークにかかわる文化辞典として編纂した」(まえがき)英語からひもとく情報辞典である.
項目はアルファベット順に配置され,一見類書の用語辞典と変わらないように見えるが,◆で始まる解説が「英語情報辞典」として一線を画している.◆はことばの専門家ならではの知見が加わり英語教師にとっても新しい発見に満ちた情報源となっている.
プロパティという全く新しい用語が登場した時, 「propertyは『財産』だという意味なのに,それは何だ?!」と言葉使いの無神経さに怒りを覚えたことがある.現在では,「Windows上に表示される操作対象に関する設定情報」(p.181)という意味ですっかり定着してしまった.◆以降の解説は本書に譲るが,プロパティという言葉から入った人が多い現在では,原義の「属性」から始まる説明はこの語をより深く理解するのに役立つだろう.
◆の中でも出色なのはソフト,プログラム言語名の由来だ.この項だけを読み進めても欧米文化を垣間見ることができる.この執筆には相当な労力が費やされただろう.2001年末にBadTransという悪質なワーム(ネットワークを介して自分の複製を増殖させ,システムに不具合を起こさせる悪質なプログラム◆「寄生虫」という原義から)(p.237)に感染した.もうIE(p.121)はこりごりとユードラ(p.93)というソフトを検討した.本書によれば,Eudora Weltyという女流小説家の短編から命名された名前とのこと.こうした記述になると解説は心なしか生き生きとしてくる.徹底して語源,由来にこだわった努力が伺われる.AltaVista,Bluetooth,bootstrap,bus,hacker,readme fileなど普段何気なく使っている単語の項には是非一度あたって欲しい.
「あの先生の授業中の豆知識が楽しいんだよ」これは生徒のことば.生徒にとって,「豆知識」は嬉しいらしい.本書はコンピュータ用語の豆知識の宝庫である.辞典と思わず◆の項だけ通読しても,思わぬ発見,楽しい豆知識に出会えること必定である.