「今度のゴーデンウィークどうする?。」
「そりゃ、温泉でしょ、温泉。」
「お遍路したいけどね、先達さんのスケジュールに合わないからね、はは。」
「えーと、温泉巡りなんだけど、残りは関東と、北陸だけになちゃったよ。」
「はー、そんなに廻ったけ、ふー。」
「旅館捜したけど、関東しか見つからないよ、ふー。
神奈川と群馬は行ったから、千葉、茨城、栃木、埼玉かな。
この順番だと、東京経由で帰りやすいかもね、ふー。」
「それじゃ、観光パンフ取り寄せてね。」
・・・・・・、数日後。
「届きましたよ、これ。」
「よく見といてね。」
「はー。」
「えーと、千葉県は九十九里、茨城は????、栃木は那須、埼玉は?。
あれれ、あれー、こんなところに会ったの、秩父札所三十四ヶ所観音霊場。」
「こりゃ、巡らなきゃ。」
「結局、お寺巡りー。」観音霊場が、3ヶ所あった、会わせて百観音霊場になるのは知っていましたが、
埼玉に、秩父霊場があることを知りませんでした。
ましてや、板東霊場もでした。 ○キヤノン工場 カメラメーカーのキヤノン。
小さい「ヤ」を書かずに「キヤノン」以下メーカーHPより。
観音教じゃなくて観音経じゃないかな、そして千手観音じゃなくて、利剣と数珠の位置からしたら、准胝(じゅんでい)観音じゃない?。
この秩父霊場にキヤノンの工場があったのでした。 幻の試作機「カンノン」に込められた夢
右は、1934年(昭和9年)『アサヒカメラ』6月号に掲載された、国産35mmレンジファインダーカメラ試作機「KWANON=カンノン」の広告である。
「カンノン」という名称は、観音教信者であった吉田が命名。マークも千手観音、そしてレンズにも、ブッダの弟子であるマーハカサーパに由来する「KASYAPA=カシャパ」という名前がつけられた。
広告に掲載された「カンノン」は、全部で3種類。いずれもイラストか木型であり、完成品ではない。そして、「カンノン」は結局市場に姿を現わすことはなかった。吉田は、その後10台の「カンノン」をまとめたと証言しているが、その完成品を見たという人物はいない。昭和30年代に、大阪で発見され「カンノンD型」と呼ばれているカメラは「ライカII型」を模した試作機だが、これは吉田がつくった「カンノン」ではない。誰の手によるものか、現在では謎に包まれている。
初めての高級35mmレンジファインダー機の製作。そこには、ドイツはおろか、西洋に負けてなるものかという技術者としての誇りと夢が込められていた。 |