お気楽、お四国巡り 札所の疑問・情報

お遍路さんが土佐は鬼国、地元民も鬼の島。誰が鬼?。それは野中兼山。

「やっぱり、やっぱり、土佐に鬼がいましたね。」
「・・・・、またお遍路さんをいじめていた、廃絶していた話?。
昔、冬場にわんさか押し寄せてきた、お遍路さんを土佐に入れなかったお話でしょ。
鬼国の話でしょ。」
「うーん、ちょっと違うみたい。」
「鬼国調べてたら、鬼キーワードでできたんですけど。」
「別に調べなくてもいいんじゃない、昔のことでしょ。」
「お遍路さんは昔のことにこだわるから調べただけですけど、
なんで私が、そんなに怒られないとダメなの?。」
「歩き遍路は、昔の遍路道、昔の遍路道って、しつこいからだよ。」
「・・・・・・、ふー。
無いものねだりの世の中ですからね。」
「へ、変な理屈。」
「いつまでも、うるさいから聞いてやるよ、それで、なんていわれてたの?。」
「「吸江五台は仏の島よ 並び高知は鬼の島」
えっ、五台?、ひょっとして札所の五台山?。
お遍路と関係あるじゃない?。」
「かなり違うみたいです。」
「なにが?。」

お遍路さんと係わり合いが無いといえば無いけど、ありますが、
昔のお遍路をいじめた高知県は「鬼国」と呼ばれていました。
いろいろ理由がありましたが、高知県内でも鬼のキーワードがありました。
室戸の25番津寺の真ん前にある室津港の護岸工事で登場してくる、野中兼山。
この方の藩政改革で歌が生まれたそうです。
文殊菩薩が祀られている五台山(30番竹林寺)が「仏の島」で、
兼山のいる高知は「鬼の島」だという意味だそうです。
改革をやりすぎて、地元民から反発をくらったそうです。

○高知という名前の由来(webより)

土佐藩山内氏の城下町名に由来するが、下記の通り、「河中山」から「高智山」「高智」「高知」へと変化したものである。
慶長8年(1603年)、「高知城(元:大高坂山城)」が鏡川と江の口川に囲まれた地にあったことから、
山内一豊が入城した際、真如寺の僧「在川」によって、「大高坂山城」から「河中山城(こうちやまじょう)」と改名された。
しかし、この地は洪水が多く、第二代藩主の山内忠義が「河中」の字を嫌ったため、慶長15年(1610年)、竹林寺の僧「空鏡」によって「高智山城」と改名された。
その後、「山」が省略されて「高智(高知)」となり、城下町名も「高知」となった。