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「このお大師さんデカイね、誰がモデルかな、はは。
あれれ、こんな所にレリーフ?。
ちょっとわかりづらいね、解説ないの?。」
「えーとね、天狗がお大師さんの修行を邪魔したから、
追い払ったんだって。」
「えー、退治しないで追い払ったの?。
どこへ、追い払ったの?。」
「足摺岬です。」
「えー、あそこに38番金剛福寺がありますよ。
あそこに封じ込めたの?。」
「なんで、ここに封じ込めなかったの?。
育ったところから離されて、かわいそうだよ。」
「・・・・・・・。」
南国土佐の26番金剛頂寺。
ここの大師堂に銅板?のレリーフがあります。
修行中のお大師さんの逆鱗に触れて、
足摺岬へ追い払われたそうです。
よっぽとうるさかったんですね。
○天狗問答伝説(境内案内より)
お大師様が当山に於て修行された十九歳の青年の頃、魔性の類の往来が激しく、
お大師様は天狗等の競う処を悉く問答勝伏して足摺岬西方に駆逐しました。
「我が姿を残し置く、我が身の有限り来障することなかれ」の約束として楠の大木に、御影を留められました。
現大師堂はその謂を守るが如く足摺岬に向って建立されています。
○「四国遍礼霊場記」寂本より
龍頭山 光明院 金剛頂寺
俗西寺と云。
此寺、大師地境の勝慨を御覧じて伽藍を建立し玉ひ、嵯峨・淳和両朝の勅願の場となり、秘教称揚せり。その後奕世先烈によつて服崇あさからず、綸旨・院宣・御教書等下し置れ、数件永世の亀鏡とす。
本尊は医王如来也、大師此尊像を作り終て、像にむかひての給はく、堂宇既に落成しぬ、尊像又支体備はれり、はやく行て坐し玉へと。時に像みづから立、厨子に入戸を閉給へり。これより御戸をひらく事なし。
大師はじめ此所に至り見給ふに、大なる楠木あり。此木のうつろの中に天狗どもおほくあつまれり。大師を見てはねをたゝき、はしをならし、とがめのゝしる。大師しばらく咒を誦じ手をこまぬきて立玉ふ。誦じ給ふ咒は不動火界の咒なりければ、火焰忽ち発出す。これによつて天狗ども神力をよばす皆退散しぬ。其後かたく結界して仏場とし、御自身の像を作り天狗のゐける木のほらにすへ玉ふてけり。
・・・・・・・・。
○参照
ここには天狗伝説ないの?。えっ、あるの?。へリンク
○四国八十八ヶ所霊場開創1200年記念?、宝物館
ここの宝物館に、有名な「弘法大師の旅壇具」があるのを知っていたので、入ってみたら。
これより興味津々だったのが、不動と愛染明王が合体?した仏画があった、ボディーが赤色の愛染明王で矢をたがえて弓を弾いていました。
解説には合体というより、これから分離じゃないかな?。 それと、空海直筆の「般若心経?」、ハ祖像の「レリーフ」そして「かけぼとけ」。
かけぼとけは、ガラスの上にあったから、裏をのぞいてみたけど、鏡かどうか確認できませんでした。
拝観料500円、土佐の札所を錦絵にしたクリヤファイルと宝物館の解説
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