もし入試が韓国の修学能力試験だけになったら



 現代英語教育誌上に韓国の統一試験「修学能力試験」全問題が掲載されたのは画期的なことでした.それ以前にも河合塾の取り組みもありましたが,全問題が日本人教師に提示されたことは大変意義のあるものでした. 近くて遠い国とよくアジア諸国のことが言われますが,お隣のセンター試験にあたる能力試験についてなんら知識も見解ももたなかったのは英語教師の怠慢とも言えます.
そしてその問題はセンター試験よりはるかに実践的で,英語教育全体に影響を及ぼしそうなことにもっとショックを受けました.


大学入試

中教審の答申「英語を課さない学科試験」以来大学入試が大々的に特集されている.ディベート大会 の論題 "English should be excluded as a requirement to enter university." の準備と思いこれら雑誌を集め概観した.特集としての大学入試は21年ぶりという雑誌まであり,今年の入試特集ラッシュは異例と言えるが,改めて大学入試の存在と高校英語教育の密接さを認識した.

英語問題を「大学入試」でくくることの困難さ.

現在日本ではセンター試験を代表に多様な形式,様々なレベルの問題が入試で課せられている.どの特集でも「大学入試」という名の下に現存の英語試験の全体像をまとめるのに苦慮していた.全現役生が平均で6割とか7割の得点をするセンター試験は大学入試の入り口であっても,最終目標ではない.夏休み前には5割もとれなかった生徒が半年後には8割,9割といった高得点を取る試験である.「大問1には7分の時間配当を」といった指導もするが,授業に決定的な影響を与えているわけではない.

雑誌特集号で「大学入試は変わっているのに,高校現場の指導は旧来のまま」という批判があり,その一例として「高校では自由英作文が指導されていない」という指摘があった.ライティングの指導の一環としてならともかく受験対策には組み込めない.地方の中堅進学校である現勤務校では,自由英作文を受験対策として必要な生徒は次のようになる.「国立大学を志望する人で(7割),2次試験に英語があり(3割),その試験で自由英作文を例年出題している大学(2割)を受験する人」実数で計算すると360 x 0.7 x 0.3 x 0.2 =15人となる.同様の数字が他の形式別英語試験対策の対象人数となり,結局「頻繁に問われる語句,イディオム,発音,派生語に注意と喚起を促しながら,どんな英文でも所見できちんと読める読解力を養成する」といった授業になる.

 


 

韓国の英語問題を手にして

 昨年河合文化教育研究所などが開催した東アジア大学入試統一試験を目にするまでは,韓国の英語問題は日本のそれと大差ないものだろうと思っていた.ところが試験内容がずいぶん違い,日本の受験生が大いにとまどったと聞いて驚いた.

送られてきた問題文はA4版で縦2段,8ページ,日本語にあたる部分は当然ハングルで書かれていた.「韓国の大学入試」 によれば,実施時間はリスニング20分,読解60分の計80分.大学入学志願者全員を対象に実施され,日本の2次試験にあたる個別試験はないそうだ.

試しにハングルだけの問題を解いてみた.当然かもしれないが,問いも選択枝もハングルという問題を除いてはほぼすべての題意を予測することができた.

18番の辞書の定義の確定,21番のthis manの推理,29番2人の誤解を問う問題,30番から続くパラグラフの趣旨を問うもの.37,38番のTOEICを想起させる問題.42,43番の文の論調を問う問題.48番以降の正確な読みと論理的な推理力を要求する

問題.実践的な読解力を問う問題としてはよく練られているという印象を持った.特に42,43番では思わずにやりとしてしまった.総じて英文を読みとるということに焦点をあてた素直で適当な難易の問題だった.

韓国の入試

韓国の英語問題を手にして

 昨年河合文化教育研究所などが開催した東アジア大学入試統一試験を目にするまでは,韓国の英語問題は日本のそれと大差ないものだろうと思っていた.ところが試験内容がずいぶん違い,日本の受験生が大いにとまどったと聞いて驚いた.

送られてきた問題文はA4版で縦2段,8ページ,日本語にあたる部分は当然ハングルで書かれていた.「韓国の大学入試」 によれば,実施時間はリスニング20分,読解60分の計80分.大学入学志願者全員を対象に実施され,日本の2次試験にあたる個別試験はないそうだ.

試しにハングルだけの問題を解いてみた.当然かもしれないが,問いも選択枝もハングルという問題を除いてはほぼすべての題意を予測することができた.

18番の辞書の定義の確定,21番のthis manの推理,29番2人の誤解を問う問題,30番から続くパラグラフの趣旨を問うもの.37,38番のTOEICを想起させる問題.42,43番の文の論調を問う問題.48番以降の正確な読みと論理的な推理力を要求する

問題.実践的な読解力を問う問題としてはよく練られているという印象を持った.特に42,43番では思わずにやりとしてしまった.総じて英文を読みとるということに焦点をあてた素直で適当な難易の問題だった.


もし,韓国の入試が日本で出題されたら

現在の多様な入試問題の代わりに,もし,韓国と同様の試験しか受験生に課さない,となればどうなるだろうか.

まず,英文の量が問題となるだろう.日本では超長文とされるものでも総語数は3000語に達することはなく解答時間も倍以上与えられている.英文の難易に格差があるものの,解答時間が60分で問題文だけでも約3300語という韓国の量は他に類を見ない.

現勤務校で数年前,継続的に生徒の読む速度を追跡したことがある .その結果は1分間に平均約50語.速いグループの生徒で120語前後であった.仮に平均速度が50語とすれば問題文だけでも60分では読み通せないことになる.問題を読み,パラグラフ全体から推理する時間も考慮に入れれば,正確に読み進める速度としては最低でも100WPM程度が必要となる.この数字は徹底した速読訓練を施さないと達成できない数字だ.現状のセンター試験の問題でさえ,最後までたどりつくのが3年の後半という生徒も存在する本校では,「いかに速く,正確に読めるようになるか」に最大の力点を置くことになるだろう.

独立した英文1パラグラフに問題1題という形式は解いていてストレスがたまらなかった.その形式故に問われる内容はパラグラフの中心的な部分に焦点が当てられている.これは昨今のリーディングストラティジーを取り入れた読解指導の延長線上にくるものである.読解指導の様々な技術が紹介,導入されても,依然として正確な英文構造の把握なくしてパラグラフリーディングなどありえない,として,英文構造の把握の段階にとどまる学習も存在するが,韓国の問題に対処するには,基本的な英文構造の把握が先か読解ストラティジーが先か,などという議論を待たずに,否応なしにパラグラフの読みに早い段階で習熟しなければならない.新教育課程のリーディングの精神がここでは正確に反映されるだろう.

リスニングの存在も大きい.韓国の入試ではリスニングの配点が3割にも及び,かつ問題は1回しか放送されない.TOEFL,TOEICと同じ,聞き取り1回となれば,そういった大学入試が少ないだけに大きな影響を与えるだろう.問題はまさしくTOEFL的で,韓国の全受験生が対策をたてているとすれば,TOEFLの平均点が日本人に比べて高くても不思議はない.限られた時間に1回の英文を集中して聞き取るリスニングテストに受験生全員が備えるとすれば,高校教育は大きく変わるだろう.

韓国の問題を解きながら,これまで伝統的に出題されたり,出題してきた問題の意義を改めて問い直さなければならなかった.例えば,紙の上でのアクセントの位置,母音の識別,文強勢といった発音問題.その重要性は認めるが,韓国のように英語の内容を聞き取る問題に集中すれば,発音アクセントに注意を要する単語の扱いはどうなるだろうか.筆者が呼称する発音用単語(実際の場面ではそれほど出会うことがないのになぜか発音問題では頻出する単語,例えばflour, bury, wind(v)など)への言及は教室ではなくなるのだろうか.

我々がもっともよく目にする問題.例えばセンター試験大問2やほとんどの私立大学で採用されている4択問題.これらは単語の知識,ある語のコロケーションなど単発的な知識が問われている.本来の読みの前段階の力を試していると思われる.従って「頻出問題集」といった事項の学習を重ねれば,ほぼ機械的に解答,正解できる.韓国の問題では一定の単語力を前提としながらも,部分だけに着目すれば解答できるような問いではなく,全体の理解を前提としている.頻出問題集の徹底暗記といった学習法は消滅するだろうか.

韓国の問題を導入すれば,日本語にこだわることもなくなる.また,日本語の細かいニュアンスまで生かそうとする和文英訳も必要ない.英作文そのものが姿を消し,ひたすらリーディングとリスニングに打ち込むことになるかもしれない.並べ替えは英語構造の把握,ひいては作文力には必要としているが,このような演習はどうなるだろうか.

英語の問題が日本に1種類しか存在しないとなれば,大きな変化があるだろう.それも平易な英文の大意を耳と目できわめて短時間にうちに理解し,さらに場合によっては常識を働かせた推理力も動員しなければならない.情報収集という面では格段の英語力が求められている.テーマ自体は日本のそれとあまり変わらないので,幅広く様々なジャンルの英文をパラグラフ単位で読み続けることになるだろう.


修学能力試験が問うこと.

日本の私立大学や国立大学の英文は韓国の統一試験よりはるかに難度が高い.日本の入試の出典が既存の雑誌や単行本であることを考慮に入れると,そこに登場する英文は一部例外を除けば,「古くさい難解な英文」というより現代の標準的な英文であり,この英文が読めればよい,といった目標とする英文を提示している.そこで,日本の学生は入試直前が生涯最も英語力がある,といった現象も起きる.一方韓国の英文は平易で,入試の為に自作された観がある.英米の出版物を読むためには,大学入学後さらに難度の高い英文に触れて学習を続ける必要がありそうだ.

「あまりにも難しい英語ばかり勉強していて簡単な英語も話せない」と留学帰りの生徒が日本の英語授業を批判をしてきた.もしかしたら韓国のようにある程度平易な英文を多量に読んでいけば,確かな英語力がつくかもしれない.一方,早い時期に新聞,雑誌に登場するレベルの英語に触れるのも大切ではないかという気もしてくる.

韓国のリーディング対策は基本的に1パラグラフ完結である.そこで,様々なジャンルの英文を1パラグラフづつ読み,個々に登場した出題形式に沿って演習を積み重ねることになるだろう.こうしたアプローチで英文を読みこなせるようになる気もする.一方,英文はパラグラフ相互にさらに結びついてまとまった概念を形成する以上,現状の日本の入試のような4〜5パラグラフのまとまった英文を読んで全体を把握するという態度も捨てがたい.

 韓国の問題を解きながら普段「高校の英語」として安住している英語に対して様々な疑問を突きつけられた.お隣韓国の英語は質・量ともかなり趣が違う.どちらが良いか,という問いの前に自分たちが立っている入試英語は極めてその根底の怪しい相対的な存在であると再認識した.