[ジーニアス・クリッパー・ディパーテャー]
「英語通信」 16 1997年11月,大修館書店,
「英語の辞書・辞典 どう使う,どう使わせる」
*なぜ,生徒に英英辞典を薦めるか 「英英辞典を購入しよう!」というキャンペーンを始めて1週間ほどしたところで,編集部からこの原稿の依頼があった.編集の方と電話で英英辞典の話をしているうちに,さりげなく「何故ですか?」と聞かれた.文脈からいくと「なぜ,LDOCE3を推薦したのですか?」ともとれるし,「なぜ,英英辞典を薦めたのですか?」とも解釈できた.一瞬,たじろいだが,前者のつもりで話しをした.「なぜ,この英英辞典を選んだのか」は話しやすいが,「なぜ,英英辞典を(高校生に)薦めるのか」は難しい.いつも我々英語教師は「英英辞典は英語の学習に役立つ」という前提で話しをしていて,実は「どのように役立つか」という肝心な点を,自分として明らかにしてきていないことに気がついた. 英英辞典斡旋に際して次のような「飯田高校2学年英語通信」を生徒に配布した. 英英辞典を購入しよう!! 1995年度は英語を外国語として学ぶ学習者用の辞書が改訂されたり,新たに発売された.このような辞書は国内の英語研究者の座右の書となっており,大学入試問題作成にも大いに利用されている.<<中略>> 1)英語を英語で考える.次のような形式の問題が現実に多いのでそれに対処する.
下線部(a)〜(e)の語句にもっとも近い意味の語句を(イ)〜(ニ)から選び.記号を記入せよ.
Certainly, for a change, most of us were
listening to the teacher.
イ. changeably ロ. mutually ハ. profitably ニ. unusually (一橋 95年) 英英辞典 *CHANGEには,*a situation or experience that is different
from what happened before, and is usually
interesting or happened.*とあり,ニを選べる.<<中略>> 2) 語法を読む.ある英和辞典のまえがきにも「最新の語法記述の充実」として,この辞書の前の版を大いに参考にしたとある.特に今回の改訂ではコンピュータでのデータ処理を駆使し,話し言葉と書き言葉での違いなど,今までは確認できなかったことまで言及されている. 3) 他校の生徒であるが,この種の辞書を持ってアメリカへ留学したところ,「こんな素晴らしい辞書があるのか」と絶賛されたらしい.絶賛する方もするほうだが,そのくらい親切にわかりやすく記述されている.英語をきちんと学習したいと思う人には最適の辞書である. これは原文のままであるが,かなりひどい宣伝文句を並べているのがわかる.まず,受験生の不安をあおるような,「大学入試問題にも利用されている」とあまり根拠のないようなことを枕にしている.1)の入試問題の紹介はいかにも直接的に英英辞典が受験対策に役立ちそうに書いてあるが,実は国立大学でこの種の問題を出題するのはごくわずかである,という事実に触れていない.2)では,この辞書が辞書の最先端をいき,これから出版される英和辞典の参考書になりそうだと言っているが,兄弟の使い古した英和辞典でも,不自由を感じずに使っている生徒には関係ないだろう.3)にいたっては,アメリカでは日本で紹介されているような英英辞書はあまり知られていない,という話しでしかない. 授業ではこの通信を配布した後,次のような話をした. 「本校では@毎年2年のこの時期に英英辞典を推薦してきています.特に今年は改訂が相次ぎましたが,この辞書がその中ではA比較的まとまっていること.見たように大きさも適当で扱いやすい,という理由で推薦します.どうですか?模試1回分で,B英語を英語で説明した辞書が手に入るのですよ.C使い方はこの辞書を購入すると読み物風の付録がついているのでそれを読んで下さい.」 この発言にはいくつかの問題が含まれている.なぜ,2年のこの時期がいいのか.なぜ,この辞書がいいのか.なぜ,英語を英語で説明した辞書がいいのか.ということが全く明らかになっていない.あげくのはてに購入したら付録があるので,それを読んで下さい,という無責任な結びになっている. 次の時間からさりげなく英英辞典を片手に教室へ赴くことになる.キャンペーン中は,授業で扱うテキストに現れる単語をもとに「英英辞典でひく英単語」といったプリントを作成して配布した.そして英英辞典の登場を待つことになる. The regime ignored the election results.(The
CROWN ENGLISH SERIERU,p.100) といった単語に出会えば幸運だ.なんといっても「[通例修飾語を伴って]政体,体勢;政権;制度」(研究社英和中辞典6版)としか出ていないところが,*a government that has not been elected in
fair elections*(LDOCE3)とあるのだ.ここでは力強く,「英和辞典では『政権』としか書いてないところが,『公正な選挙で選ばれていない政府』とあります.この情報の違いが英英辞典の良いところです」などと説明してしまう. 次のような英文でも英英辞典を売り込める. She(= Aung San Suu Kyi) also emphasizes the
need for conciliation between the sharply
divided regions and ethnic groups in
her
country.(ibid. p.100) 「conciliationは辞書には『和解,調停』と出ていますね,だから『和解の必要性』でもよいですが,なんかわかったようで,わかりませんね,英英辞典では the process of trying to get people to agree
とあります.『人々に同意させようと努力する過程』すなわち,『お互いに分かり合おうとすること』となりますから,『分断した地域,民族が互いに分かり合うことの必要性』とでもすればいいですね.英単語の中には日本語訳がついているが,大体の場合文脈になじまないといった単語もあります.そうした単語は英英辞典から直接日本語にすると,よりわかりやすい日本語にできることがあります.」 もっとも最近の英和辞典はすこぶる優秀なので,単語の選択を誤ると効果が半減することもある. ... to attain democracy, human rights ...
(ibid.) 英英辞書にも*to succeed in reaching a particular level
or in getting something after trying
for
a long time*と大変わかりやすく定義されているが,英和辞典だって「<目的・望みなどを>(努力して)成し遂げる,獲得する」とほぼ同程度の定義がある.あるいは,*to be told that you must stay inside your
house by the government*が「自宅監禁・軟禁」だとわかれば,「な〜んだ」ということになりかねない.英英辞典の売り込みには,調べる単語の選定に配慮が必要だ. かくしてキャンペーンは終わり最終的に担当117名中17名(全体で46名)の申し込みがあった.これから,購入した諸君を失望させないように,「持ってて良かった英英辞典」と感じられるように,ここぞという場面で,英英辞典でしか手に入らない情報を提供していくことになる. |
今,手元に私が高校入学時に購入させられた「新英英大辞典」(Idiomatic and Syntactic English Dictionary)がある,奥付を見ると「昭和44年2月15日縮刷第105版発行:定価850円」とある.一緒に購入した英和辞典は学生時代の酷使に耐え抜いてとうの昔に引退した.新英英大辞典(後にISEDと略すのだと知ったが)は,紙は手垢で汚れ,表紙の文字もきれいに消えて,カバーもぼろぼろになっているが,引っ越しの度の引退の危機を乗り越えて生き残っている.
この辞書を使い込んだという訳ではない.この辞典にまつわる思い出と言えば,机に向かってあてもなく辞書を広げて,「早く自由に引けるようになればいいなぁ」と思ったことぐらいである.私にとっての新英英大辞典は青春の日々のなにかまぶしく,近寄りがたい憧れの的であった.だから,十分に使わなかったにも関わらず,処分もできずに本棚に鎮座してきた.
生徒にとっての英英辞典の存在はまず,本格的な英語学習への1歩を踏み出したという雰囲気.あるいは本物の学習をしたいと一念発起した時にある手近な道具としてだけでもその存在価値は十分にあるのではないか.あるいは本当に心の余裕がある時に,目的もなく英英辞典のページを渡り歩く,といったつきあい方でよいのではないだろうか.
実利一辺倒で推薦する図書もたくさんあるが,こと生徒にとっての英英辞典はそれとは別な存在のような気がする.
英英辞典,出動!! 英語研究室の私の机には学習英英辞典の代表格,LDOCE, OALD, COBUILD,CIDEそれにLONGMAN Activatorが並んでいる.英和辞典は英中和,ジーニアス,グローバルを中心に使い分けている.私が英英辞典に出動を要請する主な場面をまとめてみた. 1)ある語義の対するイメージの殻を破りたい時 最近の英和辞典の充実ぶりは目を見張るばかりだが,ある語のイメージを与える例文が極めて類似していて,どの英和辞典を引いても同じということが多いのも事実である. Writingの教科書でin the distanceという表現が出てきた.この例文を上記英和辞典で見てみると, (A) I saw a flash of lightning in the distance. (B) I saw a light in the (far) distance. (C) I saw a town in the (far) distance. となる.これを英英辞典で引いていくと次のようになる. (D) That*s Long Island in the distance over
there. (E) I n the distance storm clouds were gathering. (F) On a clear day you can see the temple
in the distance 英和辞典の例文が堂々回りのように発展性がないのに対して,英英辞典の例文がそれぞれ個性を発揮しているのが見て取れる.実はこの種の例文の差が依然として存在して場合が多い.英和辞典で行き詰まったら,英英辞典の旅に出る場面だ. |
当たり前であるが,英英辞典は英語を母国語としている方々が編纂している.全く個人的な感想であるが,何か自分の母国語であるだけに英語を大胆に扱っているような気がする.英語が外国語である我々はどうしても英語を丁寧に扱って,きれいな論理でまとめようとしている気がする.
教室で必ず扱うkeep -ingを引き比べてみたことがある.英和辞典の記述を総合すると,「意味は『ずっとし続ける』第2文型で-ingは補語.keep on-ingとは意味の上で差異がある」となりそうだ.これを英英辞典を引き比べてその情報を総合すると「keep on -ingとは同じ.-ingはcontinue -ingと同じ.(動名詞と解釈できる)意味はcontinue doing + to repeat the same action
several times」ということになりそうだ.こんな基本的な表現でも英英辞典に教えられることは多い.AETの方に質問すると,こちらが期待するような精緻な解答とは違って大変おおざっぱな答えが返ってきて驚くことがあるが,英英辞典にもそれと似たところがある.ふだん自分の持っている英語感の肩の力を抜くのに英英辞典は役立つ.
英和辞典ならどれでも確認できるが,英英辞典ではうまく確認できない表現がたまにある.かならず教室で教えることになるwhat we callを引き機会があった.
(A) what: He is what is called a man of culture.
(B) call: what is called = what you[we, they]
call He is what is called the man of the
day.
(C) what: This is what is called[you call] a
*present* in some countries and *bribery*
in others.
とどの英和辞典でも簡単に確認できるのに,英英辞典となると確認ができなかった.
どうしてこのようなことが起きるのだろうか.伝統的に英和辞典に所収され,そのまま引き継がれているのか,または,日本人のきめ細かさで英語を母国語とする人には当然と思える表現も特別扱いにしているのか.英和辞典に当然のように載っていて,英英辞典では確認が難しい語句は入試頻出イディオム○○集といった類に登場するものに多い.その表現が英英辞典で取り上げられていない,という意味を汲み取る作業も又,惰性に陥りがちな我々の語句の取り扱いにヒントを与えてくれる.
手元の英英辞典を片端から引いていくと得られる情報は多い.特に単語レベルでは,これにまさる方法はないだろう.ただし,職員室の手元に座右の書として置くにはそれだけのスペースを確保しなければならないという,日本的な問題が起きるのだが.