| 「でー。」 「なに、叫んでるんだよ。」 「はは、階段がいっぱいだから、登るのが大変かとおもちゃて。はは。」 「そりゃ、山にあるお寺だから、地形がイカされた階段はありますよ、そんなの常識ですよ。」 「はー、ちょっと脚に疲れが出てきて、太ももがあがらないんだよね。」 「有名な観光寺みたいに、境内の近くに乗り付けられたらいいのにな。」 「はー、それは言わない方がいいんじゃない。 四国八十八カ所の出来てきた、いわれを知っていたら、それは言われないよ。 お大師さんの、おかげをもらうために、修行、修行なんだから。 苦をもって修行、修行をもっておかげなんだから。」 「うう、それは、一昔前の話でしょ。 バリアフリーの時代だよ。」 「はは、バリアフリーね、札所でバリアフリーになっているところなんか皆無じゃない。 どこかに段差があるからな。」 お大師さんのおかげをもらうためには、バリアフリーって、どうなんだろうね。」 バリアフリー。 四国八十八カ所で、この言葉がどのように扱われているかでしょうね。 おかげをもらうために四国を巡るというのがベースにあれば、バリアフリー化されると言うことは、 おかげを軽減すると言うことになるんじゃないでしょうか、そこが現代の感覚と相違が出てくるポイントですね。 バリアフリーのところは、それを使いたい人。 おかげをうけたい方は、いままでのところ。 歩ける人は歩き遍路道。 車の人は車遍路道。 この区分けと同じですな。 |