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「四季折々を感じさせてくれる札所は、いいな、ほんと。
こころも安らぐよね、はは。
「なむ だいし へんじょう こんごう」・・・・。
ふー、毎度、毎度のおつとめも、体が覚えちゃったな。
雑念が入ったら、スラスラ唱えられないよ。
そんな時は、喉にお任せ状態だね、はは。」
「あの、そのー、雑念ってなんですか?。」
「はは、字のごとく、雑な念です、はは。」
「また、変な事考えているかとおもちゃって?。」
「変なこと、変って、なんだろうね、変?。
あっちゃー、言うんじゃなかった。」
最近、仏教=哲学だと、叫んでいるから、こりゃ、まずいよ。
年寄りは、くどくなるからね話が、退散退散。
「それでね、このときにね、ふむふむ。」
ゲッ、独り言だよ、さらにまずいな、退散。
おつとめの回数。
札所の数が88ヶ所、本堂、大師堂の2ヶ所で唱えるから、1回巡れば、88×2で、176回。
10回巡れば、1,760回、20回巡れば、3,520回。
これって、すごい数です。
もう、体が喉が覚えきっています。
だから、喉にお任せしたら、かってに唱えて、かってに終わっています。
記憶をたどり、たどり状態になったら、記憶の回線を遮断すれば、かってに唱えます。
あるいみ、自分ですごいなとおもっています。
それと、仏教=哲学じゃないのかと、最近思うようになりました。
哲学が宗教なのか、宗教が哲学なのかは、わかりません。
理屈がわからないと納得しないと言うことでしょうか。 |