お気楽、お四国巡り札所の疑問・情報

切り倒されたら、もう、お遍路路さんを出迎えできません。

「これ、古い写真だね。
いつ頃の写真?。」
「ウン十年前じゃない?。」
「あれー、この札所、雰囲気が今と違うよ。
境内が広くなってるね。
えー、この生い茂っている木を、切り倒したの?。」
「情緒ないよー、昔の方がいいよ。」
「そりゃ、札所の立場もあるんじゃない、メンテ大変だよ。」
「メンテを楽にするために、ずーと生きてきた木々を、
伐採しちゃったの、それって、おかしくない。」
「何十年も、お遍路さん、見守っていたのにね、お役ご免?」

それぞれの札所の立場があるでしょうが、
生い茂った木々が情緒を出していたのではないでしょうか。
札所でも切り倒さなくてはならない、理由はあったんでしょうね。
それと、神仏分離で、車道によって切り離された向かいの神社。
昔は札所で、お遍路さんもいっぱいだったのに、今はひっそりとしています。
木々は生い茂っていました。


○阿波国一宮  一宮神社

場所 徳島県徳島市一の宮町西丁237
祭神 大宜都比売命  天石門別八倉比売命

・神社名鑑より

 延喜式内社天石門別八倉比売神に充てられる。延喜の制では大社に列す。後醍醐天皇の御代一宮城主小笠原長宗が大宮司に任じ、世々相嗣ぎ、後蜂須賀候入国するや厚く崇敬し、寛永七年松平忠鎮公社殿再建の事あり、明治六年郷社、昭和一七年県社に列す。

・境内案内板より

一宮神社略記
一  大宜都比売命 天石門別八倉比売命を奉祀する 衣食 農業 開運の神で 又縁結び安産の守護神と信仰する人が多い
一  延喜式内大社天石門別八倉比売神社に充てられる古社で 一宮大明神と奉称せられ 阿波国一宮 八倉比売命祀るから 明治維新神まで八月八日に祭典を行ひ神佛分離まで四国巡拝の霊場であった
一  小笠原氏は一宮城を構え 一宮大宮司に任じ 蜂須賀候も社殿を造営 御初穂 御神馬を奉献篤く崇敬した 氏子の尊崇は今に変らない
一  一宮町の地名 一宮城の称等は一宮大明神が千年の昔から此の地に御鎮座ましますに由来すると思う
一  例祭 十月十八日  春祭 四月二日  新嘗祭 十二月十八日