お気楽、お四国巡り 遍路の一般常識

お大師さんの?、七つの御誓願。

「ガサゴソ、ガサゴソ。
えー、どこへ行ったの?、どこ?。」
「・・・・・、あのー、あのー、おつとめ始めますけど。」
「えー、ちょっと待ってくださいよ、無いんだよね。」
「・・・・・、ひょっとして、ひょっとして、変なもの探してます。」
「へ、変なものといわれても、この日のために準備してきたんですけど。」
「はー、また、トンデモ本から?。」
「し、失礼な、江戸時代にはやっていたヤツですよ。」
「ずいぶん、探してますけど、それでありました?。」
「あ、ありません、トホホです。」
「ふふ、こっちは、変なことに巻き込まれなくても助かったけどね、ふふ。
それじゃ、おつとめ、開始。」
「・・・・・・、とほほ。」
「なむ だいし へんじょう こんごう」・・・・・。
「弘法大師七箇の御誓願、第一
我れ、今生にもしばらくも住せし所には、日々に化身を降して、
有縁の衆生を加持護念して、現当の所願を成ぜしめん。」
「あれー、あれー、それだよ、どこにあったのー。」
「布団の上だよ、ふふ。」

弘法大師にも?あった、御誓願。
大師堂であげればいいということでしょうか。
偶然にも発見でした。
Web上で、現物を見ましたが、崩し文字は難解でした。

○弘法大師七箇の御誓願

・第一

我れ、今生にもしばらくも住せし所には、日々に化身を降して
有縁の衆生を加持護念して、現当の所願を成ぜしめん。

・第二

末世に至りてこの山もし退廃せん時、
我定中より法を興して、教行利人退転なからしめん。

・第三

我が滅後の弟子、幾百万ありといえども、師はすべて我一人なり。
我が形像を見、我が教えを聞きて我が在世の思いを為さば、
我定恵力をもって彼等を摂取して種智を円満せしめ、乃至
竜華の証明にあずからしめん。

・第四

たとえ我が山に詣ぜざるい輩も、遥かに念じて我れを慕い、
信を尽して恭敬せば、我れ明らかに知見して、必ず大果を結ばしめん。

・第五

それ我が山は両部不二、法性の浄土なり。
胎蔵の峯には金剛の塔そびえ、金剛の塔の中には両部の諸尊不二を示す。
我れまた眷属の金剛善神を率して、常に曼荼羅の海会を成ぜり。
もし信あって登らん者は、過去の功徳の勝れたるを歓ぶべし。
もし信なくて詣でざらん者は、過去の功徳の拙きを嘆くべし。
現当二世の福、専らこの山にあり。疑いを生ずることなかれ。

・第六

我が滅後に信あらん者は、我が名号を思念せよ。
仏法の恵命をつないで竜華の扉を開かしめん

・第七

我が山は皇城の大鎮守なり。
帝皇南面の徳を鎮めて宝祚の万歳を誓う故に、
天下の南にありてかがげず、崩れざるものなり。

○野山名霊集(やさん みょうれいしゅう)

江戸時代に「御遺告」の中から抜粋して作られたもの。
泰円の著作で、弘法大師誕生から開山に至る来歴、法会・建造物・各院の紹介、
貴人の参詣記録などを記した高野山の案内記的性格を持つ書である。

○弘法大師二十五箇条遺告(こうぼうだいしにじゅうごかじょうゆいごう)

空海(774〜835)が、入定の6日前にあたる、承和2年(835)3月15日に、門弟へ与えた遺誡、「御遺告」と呼ばれています。