生徒用のホームページを開設しての英語の読解技術の養成

パソコンに関わって20年近くが経つ.パソコンの話をしてもほとんど相手にしてくれる人がいない時代から, 職員室のほぼ全職員が個人専用のパソコンを所有するようになった現在,とりわけインターネットが爆発的に普及したここ数年は隔世の感がある.一方,授業の中でのコンピュータ利用は遅々として進んでいない.授業と情報教育,コンピュータ利用は日本の教育風土とは相性が悪いのかもしれない.教師には教え込む姿勢が染み付いており,生徒には椅子に座ってひたすらノート・教科書と向き合う受動的な学習態度が染み付いている.教師には教えた実感が伴わず,生徒は何をしてよいのか明確な方向性を見出せないというのが,コンピュータ室での授業の現状ではないだろうか.とりわけ,最終的には受験,目先には年数回実施される業者による全国模試が重くのしかかる進学校においては,はっきりとした成果の見えにくいコンピュータ室での授業にはかなりの抵抗がある.

本稿ではわずか2回であるが,1999年7月から2000年6月まで長野県AETとして在籍したダリウス・シッツマン氏(現テキサス大学・ビジネススクール)との共同授業によるコンピュータ室を利用した英語授業の実践報告し,その可能性と問題点について考えてみたい.

*シッツマンという人

ダリウス・シッツマンは日系企業に就職し,九州でも生活をしたことのある元エンジニア.AETとしては年齢が多少高く,その旺盛な好奇心と我々のイメージする典型的なアメリカ人的な社交的な性格で,わずか1年の滞在ながら,様々な経験,体験をして,帰国していった.彼の特技はコンピュータ.マッキントッシュと格闘するのが一番の楽しみで,コンピュータをやる人なら誰でも経験する徹夜なども結構していたようである.

*本校AETの授業

本校のAETの授業は通常のティーム・ティーチングも行われるが,主流はAETに1時間の授業(65分)まるごとを提供するいわば「ダリウスの授業」という形をとり,その時間はAET主導で授業の企画,立案,さらに授業を行う形態をとっている.同じ授業が1,2年全クラス対象に行われる.

*コンピュータ室を利用した授業

ダリウスの授業1時間目は通常どおり教室での自己紹介を中心とした授業で行ったが,2時間目からはコンピュータ室を利用することにした.おりしも諏訪市と姉妹都市の関係にあるセントルイスからの高校生が来校しており,彼らの数名が本校見学の合間にコンピュータ室に入ってインターネットで株の動きをチェックしていた.キーボード操作もままならない本校生徒と,コンピュータを当然のように操り,株式にまで参加している米高校生の姿を見て,彼我の差に愕然とした.

英語の授業をコンピュータ室で行う目的を,キーボード操作やインターネットに習熟するといったレベルに設定するわけにはいかない.本校の英語授業の性格からもその目的を「英語による情報をいかにすばやく正確に把握するか」というリーディング・ストラティジーでいえば,スキミング,スキャニングのスキル育成に重点を置いた授業をすることにした.


1時間目 コンピュータの授業での最大の難関は生徒の習熟度の差が初めから歴然と存在すること.習熟した生徒はインターネットを経由して勝手に自分の興味のあるサイトにいったり,授業が終了してみると壁紙が書き換えられている,といった生徒の行動のコントロールの難しさにある.習熟度の差はこれを利点と考え,できる生徒のまわりにできない生徒を配置し,教えてもらうという利用も考えられるが,生徒のコントロールとインターネットを利用した情報収集は本来両立し得ないものである.

ただ漠然と,「英語で提示されたサイトで○○の情報を検索し,報告しなさい」といった指示では,生徒は収拾のできない行動に及ぶであろうし,集められた情報も種々雑多で,評価のしようがない.そこで,生徒全員があらかじめ同じサイトにアクセスすることにし,配布されたハンドアウトの指示に従って,知りえた情報を書き込む方式にした.

シッツマン氏は来日当初からホームページを開設し,積極的に日本での滞在を発信していた.本人の言によれば,これは家族や知人に当てた私信のようなもので,アメリカに住む家族,知人が彼のホームページにアクセスし,日本での生活の一端をわかってくれれば良い,といった気軽に作ったページのようである.(http://www.geocities.com/Tokyo/Highrise/3734/)絶えずデジカメを携帯し,日本での滞在日誌も毎週更新するという熱の入れようであった.

2時間目 1時間目の授業は導入ということもあり,@コンピュータの起ち上げAパスワードの入力Bブラウザの起動Cブラウザソフトの操作,という一連の操作の習熟に時間を割いた.その後,ダリウスの住んでいたテキサス州オースティンの自宅を紹介するホームページにアクセス.英語で紹介された家をゲーム感覚で探索,ハンドアウトに指示された質問に答える形で,各ページの情報を読み取った.ハンドアウトの質問に答えるためには,大まかな概要を捉えた後(スキミング),必要な情報を探す(スキャニング)といった現実的な読みの態度が求められる.情報の入手先が現在教わっている先生に関してのものということもあって,どのクラスも楽しんでタスクをこなした.

2時間目の授業も同じ方向で行った.1回目の全くの導入とは変えて,内容を少し教育的なものにしようということで,題材にはオリンピックが開催予定であったオーストラリアを選んだ.初期画面にオーストラリアの地図と主要都市を提示,それぞれの都市上でクリックすると,その都市(地域)の説明が提示され,さらに写真などが見れるという構成で,同じようにハンドアウトに指示された英文の質問に答える形式で行った.作業には個人差が生じるので,課題修了者は好きなホームページにアクセスしてよい事にした.

*ダリウスとの授業を終えて.

英語とインターネットといえばITのキーワードである.インターネット上の情報のほとんどが英語で提供されており,その量,質とも日本語による情報をはるかにしのいでいることは言をまたない.また,インターネット上で提供される情報は膨大なため,リーディングの基本スキルであるスキャニングの技術は意識的に指導する必要がある.ダリウスの授業はインターネットという混沌とした宇宙に船出する準備段階に位置付けられる.教室内の生徒全員に共通のプラットホームを与え,共通の課題を与えることによって,生徒個々の指導を容易なものにし,また,生徒同士の強力体制も可能になった.また,言語材料を本校生徒のレベルに合わせたものにすることによって,授業を成立させることができた.

現在のインターネット上のサイトにアクセスした場合,その英語の難度,量に圧倒され1時間の授業は成立しないと思われる.ダリウスの手作りホームページが授業成立の第1要因であった.

ダリウスは本校がベース校とはいえ,他校に訪問することも多く,また,1回の授業で14クラスまわるということもあり,インターネットを使った授業はこの2回であった.最初のクラスの授業の段階でダリウスのホームページをプロバイダに開設したところ,生徒が一斉にアクセスするとかなりのデータの遅延が見られた.そこで,ダリウスは本校職員では他に誰もできないような,コンピュータ室内に仮想サーバーを構築.自分の持ち込んだマッキントッシュをサーバーにして,データ転送の時間短縮を図った.

オーストラリアの地図の作成,各都市のリンクなど,全て手作りで行った.このため,ダリウスは平均的なAETでは考えられないような土,日の出勤もかなりこなし,空き時間はコンピュータ室で過ごしていた.現状では残念ながら,このような熟達した職員と,献身的な準備への時間提供がないと,独自の教材としてホームページ開設は困難が伴う.

*英語教育とIT, 情報教育

長野県英語クラブ連盟が「高校生英語ディベートコンテスト」を開催して8年が経つ.毎年県下の高校約20校の生徒が一つの論題についてリサーチを行い,英語で討論する.今年度の論題は「日本は遺伝子食品を普及すべし」(GM food should be availed to the public in Japan).討論の中では,「インターネットによれば,…」といった引用をするチームが目立った.情報収集の有力が手段として高校生にもインターネットが普及している証左である.本来のインターネットの利用はこうした条件で行われるものであろう.ディベートのチーム力の差は,情報収集力と,分析力の差となって現れる.こうした力をつけるためには差し迫った課題を目の前にしてかなりの時間をインターネット上で過ごすしかない.本校ディベートチームも実際1ヶ月ほどコンピュータ室へ通い情報の収集に当たった.さすがに英語による情報には手が出なかったようである.

一方,40人を相手にした英語授業内でのインターネット活用となれば,その入り口に案内するしかないと思われる.比較的英語力があるとされる本校生徒でさえ,一般の英語ページからの情報収集は至難の業である.高校生の英語力は年毎に落ち,生の英語に触れるのは理想とはいえ,授業内では現実的とはいえない.第2のダリウスの来日を待つか,県下の高校生が共通して利用できる授業用仮想ホームページの開設をする必要があるだろう.