書評

英語教師のパソコン・ガイド

(金田正也編,大修館書店)    「現代英語教育」 1991年 8月号

フロンティア英文法

(町田 健,研究社出版)       「現代英語教育」 1995年 2月号

「新しい英語ファックス教材 英文法かわら版」

(高柳直正,日本書籍)         「現代英語教育」 1997年1月号

MD英語   

(古藤 晃,朝日出版社)          「現代英語教育」 1998年12月号  


英語教師のパソコン・ガイド

(金田正也編,大修館書店)                

 パソコンにまつわる情報が幾何級数的に増え,私達の周りに洪水のようにあふれている。この中から必要な情報を取捨選択することは至難の技である。ようやく英語教師待望の「パソコンと英語教師」という1点に絞った総合案内書が登場した。
 まず編者金田先生のはしがきがうれしい。パソコンと英語教師の関係について(英語科が縁が遠いのは)「関心があっても,どんなことができるのか,具体的な機能や使用の方法が明かでなかったことと,適当なソフトが知られていないことのためと思われる」と規定し,本書の願いを「英語教育の実践や研究がいっそう豊かにできるように」としている。
 第1章ではこの分野では長年にわたって先駆的な役割をはたされている竹蓋先生がパソコンの包括的な紹介をしている。「英語教師が『させたい』ことをさせると同時に,高い効果が見えるレベルまで使い方を高めてからコンピュータを使うべきであって,コンピュータにふり回されるようではいけない」というパソコンとの付き合い方は傾聴に値する。「『教師として自分自身を向上させる』ために,つまり研究のために(パソコンを)使うべきことである」という主旨も全体を見失わない大切な視点だ。
本書は「総合的なガイドブック」と銘うつだけあって,「生徒とパソコン」「教材研究とパソコン」「CAI」そして「実践研究者としての教師とパソコン」と英語教師とパソコンの関わりその道の先達の先生方が簡潔に紹介している。英語教師がパソコンと付き合って行くための「パソコン要覧」とも言える。本書を通読することによって「パソコン」にまつわる英語教師の常識も身につけることができる。
 多くのページがソフトの紹介に割かれている。臨場観を出すために2色刷りと画面のコピーも多用されている。この面ではパソコンソフト入門書のようなつくりで好感が持てる。さらに研究者仲間の開発したソフトが別売で「英語教育パッケージ」(付属のはがきで申し込み)として比較的安価(4800円)で頒布されている。後半第2部はこれに納められたソフトの使用方法の説明である。習うより慣れよ,を実践するには第1部でパソコンと英語教師の関係を概観したら,さっそくソフトに触るのが,本書に込められた願いを体得する早道であろう。特に「語彙分布による教材難易度分析」は出色で,パソコンならではの威力を実感できる。
パソコンの歴史が浅く,新しい概念がたくさん付加されているので,本書のような企画で,読者が明確なイメージを作り出すには困難なこともある。おびただしい固有名詞群がその元凶である。ためしに本書に登場する固有名詞一覧を作ったがなんと○○もあった。初めてパソコンに入門しようとされる方はまずこの固有名詞の洪水で溺れる可能性がある。当然,新しく使う単語には一応の説明がなされているが,それでも次々と登場する固有名詞には辟易とする事になろう。できうれば,「英語教師用パソコン用語集」と索引が欲しいところだ。
 今まで入り口を見つけることのできなかった英語教師の皆さんには格好の案内書になろうし,すでに経験のあるかたもパソコンと英語教育に関する包括的な知識の整理することのできる誠に時季をとらえた本である。

最後に筆者が最近心にわだかまりのある点に触れてみたい。第1点は「パソコン使用倫理規定」の問題である。「倫理」という時に2点あるが,一つはソフトの著作権・違法コピーの問題であり,もう一つは生徒を始めとする個人情報についてである。この点では教育現場は遅れている気がしてならない。できるだけはやくに何らかの団体が提言,規定の素案作りをしていく必要がある。第2点はキーボードである。すでに現在のキーボードになれ親しんでしまったわれわれが現在のキー配置を身につける努力は止む得ないとして,これから長年に渡ってキーボードと付き合う子供たちに,人間工学的に非効率であるとされる現在のキーボード配列を無批判に教えこんで良いものだろうか。すくなくとも現在のキーボード配列は英文入力に際しても効率はよくなく,ハードの進歩がよりよい環境をこれからの子供たちに与えられる可能性をこころにとめておく必要はないだろうか。


「フロンティア英文法」  Frontier

                                    (町田 健 著,研究社,1994年) 

 本書を初めて手にしたとき,妙な連想であるが,10数年前に購入した超訳「ゲームの達人」を思い出した.本の厚さ,ページをめくった時の行間などが実によく似ていたのだ.実際読み始めると900ページという長い道中を感じさせない快適なテンポで読了できた.


 本書は「徹底した例文例証&徹底した語法研究」をサブタイトルとする英語学習者,特に受験生を対象とした文法書である.姉妹書には数多く出版されている「総合英語」と同規模(500ページ前後)の「フロンティア総合英語」があるが,本編フロンティアは総ページ数948というこの種の参考書としては類をみない厚さになっている.この厚さはもちろんこの本の一大特徴であるが,「厚いことは難しいことでなく,易しいこと」という発想の大転換を感じた.本の内容はその物理的な制約で決定される場合がある.特に競合する参考書が多ければ,総ページ数,価格などが大きな制約事項となるだろう.そのために初学者を対象にして書かれた文法書でもかえって難しく中途半端になっている場合もある.本書は物理的な制限にあまり気兼ねせずに「厚くても読者に優しい参考書」をモットーに編まれたように私には感じられた.そのため対象も受験生にとどまらず,広く英語学習者にも広まり,受験生を扱う教師にとっての格好の教授参考書ともなった.


 「フロンティア英文法」を読みやすい「文法書」にしている第一要因は行間をたっぷりとった,読みやすいページ構成にある.従って文法書で避けて通ることのできない関連表現などを詰め込むことをせずに整然とゆったりと配置している.そしてページを次から次へとめくっていくテンポは快感である.比較的疎遠になりがちな英文法本を飽きさせずに最後まで読み切らせるためにはこれぐらいの発想の転換をしなければダメだと感じた.


 第2の要因は丁寧に配置された例文である.各文法項目の説明は全体から各論へという見渡しの良い構成になっているが,それぞれに複数の例文を提示するように心がけている.多くの参考書には「他に次のような表現がある」として項目を列挙するだけにとどめている場合でも必ずいくつかの例文を提示している.「徹底した例文例証」にこだわった文法書といってよいだろう.また例文は主語に無神経にshe, heを使うことなくJane, Billなど極力固有名詞を使ってあるのも好感が持てる.登場する人名は第1章だけでも38人にのぼった.
 「徹底した語法研究」とあるが,これはあくまで大学受験レベルの語法であり,めったに見ないような用法に言及することはなく,むしろ,「これは古い」「これは口語では言わない」といったスピーチレベルの注意をきめ細かく添えている.「徹底した」という意味は全体から個別へと説明が分岐していく時に,途中で「あといろいろなことが考えられます」などという私の授業のようなごまかしかたをせず,どういう事が考えられるか,緻密に丁寧に例文を挙げながら最後まで投げ出すことなく説明していくことにある.


 例えば第3章「動詞」では,一般的な活用について説明したあと句動詞をとりあげている.その説明は以下の通りである.
【基礎】3つの例文で句動詞を説明→句動詞を4つに分類し,それぞれを例文で説明1)自動詞として働く句動詞2)動詞+前置詞+目的語3)動詞+副詞+目的語4)動詞+副詞+前置詞→【注意】で「動詞+前置詞」の場合と「動詞+副詞」の見分け方について説明→受験レベルを網羅した句動詞一覧と例文
【発展】(1)句動詞で受動態にならない「動詞+前置詞」「動詞+副詞+前置詞」の例(2)「自動詞+前置詞+目的語」で「前置詞+目的語」をIt ... that ...の強調構文で強調することができるものと,「目的語」しかできないものに分け,その理由を説明.→「動詞+名詞」「動詞+名詞+前置詞」「動詞+‘O置詞」の例→「動詞と目的語」「動詞と主語」の連語関係の提示.


 ここまで徹底して句動詞を取り上げて詳述した類書はないであろう.今まで経験で蓄えた知識が一気に整理,体系化され教授してもらった気分になった.
 「時制と相を中心とする意味論」を専門とする著者らしい記述も見受けられる.例えば「状態動詞」と「動作動詞」については『文法的に・意味的観点から見て重要である』とし,該当のセクションで説明するにとどまらず時制・仮定法・態・準動詞・助動詞にいたるまで(ページ数で200ページほど)常に言及している.「状態」か「動作」かという動詞の性質を太い一本の線として通している点は新鮮であるし,そうすることで今まで曖昧であった点が明確になることが分かった.本書全体を通じ,極力抑えた簡潔な説明は伝統的な教室文法では従来触れられなかった視点で文法事項が扱われていることも多い.


 私は「『不定詞』となぜ呼ばれるのか」とか「なぜ『分詞』と呼ばれるのか」などということに教室で言及したことがなかったので,「分詞は動詞と形容詞の中間的な働きをしているのでそう呼ばれるのであるが,『動名詞』にならうなら『動形容詞』と呼びたいところである」といった記述がは次回から教室で使う持ちネタになりそうだ.また,誤用例も豊富に提示されている.本書を読み進むうちにいつも腹立たしい思いをしている「下線部A〜Dで誤りがあれば,その記号を,なければEをマークしなさい」という日本版重箱の隅問題を解いてみたくなったりもした.


  文法説明をより整然として明快なものにしたいと考える高校教師にとって本書には各項目へのアプローチの仕方,説明の仕方についての有用なヒントが満載されている.また,5000にのぼろうという例文の宝庫でもある.この例文を簡便に検索して,利用できるような電子データを望むのはないものねだりかもしれないが,そうでなければ是非机上に置いて参考書としたい一冊である.
 また,Sidney Sheldon式快読も期待できる.


「新しい英語ファックス教材 英文法かわら版」         
 (高柳直正,日本書籍)                                                     

 本書は高校教師をつとめる著者がおりにふれて授業終了直前に配布した英語通信「よだんタイムズ」を文法項目別にまとめなおしたものである.項目はB5版,1ページにまとめられており,上部に独自の通信名をほどこし,通しナンバー,日付を記入すればそのまま授業の補助教材として利用できるようになっている.そのためか,紙質もやや厚めのものを使用している.副題の「新しい英語ファックス教材」たる由縁である.直接の言及はないものの著者は落語もかなりたしなむようである.そこで,落語よろしく各ページは巧みな「まくら」と「さげ」を用意して,1ページ,1話完結としている.

「英文法かわら版」というタイトルが示すとおり英文法を中心にすえた英語通信集であるが,「かわら版」というタイトルは「通信」とか「ニュース」という言葉を単に江戸風に置き換えただけではない.「日本語教師」の検定試験を受験したという著者が「日本語と英語の対照言語学的知識を,英語の教室で生かせないか」という意図で書かれた通信は常に我々の母語である日本語を念頭に書かれている.日本語文法はもとより,百人一首,枕草子,古典文法,ハングル語にまで言及される本書は「通信」でも「ニュース」でもなく「かわら版」なのである.

本書は「T.文型と文の要素 U.動詞・助動詞 V.受動態をめぐって W.関係詞と不定詞 X.複文の諸相---仮定・条件・原因・理由・話法 Y.名詞・代名詞・形容詞 Z.日英語の比較---否定・省略・前置詞・助詞・語彙 [.英語の学習法」と概ね教室で扱う大きな文法事項を大分類としており,各章のはじめに〈この章のねらい〉として生徒向けに書かれた通信の意図を教師向けに記述している.かわら版は通算63号になる.

これだけみると他の生徒向け「英文法の話」と変わらないように思われるかもしれないが,読み始めると「英文法」という響きから推測する内容とはずいぶん違うことにすぐ気がつく.第1号は「『は』と『が』は主語か」と題して,「テープレコーダーは秋葉原が安いですよ」と「日光は秋がいちばん美しい」という日本語を扱っている.この号の趣旨は「〜は〜が〜だ」という構文が日本語に多いが,日本語では「〜は」は必ずしも主語ではなく,「〜についてはどうかといえば」という意味になることも多い,というものだ.評者のように母語である日本語を粗末に扱ってきた英語教師にはちょっと思いつかないような「主語」へのアプローチである.英作文の授業ではことあるごとに「まず主語を考えよう」などと言っているのに,では日本語の主語とはどういうものか,という点は自明のこととして扱い,そこまでの説明をしたことはなかった.そこで,第3号で扱う「a. 太郎は花子を助けた. b. 太郎が花子を助けた」さて,この日本語の助詞「は」「が」の働きは?と問われると面食らってしまう.先日,ある問題で本校のAETに質問したら,"Definitely this"と答えたの

,"Why?"と聞いたら,"I don*t know!"と言われた.母国語話者としては同じ気分になる.

外国語学習の目標の一つに「自国の文化をより理解し,母国語をみなおす」という常套的なものがある.このかわら版を読みすすめれば日本語と英語をどう関係付け,どのように日々の授業に生かすか,具体的な糸口を見つけることができるだろう.抽象論でなく,具体的に日本語と英語を結びつけるヒントがこのかわら版には詰まっている.

3章「受動態をめぐって」を例にとろう.通例文法の説明は「英語→日本語」という発想から分類,体系づけられている.本書では「日本語→英語」と発想を転換し,整理,分類している.その結果,これまでの分類では見たことのないような以下の「受動的受動文または受動的能動文」(著者の命名による)の分類が登場している.@抜歯型(歯を抜いた)A散髪型(髪の毛を短く切った)B写真撮影型(写真を撮る)C骨折型(または新築型)(足の骨を折った)D手術・注射型(父は手術をした)Eスリル・溺死型(わくわくした)

日本語に焦点をあてて英文法を見直すと教科書などで扱っている英文法とは視点が違って,異次元に入り込んだような気分が味わえる.「日本は平和だ」という日本語に"Japan is peace"といった英文を書くなど,生徒が日本語に干渉されて英語を書いていると思われる場面は多い.その都度,対症療法的に指摘することになるが,一度このかわら版のように,日本語の特質からじっくりと説明すると,生徒の繰り返す恒常的な誤りを駆逐することができるかもしれない.「なんで,同じ間違った英文を何度も書くのだ」と怒る前に,今度は本書におさめられた日本語からのアプローチを試みてみたい.


MD英語   

(古藤 晃編著,朝日出版,1998)

                     

最近ではMDといえばMini Diskを連想するが,本書のMDはMini Dictionaryの略だそうだ.さらにMinimum Dictionary[最小限の辞書]の中にMaximum Diction[最大限の語法]を盛り込んだ辞書という思いもあるらしい.編者の「コペルニクスはそれまでの世界観を逆転させた.本書も,受験英語学習の発想を根底から変えるきっかけになることを期待している.」という言葉にこの「辞書」企画への強い思いが感じられる.

学習辞書は様々な要望を受けて,充実が図られ,情報の質,量ともに高まった.しかし,その為に検索がユーザーである生徒には負担になったり,改訂サイクルの短縮に伴い辞書が絶対的存在から,参考書の1部を構成する消耗品となってしまっている.

一方,大学入試に登場した英文,問題がデータベース化され,分析が進んだ結果,受験単語集のカバーする単語,及び語義はこと入試英文に限ればかなりの確率でヒットするようになっている.2千語前後をカバーするとされる単語集でも,入試英文を読むために辞書代わりに使ってみると結構役立つのに気がつく.

「学習英和辞書」と「受験単語集」の溝を埋める中間的な「辞書」,あるいは「単語集」.消耗品的な辞書で,使用期を受験勉強中に限定した,必要にして十分な情報を提供するユーザーの側に立った本書のような辞書の登場の期は熟していた.

本書は過去12年分の主立った入試問題を,「光学的にすべてを機械に読みとらせるといった安易な方法ではなく,特に設問に係わる部分を選んで入力した」コーパスから構築したとある.自信を持って見出し語を7500語に限った根拠が推察できる.

単語の用例,使用場面を入試と限ることで,様々なことが大胆にできるようになった.まず,語義の圧縮がある.データベースである単語の一覧を作成,概観すれば,語義を必要最低限にバッサリと削ることができる.本書はさらにすすめて,品詞の壁も取り払ってしまった.例えばadvanceの項では冒頭に品詞,[名][動]を提示し,語義は「1前進,2進める」混在して記述されている.教室では「まず品詞を考えて,それから辞書のその項を読みなさい」といった指示をするが,生徒によってはとにかく英文に合いそうな意味をと探していくものがいる.現場では,正統的な態度育成に力を入れるが,生徒にとってはこちらのほうがはるかに実用的だろう.

受験に登場した英文というフィルターを通して再構築,記述されたMDを読み進めると,学習辞書とは違った世界が見えてくる.学習辞書では「タマネギ」としか記述のしようのないonionという単語も,実際の入試問題「英文の説明に相当する野菜を選べ.a type of round white vegetable that grows in layers; strong smelling, much used in cooking(以下略)(大阪経済大学)」を添えることでMDならではの記述になっている.

学習辞書の記述形式では見過ごしてしまいそうなfurnishの語法が「語法!」という網掛けコラムで簡潔な説明を加え,学習者の注意を喚起している.ちなにみこの「語法!」あるいは「出た!」というコラムは授業(あるいは予備校の講義)の余談的な説明を聞いている感じで臨場感もあり現場の教師にも大いに参考になる.

担当学年きっての英語学習の虫ともいうべき女子生徒がMDを手にしていた.彼女は昔ながらの英学生で英語の学習を緻密にコツコツと学習する今時珍しいタイプで,楽をしようという生徒ではない.その生徒が「MDはなんとなくいい」という.MDは一見,伝統的英語学習の補助教材としては異端に見える.「これ1冊で,受験に必要な情報を全て手に入る」といったお手軽が印象もある.添付された入試問題も場合によってはぴたりとはまっていないこともある.しかし,ユーザーである受験生の立場とニーズを研究しつくして登場したことには間違いなさそうだ.

辞書であり,単語集でもあり,かつ参考書・問題集でもあるMDは学習参考書のイノベーションといえる.ユーザーである受験生が果たしてどのように受け入れるか楽しみである.