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ナビがあるのに、地図があるのに、看板もあるのに、なぜ迷う。2011年現在

お四国を巡っていると、よく「道に迷って札所になかなか到着できなかった」という話をよく聞きます。
それは、どういうことでしょうか?。
ナビがあるのに、地図があるのに、看板があるのになぜでしょうか?。
車遍路が札所に到着するために、どんな手段・手順になるのかあらためて考えて見ました。

・ナビを使うとしたら。

1.ナビに札所の場所を設定する。
2.ナビの指示に従い移動する。
3.ナビが案内できるところまで到達する。

そして、

4.地図(札所案内本)を見て、位置確認をして、札所到着、駐車場へ。

もしくは、

4.到達地点で札所の看板を発見し、札所到着、駐車場へ。

この手順を踏めば、必ず札所に到着するはずです。
ナビが案内できるところまで来て、地図か看板によって、札所・駐車場にすぐ到着出来たら、迷ったと思いません。
しかし、迷ったとよく聞きます。
聞きますが札所へは到着できなかったと聞いたことがありません。

・迷って札所へ到着できた手順?は、

1.自分の位置がどこかわからない。
2.看板も見当たらない。
3.頭真っ白で機能停止。

そして、

4.あそこかな、こっちかな、適当に移動したら、看板を発見して、札所到着、駐車場へ。
5.地元の人に教えてもらって、札所到着、駐車場へ。

ここまで書けば、わかると思いますが、迷わない要は、「看板」と「人に聞く」です。
この二つを駆使?すれば、迷いません。
だけど、「人に聞く」といっても、「人がいなければ」、「人がその場所を知らなければ」、なんにも役に立ちません。
やっぱり、重要なのは「看板」でしょうか。

○ナビが悪いといいたいです?。

迷ったのは、ナビに頼り切って走ったら、

1.とんでもないところを走らされた。

なぜ、車幅いっぱいの道を案内するの?。
あきらかに、こっちの方が走りやすいのに、なぜここを案内するの?。

2.はやく案内しろよ。

「○○交差点を左折です。」
「700m先で左折です。」
「300m先で左折です。」
「次を左折してください。」

「あっ、おしゃべりしてて、左折できなかったよ、さっさと案内しろよ。」

ナビが案内していたのにもかかわらず、ナビのせいにする。

3.曲がり損ねた。

あっちや、ナビの案内が悪いから曲がり損ねたよ、えー、次はどこで曲がるの、えー、遠くなるな。

4.無責任

「目的地点の周辺に来ました、ナビの案内をやめます」

そんなこといわれても、初めてのところに来て、わからねーよ!!。
札所を決め打ちで設定しているのに、最後の最後までどうして案内してくれないのかわかりません。

5.迷いにくいところへ到着できていない。

案内が終わったけど、ここはどこ。
札所の近所だとわかるけど、駐車場はどこ、正門はどこ、どこに行けばたどり着くの?

○迷ったら迷ったで話が弾む。

「いやー、あそこの札所で迷っちゃったね。」
「えー、私もですよ、あそこわかりずらいですよね。」

「いやー、ナビ頼ったら、札所に着かない着かない。」
「えー、私ものですよ、なんであんなところに着かないのかわからない、ナビってバカだな。」

と、話が盛り上がるネタにはなりますけどね。