お気楽、お四国巡り 一般常識 人物

えっ、円珍さんも1200年?。平成26年。

「ひょっとして、お、お大師さんが脇役?。」
「そりゃ、ここじゃ、脇役でしょ。」
「札所に必ず居る、お大師さんの銅像もみかけないでしょ。」
「あっ、ほんとだ、ちがうね、違う。」
「ま、生まれ故郷ですからね。」
「だけど、お大師さんと親戚でしょ。」
「伝説ではそうらしいね、はは。」
「だったら、なんで真言宗じゃないの?。」
「うーん、それはー、うーん、本人に聞いてみないとわからないね、はは。
だけど、空海親族で、密教の2/3を握っているのはすごいよね。」
「えー、そういうこと?。」

四国の札所でも、お大師さん以外の重要人物が、からんだところがあります。
一族といえば一族なんですが、不思議な現象でした。

○総本山三井寺 宗祖智証大師 生誕1200年 慶讃大法会

天台寺門宗では、来る平成26(2014)年に
宗祖・智証大師円珍和尚のご生誕1200年の記念すべき年を迎え、総本山三井寺(園城寺)において「宗祖・智証大師生誕1200年慶讃大法会」を奉修いたします。
また、様々な記念事業を通じて、智証大師の偉大なご生涯を振り返り、大師の教えである「済世利人」(世を済い人を利する)の菩薩行のお心を一人でも多くの方々にお伝えしていきたいと願っています。

平成26年10月18日~11月24日

○三井寺hpより。

天台寺門宗の開祖。

三井寺初代長吏。第五代天台座主として伝教・慈覚両大師の後を継ぎ、日本天台寺門宗の基礎を築かれた「天台三聖」の一人に数えられています。四十歳にして唐国に渡って仏教の奥旨を究められ、帰国後は三井寺を天台別院として中興されました。延長五(九二七)年には、醍醐天皇から「智証大師」の論号が贈られました。

ご生誕

弘仁五(八一四)年三月二十五日、現在の香川県善通寺市金蔵寺町に生まれました。父は和気宅成、母は佐伯氏の出身で弘法大師空海の姪に当たります。母は海上にのぼる太陽が口の中に飛び込む夢を見て身ごもったとの奇端が伝えられています。現在の別格本山金倉寺の地がご生誕所で、近くには産湯を汲んだという井戸が現在も残されています。

神童・智恵童子

智証大師は、幼いときから堂々として当意即妙の智恵にすぐれ、文殊菩薩の生まれかわりと敬愛されました。三歳の大師を見た弘法大師は、「智恵童子」と呼んだと伝えています。その聡明なことは、八歳にして「因果経」を父に所望し、仏典に親しみ、十歳のときには「論語」や「文選」など一度読んだだけで覚えてしまうほどでした。

鬼子母善神の示現

五歳のときには、智証大師の目前に女神が降臨して、大師の将来を予言して守護することを誓ったといいます。その後、智証大師が三井寺を中興する際に再び影現され、そのときのお姿を智証大師自ら手刻したのが現在の護法善神像(重文)であると伝えています。

比叡山へ

十歳を過ぎるころから仏道への志が高まり、十五歳のとき、叔父の僧・仁徳につれられて天台宗の総本山比叡山延暦寺に登り、初代座主となられた義真和尚(七七八〜八三三年)のお弟子となられました。

○参考

札所も支配してたの?。河野一族。へリンク