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「お大師さんよろしく、 「あなうれし、行くも帰るもとどまるも、我は大師と二人連れなり」 うーん、いい響き、満足、満足。 いつも一緒で、いいよね、お大師さんも寂しくないよね、はは。 最近、はまちゅってね、いいよこれ。」 「・・・・・・・、お遍路に染まりすぎてません?。」 「お遍路ですからね、あたりまえ、はは。」 「かなりの速度で、じじい化してません?。」 「はは、えー、そんなことないでしょ。」 「だけど、後ろから見たら、歳わかりませんよ。」 「えー、ほんと?。」 「歳わかりません?。」 「わかりません、みんなに溶け込んでます。」 「えー、だったら、あんたらもでしょ。」 「はー、そんなこと、ないない、ない。あんただけ。」 「・・・・・・・、ふー。 いいよ、いいよ、私一人で、修行の歌を唄うから、 「有り難や 高野の山も 岩陰に・・・・・・・・・」。」 はまってしまった、和讃とご詠歌。 なかなか味があっていいかもしれません。 だけど、みんなから、じじ化といわれるのはなぜ?。 イメージが、やっぱり、お年寄り向けってこと。 ○お経なの?
これを書いてからしばらく他の書籍を読んでいたら、なんと和讃とご詠歌は、日本発祥のお経?だと、 ○御詠歌 「遍照」 あなうれし、行くも帰るもとどまるも、我は大師と二人連れなり ○修行和讃
有(あ)り難(がた)や 高野(こうや)の山(やま)も 岩陰(いわかげ)に |