はじめに
ドラクエの源流
『指輪物語』とトールキン
Fantasy Role Playing Gameと『指輪物語』
Role Playing Gameとファンタジー
子供達,ファンタジー,そして英語教育
はじめに
ファミリーコンピュータ(通称ファミコン)が世に登場して5年が経ちます。販売累積数が600万台を越えた3年前には社会的な話題にもなり,「小学生とファミコン」「小学生と遊び」といったことが取り沙汰されました。その後販売数1000万台突破を契機に,ソフトハードともに頭打ちが伝えられ,ファミコンブームも峠を越したかに思われました。ところがこの2月,ファミコンソフト「ドラゴンクエストV」の発売にあたり.教育委員会の異例の通達,学校をさぼった中高生の補導,このソフトをめぐっての恐喝,窃盗など「ドラクエ騒動」という社会的騒動にまで発展しました。発売元ではIの200万本,Uの300万本に続いてVでは500万本を販売するという強気の見通しを立てています。
本稿では,このように子供達の問に急速に広まりながら大人にはよく知られていない「ドラクエ」のゲームシステムと英語教育との接点について論じたいと思います。
ドラクエの源流
ドラクエはゲームの分類ではFantasy Role Playing Simulation Gameというジャンルに入れられます。アメリカではすでに1979年頃パソコン用に発売されていたそうです。このゲームをパソコン上ゲームのジャンルとして決定的に確立したのは,1981年にアメリカのパソコンApple用に発売された2本のソフトです。この2本のソフト“Wizardry"と“Ultima"はパソコンのRole Playingファンには元祖として崇められています。私は7年前にはその存在を知りませんでしたが,1983年頃ビジネスマンがこのゲームに熱中し,家に帰ると倉庫に閉じこもって夫婦の会話もおぼつかないというニュースが報道され,大人を夢中にさせるそんなゲームもあるのかと感心したことがあります。
このゲームシステムはさらにその7年前に発売された“Dungeons & Dragons"というボードゲーム(双六をたいへん複雑にしたものを想像すれば雰囲気だけはわかるかと思います)に源流をなします。このゲームのさらに母体になっているものが,1954年The Fellowship of the Ringという題名でその第1部が発売されたJ.R.R.To1kien作のThe Lord of the Rings"(指輪物語)です。
J.R.R.Tolkienは伝記によればオックスフォード大学で言語学の教授として長いこと教鞭を執ったそうです。小さい頃から言語に対して大きな興味を抱き,古英語の叙事詩Beowulfやフィンランドの民族叙事詩Kalevalaを愛し,言葉の響きに対して卓越した才能を有していました。とうとう“Quenya"という自分自身の言葉を作り出し,日記には自分で発明したアルファベットで文章を書いたそうです。
このQuenyaの言葉からさらにその言葉を話す民族,国土そして歴史,文化まで創造したのがThe
Silmarilionであり,The Lord of the Ringsであったわけです。『指輪物語』はトールキンによって創造された全く架空の世界であると同時に,北欧,イギリスの古い叙事詩の流れをくむ英雄伝説風物語でもあります。
それではFantasy Role Playing Gameとは何か,それと『指輪物語』がどのような関係にあるのかに触れます。
Fantasyすなわち幻想的な世界,そしてRole Playingいわゆる「ごっこあそび」(おままごとのように)の結合は,昔小さかった頃,友達と探検隊を編成して近くの横穴に冒険に出かけた様子を想像すれば分かりやすいと思います。『指輪物語』『旅の仲間』(The
Fellowship of the Ring)を例に取って説明します。
主人公ホビット族のフロドの持つ指輪について,“The Council of Elrond"でその処遇が話されます。その結果,この指輪を破壊することが決定され,その遠征(quest)を達成するために,部隊(party)が組まれます。その内訳は4人のホビット,魔法使いガンダルフ(Ganda1f),エルフ代表のレゴラス(Legolas),ドワーフ代表のギムリ(Gim1i),人間代表のアラゴン(Aragom)とボロミア(Boromir)です。この構成員にはそれぞれの性格があります。
Hobit 動きは敏捷,力はなく戦力とはならない。
Wizard 多くの言葉を解し知恵を有し魔法をあやつる。
Elf 背が高く遠目がきく。弓矢に秀でている。
Dwarf 背が低く頑健。斧を得意とする。知能は高くない。
Man
剣の達人。知能もそこそこにある。
このような個々には短所長所を持つものがそれぞれの役割をこなして,時には離ればなれになり,時には力を合わせて冒険を続けます。Role
Playing Gameとはこのような明確な性格を持つ者たちがパーティを形成し,その時その時のQuestを達成していくゲームなのです。
そしてFantasy Role Playing Gameの下地は『指輪物語』の世界の影響がたいへん強いわけです。E1f(小妖精),Dwarf(小びと)は昔から存在していましたが,現在のRole
Playing Gameの中のイメージはまさしく『指輪物語』からとられたものだと思います。Fantasy
Role Playing GameはTolkienの“The Middle Earth"で展開されるわけではありませんが,
@ 全くの架空の世界であること。
A エルブ,ドワーフといった人問とは異なる能力を有する生物がいること。
B 敵対する巨大な力が存在しそれを倒すことが目的であること。
C 目的の前にたちはだかるOrc,Trollといった怪物が存在すること。
D 武器,鎧など中世ヨーロッパを想定していること。
など『指輪物語』に通じる設定が主です。ドラクエも言うまでもありません。
Role Playing Gameの概要がわかってくると,その源流をさらにさかのぼって神話の世界までたどるのは容易です。要するに私たちが子供の頃興奮して読んだ冒険言軍はほとんど全てがRole
Playing Gameの要素を持っているのです。Role Playing Gameはなかでもギリシア,ローマ神話の影響をつよく受けています。ペルセウス,ベレロホン,ヘラクレス,テセウス等々の活躍はすべてRole
Playing Gameに通じるものがあります。それにもまして,Role Playing Gameに登場する怪物は欧米人にとっては親しみ深いものばかりです。キマイラ,ケンタウロス,ゴルゴン,スフィンクス,メドゥサ,ミノタウロス,ヒュドラ等列挙しきれないほどです。
当初日本にこのゲームが紹介された時,西欧と同じ背景を持たない我々にはもう一つ親しみがもてないと言われていましたが,ドラクエが何百万本も売れて「普通の中学生,高校生」が熱中しているところをみると,ゲームシステムそのものは受け入れられたようです。
子供達,ファンタジー,そして英語教育
ファミコンを生活の一部として育った子供達がそろそろ中学,高校生になってきています。今回のドラクエの異常なまでの騒動は私には驚きでした。いままで述べたようにRole
Playing Gameはたいへん物語性が強く,とても何百万人もの子供達が夢中になるものではないと思っていたからです。私はこの騒動を通じて,これほど子供達に受け入れられているなら,この機をむしろ利用して西洋文化の底流に流れる神話などを積極的に提示して,英語学習への動機付けの糸口にしてはどうかと考えました。
ドラクエは一時のブームにおわり,あとに「柳の下のどじょう」をねらう,似たようなソフトが何本か登場し,やがて話題にも登らなくなるでしょう。しかし,Role Playing game自体ははや15年の歴史を有し,次の停滞のあと,また傑作が生まれ,より物語性の高いゲームヘと発展していくことでしょう。そしてその底流には『指輪物語』を中心とした西洋ファンタジーがあることも変わらないことと思います。われわれ英語教師も,その流れぐらいは頭にいれて時に応じてその正しい背景を提供することが,表面的にしかゲームに接しない子供達へのいくらかの助力になるのではないかと思います。
そして,これがきっかけで,ゲームから原典であるさまざまな神話,伝説,冒険謂へと子供の読書の世界が広がるかもしれません。そのことが,結果として,欧米の民間伝承にとどまらず,世界のいろいろな国の神話,伝説へと興味が広がり視野を広め,異文化への受容力を高めることにもなるかもしれません。たかがゲームではありますが,多くの若者が熱中していることに目を向け,これを前向きの姿勢で受け止めることはできないかと思い本稿を起こしました。
●参考文献およびソフト●
『指輪物語』
(評論杜)
The Lord of the Ring
(UNWIN)
Tolkien
(The authorized Biography)
(Unwin)
『ギリシャ神話』
(岩波ジュニア新書)
『RPG幻想辞典』
(日本ソフトバンク出版)
『ログイン』
(1983年11月号)(アスキー出版)
ドラゴンクエスト
(ユニックス)
Ultima W
(ポニー)
Wizardry
(アスキー)