お気楽、お四国巡り 観音霊場

片参り?、なんですそれ、元善光寺?。

「長野から帰るの一日がかりじゃない?。」
「無理です。
私では、太陽が出ているときに、帰り着きません。」
「だったら、どこかに寄るの?。」
「寄ります、はは。」
「寄ったついでに、どこか行きませんよね。」
「ギク、お見通しですね、はは。」
「どこに寄るんでしょうか。」
「はは、気になるところです。」
「またかよ、もー。」
「善光寺でお参りしたとき、片参りはダメってあったから、
元善光寺によります。」
「はー、なにそれ。」
「いまの善光寺が鎮座する前に、寄り道したところみたいだよ。」
「はー、なんじゃ、その寄り道って。」
「し、しりません。」
「知らなかったら、口走ったらダメだよ、もー。」
「それにしても、何時になったら、着きますか、お腹すきましたけど。」
「はは、もう少しとナビが案内しています。
到着です、ふー。
・・・・・、駐車場が、せ、狭すぎ。」
「あんたの運転がヘタだからでしょ。」
「はは、そうですけど、・・・・・、ここが元善光寺?。
こじんまりしたお寺だね、ふー。」
「おー、戒壇めぐりありますよ。」
「結縁の錠前もあるみたいだよ。」
「いってみますか、はは。」
「ま、真っ暗です。」
「あたりまえです。」
「あれ、あそこに光が見えますけど。
ゴキ、いてて。
なんだよ、あれは?。」
「それにしても、ここにお祀りされているのは、誰?。」

西国三十三所霊場のお礼参りで、善光寺にいったら。
元善光寺というものがあることを初めて知りました。
「元善光寺参りなくしては片参り」と言われているそうです。
だから、日程上、都合が付いたので寄ってみました。
こじんまりとしたお寺でした。
戒壇巡りも挑戦?してみましたが、錠前がわからず。
一緒に入った近所の男の子に教えてもらって、ちょっと引き返したら、
それは、私がぶつかった突起物でした。
錠前になっていましたが、善光寺みたいに動かず、なんで?。
それと、戒壇巡りの中に、薄明かりがあり、なにか祀られて居るみたいでした。

○縁起(HPより)

推古天皇十年に信州麻績の里(現在の飯田市座光寺)の住人、本多善光卿が難波の堀から一光三尊の御本尊様をおむかえしたのが元善光寺の起元で、その後皇極天皇元年にその御本尊様は現在の長野市へ遷座され、できたお寺が善光卿の名をとって「善光寺」と名付けられました。それから飯田の方の当山は勅命によって、木彫りで同じ御尊像が残され「元善光寺」と呼ばれるようになりましたが、仏勅によって「毎月半ば十五日間は必ずこの麻績の古里に帰りきて衆生を化益せん」というご誓願を残されたとのことで、長野の善光寺と飯田の元善光寺と両方にお詣りしなければ片詣りと昔から云われるゆえんであります。

○戒壇巡りのぼんぼり?。

戒壇巡りで、結縁の錠前から少し進んだところに、ぼんぼり。
何をお祀りしているのかと、後日、電話で聞いたら「聖観音」様とのことでした。
なんで、戒壇巡りにあるかは、わかりません。

○元善光寺

飯田市座光寺2638
Tel 0265−23−2525

本堂近くの駐車場案内看板につられてあがったら、強烈に狭かった。
あとで、周辺地図見たら、JR沿線に、60台とめられる処がありました。

○片参り

・元善光寺参りなくしては片参り

・善光寺(来世の利益)と、北向観音(現世の利益)がセット

○北斗七星

考えすぎかもしれませんが、
元善光寺、諏訪大社(下、上)、北向観音、善光寺、布引山観世音釋尊寺、?をつなげたら、北斗七星に見えなくはありません。

・北向観音

示現の由来は、
「北斗七星が世界の依怙(よりどころ)となるように、
我も又一切衆生のために常に依怙となって済度をなさん」

というお告げによるものです。