お気楽、お四国巡り 札所の疑問・情報

破戒僧なんだけど、みんなに慕われたの?。純真さん。

「あのー、札所の方角と違いますが?。
えー、またまた、また迷っちゃったの?。」
「聞きずてならない発言ですが。
ちょっと寄り道ね。」
「えー、また仏像なの、あきちゃったよ。」
「ちがうよ、ちがう。」
「おっ、ついたよ、ついた、ここらしいね。」
「なに、あの看板は、はー。
ぼうさんかんざしかうおみた。
あのね、高知じゃないよ、ここは。」
「はは、31番竹林寺の駆け落ち話だよ。」
「あっ、戒律をやぶったおぼうさんのことね。」
「うーん、うーん。」
「なに、うなってるのよ。」
「そんなことより、ここがですね。
純真さんが懲りずに密会していたから、捕まって飛ばされたところらしいよ。
地元に貢献したみたいだよ。
だから、ここに純真堂があるんだよね。」
「ふーん、破戒僧がね。」

土佐の31番竹林寺の破戒僧「純真」が、
晩年過ごしたところに、地元の方の尽力でお堂がたってたそうです。
現代の感覚で判断して、建立したそうですが、うーん、わからない。
なんで?。地域に貢献したからなのでしょうか。
それとも、有名だからでしょうか。

○純信堂 (じゅんしんどう)

場所 愛媛県四国中央市川之江町3682-3

○僧籍剥奪

恋愛行為が、宗派的に許されていたわけじゃないですよね。
破戒僧だったら、僧籍剥奪じゃないでしょうか。
剥奪されずに、ずーと、お坊さんのままだったら、何か意味ありげです。
当時のお寺では、色恋沙汰は日常茶飯事だったということでしょうか。
だから、明治維新の廃仏毀釈のドサクサで、お坊さんは、公然とみんな結婚しちゃったの?。

○お遍路さんと関係していた?

お馬さんが追放されたところは、安田の遍路宿「坂本屋」。
27番神峰寺のふもとだそうです。
ちなみに、この遍路宿の当主が、近年になってあの遍路ころがしに、
舗装道路を整備したそうです。(札所までの土地を持っていたのを整備したそうです。)

案内看板より

 やがて裁きが終わり、お馬は安芸川以東へ追放、この安田・東谷の神峯登り口、旅籠「坂本屋」で奉公する身となった。
一方純信は仁淀川以西へ追放となったが、自らの意思で国外追放を願い、伊予国、川之江の塩屋の三軒屋娚石(みょうといわ)の亀吉の世話により、学問一筋の家柄、井川家の私塾の教授となって、子弟の教育に専念する。
 一方、お馬は、ここ坂本屋で奉公中、突然、追放先の変更を受けた。理由は、純信がお馬を連れもどしに来たとのことであった。
事実不明のままお馬は、今度は高岡郡、須崎池ノ内の百姓に預けられ、のちに土地の大工と世帯を持ち、二男二女をもうけた。

 安田の神峯は、よさこい節の一節にも登場している。

   思うてかなわにゃ 願かけなはれ
   流行る安田の 神峯

○よさこい節

土佐の高知の はりまや橋で
坊さんかんざし買うを見た  よさこい よさこい

御畳瀬(みませ)見せましょ 浦戸を開けて
月の名所は桂浜   よさこい よさこい

言うたちいかんちゃ おらんくの池にゃ
潮吹く魚が泳ぎより  よさこい よさこい

土佐は良い国 南をうけて
薩摩おろしがそよそよと よさこい よさこい

わしの情人(といち)は 浦戸の沖で
雨にしょんぼり 濡れて鰹釣る よさこい よさこい

よさこい晩にこいと いわんすけれど
来てみりゃ真実こいじゃない  よさこい よさこい

西に竜串 東に室戸
中の名所が 桂浜 よさこい よさこい

思うて叶わにゃ 願かけなされ
はやる安田の 神の峰  よさこい よさこい 

来るか来るかと 待つ夜にゃこずに
月の種崎 まつばかり よさこい よさこぴ

土佐の名物 珊瑚に鯨
紙に生糸 鰹節 よさこい よさこい