「あのー、お庭みたいですが、拝見できますか?。」
「できますよ、そちらから廻れば、見れます。」
「拝観料金は、おいくらです。」
「えっ、無料です。
先代の頃は有料だったけど、いまは無料ですよ。」
「えー。」
こっちから回りこんだら、見れると言っていたけど、
おっ、青い石?、曲水式庭園?。
うーん、木々が生い茂って同化してるな?。
「この石の配列は、なに?。
蓬莱山?、何かの仏様?。
補陀洛山?。」
「わかんないな。」
「こっちにあるのが、無染庭かな?。
ほー、白い石が、なかなかですな、ふー。」
「あれれ、あの実はなに?。」
「ざくろ?。
赤が白に映えるけど、なんでここに?。」志度寺の仁王門の近くにある境内案内図に、
庭の案内があったので、ずーと気になっていたので、
見てみました。
昔は有料だったそうですが、いまは自由に見れるそうです。
納経所から無染庭は、チラリとみえますが、やはり全面をしっかりみたら、
なかなか趣のあるお庭でした。
かなり大きなザクロの木がありましたが、なにか意味があるのでしょうか。
それと、青い石を使った、曲水式庭園は、間近に見れて、これもなかなのものでした。
阿波の15番国分寺の青い石との関係はあるのでしょうか?。
○ザクロ
毎年、5月中旬ごろから花がさています。
結実した実が、海女の玉取り伝説の「玉」をあらわしているそうです。
○解説
・さぬき市観光ガイドHPより
曲水式庭園と無染庭(むぜんてい 枯山水)
水墨で描いた山水画をほうふつとさせる景観で知られる曲水式庭園は、
室町時代に讃岐の守護であった細川氏の寄進による美しい庭で、
滋賀の秀隣寺、三重の北畠神社と並んで、わが国には三つしかない珍しい庭園。
この庭園に続く無染庭は、海女の玉取り伝説の情景を七個の石と苔むした岩、
そして庭一面に敷き詰めた白砂で表現している。
・お寺で配布していた資料より
曲水式庭園
日本国内に三つしか例のないと言われている、「曲水の宴」が行われた庭のひとつ。
当山の他に興聖寺(旧・秀隣寺、滋賀県)・北畠神社(三重県)に伝えられている。
室町時代、百七十年間に及び讃岐守護を務めた官領・細川氏に檀那寺として崇拝され、その歴代によって代々寺領の寄進・庭園の整備がなされ盛隆を極めた。
庭園中央の敷き砂にそびえる螺旋状の石組みは、当山本尊・十一面観音の頭上の十尊を表し、池内の島々は当山の縁起にちなんで竜や真珠島に似せている。
昭和二十一年の南海地震で大きな被害を被っていたが、日本庭園史の大家で、京都林泉協会会長を務めていた重森三玲の指導のもと、十年の歳月を費やして復旧し、現在に至る。重森氏によると、庭園内の石組や築山は志度寺の本尊である十一面観音菩薩の浄土「補陀落山」を表していると言われている。
無染庭
曲水式庭園と書院の間にある枯山水式庭園。曲水式庭園の復旧に伴い重森三玲によって作庭された。
志度寺に伝わる、謡曲や浄瑠璃の題目として名高い「海女の球取り」を題材に淡海公・不比等と海女の殉愛悲恋を表している。
中央の苔むした岩は海女の命を果てた真珠島を、七つの石と白砂はそれぞれ瀬戸内海の島々と波情景を表現している。
○作庭
・無染庭は、
この札所の海女の珠とり伝説にちなんで、現代の名匠重森三玲が作った。
四方に配置された石の後ろに、珠が隠されているそうです。
・曲水式庭園
京都の竜安寺石庭を作った細川勝元。重森三玲が修復
○お辻の井戸
歌舞伎や浄瑠璃で敵討ちの演題として有名な「花上野誉石碑(はなのうえのほまれのいしぶみ)」の主人公田宮坊太郎の乳母・お辻が、坊太郎の敵討ち成就の願掛けに水垢離(みずごり)したと言われる井戸。
無染庭の裏手にあった。
○札所の庭
有名どころ
| 14番 常楽寺 |
流水岩(りゅうすいがん)庭園 |
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| 15番 国分寺 |
阿波国分寺庭園 |
達莱山は、どこなの。15番国分寺。へりんく |
| 31番 竹林寺 |
池泉回遊式「竹林寺庭園」 |
文保2年(1318)夢窓国師作 有料
西庭は、中国の盧山(ろざん)と陽湖を模しています。 |
| 68番 神恵寺 |
回遊式庭園「巍巍園(ぎぎえん)」 |
第45世大政大僧正道尊和上作 |
| 72番 曼荼羅寺 |
曲水式枯山水庭園「水茎の庭」 |
西行作 |
| 73番 出釈迦寺 |
与謝野晶子・寛(鉄幹)庭園 |
|
| 84番 屋島寺 |
日本庭園(雪の庭) |
|
| 86番 志度寺 |
曲水式庭園・枯山水庭園 |
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その他,変わったやつがあるところ。
21番 太龍寺 プチ庭園?
27番 神峯寺 階段の庭園,本坊にもプチ庭園がある。
29番 国分寺 納経所へ至る庭園
66番 雲辺寺 本坊の中
67番 大興寺 本坊の前面にある
78番 郷照寺 本堂の裏手にある。
ここが,庭園のカテゴリーに入るのか不明です。