「楽のできない『パソコン手抜き術』

(「現代英語教育」,研究社出版,1993年12月号

T  「快適パソコンライフ」その後     

U 現状でできる「手抜き術」

@ 教科書付属フロッピーと教育活動

A パソコンで問題作成と採点

B パソコン通信と語法研究

C FINEシステムと入試研究

D CD−ROMと辞書引き術

V パソコンで手抜きをする方法

W  「手抜き」のできない「パソコンライフ」


快適パソコンライフ

T  「快適パソコンライフ」 その後

 本誌に「英語科研究室へパソコンを」を連載してから3年がたつ.この連載,及びそれに続く「快適パソコンライフ」では英語教師のパソコン活用術を@ワープロソフトA表計算ソフトによる成績個人票B私的データベースの構築の3点から提案した.それからの3年間もパソコン業界の環境は急速に変化しているが,ことパソコンを使うという点では,現在も基本的には変化がない.

 今回のテーマ「パソコンを使った『手抜き』術」はよく考えると「パソコン英語教師」につきつけた挑戦状のように思われる.「パソコンを使うとこんなに便利ですよ」と言っているが,それで本当に「便利に楽になるのだろうか」という常々こころのすみに潜んでいた疑問をえぐり出すようなテーマでもあるのだ.

 パソコン活用術には2系列ある.一つは今までやっていたことがパソコンによって楽になる,すなわち時間がかからなくなったり,疲労の度合いが減る作業である.前回の提案の中では,日常の文書作成,成績処理,例文をカードで収集していれば例文をデータベース化することなどだ.

 もう一方ではパソコンがあって,ソフトがあるからこそやる作業というものもある.パソコンがなかったらその意義を認めていてもそれにかかわる労力,疲労度を考えてやらなかったようなことである.各種データベースの構築,生徒の英語学力に関する様々な数値的分析,英文の解析などがこれにあたる.どうも「パソコン教師」は後者に目がいきがちである.例えば「英文法解説」(金子書房)で次のような解説を目にする.

 

どんな名詞がthat-節を従えて同格になるかという問題があるが,幸いこれにはBBIが手ごろな参考資料として利用できる.同辞書には該当する名詞に表示がついていて,丹念に数えた人の話では全部で約180語あるそうである.

 

 という記事を目にすると,「世の中にはすごい人もいるんだな」と感心する.ところが,BBIの前書きに「(様々な索引を用意することについて)これはさらに利用価値の高いCD−ROMとして検討することとし・・・」という一文を読むと「それじゃ少し待ってCD−ROMを購入してパソコンを使えばすぐにできるかな」と考えてしまうのがパソコン教師である.

 本稿では前連載の続編として,「パソコンを使ったら今までやっていた作業なり活動が楽になる」という視点で現在の私をとりまく環境に言及してみたい.

 


手抜き1

U 現状でできる「手抜き術」

 

@ 教科書付属フロッピーと教育活動

 新教育課程になり来年度から教科書も一新した.教科書そのものの充実もさることながら,教科書周辺も年々充実し,来年度はAETとの共同授業用ワーク,レベル別ワークブックの用意,全時間の教案集!などの新機軸も用意されているようだ.

 さらに私の知る範囲の全教科書にパソコン使用を前提としたフロッピーディスクが添付されることになった.

 今年の夏,他の目的で研究室などをあら探ししたところ15種類ほどの教科書付属フロッピーが集まった.これらのフロッピーの最大公約数的な中身は次のようなものだった.

1)フロッピー収録内容

2)データの格納の仕方

本文,問題その他す


3)データの形式

 このフロッピーの最大公約数的な使用としておおよそ次のような用途を前提にしているようだ.

  定期試験作成時の本文入力の軽減.

小テストを一部できあい,一部改作など ある程度の自由さをもって作成する.

入力の手間のかかる発音記号を含む単語 集を,編集・作成する.

全文訳,英文を加工して簡便な小テスト, サブノート作りに利用する.

 

 さらにこれは1社だけであったが,教科書に登場する英文を1文1文データベース化して,既習事項の検索のしやすい形に加工してあった.これは好もしい方向であろう.

 この夏「これは高校生レベルの英文を集めたテキストデータベースだ!」という当たり前のような事実に気がついて,テキストファイルだけ英文1文1文になるように加工して,ある単語を含んだ英文を検索できるようにした.これで「辞書からの英文」,「自分の意図的に集めた英文」の次に位置する第3の英文データベースができた.入力の手間を省いて,コストもかからず高校生用としては上質(?)の英文が数メガバイト集まったことになる.


手抜き2

A パソコンで問題作成と採点

 教科書付属のフロッピーディスクと並んで参考書付属のソフトもだんだん提供されるようになった.単語集,熟語集,構文集,総合参考書などに付属して範囲,問題形式,問題数などを指定すると決められた書式で印刷されたり,テキスト形式のデータが作られるものだ.

 実際には一度しか行ったことはないが,教師が問題作成と採点に手をつけない究極の形は自動問題作成ソフトで択一式の問題を作成し,マークシートに解答させ,マークリーダーで採点することだろう.マークリーダーは特に現場からの強い要望があったわけではないが,県で購入してくれた.マークシート1枚25円というのは問題であるが,400名の答案でも1時間もかからずに個別採点,問題別分析など集計結果まで出る.

 現在使用しているソフトでは実際には自分で採点した方が速いという後処理の煩雑さはある.全国の自動問題作成ソフトやマークリーダーの使用状況はいかなるものだろうか?

 


手抜き3

B パソコン通信と語法研究

 おくらばせながら昨年パソコン通信のNIFTYに加入し「英会話フォーラム」にも参加している.といっても決してアクティブなメンバーというわけでない.しかしこのフォーラムに加入しているという安心感は大きい.詳しくは「英語教育」『ネットワーク通信」に紹介されているが,シスオペのマリオさんという方が私の「英語例文データベース」などぶっ飛ばしてしまう巨大な英文データベースを構築されている.なにしろ何千時間という映画・テレビ番組の台詞,何百冊というペーパーバックを丸ごとデータベースにしているからすごい.

 今年になって2回ほどフォーラムを通じて質問させていただいた.一つは数年来の疑問「順番を待つは "wait for one's turn"か?」というものである.辞書ではwait one's turnが取り上げられていることが多いのに英語Tの教科書で "They are waiting for their turn."という英文が出てきたので,ずっと疑問に思い英文を読む度に注意していた.しかし,3年もたつのにいずれの場面にも会わない.ある日思い立って質問したところ,wait を含む英文を6000例も上げていただいた.さらにこのフォーラムの神様のような存在朝尾幸次郎氏がこの文例を分析して  

wait one's turn(19例) vs. wait for one's turn(1例)

 という結果を出していただいた.このようにして私の3年越しの素朴な疑問はな

んと3日の間に解決してしまった.

 もう一つは「『どういたしまして』の"Any time"」というもので,生徒に解説を加えなけ

ればならないのに,とっさには解決できなかった問題だ.この時も前述の強力なコンビで「どうしたしまして」にあたる表現を含んだ英文をまさしく山のように検索し解決していただいた.

 ときどき「何でこんな細かいことにこだわるんだ」と自分にいらだちを覚えながらもこだわってしまうことがある.それが母国語でない英語の細かい語法となると「informant何人に聞きました」とか「信頼できる辞書○○冊を調べました」方式に頼るしかないが,パソコン通信を通じて第3の道が開けた.


 

手抜き4

C FINEシステムと入試研究

  英語教育に関する情報の軽重は教えている対象に大きく左右される.現在の勤務校では大学入試の中の英語というのも大きな関心事の一つである.そこでいわゆる「大学入試問題正解」や「赤本」は貴重な情報源であり,これらをぱらぱらめくって問題の傾向を探ったりある一定のテーマで問題をみなおすなどといったことをしている.

 近年,教育産業と学校現場は連携を深めている.本校でも県の「学力推進事業」の一環で福武書店のオンラインシステムFINEを本年度から導入している.このシステムの2というのが過去5年間の全国公立大学及び主な私大・短大の入試問題をおおよそ図のような形式でデータベース化している.

   そこでマクロ的な見地からの大学入試の外観はこのFINEにアクセスすることでおおよそ把握することができる.4月から利用したものには次のような項目がある.

 過去5年間にわたる15万題もの問題を分析し,データベース化してあるので,今まで大学入試問題のあっちこっちとわたりあるいてやっとおぼろげに把握していたことが,ある程度の正確さをもって知ることができる.

 もっとも英文の内容の分類が大学入試の英文という観点からなされたものではないのでひどく不便であるとか,問題の難易が入力者の主観に大きく左右されおおよそ一般的な判断となっていない,などデータベースそのものにはまだまだ改善の余地がある.現場で使って大きな声を出していけば基礎データの信憑性も急速に改善されるだろう.


手抜き5

D CD−ROMと辞書引き術

 本誌1992年9月号に報告したようにCD−ROMの辞書とパソコンの結びつきはパソコンの中では最もホットな話題の一つである.パソコン用CDでは何十巻という辞書が詰め込まれて,CDとワープロその他のソフトとの連携もはかられており,英語圏発のCD辞書も数多く発売されている現在, 

  1. 重い辞書をめくる肉体労働

  2. 引いた内容を転載する手間

の2点を省くもしくは軽減するという点では「手抜き」の一つとも言える.

 もっともそれより紙の辞書ではできなかった新たな辞書と人の結びつきを提案しているという面が大きいだろうが.


手抜き方法

V パソコンで手抜きをする方法

 パソコンによる「手抜き」とはパソコンを使用することが日常化し,当たり前の存在になることであろう.すなわち「まずパソコンありき」といったモノが先頭にくるようなつきあい方をしない段階である.そのためには「ソフト」「ハード」の動向はいっさい気にしない.あるハード・ソフトを使用し始めたら3年や4年はとことんその環境だけで過ごすことである.ちょうど購入した冷蔵庫を使い方を変えずに10年間つきあうように.私自身は「パソコン教師」であるからハードの行方もソフトの動向も気になるし,自己の使用環境の改善にも余念がない.一方同僚のパソコン利用を見ていると,こうありたいというつきあい方をしている.

 今年まで英語科研究室にあったパソコンがようやくにしてその寿命を全うした.実に10年の年月を経た.変化の激しいパソコン界にあっては骨董品のような存在だ.それでもこれまでりっぱに働いていたし,この機械しか知らない同僚は多少動作が鈍くてもさして不満をいうでもなく日々の文書作成,時々の成績処理,それに校務に関わるデータベースに使っている.

 パソコンで本当に楽をしたいと思ったら現在のところ,パソコンによる使用方法が確立した形だけで利用を考え,良き先生がいるところで使用していくことだろう.そうすれば余分なストレスもたまらず,日常のルーチン化した仕事から解放されることになるだろう.そしてある程度落ちついた状況で少しづつパソコンにまかせる仕事を増やしていけば良い.

 


 

パソコンライフ

W  「手抜き」のできない

  「パソコンライフ」

 私のこれまでのパソコンとのつきあいを振り返ると最初の一歩は「パソコンを使ったらこんなことはできないだろうか?」という素朴な期待からであった.もちろん10数年前の当初の目的は現在達成されているが,その後もハード,ソフトの進化・発展にともなって「それではこんなことはできないだろうか?」と大げさでなく次から次へとパソコンへ期待を突きつけてきた.

 パソコンでできそうなことは英語の教育活動に限らず校務一般をパソコンにやらそうとしてきた.その結果楽になったと言えば楽になったが,そこまでにいたる過程を考慮すると時間的な損得勘定はプラス・マイナス・ゼロといったところである.むしろパソコンに感謝しているのは,確実に自分の活動圏が広がったことである.主観的な判断によるが仕事の質的な変化が多岐にわたって起きている.普段何気なく作成している配布用プリントにしても10数年前のものとは一線を画しているし,授業の構築,計画にもパソコンの存在を念頭に入れた内容のものに無意識的になっている.パソコンを無意識にうちに楽々使いこなす「快適ライフ」にはほど遠いが,パソコン導入が日々の活動をより創造的で前向きなものにしていることに違いない.その中にはハード・ソフトと格闘する決して楽のできないパソコンライフも含まれているが,新たなアイデアのもとに活動を始めたり,新しい視点を得たりしている.結局「パソコンライフ」は手抜きというより,なんとか切り詰めて浮いた時間,労力を他の面に振り分けている色合いが強い.そのちょっとした「得した気分」を楽しんでいる.