「足痛いよ、暗くて恐いよー、札所まだー、まだー。」
「・・・・・・、椿の回廊ですよ、きれいですよ。」
「太陽が見えないから、恐いよー。」
「・・・・・・、メジロも鳴いてますよ。」
「足が痛いよー、まだー。」
「・・・・・・、ふー。
もう少し、もう少し。」
「足が痛いよー、痛いー。」
「・・・・・、ちょっとうるさいよ、もー。」
「足が痛いのはわかるけど、ひこずるほどじゃないでしょ。
オーバーなんだから、もー。」
「だって、ここ足摺でしょ。
先達さんが言ってましたよ。
岬まで険しいから、お遍路さんが足を引きずってあるいたから、
足摺の名前が付いたって、言ってましたよ。」
「えー、そりゃ違いますよ。
お大師さんが足を引きずったんだよ。はは。」
「えー、お大師さんが、まさかー?。」
南国土佐の38番金剛福寺がある場所が、足摺岬。
観光ガイドさんなどが、ここを説明するときにお遍路さんの話しが出てきますが、
古典の中に正解?がありました。
女西行?と言われた、後深草院二条(ごふかくさいんのにじょう)が綴ったとみられる日記および紀行文。
「とはずがたり」の「巻五 足摺岬の補陀落渡海説話」です。
ここに足摺という単語が出てきますが、「足摺」の解説がありません。
「じだんだをふむ」とある解説にはありましたが、仏教的なことから、
五来重氏の書籍では、五体投地ではないかとありました。
○古典原文(Webより収集)
・「とはずがたり」巻五 足摺岬の補陀落渡海説話
これには幾程の逗留もなくて、上り侍りし。
船の中に、由ある女あり。
「われは備後國和知といふ所の者にて侍る。宿願によりて、これへ參りて候ひつる。住まひも御覽ぜよかし」など誘へども、
「土佐の足摺岬と申す所がゆかしくて侍る時に、それへ參るなり。歸さに訪ね申さん」と契りぬ。
かの岬には、堂一つあり。本尊は觀音におはします。隔てもなく、また坊主もなし。
ただ、修行者、行きかかる人のみ集まりて、上もなく下もなし。
いかなるやうぞと言へば、昔一人の僧ありき。この所に行ひてゐたりき。小法師一人使ひき。
かの小法師、慈悲をさきとする心ざしありけるに、いづくよりといふこともなきに、小法師一人來て、時・非時を食ふ。
小法師、必ずわが分を分けて食はす。
坊主いさめて言はく、「一度二度にあらず。さのみ、かくすべからず」と言ふ。
また朝の刻限に來たり。「心ざしはかく思へども、坊主叱り給ふ。これより後は、なおはしそ。今ばかりぞよ」とて、また分けて食はす。
今の小法師言はく、「このほどの情、忘れがたし。さらば、わが住みかへ、いざ給へ、見に」と言ふ。
小法師語らはれて行く。坊主あやしくて、忍びて見送るに、岬に至りぬ。
一葉の舟に棹さして、南を指して行く。
坊主泣く泣く、「われを捨てていづくへ行くぞ」と言ふ。
小法師、「補陀落世界へまかりぬ」と答ふ。
見れば、二人の菩薩になりて、舟の艦舳に立ちたり。
心憂く悲しくて、泣く泣く足摺をしたりけるより、足摺岬といふなり。
岩に足跡とどまるといへども、坊主は空しく歸りぬ。
それより、隔つる心あるによりてこそ、かかる憂きことあれとて、かやうに住まひたりと言ふ。
三十三身の垂戒化現これにやと、いと頼もし。
安藝の佐東の社は、牛頭天王と申せば、祇園の御事思ひ出でられさせおはしまして、
なつかしくて、これには一夜とどまりて、のどかに手向けをもし侍りき。
○不増不滅の手水鉢
足摺岬の七不思議の一つにあります。
平安期の中頃、賀登上人とその弟子日円上人が「ふだらくとかい」せんとしておるとき、
弟子が先に渡海していたので非常に悲しみこの岩に身をなげかけ落ちる涙が不増不滅の水となったといわれる。
○足摺岬
別名磋蛇岬
参照 ここには天狗伝説ないの?。えっ、あるの?。へリンク
○補陀落渡海
・「発心集」(はっしんしゅう)、鴨長明 「第三巻五話 或る禅師、補陀落山に詣づる事 賀東上人の事」
近く讃岐の三位と云人いまそかり。彼めのとの男にて年ごろ往生をねがふ入道ありけり。
心に思けるやう、此身の有様萬の事心に不叶、若あしき病なんとうけて終り思ふやうならずは本意とげん事極てかたし。
病なく死なんばかりこそ臨終正念ならめと思て身燈せんと思ふ。
さてもたえぬべきことかとて、くわと云物を二つあかくなるまでやきて、左右のわきにさしはさみて、しばしばかりあるに、やけこがるゝ様目も当られず。
と斗ありて、ことにもあらざりけりと云て、其かまへどもしける程に又思ふやう、身燈はやすくしつべし。
されど此生て改て極楽へまうでんせんもなく、又凡夫なれば若をはりに至て、いかゝ猶疑ふ心も有。
補陀落山こそ此世間の内にて此身ながらも詣でぬべき所なれ。
しからばかれへ詣てんと思なり。又即つくろゐやめて、とさの国に知処ありければ、行て小船一つまうけて朝夕これにのりて、かちとるわざを習ふ。
その後、梶とりをかたらひ、北風のたゆみなく吹つよりぬらん時はつけよと契りて其風を待得て彼の小船に帆かけて、たゝ一人乗て南をさしてのりにけり。
めこありけれど、か程に思立たる事なれば留るにかいなし。空く行かくれぬる方を見やりてなん、なき悲けり。是を時の人心さし至りあさからず。
必ずまいりぬらんとぞ、をしはかりける。一條院の御時とか賀東ひじりと云ける人、此定にして弟子独相具して、まいる由語伝たる跡を思ひけるにや。
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