【広島・前期】
【U】
コールマン・マッカーシーは子ども,大人,夫婦に争いのまとめかたについて教えている。彼は人々に健全な形で争いと対処するように言っている。彼は言う。「まず客観的に状況を定義しなさい。状況はどのようなもので,それを改善するためにはどういうことが起きる必要があるのか。単純な手順が大切である。社会学者は夫婦げんかの75%は別々の問題で争っている,と報告している。夫は妻がその朝言ったり,したことに腹を立てているかもしれない。妻は夫が10日前に言ったり,したことについて切れている。二人は状況がわからないので,争いを解決することはできない。」
マッカーシー氏は語る。次の段階は,「関連している争いを認識することだ。私に反対しているのはあなたではなく,問題に対してあらそっているのがあなたと私なのだ。ほとんどの人々は,また,この件に関してはほとんどの国が,「自分は正しく。相手が間違っている。私は善で,あなたは悪だ」と確信して争いに入る。どちらか一方が実際勝っても,負けた側の最初の反応は,「もう一度対戦したい。もっとひどいことば,強い拳,より大きな爆弾で戻ってくるだろう。そしたら,あなたは思い知り,良くなり,私たちは永遠に仲良くいられるだろう。」これは幻想だが,それをやめる人はほとんどいない。相手に焦点を当てるのではなく,お互いの間に立ちふさがっている問題に焦点をあてなさい。「問題に焦点をあてて,その問題を抱えている人に焦点を当てなければ,競争ではなく協力の雰囲気が高めだれるだろう。
彼は続けて言う。「それからできることから始めなさい。仲直りはすぐにはできません。議論が始まるのに長い時間がかかれば,終わるのにも時間がかかります。ほとんどいつでも,最初に関係において傷ついたのは笑ってしまうくらい些細な傷です。しかし,それから,小さなことを無視したために,それ自体大きくなります。問題を無視することはもとより大きな問題を生み出します。」
マッカシー氏は時に,争っている相手があまりにも感情的に傷ついていて,何も役に立たないことを認めている。「しかし,多くの争い事は,仲直りの方策がわかっていれば,解決できます。ガンジーは言いました。『敵を自分のもとにひざまつけさせるな。彼らに常識を取り戻させなさい。』
マッカシー氏の争いのまとめ方
マッカシー氏は争いの健全な解決方法について教えている。第1に,問題を客観的に把握する。お互いの問題意識が食い違っていることもある。第2に問題は相手ではなく,両者の間に存在していることを認識する。そうすれば,競争ではなく協力の雰囲気が生まれる。第3に早急な問題解決を求めずできることから始めることだ。(149字)
マッカシー氏によれば,争いはうまく解決できる。まず,問題を客観的に把握してから,解決方法を探る。それから争いは相手ではなく,両者の間に存在していることを認識する。そして,できることから始めることだ。(99字)
ジョイ:テーマの準備を始めた方がいいと思うんだけど。
レイ:えぇ,でもとっても退屈ね。みんなテレビが好きでしょ。誰がテレビについて文句を言うの?
ジョイ:実は,小さい頃は,両親がテレビに関して厳しいルールを作っていたよ。宿題をやって,手伝いをしないと,テレビを見れなかったんだ。親は僕が外へ出て,友だちと遊ぶことを好んだので,僕はたいていテレビを見るより,ずっと遊んだよ。もし,テレビをみて長時間過ごしていたら,日本への奨学金は手に入らなかっただろうね。
レイ:あなたの言うことにも一理ありそうね。でも,テレビはいい気晴らしになると思わない?最近は子ども達にも大変なプレッシャーがあるから,ちょっとした娯楽はしばらくの間問題を忘れて,少し笑えるわよ。テレビのおかげで,同じ年の子ども達がまわりにいなかったから,もっとおもしろくなったのよ。
ジョイ:テレビは健全な気晴らしだと思っているけど,暴力はどうなの。つまり,車が衝突し,銃が発射され,爆弾が爆発する映画を最近見たことない?
レイ:それはたいした問題じゃないわ。争いを見れば,暴力的な行為をしたいという気持ちを満足させるのに役立つわよ。安全なはけ口を提供すれば,本当の暴力を減らせるからね。さらに,テレビはとてもためになる可能性もあるわ。自然,歴史,最近の出来事について学べるわよ。
ジョイ:テレビがそんなにためになるっていうのも怪しいね。ほとんどのニュース番組は表面的だよ。新聞や,雑誌,インターネットのほうが,自分のペースで読める情報をずっと多く与えてくれるよ。テレビでは自分にとって関心があることかどうかわかる前にすべて見なくちゃいけないよ。印刷物なら,読みたい場所にすぐにいけるよ。テレビはとっても制限が多いよ。
レイ:いい点をついたわね。私が最初に思ったよりずっとおもしろい話題ね。
JoyとRayのテレビの功罪に関する会話
テレビは,適度な気晴らしを与えてくれ,また,ためになる番組もある。一方,テレビの視聴によって,学習に支障をきたしたり,番組が表面的で,情報の取り方をも受け身的である。暴力場面の評価は分かれる。
スポーツカーはかつては,アドレナリンを吹き出すのを求める男の領域で,裕福な職業の人たち用の究極の男の子のおもちゃだった。しかし,最近発表された研究報告のよれば,多くの女性がより実用的な車を売りに出して,スタイルのよい,高排気量の車種を求めて,スピード熱が増している。調査のよれば,働く女性が増えて,自動車メーカーは,子ども達の送迎用の車を所有するという考えを忌み嫌う女性ドライバーの購買力を認識し始めている。
1998年以来,大メーカーであるメルセデス製車を所有する女性の数は63%上昇し,2003年3月末までに合計95,375台女性によって登録された。同様に伝統的に男性が占有していたモデル,TVR,ポルシェ,ロータス社もより強力なエンジンを求める女性の上昇が確認されている。1998年には女性のTVRの所有者は確認されていなかったが,2003年末までに533人いた。同時期,ポルシェは女性所有者が1910台から3877台へと倍増した。
女性の間での速い車への人気が出たことで,そうした車を所有する女性で贅沢な結婚式を延期する割合が21%,支払いをするために子どもを産むの伸ばす女性が11%にのぼる。アンケートに答えた1014人の女性中,18%に人が新聞の自動車面を読みと認め,66%がTop Gearといった特別番組を見たと答えている。調査を行った自動車保険会社Privilegeのビジネスマネージャーであるキャサリン・アルティはますます多くの女性達がスピードに対する欲求を満たすためにレーサーの資格を取るようになっているとも言っている。「女性達が大挙してモータースポーツに入っていくのを見るのは魅力的です。それが単なる趣味であろうと,より大きなレーシング場での場であろうと」
女性のスポーツカー熱
自動車保険会社の調査によると,スポーツカーを所有する女性の数が激増し,そのために結婚式や子どもを産むのを延ばす女性もいる。自動車に関する記事を読んだり,番組を見,レースに興味を持つ女性も増えている。
全ての問題には学ぶべきある種の教訓をその中に含んでいる。私たちの生活のある特定の場面で教訓を学ぶと,私たちを驚かすような大きな問題は通常はない。一方,もし,問題で私たちに与えられた具体的な教訓を学ばなかったら,それらの問題は試練とかす。すなわち,私たちが苦しむ絶え間ない問題となってしまう。私たちが学習したり,変革したりするのにかたくなになったり,消極的になるときに,私たちは苦しむ。あるレベルで,人生はある種の教訓を学び,ある種の贈り物をする私たちの魂によって設立された学校である。私たちが答を知っているかのようなふりをして,正しそうな行動をとれば,私たちは学んだり,変革することに消極的であることを示しているのだ。学ぼうという気持ちがあれば,私たちの心は開き,私たちは正しい方向へとすすめる。
人々が学習にたいして懐疑的で,どんな種類の教育に対しても反応する分野が世界には満ちあふれている。もちろん単に就職市場にたいして人々を準備させているだけの教育もあるが,これでさえ,人の自信を増やし,心を広げるだろう。人生に準備させ,いい方向に変わるのに役立つ教育はその教育が与えるもののために貴重である。教育は私たちをより意識させ,柔軟になり,偏見がなくなる。教育は思想と成熟さにおいて成長するのに役立つ。毎日何か新しいものを学ぶことは,私たちを敏感で,心を若く保てる。人々は判断において,硬直してくる。判断は私たちを疲れさせ,私たちを老けさせるが,賢明にも,柔軟にも,敏感にもさせない。私たちは教訓を学ぶにつれ,私たちの人生はもっとも容易で,最高の形で発展する。それによって生活を幸福に向かって作り上げる。私たちがある種の教訓を学び損ねた場合,その痛みは私たちの中に残り,その分野に影響を与え,全体として人生を引き下ろす。しかし,それでも教訓は私たちを待って,最終的にそれを学べば,痛みは消滅する。
人生における教訓を学ぶことの重要性
全ての問題には学ぶべき教訓がある。教訓を学ぶことで私たちの視野は開け,柔軟になり,正しい方向に進む。一方,学習することを拒んだり,消極的であれば,心は閉じ,痛みが伴い,苦しみが続く。
葉は植物の食料製造工場だ。植物が使う原材料はもっとも単純だ。二酸化炭素,水,それにいくつかの鉱物成分だ。最初の材料であるガスは植物の周りの大気中にあり,植物を表面にある小さな気孔を通して吸収する。水と,それに溶けている鉱物は植物が生長する地面から,根によって集められる。こうした原料を処理する葉っぱの繊維の中にある中心はあの素晴らしい物質葉緑素(クロロフィル)を含んでいる小さなつぶである。太陽のエネルギーによって力を得て,植物はこうした要素を結びつけ,でんぷん,糖,を作り出すことができる。これらは植物が様々な繊維をつくることからできる食料である。この過程は光合成と呼ばれている。その副産物が酸素である。そのガスは植物の気孔を通じて大気へと流れ出て,動物の貢献する。動物にとっては,酸素はまさに生命の呼吸である。
日光はこの過程にとって不可欠なので,全ての植物はできるだけ,一枚一枚の葉が互いに干渉せずに自分の取り分を集められるように葉の位置を決めなければならない。このためには太陽が空を移動するにつれて一日中葉の姿勢を変えることが必要かもしれない。森のこずえを見てみるだけで,植物が葉の位置を決める正確さを判断できるだろう。葉は互いにジグソーバズルのピースのように,ほとんど連続した天井のような形を形成している。
イギリスの生け垣のように,様々な種が互いに密集して育っている環境では,植物は太陽の光にあたるために近くの植物や敵と競わなければならないだろう。植物が日光にあたるのを求めて競っている姿を数日間にわたって撮影された微速度撮影映画で見ると,それは互いにコートからコートへと移動するのをよく見たいとおもっている,テニスの試合で満員の観客の顔を観察するようなものだ。朝,彼らは東側を向いている。太陽が昇るにつれて,上方へと首を伸ばす。そして,日が沈む時には西側を向く。夜は萎む花もあるが,東に再び夜明けに太陽が現れると,太陽と向き合う準備が整っている。
密生した森の底では,光は本当にかすかな可能性がある。大きな葉を生長させることでこの問題に対処している植物もある。また,違った方法で降り注ぐわずかな光を最大限に利用する植物もある。紫の色素で葉の下側をコーティングする。紫の色素は葉の厚みを通過したあとで,その光を捕らえ葉の繊維に送り返す。そうすれば,葉緑素は光に残っているものをもう一度利用できるチャンスがある。ベゴニアはさらに工夫がある。葉の上部の細胞のなかに透明のものがあり,それが小さなレンズの役割をして,弱い光を集めそれを内部の葉緑素の粒に焦点を当てているのだ。
植物の知恵:光合成と日光
植物は二酸化炭素,水,鉱物を原料として,日光の力で光合成を行い生命活動を営んでいる。日光を得るために葉は効率的に配置され,体勢も変える。微少な日光を獲得するために工夫している植物もある。
古代ギリシャは個人の自由,個性,客観的な思想の発展においてすべての現代文明とは異なっていた。こうした特徴はギリシャだけの政体,すなわち,都市国家とその政治,特に人々が他の人たちを論理的な議論で説得しなければならない集会によって一部は説明できるように思われる。都市国家は知識階級の反乱者がある地を離れて他の地へ行き,そこで比較的自由な探求の環境を維持できることが可能だったので,重要でもある。じっさい,ある都市国家では好ましからざる人物であった知識階級の人たちが時には,その人たちがもたらす名声を求めて,他の都市国家に求められることもあっただろう。ソクラテスの弟子たちは彼に対する死刑判決を実行させるよりは,むしろ,彼がアテネを離れてどこか違う場所に行くように懇願した。彼はどこか違う場所で歓迎されて,アテネの市民は彼を追い求める気持ちもなかっただろう。
ギリシャ人特徴を説明するもう一つの要因は海運上の位置のために,貿易が儲かる商売となり,そのために息子たちに教育を施す余裕のある商人がかなりいたことだ。商人が息子たちに教育を与えたかったというのには,もちろん,それ自体にも説明が必要だ。というのも中国とは違って,教育は権力と富への道しるべではなかったからだ。教育への情熱は好奇心と,知識それ自体の価値を信じることの結果のようの思われる。ギリシャ人特有の好奇心は今度は,世界の交差点にあるギリシャの位置によって,部分的には説明できるだろう。彼らは常に珍しい,当惑するような人々,風習,考え方に接していた。
ギリシャをとりまくあきらかに違う風習,考え方は,矛盾に対照することが必要であった。彼らは常にある人が事例Aた正しいといい,またある人がAでないことが正しいと主張する状況に直面していたことだろう。外部の意見から派生する矛盾は,内部の見方にある自由に表現される矛盾と同様に,合理的論議の技術の発展をもたらしたかもしれない。
古代ギリシャの特質
古代ギリシャ文明の特徴は個人の自由,個性,客観的な考えが発達したことだ。これらの特質は,ギリシャが都市国家であったこと,教育を与えられる富裕層が存在したこと,異文化が交差する地理的特徴で説明できる。
アメリカでは,多くのビジネスマンは8時,場合によっては7時半に1日を始めます。それはアメリカ人が日本人より早起きだというわけではありません。ただ,職場への通勤が短いというだけです。より早く1日が始まるので,仕事をより早く終えます。5時から6時の間です。(もちろん,例外もありますが)そして,「アフターファイブ」の活動にさく時間がたっぷりあります。
ほとんどの既婚者は仕事が終わると家族と過ごすために家に直行します。同僚と食事をしたり,飲んだりするのは日本ほど一般的ではありません。両親が働いている家庭では,家族一緒の食事を設定するのは簡単とは限りません。たとえそうであっても,家族と一緒に夕食を食べ,時間を過ごすことは今でもほとんどの家庭で理想的な状況だと考えられています。
独身者はお気に入りの食事ところや飲み屋でのハッピーアワーに直行するかもしれません。多くのレストランやバーは午後5時から7時までのスペシャルドリンクを50%安く提供します。ジム,ジョギング,テニス,ソフトをする可能性もあります。夏には,8時過ぎてから暗くなるので,外でゴルフをする人さえいるかもしれません。
最後に,コンサート,映画や他のショーがあります。日本とアメリカの違いの一つはこうしたイベントの始まる時間です。コンサートや演劇はたいてい7時半頃,あるいは8時に始まります。そこで,まず食事をする時間があります。映画はたいてい夜の上映は2回です。1回目は7時頃で,もう1回は9時頃です。したがって,映画を見る前,あるいは見た後で食事をすることが可能なのです。ほとんどのアメリカ人は運転をするので,最終列車の心配はありません。
アメリカ人のアフターファイブの過ごし方
仕事が早く終わるアメリカではアフターファイブを様々な形で過ごしている。既婚者は家族と過ごし,独身者は安い食事をしたり,スポーツをする。また,映画,ショーなども楽しみやすい時間設定がなされている。
カリフォルニア大学の英語学教授である,リチャード・クロル博士は今日の子どもたちは細切れの文章で話す,という。無作為に文章に挿入され,単語自体には何の意味もない「〜みたいな」という語の使いすぎについて考えてみよう。クロル氏は冗談めいて言う。「そりゃ,病気だよ」
彼は学生がいつでも言おうとすることについて考えていない。そこで,ポーズをおいたり,古くからあるつなぎ語の「えぇと」を使う代わりに,「〜みたいに」を挿入する。それは単に言っていることに休止を入れる方法にしか過ぎない」と主張する。その結果,世界を細切れに見ることになる,と主張する。
「話し方は世界観を築くのに役立ちます。自分のことばについて洗練されればするほど,彼らの世界も洗練されます」彼は学生のみたところ英語に敬意を払っていないことにいらだっている。「みんな,英語を紙コップのように使って,使い終わったら捨てることができる単にコミュニケーションの道具として見ています。」彼は語った。
この新しい俗語,「モールスピーク」と呼ぶ人もいるが,が寮やショッピングセンターの外の世界での若者の能力にどのような影響を与えるのか思わずにはいられない。実際,最近の卒業生は専門家のイメージを伝えていないという卒業の不満に答えるべく,話す技術をますます強調している大学もある。
マサチューセッツ州,ノースハンプトンにあるスミス・カレッジは学生がより口頭による発表を求めるプログラムを導入した。MITは口頭試験をより課している大学の一つである。教授たちはしゃべりがへたなことは思考の悪さを反映している,という意見に同意しているようだ。
クロル博士は授業でもっと話すことはより言語明晰な学生を生み出すとは思っていない。「言語が明晰になる唯一の方法はより,読み書きに精通することです」とクロルは主張する。彼は話すことではなく,読むことが言語の技術を発達させるキーであると強調している。
言語の乱れと貧弱な世界観
言語学者は学生がlikeといったつなぎことばを多用して話すのは,彼らの貧弱な世界観に結びつくのではないかと危惧している。話す力をつける教育に力を入れている大学もあるが,読み書きの基本を身につけるのは大切だ。
読み書きは互いに支え合っている技術と長いこと考えられてきた。読むことは描かれた言語を認識し,解釈すること。書くことはそれが読めるようにことばを計画し,生み出すことだ。それゆえに読めることは書けることを含意すると広く考えられている。あるいは,少なくとも,つづることができると。しばしば,子どもたちは読むことは教えられるが,綴りの正規の授業はない。つづりは自然に,あるいは自発的な過程で学べるだろうと感じられている。この態度とは反対の態度が200年前からある。当時,教師は注意深く綴りを教え,読みは自動的についてくると考えていた。
最近の綴りの間違いの研究によって,物事は考えているほど簡単ではないとわかり始めた。読み書きには必要な関係がない。すなわち,読むのが上手な人が必ずしも書くのが上手なわけではない。また,読みと綴りにも必要な関係はない。読むのに苦労しないが,綴りに大変苦労する人がたくさんいる。その数は人口の2%にのぼるかもしれない,と推定する研究者もいる。
また,子どもには,読みの知識は自動的に綴りに変わるわけではないという証拠もある。もし密接な関係があれば,子どもたちは同じ単語を読め,つづることができるはずだが,そうではない。綴りよりはるかに上手に読める子どもたちは普通にいる。もっと,驚くべきことに,読みの初期の段階ではその反対のことが起きる子どももいる。ある研究で,子どもたちに読むのとつづる同じ単語リストを与えた。何人かの子どもたちは実際に正確に読めるより多くの単語を正確につづった。
読みと綴りの学習には直接的な関係がない
現在,読めるようになれば,自然に書くことができるだろうと考えられているが,その逆に考えた時代もあった。最近の研究では読むことと綴ることには直接的な関係はなく,別々に発達することがわかり始めている。
ツトム・フェンスター先生は大変忙しいです。目覚まし時計は木曜日と日曜日を除き毎朝,5時半になります。それから,夜11時半まで泊まることはありません。5時45分から6時15分までジョギングに出かけます。それから,シャワーを浴び,奥さんと娘さんと朝食を食べ,新聞の見出しを読みます。それから,テレビでパソコン教室の番組を見ます。
7時30分には病院へ車で行きます。ツトムさんは歯医者さんです。人々の歯の手入れをします。他のみんなが来る前の8時に病院に着きます。彼はコーヒーを飲んで,予約リストを見ます。受付と4人の看護婦さんと,助手の医師はいつも8時30分に着きます。誰も決して遅れません。8時45分から,フェンスター先生は助手と予約表について話し合います。受付が9時ちょうどに最初の患者を送ってきます。
フェンスター先生は1時半まで働きます。それから,軽いお昼を食べて,自転車でヘルスクラブへ行きます。彼は1時間泳ぎます。時々,伝言が入ります。
彼は再び4時から8時まで働きます。それら,病院のコンピュータのファイルのバックアップをとり,近くのレストランで夕食を食べます。月曜日と水曜日には,夕食後,パソコン教室に出ます。木曜日には歯医者さんの勉強会に出ます。金曜日には,大学時代の友人とバスケットの試合に出かけます。土曜日の夜は全ての専門誌を読みます。
木曜日には6時に起きて,ゴルフを2ラウンドします。日曜日にはまた,ゴルフをして,ときどき奥さんと話をします。
彼のお嬢さんは彼にどのくらいお金があるのか聞いたことがあります。「お金を数える時間なんかないよ」というのフェンスター先生の返事でした。
歯科医フェンスター先生の忙しい毎日
歯科医であるフェンスター先生は朝から寝るまで休む間もなく様々な予定でいっぱいだ。また,診察のある日や土日もゴルフ,研究会,パソコン教室,読書など忙しい。忙しすぎて,自分のお金を数える暇もない。

ある日,午後遅く,通りでの生活がシエスタのあとの活気を取り戻した頃,アナというご近所に立ち寄って,話をした。私たちが腰を下ろして,話をしていると,それまで会ったことのなかった老婦人が来た。彼女はアリング・ビナングといい,最近田舎から帰ったところだった。アナは6ヶ月ほど前にアリング・ビナングの20才になる息子が死んだことを聞いていて,そのことについて質問を始めた。しばらくして,アリング・ビナングは泣き始め,涙が次から次へと頬をつたわって流れ落ちたが,つらい質問の受け答えは続いた。私は二人の女性が長引かせるつもりでいる会話の流れを乱さないように気をつけたが,内心,腹立たしく,アリング・ビナングを大変気の毒に思い,配慮のなさにとまどった。
数週間後,通りのはずれで不幸があった。その通りは家々は貧しく,より田舎ぽく,そこへの行き来はあまりなかった。私が滞在していた家族が通夜,「見張り」すなわち「起きていること」に行くので,私にも是非行くようにと言った。私たちは一緒に行って,夜遅くまで起きていた。
私は2種類のメモを書いた。一つの物語は葬式のランプに囲まれた棺の中で安置された遺体を説明している。親戚が集まり,近所の人たちが訪問し,お悔やみを言い,お金を差し出し,それから立ち話をする。男の子や女の子はことば遊びをして,戸口でじゃれ合い,そして賭け事をするテーブルとバーべーQのテーブルが準備され,なま暖かい夜中,普通の騒ぎが続いた。遺体が安置されている部屋に聞こえるくらいににぎやかに。もう一つのメモは私の気持ちに関するものだった。この家に行って,他人の悲しみの「ずかずかと入り込んで」ことさえ,嫌だったこと。
私のような,プロテスタントで,アングロサクソンの背景を持つアメリカ人にとって,死をあつかうのは沈黙と礼儀正しさと含み,遺族のプライバシーが尊重されることが求められる。あとで,私がいたことはなくなった女性への名誉を付け加えるものだとわかった。ゲームやギャンブルは人々が起きている,寂しいことがないようにするのに必要だと説明された。ピリピノ語には,「混み合った」とか「人が多い」という意味もある「幸せ」にあたる単語がある。
固定観念はしばしば反対のことを隠してしまう。他の文脈ではフィルピン人はアメリカ人のことを「ひどく気さくだ」と形容詞,アメリカ人はフィルピン人のことをいらいらするくらい間接的で,曖昧だと思う。しかし,死の扱いについては,フィルピン人はアメリカ人が「おそろしいくらい気さくだ」と特徴づけるような流儀で振る舞い,感情の表現を喚起するように道を踏み外すように見える。一方,アメリカ人は,感情の爆発をさけるためにはどんなことでもして,婉曲的で,間接的としか呼ぶことができない。
死に対するアメリカ人とフィルピン人の違い
フィルピン人はこと死については,開放的で,友人同士の会話でも避けることなく,通夜でも人が集まり,大騒ぎをする。一方,気さくだと考えられているアメリカ人は死に関しては婉曲的でフィルピン人とは対照的だ。
私はスポーツ記者で,スポーツ,特にアメフトと野球を愛しているので,仕事も大好きだ。しかし,私には秘密があるのです。
毎週月曜日の夜,私は好きなテレビ番組を見ています。時には電話が鳴っても出ませい。友だちにはMonday Night Footballを見ていると話していますが,本当ではないのです。
私の好きなショーはMonday Night Footballよりずっとエキサイティングです。それに大変教育的でもあります。芸術やアメリカ史について毎週多くのことを学んでいます。
これが私の秘密なのです。月曜日の晩,私はAntiques Roadshowを見ている。それは骨董や収集品について番組です。素晴らしい!毎週1千400万人もの人が見ているのです。
番組は単純です。番組の出演者は本当の人々です。出演者は古い芸術,家具,本,おもちゃ,など様々なものを持ってきます。まず,出演者が自分のものについて専門家に話します。この話がRoadshowの最高の部分です。それから,専門家が品物について話をし,最後に専門家がその品物はいくらの価値があるか話します。
ヴェロニカというある女性は木と動物が描かれた絵画を持っていました。彼女の祖父が1925年にただで手に入れた絵です。専門家はその絵を注意深く見て,言いました。「これは大変珍しい。トーマス・コールの作です。コールは1835年頃これを描きました。この絵の価値は12万5千ドルです」ヴェロニカは大変驚きました。彼女は専門家に言いました。「大変な金額だわ。でも,お金のことなんかいいんです。思い出がいっぱい詰まっているので,大切にします」
私はRoadshowが私の町にも来て欲しいと思っています。準備はできています。ベーブ・ルースとジャッキー・ロビンソンが1940年代にサインしたボールがあります。完璧な状態です。また,ベースボールカードのコレクションもあります。私は大変小さい時にコレクションを始めました。サイン入りのボールとベースボールカードは私には思い出のある大切なものです。多分,大変な額の価値もあるでしょう。
あなたはどうですか?準備はできていますか?家の中を注意深く見てください。大変価値のあるものがあるかもしれません。
だから,月曜の夜は電話をしないでください。私は「アメフト」を見ているんですから。
アメリカ版「お宝探偵団」と私
スポーツ記者の著者が好きな番組はゲストが持ってくる様々な品物について学習し,その価値を鑑定するAntiques Roadshowだ。その鑑定額以上に思い出を大切にしているゲストたちにサインボールなどがある著書も共感している。
【神戸・前期】
「神戸。神戸」車掌が兄と私が昔,まねた単調な調子で中心部の駅名を告げる。「JRのご利用ありがとうございます。列車をお降りの際,傘の忘れ物がないようにご注意願います」スーツケースに手を伸ばしながら,この放送に,慣れることのない冷たい礼儀正しさにいらいらする。店員がお辞儀をして,アイコンタクトもとらずに店内に私たちを迎え入れたり,車掌がスピーカーで忘れ物がないように私たちに注意するのにいらいらする。どの挨拶も全く同じに聞こえる。まるで録音されたかのように,不特定の大多数に発せられる。面と向かっては,誰も何も言わない。
プラットフォームに降り立ち,在来線に歩いていくと,すでに湿度を感じることができる。私が留守をしていた4週間の間に梅雨が神戸に入ったに違いない。空は雲でどんよりとし,人々は傘を持っている。傘を見ると,九州を思い出す。この4週間のうち2週間を過ごした南部の島。そこでは,おばあさんたちは,狭い海峡を挟んだ小島にある火山が噴火した時,日中,傘を持って通りを歩いていた。火山灰が1週間の間鹿児島の通りに降り注いだ。火山灰は降ってくる時には見えなかったが,毎朝,舗道は半インチぐらいの白い灰で覆われていた。私は走ると咳をした。おばあさんたちを除くと,誰も灰のことを心配しなかった。若者たちは屋上の喫茶店で,対岸の島から煙が上るのを見るために腰を下ろしていた。
傘を持ったおばあさんたちを見ると私のおばあさんを思い出す。私のおばあさんと同じように,彼女らは西洋式の高カルシウムと高たんぱくの食事が始まる前の,戦前,戦中に子どもを産み,育てた。彼女らの背中は曲がり,首は短くなった。彼女らを見ていると,私は母が兄と私に毎朝牛乳を飲むように強く言ったことを思い出す。「背が伸びて,強くなるためにはタンパク質が必要なのよ」と彼女は言った。彼女は私たち小さい子どもの骨が曲がるかもしれないと恐れて,床の上に,足を折って,その上に座る日本式の座り方をしないようにさせていた。どの世代にも,その世代なりの不安があるものだ。母の世代は背が高くならず,強くならないことを心配し,祖母は空から降ってくるものは何でも,例えば爆弾のような,信頼していなかった。
通勤電車を降り立つと雨が降っていた。私はタクシーを待つ列に並び,順番が来ると,スーツケースを押し込み,腰をおろす。運転手は私がナンシーの住所を渡すと頷く。
「この家は外人の家だね」彼は,文字通り,外の人,従って,外国人を意味する単語を使って聞いた。
「えぇ。友だちはアメリカ人なんです」
「日系かい?」日系とは,日本人の子孫の外国人だ。
「私はアメリカ人です」私は返事をする。「でも,ここで生まれたの」
運転手はギアを入れると,黙って,歩道から離れる。私は彼になぜ,私が外国人だと思ったのか聞かない。この4週間,日本中で,人々は私のことを外国人だと思っていた。他の外国人でさえ,私が彼らの仲間だと思った。
私の滞在の最初週に古い城下町の金沢で道に迷った時,お寺の外に腰を掛け,地図とまわしながら,自分がどこにいるのか探しているアメリカ人の男性にあった。「地図がすんだら,私の見たいんですが。私も迷ったの」と私が言った。私たちは一緒に駅を探しに出発することにした。2人の作業員が街灯を直している交差点に出ると,私が日本語で,「駅に行くにはここをどちらに曲がったらいいですか」と聞いた。彼らは教えてくれた。私たちは1ブロック歩いて,信号が変わるのを待った。私と一緒にいた男性は,「日本が話せるなんて知らなかったよ」と言った。「どうして?」私が聞いた。「私は神戸生まれなの」「でも,日本人女性のような格好していないだろう」彼が指摘した。「ハンドバッグだって持っていないじゃないか」
私たちの先5フィートのところで,全員着飾った5人の女性が信号が変わるのを待っていた。それぞれ,肩ひものついた白い皮のハンドバック持ち,服装に合わせた,ハイヒールを履いていた。髪の毛は,顔の輪郭をはっきりさせるように軽くパーマがかかっていた。Tシャツにデニムの短パン,ジョギングシューズ,ストレートの長い髪をポニーテールにして,私は彼女らとは似ても似つかなかった。ハンドバックの代わりに,走ったり,ハイカー専用のリュックサックを背負っていた。「あなたの言いたいことわかるような気がするわ」私は認め,私たち二人は笑い始めた。この男性とは今知り合ったばかりで,おそらく二度と会うことはないだろうが,もう長いこと知っている人に似ているように思えた。彼は笑う時,口を開け,頭をそらした。人々の格好について半分皮肉めいた感想を言う時,彼は私の顔を見,ニコリとした。彼は私の友人のようだ。彼はアメリカ人だった。
1ヶ月ぶりに神戸の町に降りたって
日本で生まれ,アメリカで育った著者は4週間の旅行を終え神戸に着いた。鹿児島での風景は自分の子ども時代を思い起こさせたが,自分は日本人ではなくアメリカ人なのだと金沢でのアメリカ人との会話で再確認した。
私たちの太陽はきわめて平凡な星である。他の星大部分の星よりちょっとだけ明るいが,群を抜いているわけではない。もっと大きくて,明るい星もたくさんあるが,ほとんどの星はそれより小さくて暗い。太陽は特に多様であったり,活動的な星というわけではない。巨大な化学的なあるいは磁力の特性があるわけではない。大変若い星でもないが,古くて,生命の終わりに近づいているわけでもない。簡単に言えば,ただ一点において他に類を見ない。すなわち,地球に大変近いことだ。実際,現在私たちが知っているような生命を可能にするだけの適切な距離にあるということだ。
私たちのほとんどは古代文明の多くがそうしたほどには太陽をあがめることはしないが,私たちは,太陽が提供してくれる光と熱を当然のことと思うべきではない。地球だけにされたら,絶対0度に近いとんでもなく冷たい岩になるだろう。もし太陽がもう少しだけ大きかったら,その高温で地球の表面は鉛も溶かすくらい熱くなっていただろう。太陽がちょっと小さかったら地球は耐えられないくらい寒かっただろう。距離もまた大切だ。地球がもう少し近かったら,私たちは金星くらい大変熱かったかもしれない。少し離れていたら,私たちは火星ぐらい冷たく,乾燥していたかもしれない。私たちはちょうどよい大きさの星からちょうどよい距離のところに住んでいるのだ。
このことは地球という惑星は他にない惑星で,私たちは,奇跡的な「可能性のある世界で最良の世界」に住んでいることを意味するのだろうか。この考え方には危険性がある。太陽系の他の惑星は今のところ生命を維持しているようには見えないので,生命が反映するためにはきわめてありえそうもない条件を必要とすることをほのめかしている。しかし,地球に似た条件を見つける可能性は小さいと仮定しても,宇宙の惑星の数は大変多い(おそらく一つの銀河だけでも数十億個)。このことで,あきらかに住むことが可能な惑星の統計的確立は増大する。この見方では,地球は規制的に唯一無比というよりは,単に珍しいだけである。
このことは,今度は,そこに住む人にある種の責任を意味することになる。私たちが知っているような生命が狭い条件下でしか可能性がないように見えるので,私たちの存在の基礎になっている基本的な条件を与えてくれる星についてできるだけ知ることが分別のある行動だろう。さらに,地球規模で地球の状態を変えられる新たに見つけた能力によって,この必要性にますます注目すべきだ。例えば,地球が太陽から適切な距離にいて,地球が受ける太陽光線の適切な割合だけ反射するだけでは不十分である。地球の大気は世界の温度を決定するのに大変重要でもある。大気がなかったら,地球は約33度気温が低く,,従って氷のかたまりになっているだろう。現在,私たちは,すぐに,大きな不快な影響をもたらすのに十分大きくなるかもしれない,小さいが,重要な変化を大気の組成に与えている。
太陽と地球環境
地球の生命活動は太陽の規模と地球からの距離との微妙な組み合わせによって可能になっている。この組み合わせは単なる偶然で,地球に住む我々が責任を持ってこの条件を維持しないと,将来大変なことになりかねない。
日が暮れてからヤクの乾燥肉を焼くたき火のまわりに全員一緒に座った。
「イェテイのことを聞いたことがありますか」私たちのガイドは思わぬことを言った。
「えぇ」私は言った。
「それじゃ,明日,イェティの国に入るって言っておかなければいけませんね。この地域にはたくさんいるんですよ。恐ろしい生き物です。半分人間で,半分,獣です。背は高く,強い。足は反対方向を向いているそうです。そうすれば,どこから来て,どこへ行くのかわからないでしょ。それに15キロ先からでも人間のにおいがわかるんです。」
「会ったらどうなるんですか」私が聞いた。
「ことと場合によりますね。雄のイェティが男性に会ったら,殺すでしょう。でも,女性にあったら,彼はぐるっとまわって,背中の袋に女性を入れて,山の中へ運び去るでしょう。メスのイェティも男性には同じことをするでしょう」
「あなたは見たことがありますか?」
「私自身はありませんが,見たことがある人はたくさん知っていますよ。私のおじいさんが話してくれた物語を聞きたくありませんか?」
「えぇ,お願いします」
彼は咳払いをした。
「おじいさんの村の近くに,そこは私も子どもの頃暮らしていましたが,丘にメスのエィティがいました。ある日,祖父の友人が薪を集めに山の中へ入っていきました。そして,そこでそのイェティに会って,捕まってしまいました。まる一年間,洞穴の中でとらわれの身になっていました。そして与えられるのは生肉だけでした。しかし,かれは頭が良かったので,ある日,考えを思いつきました。彼はイェティが殺した動物の皮で靴を作り始めました。イェティがそれを見た時,彼女はその美しい靴が大変うらやましく思ったので,男は彼女のためのも靴を作りました。翌日,彼はイェティが眠るまで待ちました。それから,機を見て,できるだけ速く山から逃げ出しました。イェティは目を覚まし,彼を追いかけましたが,男は靴をイェティの足に縫いつけてあったので,靴を脱ぐことができませんでした。そして,その靴は大変滑りやすく,柔らかだったので,彼女は雪の中で何回も滑って転びました。そんなわけでその男は逃げました。」
「彼が村に戻るとみんな驚きました。みんな彼が死んだと思っていたのです。彼の家族には大変高くつきました。」と彼は付け加えた。「彼らは葬式の最後の儀式にちょうどお金を支払い終わったところだったのです。そして,彼が戻ってきました。生きて」
私たちは夜に目をやった。私たちに襲いかかるのを待っている巨大な動物のように見える丘の暗い影を。
ヒマラヤ山中でイエティの話を聞く
たき火を囲んでガイドからイエティの話を聞いた。昔,メスのイエティに捕らえられた男は彼の機転で滑りやすい靴をイエティに履かせ,彼女が滑って転んでいる間に逃げた。村に戻ると彼の葬式が終わったところだった。
【西南学院】
みなさんはチンパンジーやイルカが世界でも最も知的だ生物だと聞いたことがあるかもしれません。しかし,最近の発見によって,科学者は世界の家畜の多くは私たちが考えている以上に知的だと確信するようになっています。羊を例にとりましょう。イングランド,ケンブリッジのバブラハム研究所の科学者は羊は顔を覚えるのが上手だと報告しています。羊の記憶の研究で,科学者はこの毛の豊かな生き物は2年以上,10人の人間の顔を覚えることができるとわかりました。もちろん羊は同じ仲間の方がずっと覚えやすいと思っています。50もの違った羊の顔を覚えていられるのです!豚も,特に食べ物が関わると賢いです。イングランド,ブリストルの研究者は一頭の豚が別の豚がえさ場に行くのをついていって,その食べ物を取るのを見つけました。豚は自分たちの食事を盗みに外へ出る賢い豚をだますことを身につけます。
他の研究者は次の例が示すような様々な集団決議さえする動物がいることを示唆しています。
アフリカバッフォローは同意した。東に向かう時期だと。決定は素早くなされた。群れの何頭かはただ遠くを見つめ,群れ全体がその方向へと出発した。
バッファローの行動が科学界の話題になっている。先月,研究者が雑誌ネイチャーで,動物がどのように決定をなすのか,投票で,と発表しました。イングランド,サッセクス大学のラリーサ・コンラッドとティム・ローパーによる研究は,人々の動物の行動の見方を変える可能性がありそうです。「ほとんどの群れをなす動物には指導者がいます。」とローパーさんは言います。人々は指導者が決定を下し,集団がそれに続くと考えていました。この研究では,動物王国はもっと民主的であることを示唆しています。
では動物はどうやって投票するのでしょうか。それは動物によります。ローパーさんとコンラッドさんはスコットランドのアカジカを観察し,それから,他の例を探すために他の動物を調査しました。アカジカは大人の60%が立ち上がると移動します。アフリカバッファローは大人のメスが見ている方向に移動するでしょう。オオハクチョウは頭の動きで飛ぶ時期を決め,ハチは他のハチを行かせるためにダンスをします。これは簡単に思えますか。そうです。ローパーさんは言います。「民主的な意志決定は複雑である必要はないのです」
衣類をきれいにする最高の物質はなんでしょう?油脂それとも油,もちろん。ピンときませんか。油にちょっと灰を加えるのはどうでしょうか?もっとひどいと思いますか?しかし,これがセッケンの基礎で,人々は体,衣類,それにお皿をきれいにするのに何千年も使っているのです。最初にセッケンを使い始めたにはだれか,誰も知りません。紀元前2500年までさかのぼる粘土板にセッケンの作り方が書かれていますが,その作り方には石けんが何のために使われたのか書いてありません。後の文化では髪の手入れに同じような混合物を使いました。
ある物語によれば,ローマの女性たちが4000年ほど前にテベレ川で洗濯をしていたとき,上流の生け贄に捧げた動物の油脂と灰が水に流れ出し,それから河畔の粘土に混ざったとあります。女性たちは自分たちの衣類が粘土の灰と油の混合物を使うとずっと簡単にきれいになると発見しました。生け贄の儀式はサポ山で行われたので,「石けん」ということばがそこから出てきました。それはいい話ですが,おそらく本当のことではないでしょう。
しかし,石けんの発見が偶然であったことはありえそうです。ものをきれいにするのに灰と油を使うなんて誰が思いつくでしょうか?人々はどうしてそれが効果があるのか説明できるずっと前から,その効果のことを知っていました。それは何でしょうか。水の分子はお互いにくっつしています。水の表面では分子は空気ではなく水にくっついています。それらは他の水に引っ張られます。この引っ張りが表面張力と呼ばれるものです。それで,水は表面に水玉を作るのです。表面張力によって水が汚れを落とすのを難しくしています。水は互いに結びついて,汚れとは結びつかない性質があります。表面張力の問題を克服するのに役立つのが石けんの成分なのです。
石けんは脂と油でできます。もっと具体的に言うと,脂や脂の中にある脂肪酸からできます。脂肪酸はそれを強いアルカリで処理し,化学反応が起き,石けんへと変わります。ここで灰が登場します。植物の灰が最初は石けんを作るのに必要なアルカリを提供しました。基本的な成分の組み合わせによって,石けんがものをきれいにするのに役立ちます。現在ではもちろん石けんは工場で生産されています。石けんの成分表を見ると,いくつもの化学物質の名前を見ることでしょう。これらが脂肪酸と反応するアルカリ物質なのです。この反応によってできた新しい分子は「表面活性剤」と呼ばれています。この薬剤が水を「より湿性」にして,汚れとより容易に反応できるようにするために表面張力を破壊します。石けんの一つ一つの分子は1方は水にくっつきます。それは親水性(水が好きな)と呼ばれます。分子のもう一方は汚れに引きつけられ,当然水から離れていきます。これが親油性(脂が嫌いな)です。親油性のある端が汚れを「つかみ」,そして親水性のある一方がきれいにしようとしているものから汚れを引っ張り,水の方へと行きます。石けんは水の中に汚れを閉じこめ,従って洗い流すことができるのです。
石けん製造はヨーロッパでは600年代には商売として成立していた。植民地アメリカでは,最初の石けん製造者はイングランドからバージニア州,ジェームズタウンに到着する2番目の船で1608年に到着した。1850年代までには,石けん製造者はアメリカの急成長する産業の一つになっていた。現在では平均的なアメリカ人は約30ポンドの石けんや他の洗剤を毎年使っている。製造方法は石けんが使われているこの何千年にもわたって変わってきたかもしれないが,日常生活での重要性は変わっていない。このことがおそらくよく知られたことわざにもっともよく反映しているだろう。「清潔は敬神に次ぐ美徳」
【神戸市外語】
その他の点では洗練された映画好きでさえしている,よくある間違いは映画の中の言葉は,文学の中のそれほど複雑であるはずがない,というものだ。シェークスピアが,言葉においても,視覚的な美しさにおいても,たいして損なうことなく,画面に見事にうつされたという事実はこの考えとはあきらかに矛盾するものだ。実際には,多くの素晴らしい映画は特に文学的というわけではない。このことは映画は文学的に秀でることができない,というのではなく,ただ,映画制作者の中には,自分たちの芸術の他の面を強調したがっているということだ。
場合によっては,映画の言葉は文学より複雑になることもある。まず,映画のなかのことばは,演劇の言葉と同様に,話し言葉であって,書き言葉ではなく,人間の声は冷たい印刷されたページよりはるかに多くの微妙なニュアンスを表現することができる。書き言葉は話し言葉の豊かな含意のおおざっぱな類似物だ。したがって,文語でないよい点の簡単な例を挙げると,「私はあす,彼に会いに行く」ということばの意味は書き言葉では明らかに思える。しかし,俳優は他の単語より一つを強調することが可能で,そうやって,文の意味を完全に変えることもできる。ここにいくつかの可能性がある。
私が…「あなたでも他のだれでもなく」
行くよ 「あなたが認めようと認めなくてもね」
会いに「でも,それだけだよ」
彼に「他のひとでなく,他ならぬ彼に」
明日「今日でも,他の日でもなく」
もちろん,小説家や詩人は単語を斜体にすることで強調することは可能だ。しかし,俳優と違って,作家は一般的にすべての文で単語に下線を引くことはしない。一方,俳優たちは日常的に,1文残らず,どの語を強調し,どれを「捨て」,こうした効果を最大限に達成する方法を探るために,自分たちの台詞を調べている。才能豊かな俳優にとって,書き言葉は話し言葉の複雑さに比べれば,単なる設計図,概略でしかない。メリル・ストリープやジェームズ・アール・ジョーンズといった優れた声を持った演技者だったら,シェークスピアの独白は当然として,このような簡単な文から10や12の意味をひねり出すことができるだろう。
これは映画が文学にまさって,多くの場合,演劇と共有する言葉の利点の一つでしかない。並置の芸術として,映画は話し言葉と映像を対比することで言葉の意味を広げることもできる。「私は明日彼に会いにいくつもりだ」という文は,映像が,例えば,話す人が微笑んでいたり,しかめつらをしたり,決意を表しているのを示せば,さらに他の意味を持つ。この文は固い決意を持っていうこともできるだろうが,おびえた顔の映像は言葉の決意を変えたり,それを帳消しにすることもできる。同時並行的になされる映像は,人の反応をとらえる場面の可能性もある。したがって,発言を聞いた人の反応を強調するかもしれない。あるは,カメラは重要な物を写して,話し手と言葉,物のつながりを意味するかもしれない。もし話し手が遠写しならば,まわりと話し手によって,そのことばの意味を変えることもあるだろう。同じ台詞が大写しで話されれば,さらに違った意味を強調するだろう。
文学作品に劣らない豊かな映画のことば
映画のことばは文学に劣らず複雑で,簡単な言葉でも声の調子でその意味合いを何通りにも表現できる。映像と一緒になれば,俳優の表情,被写体,撮影方法でさらに多くの意味を台詞に付加することが可能だ。
現在,テスト準備に不正が行われている。2人の経済学者がヴァージニア州当局は州統一テストで成績の悪い学校のスコアを上げるためにテスト実施日に高エネルギーの昼食を生徒に出していると結論付けた。
デービッド・フィグリオとジョシュア・ウィニッキは,2000年に23の無作為に抽出した校区の学校給食に対して,ヴァージニア州学習統一テスト(SOL)が5年生に課せられる日の栄養,カロリー内容を分析したあとで,この驚くべき主張をした。
彼らはいくつかの校区のテスト実施日の昼食は平均して,860カロリー,テスト実施日の前後の昼食より約110カロリー多く含んでいることを発見した。さらにデータを分析して,こうしたエネルギーを高める食事は最低の習得レベルに達した生徒が70%未満の学校を少なくともひとつは含む校区のメニューに出されていると結論付けた。州はこうした学校を「失格」と烙印した,これは当局がSOLスコアを上げるという強い動機になる,とフィグリオは語った。余分なカロリーは役に立つようだ。高エネルギーの昼食を出した校区は数学のテストに合格した子供の数が11%上昇し,英語と歴史,社会の合格率はともに6%上昇した。これはみたところ「カロリー操作の結果」だと,フロリダ大学教授フィグリオとワシントンに本拠を置くアメリカ研究所に勤めるウィニキは主張した。
スコアが改善したことは驚くに足りない,とフィグリオは言った。無数の研究所の研究が高エネルギー,「中身のないカロリー」の食べ物は,言語能力を含む,短期的な認知力を高めるが,その効果は急激に失せると確認している。(カフェテリアのメニューを検討した結果,学校は「テスト日には単純な炭水化物のレベルを上昇させる」ことを意図していることがわかった。ある意味では,レースの前に炭水化物を補給する運動選手のようなものだ)とフィグリオは語る)
それじゃ,そうがどうした。もし効果があるのなら,この種の支援を子供にするのに何か悪いことがあるだろうか。
「こういうことをすることに悪いことはないと思う。私が言いたいことはこのような行動で,スコアが操作されるとしたら,おそらくテストのスコアを学校を評価する最終的なものとして扱うべきではない,ということだけだ。州や連邦政府はこのような行為が最小限になるような成績責任制度を創設するように働きかけるべきである。
フィグリオは3年生になる9歳の娘がいる,と語った。彼女のスコアがよくなるようにテスト実施日には昼食に「エネルギーを打ち込みたい」という誘惑にかられたことはありますか?
もちろん,彼は言う。
「今年の3月のテスト週間の間,娘の3年のクラスが持ちこたえるだけの十分なチョコレートクッキーを送ったよ」,と彼は言った。「チョコレートクッキーはカロリーは高いけど,カロリーの摂取を遅めると思われる油脂がほとんどないので,理想的に見えます」
学校の成績向上ために組織的な栄養操作
州統一テスト成績向上のために,高カロリーの昼食を与えている校区がある。短期的な認知力を高める炭水化物を与えてスコアを操作することは,学校評価の信憑性を低めるもので,再考が必要だ,と研究者は主張する。
右近勝吉氏は5年前に東京に住む老婦人から電話を受けた日のことを今でも覚えている。当時も現在のように,右近氏はお客さんのために雑用をこなして,生計をたてる便利屋だった。用事を足し,ペットの世話をし,細々とした家事をした。しかし,この電話は違っていた。玄関口で出迎えた上品な70才の女性はただ,食事を一緒にすることを望んだ。それから1時間ほど,彼女が主におしゃべりをした。ほとんどが自分の人生に対する後悔と,なぜ息子の家から出ることにしたか,ということについてだった。(彼女は息子の嫁とうまくいかなかったのだ)右近氏が帰る時間になると,女性は話を聞いてくれたお礼に100万円支払うといってきかなった。彼はショックを受け,今までこの支払いを「100万円の孤独」と呼んでいる。
しかし,61才になる右近氏はその仕事を単にお金のためにだけ覚えているわけではない。それは自分の仕事の性質,それに日本社会が変質しているとわかった最初の時だった。20世紀後半,繁栄の獲得と社会のまとまりの維持に熱中した国は,うまくいかなくなり始めた。すなわち貧しくなり始めている。現在ますます多くの日本人がその必要性を満たすために便利屋に頼っている。日本にいる約1万人ほとんどの便利屋のように,右近氏は今でもお客のために様々な肉体労働をしている。しかし,だんだんといわば素人のカウンセラー,一時的な友だちになっている。
孤独な老人は基本的な人間的接触をそのような便利屋に頼っている。両親は孤独で,気持ちの沈んでいる自分たちの子どもたちと一緒に過ごしてくれるように便利屋を求める。ただ,部屋を掃除できない,という大人は便利屋にその仕事を頼む。いまだに,恥が日本での心理的な問題を覆っており,苦しんでいる人々は専門的な援助を得るのに消極的だ。代わりに近くの便利屋に電話する人もいる。「便利屋が仕事を通じて経験していることは人々が他の人たちとの近い関係を必死に求めていることをはっきりと示している」京都大学社会学助教授大沢まさし氏は語る。
もっとも必要としている日本人は老人だ。研究によれば,65才以上の300万人以上の日本人が独りで住んでいる。社会学者たちは,同時に老齢化する日本の人口は家族の責務を強調する儒教的な価値観の衰退と同時に起きている,と言う。30年前には長男が年取った親の面倒をみ,家族の墓の世話をすることを期待できたのに,最近ではお盆やそれにかかわる墓に関する義務に興味を持つ息子たちが減っているように思われる。従って,便利屋は年取った家族の人に伴ってお墓へ行き,そこにいる間に墓を掃除し,花を捧げる。東京の便利屋の一人は言う。年老いた男性の子どもたちに雇われてその男性の息子を装って病気に見舞いにいったことがあると。
しかし,手伝いを必要としているのは年寄りだけではない。社会学者たちはますます多くの日本の若者が引きこもりという精神的な問題に苦しんでいる。妄想や極度の不安の症状を伴うこの病気に100万以上の人がかかっているかもしれない。右近はお客の何人かが彼と一緒にいさせてあげている。滞在費用に月に99,600円を請求し,引きこもりになっている人が他の人と交じわえるように毎週金曜日にはパーティーを開いている。「日本人の中には,特に,若者は社会的な軋轢に敏感です」大沢氏は語る。「けがをするのを怖がっている,甲羅のないカニのようなものです」
こうした社会的な病は便利屋の需要を劇的に増やしてきた。10年以上東京で家事や便利屋サービスをしてきた64才の青木豊氏は,3,4年前の彼の商売に群がってきた人の波を覚えている。「経済が本当に悪くなっている時期で,サラリーマンが失業していました」青木さんは語る。「たいした初期費用も必要とせず免許や資格が必要ないのでこの商売に加わったのです」青木氏によれば,ほとんどは入っては止めていく傾向にあるという。というのは,便利屋の仕事は地域の人々を知り合いになり,お客を捜すには忍耐と理解が必要だからだ。また,おおいに共感することも必要だ。青木氏は1週間の北海道旅行に車いすに乗った障害者を付き添ったことを覚えている。彼のお客はいい思い出のある地を再訪したいと望んだが,付き添ってくれる人が必要だったのだ。
多くの他の便利屋にも似たような仕事上の物語を持っている。そして,それこそが,右近氏のもとで3ヶ月の研修を終えたばかりの60才の退職した重役である足立昌弘氏が望んでいることなのだ。「私は第2の人生を他の人を助けられるような仕事をして過ごしたい」と足立氏は語る。こうした便利屋は日本が近代化した豊かな社会になるのに成功したことと幸福とはほとんど関係ないものであり,若者も年寄りももっと孤独にしたかもしれないと,ほとんどの人より知っている。日本の他の人が市民の多くが本当の病,単なる粗略な扱いに苦しんでいるとわかるまでは,便利屋は本当に些細な仕事で忙しいだろう。
英国での女性参政権の戦いは19世紀末に起きた革命であった。それはエメリン・パンクハーストと彼女に続く女性参政権論者によって導かれた。
エメリン・パンクハーストは女性への参政権を与えるのを頼むときには国会議員に対して礼儀正しかった,しかし,1903年10月10日,マンチェスターで,彼女の我慢は切れ,より暴力的な行動を求めた。「行動を。言葉は要らない」が女性社会政治同盟のスローガンだった。彼女の運動はいかなる政党とも関係のない女性に限られた。彼女らは主張のある女性で,大きな情熱と決意で目標を追い求めた。
1905年5月19日,10人の女性が首相に話をしにいった。そのなかに,弁護士で,75歳になるエミリー・デービスがいた。首相に最初の女性参政権の誓願を提出したのは彼女だった。その返事として受け取ったのは,「辛抱強くあること」についての助言だけだった。彼女たちは真剣に受け取ってほしかったの。
その年のおそく,議会は女性に投票権を与えることを拒んだ。この後退のあとで開かれた集会で,より過激な運動が提案された。たとえ,法律を破ることになろうとも。女性参政権論者たちは,男性だけの議会が行動を起こすのにはショックが必要だと結論した。まもなく,彼女らのスローガンである「行動を。言葉はいらない」が実際のものとなった。
1906年,2人の女性参政権論者が指導的な政治家エドワード・グレイが開いた集会に参加した。そこで,彼女らは警官を襲い,逮捕され,罰金を支払うか,数日間刑務所にはいるかという判決を受けた。彼女らは罰金を払って家に帰ることもできただろう。しかし,一人が支払いを拒否し,投獄された。時間がたつにつれて,ますます多くの女性参政権論者の逮捕と収監が起きた。彼女らは内閣を罵倒し,国会や通りでデモをした。しかし,女性への投票権の動きはなかった。
1914年に第一次世界大戦が始まったとき,エメリン・パンクハーストはすべての暴力的な行為を中断し,仲間に国を守るために協力するよう求めた。まもなく,女性たちは工場へと流れ込んだ。1916年,首相であったハーバート・アスキス戦時中の女性の働きのために,女性は戦争が終わったら投票権を与えないわけにはいかないという事実にきづき始めた。1917年6月,下院で女性の参政権の法案が議論された。女性は男性に劣る,という考えは排除され,女性は社会的,知的,経済的な面で真に対等であると認められた。ついに1918年1月,女性は初めて投票権が与えられた。女性にほぼ40年間かかった。
女性参政権とエメリン・パンクハースト
最初穏健であった運動家エメリン・パンクハーストは政府の消極的な姿勢に業を煮やして,過激な運動に走ったが,第1次世界大戦中,国家への協力を呼びかけ,ついに1918年女性の投票権が認められた。
食べ物はいつでも私たちの最良の薬だった。健康に必要なのはものはすべて自然の豊富な倉庫に見つけられることができ,その中には私たちが万一病気になった時に治癒することが可能な薬も含まれる。20世紀の終わりにあたる現在,西欧社会で生きるに十分ななものを持つ特権がある私たちは,かつてなく高い清潔性を享受し,他を圧倒して,食料や優れた医療の選択や利用ができる。にもかかわらず,驚くべきことに,私対は世界でも最悪の栄養不良の国に属する。
ショッキングな事実は開発途上国の飢餓に苦しむことはなくとも,私たちの多くが開発途上国のきわめて栄養状態の悪い人たちに劣らず栄養状態が悪い。私たちは豊かになるにつれて,私たちは貧弱な食習慣を身につけている。恒常的に食事を抜いたり,速く食べ過ぎたり。そのことで胃腸器官にに大きなストレスがたまっている。私たちは精糖,コレステロール,塩(これらは私たちの味覚に訴えるものだが)が一杯入り,食物繊維の少ない食事をする。食物繊維はこの種の食物は結腸に長いこととどまるので,排便作用に不可を与え,そのため毒素の蓄積の可能性が高まる。
西欧世界の死亡原因の上位(心臓病,消化器官,癌や他の消耗性疾患)はアフリカやインドの田舎では,実質的に見られない。こうした地域では住民は野菜と穀物の質素の食事で暮らしているからだ。科学者たちはエスキモー,北米インディアン,(オーストラリア)原住民といった,自分たちの文化では,消化器官の病気,虫歯や出産の痛みさえを体験したことのない人々が,西欧式の食事が与えられた時,彼らはすぐに私たちが経験しているありとあらゆる問題に屈してしまったことを示している。したがって,食事が主に心臓病,虫歯やある種の癌の原因だと知っている。
私たちは栄養のない食べ物を食べ,私たちの体が十分に利用することのできないビタミン,ミネラルの補給剤を飲み,当然のことだが,様々な病気の餌食になっている。医師たちは私たちにどのようにして基本に戻り,本当に自分自身の面倒をみるか教える代わりに,まるで,病気は避けられない生活の一部かのように,不自然な食べ物によって引き起こされる病気の治療を行っている。何百万ポンドものお金が毎年,心臓病,消化器疾患,癌を制御する薬に費やされている。もし,しばらく立ち止まって,なぜ慢性病になるのか観察してみれば,このような惨めな事態の多くは避けることができるだろう。
食事は私たちの肉体だけでなく,精神的な健康にも影響を与える。アメリカ合衆国の研究によって,ファースト・フード業界の成長はその国での反社会的な行動,暴力,そして殺人とさえ関係があるという証拠が見つかった。ある研究によれば,科学者たちは白糖,ファーストフード,低栄養の食べ物を暴力的な犯罪,強盗などを犯した十代の若者たちの食事から取り除き,質の良いフルーツ,野菜,穀類に代えると,反社会的な行動が48%減少した。私たちは今,高脂肪,高糖度の食べ物である,ジャンクフーズが脳の適切な機能を阻害し,神経組織を乱す慢性的なビタミン欠乏症を引き起こしうると考えている。
豊かな国に住むはずの私たちの食べ物は,発展途上国の食事にも劣る劣悪なもので,私たちの病気の大きな原因となっている。
【先進国をむしばむ食習慣】
豊かなはずの先進国の食事は,糖分,塩分などが多く栄養バランスの悪い。このようは食事は心臓病など慢性疾患の原因になるばかりか,精神の健康にも影響を及ぼし,犯罪の増加の要因だ,とする研究報告もある。
ここしばらくで私が見た最も興味を引いた数字の一つはアメリカ合衆国で使われる全エネルギーの5%は一晩中つけられているコンピューターによって消費されている,というものだ。
私は個人的にはこのことを確認できないが,確信を持って言えるのは,多くの場合,私が夜遅くにホテルの部屋の窓から外を見ると,いろいろな町のことだが,多くのビルのオフィスの明かりがついていて,コンピュータの画面が本当に点滅しているという事実に驚いている。
どうした,あのもののスイッチを切らないのだろうか。同様に,私が思うに,あまり多くの人たちが友人の家にちょっと立ち寄る時に車のエンジンを掛けっぱなしにしたり,誰もいない部屋の電気をこうこうとつけておいたり,信じられないくらい部屋の温度が高温になるまでヒーターをつけておいたりしている。つまり,電気,ガソリンや他のエネルギー資源は相対的に安く,長いことその状態が続いているので,他の行動をとろうなどと思いもよらないのだ。
私たちはこの国では恐ろしく資源を無駄使いしている。平均的なアメリカ人は平均的なヨーロッパの人々の2倍生活を送るのにエネルギーを使っている。世界のたった5%の人口で私たちは資源の20%を消費している。こうした数字は誇れるものではない。
1992年リオデジャネイロで開かれた地球サミットで,アメリカ合衆国は,他の先進諸国と共に,2000年までに1990年のレベルまで温室ガスの排出を減少させることに同意した。これは考慮すべき約束ではない。それは実行する約束なのだ。
結局,アメリカ合衆国の温室ガスの排出は増え続け,リオ・サミットからは全体で8%,1996年だけで3.4%上昇している。つまり,私たちは約束したことをしなかったのだ。私たちはそれをしようとしなかった。私たちはそれをしようとするふりさえもしなかったのだ。
温室ガス排出に関して政府がしたことと言えば,産業界が無視したいと思えば,そして,ほとんどの場合,もちろんそうするのだが,完全に無視してもよい基準を導入したぐらいだ。現在クリントン大統領は1990年のレベルまで排出を戻すにはあと15,6年要求している。
おそらく国民の雰囲気を読み間違えているのかもしれないが,このことに関心を持っているように思える人を探すのは大変だ。環境保全の考えに対するある種の反感さえ増えている。特にコストが関係すると。Environics Internationalと呼ばれるカナダの団体によって全世界,27000人に対する最近の調査によれば,ほぼ全先進国において,人々はよりきれいな空気と健康な環境のためにはすくなくとも少しの経済成長の犠牲はいとわないと思っている。唯一例外はアメリカ合衆国だ。社会が最小限の経済成長を住むことのできる地球より大切にするだろうと考えるのは気がヘンだと思われるが,みなさんがいるのです。私はより大きな経済を築く理由は世界をよりよい場所にすることだと常々考えていた。実際には,より大きな経済国家を築く理由は,まぁ,より大きな経済国家を築くためのように思える。
クリントン大統領のこの問題を4期先の後継者に託そうとする提案でさえ,激しい反対に会っている。産業界や他の利益団体が協同して彼らの利益に立ちはだかるどんな計画とも戦うべく1300万ドルを集めている。それは全国放送の宣伝でもし大統領の新しいエネルギー政策を導入したら,ガソリンの価格は1ガロンあたり50セントまであがるだろうと,険しい顔をして警告している。どんな目的でも良いから,ガソリン価格の上昇を口にしてみなさい。(それがどんなに少額でも,理由がどんなに正当であっても),ほとんどの人は本能的に抵抗を示すだろう。
このこと全体で最も悲しいのは温室ガス排出を削減する目的の大部分は,私たちが単に贅沢を改めるだけで,全く費用がかからず対処できるだろうことだ。国全体では年間約3000億ドルのエネルギーが浪費されていると見積もられている。ここでは新しい科学技術への投資によって節約できるエネルギーについて話しているのではない。私たちはスイッチを切ったり,ものを止めるだけで節約できるだろうエネルギーについて話しているのだ。
燃料電池 21世紀の新しい動力
近年,ますます多くの人が増大する資源の不足について心配するようになっている。また,化石燃料を燃やすことによって引き起こされる環境への害も意識するようになっている。たとえば,このことで,地球の温度が上昇していると信じられている。大気中の二酸化炭素のレベルの上昇にともなって。これらの問題が,社会に代替エネルギーを探させることになった。こうしたものの中で最も有望なものは燃料電池である。燃料電池は騒音を起こさないし,稼働部品もない。過去数年の間に,燃料電池は病院や学校に導入され,多くの自動車会社は今,燃料電池の車のプロトタイプを設計している。
燃料電池の現代的で,ハイテクな見かけにもかかわらず,科学者たちは実際には150年以上もその存在を知っている。燃料電池の歴史は19世紀のイギリスの科学者サー・ウィリアム・ロバート・グローブの業績までさかのぼることができる。彼の1839年の電気分解の実験,すなわち,電気を使って水を水素と酸素に分解する実験によって,後年,燃料電池と呼ばれる器機について最初に触れられた。グローブは2つのプラチナ電極の先を硫酸の容器に入れることで,電気が作られることを発見した。さらに,これによる唯一の不要副産物は普通の水だけだということも見つけた。このことは,電力生産が環境に悪い影響を及ぼさなくなることを意味した。
燃料電池の概念は150年以上知られているが,最初の実用的な燃料電池が開発されたのは1960年代のNASAの宇宙計画の時だった。宇宙計画では,ジェミニ,アポロ宇宙船には効率的で,信頼性が高く,コンパクトなエネルギー源を必要とした。そして,燃料電池はぴったりだった。今日,NASAはスペースシャトルの動力源に燃料電池を用いている。不運なことに自動車や家庭用の燃料電池開発の主な問題は器機を製造するコストが高いことだ。一方,自動車会社,NASAや他の組織による燃料電池への多額の投資と最近の技術革新によって,製造コストは急激に下がった。現在では,燃料電池は数年のうちに私たちの日常生活において,電力を作る実用化が可能だろうと予想されている。