お気楽、お四国巡り 札所の疑問・情報

えっ、飲み込んだ星が、石になったの?。

「はー、この石、室戸から飛んできたの?。
ひょっとして、ゴロゴロ石?。」
「ちがうでしょ、あんなに丸くないよ。
これは、見た目違うよ。」
「お大師さんの伝説だから、室戸岬からじゃないの?。」
「うーん、やっぱり、ゴロが似ているから、
御厨人窟の石じゃないの?。」
「「みろくいし」と「みくろどう」?。
はは、こじつけしすぎじゃない?。」
「うーん、だけどね、最近読んだヤツに、石があったんですよ。石が?。」
「えっ、なに、それ。」
「いやね、明星が口に入って、それを口からだしたら石だったみたいよ。」
「あれれ、剣じゃなかったの?。」
「ネタもとは、どこ?。」

高野山の奥の院。
そこに「みくろ石」というものがあります。
その石が、室戸から飛んできたというのを聞きました。
うーん、ほんとかなと、おもっていたら、
なんと、お大師さんが室戸で修行していたとき、
明星が口に入り、口から出たら石だったというのがありました。
ひょっとして、この時の石なんでしょうか?。

○「四国遍礼霊場記」寂本より(web等より収集)

二十四番 室戸山 明星院 最御崎寺

 俗に東寺という。安喜郡にある。
 
 此地は、むかし大師求聞持勤修あそばしける所なり。大師みづからかゝせ給ふに、土佐室生門の崎にをいて寝然として心に観ぜしかば、明星口に入、虚空蔵の光明照し来て、菩薩の威を顕はし、仏法の無二を現ずと。
かくのごとく感応の霊地なるが故に、弘仁年中此所に就て伽藍を立、大師能満虚空蔵を刻彫して安じ玉ふ。
大師ましましける時詠じ玉ふ歌、法性の室戸といへどわれすめば有為のなみ風たゝぬ日ぞなき、此歌新勅撰集に入られたり。為家卿自筆の色紙此寺にありときこゆ。
 大師修行の時、来影せる明星はき出し玉へば五色の石となり、いまにあり、今明星石といふ是也とかや。
山下に光明石と云有、大師勧修の時竜鬼障碍をなしける時、呪伏して涕唾し給ふに、傍の石に付て光明ありしかばいふとなん。
 山下の岩窟口の広さ六七尺、奥へ入事六七間、内に如意輪観音の石像長二尺ばかり也。竜宮よりあがり玉ふとも云。人間のわざとは見えず、あやしむべしとなり。巨石にて厨子あり、内に二金剛を置。両とびらに天人あり、皆うけぼりにしたり。心目をまじゆるにあらずば、言語ののぶる所をもて察すべきに非ときこゆ。
 東の大窟、奥へ入事十七八間、高さ1丈或は二丈三丈の所もあり。
広さ二間三間或は五間十間の所もあり。太守巨石を以、五社を建立せられ、愛満権現と号す。
是はむかし此窟中に毒竜ありて人民を傷害しけるを大師駆逐して、其迹に此神を鎮祠し玉ふとなり。
 又其東に窟あり、天照大神の社あり、坂半に聞持堂あり。坂より上は女人禁制なり。
 足摺山と此岳とを、土州二つの御崎とす。遙に海へさし出たり。此寺殊に三方は海にて、一方ばかり山につゞけり。坐して浪声常に耳に入、大師有為の事を感唫し玉ふ。今の人又人を感じ世を感ず。
 此寺むかし梵宇博敞にして皓壁月のごとくに照、丹柱霞のごとくに験かなり。
建仁二年回禄の災にかかり、幽砌黄埃を起し、人心傷まずといふ事なし。
彼時本尊みづから大聚の中より飛出玉ひ、林樹の中におはしましけるとなり。
 世俗のいふくはず芋といふもの此あたりにあり。世に異なる事あれは大師を課ひく、此類おほし、若化物の一端ならんかし。

○参照

えっ、飲み込んだ星が、剣になったの?。へリンク
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