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「ガサゴソ、ガサゴソ。 えー、どこへ行ったの?、どこ?。」 「・・・・・、あのー、あのー、おつとめ始めますけど。」 「えー、ちょっと待ってくださいよ、無いんだよね。」 「・・・・・、ひょっとして、ひょっとして、変なもの探してます。」 「へ、変なものといわれても、この日のために準備してきたんですけど。」 「はー、また、トンデモ本から?。」 「し、失礼な、江戸時代にはやっていたヤツですよ。」 「ずいぶん、探してますけど、それでありました?。」 「あ、ありません、トホホです。」 「ふふ、こっちは、変なことに巻き込まれなくても助かったけどね、ふふ。 それじゃ、おつとめ、開始。」 「・・・・・・、とほほ。」 「なむ だいし へんじょう こんごう」・・・・・。 「弘法大師七箇の御誓願、第一 我れ、今生にもしばらくも住せし所には、日々に化身を降して、 有縁の衆生を加持護念して、現当の所願を成ぜしめん。」 「あれー、あれー、それだよ、どこにあったのー。」 「布団の上だよ、ふふ。」 弘法大師にも?あった、御誓願。 大師堂であげればいいということでしょうか。 偶然にも発見でした。 Web上で、現物を見ましたが、崩し文字は難解でした。 ○弘法大師七箇の御誓願 ・第一
我れ、今生にもしばらくも住せし所には、日々に化身を降して ・第二
末世に至りてこの山もし退廃せん時、 ・第三
我が滅後の弟子、幾百万ありといえども、師はすべて我一人なり。 ・第四
たとえ我が山に詣ぜざるい輩も、遥かに念じて我れを慕い、 ・第五
それ我が山は両部不二、法性の浄土なり。 ・第六
我が滅後に信あらん者は、我が名号を思念せよ。 ・第七
我が山は皇城の大鎮守なり。 ○野山名霊集(やさん みょうれいしゅう)
江戸時代に「御遺告」の中から抜粋して作られたもの。 ○弘法大師二十五箇条遺告(こうぼうだいしにじゅうごかじょうゆいごう) 空海(774〜835)が、入定の6日前にあたる、承和2年(835)3月15日に、門弟へ与えた遺誡、「御遺告」と呼ばれています。 |