お気楽、お四国巡り 車遍路の服装

白衣とおいずる。

ふーふーふー、やっと本堂へ到着。
この階段、どうにかならないの?、なんで山の上?にあるんだよ。
はは、山岳仏教だからだよ。
はー、小高い山、丘じゃない?、山じゃないよー。
あれれ、れ、あのお遍路さん、ちょっとちがうよ。
あっ、ほんとだ、あれが正式正装じゃない?。
へー、へー、白衣の上に、チャンチャンコ?。
・・・・・、チャンタャンコじゃなくて、おいずるだよ。
それにしても、はじめてみたね。 

お遍路さんの正式?な服装は、「白衣」の上に「おいずる」です。
今の遍路装束が確立したのは、いつのころか。
一般に「白衣」と「おいづる」は、袖付きか袖無しかの違いでしかありません。
だけど、成り立ちが違います。

2パターンがありますが、普通の人でも納得するのは1つです。

1.昔、修験者が仏様を「ずし」という箱に入れて、背負い、降ろして、まつり、拝んでいました。

修行地から修行地へ、運ぶ手段に「ずし」を背負っていたのでしたが、
貴いご本尊と修験者の背中が触れるのは、おそれおおいことだということで、「おいづる」が考えられたとのこと。
修験者の背中とご本尊の間に、使っていたと言うことです。

2.高貴な方の絹の着物がボロボロになるから。

西国三十三観音霊場を再興「花山法王」が、ご本尊を背負うずしが、
絹の着物をするので、ボロボロ、これを解決するために着たのが「おいづる」。

という解説をしているけど、どっちが、納得しやすいか、すぐわかりますよね。

団体ツァーの先達さんが、2のパターンで解説していましたが、
どこで、聞かされたか、どこで指導されたのか、ちょっと不安になったことはゆがめません。

○あんじゅとずしおう

ちなみに、この「ずし」と「あんじゅとずしおう」の「ずし」は同じです。

○今でも背負っている

・2013年

御開創1200年記念事業『お大師さまと歩む四国遍路』で背負われていました。

・ 2011年5月

阿波の札所で、始めてお大師さんを、背負っているものを見ました。

・2008年8月

ご本尊が入った「ずし」を背負っている方を、はじめてみたのが、坂東三十三観音霊場を巡拝していたときでした。
このときは、観音霊場だから、観音菩薩でしたが、お四国の時は、お大師さんだそうです。