ふーふー、ふー。
よっしゃ、着きました、着きましたよ。
本堂でおつとめ、おつとめ。
ロウソク、線香、スタンバイよーし。
・・・・・・・、ありゃりゃ、いないよ、どこ?。
うっ、みえませーん。
さっさと、登ってくれよ。
イライラ、イライラ。
次の札所が待ってますよ。
道後温泉が待ってますよ。
もー、まだかよ。
しかたないね、先に納経すませるかな、はは。
あっ、ダメダメ、ダメだよ。
ここでもらった紙に、
「心をこめて御本尊に納められたお経」と書いてるよ、ふー。
ダメダメ、ダメ。
ちょっと、待ちましょう、はは。
「ふーふー、ふー、待った。
ごめん、ごめん。
おばーさんと長話しちゃった、ふふ。」
戒め、それとも?。
伊予の45番岩屋寺の納経所で、必ずもらえる?、渡される一枚の紙。
「お詣り御苦労さまです」で始まり、格言?が綴られ、
「住職の受け取り証印です。」で結ばれています。
うーん、その通りだから、言い返せません?。
ちょうど、この札所あたりから、納経の意味を忘れてくるからかな?。
ある意味、もう一回お遍路の意味を考えなさいと、
お大師さんからのメッセージですね。
やはり、太字になっているところが、一番考えてもらいたいところかな。
お詣り御苦労さまです。
「自分はなんで生きているんだろう」などと考えたことはありませんか?
○ふと立ち止まって自分自身をふり返ってみる、そんな時がありますか。
○「どうして生まれてきたのだろう」と問いかければ、自ずと父母のことが思われ、自分が 父母の愛の結晶であることにも気づき、養育に注がれた大きな苦労もしのばれます。
○「何のために生きているのか」と問えば、何をすべきかを考えざるを得ません。
○ものを考えることは、自分自身を見つめること、考えによって行動を起こすことは、これらは 人間だからこそできること、すること、です。
○決して自分自身を見捨てない、あきらめない、自ら自分自身を励ましてゆく、そんな
ことを、毎日を生きてゆく大本にしたいものです。 ○弘法大師(八三五、六二才寂)は、「如実知自心」といって、自分の心の本当のありようを
しっかりと見すえることこそさとりである、と言っています。
○「お納経」の揮毫・朱印は、美術作品や趣味のスタンプ収集ではありません。
お詣り下さったあなたご自身が心をこめて御本尊に納められたお経を、
確かにお取り次ぎさせていただきます、との住職の受け取り証印です。
平成廿五年一月 四国四十五番 海岸山岩屋寺
お詣り御苦労さまです。
あなたは、「お蔭様で」と感じることがありますか?
○ほんの一分間でも顔を水につけていると、日頃の呼吸の大切さがわかります。
断水すると、たちまちうろたえます。
停電になると、家中にあらゆる不都合が起こってきます。
○わたくしたちの日常生活は、一瞬の休みもなく、大自然や、家族は勿論のこと、
顔の見えない沢山の人々の働きの力に支えられて、生かされています。
○自分自身が生きてゆくことも、どこかで、他人様の役に立ち感謝されていると
実感できれば嬉しいですね。
○弘法大師(空海、八三五、六二寂)は、父母、為政者、生きとし生けるもの、仏教
の四つの恩に報いるよう努めることが、生きることである、と再三説いておられます。
○「お納経」の揮毫・朱印は、美術作品や趣味のスタンプ収集ではありません。
お詣り下さったあなたご自身が心をこめて御本尊に納められたお経を、
確かにお取り次ぎさせていただきます、との住職の受け取り証印です。
平成廿三年一月 四国四十五番 海岸山岩屋寺
お詣り御苦労さまです。
あなたは、御自身が生きた証として何を遺そうとお考えですか?
○財産ですか、名誉ですか、家族ですか、事業ですか、思想ですか?
○人は誰でも、自分の一生が意味の無いもの、無駄なものであった、とは思いたくはありません。
○人は誰でも、自分を評価し認めてもらいたい、という秘かな願望をもっています。
○自分には責任の無いことや、自分自身が仕出かしたことなど、人は様々な条件の下で生きています。
○順風・逆風、いずれの中でも、わたくしたちは精一杯自分自身を演出しようとしています。
○でも、多くの人に認められ称えられるようなものごとを遺すことは、誰にでもできることではありません。
○明治・大正のキリスト教伝道者、内村鑑三(一九三〇、七〇才寂)は、「勇ましい高尚なる生涯」なら、
誰でも遺すことができるだろう、と説いています。
敢えて困難にも立ち向かい、少しでも他人様の為に役に立ちたい、と言う志かと思います。
お大師さま(空海、八三五、六二才寂)は、自分が生かされてきた様々な御恩に報いようと
この世が果てるまで努め続けることが、自分の一番大切な願いである、と言っておられます。
「お納経」の揮毫・朱印は、美術作品や趣味のスタンプ収集ではありません。
お詣り下さったあなたご自身が心をこめて御本尊に納められたお経を、
確かにお取り次ぎさせていただきます、との住職の受け取り証印です。
平成廿二年一月 四国四十五番海岸山岩屋寺
お詣り御苦労さまです。
あなたの楽しみは何ですか?
○楽しくなければ生きている意味がない、と言えるのではないですか。
○楽しければ自ずと心が明るく軽くなり、それはそのまま顔の表情にも表われます。
出会った人にも自然とそんな気持ちが伝わってゆきます。
○その気になれば、楽しみはどんなところにも見つけられます。
小さな楽しみをかき集めれば、大きな喜びを味わうこともできるかも知れません。
○ものの受けとり方・考え方によって、苦しみが楽しみとなることもあります。
○弘法大師(八三五、六二才寂)は、「同じ水を飲んでも、蛇であれば毒になり、
牛であれば乳になる」と言われています。
○つらく受けとったものを誰もが喜ぶものに替えて返せたら最高ですね。
○「お納経」の揮毫・朱印は、美術作品や趣味のスタンプ収集ではありません。
お詣り下さったあなたご自身が心をこめて御本尊に納められたお経を、
確かにお取り次ぎさせていただきます、との住職の受け取り証印です。
平成廿一年一月 四国四十五番 海岸山岩屋寺
お詣り御苦労さまです。
あなたとって今一番大切なものは何ですか?
お金ですか? お金はじっと貯め続けておくものではありません。
つかって働かせて初めて価値を生み出します。天下の廻りものです。
物ですか? どんな貴重品でも、形あるものはきっといつかは壊れます。
物も生活に役立つことで価値があります。
仕事ですか? 自分の為にだけしているようでも、どこかで他人とつながっています。
他人の役に立つことは大きな喜びとなるはずです。
家庭ですか? 家族がいることは、日々の生き甲斐として、大きな支えになります。
喜びも悲しみも分け合えることが大きな救いとなります。
信条ですか? 正しい信念を育て守ることは人生の大きな柱となります。
一筋を貫き通すことは必ず成功につながります。
生命です? 人生のすべては生命あってこそ成り立つのです。規律を守り
摂生を心がけることによって健康を保つことがすべての根本です。
弘法大師(八三五、六二才寂)は、持って生まれた才能を十二分に開発して、
少しでも多くの人のしあわせと世の中の安定の為にと心がけて、永遠に輝く大輪の花を
咲かせられました。少しでもその生き方に近づきたいものです。
○「お納経」の揮毫・朱印は、美術作品や趣味のスタンプ収集ではありません。
お詣り下さったあなたご自身が心をこめて御本尊に納められたお経を、
確かにお取り次ぎさせていただきます、との住職の受け取り証印です。
平成二十年一月 四国四十五番 海岸山岩屋寺
お詣り御苦労さまです。
願いをもっていますか?
願いは、わたくしたちに生ける力を与え、日々の生活を励ましてくれています。
小さい願いはささやかな楽しみをもたらし、大きな願いは、より広い世界に
生きる希望を与えてくれます。真言宗では、五大願を大切にします。
衆生無辺誓願度(生きとし生けるものみなが幸せになれるよう)
福知無辺誓願集(幸せの種子をかき集め、おやまちをしない道を探し続けよう) 法門無辺誓願学(学ぶべき教えはそこらじゅうに満ち満ちている)
如来無辺誓願事(尊敬できる人にできるだけ近づこう) 菩提無上誓願証(絶対の自心と安心に向かって歩み続けたい。)
お大師さま(空海、八三五、六二才寂)は、 「自分が生かされている感謝の思いを、この世の果てまで持ち続けたい」
(高野山万燈会願文)
○「お納経」の揮毫・朱印は、美術作品や趣味のスタンプ収集ではありません。
お詣り下さったあなたご自身が心をこめて御本尊に納められたお経を、
確かにお取り次ぎさせていただきます、との住職の受け取り証印です。
平成十九年一月 四国四十五番 海岸山岩屋寺 |